労働保険は、労災保険と雇用保険をまとめた呼び名です。パートやアルバイトを1人雇った日に加入義務が生じ、事業主は10日以内に保険関係成立届を出して、50日以内に最初の保険料を納めます。この記事では、2つの保険の対象者・給付・保険料負担の違い、成立手続きで出す書類と期限、一元適用と二元適用の区別、令和8年度の料率を使った労働保険料の計算方法を、法律と厚生労働省の資料に沿って整理する内容です。手続きをしなかった場合に遡って徴収される保険料と費用徴収の割合、社員が増えたときに労務データとして何を持てばよいかも扱います。
まとめ:労働保険は1人雇った日に成立し、10日以内の届出と保険料の前払いが必要
労働保険は、給付は労災保険と雇用保険で別々に行い、保険料の申告と納付は1本にまとめる制度です。労働者を1人でも雇えば業種や規模に関係なく加入が義務になり、事業主が「加入するかどうか」を選ぶ余地はありません。
手続きは、労働基準監督署への保険関係成立届(10日以内)と概算保険料の申告・納付(50日以内)、ハローワークへの雇用保険適用事業所設置届(10日以内)と資格取得届の4つです。保険料は1年間の賃金総額に労災保険率と雇用保険率を掛けて決まり、労災分は全額を事業主が、雇用分は労使で分けて負担します。成立後は毎年6月1日から7月10日の年度更新で精算と前払いを繰り返します。
未加入のまま労災が起きると、最大2年分の保険料と追徴金に加えて、労災給付額の最大100%を事業主が負担することになります。
労働保険とは:労災保険と雇用保険の2つを1本の保険料で扱う制度の仕組み
労働保険という名前の単独の保険があるわけではありません。性格の違う2つの保険を、保険料の徴収だけ一緒にしている点を押さえると、手続きの窓口が分かれている理由も見えてきます。
徴収法2条の定義と、給付は別々・保険料の申告納付は一本という役割分担
労働保険の保険料の徴収等に関する法律(徴収法)の2条は、労働保険を「労災保険法による労働者災害補償保険」と「雇用保険法による雇用保険」の総称と定めています。同じ条で、保険料を計算する単位の保険年度を4月1日から翌年3月31日までとしています。
厚生労働省の労働保険おしえてQ&AのQ2も、保険給付は両保険で別個に行われるが、保険料の納付などは一体のものとして取り扱われると説明しています。労災の請求は労働基準監督署、失業給付はハローワークと窓口が分かれる一方、保険料は1枚の申告書で済むのはこのためです。
労災保険と雇用保険の違いを対象者・給付・保険料負担・窓口の4点で比較
厚生労働省の労働保険特設サイトの解説をもとに、2つの保険の違いを並べます。
| 比較項目 | 労災保険 | 雇用保険 |
|---|---|---|
| 給付の対象 | 業務・通勤による負傷や病気、死亡 | 失業、就業継続が難しい場合、教育訓練 |
| 対象者 | パート・アルバイトを含む全労働者 | 加入条件を満たす労働者だけ |
| 保険料の負担 | 全額を事業主が負担 | 事業主と労働者で分担 |
| 主な窓口 | 労働基準監督署 | ハローワーク |
実務で差が出るのは対象者の行です。労災保険は雇った全員が対象なので、名簿にいる人を数えれば済みます。雇用保険は人ごとに加入条件を判定するため、同じ職場でも加入する人と加入しない人が混在する仕組みです。労災保険の給付の種類と請求の流れは労災保険の加入義務と給付・請求の流れで詳しく扱っています。
労働保険の加入義務:労働者を1人雇った日に成立する強制適用と対象外になる人
加入義務の判定は「事業」単位と「人」単位の2段階で行います。事業として加入が必要かを決めたうえで、その中で誰が雇用保険の被保険者になるかを判定する順番です。
パート・アルバイト1人でも適用事業、例外は5人未満の個人経営の農林水産業の一部
前掲のQ&AのQ1は、労働者を1人でも雇用していれば業種・規模を問わず適用事業になり、パートやアルバイトも含まれると回答しています。徴収法3条と4条により、保険関係は事業が始まった日に自動的に成立します。届出をした日ではありません。
例外は、三重労働局の成立手続きの案内が挙げる、常時5人未満の労働者を使う個人経営の農林水産業の一部だけです。法人であれば、農業法人でも1人目から強制適用になります。
法人の役員・同居の親族は原則対象外、週20時間未満の人は雇用保険から外れる
