定期昇給とは、就業規則や労働協約で定めた制度に従い、毎年決まった時期に基本給を引き上げる昇給のことです。この記事では、厚生労働省の調査に基づく定期昇給の定義と規模別の導入状況、等級と号俸の賃金表で評価から昇給額を決める計算の仕組み、定昇原資の見積もりと上限号俸への張り付きを防ぐ制度設計、定期昇給を止めたり廃止したりするときの就業規則と労働契約法の論点を、制度を運用する企業の人事の立場から解説します。
まとめ:定期昇給の仕組みと制度設計、止めるときの注意点の要点
定期昇給は、賃金表の中で社員を毎年一段ずつ上へ動かす仕組みです。多くの会社は等級ごとに号俸を並べた表を持ち、評価が良いほど多くの号数を上げます。厚生労働省の令和7年調査では、常用労働者100人以上の企業の81.2%に定期昇給の制度がありました。
制度を作るときに先に決めるのは、号差の金額、評価記号ごとの昇給号数、上限の号俸の3つです。ここが決まれば、昇給原資は「対象人数×平均号数×号差」で見積もれます。上限を低く置きすぎると、勤続の長い社員が数年で頭打ちになり、昇格できない人の処遇が問題になります。
定期昇給を止めるときは、規程の書き方が分かれ目です。「業績の著しい低下などで行わないことがある」と書いてあれば、その年の見送りは規程の範囲内で行えます。制度そのものを廃止するなら就業規則の不利益変更に当たり、労働契約法第10条の合理性が問われます。号俸表の改定を年に1回以上行う会社や、従業員が50人を超える会社は、号俸表を適用期間つきのデータで持つ段階です。
定期昇給の意味と対象:厚生労働省の定義と企業規模別の制度の有無
定期昇給は「定昇」と略され、春闘の報道ではベースアップ(ベア)と並べて語られます。まず統計上の定義と、どの規模の会社がどの程度この制度を持っているかを確認します。
規程に従い毎年増額する昇給という定義と、ベースアップとの役割の違い
厚生労働省の令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況は、定期昇給を「あらかじめ労働協約、就業規則等で定められた制度に従って行われる昇給のことで、一定の時期に毎年増額すること」と定義しています。年齢や勤続年数による自動昇給のほか、能力や業績の評価に基づく昇給も含み、毎年時期を決めて査定している場合も定期昇給です。
ベースアップは、賃金表そのものを書き換えて賃金の水準を引き上げることです。定期昇給は表の中で個人が上へ移る動きで、表の数字は変わりません。昇給全体の種類や、評価確定から給与への反映までの段取りは昇給とは:定期昇給・ベアの違いと昇給額の決め方、評価から給与改定までの業務フローで整理しています。定昇とベアを賃金表の動きで比べた詳細は定期昇給とベースアップの違い:賃金表の動きで比べる昇給額と給与システム改定の手間で解説しています。
定昇制度ありは5,000人以上で88.7%、100〜299人で78.7%という規模差
令和7年調査の第3表を規模別に見ると、定期昇給の制度がある企業の割合は次のとおりです。
| 企業規模など | 定昇制度あり | 内容:自動昇給 | 内容:業績評価など |
|---|---|---|---|
| 5,000人以上 | 88.7% | 32.9% | 77.8% |
| 1,000〜4,999人 | 92.0% | 38.8% | 78.5% |
| 300〜999人 | 85.4% | 26.5% | 75.8% |
| 100〜299人 | 78.7% | 26.7% | 70.7% |
| 労働組合あり | 92.3% | 38.0% | 80.6% |
| 労働組合なし | 77.9% | 24.4% | 70.0% |
内容の2列は定昇制度のある企業に占める割合で、複数回答のため、自動昇給と業績評価などを併用する会社は両方に数えられます。規模が小さく組合のない会社ほど制度を持たない割合が高く、組合のない企業では20.7%が「定昇制度なし」でした。調査の対象は100人以上の企業なので、それより小さい会社では制度を持たず、社長が毎年個別に金額を決める運用がさらに多いと見ておくのが現実的です。
定期昇給の仕組み:等級と号俸の賃金表で評価から昇給額が決まる流れ
