人事評価システムの人件費シミュレーション機能は、評価結果を昇給額と賞与額に換算し、来期の人件費がいくら増えるかを確定前に試算する機能です。この記事では、機能が試算する範囲と製品の実装例を整理したうえで、昇給・賞与原資の試算に含めるべき費目を計算例で示します。法定福利費は標準報酬月額の等級と改定時期で動くため、料率を一律に掛けるだけでは見込みにずれが生じるため注意が必要です。後半では、給与システムや予算管理システムとの連携を含む要件の書き出し方と、製品の標準機能で足りる条件・自社開発を選ぶ条件を、開発会社の立場から言い切ります。
まとめ|人件費シミュレーションは法定福利費と反映月まで含めて原資を試算する
人件費シミュレーション機能の価値は、昇給額の合計を出すことではありません。昇給が賞与と残業代の単価に波及し、さらに会社負担の社会保険料が増える分まで含めて、来期の人件費総額を確定前に見積もれるかどうかで決まります。社員100名・昇給原資を年900万円とした試算例では、賞与連動・残業単価・法定福利費を足すと増加額は約1,550万円になり、当初の原資の約1.7倍です。
製品を選ぶときは、評価ランクの構成比を見ながら原資内に収める調整ができるか、確定データを給与システムへ渡せるかを確かめます。給与計算と人事評価が同じベンダーで、換算表が号俸表1本で表せるなら製品の標準機能で対応できる条件です。独自の賞与ポイント制や複数の給与体系を持ち、予算管理システムへ部門別の人件費を渡す必要がある場合は、試算ロジックを自社の要件として開発するほうが手戻りが少なくなります。
人事評価システムの人件費シミュレーション機能が試算する範囲と製品の実装例
人事評価システム全体の機能と選び方は人事評価システムとは(機能・評価手法・選び方と自社開発の判断軸)で整理しています。ここでは人件費シミュレーションに絞ります。
評価結果から昇給額と賞与額を出す試算と、配置シミュレーションとの違い
製品紹介で「人件費シミュレーション」と呼ばれている機能は、中身が2種類に分かれます。1つは、評価確定前に評価ランクと昇給表・賞与係数を突き合わせ、昇給額と賞与額の合計を試算する給与改定型です。もう1つは、組織図上で異動や昇格を仮置きし、部署ごとの人件費がどう変わるかを見る配置型です。
評価の運用で必要になるのは前者です。後者はタレントマネジメント寄りの機能で、評価結果を処遇に反映する計算は持たない製品もあります。製品資料に「人件費シミュレーション対応」と書かれていても、どちらを指すのかは画面か仕様書で確かめてください。給与改定型であれば、評価ランクの構成比、1人ごとの昇給額、原資に対する残額の3つが同じ画面に出ているはずです。
ジンジャー人事評価の給与改定シミュレーションと人事奉行の賃金改定オプション
給与改定型の実装例を2つ挙げます。jinjerは2026年5月28日付で、ジンジャー人事評価に「給与改定シミュレーション」機能の提供開始を発表しました。会社全体の人件費予算(原資)に合わせて昇給額を配分し、組織別にS・A・Bなどのランク構成比を可視化して調整したうえで、確定データをジンジャー給与へ反映する流れです。
OBCの人事奉行11 賃金改定オプションは、給与規程をマスタ化して改定額を自動計算し、人事考課結果を反映した改定案を複数作って人件費の増減額を比較できます。賞与は基本給連動型とポイント制の両方に対応し、ポイント制では賞与原資の配分まで計算する仕組みです。公開されているスタンドアロンの価格は300,000円(税抜・オンプレミス)です。前者は評価から給与までを1つのクラウドで回す型、後者は給与規程の計算を重く持つ型で、性格が異なります。製品タイプ全体の違いは人事評価システムの比較(4タイプの選び分けと料金の見方)にまとめました。
昇給・賞与原資の人件費シミュレーションで試算に含める費目と計算例
シミュレーションの精度は、どの費目まで計算に入れるかで決まります。昇給額の合計だけを出す機能は、来期の人件費を小さく見積もります。
昇給原資900万円が約1,550万円になる試算例と5つの費目の内訳
