退職金の計算は、会社ごとの退職金規程に書かれた「算定の基礎になる金額」「勤続年数に応じた支給率」「退職事由による係数」を、規程の文言どおりに掛け合わせる作業です。算定方式は基本給連動型・定額制・別テーブル制・ポイント制の4つに分かれ、同じ社員でも方式と端数処理の決め方しだいで支給額が100万円単位で変わります。この記事では、厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)の支給率表と令和5年就労条件総合調査の統計を手がかりに、4方式の計算式、勤続年数と自己都合係数の扱い、同一人物での計算例を整理した内容です。後半では、退職金の計算をExcelで管理し続けてよい会社と、人事給与システムに計算ロジックとして持たせるべき会社の境目を示します。退職金にかかる所得税・住民税の計算は受給者側の話になるため、別記事へ渡します。
まとめ:退職金の計算は規程の式と端数処理を再現できるかで正誤が決まる
会社が支払う退職金の額は、法律で決まった計算式があるわけではありません。退職金制度を設けるかどうか自体が会社の任意で、設けた場合に「支給対象・計算方法・支払時期」を就業規則(退職金規程)に書く義務が生じます。計算の正しさとは、規程に書かれた式を1円単位で再現できることです。
実務で差額が出やすいのは、計算式そのものより周辺の決め事です。勤続年数の1年未満の端数を切り上げるか切り捨てるか、休職期間を勤続年数に入れるか、自己都合退職の係数をどこに掛けるか。この3点が規程に書かれていないと、担当者ごとに答えが変わります。
システム化するかどうかの判断軸は、算定方式と社員数です。基本給連動型で年に数人しか退職しない会社なら、規程の版と検算表をそろえたExcel管理で足ります。ポイント制で等級の履歴を20年以上さかのぼる会社や、制度を改定して新旧の計算が混ざる会社は、計算ロジックを人事給与システムに持たせないと検算できなくなります。
退職金の計算式を決める4つの算定方式とモデル就業規則の支給率表
退職給付(一時金・年金)制度がある企業は、厚生労働省の令和5年就労条件総合調査で74.9%です。規模別では1,000人以上が90.1%、30〜99人が70.1%で、制度がある企業のうち69.0%は「退職一時金制度のみ」でした。会社が自分で計算式を持つのは、この退職一時金の部分です。
基本給連動型の計算式とモデル就業規則が示す勤続年数別の支給率
基本給連動型(給与比例制)は、「退職時の基本給×勤続年数に応じた支給率×退職事由係数」で計算します。厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)第55条も、退職時の基本給に勤続年数別の支給率を掛ける規程例を載せています。
| 勤続年数 | 支給率(月数) | 基本給30万円の場合 |
|---|---|---|
| 5年未満 | 1.0 | 30万円 |
| 5年〜10年 | 3.0 | 90万円 |
| 11年〜15年 | 5.0 | 150万円 |
| 16年〜20年 | 7.0 | 210万円 |
| 21年〜25年 | 10.0 | 300万円 |
| 26年〜30年 | 15.0 | 450万円 |
| 31年〜35年 | 17.0 | 510万円 |
| 36年〜40年 | 20.0 | 600万円 |
| 41年〜 | 25.0 | 750万円 |
この表は規程例なので、率そのものは各社が決めます。注意したいのは区分の切れ目です。「5年〜10年」の次が「11年〜15年」のため、勤続10年6か月の人がどちらに入るかは、端数処理の定めが無いと決まりません。基本給の昇給がそのまま退職金に跳ね返るため、賃上げのたびに退職金債務も増える点がこの方式の弱みです。
定額制と別テーブル制の計算式、基本給から退職金を切り離す理由
定額制は、勤続年数ごとに支給額そのものを表で決める方式です。「勤続10年で100万円、20年で300万円」のように書くため計算は表を引くだけで済み、社員数が数十人の会社で多く見られます。役職や貢献度の差は反映されません。
別テーブル制は、基本給とは別に「退職金算定基礎額」を等級ごとに定め、その基礎額に支給率を掛けます。基本給を上げても退職金は増えないため、賃上げと退職金債務を切り離したい会社が基本給連動型から移る先になりやすい方式です。計算に使う基礎額の表を賃金テーブルと別に管理し、改定履歴も残す必要があります。
ポイント制の計算式と在籍期間中の勤続・等級・評価ポイントの積み上げ方
