定期昇給とベースアップの違いは、賃金表の中で社員が動くのか、賃金表の金額そのものが動くのかにあります。この記事では、厚生労働省の調査の定義に沿った定昇とベアの違い、号俸表の設計例で同じ社員の昇給額を定昇分とベア分に分けて計算する方法、定額・定率などベアの配り方で翌年以降の定期昇給まで変わる点、令和7年調査と連合の2026年最終集計の数字、ベアの年に給与システムで増える作業を、賃金改定を担う人事の立場から整理します。
まとめ:定期昇給とベースアップの違いと、賃金改定の作業で押さえる要点
定期昇給(定昇)は、毎年の制度に従って社員が賃金表の上の号俸へ移る昇給です。ベースアップ(ベア)は、賃金表の金額を書き換えて全体の水準を上げる昇給です。定昇は退職と採用の入れ替わりで原資がほぼ相殺されますが、ベアは賃金総額をそのまま押し上げます。
同じ4月に両方を行うと、社員に届く昇給額は合計の1つの数字になります。内訳は「旧い表で号俸を動かした差」が定昇分、「同じ号俸で新旧の表の差」がベア分です。厚生労働省の令和7年調査では、定昇制度がある企業の25.5%が定昇とベアを区別していませんでした。
ベアの年は、号俸表の全部の数字と全員の基本給が変わります。定率のベアは号差まで広げるため、翌年以降の定昇額も増えます。号俸表を持ち、ベアを毎年のように行う会社は、表を適用日つきで持ち、昇給額の内訳を社員ごとに記録する段階です。
定期昇給とベースアップの違い:厚生労働省の定義と対象・原資の比較
春闘の報道では「定昇込み5%」「ベア3%」のように2つの言葉が並びます。まず統計上の定義をそろえ、会社の人件費への効き方の違いまで確認します。
定昇は賃金表の中を上へ移り、ベアは賃金表の金額そのものを書き換える
厚生労働省の令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査の用語の定義は、ベースアップを「賃金表の改定により賃金水準を引き上げること」とし、定期昇給を「あらかじめ労働協約、就業規則等で定められた制度に従って行われる昇給のことで、一定の時期に毎年増額すること」としています。賃金表は、学歴・年齢・勤続・職務・職能などで賃金がどう決まるかを表にしたものです。
| 比較の観点 | 定期昇給 | ベースアップ |
|---|---|---|
| 賃金表の動き | 表は変えず社員が上の号俸へ移る | 表の金額を書き換える |
| 対象と額 | 制度の対象者・評価や勤続で個人差 | 原則全員・配り方で決まる |
| 決める根拠 | 賃金規程の昇給基準 | 労使交渉や経営判断 |
| 賃金総額への効き方 | 入れ替わりでほぼ相殺 | そのまま増える |
昇給全体の種類や、評価の確定から給与への反映までの段取りは昇給とは:定期昇給・ベアの違いと昇給額の決め方、評価から給与改定までの業務フローで整理しています。
定昇の原資は入れ替わりで相殺され、ベアは賃金総額をそのまま押し上げる
定期昇給で全員が1段上がっても、高い号俸の社員が定年で抜け、低い号俸の新卒が入れば、会社全体の賃金の分布は前年とほぼ同じ形に戻ります。定昇は個人の賃金を上げる一方で、会社の賃金水準は保つための仕組みです。この入れ替わりで保たれる部分は賃金カーブとは?令和7年調査の実数と2026春闘の維持分5,430円で、賃金カーブの維持分として扱っています。
ベアは違います。表の金額が上がるため、入れ替わりがあっても賃金総額は上がった分だけ増え、翌年以降もその水準が続きます。物価や採用市場に合わせて会社の賃金水準を動かせるのはベアだけです。給与総額の増加率で判定する賃上げ促進税制の要件も、定昇だけの年は入れ替わりで届かないことがあります。
号俸表で計算する定昇とベア:同じ社員の昇給額を配り方の違いで比較
ここからは架空の設計例で計算します。3等級の号俸表を、初号240,000円、号差1,500円、上限40号俸とし、標準のB評価で4号上がる制度とします。
3等級20号俸の社員の定期昇給6,000円と、同じ号俸の額が変わるベア分
3等級20号俸の基本給は、240,000円+19号×1,500円=268,500円です。B評価で4号上がると24号俸になり、基本給は274,500円、定期昇給の額は6,000円(約2.2%)です。この計算は旧い表のままで完結します。
