社会保険の適用拡大は、2026年10月1日に1つ目の山を越えました。短時間労働者の加入要件から月額8.8万円の賃金要件が消え、同じ日に、新たに加入する人の保険料を会社が一時的に肩代わりする「保険料調整制度」が始まっています。この先は2027年10月から企業規模要件が4段階で下がり、2029年10月には常時5人以上の個人事業所が業種を問わず対象となる予定です。本記事では、2025年の年金制度改正法で決まった4つの変更と施行日を厚生労働省・日本年金機構の一次情報で整理し、給与・人事システムのどこを直すかを施行日順に解説します。
まとめ:社会保険の適用拡大は4本立て、給与計算の改修は保険料調整から始まる
今回の適用拡大は、賃金要件の撤廃(2026年10月)、保険料調整制度(2026年10月開始)、企業規模要件の段階撤廃(2027年10月〜2035年10月)、個人事業所の業種要件の解消(2029年10月)の4本で構成されます。週20時間以上・2か月超の雇用見込み・学生でない、という加入の線は残り、変わるのは「どの会社の、どの賃金の人まで」という範囲です。
給与システムへの影響が最も大きいのは保険料調整制度です。対象者の本人負担を最大25%分軽くし、会社はその分を立て替えて納付し、3か月後の保険料から差し引きで戻ってきます。軽減額の計算、通算3年の期間管理、還付の突き合わせは、既製の給与ソフトのアップデートだけでは運用が回らない会社が出る領域です。自社が2027年10月以降に対象になるかを被保険者数で確かめ、対象になるなら1年前から改修の段取りを組むのが安全な順番です。
2025年の年金制度改正法で決まった社会保険の適用拡大4項目と施行日の一覧
根拠となる法律は、2025年6月13日に成立し6月20日に公布された「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」(令和7年法律第74号)です。厚生労働省の「社会保険の加入対象の拡大について」に改正の全体像が掲載されています。
賃金要件・保険料調整・企業規模・個人事業所の4項目を施行日順に並べた早見表
4項目の施行日は、厚生労働省の改正法の施行日資料で次のように示されています。
| 施行日 | 変更内容 | 影響を受ける会社 |
|---|---|---|
| 2026年10月1日 | 月額8.8万円の賃金要件を撤廃 | 特定適用事業所(現在は51人以上) |
| 2026年10月1日 | 保険料調整制度の開始(通算3年) | 2026年10月以降に新たに適用される事業所 |
| 2027年10月〜2035年10月 | 企業規模要件を4段階で撤廃 | 36〜50人から順に全企業へ |
| 2029年10月 | 常時5人以上の個人事業所は全業種が適用 | 新設の個人事業所 |
51人以上の会社は2026年10月の賃金要件撤廃で、それ以外の会社は企業規模要件の段階撤廃で影響を受けます。自社がどちらの列に入るかで、準備の着手時期が2年以上ずれます。
2026年10月1日に撤廃された月額8.8万円の賃金要件と政令第275号による確定
賃金要件の撤廃は、法律上は「公布から3年以内の政令で定める日」とされていました。2026年9月11日に施行期日を定める政令(令和8年政令第275号)が公布され、保険局・年金局の連名通知で施行日は令和8年10月1日と示されています。
日本年金機構のお知らせは、撤廃後の要件を「週20時間以上」「企業規模51人以上」「学生でない」と整理しています。例外は、最低賃金法第7条の減額特例を受けて月額8.8万円未満となる「特定減額特例対象者」で、原則は対象外のまま、本人の申出があれば加入できます。
106万円の壁が判定から外れても残る週20時間の線と130万円の扶養認定
賃金要件の撤廃で、いわゆる106万円の壁は加入判定の基準ではなくなりました。ただし壁が消えたわけではありません。週の所定労働時間20時間という線が、そのまま加入の境目として残ります。
家族の扶養に入るかどうかを決める130万円の線も別に残っています。従業員から「年収をいくらに抑えれば手取りが減らないか」と聞かれた場合の整理は、年収の壁の一覧と手取りの分岐点で扱っています。会社側は、時間で判定する仕組みに切り替えたかどうかを先に確認してください。