社員100名、平均基本給30万円、昇給率を基本給の2.5%(1人月7,500円)とした例で、増える費目を並べます。賞与は基本給の年4か月分、残業は1人月20時間、月平均所定労働時間は160時間と置きました。法定福利費は、東京・39歳以下の事業主負担率15.4%(健康保険・子ども・子育て支援金・厚生年金・子ども・子育て拠出金・雇用保険)で概算しています。
| 費目 | 計算 | 年間の増加額 |
|---|---|---|
| 基本給の昇給 | 7,500円×100名×12か月 | 900万円 |
| 賞与への波及 | 7,500円×100名×4か月 | 300万円 |
| 残業単価の上昇 | 下記の残業代増加額の計算式を参照 | 約141万円 |
| 法定福利費 | 上の3費目の合計1,341万円×15.4% | 約207万円 |
| 合計 | - | 約1,548万円 |
表の残業代増加額の計算式は、7,500円÷160時間×1.25×20時間×100名×12か月です。
昇給原資として決めた900万円に対し、人件費の増加は約1.7倍です。残業代の増加は、労働基準法第37条の割増賃金が通常の労働時間の賃金を基礎に計算されるために生じます。40歳以上の社員がいれば介護保険料、業種に応じた労災保険料も上乗せとなる計算です。会社負担の内訳と料率の考え方は人件費の計算方法(令和8年度の料率でざっくり試算)で詳しく扱っています。
法定福利費は料率の一律掛けでなく、標準報酬月額の等級と反映月で計算
上の表は料率を一律に掛けた概算です。実際の社会保険料は、給与の額ではなく標準報酬月額の等級に料率を掛けて決まります。月7,500円の昇給で等級が変わらない社員は、健康保険と厚生年金の保険料が増えません。
反映の時期もずれます。日本年金機構の説明では、昇給など固定的賃金の変動後3か月の報酬平均で標準報酬月額が2等級以上変わると随時改定の対象になります。該当しない社員は、4〜6月の報酬で決まる定時決定を経て9月分から改定です。4月昇給の会社なら、年度の前半は保険料が昇給前の等級のまま推移します。料率は協会けんぽの令和8年度保険料率のように都道府県と年度で変わり、雇用保険は令和8年度の雇用保険料率で一般の事業の事業主負担が1,000分の8.5です。
予算の年額を出すだけなら一律掛けの概算で十分です。月次の予実管理まで行うなら、等級表と改定月を持った計算が要ります。計算手順は社会保険料の計算方法(標準報酬月額×料率と端数処理)を参照してください。
賞与の標準賞与額の上限と、評価分布の偏りで原資を超える2つの場面
賞与側の保険料は、日本年金機構の賞与の手続きのとおり、税引き前の賞与額から1,000円未満を切り捨てた標準賞与額に料率を掛けます。厚生年金は支給1回150万円、健康保険は年度累計573万円が上限です。管理職の賞与係数を上げる案を試算すると、上限を超えた分は保険料が増えないため、一律掛けの概算より実額が小さくなります。詳細は賞与の社会保険料(標準賞与額の計算と上限)で解説しています。
原資を超えやすい場面は2つあります。1つ目は、絶対評価でS・Aが想定より多く付いた期です。評価ランクの構成比を見ずに確定すると、昇給額の合計が原資を上回ります。2つ目は、賞与を基本給連動にしている会社で、昇給の試算と賞与の試算を別々に行う場合です。昇給の結果が次の賞与の基礎額を押し上げることを、賞与側のシミュレーションが拾えていないと、賞与原資が後から不足します。
人件費シミュレーション機能の要件定義で決める入力データと出力・連携の粒度
製品を選ぶ場合も開発する場合も、試算に何を入れて何を出すかを先に文書にします。ここが曖昧なまま製品のデモを見ると、画面の見栄えで判断してしまいます。
入力は等級・昇給表・評価分布・在籍見込みの4種類、異動と退職の扱いも
試算に要る入力データは次の4種類です。
- 等級と号俸、または等級ごとの基本給レンジ(社員ごとの現在値)
- 評価ランクごとの昇給額・昇給率と賞与係数を定めた換算表
- 評価ランクの構成比の目安、または相対評価の上限割合
- 来期の在籍見込み(退職予定者・採用予定数・昇格予定者)