同じ年にベアを行うと、24号俸の金額そのものが新しい表で書き換わります。たとえば全号俸に5,000円を足す定額のベアなら、24号俸は279,500円です。この社員の昇給額は11,000円(約4.1%)で、うち6,000円が定昇分、5,000円がベア分になります。号俸の評価や仕組みの詳細は定期昇給とは:号俸と評価で昇給額が決まる仕組み、制度設計と停止・廃止の注意点で解説しています。
定額・定率・初号重点の3つのベアで変わる号差と翌年以降の定昇額
ベアの原資が同じ程度でも、表の書き換え方で号差が変わり、翌年以降の定昇額まで動きます。設計例の24号俸で比べると次のとおりです。
| ベアの配り方 | 新しい初号・号差 | 24号俸の基本給 | ベア分 | 翌年のB評価の定昇 |
|---|---|---|---|---|
| 定額(全号俸+5,000円) | 245,000円・1,500円 | 279,500円 | 5,000円 | 6,000円 |
| 定率(全号俸×1.02) | 244,800円・1,530円 | 279,990円 | 5,490円 | 6,120円 |
| 初号重点(初号+8,000円・号差1,450円) | 248,000円・1,450円 | 281,350円 | 6,850円 | 5,800円 |
定率のベアは号差も2%広がるため、翌年から毎年の定昇原資が2%増えます。初号重点は若手の初任給を他社に合わせやすい反面、号差が縮んで以降の定昇額が減り、上位の号俸ほどベア分が小さくなります(設計例の40号俸は6,050円)。原資の試算は今年の額だけでなく、号差の変化による翌年以降の定昇原資まで含めて比べます。
昇給額を定昇分とベア分に分ける計算の順番と、通知書での示し方
内訳は、次の順で計算すると社員ごとに一意に決まります。
- 旧い表で、昇給前の号俸の額と評価で移った後の号俸の額を引き、差を定昇分とする
- 移った後の号俸について、新しい表と旧い表の額の差をベア分とする
- 定昇分とベア分の合計が、新しい表の額と昇給前の額の差に一致するかを確かめる
連合も、特定の年齢・勤続の労働者について前年と同じ位置の賃金がいくら上がったかを比べる方式の部分を「純ベア」と定義しています。同じ位置で比べた差がベア分という考え方は、会社の内訳計算と同じです。昇給通知書に「定期昇給6,000円・ベースアップ5,000円」と分けて書いておくと、翌年ベアがない年に昇給額が減った理由を社員へ説明できます。
統計で見る定昇とベア:令和7年調査のベア実施57.8%と区別なし25.5%
相場の数字を自社と比べる前に、統計が定昇とベアをどう分けて集計しているかを押さえます。分け方を取り違えると、自社の昇給率を高すぎるとも低すぎるとも誤って判断します。
ベアを行った企業は5,000人以上で85.2%、100〜299人で53.3%という規模差
厚生労働省の令和7年調査の定期昇給制度、ベースアップ等の実施状況の第5表は、定昇制度がある企業を対象に、令和7年中のベアの実施状況を集計しています。
| 企業規模など | ベアを行った・行う | ベアを行わない | 定昇とベアの区別なし |
|---|---|---|---|
| 計 | 57.8% | 15.1% | 25.5% |
| 5,000人以上 | 85.2% | 8.4% | 5.4% |
| 1,000〜4,999人 | 79.1% | 10.2% | 10.4% |
| 300〜999人 | 63.3% | 15.5% | 19.4% |
| 100〜299人 | 53.3% | 15.6% | 29.5% |
| 労働組合なし | 49.4% | 17.0% | 31.6% |
定昇とベアを区別している企業だけで見ると、79.2%がベアを行いました。会社の規模が小さく組合のない会社ほど、ベアを行った割合が下がり、区別していない割合が上がります。相場全体の数字は昇給の平均:令和7年調査の13,601円と2026年春闘、規模別・業種別の相場と昇給原資の決め方で扱っています。
定昇とベアを区別しない企業が25.5%、100〜299人では29.5%になる背景
区別しない会社の多くは、号俸表を持たず、社長や部門長が社員ごとに翌年の基本給を決めています。この運用では、表の書き換えという行為がないため、昇給額のうちどこまでが定昇でどこからがベアかを後から分けられません。組合のない企業で区別なしが31.6%に達するのも、交渉の場で内訳を示す必要がないためです。
区別しないこと自体は違法ではありません。困るのは、採用の場面で「今年はベアを行ったか」と聞かれたときや、物価の上昇に対して賃金水準を上げたことを社員に示したいときです。内訳を答えられないと、昇給額が同業と同じでも「ベアなし」と受け取られます。