法人の役員と事業主の同居の親族は、一定の場合を除いて労災保険・雇用保険のどちらの対象にもなりません。社長1人だけの会社や、家族だけで営む個人事業では、労働者がいないため保険関係は成立しません。ただし部長を兼ねる取締役のように、労働者としての実態がある役員は対象に入ります。
雇用保険の加入条件は、週の所定労働時間20時間以上と31日以上の雇用見込みの2つです。判定の細かな線引きは雇用保険の加入条件と適用除外の判定で解説しています。この週20時間の基準は2028年10月に週10時間へ下がる予定で、対象者が大きく増える見通しです。変更の中身は雇用保険の適用拡大と判定ロジックの直し方で扱っています。
労働保険の成立手続き:保険関係成立届10日以内と概算保険料50日以内の届出の流れ
手続きは「労働保険としての届出」を監督署で、「雇用保険としての届出」をハローワークで行う2本立てです。期限はすべて法令で決まっています。
労働基準監督署とハローワークへ出す4つの書類と、法令が定める提出期限
一般の会社(一元適用事業)が最初の1人を雇ったときに出す書類を、提出の順に並べます。期限は徴収法と雇用保険法施行規則の条文で確認しました。
- 保険関係成立届:労働基準監督署へ、保険関係が成立した日から10日以内(徴収法4条の2)
- 概算保険料申告書:成立日からその年度末までの賃金総額の見込額で計算し、成立日から50日以内に申告・納付(徴収法15条)
- 雇用保険適用事業所設置届:ハローワークへ、設置の日の翌日から10日以内(雇用保険法施行規則141条)
- 雇用保険被保険者資格取得届:ハローワークへ、雇用した日の属する月の翌月10日まで(同規則6条)
設置届には、先に監督署で受理された保険関係成立届の控えを添えるのが通常の流れです。そのため、先に済ませる手続きは1の保険関係成立届です。2つ目以降の事業所を開くときも、その事業所が独立した事業として扱われるなら同じ手続きが必要になります。入社した社員ごとに出す書類は、社会保険と合わせて社会保険と雇用保険の加入手続きの流れで整理しています。
一元適用事業と二元適用事業で変わる提出先と、建設業・農林水産業の別申告
兵庫労働局の労働保険の適用と加入手続きによると、労災保険と雇用保険を1つの保険関係として申告・納付するのが一元適用事業で、大半の会社はこちらです。
二元適用事業は、2つの保険を別々の保険関係として扱い、申告・納付も別々に行います。該当するのは都道府県・市区町村とそれに準ずる事業、港湾運送の事業、農林・水産の事業、建設の事業の5区分です。建設会社では労災分を監督署、雇用分をハローワークへ申告するため、労働保険番号も2つ持つことになります。IT企業やサービス業が二元適用になることはまずありません。
労働保険料の計算方法:賃金総額×(労災保険率+雇用保険率)と令和8年度の料率
労働保険料は社員1人ずつではなく、事業全体で1年間に払った賃金の総額に料率を掛けて計算します。賃金総額には基本給・残業代・賞与・通勤手当が入り、退職金や慶弔見舞金は入りません。
令和8年度の雇用保険料率は一般の事業で1000分の13.5、労使の負担割合と事業別の率
山形労働局の令和8年度の雇用保険料率の案内が示す率は次のとおりです。適用期間は令和8年4月1日から令和9年3月31日までです。
| 事業の種類 | 労働者負担 | 事業主負担 | 雇用保険料率 |
|---|---|---|---|
| 一般の事業 | 5/1,000 | 8.5/1,000 | 13.5/1,000 |
| 農林水産・清酒製造の事業 | 6/1,000 | 9.5/1,000 | 15.5/1,000 |
| 建設の事業 | 6/1,000 | 10.5/1,000 | 16.5/1,000 |
労働者負担分は毎月の給与から控除し、会社が預かって事業主負担分と一緒に国へ納めます。前年度からの引き下げ幅と給与システムでの切替時期は令和8年度の雇用保険料率と料率マスタの更新で、毎月の控除額と50銭の端数処理は雇用保険料の計算方法で解説しています。
労災保険率は業種で1000分の2.5から88まで、全額事業主負担で計算する
労災保険率は事業の種類ごとに決まっており、厚生労働省の令和8年度の労災保険率の案内のとおり、令和8年度は令和7年度から変わっていません。54の業種が1000分の2.5から1000分の88に区分され、ソフトウェア業や事務所中心の会社が入る業種番号94「その他の各種事業」は1000分の3です。