企業規模要件の段階撤廃と個人事業所への拡大で対象になる会社の見分け方
週20時間以上の短時間労働者を加入させる義務は、これまで厚生年金の被保険者が51人以上の会社に限られていました。この人数の線が10年かけてなくなります。
2027年10月の36人以上から2035年10月の全企業まで4段階で下がる人数の線
新たに対象となる企業規模は、2027年10月に36〜50人、2029年10月に21〜35人、2032年10月に11〜20人、2035年10月に10人以下です。人数は正社員の頭数ではなく厚生年金の被保険者数で数え、同一法人の全事業所を合算します。
36人前後の会社は特に注意が要ります。被保険者数の判定方法や、対象時期を待たずに労使合意で加入させる任意特定適用の手続きは、社会保険加入条件は50人以下の場合どうなるかを整理した記事で詳しく解説しています。
常時5人以上の個人事業所は2029年10月から全業種、既存の事業所は当分の間対象外
個人事業所はいま、法定17業種で常時5人以上を使用する場合だけが強制適用です。農業・林業・漁業、宿泊業、飲食サービス業などは人数にかかわらず対象外でした。厚生労働省の個人事業所向けページによると、2029年10月からは業種を問わず常時5人以上で適用されます。
ただし2029年10月の時点で既に存在する事業所は、当分の間対象外です。影響を受けるのは主に、この日以降に開業または5人以上に増える個人の飲食店や宿泊施設です。法人化している会社はもともと人数にかかわらず適用事業所なので、この変更とは関係がありません。
2026年10月開始の保険料調整制度:労使の負担割合を3年間変える特例の仕組み
保険料調整制度は、新たに加入する短時間労働者が手取りの減少を避けて働く時間を抑える「就業調整」を防ぐための時限措置です。日本年金機構の制度概要では、事業主が健康保険料と厚生年金保険料の本人負担分の一部を追加で負担し、その追加分を制度全体で支援する仕組みと説明されています。
対象は標準報酬月額12.6万円以下の短時間労働者と新たに適用される事業所だけ
対象となる事業所は2種類です。1つは2026年10月以降に任意特定適用事業所になった事業所、もう1つは2027年10月以降の企業規模要件の撤廃で特定適用事業所になる事業所です。2026年10月1日時点で既に51人以上の特定適用事業所だった会社は使えません。
対象者は、週20時間以上でフルタイムの4分の3未満、標準報酬月額12.6万円以下、学生でない短時間労働者です。フルタイムの従業員や、月収が13万円を超える短時間労働者は軽減の対象になりません。
軽減割合は1・2年目が最大25%、3年目は半分になる標準報酬月額別の負担割合表
日本年金機構の計算方法のページでは、軽減額を「標準報酬月額×保険料率×保険料軽減割合」で求め、小数点第一位を四捨五入すると定めています。
| 標準報酬月額 | 軽減割合(1・2年目) | 軽減割合(3年目) | 従業員:事業主(1・2年目) |
|---|---|---|---|
| 88,000円以下 | 25% | 12.5% | 25:75 |
| 98,000円 | 20% | 10% | 30:70 |
| 104,000円 | 14% | 7% | 36:64 |
| 110,000円 | 9% | 4.5% | 41:59 |
| 118,000円 | 5% | 2.5% | 45:55 |
| 126,000円 | 2% | 1% | 48:52 |
厚生年金保険料(料率18.3%)で標準報酬月額88,000円の人なら、1・2年目の軽減額は4,026円、3年目は2,013円です。本来の本人負担8,052円が、1・2年目は4,026円になります。賞与にかかる保険料、介護保険料、子ども・子育て支援金は軽減の対象外です。
事業主は軽減分を立て替えて納付し、3か月後の保険料から差し引きで戻る流れ
会社の負担は最終的には増えません。ただしお金の流れは一度膨らみます。還付のページによると、事業主は軽減分を含めた保険料をいったん納め、その追加負担分が3か月後の保険料額から差し引かれる仕組みです。差し引きの内容は保険料調整通知書で届きます。