連合2026最終集計の定昇相当込み16,940円から賃上げ分11,510円を読む
連合の2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計では、賃上げ分が明確にわかる3,732組合の定昇相当込みの賃上げが16,940円・5.12%、賃上げ分が11,510円・3.50%でした。差の5,430円・約1.6ポイントが定昇相当分です。300人未満の2,385組合では、13,936円・4.96%に対して賃上げ分9,840円・3.51%で、差は4,096円・約1.45ポイントでした。
妥結した組合の41.0%は「確認中」に分類され、その中には賃金改善分と定昇相当分を分けられず、込みの計しか把握できない組合が含まれます。組合のある会社でも内訳を分けられないことがあるわけです。自社の昇給率を報道の5%と比べるなら、定昇込みの数字と比べ、ベアの3.5%と比べるなら自社のベア分だけを取り出して比べます。
ベースアップを給与システムに反映する手順と、定期昇給だけの年との作業差
定昇だけの年とベアの年では、給与計算の側で更新するデータの量がまるで違います。ベアの年に事故が起きやすい箇所を作業の順に見ます。
定昇だけの年は対象者の号俸更新、ベアの年は号俸表全体の版の切り替え
定昇だけの年に更新するのは、社員ごとの「何等級何号俸か」だけです。号俸表は前年のまま使えます。ベアの年は、号俸表のすべての金額を新しい版に切り替え、全員の基本給を新しい表から引き直す作業が必要です。設計例の3等級だけでも40行、等級が6つあれば240の金額が変わります。
表計算で旧い表を上書きすると、4月に遡って差額を払う計算や、3月末に退職した社員の最終給与の確認で旧い版が必要になったときに戻れません。号俸表には適用開始日を持たせ、新旧の版を並べて残します。給与計算ソフトに基本給を手で入れている会社は、全員分の入力と照合が1日仕事になります。
ベアで全員の基本給が変わると随時改定の対象者抽出と賞与・退職金も動く
社会保険の随時改定は、昇給などで固定的賃金が変わり、その後3か月の報酬の平均で標準報酬月額が2等級以上変わったときに行う手続きです。日本年金機構の随時改定(月額変更届)の説明は、固定的賃金の変動の例に「昇給(ベースアップ)」を挙げています。定昇だけの年は該当者が一部ですが、ベアの年は全員が固定的賃金の変動に当たり、全員を3か月後に判定する必要があります。
設計例の268,500円から279,500円への昇給は、日本年金機構の厚生年金保険料額表(令和8年度版)で17級の26万円(25万円以上27万円未満)から18級の28万円(27万円以上29万円未満)への1等級の差です。残業代などを含む3か月の平均しだいで2等級に届く社員が出ます。賞与を「基本給×月数」、退職金を「基本給×係数」で決める会社では、ベアがこれらの額も押し上げる要因です。費目ごとの試算は人事評価システムの人件費シミュレーション機能とは?昇給・賞与原資の試算に含める費目と給与連携の要件で整理しています。
ベアを号俸表に入れず手当で上乗せする方法を採る場面と避ける場面
表を書き換える代わりに「ベア手当」のような定額の手当を全員に足す方法もあります。号俸表を変えずに済み、翌年に業績が落ちたときに手当の見直しで調整しやすいのが利点です。賞与と退職金が基本給だけに連動している会社では、手当分はそこへ波及しません。
ただし、この方法は1〜2年の暫定措置に限るべきです。手当のまま何年も重ねると、基本給と手当の比率が崩れ、初任給の比較で基本給が他社より低く見えます。時間外労働の割増賃金の計算基礎には、家族手当や通勤手当など法令で除外できる手当に当たらない限り含まれるため、残業代の計算は表を書き換えた場合と変わりません。3年目もベアを続けるなら、手当を号俸表へ繰り入れて版を切り替えます。
定昇とベアを分けて記録する仕組みを組む会社と、表計算で足りる会社の境界
内訳を分けて記録する仕組みは、すべての会社に要るわけではありません。号俸表の有無と、ベアをどれだけの頻度で行うかで線を引けます。
号俸表を持たず個別に昇給額を決める30人以下の会社は内訳の記録で足りる
従業員が30人以下で、号俸表を持たずに社員ごとに翌年の基本給を決めている会社は、仕組みを組むのは過剰です。昇給を決める表計算に「定昇分」「ベア分」の2列を足し、全員に同じ考え方で足した額をベア分として書き分ければ、採用や社員への説明に必要な内訳はそろいます。
