給与明細の保管期間を会社側で調べると、「給与明細そのものに保存義務はない」「賃金台帳は5年」という2つの答えに行き着きます。どちらも正しいのですが、それだけでは給与計算システムに何年分のデータを残し、いつ消せばよいかは決まりません。この記事では、労働基準法と国税庁の資料をもとに、法定保存の対象になる書類と保存期間、起算日の数え方、電子保存の要件を整理します。そのうえで、退職者のデータとマイナンバーをいつ削除するかまで含めて、保存期間をシステムに設定するときの判断基準を示します。
まとめ:給与明細の保管期間の結論と会社が法定保存すべき書類の範囲
会社が従業員に渡す給与明細は、所得税法で交付が義務づけられている書類です。一方で、交付した明細の控えを何年保存するかを定めた規定はありません。法律が保存期間を定めているのは、賃金台帳や労働者名簿などの労働関係書類と、扶養控除等申告書などの年末調整の申告書です。
賃金台帳は労働基準法第109条で5年保存とされ、経過措置で当分の間は3年が適用されています。年末調整の申告書は提出期限の属する年の翌年1月10日の翌日から7年です。保存期間の数え始めは書類ごとに違い、賃金台帳は最後に記入した日と賃金の支払期日のうち遅い方から数えます。
システムで設定するなら、賃金関係は経過措置の3年ではなく原則の5年で持つのが安全です。給与明細の控えは賃金台帳と同じ期間に揃え、期間を過ぎたデータは退職者の分も含めて削除する仕組みまで用意します。
給与明細そのものに保存義務がない理由と会社が守るべき法定保存の対象
給与明細と賃金台帳は、載っている数字がほぼ同じでも法律上の役割が違います。明細は従業員に渡すための書類で、台帳は会社が手元に残すための帳簿です。
所得税法の交付義務と労働基準法の保存義務が別々に定められている構造
給与明細は、所得税法第231条が給与の支払者に交付を求める「給与等の支払明細書」にあたります。条文が求めるのは従業員に渡すことで、渡した後の控えの保存までは定めていません。電子交付については、国税庁の源泉徴収票等の電子交付に係るQ&Aが承諾や通知の条件を整理しています。
保存の義務を負うのは賃金台帳です。厚生労働省の改正労働基準法等に関するQ&AのQ2-1は、労働基準法第109条の対象として労働者名簿・賃金台帳・雇入れや解雇に関する書類・出勤簿やタイムカードなどを挙げていますが、給与明細の控えは例示に含まれていません。支給額・控除額・勤怠の実績は賃金台帳に同じ内容が残るため、法律上は台帳を保存していれば足りる構造です。
労働基準法第109条の対象書類と原則5年・当分の間3年の経過措置
労働基準法第109条は、労働者名簿、賃金台帳、雇入れ・解雇・災害補償・賃金その他労働関係に関する重要な書類を「五年間保存しなければならない」と定めています。2020年4月1日の改正で3年から5年に延びましたが、附則第143条による「当分の間」の読み替えでは保存期間は3年です。e-Gov法令検索で確認できる2026年7月17日施行分までの改正を反映した条文でも、この読み替えは残っています。
| 書類 | 保存期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| 賃金台帳・労働者名簿・出勤簿・タイムカード | 5年(当分の間3年) | 労働基準法第109条・附則第143条 |
| 年次有給休暇管理簿 | 5年(当分の間3年) | 労働基準法施行規則第24条の7 |
| 扶養控除等申告書・保険料控除申告書など | 7年 | 所得税法施行規則第76条の3ほか |
| 雇用保険の被保険者に関する書類 | 4年(その他は2年) | 雇用保険法施行規則第143条 |
| 給与明細の控え | 定めなし | 交付義務のみ(所得税法第231条) |
保存を怠った場合は、同法第120条により30万円以下の罰金の対象になります。年次有給休暇管理簿の記載項目と保存の扱いは年次有給休暇管理簿とは?記載3項目と保存期間で詳しく扱っています。
扶養控除等申告書など年末調整の書類に適用される7年の保存期間