納期限や督促期限までに納付しなかった月は還付されず、保険料調整不該当通知書が届きます。資金繰りの都合で納付を遅らせる会社ほど、軽減分を丸ごと自社で負担する結果になりやすい点に注意してください。
開始申出は対象になった日から2年以内に郵送か窓口、途中でやめることはできない
制度を使うには保険料調整開始申出書の提出が必要です。日本年金機構のチラシでは、対象となった日から2年以内に、事務センターへの郵送か年金事務所への郵送・窓口持参で出すこととされ、電子申請はできません。健康保険組合に加入している会社は、提出方法を各組合に確認します。
一度始めると、事業主の判断で途中でやめることはできません。従業員の将来の年金額は減らないため、従業員への説明は「手取りが3年間増える」の一点に絞れます。
適用拡大で給与・人事システムに入る改修項目を施行日順に並べたチェックリスト
制度の変更は、給与計算・人事マスタ・会計の3か所に分かれて効いてきます。施行日の早い順に、システム側で手を入れる箇所を並べます。
2026年10月:賃金8.8万円の判定ロジック削除と特定減額特例対象者の申出フラグ
51人以上の会社では、月額賃金で加入可否を分けていた判定式を外し、週の所定労働時間と雇用見込み期間だけで判定する形に変えます。表計算で管理している会社は、賃金の列で絞り込むフィルタが残っていないかを確認してください。
あわせて、最低賃金の減額特例を受けている従業員には「本人申出による加入」の有無を持つ項目が要ります。この区分を持たない給与ソフトでは、備考欄の手入力に頼ることになり、翌年の算定基礎届で漏れが出やすくなります。
保険料調整:本人負担の軽減額計算と、通算3年を数える対象月カウンタ
給与計算側で必要になるのは3つの要素です。軽減割合を標準報酬月額から引く表、1・2年目と3年目を切り替える月数カウンタ、介護保険料と子ども・子育て支援金と賞与を軽減の計算から外す条件です。
- 標準報酬月額が12.6万円以下かを毎月判定し、超えた月は軽減を止める
- 制度の利用開始月から通算月数を数え、25か月目から軽減割合を半分にする
- 健康保険料と厚生年金保険料それぞれに「標準報酬月額×料率×軽減割合」を掛け、四捨五入する
- 給与明細の控除額に軽減後の本人負担を出し、会社の追加負担額を別に記録する
標準報酬月額が定時決定や随時改定で12.6万円をまたぐと、軽減の有無が月単位で切り替わります。標準報酬月額の決め方は社会保険料の計算方法と端数処理の記事で整理しています。
立替納付と3か月後の還付を会計で突き合わせる管理と不該当月の検知
会計側では、納付月の追加負担額と、3か月後に差し引かれた額を対で照合する台帳が要ります。給与システムで記録した追加負担額と保険料調整通知書の額が合わない月は、対象者の判定か納付期限のどちらかに問題があります。
不該当通知書が届いた月を記録しておくと、軽減分が自社負担として確定した金額を月次決算に反映できます。この照合を手作業で続けるなら、対象者が10人を超えたあたりから担当者の工数が目に見えて増えます。
2027年10月以降:被保険者数の月次監視と対象者の資格取得届の一括作成
50人以下の会社では、自社が対象になる時期を被保険者数で監視する仕組みが先に要ります。対象時期が近づいたら、週20時間以上の短時間労働者を抽出し、資格取得届を一括で作る流れを用意することが必要です。届出を電子申請で出す場合の範囲と準備は労務管理システムの電子申請対応の記事で扱っています。
2028年10月には雇用保険の加入範囲も週10時間以上へ広がるため、雇用保険の加入条件と自動判定の記事とあわせて、2つの保険の判定を同じ勤怠データから出せるかを点検しておくと二重管理を避けられます。
既製の給与ソフトの更新で足りる会社と個別開発で改修を設計する会社の境界
改修の重さは、短時間労働者の人数より「データがどこにあるか」で決まります。判断の目安を2つの側から示します。
短時間労働者が数人で協会けんぽ加入なら、給与ソフトの更新と表計算の照合で足りる
