退職金制度は、会社が「退職時にいくら払うか」を約束する退職一時金・確定給付企業年金(DB)と、「毎月いくら積むか」だけを約束する企業型確定拠出年金(DC)・中小企業退職金共済(中退共)に分かれます。どれを選ぶかで、運用がふるわなかったときの穴埋めを会社が負うのか、社員が負うのかが決まります。この記事では、厚生労働省の令和5年就労条件総合調査の規模別データと、中退共・企業型DCの公式情報をもとに、4つの制度の違いと、社員30人未満・100〜300人・1,000人以上でそれぞれ選ばれている組み合わせを整理しました。後半では、制度を改定したり併用したりした会社で増える残高・掛金・資格の履歴を、人事給与システムでどう持つかの設計を扱います。退職一時金の支給額の計算式は、別記事で詳しく解説しています。
まとめ:退職金制度は額を約束するか掛金を約束するかで会社の負担が決まる
退職金制度を設けるかどうかは会社の任意です。設けると決めたら、対象者・計算方法・支払時期を就業規則に書く義務が生じます。制度の選択とは、将来の支払額と運用のリスクを誰が持つかを決めることだと考えると整理しやすくなります。
社員30人未満の会社は、国の掛金助成があり管理を機構に任せられる中退共を土台にするのが現実的です。100〜300人規模では、社内準備の退職一時金に企業型DCを組み合わせ、会社が約束する部分を小さくしていく設計が増えています。1,000人以上ではDB・DC・一時金を併せ持つ会社が半数近くに上り、制度ごとの残高と資格の履歴を突き合わせる仕事が人事部門の負担になります。
システム化の判断は、制度の数と改定の回数で決まります。中退共だけ、あるいは一時金だけの会社は給与パッケージと機構の通知で運用できる範囲です。制度を2つ以上併用している会社や、一時金からDCへ移行した会社は、制度別の残高と過去勤務分を1人単位で持つ仕組みを用意しておかないと、退職時の支給額を説明できなくなります。
退職金制度の法的な位置づけと令和5年調査に見る企業規模別の導入実態
最初に、退職金制度が法律上どう扱われているかと、実際にどれだけの会社が持っているかを確認します。制度選びの前提になるのは、この2点です。
退職金制度は法律上の義務ではなく就業規則に書いて初めて生じる支払義務
労働基準法には、会社に退職金の支給を義務づける条文はありません。一方で、退職手当の定めをする場合は、適用される労働者の範囲、決定と計算・支払の方法、支払の時期を就業規則に記載することが労働基準法第89条第3号の2で求められています。書いた時点で、退職金は会社が払う義務を負う賃金の一部として扱われます。
つまり「制度なし」は合法でも、規程に書いた支給率や算定方法は会社の一存では下げられません。就業規則を変えて退職金を減らすには、労働契約法第9条・第10条にいう変更の合理性が問われます。制度を選ぶ段階で、将来の見直し余地まで含めて設計しておくべき理由がここにあります。
退職給付制度がある企業74.9%の内訳と規模別の一時金・年金の構成比
厚生労働省の令和5年就労条件総合調査(第16表)では、退職給付(一時金・年金)制度がある企業は74.9%でした。平成30年調査の80.5%から5.6ポイント下がっています。制度がある企業を100とした形態別の割合は、規模によって大きく違います。
| 企業規模 | 制度がある企業 | 一時金のみ | 年金のみ | 両制度併用 |
|---|---|---|---|---|
| 1,000人以上 | 90.1% | 25.9% | 27.0% | 47.1% |
| 300〜999人 | 88.8% | 41.9% | 17.9% | 40.2% |
| 100〜299人 | 84.7% | 60.3% | 13.2% | 26.5% |
| 30〜99人 | 70.1% | 77.2% | 6.6% | 16.2% |
| 全体 | 74.9% | 69.0% | 9.6% | 21.4% |
30〜99人の会社では、制度があっても8割近くが一時金だけで運用しています。1,000人以上になると一時金だけの会社は4社に1社に減り、半数近くが一時金と年金を併用している状況です。規模が大きいほど複数の制度を並べて持つ傾向がはっきりしており、管理するデータの量もそれに比例して増えます。
