広告代理店の事業計画書は、日本政策金融公庫の創業計画書の記入欄に沿えば骨格はそろいます。他業種と違うのは2点です。広告主から代金を受け取る前に媒体費を払うため、事務所も設備も小さいのに運転資金が膨らむこと。そして、媒体費を売上に含めるかどうかで、同じ事業でも売上高と利益率の見え方が大きく変わることです。
この記事では、媒体の支払方法ごとに必要な運転資金を計算する設例と、売上をグロス(媒体費込み)とネット(手数料のみ)のどちらで書くかの判断を示し、そのうえで創業計画書の記入欄ごとの書き方を整理します。
まとめ:広告代理店の事業計画書で押さえる要点
- 媒体費の立替に必要な資金は、媒体への支払と広告主からの回収を日付順に並べ、手元資金が最も不足する時点の額で見積もります。配信前に媒体へ前払いし、広告主から翌月末に回収するなら、不足額は媒体費の約2か月分です。
- Google広告の毎月の請求書発行(日本の支払期限は通常60日)には、会社登録から1年以上などの要件があります。開業直後はクレジットカードか前払いで回す前提で計画を組みます。
- 売上高を媒体費込みの総額で書くか、手数料だけの純額で書くかは、会計上は自社が本人か代理人かで決まり、請求書を誰が出すかでは決まりません。計画書ではどちらで書いたかを明記し、媒体費の額と粗利を並べます。純額で書いても、立替の資金は別に必要です。
- 創業計画書の「取引先・取引関係等」には回収・支払の条件を書く欄があります。広告代理店はここで、広告主の締め日・回収日と媒体への支払日を並べて示します。
- 市場欄は「2025年のインターネット広告費4兆459億円」のような全国の数字で止めず、狙う地域・業種の広告主の数と、1社あたりの月間媒体費まで落とします。
- フリーランスのデザイナーやライターに外注するなら、フリーランス法の取引条件の明示(3条)が従業員のいない1人代理店にもかかります。
広告代理店の収益モデルと計画書に書く売上の範囲
運用手数料・制作費・顧問料:収益源ごとの売上の立て方
小規模な広告代理店の売上は、おおむね3つに分かれます。媒体費に一定率を掛ける運用手数料、バナーやLPを作って受け取る制作費、媒体費に関係なく月額で受け取る顧問料(コンサルティングフィー)です。創業計画書の「取扱商品・サービス」には売上シェアを書く欄があるので、この3つの比率をそのまま書きます。
手数料率は契約で決めるもので、公的な基準はありません。計画書では「媒体費の20%」のように自社の料率を1つ置き、その料率で受注できる根拠(前職での担当実績や、開業前に内諾を得た広告主)を添えます。運用手数料だけで組むと、広告主が予算を絞った月に売上が連動して落ちます。最低契約期間と月額が決まった顧問契約や、受注済みの制作案件があれば、その契約期間内の売上見込みを説明できます。
グロスとネット:媒体費を売上に含めるかの判断
媒体費300万円の運用を手数料20%で請け負い、媒体費込みで360万円を請求する場合、本人として総額で計上すれば売上高は360万円、代理人として純額で計上すれば手数料の60万円です。粗利はどちらも60万円ですが、売上高は6倍違います。
会計基準では、この違いを「本人」か「代理人」かで判定します。収益認識に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第30号)の第39項は、自ら財やサービスを提供する本人なら対価の総額を収益とし、第40項は、他の当事者が提供するよう手配する代理人なら手数料の額(または受取額から他の当事者への支払額を差し引いた純額)を収益とすると定めています。判定の軸は、広告枠などが広告主に提供される前に、自社がそれを支配しているかどうかです。大手でも影響は大きく、博報堂DYホールディングスは2022年3月期第1四半期からこの基準を適用して代理人に当たる取引を純額などで認識する方法に変え、遡及適用前と比べて収益と売上原価がそれぞれ120,045百万円減ったと開示しています(前年度の比較情報も遡及修正)。表示科目も「売上高」から「収益」に改めました。
どちらに当たるかは契約の中身と取引の実態で決まるため、開業前に税理士と決めておきます。創業計画書の「売上高」「売上原価(仕入高)」の欄には、決めた方法で数字を入れ、根拠欄に「媒体費300万円・手数料60万円・粗利60万円(総額で計上)」のように内訳と計上方法を書きます。純額で書いても、媒体費を立て替える契約なら立替の資金は運転資金として別に必要です。広告主のクレジットカードで媒体に直接払ってもらう契約なら、立替そのものがなくなります。どちらの契約にするかは、次章の運転資金の大きさで決めます。会計処理の考え方は収益認識基準とは?5ステップと適用範囲・基幹システムの改修要件を解説【2026年版】で詳しく扱っています。