この規模で号俸表を新たに作る場合も、先に決めるのは表の金額ではなく、毎年の昇給をどの基準で決めるかです。表を作った後にベアの配り方を決めると、上の計算例のように号差が動き、翌年の原資の見通しが立たなくなります。
号俸表とベアを毎年回す会社が適用日つきの表と内訳の記録を持つ理由
従業員が50人を超え、等級ごとの号俸表を持ち、2年続けてベアを行った会社は、表計算の上書きでは版と内訳を追えなくなります。必要になるのは、適用開始日つきの号俸表、社員ごとの号俸の履歴、昇給額の定昇分とベア分の記録、新しい基本給を給与計算へ渡す連携の4つです。給与計算システムの製品が号俸表の版や適用日の予約に対応しているかは、給与計算システムとは?機能・種類・比較の観点から個別開発の判断まで解説の観点で確認できます。
製品の標準機能で号俸表の版を持てない場合、給与計算の製品は置き換えず、号俸表と内訳の計算だけを周辺に組むのが現実的です。一創の人事・労務管理システム開発では、適用日つきの号俸マスタ、定昇分とベア分を分けた昇給の計算、決裁済みの基本給を給与計算と随時改定の判定へ渡す連携を、既存の製品の周辺に組み込む形で設計します。
よくある質問
定期昇給とベースアップの違いについて、賃金改定を担当する人事からよく出る質問に答えます。
ベアがない年でも給料は上がりますか?
定期昇給の制度がある会社なら、ベアがない年でも号俸が上がる分だけ基本給は上がります。設計例ではB評価で6,000円でした。ただし号俸表の上限に達した社員や、規程に「業績の著しい低下などで行わないことがある」と書いてある会社で見送りが決まった年は、定昇も行われません。会社全体の賃金水準はベアがない限り上がらないため、物価が上がった年は実質の賃金が目減りします。
ベースアップや定期昇給をしないことは違法ですか?
ベアを行う義務を定めた法律はありません。定期昇給も、制度を設けるかどうかは会社の判断です。ただし就業規則に昇給の条件を定めている場合は、その定めに従う必要があります。条件なしで毎年の昇給を約束する書き方をしていると、見送りが規程違反になりかねません。最低賃金を下回る社員がいる場合は、発効日までに引き上げる義務があります。
ベアは賞与や退職金にも影響しますか?
賞与や退職金を基本給に連動させている会社では影響します。賞与を「基本給×2か月」で決めているなら、5,000円のベアで1回あたり10,000円の増額です。退職金を「退職時の基本給×勤続年数別の係数」で決めているなら、退職時の基本給が上がった分だけ増えます。ポイント制など基本給と切り離した退職金の会社では、ベアは直接は響きません。
パートやアルバイトの時給にもベースアップはありますか?
時給の表を一律に引き上げれば、パートやアルバイトのベアに当たります。連合の2026年最終集計では、有期・短時間・契約等の労働者の時給の引き上げは加重平均で75.01円、引き上げ率は概算6.18%で、一般組合員の平均賃金方式の率を上回りました。パートに昇給の制度がない会社でも、最低賃金の改定に合わせて毎年時給を見直す必要があります。
定昇とベアを区別していない会社は、昇給をどう説明すればよいですか?
今年の昇給額のうち、全員に共通して上げた部分をベア分、評価や勤続で個人ごとに差がついた部分を定昇分として、考え方を決めてから説明します。たとえば全員に一律3,000円を足し、評価で0〜8,000円を上乗せしたなら、3,000円がベア分です。考え方を翌年も変えずに使えば、年ごとの内訳を比べられるようになります。
関連記事
- 昇給とは:定期昇給・ベアの違いと昇給額の決め方、評価から給与改定までの業務フロー:定昇とベアを含む昇給全体の種類と、給与への反映までの段取りを扱っています。
- 定期昇給とは:号俸と評価で昇給額が決まる仕組み、制度設計と停止・廃止の注意点:この記事の設計例のもとになった号俸表と評価別の昇給号数を解説しています。
- 昇給の平均:令和7年調査の13,601円と2026年春闘、規模別・業種別の相場と昇給原資の決め方:定昇とベアを合わせた昇給の相場と、自社の昇給原資の決め方を確認できます。
- 人事評価システムの人件費シミュレーション機能とは?昇給・賞与原資の試算に含める費目と給与連携の要件:ベアが賞与や社会保険料に波及する分まで含めた試算の方法を整理しています。
- 給与計算システムとは?機能・種類・比較の観点から個別開発の判断まで解説:号俸表の改定後の基本給を反映する給与計算システムの機能と選び方を解説しています。