評価型の定期昇給を持つ会社の多くは、等級と号俸で基本給を決める賃金表を使います。ここでは架空の設計例で、表の読み方から昇給額の計算までを追います。
号俸表の構造:等級ごとの初号の額・号差金額・上限号俸の3要素
号俸表は、等級ごとに「1号俸」から「上限の号俸」までの基本給を並べた表です。等級の初号の額に、号が1つ上がるごとの増分である号差金額を足していく形で作ります。設計例として、3等級の初号を240,000円、号差を1,500円、上限を40号俸とすると、表の一部は次のとおりです。
| 3等級の号俸 | 基本給(設計例) | 計算 |
|---|---|---|
| 1号俸 | 240,000円 | 初号の額 |
| 15号俸 | 261,000円 | 240,000円+14号×1,500円 |
| 20号俸 | 268,500円 | 240,000円+19号×1,500円 |
| 40号俸(上限) | 298,500円 | 240,000円+39号×1,500円 |
実際の表では、号差を等級が上がるほど大きくしたり、同じ等級の中でも上の号ほど号差を小さくしたりします。賃金表の型の違いは等級制度とは?職能・職務・役割の3類型の違いと選び方、人事マスタに持たせる設計要件で、昇給額積み上げ方式や段階号俸表との比較として扱っています。
評価記号ごとの昇給号数をS6号からD0号まで決める設計例と計算
評価型の定期昇給では、評価記号ごとに何号上げるかを決めた表を規程に付けます。設計例では、標準のB評価を4号、最上位のSを6号、最下位のDを0号とします。号差1,500円の3等級なら、昇給額はS 9,000円、A 7,500円、B 6,000円、C 3,000円、D 0円です。
3等級15号俸(261,000円)の社員がA評価を取ると、5号上がって20号俸の268,500円になります。昇給額は7,500円、昇給率は約2.9%です。B評価の社員との差は1年あたり1,500円で、この差が評価の重みになります。差を広げたいなら、Sを8号、Dを0号のように上下の幅を開くか、号差そのものを大きくします。
D評価を0号にする会社と、1号は上げる会社があります。0号にすると、低評価の社員は同じ年齢の社員から毎年数千円ずつ離れていくため、評価の根拠を面談で説明できる体制が前提です。
年齢給・勤続給の自動昇給と査定昇給の違い、昇給を止める年齢の設計
自動昇給は、年齢や勤続年数が1つ進むたびに決まった額を上げる仕組みです。年齢給の表を「20歳から1歳ごとに2,000円」のように作り、評価に関係なく毎年上がります。令和7年調査では定昇制度のある企業の27.5%が自動昇給を、72.4%が業績評価などに基づく昇給を内容に挙げました。
自動昇給だけの制度は、社員の年齢構成が上へ寄ると人件費が評価と関係なく膨らみます。そのため、基本給を年齢給と職能給などに分け、年齢給の昇給を40歳や45歳で止めて、それ以降は評価による昇給だけにする設計がとれます。昇給が止まった社員から問い合わせを受けたときの根拠は、止める年齢を書いた規程です。
定期昇給の制度設計:昇給原資の見積もりと上限号俸の張り付き対策
号俸表と昇給号数を決めたら、毎年いくらの原資が要るのか、上限に達した社員をどう扱うのかを先に詰めます。この2点を後回しにすると、運用を始めて数年で制度を作り直すことになります。
昇給原資は対象人数×平均昇給号数×号差で見積もり、賞与にも響く
設計例で、対象者100人の評価がS 5人・A 20人・B 50人・C 20人・D 5人に分かれたとします。平均昇給号数は(5×6+20×5+50×4+20×2+5×0)÷100=3.7号です。号差1,500円なら1人あたり月5,550円、100人で月555,000円、12か月で6,660,000円が定期昇給の原資になります。
これで終わりではありません。賞与を「基本給×月数」で決めている会社では、基本給が上がった分だけ賞与も増え、会社負担の社会保険料も増えます。人件費の試算に入れる費目は人事評価システムの人件費シミュレーション機能とは?昇給・賞与原資の試算に含める費目と給与連携の要件で整理しています。一方、定年退職者が抜けて新卒が入れば、全員が定期昇給しても会社全体の賃金総額はそれほど増えません。この入れ替わりで賃金の水準が保たれる考え方は、賃金カーブとは?令和7年調査の実数と2026春闘の維持分5,430円で賃金カーブの維持分として解説しています。