媒体費の立替で必要になる広告代理店の運転資金
回収と支払のずれ:立替額を決める2つの日付
広告代理店の資金繰りを決めるのは、広告主から入金される日と、媒体へ支払う日の差です。以下では、広告主との契約を「月末締め翌月末払い」と仮定し、配信した月の媒体費を翌月末に回収する設例で考えます。一方で媒体への支払は、選んだ支払方法で時期が決まります。
Google広告の場合、後払いでクレジットカードをメインの支払方法にすると、広告費が規定のお支払い基準額に達した時点、または毎月1日にカードへ請求されます。月末までに基準額に達しなかった分は、翌月1日の請求になります。カードの利用可能額が不足して決済できず、予備の支払方法でも支払えない場合は、配信停止につながります。毎月の請求書発行なら日本の支払期限は通常、請求書発行から60日ですが、会社を登録して1年以上、有効なアカウントを6か月以上良好な状態で保有、過去12か月で支払額5,000米ドル以上の月が3回以上、などの要件があります。開業時点では使えない前提で計画を組みます。
設例:月間媒体費300万円の運用代行で必要な運転資金
広告主から月末締め翌月末に回収し、媒体費が毎月300万円かかる場合を、媒体への支払方法ごとに比べます。カードは「月末締め翌月10日払い」と仮定した数字です。
| 媒体への支払方法 | 支払の時期 | 回収までの日数 | 立替額の目安 |
|---|---|---|---|
| 前払い(入金してから配信) | 配信月の前月末 | 約60日 | 約600万円 |
| クレジットカード後払い | カードの引き落とし日 | 引き落とし日しだい | 最大約300万円 |
| 毎月の請求書発行(Google広告) | 請求書発行から60日 | 支払が回収より後 | ほぼ0(開業直後は対象外) |
カード後払いの立替は、引き落とし日が広告主の入金日より前に来るかで決まります。月の途中で基準額に達して請求された分は翌月10日に引き落とされるため、翌月末の入金までに最大で媒体費1か月分の約300万円が不足します。毎月1日に請求された分は翌々月10日の引き落としになり、入金の後に払えます。どちらの場合も、引き落とし前の未決済分が積み上がるので、カードの利用枠は月間媒体費より大きく確保する必要があります。
前払いで回すなら、媒体費の2か月分にあたる約600万円を運転資金として計画書に載せます。事務所を持たずパソコン数台で始める広告代理店でも、必要資金の大半は運転資金になります。広告主が2社、3社と増えるたびに立替額も増えるため、受注が伸びる月ほど資金が苦しくなります。創業計画書の「必要な資金と調達方法」には、取引社数の見込みに合わせて立替額を積み上げた内訳を書きます。
立替を減らす手は3つあります。新規の広告主には媒体費だけ前受けにする、広告主のカードで媒体に直接払ってもらい手数料だけを請求する、締め日を月2回にする、のいずれかです。前受けを条件にすると受注は取りにくくなるので、開業当初は既存の取引関係がある広告主だけを後払いにする、という線引きを計画書に書いておけば、立替額の上限を面談で説明できます。月ごとの入出金の見方は資金繰りとは?意味と資金繰り表の見方、会計データで3か月先を見える化する方法【2026年版】を参照してください。
公庫の創業計画書の記入欄ごとの書き方(広告代理店版)
日本政策金融公庫の書式ダウンロードページから取れる創業計画書は、「1 創業の動機」から「10 自由記述欄」まで10の記入欄で構成されています。様式には、この書類に代えて自分で作った計画書を出してもよいと書かれています。広告代理店で書き方が変わる4つの欄を取り上げます。
創業の動機と経営者の略歴:扱った媒体と予算規模の記載
略歴欄には「勤務先名だけではなく、担当業務や役職、身につけた技能等」を書くよう注記があります。広告代理店なら「〇〇社で運用型広告を担当」で止めず、扱った媒体(Google広告、Meta広告など)、担当した広告主の業種、月間の運用額、改善した指標(獲得単価など)を数字で書きます。運用額の実績は、次の「事業の見通し」で置く媒体費が実現できる根拠になります。
取扱商品・サービスと取引先:売上シェアと回収・支払の条件
「取引先・取引関係等」の欄には、販売先・仕入先・外注先ごとに、取引先名、シェア、掛取引の割合、回収・支払の条件(〇日締め〇日回収、〇日締め〇日支払)を書く枠があります。広告代理店では販売先が広告主、仕入先がGoogleやMetaなどの媒体、外注先が制作を頼むデザイナーやライターです。前章の設例のように、広告主の回収日と媒体への支払日を並べて書けば、運転資金の金額の根拠がこの欄だけで読み取れます。