ポイント制は、在籍中に毎年ポイントを付与し、「退職時の累積ポイント×1ポイントの単価×退職事由係数」で計算します。付与の軸は勤続ポイント(1年ごとに一定)、等級ポイント(その年に在籍した等級に応じた点数)、評価ポイント(人事評価の結果)の組み合わせが一般的です。
役職に就いていた期間の長さが支給額に反映されるため、同じ勤続年数でも管理職経験の長い人ほど多くなります。一方で、計算に必要なのは、入社から退職までの等級と評価を年単位で記録した履歴です。20年勤めた人なら20年分の等級発令を正確に残していることが前提で、ここが後半で述べるシステム化の分かれ目になります。
退職一時金と中退共・確定給付・確定拠出で計算の主体が分かれる会社
会社が支給額を自分で計算するのは退職一時金の部分だけです。中小企業退職金共済(中退共)に入っている場合、給付額は掛金と納付月数から機構が決め、本人に直接支払われます。確定給付企業年金(DB)は規約で決めた給付式を基金や受託機関が計算し、企業型確定拠出年金(DC)は本人の運用結果で受取額が決まります。
就労条件総合調査では、退職一時金制度がある30〜99人の企業の48.5%が支払準備に中退共を使っています。「社内で計算した一時金から中退共の給付相当額を差し引いて支払う」と規程に書く会社では、機構からの給付額を取り込んで差額を出す計算が加わります。制度の種類ごとの選び方は、退職金制度を扱う別の記事で整理する予定です。
勤続年数と退職事由の扱いで同じ社員の退職金が変わる計算上の論点
計算式が同じでも、勤続年数の数え方と退職事由の区分で支給額は変わります。規程に書かれていない部分は担当者の判断になり、前任者と違う答えが出たときに説明できません。
勤続年数の端数処理における切り上げ・切り捨て・月割り按分の3通り
1年未満の端数の扱いは、大きく3通りあります。端数を1年に切り上げる、端数を切り捨てる、支給率の差を12で割って端数月数ぶんだけ加える(月割り按分)の3つです。支給率表が段階的なほど、どれを選ぶかで差額が大きくなります。
モデル就業規則の表で、基本給38万円・勤続20年3か月の人を計算すると差がはっきりします。切り捨てなら20年で支給率7.0となり266万円、切り上げなら21年で支給率10.0となり380万円です。月割り按分なら7.0に(10.0−7.0)×3÷12を足した7.75で294.5万円になります。3か月の端数で最大114万円の開きが出るため、規程には端数の扱いを1行で明記しておくべきです。
休職・育児休業・出向・試用期間を勤続年数に入れるかの書き分け
モデル就業規則第55条第2項は、私傷病などによる休職期間を「会社の都合による場合を除き」勤続年数に算入しない規程例です。算入しない期間がある会社では、入社日と退職日の差ではなく、除外期間を差し引いた在籍月数で勤続年数を出します。
育児休業・介護休業、関連会社への出向、試用期間、有期契約から無期転換する前の期間も、算入するかどうかを規程で決めておく対象です。モデル就業規則第54条第2項のように、定年時に退職金を支給して再雇用期間は対象外とする定めも、勤続年数の終点を決める条文になります。除外期間が多い会社ほど、期間ごとの開始日と終了日を記録していないと計算できません。
退職金の自己都合係数と定年・会社都合・早期優遇の支給水準の違い
退職事由係数は、定年・会社都合を1.0、自己都合を0.8とするように、事由ごとの率を規程の表に記載する形です。勤続年数が短いほど自己都合の係数を低くする段階表を置く会社もあります。係数を「算定基礎×支給率」の後に掛けるのか、支給率表そのものを事由別に2本持つのかで、規程の書き方が変わります。
就労条件総合調査の退職給付の支給実態では、勤続20年以上かつ45歳以上の大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の平均退職給付額は、定年1,896万円、会社都合1,738万円、自己都合1,441万円、早期優遇2,266万円でした。退職時の月給に対する月数に直すと、定年36.0か月分に対して自己都合は30.3か月分です。自社の係数が統計と比べて極端に低い場合は、採用や定着の面で見直す材料になります。
懲戒解雇の不支給・減額の規程への記載と、税金計算で使う勤続年数との違い
懲戒解雇などで退職金を支給しない、または減額する場合は、その事由を就業規則に書いておくことが必要です。モデル就業規則第54条の解説は、不支給事由や減額事由が労働基準法第89条第3号の2の「退職手当の決定及び計算の方法」に当たると示しています。支払時期も同じく規程で決め、第56条の例は「支給事由の生じた日から◯か月以内」としています。