上限号俸に張り付いた社員の扱い:昇格・号俸の延長・調整給の比較
設計例で3等級37号俸の社員がA評価を取っても、上限の40号俸までしか上がりません。昇給額は7,500円ではなく4,500円になり、翌年からは0円です。昇格の枠が少ない会社では、こうした「張り付き」の社員が年々増えていきます。
対応は3つあります。昇格させて上の等級の表へ移す、上限の号俸を延長する、上限に達した社員には号俸を上げずに一時金や調整給で報いる、のいずれかです。上限の延長は手軽ですが、等級の意味が薄れて年功に戻ります。能力の基準で格付けする職能等級でこの問題が起きやすい理由と、範囲給へ移る設計は職能等級制度とは?昇格要件と職能給の仕組み、職務等級へ移行する等級・給与テーブルの設計で扱っています。実務では、上限を延長する前に、昇格の基準が実態に合っているかを先に見直すのが筋です。
定期昇給の制度を作る5つの手順と、賃金規程に書いておく具体的な項目
新たに定期昇給の制度を作る、または既存の昇給を号俸表に置き換える場合は、次の順で決めます。
- 等級の数と各等級の役割を決める(号俸表の行の単位になる)
- 各等級の初号の額と上限号俸を決め、隣の等級と金額の重なりを確認する
- 号差金額を決め、標準評価で何年かけて上限に達するかを計算する
- 評価記号ごとの昇給号数を決め、設計例のように原資を試算する
- 昇給の時期・対象者・昇給号数表・行わない場合の条件を賃金規程に書く
3の計算では、B評価4号・上限40号なら1号俸から約10年で上限に達します。10年で昇格しない社員が多い会社なら、上限を伸ばすより号差を小さくして年数を延ばすほうが、張り付きを遅らせられます。
定期昇給を止める・廃止するときの就業規則と労働契約法の判断の論点
令和7年調査では、定昇制度のある企業のうち76.8%が定昇を行い、2.6%が行わず、0.1%が延期しました。止める年が来たときに争いにしないためには、制度を作る時点の規程の書き方が効いてきます。
モデル就業規則第49条の「行わないことがある」が見送りの根拠になる
昇給に関する事項は、労働基準法第89条で就業規則の絶対的必要記載事項とされています。厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)第49条は、昇給を毎年決まった日に行うと定めたうえで、「会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある」というただし書きを置き、昇給額は勤務成績等を考慮して各人ごとに決めるとしています。
このただし書きがあれば、業績が大きく落ちた年に定期昇給を見送ることは規程の範囲内の運用です。逆に「毎年4月に4号俸昇給させる」のように条件なしで額まで約束していると、見送りは規程違反になりかねません。規程を書くときは、行わない場合の条件と、額を評価で決めることの2点を必ず入れます。就業規則のほかの記載事項は就業規則とは?絶対的・相対的記載事項と勤怠・給与システムの設定項目を解説で確認できます。
定期昇給の廃止は不利益変更、労働契約法第9条・第10条の合理性判断
1年だけ見送るのではなく、定期昇給の制度そのものをなくす場合は、就業規則による労働条件の不利益変更に当たります。労働契約法第9条は、労働者と合意せずに就業規則を変えて労働条件を不利益に変えることはできないとし、第10条で例外を定めています。
例外として認められるのは、変更後の就業規則を周知し、不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合などとの交渉の状況などに照らして合理的な場合です。定期昇給を廃止して職務給や範囲給へ移る会社が、移行時の現給保障や調整給の段階的な縮小を組み合わせるのは、この相当性を示すためでもあります。廃止を決める前に、社員への説明の記録と、移行後の賃金の試算を残しておきます。
号俸表と定期昇給の計算をシステムで管理する判断と表計算の限界
定期昇給の計算そのものは、等級と号俸と評価記号から表を引くだけです。それでも事故が起きるのは、表が毎年書き換わり、どの版の表で計算したかが分からなくなるからです。