自社がどの業種番号に当たるかは、労災保険率適用事業細目表で決まります。細目表の引き方と全業種の一覧は労災保険率適用事業細目表の見方にまとめています。
賃金総額3,000万円の情報サービス業が1年間に負担する労働保険料の試算
全員が雇用保険の被保険者で、年間の賃金総額が3,000万円、業種番号94の会社を例にします。
| 内訳 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 労災保険料(全額事業主) | 3,000万円×3/1,000 | 90,000円 |
| 雇用保険料・事業主負担 | 3,000万円×8.5/1,000 | 255,000円 |
| 雇用保険料・労働者負担 | 3,000万円×5/1,000 | 150,000円 |
| 労働保険料の合計 | 3,000万円×16.5/1,000 | 495,000円 |
会社が実質的に負担するのは345,000円で、残りの150,000円は社員の給与から控除した分です。国に納める額は合計の495,000円になります。このほかに石綿健康被害救済のための一般拠出金(1000分の0.02)が600円かかります。
労働保険の年間スケジュール:入退社ごとの届出と6月1日〜7月10日の年度更新
成立手続きが済んだあとの事務は、毎年1回の年度更新と、社員の入退社のたびに出す届出の2種類に分かれます。
年度更新で前年度の確定保険料と今年度の概算保険料を一度に申告する仕組み
労働保険料は、年度の初めに見込みで払い、翌年度の初めに実際の賃金総額で精算する前払い方式です。毎年6月1日から7月10日までに、前年度の確定保険料と今年度の概算保険料を1枚の申告書で出します。この手続きを年度更新と呼びます。
概算保険料が40万円以上なら3回に分けて納める延納もできます。前述の試算の会社は49万5,000円なので対象です。令和8年度の実際の納期限、確定と概算で使う料率の年度の違い、申告書の書き方は労働保険の年度更新の期限と計算方法で詳しく解説しています。
入社は翌月10日まで、退職は喪失日の翌日から10日以内に出す雇用保険の資格届
雇用保険の被保険者が増えたり減ったりするたびに、ハローワークへの届出が要ります。入社時の資格取得届は雇用した月の翌月10日まで、退職時の資格喪失届は、資格を失う日(退職日の翌日)の翌日から10日以内が期限です(雇用保険法施行規則7条)。喪失届の書き方と添付書類は被保険者資格喪失届の提出期限と書き方で扱っています。
労災保険には、社員ごとの加入・脱退の届出がありません。全員が対象なので、事業として保険関係が成立していれば、入社初日の事故から給付を受けられます。社名や所在地が変わった場合と、事業を廃止した場合は、事業単位の変更届・廃止の手続きが別に必要です。
労働保険の未加入で起きること:遡って2年分の保険料と追徴金、労災時の費用徴収
「保険料を払っていないから保険の対象外」にはなりません。保険関係は雇った日に成立しているため、未加入の期間に起きた労災でも労働者には給付が行われ、その費用が事業主に請求されます。
職権による成立と認定決定で、最大2年分の保険料と追徴金10%が徴収される
指導を受けても手続きしない事業主に対しては、行政庁が職権で成立手続きを行い、保険料の額を決定します。厚生労働省の「成立手続を怠っていた場合は」によると、このとき最大2年間遡った労働保険料と、その10%の追徴金が徴収されます。
保険料の未納があると、雇用調整助成金などの雇用関係助成金を受けられない可能性がある点も、特設サイトで示されています。毎年11月は各地の労働局が「労働保険未手続事業一掃強化期間」として加入指導を強める時期です。
故意なら労災給付額の100%、重大な過失なら40%を事業主が負担する費用徴収
未手続の期間中に労災が起き、労災保険から給付が行われた場合、前掲の厚生労働省のページでは、保険料と追徴金に加えて給付に要した費用の一部か全部を事業主から徴収するとしています。割合は次の2段階です。
- 故意:事故の前に労働局から成立手続きの指導を受けていたのに手続きしなかった場合。給付額の100%
- 重大な過失:指導を受けたことはないが、適用事業になってから1年を過ぎても手続きしていなかった場合。給付額の40%
同ページの例では、賃金日額1万円の従業員が死亡し、遺族補償一時金1,000日分が支給されたケースで、故意なら1,000万円、重大な過失なら400万円が事業主に請求されます。保険料を節約した額とは桁が違うため、1人目を雇った時点で手続きを済ませるのが唯一の合理的な選択です。