販売先が1社に偏る場合は、その広告主との契約期間と、予算を絞られたときの代わりの売上(顧問料や制作)を自由記述欄に書きます。前職の顧客を引き継ぐ予定なら、前職との契約で競業や顧客勧誘が制限されていないかを先に確かめます。
必要な資金と調達方法:設備資金が小さく運転資金が中心
設備資金は、パソコン・周辺機器・事務所の内装など、実際に必要な設備の見積額を積み上げます。運転資金には、立替分の媒体費、広告主が見つかるまでの数か月分の固定費、制作外注費の支払を積みます。
公庫の新規開業・スタートアップ支援資金は、融資限度額7,200万円、返済期間は設備資金20年以内・運転資金10年以内、据置期間はいずれも5年以内です。運転資金を据置期間つきで借りれば、受注が増えて立替が膨らむ時期の返済負担を抑えられます。
事業の見通し:月平均の売上・原価・経費の根拠
「事業の見通し(月平均)」は創業当初と軌道に乗った後の2列で書きます。個人で開業し、創業当初は従業員を雇わず、軌道に乗った後に1名を雇う設例です。媒体取引は本人として総額計上する前提とします。人件費の欄には、様式の注記どおり事業主の分を含めません。
| 項目 | 創業当初 | 軌道に乗った後 | 計算の根拠 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 400万円 | 760万円 | 媒体費+手数料20%+制作費 |
| うち媒体費 | 300万円 | 600万円 | 広告主3社→6社×月100万円 |
| 売上原価 | 320万円 | 630万円 | 媒体費+制作の外注費 |
| 人件費 | 0万円 | 25万円 | 軌道後にアシスタント1名 |
| 家賃 | 5万円 | 10万円 | シェアオフィス→小規模事務所 |
| 支払利息 | 1万円 | 1万円 | 運転資金の借入分 |
| その他経費 | 14万円 | 19万円 | 分析ツール・通信・交通・自社広告 |
| 利益 | 60万円 | 75万円 | ここから生活費と元金を返す |
根拠欄には、創業当初の売上高400万円の内訳(媒体費300万円+手数料60万円+制作費40万円)と、売上原価320万円の内訳(媒体費300万円+制作外注費20万円)を書き、粗利が80万円であることを示します。利益から税金・社会保険料、借入金の元金返済、生活費を支払った後も、必要な手元資金を維持できるか確認します。広告主数を3社から6社に増やす前提を置くなら、その増え方の根拠(紹介元、営業先のリスト)を自由記述欄に添えます。シート構成や計算式の組み方はエクセルで事業計画書を作成する具体的な手順と必要シートの全体像が参考になります。
広告市場の数字を計画書の市場欄に落とす方法
電通の「2025年 日本の広告費」(2026年3月5日公表)では、総広告費は8兆623億円(前年比105.1%)、インターネット広告費は4兆459億円(同110.8%)でした。インターネット広告媒体費のうち、運用型広告は2兆9,352億円(同112.5%)で、構成比は88.7%です。
この数字は「運用型広告の市場が伸びている」ことの裏づけにはなりますが、自社の売上の根拠にはなりません。売上計画の根拠として必要なのは、狙う広告主が何社あり、そのうち何社と取引できる見込みかです。たとえば「〇〇県内の歯科医院に絞り、1医院あたり月の媒体費30万円」のように地域と業種を決め、対象の数と単価から売上を積み上げます。全国の市場規模から「シェア0.01%を取る」と書いても、売上の根拠にはなりません。
差別化は、前職の実績で裏づけられる業種や媒体に絞り、広告主が自社を選ぶ理由として説明します。総合的に何でも請け負うと書くと、大手代理店と比べて選ばれる理由が説明できません。「医療・美容の広告規制に通じている」「縦型動画広告の制作から運用まで一括で請け負う」のように、専門を1つに絞って書きます。
外注と広告表現で計画書に書いておく法令対応
フリーランス法と取適法:制作を外注するときの発注ルール
2024年11月1日施行のフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の第3条は、フリーランスに業務を委託したら、給付の内容・報酬の額・支払期日などを直ちに書面か電磁的方法で明示するよう求めています。この義務は従業員のいない1人代理店にもかかります。従業員を雇うか、法人で役員が2人以上になると第4条の対象にもなり、給付を受け取った日から60日以内に報酬の支払期日を定める必要があります。