給与計算の周辺で最も長く残す必要があるのは、年末調整で従業員から受け取る申告書です。国税庁のNo.2503 給与所得者の扶養控除等申告書等の保存期間は、扶養控除等申告書・基礎控除申告書・配偶者控除等申告書・保険料控除申告書・住宅借入金等特別控除申告書などを、提出期限の属する年の翌年1月10日の翌日から7年間保存するよう定めています(令和8年4月1日現在法令等)。
令和7年分の扶養控除等申告書であれば、提出期限は令和7年中なので、令和8年1月11日から7年を数えます。退職した従業員の申告書も同じ期間が必要です。年末調整を電子化して申告書をデータで受け取っている場合は、そのデータ自体が7年保存の対象になります。
保存期間の起算日を書類ごとに決める方法と翌月払いで起きる日付のずれ
「5年」「7年」という期間より実務で間違えやすいのが、いつから数えるかです。起算日を書類の作成日で一律にすると、保存期間の終わりが早く来すぎる書類が出ます。
労働基準法施行規則第56条が書類ごとに定める起算日の一覧と読み方
労働基準法施行規則第56条は、第109条の書類ごとに起算日を定めています。
| 書類 | 起算日 |
|---|---|
| 労働者名簿 | 労働者の死亡・退職・解雇の日 |
| 賃金台帳 | 最後の記入をした日 |
| 雇入れ・退職に関する書類 | 労働者の退職または死亡の日 |
| 災害補償に関する書類 | 災害補償を終わった日 |
| 賃金その他労働関係の重要な書類 | その完結の日 |
労働者名簿と雇入れの書類は、在籍中はずっと保存が続き、退職した日から数え始めます。賃金台帳は年ごとに作る会社が多く、その年の最後の記入日が起算日になります。
賃金の支払期日が記入日より遅い場合に起算日が支払期日へ繰り下がる規定
同条第2項は、賃金台帳と賃金その他の重要な書類について、賃金の支払期日が記入日や完結の日より遅い場合は支払期日を起算日にすると定めています。厚生労働省のQ&AのQ2-3は、賃金計算期間を当月1日から末日、支払期日を翌月10日とする会社の例を挙げ、タイムカードなどの記録は翌月10日から数えるよう説明しています。
12月分の勤怠を締めて翌年1月10日に支払う会社では、12月末に完結したタイムカードの起算日は翌年1月10日です。システムで起算日を「記録の最終日」に固定していると、10日分だけ早く削除対象に入ります。起算日は記録の日付ではなく、その記録が反映された給与の支払日から取るように持たせます。
経過措置の3年と原則の5年のどちらで保存期間を設計するかの結論
結論として、システムの保存期間は原則の5年で設計します。理由は3つあります。1つ目は、退職手当の請求権の時効が経過措置の対象外で5年のままであることです。厚生労働省のスタートアップ労働条件のQ&Aも、退職金の時効や時効の更新があるため、3年を過ぎても書類が必要になる場面が多いと注意しています。
2つ目は、経過措置が「当分の間」で終了日が決まっていないことです。3年で削除する設定にしておくと、経過措置が終わった時点で過去分がすでに消えている状態になります。3つ目は、未払い賃金の請求や訴訟で時効が更新されると、3年を過ぎた期間の勤怠や支給の記録が証拠として求められるためです。3年で削除してよいのは、紙の保管スペースが限られていて、3年経過後の書類を個別に判断できる体制がある場合に限られます。
給与明細の控えを会社が何年残すかを再発行への対応から決める実務上の判断基準
法的な保存義務がないとしても、控えをすぐに捨ててよいわけではありません。控えが必要になる場面から逆算して期間を決めます。
控えを賃金台帳と同じ5年に揃える場合と短くする場合の分かれ目
給与計算システムで明細を発行している会社では、明細は賃金台帳と同じ計算データから作られます。計算データを5年持っていれば、いつでも同じ明細を出し直せるため、明細のPDFを別に保存する必要はありません。この場合の控えの保存期間は、賃金台帳と同じ5年に自然と揃います。
控えを短くしてよいのは、明細を出し直すための計算データを別の場所で5年保存できている場合だけです。逆に、給与計算を社労士事務所や代行会社に委託し、手元に残るのが明細のPDFだけという会社では、そのPDFが実質的に唯一の記録になります。委託先が賃金台帳を保存していても、契約終了時の返却範囲を確認するまでは、明細の控えを5年残しておきます。
退職者から源泉徴収票や過去の明細の再発行を求められる場面と期間