退職一時金・確定給付企業年金・企業型DC・中退共を負担と運用責任で比較
4つの制度は、名前よりも「会社が何を約束するか」で比べると違いが見えます。ここでは支給額の約束、運用リスクの負担、会社が持つ計算の3点で並べます。
社内準備の退職一時金と給付額を規約で約束する確定給付企業年金の違い
退職一時金は、会社が退職金規程に書いた計算式で支給額を決め、自社の資金から払う制度です。社内で積み立てる義務はなく、調査では退職一時金制度がある企業の56.5%が「社内準備」で支払に備えています。支給額の算定方式(基本給連動型・定額制・別テーブル制・ポイント制)と端数処理の違いは退職金の計算方法:4つの算定方式と勤続年数の端数処理で計算例つきで整理しました。
確定給付企業年金(DB)も、給付の額を規約で約束する点は同じです。違いは、会社の外の信託銀行・生命保険会社などに掛金を拠出して積み立てる点にあります。運用利回りが予定を下回れば、不足分を追加の掛金で埋めるのは会社の負担です。会計上は退職給付債務の数理計算が必要になり、委託先との資格・給付データのやり取りも発生します。
掛金だけを約束する企業型確定拠出年金と2026年の拠出限度額の見直し
企業型DCで会社が約束するのは毎月の掛金だけです。社員が運用商品を選び、受取額は運用の結果で変わります。厚生労働省の確定拠出年金制度の概要では、事業主掛金の上限は月55,000円からDBなど他制度の掛金相当額を差し引いた額です(2026年10月時点)。
この枠は2026年に2段階で動きます。厚生労働省の2025年の制度改正のページによると、2026年4月1日に「加入者掛金は事業主掛金を超えてはならない」というマッチング拠出の制限が撤廃されました。2026年12月1日(予定)からは、企業年金等と合わせた月額の上限が6.2万円に引き上げられます。会社が掛金を増やさなくても社員が上乗せできる幅が広がるため、DCを入れる会社は規約のマッチング拠出の定めを見直す時期に当たります。
中退共の掛金助成と掛金納付11か月以下で退職金が出ない設計上の制約
中退共は、会社が独立行政法人勤労者退職金共済機構と契約し、従業員ごとに掛金を払い込む国の制度です。中退共の制度の特色によると、掛金月額は従業員ごとに16種類から選べ、法人なら掛金は全額損金になります。新しく加入する会社には、掛金月額の2分の1(従業員ごと上限5,000円)を加入後4か月目から1年間、国が助成します。
制約もはっきりしています。中退共の退職金の説明では、掛金納付月数が11月以下の退職では退職金が支給されず、12〜23月は掛金総額を下回り、24〜42月で掛金相当額にとどまります。入社1〜2年で辞める社員が多い会社では、払った掛金がほとんど会社にも本人にも残りません。退職金は機構から本人へ支払われ、懲戒解雇でも減額には厚生労働大臣の認定が要ります。会社の判断だけで不支給にできない点は、社内規程との食い違いになりやすいところです。経営者本人の退職金は中退共の対象外で、個人事業主の退職金は小規模企業共済で扱う小規模企業共済の領域になります。
4制度の支給額の約束・運用リスク・会社が持つ計算を並べた比較表
ここまでの違いを1つの表にまとめます。左の2つは会社が額を約束する制度、右の2つは掛金を約束する制度です。
| 比較軸 | 退職一時金 | 確定給付企業年金 | 企業型DC | 中退共 |
|---|---|---|---|---|
| 会社が約束するもの | 規程の支給額 | 規約の給付額 | 毎月の掛金 | 毎月の掛金 |
| 運用不足の負担 | 会社 | 会社(追加掛金) | 社員 | 機構の予定利回り |
| 積立の場所 | 社内(任意) | 社外の受託機関 | 社員ごとの口座 | 機構 |
| 会社が持つ計算 | 支給額の算定全部 | 掛金と債務の数理計算 | 掛金額の決定 | 掛金月額の選択 |
| 加入できる会社 | 制限なし | 制限なし | 制限なし | 中小企業のみ |
会社の手元に残る計算が一番重いのは退職一時金です。中退共と企業型DCは、支給額の計算そのものを外に出せる代わりに、懲戒時の減額や勤続年数の扱いを会社が決める余地が小さくなります。
社員30人未満・100〜300人・1,000人以上で分かれる退職金制度の選び方
