昇給とは、基本給など毎月決まって払う賃金を引き上げることです。賞与の増額や残業代の増加は昇給に含めません。この記事では、定期昇給・ベースアップ・臨時昇給の違い、厚生労働省の調査と連合の春闘集計が示す昇給の相場、就業規則とパート・有期雇用の労働条件明示で求められること、人事評価の確定から昇給通知・給与への反映・社会保険の手続きまでの業務フローを、昇給を決める企業の人事・経営の立場から整理します。
まとめ:昇給の種類と昇給額の決め方、給与改定までの段取りの要点
昇給は、根拠の違いで3つに分かれます。毎年の制度に従う定期昇給、賃金表そのものを書き換えるベースアップ、時期を外して個別に上げる臨時昇給です。厚生労働省の令和7年調査では、常用労働者100人以上の企業の81.2%に定期昇給制度があり、その中身の72.4%は年齢や勤続ではなく業績評価などに基づく昇給でした。
会社が昇給について法律で求められるのは、昇給の条件を就業規則に書くことと、パート・有期雇用の人に雇い入れ時の文書で昇給の有無を示すことです。昇給額の保証までは求められていません。2026年10月1日からは、パート・有期雇用の雇用管理指針に、職務の内容や成果を公正に評価して昇給に反映することが望ましいと加わりました。
実務で事故が起きやすいのは、評価の確定から給与マスタの更新までの間です。昇給の決定が4月分の給与に間に合わず差額を遡って払うと、社会保険の随時改定の起算月が差額を払った月にずれます。従業員が50人を超え、等級と評価記号で昇給額を決めている会社は、表計算の転記をやめて昇給の計算と給与計算への反映をつなぐ段階に来ています。
昇給とは何か:基本給が上がる仕組みと賞与・昇格・手当改定との区別
昇給という言葉は、働く側と会社側で指す範囲がずれやすい言葉です。まず、統計と規程で使われる定義から押さえます。
厚生労働省の調査が分ける定期昇給・ベースアップ・諸手当改定の3区分
厚生労働省の令和7年賃金引上げ等の実態に関する調査は、「賃金の改定」を定期昇給(定昇)、ベースアップ(ベア)、諸手当の改定などに分けて定義しています。定期昇給は、労働協約や就業規則で定めた制度に従い、一定の時期に毎年行う増額です。ベースアップは、賃金表の改定によって賃金水準を引き上げることを指します。
諸手当の改定には、役付手当や家族手当、住宅手当などの改定が入り、時間外・深夜の割増手当や慶弔手当は除かれます。つまり昇給と呼ぶのは、毎月決まって払う部分の引き上げです。賞与の増額は賃金の改定にも含まれません。求人票の「昇給あり」も、この毎月の賃金が上がる制度があるという意味で書かれます。
昇給と昇格・昇進の違い、等級が上がる昇給と同じ等級内での昇給
昇格は社内の等級が上がること、昇進は課長や部長などの役職に就くことです。昇給は賃金額の変化を指すため、昇格に伴って基本給が上がる場合も、同じ等級のまま評価で基本給が上がる場合も、どちらも昇給に当たります。
等級制度のある会社では、同じ等級内の号俸を評価で上げる「昇号」と、等級が上がって賃金の帯ごと移る「昇格昇給」を分けて管理します。前者は毎年の定期昇給、後者は昇格の判定に連動する昇給です。両者を区別しないと、昇格した年の昇給額が他の社員より極端に大きく見え、説明に困ります。昇給と昇格の判定の違いは、別の記事で詳しく解説します。
昇給の種類:定期昇給・ベースアップ・臨時昇給を決める根拠と時期の違い
3種類の昇給は、誰が対象になり、何を根拠に、いつ決めるかが違います。違いを表にまとめます。
| 種類 | 対象 | 根拠 | 時期 |
|---|---|---|---|
| 定期昇給 | 制度の対象者(個人ごとに額が違う) | 就業規則・賃金規程の昇給基準 | 毎年決まった時期 |
| ベースアップ | 原則として全員 | 賃金表の書き換え | 労使交渉や経営判断のたび |
| 臨時昇給 | 特定の個人や職種 | 昇格・資格取得・最低賃金改定など | 事由が生じたとき |
1回の改定で複数が重なることもあります。4月に定期昇給とベースアップを同時に行う会社では、本人に届く昇給額は両方の合計です。
定期昇給は自動昇給27.5%と業績評価型72.4%に分かれる毎年の制度
同じ厚生労働省の調査では、定期昇給制度のある企業の中身は「自動昇給」が27.5%、「その他(業績評価など)」が72.4%でした。自動昇給は年齢や勤続年数で一律に上がる仕組みです。業績評価などの型では、毎年時期を決めて査定し、評価の結果で昇給額が変わります。