2026年1月1日に旧下請法から改まった取適法(中小受託取引適正化法)の適用は、取引内容と、委託者・受託者双方の資本金または従業員数の組合せで判断します。バナーや動画などプログラム以外の情報成果物の作成委託では、委託者の資本金が1,000万円超なら対象になり得ます(資本金基準に当たらない場合は、常時使用する従業員100人超が基準)。資本金1,000万円以下でも、従業員基準やみなし委託事業者の規定により取適法が適用される場合があります。フリーランス法と併せて適用を確認します。発注書のひな形を用意してある、と計画書に書いておくと、外注先を使う体制の説明になります。義務の詳細はフリーランス法とは?発注者の義務と2026年取適法施行後のシステム対応を解説で、支払期日の数え方は下請法の支払期日とは?60日ルールの起算日と月末締め翌月末払いの扱い、遅延利息の計算で扱っています。
ステマ規制と景品表示法:広告代理店の表示確認体制
2023年10月1日に施行されたステルスマーケティングの告示で規制されるのは、商品やサービスを供給する広告主です。消費者庁のFAQは、広告代理店は自ら商品を供給していない限り表示規制の対象にならないとしつつ、広告を企画立案する役割から「不当な表示がなされないよう十分な注意を払ってください」と求めています。インフルエンサー施策を扱うなら、広告であることの表記を確認する手順を業務フローに入れておきます。医療や健康食品の広告主を狙う場合は、表現の確認体制そのものが差別化の材料になります。表示規制の全体像は景品表示法とは?優良誤認・有利誤認と景品規制をECの価格表示設計に落とす判断軸にまとめています。
融資面談の前に点検する広告代理店の計画書の欠陥
- 媒体費込みの売上高だけを書き、粗利を書いていない:売上高に対して利益が極端に小さく見え、利益率の低い事業と読まれます。媒体費の額と粗利率を根拠欄に書きます。
- 設備資金だけで申し込み、立替の運転資金を見込んでいない:受注が増えた月にカード枠や手元資金が尽き、配信が止まります。広告主ごとの媒体費と回収条件から立替額を積みます。
- Google広告の毎月の請求書発行を開業直後から使う前提にしている:会社登録から1年以上などの要件があり、計画の資金繰りが成り立ちません。
- 売上が1社の広告主に集中している:その1社が予算を止めると売上がほぼ消えます。契約期間と代わりの売上を書きます。
- 市場欄が全国の広告費の引用だけ:自社が取引できる広告主の数と単価に落としていない計画は、売上計画との連動を説明できません。
開業後は、案件ごとに媒体費の支払予定日・広告主の入金予定日・手数料を記録し、未回収額と立替残高を確認します。取引社数が増えて表計算での管理が追いつかなくなったら、販売管理システム開発で案件別の収支と媒体費の立替を一元管理する方法もあります。広告業向けの機能要件は広告業の販売管理システムとは?案件別収支・媒体費・継続請求に対応する選び方【2026年】で整理しています。
よくある質問
広告代理店の開業に許認可や資格は必要ですか?
広告代理業そのものには、建設業や旅行業のような業種固有の許可・登録制度はなく、個人なら開業届、法人なら設立登記で始められます。業務内容に必要な許認可がなければ、創業計画書の許認可欄では「特になし」を選びます。ただし扱う広告の表現には、景品表示法のほか、医療広告や医薬品等の広告の規制がかかります。
広告代理店の開業資金はいくら必要ですか?
事務所を持たない運用代行なら設備資金は小さく、必要資金の大半は媒体費の立替と当面の固定費です。月間媒体費300万円を前払いで回すなら、立替だけで約600万円を見込みます。参考までに、公庫の2025年度新規開業実態調査では、公庫の融資先を対象とした調査で、開業費用は平均975万円、中央値600万円でした(不動産賃貸業を除く)。
自己資金が少なくても創業融資は受けられますか?
公庫の創業期の無担保・無保証人融資では、「創業資金総額の10分の1以上」という自己資金の要件が2024年度の制度改正で撤廃されました。ただし審査では返済能力と準備の度合いを見るため、自己資金をどう貯めたかは略歴や自由記述欄で説明できるようにしておきます。
事業計画書の売上は媒体費込みで書いてもよいですか?
書けますが、媒体費込みの総額にするか手数料だけの純額にするかは、請求のしかたではなく、会計上自社が本人か代理人かで決まります。どちらで書いたかを根拠欄に明記し、媒体費の額と粗利を並べておけば、売上高の大きさではなく粗利で事業の規模を説明できます。
個人で広告代理店を始めるなら、どの領域から始めるべきですか?
前職で運用実績のある媒体と業種に絞った運用型広告の代理から始めるのが、計画書の根拠を最も示しやすい形です。2025年の運用型広告費は2兆9,352億円でインターネット広告媒体費の88.7%を占めており、マス媒体のような枠の買い付けを伴わず、広告主の予算に合わせて配信額を決められます。外注を含めた運用代行の費用構造はWeb広告の運用代行とは?費用相場と代理店の選び方・内製との判断基準で確認できます。