ここからは規模別の選び方です。調査の支払準備形態(第17表・第18表)を見ると、規模ごとに選ばれている組み合わせがはっきり分かれています。
社員30人未満の会社が中退共を土台にする理由と見送るべき会社の条件
30〜99人の企業で退職一時金制度がある会社のうち、48.5%が中退共を使い、社内準備の49.6%とほぼ並びます。人事担当が1人か兼務の会社では、掛金の口座振替だけで残高管理と支払を機構が引き受ける中退共の手軽さが効きます。加入初年度に掛金の半額助成が付く点も、制度を新設する会社には大きい材料です。
見送るべきなのは、入社2年以内の離職が多い会社です。掛金を払っても11か月以下の退職では支給されず、会社にも戻りません。この場合は、勤続3年以上を支給要件にした社内準備の一時金を小さく設けるほうが、払った資金の無駄を避けられる設計です。懲戒解雇で不支給にしたい会社も、中退共だけに頼るのは向いていません。
100〜300人規模で退職一時金と企業型DCを併用する設計と移行の進め方
100〜299人の企業では、制度がある会社の26.5%が一時金と年金を併用し、年金制度がある会社の49.5%が企業型DCを使っています。この規模で増えているのが、既存の一時金を残したまま新しい勤続分をDCに積む形です。会社が約束する一時金の部分を時間をかけて縮め、賃上げや運用環境の変化で退職金債務が膨らむのを抑えられます。
移行の順番は次のように進めます。
- 移行日時点の一時金を、規程どおりの計算で社員ごとに確定させる(凍結額)
- 凍結額をそのまま一時金で残すか、DCへ移す部分を分けるかを決める
- 移行後のDC掛金を、旧制度の支給水準と比べて下がらない水準に設定する
- 就業規則・退職金規程とDC規約を同じ日付で改定し、社員へ個別に説明する
凍結額の計算と、凍結額に退職事由係数を掛けるかどうかの決め方は、兄弟記事の経過措置の章で扱っています。既得の額を下げる改定は不利益変更になるため、移行前後の比較表を1人ずつ示せるかどうかが説明の成否を分けます。
1,000人以上でDB・DC・一時金を併せ持つ会社に生じる管理負担の中身
1,000人以上の企業では、年金制度がある会社の70.9%が企業型DC、62.0%がDBを使い、一時金の社内準備も91.6%に上ります。3つを並べて持つ会社では、1人の社員について「DBの給付額」「DCの掛金累計」「一時金の算定額」を別々の仕組みで管理しています。
負担が出るのは退職時です。DBは受託機関、DCは運営管理機関、一時金は社内の給与システムと、照会先が3つに分かれます。退職日の確定から支給までの間に3者のデータを突き合わせ、事由係数や支給時期をそろえる作業は、月に数十人が退職する規模では手作業で追いつきません。グループ会社間の転籍で勤続期間を通算する会社は、さらに会社ごとの在籍期間の持ち方が加わります。
制度改定や併用で増える退職金データを人事給与システムで持つ設計
最後に、どの制度を選んでも会社に残るデータの管理です。結論から言うと、中退共だけ・一時金だけの会社は給与パッケージで足ります。制度を2つ以上持つ会社や、制度を一度でも改定した会社は、制度別の残高と履歴を1人単位で持つ仕組みを先に作るべきです。
ポイント制移行や一時金からDCへの移行で残る過去勤務分と凍結額の記録
制度を改定した会社では、1人の社員の退職金が「改定前の勤続分」と「改定後の勤続分」に分かれます。基本給連動型からポイント制に移った会社なら凍結額か移行ポイント、一時金からDCに移った会社なら一時金に残した額とDCへ移した額が、それぞれ確定日つきで残ります。
この記録が紙やExcelに分散していると、改定から10年以上たって退職した社員の支給額を誰も説明できなくなります。改定を2回した会社では、版ごとの凍結額が積み重なる構造です。過去勤務分は退職時に初めて使うデータなので、改定した日に1人ずつ確定させ、根拠となる規程の版と一緒に保存しておくことが前提になります。
制度別に人事給与システムへ持たせる残高・掛金・資格履歴のデータ項目
複数の制度を併用する会社が、社員1人ごとに持っておくデータは次のとおりです。
- 制度の加入履歴:一時金・DB・DC・中退共それぞれの加入日、資格喪失日、加入者番号
- 掛金の履歴:DC・中退共の掛金月額と変更日、マッチング拠出の有無と額
- 一時金の算定材料:適用する規程の版、算定基礎の履歴、等級・ポイントの履歴