令和7年中の実施状況を見ると、定期昇給制度のある企業のうち76.8%が定昇を行い、行わなかった企業は2.6%でした。制度があっても、規程に「業績の著しい低下があれば行わないことがある」と書いてあれば、見送る年が出ます。定期昇給の仕組みと運用は、別の記事で詳しく解説します。
ベースアップは賃金表そのものを書き換える全員一律の基本給引き上げ
ベースアップは、等級と号俸ごとの金額を並べた賃金表の数字を書き換えます。表の全体が上にずれるため、評価に関係なく全員の基本給が上がります。定期昇給が「表の中で一段上に移る」動きなら、ベースアップは「表そのものを持ち上げる」動きです。
令和7年調査では、定期昇給制度がある企業についてベアを行った企業は57.8%で、労働組合のある企業では82.1%、ない企業では49.4%と差がありました。物価が上がった年に定期昇給だけで済ませると、若手の初任給が他社に追い越されやすくなります。定期昇給とベースアップの違いの詳細は、別の記事で詳しく解説します。
臨時昇給・特別昇給は定期の時期外の昇給と最低賃金改定への対応
臨時昇給は、定期の時期を待たずに行う昇給です。昇格、資格の取得、顕著な成果、人材の引き止めなどが理由になります。厚生労働省のモデル就業規則第49条も、定期の昇給とは別に「顕著な業績が認められた労働者については昇給を行うことがある」という定めを例示しています。
見落としやすいのが最低賃金の改定です。地域別最低賃金は毎年秋に改定され、時給が下回る人がいれば発効日までに引き上げる義務があります。都道府県ごとの改定額と発効日は最低賃金引き上げ【令和8年度】47都道府県の改定額・発効日と企業の対応手順で確認できます。月給制の社員も時間額に換算すると下回る場合があり、その社員には4月の定期昇給とは別に10月前後の臨時昇給が必要です。
昇給の相場:令和7年調査の改定率4.4%と2026年春闘5.01%の読み方
昇給の相場として引かれる数字は、主に厚生労働省の調査と連合の春闘集計の2つです。集計の対象と中身が違うため、同じ年でも数字がずれます。
厚生労働省調査の1人平均改定額13,601円と定昇・ベアを含む範囲
令和7年調査の概況によると、1人平均賃金の改定額は13,601円、改定率は4.4%で、どちらも比較できる1999年以降で最高でした。対象は常用労働者100人以上の民営企業で、1,847社が回答しています。労働組合のある企業は15,229円・4.8%、ない企業は11,980円・4.0%です。
この改定額は、定期昇給・ベースアップ・諸手当の改定をすべて含んだ1人あたりの所定内賃金の増加額です。賃金の改定で最も重視した要素は「企業の業績」が41.7%で最も多く、「労働力の確保・定着」が17.0%で続きました。100人未満の会社は集計に入っていないため、小規模な会社が自社の目安にするときは、組合のない企業の4.0%と並べて読みます。昇給の平均額の詳細は、別の記事で詳しく解説します。
連合2026春闘の定昇相当込み5.01%と賃上げ分3.50%の差が示すもの
連合の2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計では、平均賃金方式で回答を得た5,368組合の加重平均が16,400円・5.01%でした。300人未満の組合は12,866円・4.69%です。賃上げ分が明確にわかる3,732組合では、賃上げ分が11,510円・3.50%でした。
5.01%は定期昇給にあたる分を含んだ数字で、3.50%はそれを除いたベースアップなどの分です。集計する組合の範囲が違うため単純な引き算はできませんが、定期昇給にあたる分がおおむね1.5%前後を占めている構図が読み取れます。定期昇給で年齢ごとの賃金がどう積み上がるかは賃金カーブとは?令和7年調査の実数と2026春闘の維持分5,430円で、賃金カーブの維持分として解説しています。
昇給率の計算式と、入退社で個人の昇給率と会社の改定率がずれる理由
昇給率は「昇給額÷昇給前の基本給×100」で計算します。基本給25万円の人が7,500円上がれば3.0%です。厚生労働省の改定率も、1人平均の改定額を改定前の1人平均賃金で割った値です。
個人の昇給率と会社全体の改定率は一致しません。定年退職した高い賃金の人が抜け、初任給の新卒が入ると、全員が3%上がっても会社の平均賃金はほとんど上がらないことがあります。人件費の予算を立てるときは、在籍者の昇給額の合計と、入退社による入れ替わりを分けて試算するのが確実です。昇給率の計算方法の詳細は、別の記事で詳しく解説します。
昇給の決め方と法令上の決まり:就業規則とパート・有期雇用の明示
昇給額そのものを決める法律はありません。法律が定めているのは、昇給のルールを書く場所と、雇い入れのときに伝える方法です。