見落としやすいのが、税金の計算で使う勤続年数は会社の規程とは別に決まる点です。国税庁タックスアンサーNo.1420(令和8年4月1日現在法令)では、退職所得控除額を出す勤続年数は1年未満の端数を1年に切り上げます(10年2か月なら11年)。規程で端数を切り捨てる会社は、支給額用と税額用の2つの勤続年数を持つことになります。税額と手取りの出し方は退職所得の受給に関する申告書の役割と提出効果で扱っています。
計算例で比べる基本給連動型とポイント制の支給額と制度改定時の差
方式の違いは、同じ社員で計算すると見えます。ここでは説明のために次の条件を置きます。入社から20年3か月で自己都合退職、退職時の基本給38万円、等級は一般職10年・主任6年・課長4年3か月、自己都合係数0.8です。
同じ社員を基本給連動型とポイント制で計算した退職金支給額の比較表
ポイント制は、勤続ポイント10点/年、等級ポイントは一般職10点・主任20点・課長30点/年、1ポイント5,000円、年未満の端数は切り捨てとして計算しました。累積は勤続200点+一般職100点+主任120点+課長120点の540点です。
| 方式と端数処理 | 係数前の金額 | 自己都合0.8を掛けた支給額 |
|---|---|---|
| 基本給連動型・端数切り捨て(20年) | 266万円 | 212.8万円 |
| 基本給連動型・月割り按分(7.75) | 294.5万円 | 235.6万円 |
| 基本給連動型・端数切り上げ(21年) | 380万円 | 304万円 |
| ポイント制(540点×5,000円) | 270万円 | 216万円 |
ポイント制の金額は、課長になった時期で変わります。主任と課長の年数を入れ替えて主任4年・課長6年にすると、等級ポイントは20点増え、自己都合の支給額は8万円上がります。基本給連動型は退職時点の基本給だけで決まるため、途中の等級履歴は計算に使いません。どちらの方式でも、検算に必要な材料が規程と人事データにそろっているかが先に問われます。
退職金制度の改定前後で勤続期間を分けて計算する経過措置の設計例
基本給連動型からポイント制へ移る会社では、改定日より前の勤続期間をどう扱うかを決めます。よく使われる型は2つあります。改定日時点の旧制度の支給額を「凍結額」として確定させ新制度のポイントと合算する型と、旧制度の在籍期間をポイントに換算して「移行ポイント」を付与する型です。
凍結額の型では、退職時に使う計算式は「凍結額×退職事由係数+新制度のポイント分」です。自己都合係数を凍結額にも掛けるのかを規程に書いておかないと、移行後の最初の退職者で解釈が割れます。改定を2回以上した会社では凍結額が版ごとに積み重なり、Excelの計算式で追える範囲を超えやすくなります。
退職金計算をExcel管理から人事給与システムへ移すべき会社の条件
ここからは、退職金の計算を誰がどこで持つかの判断です。結論から言うと、基本給連動型・定額制でかつ退職者が年に数人の会社は、システム化を急ぐ必要はありません。ポイント制、制度改定の経過措置、グループ会社間の転籍のいずれかがある会社は、計算ロジックをシステムに持たせる側に入ります。
Excel管理で起きる計算誤りの型と、担当者が替わったときの再現不能
Excelで退職金を計算している会社で起きやすい誤りは、次の4つです。
- 規程改定前の支給率表が別シートに残り、古い表を参照したまま計算する
- 休職期間の除外を手入力しており、復職日の入れ忘れで勤続年数が長くなる
- ポイント制の等級履歴を紙の辞令から転記しており、昇格月の1か月ずれが点数に響く
- 自己都合係数を掛ける位置を、担当者がセルの計算式で独自に変えている
どれも計算式の誤りというより、規程の版と人事データの履歴が計算と結び付いていないことが原因です。担当者が替わると、前任者がどの版の表を使ったかを誰も説明できなくなります。退職金は勤続20年以上の人で1,000万円を超えることも多く、1件の誤りが労使の紛争につながります。
退職金計算で給与パッケージが足りる会社と個別開発が要る会社の境目
給与計算パッケージの多くは、退職所得の源泉徴収税額の計算と源泉徴収票の作成を扱います。一方、支給額そのものを出す機能(支給率表の参照、ポイントの累積、凍結額の管理)は、製品によって有無と対応範囲が分かれます。候補を比べるときは、自社規程の計算例を1件持ち込み、端数処理・除外期間・事由係数の3点を設定で再現できるかを確かめるのが確実です。比較の軸は給与計算システムの比較|就業形態・社会保険・年末調整・勤怠連携の4軸も参考になります。