控えが必要になる場面の多くは、退職者からの依頼です。住宅ローンや賃貸の審査、転職先での年末調整、確定申告で源泉徴収票や直近の明細を求められます。国税庁のNo.2030 還付申告によれば、還付申告書はその年の翌年1月1日から5年間提出できるため、医療費控除などで過去分を申告する退職者が5年前の源泉徴収票を求めることもあります。
再発行の依頼に対応できる期間を5年と決めておけば、賃金台帳の保存期間と揃い、社内の説明も1つで済みます。なお従業員側の保管期間の目安は、還付申告の期限に合わせた5年と考えると判断しやすくなります。
賃金台帳と給与明細を電子保存するときの要件と電子帳簿保存法との関係
給与計算をシステムで行っている会社では、賃金台帳を紙に印刷して保存し続ける必要はありません。ただし、電子で持つには満たすべき条件があります。
厚生労働省が示す労務関係書類の電子保存の4要件とシステムの対応
厚生労働省の労務関係の書類をパソコンで作成して保存する場合のFAQは、次の4つを要件に挙げています。
- 法令で定められた記載事項を備え、画面に表示して印字できること
- 労働基準監督官の臨検時などに、必要な事項をすぐに示して提出できること
- 誤って消去されないこと
- 長期にわたって保存できること
システムに落とすと、2番目は従業員や期間を指定して賃金台帳を即座に出力できる機能、3番目は保存期間中のデータに削除操作を許さない権限設定と、バックアップにあたります。給与計算システムの入れ替えで旧システムを停止する場合は、4番目を満たすために過去5年分の賃金台帳をPDFやCSVで書き出し、閲覧できる状態で残しておく必要があります。
賃金台帳は電子帳簿保存法の対象外で労働基準法側の要件で判断する理由
電子帳簿保存法が対象にするのは、法人税法や所得税法などで保存が義務づけられた国税関係帳簿書類です。賃金台帳は労働基準法の帳簿なので、電子で保存するときの要件は前の項の4要件で判断します。一方、年末調整の申告書は所得税法施行規則に基づく書類で、税務の要件で考えます。
電子帳簿保存法の3区分と対象書類は電子帳簿保存法とは?3区分の要件と自社システム対応で整理しています。個人事業主の帳簿の保存期間が7年と5年に分かれる仕組みは個人事業主の帳簿の保存期間で扱っており、給与関係の書類とは根拠法が違う点に注意してください。
Web給与明細のデータ保持期間を法定保存と切り離して決める方法
Web給与明細を使っている会社では、明細システム側にも過去の明細が残ります。明細システムは従業員に見せるための仕組みなので、保持期間は法定保存ではなく、退職者の閲覧猶予や再発行の依頼に応じる期間から決めます。賃金台帳を給与計算システム側で5年保存できていれば、明細システム側で同じ期間を持ち続ける必要はありません。
電子交付の承諾・通知・書面請求への対応と、退職者の閲覧期間の決め方はWeb給与明細とは?配信・閲覧・本人認証の仕組みで解説しています。
給与計算システムで保存期間と退職者データを扱うための設計の要点
ここまでの規定をシステムに実装するときに差が出るのは、保存期間の設定を持つ単位と、期間満了後の削除の仕組みです。
書類種別ごとに起算日と期間を持たせる給与計算システムの保存期間マスタの設計例
保存期間を「給与データは5年」のように1つの設定で持つと、7年保存が必要な年末調整の申告書を早く消すか、5年で消せるデータを7年持ち続けるかのどちらかになります。書類の種別ごとに、起算日の種類と期間を持たせる形にします。
| 書類種別 | 起算日の種類 | 保存期間 |
|---|---|---|
| 賃金台帳 | 最後の記入日と支払期日の遅い方 | 5年 |
| 勤怠記録・タイムカード | 完結の日と支払期日の遅い方 | 5年 |
| 労働者名簿・雇入れ書類 | 退職日 | 5年 |
| 扶養控除等申告書などの申告書 | 提出期限の属する年の翌年1月11日 | 7年 |
| 給与明細の控え | 賃金台帳に揃える | 5年 |
起算日の種類を持たせておけば、在籍中の従業員の労働者名簿は削除対象に入らず、退職日が登録された時点で期間の計算が始まります。賃金の支払期日は給与の締め日と支払日の設定から計算できるため、記録ごとに手入力する必要はありません。