労働基準法第89条の記載義務と、モデル就業規則第49条の書き方
常時10人以上を使用する事業場は、就業規則に「昇給に関する事項」を書かなければなりません。労働基準法第89条の絶対的必要記載事項で、厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)は第49条に、昇給の時期、業績の著しい低下などで行わないことがある旨、勤務成績を考慮して各人ごとに決める旨を例示しています。
雇い入れのときの労働条件の明示でも、昇給に関する事項は明示の対象です。ただし、労働基準法施行規則第5条第3項は、書面で明示する事項から昇給に関する事項を除いています。正社員には口頭でも足りますが、後から争いになりやすいため、労働条件通知書に書いておくのが実務の標準です。就業規則のほかの記載事項は就業規則とは?絶対的・相対的記載事項と勤怠・給与システムの設定項目を解説で確認できます。
パート・有期雇用の昇給の有無の明示と令和8年10月1日の指針改正
パートタイム・有期雇用労働法第6条は、パート・有期雇用の人を雇い入れたとき、昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無、相談窓口を文書の交付などで示すよう事業主に義務づけています。違反した場合は、過料の対象です。厚生労働省の資料は、業績などによって昇給しない可能性がある場合は、制度は「有」としたうえでその旨を明記するよう求めています。
令和8年10月1日適用の改正では、雇用管理指針に「職務の内容や成果等を公正に評価して昇給に反映する等、公正な評価に基づき賃金を決定することが望ましい」が加わりました。パート・有期雇用の人に評価の仕組みがなく、時給を一律の据え置きにしている会社は、説明を求められたときの根拠を用意しておく段階です。パート・アルバイトの時給の昇給基準の作り方は、別の記事で詳しく解説します。
人事評価の確定から昇給通知・給与への反映までの業務フローと期限
昇給は、決めただけでは終わりません。評価の確定から給与への反映、社会保険の手続きまで、担当と期限の違う作業が続きます。ここでは4月に定期昇給を行う会社を例に、段取りを整理します。
評価確定・昇給額決定・決裁・通知・給与マスタ更新の5段階と担当
4月昇給の会社では、前年度の評価を2月から3月に確定させ、3月中に給与マスタを更新するのが標準の流れです。
- 評価確定(2月〜3月上旬・評価者と人事):評価記号を確定し、評価会議の調整結果を反映する
- 昇給額の決定(3月上旬・人事):等級と評価記号の昇給額表に当てはめ、ベースアップ分を足す
- 人件費の確認と決裁(3月中旬・人事と経営):昇給後の月額総額と社会保険料の会社負担を試算する
- 本人への通知(3月下旬・上長と人事):昇給後の基本給と適用月を書面かシステムで伝える
- 給与マスタの更新(4月分の締め前・給与担当):新しい基本給と手当を登録し、旧額との差を検算する
評価記号を昇給額へ換算する表の作り方は、人事評価制度とは?等級・評価・報酬の3本柱と評価手法の種類、2026年改正への備えで扱っています。2から5の段で同じ数字を何度も手で写すと、そのたびに転記ミスの機会が生まれます。
昇給通知書に書く項目と、法令で様式が決まっていない書面の扱い
昇給通知書は法令で様式が決まっている書類ではありません。会社が昇給の結果を本人に伝え、記録として残すための書面です。最低限、氏名、適用年月、昇給前と昇給後の基本給、昇給額、変わった手当、昇給の根拠(定期昇給・ベースアップ・昇格など)を書きます。
評価記号や昇給額表の位置まで書くかどうかは、会社の方針で分かれます。評価の理由を面談で伝え、通知書には結果だけを書く運用が一般的です。紙を配る代わりに給与明細のシステムで交付する場合も、本人がいつでも見返せる形で残しておくと、翌年の昇給面談で前年の金額を確かめられます。
4月昇給の遡及差額と社会保険の随時改定、差額支給月を起算月とする扱い
昇給の決定が4月分の給与の締めに間に合わないと、旧額で払ったあと、5月や6月の給与で4月分からの差額を遡って払うことになります。日本年金機構の随時改定の説明では、さかのぼった昇給の差額が支給された場合は、差額が支給された月を変動月とし、差額を差し引いた3か月の平均で2等級以上の差を判定します。