個別開発を選ぶべきなのは、ポイント制で評価ポイントを含む会社、制度改定の凍結額が2版以上ある会社、グループ内の転籍で勤続期間を通算する会社です。こうした計算は規程ごとに形が違い、パッケージの設定項目に収まりません。既存の給与システムはそのまま使い、退職金の算定部分だけを人事データと結んで作る方法もあります。人事・労務管理システム開発では、退職金規程を計算ロジックに落とし、等級履歴や休職期間と連動させる形で設計できます。反対に、社員30人規模で基本給連動型だけの会社が開発に踏み切るのは過剰です。規程の版番号付きの検算表を1枚作るほうが早く確実です。
規程を計算ロジックへ落とすときにシステムへ持たせるデータ項目
退職金規程を計算ロジックにするときは、条文ごとに必要なデータを対応させます。持たせる項目は次のとおりです。
- 規程の版:適用開始日ごとの支給率表・ポイント表・単価・事由係数・端数処理
- 在籍期間:入社日、退職日、除外期間(休職・出向などの種別と開始日・終了日)
- 算定基礎の履歴:基本給または算定基礎額、等級とその発令日、評価結果
- 退職事由:定年・会社都合・自己都合・早期優遇・懲戒の区分と、不支給・減額の判定結果
- 経過措置:凍結額または移行ポイントと、その確定日
規程の版を日付で持っておけば、退職日に有効だった版を自動で選べます。計算結果には、使った版・勤続年数・支給率・係数を一緒に残し、あとから同じ数字を出せる状態にすることが必要です。この記録は、給与計算の年間業務や退職給付の会計処理に数字を渡す元にもなります。給与計算システム全体の機能と選び方は給与計算システムとは?機能・種類・比較の観点から個別開発の判断まで解説にまとめています。
よくある質問
退職金の計算について、会社の人事・給与担当者から寄せられやすい質問をまとめました。
退職金の計算方法は法律で決まっていますか?
決まっていません。退職金制度を設けるかどうか自体が会社の任意です。制度を設けた場合は、適用される労働者の範囲、支給要件、額の計算方法、支払の方法と時期を就業規則に書く義務があり、これは労働基準法第89条第3号の2に基づきます。計算式は各社の規程が唯一の根拠になります。モデル就業規則の支給率表も規程例であり、その率に従う必要はありません。
勤続年数に1年未満の端数があるときはどう計算しますか?
会社の規程に書かれた方法で計算します。切り上げ、切り捨て、支給率の差を月割りで按分する方法があり、支給率表が段階的だと数十万〜100万円単位の差になります。規程に定めが無ければ、どの方法を使うかを労使で確認し、規程に追記するのが先です。なお、退職所得控除の計算に使う勤続年数は、税法の定めで1年未満を切り上げます。支給額用と税額用で勤続年数が違う場合があります。
自己都合退職だと退職金はどれくらい減りますか?
減り方は規程の退職事由係数で決まり、自己都合を0.8とする規程なら定年時の8割です。令和5年就労条件総合調査では、勤続20年以上かつ45歳以上の大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の平均は、定年1,896万円に対し自己都合1,441万円でした。月給に対する月数では定年36.0か月分、自己都合30.3か月分です。勤続年数が短いほど係数を低くする段階表を置く会社もあります。
退職金の計算に使う基本給には手当を含めますか?
含めるかどうかは規程で決める事項です。役職手当や通勤手当などの諸手当は含めず、基本給だけを基礎にする書き方が基本給連動型の典型で、モデル就業規則の例も「退職又は解雇の時の基本給の額」を基礎にしています。基本給の昇給がそのまま退職金に響くのを避けたい会社は、基本給と別に算定基礎額を持つ別テーブル制やポイント制を選びます。
ポイント制へ移行すると過去の勤続分はどうなりますか?
移行日時点の旧制度の支給額を凍結額として確定させる方法と、旧制度の在籍期間をポイントに換算する方法があります。凍結額の方法で退職時の計算に使うのは、凍結額と新制度のポイント分を合算した金額です。どちらでも、移行によって社員の既得の額を下げる場合は不利益変更の問題になるため、経過措置と説明の手順を決めてから改定します。凍結額と確定日は、退職時まで正確に保管しておく必要があります。
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