見落とされやすいのは4つ目です。期中に退職する社員の昇給を年額で数えると原資を過大に見積もり、4月入社の新卒を数え忘れると過小になります。換算表そのものの作り方は人事評価制度の作り方(等級定義から処遇反映までの手順)で扱っています。換算表がExcelで管理され、毎年列が増えている状態なら、要件定義の前に表の形を固めてください。
複数案の比較と原資の上限制約、超過分の按分方法を画面要件に書き出す
画面の要件で決めることは3点です。昇給率や賞与係数を変えた案を何案まで並べて比較するか。原資を超えたときに警告だけ出すのか、超過分を自動で按分するのか。按分するなら、全員の係数を同率で下げるのか、上位ランクだけ削るのか。
按分方法は制度側の判断で、システムが決めることではありません。ところが制度の文書に書かれていないことが多く、開発やシステムの設定が始まってから人事部と経営層の間で決め直しになります。昇給原資そのものをどう決めるかは昇給の平均(相場と昇給原資の決め方)で示した決め方を前提にし、原資を「入力値」として受け取る作りにしておくと、試算の画面と原資の決定を分けて扱えます。
給与システムへの確定データ連携と予算管理システムへの部門別人件費の受け渡し
出力の要件は、確定データの受け手ごとに書きます。給与システムへは、社員番号・適用年月・新基本給または昇給額・賞与係数を、評価確定から何営業日以内に、CSVかAPIで渡すかを決めます。評価から給与改定までの業務の流れは昇給とは(評価から給与改定までの業務フロー)にまとめました。
予算管理システムへは、部門別・月別の人件費見込みを渡します。法定福利費の反映月を持たない試算だと、4〜8月の予算が実績より大きく出て、予実差の説明に毎月時間を取られる原因になります。このため、反映月も連携要件の確認対象です。受け手側の機能は予算管理システムとは(機能・タイプ比較と選び方)で確認できます。給与側の仕組みは給与計算システムとはを参照してください。
人件費シミュレーション機能を製品で済ませる条件と自社開発を選ぶ判断基準
判断の軸は、換算ルールの複雑さと、試算結果を渡す先の数です。社員数の多さだけでは決まりません。
製品の標準機能で足りる条件は給与と評価が同一ベンダーで換算表が単純なこと
製品の標準機能で済ませてよいのは、次の条件がそろう場合です。給与計算と人事評価を同じベンダーの製品で運用している、または運用する予定がある。換算表が等級×評価ランクの号俸表1本で表せる。賞与が基本給×係数の単純な連動で、試算結果を渡す先が給与システムだけである。
この条件なら、jinjerのように評価から給与までを1つの製品で回す型が向いています。評価システムと給与システムが別ベンダーのまま、CSVの手作業連携で運用を始めるのは勧めません。確定データの転記が毎期発生し、試算の画面で見た金額と実際の支給額がずれたときに原因を追えなくなります。多階層の承認や基幹システム連携が絡む規模の要件は、大企業の人事評価システム(多階層承認・基幹連携の要件)で整理しています。
自社開発・個別開発を選ぶ条件と、Excel試算のままで見送る規模の判断
自社開発を選ぶのは、製品の設定で換算ルールを表現できない場合です。職種ごとに異なる給与体系が3つ以上ある、賞与がポイント制で部門業績の係数を掛ける、組合との協定で昇給の配分ルールが毎年変わる、といった条件がそれにあたります。予算管理システムへ部門別・月別の見込みを渡し、標準報酬月額の改定月まで反映させたい場合も、製品の標準機能では届かないことが多い領域です。
この場合は、既存の給与システムを残したまま試算ロジックだけを個別に作る方法があります。当社の人事・労務管理システム開発では、換算表・按分ルール・連携先を要件として書き出すところから設計しています。
反対に、社員数が数十名で給与体系が1つ、昇給の決定を経営者が直接行っている会社では、シミュレーション機能のために製品を入れ替える必要はありません。Excelに等級表と料率を持たせた試算表で年1回の判断は回ります。システム化を考えるのは、試算表のシートが部門ごとに分かれて集計に半日以上かかるようになった時点です。
よくある質問
人事評価システムの人件費シミュレーション機能について、人事・経理の担当者から寄せられる質問に答えます。
人件費シミュレーション機能はどの人事評価システムにも付いていますか?