随時改定は、昇給などで固定的賃金が変わり、変動後3か月の平均で標準報酬月額に2等級以上の差が出たとき、4か月目から改定する仕組みです。4月支給分から昇給を反映できれば7月改定、差額の支給が6月になれば9月改定となり、保険料が変わる月が後ろへずれます。4月から6月は定時決定の算定期間とも重なるため、遡り差額の扱いは社会保険料は4月から6月の給与で決まる:定時決定の計算と算定基礎届をシステムで判定する要件とあわせて確認してください。遡及を出さない一番確実な方法は、評価の確定を2週間前倒しすることです。
昇給業務のシステム化の判断:表計算で足りる規模と組むべき規模の境界
昇給の計算は、仕組みとしては単純です。等級と評価記号から該当する額を引き、足し合わせて計算します。それでもシステム化を検討する会社が多いのは、転記と試算の回数が人数に比例して増えるからです。
昇給シミュレーションと人件費の試算を表計算で続けたときの事故
表計算で昇給を回している会社で起きやすい事故は3つあります。最も多いのは、評価のシートと給与マスタの間で社員番号の行がずれ、別の人の昇給額が登録されることです。次に多い事故として、決裁後に評価会議で記号が変わったのに昇給額のシートだけ直り、給与マスタが旧い額のまま残ることが挙げられます。3つ目は、昇給後の社会保険料の会社負担を試算に入れ忘れ、人件費の予算が数%不足することです。
ベースアップの率を変えた複数案の比較も、表計算では案ごとにシートを複製するため、どの版が決裁されたかが分からなくなりがちです。1年に1回の作業なので手順書も残りにくく、担当者が替わった年に同じ事故が繰り返されます。
製品の昇給機能で足りる会社と、評価と給与の連携を組む会社の境界
従業員が30人以下で、昇給を経営者が個別に決めている会社なら、表計算と給与計算ソフトへの手入力で十分です。昇給の仕組みを作るのは過剰です。50人を超え、等級と評価記号の表で昇給額を決めている会社は、評価の結果から昇給額を計算し、給与マスタへ反映する流れをつなぐ価値が出ます。製品の給与計算システムが昇給の一括登録や適用月の予約に対応しているかは、給与計算システムとは?機能・種類・比較の観点から個別開発の判断まで解説の観点で確認できます。
評価は人事評価システム、給与は給与計算システムと製品が分かれていて、間を表計算でつないでいる会社は、連携部分だけを組むのが現実的です。評価側の製品の選び方は人事評価システムとは?機能・評価手法・選び方と自社開発の判断軸を開発会社が解説で整理しています。一創の人事・労務管理システム開発では、昇給額表に沿った昇給額の計算、ベースアップ案ごとの人件費と社会保険料の試算、決裁済みの額だけを給与マスタへ渡す連携を、既存の製品を置き換えずに周辺へ組み込むところから設計します。
よくある質問
昇給について、会社側からよく出る質問に答えます。
昇給は毎年いつ行われるのですか?
時期は会社が就業規則で決めます。法律で決まった時期はありません。事業年度の始まりに合わせて4月分の給与から反映する会社が多く、その場合は前年度の評価を2月から3月に確定させます。春闘の回答を待ってベースアップを決める会社では、定期昇給だけ4月に行い、ベアの差額を後から払う運用もあります。
昇給がない会社や昇給を見送った年は法律違反になりますか?
昇給を毎年行う義務は法律にないため、昇給がないこと自体は違反ではありません。ただし、就業規則に昇給の定めがあるのに理由なく行わない場合は、規程に反することになります。見送る可能性があるなら、モデル就業規則第49条のように、業績の著しい低下などで行わないことがある旨を規程に書いておきます。
昇給したのに手取りが増えない月があるのはなぜですか?
昇給で固定的賃金が上がり、3か月の平均で標準報酬月額が2等級以上変わると、4か月目から社会保険料が上がります。4月の昇給なら7月から控除額が増えるため、4月から6月より7月以降の手取りの増え方が小さくなります。源泉所得税も、社会保険料を引いた後の給与額に応じて増える仕組みです。
パートやアルバイトにも昇給の制度は必要ですか?
制度を設ける義務はありませんが、雇い入れのときに昇給の有無を文書などで示す義務があります。業績などで昇給しない可能性があれば、「有」としたうえでその旨を書きます。令和8年10月1日からは、職務の内容や成果を公正に評価して昇給に反映することが望ましいと指針に加わりました。
昇給通知書は必ず出さなければいけませんか?
昇給通知書を出す法令上の義務はありません。ただし、昇給後の基本給を記録に残さないと、遡及差額や翌年の昇給額で本人と食い違ったときに確かめる手段がありません。紙でも給与明細システムでの交付でもよいので、適用月と昇給前後の額を本人が見返せる形で残すのが実務の標準です。
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