対象者が数人、健康保険が協会けんぽ、給与と勤怠が同じクラウド給与ソフトに入っている会社は、ベンダーの法改正対応を待って設定を確認すれば足ります。保険料調整の還付照合も、月数件なら表計算で回ります。この規模で個別開発に進むのは過剰です。
ソフトの乗り換えを考えるなら、保険料調整への対応時期を比較項目に加えてください。比較の進め方は給与計算システムを4つの軸で比較する記事にまとめています。
健康保険組合・複数拠点・独自の手当体系がある会社は改修を設計し直す
健康保険組合に加入している会社は、保険料調整の申出方法が組合ごとに異なり、既製ソフトの標準機能が前提とする協会けんぽの流れと合わないことがあります。複数拠点で勤怠システムが別々の会社、シフト制で所定労働時間が月ごとに変わる会社も、週20時間の判定と軽減額の計算をまとめて組み直す必要があります。
この条件に当てはまる会社では、勤怠・給与・会計の間のデータ連携を設計し直すほうが、毎月の手作業より安く済む場合が多くなります。一創では、保険料調整の軽減額計算や還付の突き合わせ、被保険者数の監視を既存の給与システムと連携させる人事・労務管理システム開発のご相談を受けています。
保険料調整を使わない選択と、キャリアアップ助成金の新コースの位置づけ
保険料調整制度は対象事業所なら使える制度ですが、申出をしない選択もあります。月収13万円を超える人が多い会社や、3年後に軽減が終わったときの手取り減をかえって説明しにくいと考える会社は、時給の引き上げで吸収するほうが運用は単純です。
助成金も変わっています。キャリアアップ助成金の社会保険適用時処遇改善コースは2026年3月末までの取組が対象で、新たな取組は短時間労働者労働時間延長支援コースが受け皿です。令和8年度の助成額は1年目で1人あたり中小企業40万円、小規模企業50万円です。
よくある質問
社会保険の適用拡大について、人事・給与担当者から寄せられやすい質問をまとめました。
社会保険の適用拡大で、2026年10月から何が変わりましたか?
2026年10月1日に、短時間労働者の加入要件から月額8.8万円の賃金要件がなくなりました。51人以上の特定適用事業所では、週20時間以上・2か月超の雇用見込み・学生でない、の条件を満たせば賃金にかかわらず加入対象です。同じ日に保険料調整制度も始まりましたが、こちらは2026年10月以降に新たに適用される事業所が対象で、既に51人以上だった会社は使えません。
従業員50人以下の会社は、いつから適用拡大の対象になりますか?
厚生年金の被保険者数で判定し、36〜50人は2027年10月、21〜35人は2029年10月、11〜20人は2032年10月、10人以下は2035年10月からです。対象時期より前でも、被保険者等の2分の1以上の同意を得て任意特定適用の申出をすれば加入させられます。2026年10月以降に任意特定適用になった場合は、保険料調整制度も使えます。
保険料調整制度は、従業員が自分で申請する必要がありますか?
申請するのは事業主で、従業員の手続きはありません。対象となった日から2年以内に保険料調整開始申出書を郵送か窓口で提出します。電子申請はできません。軽減を受けても従業員が将来受け取る年金額は減らないと日本年金機構が説明しているため、従業員には手取りが増える期間と、3年目に軽減が半分になる点を伝えれば足ります。
保険料調整制度を使うと、会社の負担は増えますか?
最終的な負担は増えません。事業主は軽減分を含めた保険料をいったん納め、その追加分が3か月後の保険料から差し引かれます。ただし納期限や督促期限までに納めなかった月は差し引かれず、軽減分が会社の負担として確定する仕組みです。立替分の資金繰りと、還付額の照合の手間は発生します。
健康保険組合に加入している場合も、保険料調整制度は使えますか?
厚生年金保険料は日本年金機構への申出で調整されますが、健康保険組合に加入している場合の提出方法は各組合に問い合わせるよう案内されています。組合ごとに手続きが異なる可能性があるため、2027年10月以降に対象となる会社は、適用の半年前には加入している組合に取り扱いを確認しておくと安全です。
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