期間満了後の削除と個人情報保護法第22条・マイナンバー廃棄の扱い
保存期間を過ぎた退職者のデータは、残しておけば安全というものではありません。個人情報保護法第22条は、利用する必要がなくなった個人データを遅滞なく消去するよう事業者に努力義務を課しています。マイナンバーはさらに厳しく、国税庁の源泉所得税関係に関するFAQは、最後に提出された扶養控除等申告書の保存期限が過ぎたら、マイナンバーをできるだけ速やかに廃棄または削除する必要があるとしています。
同じFAQは、廃棄が必要になってから作業するまでの期間について、毎年度末に廃棄するなど事業者が判断してよいとしています。システムでは、年度末に削除対象の一覧を出し、担当者が確認して一括で削除し、削除した件数と日時を記録に残す流れにしてください。賃金台帳を5年、申告書を7年と別々に持っていれば、同じ退職者でも給与データとマイナンバーの削除時期がずれる点に注意が要ります。
既製の給与計算システムで足りる条件と個別開発を検討すべき条件
既製の給与計算システムを1本だけ使い、保存期間の設定と退職者データの一括削除ができる製品であれば、それで足ります。給与計算システムの機能の範囲と選び方は給与計算システムとは?機能・種類と個別開発の判断で整理しています。
個別開発を検討するのは、給与計算を委託していて手元に台帳がない、グループ会社ごとに給与システムが分かれている、旧システムの過去データを入れ替え後も5年間参照し続ける必要がある、といった場合です。削除できない製品を使っている会社は、保存期間を過ぎた個人データが残り続けます。こうした条件で給与データの保管庫や保存期間の管理を作り込む場合は、人事・労務管理システム開発として、既存の給与システムとの連携から相談いただけます。
よくある質問
給与明細の保管期間について、会社の担当者から寄せられやすい質問をまとめました。
従業員は給与明細を何年保管すればよいですか?
従業員に保管の義務はありません。目安としては、還付申告ができる期間に合わせて5年と考えると判断しやすくなります。医療費控除などで過去の年分を申告するときは源泉徴収票が必要ですが、明細は未払い賃金の有無を確かめる資料にもなります。賃金の請求権の時効は当分の間3年、退職手当は5年なので、退職後しばらくは手元に残しておくと安心です。
従業員が給与明細をなくした場合、会社に再発行の義務はありますか?
再発行を義務づける規定はありません。ただし、賃金台帳や給与計算データが残っていれば同じ内容の明細を出し直せるため、多くの会社は依頼に応じています。退職者から依頼が来ることも多いので、本人確認の方法と、何年前の分まで対応するかを社内で決めておくと窓口の対応が揃います。源泉徴収票は所得税法上の交付書類で、明細とは扱いが別です。
賃金台帳は3年経ったら捨ててもよいですか?
経過措置により、当分の間は3年で法律上の保存期間を満たします。ただし、退職手当の請求権は5年で、経過措置は終了日が決まっていません。請求によって時効が更新され、3年を超えて記録が必要になる場面もあるため、システム上のデータは原則の5年で保存することを勧めます。紙の台帳を廃棄する場合も、電子データが5年残っているかを確認してから捨ててください。
電子交付した給与明細も会社で保存する必要がありますか?
明細の控えそのものに保存義務はない点は、紙でも電子でも同じです。ただし電子交付では、従業員の承諾や書面請求の記録を後から確認できる形で残しておく必要があります。明細システムの保持期間は、退職者の閲覧猶予や再発行に応じる期間から決め、法定保存は賃金台帳の側で担うように分けると、データを持ちすぎずに済みます。
退職者の給与データはいつ削除すればよいですか?
賃金台帳や労働者名簿は、退職日や最後の記入日から5年(当分の間3年)が過ぎたら削除できます。扶養控除等申告書とマイナンバーは、最後に提出された申告書の提出期限の属する年の翌年1月11日から7年が過ぎたら、できるだけ速やかに削除してください。書類ごとに期限が違うため、年度末に削除対象を一覧で出して一括で処理する運用にしておくと漏れが防げます。
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