付いていない製品も多くあります。評価シートの配布と回収、承認フローを中心にした製品では、昇給額や賞与額の計算は給与システム側の役割とされ、評価システムには入っていません。付いている製品でも、組織図上の配置変更で部署別の人件費を見る配置型と、評価ランクから昇給・賞与を試算する給与改定型があります。評価の処遇反映に使うなら給与改定型かどうかを資料やデモで確認してください。
シミュレーションに法定福利費を含めないとどのくらいずれますか?
東京・39歳以下の社員で、健康保険・子ども・子育て支援金・厚生年金・子ども・子育て拠出金・雇用保険の事業主負担を合わせると、給与と賞与の増加額のおよそ15.4%です。社員100名で給与・賞与・残業代の増加が1,341万円なら、約207万円が上乗せになります。40歳以上の社員の介護保険料や労災保険料も加わるため、法定福利費を除いた試算は人件費の増加を1割以上小さく見積もることになります。
Excelで人件費シミュレーションを行うときの注意点は何ですか?
注意したいのは3点です。賞与が基本給連動なら昇給の結果を賞与の基礎額に反映させること、残業代の単価上昇を入れること、退職予定者と採用予定者を在籍見込みに反映させることです。法定福利費は年額の予算なら料率の一律掛けで足りますが、月次で予実を見るなら、標準報酬月額の等級と随時改定・定時決定の時期を持たせる必要があり、Excelでは式が複雑になります。
評価が上振れして原資を超えたときはどう調整しますか?
方法は大きく2つです。評価ランクごとにS・Aの上限割合を設け、確定前に構成比を原資内に収める相対評価の方法と、絶対評価のまま賞与係数を原資に合わせて事後に按分する方法です。どちらを採るかは制度側で決めておくべき事項で、決めていないとシミュレーションの画面で調整案を作っても確定できません。按分する場合は、全員同率で下げるのか、上位ランクから削るのかも文書にしておきます。
人件費シミュレーションの結果はいつ給与システムに反映すればよいですか?
給与システムの締め日から逆算して、評価の確定期限を決めます。4月支給分から昇給を反映するなら、3月の給与締め前に、社員番号・適用年月・新基本給を給与システムへ渡し終える日程が必要です。評価システムと給与システムが同じ製品ならワンクリックで反映できるものもありますが、別製品ならCSVの項目と受け渡しの担当者を決めておきます。差額の遡及支給が発生する日程は避けるのが無難です。
関連記事
- 人件費とは?含まれるもの・内訳と勘定科目、固定費か変動費か、令和8年度の会社負担額と集計の仕組み【2026年版】:シミュレーションで扱う人件費の範囲と会社負担の内訳を確認できます。
- 人件費率とは?計算式と業種別の目安、労働分配率との違い、日次で予実管理する仕組み【2026年版】:試算した人件費を売上に対する比率で評価するときの目安をまとめています。
- 予実管理とは?予算管理との違い・進め方4ステップとエクセル脱却の判断を解説:人件費の見込みを予算と実績で追う運用の進め方を解説しています。