労働保険の事務を労務システムで管理すべき会社と、届出の手作業で足りる会社の線引き
労働保険の事務量は、社員数よりも「事業場の数」と「雇用保険に入る人・入らない人の混在度」で決まります。判断の線を2つに分けて示します。
事業場が1つで入退社が月に数件までなら、給与ソフトの設定と電子申請で足りる
事業場が1つで、正社員中心に入退社が月に数件程度なら、労働保険のために専用の仕組みを作る必要はありません。市販の給与ソフトで雇用保険の対象者フラグと料率を正しく設定し、資格取得届・喪失届はe-Govの電子申請で出せば足ります。年度更新も厚生労働省の計算支援ツールで対応できる規模です。
この規模で見直すべきなのは設定の正しさです。役員や週20時間未満の人に雇用保険の控除がかかっていないか、通勤手当が賃金総額に入っているかを、年度更新の前に1回点検します。
拠点・雇用形態が増えたら労働保険番号と被保険者区分を社員マスタで持つ
次のどれかに当てはまる会社は、労働保険の情報を労務データとして持つ段階です。店舗や工場ごとに労働保険番号が分かれている。建設業で二元適用のため労災と雇用の番号が別になっている。シフト制のパートが多く、週の所定労働時間の変更で雇用保険の加入・喪失が毎月のように発生する。
こうした会社では、社員ごとに「所属する労働保険番号」「雇用保険の被保険者区分と取得日・喪失日」「事業場の労災の業種番号」を持たせておくと、資格届の期限管理と年度更新の集計が同じデータから出せます。2028年10月の適用拡大で判定対象が増える前に整えておくと、改修を1回で済ませられる見通しです。既存の勤怠・給与システムとつないでこのデータを持つ仕組みは、人事・労務管理システム開発で設計できます。反対に、労働保険の事務を社労士にまとめて委託しており、届出の遅れも指摘されていない会社なら、仕組み化は過剰です。
よくある質問
労働保険について、人を雇い始めた事業主や総務担当者からよく寄せられる質問をまとめました。
労働保険と社会保険の違いは何ですか?
労働保険は労災保険と雇用保険、社会保険(狭い意味)は健康保険と厚生年金保険を指します。労働保険の保険料は1年間の賃金総額に料率を掛けて事業全体で計算し、社会保険料は社員ごとの標準報酬月額に料率を掛けて計算する仕組みです。届出先も、労働保険は労働基準監督署とハローワーク、社会保険は年金事務所と分かれます。項目ごとの比較は雇用保険と社会保険の違いで整理しています。
労働保険料は誰が払い、給与から天引きされるのはどの部分ですか?
国に納めるのは事業主です。そのうち給与から天引きされるのは、雇用保険料の労働者負担分だけです。令和8年度の一般の事業なら賃金の1000分の5にあたります。労災保険料は全額を事業主が負担するため、給与明細に労災保険料の控除欄はありません。雇用保険の対象外の人からは、雇用保険料を控除しません。
社長1人だけの会社でも労働保険に加入する必要がありますか?
社長1人だけで労働者を雇っていない会社は、保険関係が成立しないため加入の必要はありません。法人の役員は原則として労働者に当たらないためです。アルバイトを1人でも雇った時点で加入義務が生じます。社長自身の労災に備えたい場合は、中小事業主が任意で入れる労災保険の特別加入制度があり、労働保険事務組合を通じて申し込みます。
労働保険番号はどこで確認できますか?
労働保険番号は、保険関係成立届を出したときに提出先の労働基準監督署(二元適用事業の雇用保険分はハローワーク)から付与される番号です。成立届の控えのほか、毎年届く年度更新の申告書や、納付書にも印字されています。二元適用事業の番号は、労災保険と雇用保険でそれぞれ別の番号です。雇用保険の適用事業所番号は別の番号で、ハローワークの設置届の控えで確認します。
労働保険の加入手続きは電子申請でもできますか?
できます。保険関係成立届、概算保険料申告書、雇用保険の設置届や資格取得届は、e-Govから電子申請でき、保険料は電子納付(ペイジー)で払えます。資本金1億円を超える法人などは、年度更新の申告書や資格取得届の電子申請が義務です。労務システムからAPIで送る場合の要件は労務管理システムの電子申請対応で解説しています。
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