- 改定時の確定値:凍結額・移行ポイント・DCへの移換額と、その確定日
- 退職時の情報:退職事由、各制度からの支給額と支給日、源泉徴収に回す合計額
最後の項目は、給与計算と税の処理に直接つながります。退職所得の源泉徴収では、会社が払う一時金と他の支払者からの退職手当の扱いを本人の申告書で確認するため、退職所得の受給に関する申告書の役割と提出効果で扱う書類の内容とも突き合わせます。
退職金管理を給与パッケージで済ませる会社と個別開発が要る会社の境目
給与計算パッケージは、退職所得の源泉徴収税額の計算と源泉徴収票の作成までは多くの製品が対応しています。一方で、DB・DCの資格履歴や中退共の掛金を同じ社員マスタで持ち、一時金の算定と合算する機能は製品ごとに差があります。候補を比べるときは、自社の社員1人分の加入履歴と改定時の確定値を持ち込み、画面上で再現できるかを確かめてください。比較の軸は給与計算システムの比較|就業形態・社会保険・年末調整・勤怠連携の4軸も参考になります。
個別開発を選ぶべきなのは、制度を3つ以上併用する会社、改定の確定値が2版以上ある会社、グループ内転籍で勤続を通算する会社です。給与計算は既存のパッケージに残し、退職金の制度別残高と算定だけを人事データと結んで作る方法もとれます。人事・労務管理システム開発では、退職金規程と各制度の加入履歴を社員マスタにつなぎ、退職時の支給額を根拠つきで出す仕組みを設計できます。反対に、中退共だけで運用している社員50人規模の会社が開発に踏み切るのは過剰です。機構の加入者別の通知と給与パッケージで十分に回ります。
よくある質問
退職金制度の導入や見直しを検討している人事・総務の担当者から、寄せられやすい質問をまとめました。
退職金制度がない会社は違法になりますか?
違法ではありません。労働基準法に退職金の支給を義務づける規定はなく、令和5年就労条件総合調査でも退職給付制度がない企業は24.8%ありました。ただし、就業規則や労働契約で支給を定めた場合は支払義務が生じます。求人票に「退職金あり」と書いていながら規程が無い状態は、採用時の説明と実態が食い違うので、制度を持つかどうかを先に決めて規程を整えておくべきです。
退職一時金と企業年金はどちらを導入している会社が多いですか?
一時金のほうが多数です。退職給付制度がある企業のうち、69.0%が退職一時金制度のみ、9.6%が退職年金制度のみ、21.4%が両方を併用しています。規模が大きいほど年金を持つ割合が上がり、1,000人以上では一時金のみの会社の割合は25.9%です。年金制度の中では企業型DCが50.3%、DBが44.3%で、DCがDBを上回っています。
中退共に加入すると会社の退職金規程は不要になりますか?
不要にはなりません。中退共の退職金は掛金と納付月数で決まりますが、誰を加入させるか、掛金月額をどう決めるか、社内の一時金と合わせて支給するかは会社の規程で定めます。社内で計算した額から中退共の給付相当額を差し引いて支払う形も、会社の規程で定める方法の一つです。中退共の退職金は機構から本人へ直接支払われるため、懲戒時の扱いも規程との関係を整理しておく必要があります。
既存の退職金制度を廃止したり減額したりできますか?
手続きを踏めば可能ですが、社員に不利な変更になるため簡単ではありません。就業規則を変えて退職金を減らす場合は、労働契約法第10条により、不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などから合理性が判断されます。実務では、変更日までの勤続分を凍結額として保証し、それ以降の分だけを新制度に切り替える方法が多く使われます。
企業型DCの掛金は会社がいくらまで出せますか?
2026年10月時点では、事業主掛金は月55,000円から、DBなど他制度の掛金相当額を差し引いた額が上限です。厚生労働省の公表では、2026年12月1日(予定)から企業年金等と合わせた月額の上限が6.2万円に引き上げられます。2026年4月からはマッチング拠出で社員が出す掛金が事業主掛金を超えてもよくなったため、会社の掛金を据え置いたまま社員の上乗せ枠を広げる設計もとれます。
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