号俸表を適用期間なしで上書きすると起きる遡及計算と版の取り違え
ベースアップを行った年は、号俸表の全部の数字が書き換わります。表計算で号俸表を上書きしていると、4月に遡って差額を払う計算や、前年度に退職した社員の最終給与の確認で、どちらの表を使うべきかが分からなくなります。旧い表のファイルを日付つきで残しても、給与計算ソフト側に登録された基本給と照合する作業は手作業のままです。
システムで管理するなら、号俸表には「適用開始日と適用終了日」を持たせ、社員ごとには「いつから何等級何号俸か」の履歴を持たせます。こうしておけば、基本給は等級・号俸・適用日の3つから必ず同じ額に決まり、遡及計算も過去の版の表で再計算できます。
表計算で足りる会社と、評価から号俸・給与マスタまでつなぐ会社の境界
従業員が30人以下で、号俸表を持たずに社長が昇給額を個別に決めている会社なら、表計算と給与計算ソフトへの手入力で十分です。号俸表の仕組みを組むのは過剰です。50人を超え、等級ごとの号俸表と評価記号の昇給号数表で定期昇給を回している会社は、評価の確定から号俸の更新、給与マスタへの基本給の反映までをつなぐ価値が出ます。給与計算システムの製品が号俸表と適用日の予約に対応しているかは、給与計算システムとは?機能・種類・比較の観点から個別開発の判断まで解説の観点で確認できます。
評価は人事評価システム、給与は給与計算システムと製品が分かれ、号俸の計算だけを表計算で挟んでいる会社は、その間をつなぐ部分だけを組むのが現実的です。評価側の製品の選び方は人事評価システムとは?機能・評価手法・選び方と自社開発の判断軸を開発会社が解説で整理しています。一創の人事・労務管理システム開発では、適用期間つきの号俸マスタ、評価記号から昇給号数と上限号俸を判定する計算、決裁済みの基本給だけを給与計算へ渡す連携を、既存の製品を置き換えずに周辺へ組み込む形で設計します。
よくある質問
定期昇給について、制度を運用する人事担当者からよく出る質問に答えます。
定期昇給は年に何回、いつ行われるのですか?
回数と時期は会社が就業規則や賃金規程で決めます。法律で決まった回数や時期はありません。年1回、事業年度の始まりに合わせて4月分の給与から反映する会社が多く、評価を年2回行う会社でも、昇給は年1回にまとめれば給与マスタの更新も年1回で済みます。時期を変えるときは規程の改定が必要になります。
定期昇給は何歳まで続きますか?
法律の決まりはなく、会社の制度次第です。年齢給の昇給を40歳や45歳で止める会社、等級ごとの上限号俸に達した時点で止まる会社、55歳以降は昇給を行わないと規程に書く会社などがあります。上限号俸による頭打ちは年齢を書かなくても起きるため、自社の号俸表で標準評価の社員が何年で上限に達するかを計算しておくと説明に困りません。
定期昇給の平均額はいくらくらいですか?
定期昇給だけの平均額を毎年まとめた公的統計は多くありません。厚生労働省の調査は定昇・ベア・手当改定を合わせた改定額を示しています。相場の数字と自社の昇給原資の決め方は昇給の平均:令和7年調査の13,601円と2026年春闘、規模別・業種別の相場と昇給原資の決め方で解説しています。
年度の途中で中途入社した社員も定期昇給の対象になりますか?
対象にするかどうかを決める基準は、規程に定められた条件です。「昇給日の時点で在籍し、評価期間に6か月以上勤務した者」のように対象の条件を書いておけば、条件に満たない中途入社者は翌年からの対象と整理できます。入社時の基本給を号俸表のどこに格付けしたかを記録しておかないと、翌年の昇給の起点が分からなくなります。
定期昇給を廃止した会社はどうやって賃金を上げていますか?
職務や役割の大きさで等級を決め、等級ごとに上限と下限のある範囲給を置く方法が代表的です。範囲の中での位置と評価から毎年の昇給額を決めるため、毎年一定の号数を上げる仕組みとは違い、上限に近い社員ほど昇給額が小さくなる仕組みです。物価や採用市場に合わせた水準の引き上げは、範囲給そのものを書き換えるベースアップで行います。
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