個人事業主に税務調査がいつ来るかは、法律では決まっていません。法律が決めているのは「いつまでなら税額を直せるか」という締め切りで、所得税なら確定申告の期限から原則5年です。この5年のあいだであれば、税務署はどの月にでも調査を始められます。
それでも、実務で「来やすい」と言われる時期はあります。ただし、公表資料で確かめられる税務署の年間の業務サイクルと、資料からは確かめられない時期の予測は分けて考える必要があります。この記事では、フリーランスを含む個人事業主の調査時期を、国税通則法と国税庁の「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」で確かめ、よく聞く通説のどこまでに根拠があるかを整理します。法人の場合は法人の税務調査の時期(事務年度と決算月)で扱っています。
まとめ:個人事業主の税務調査が来る時期の要点
- 調査の時期を定めた法令はありません。所得税の更正・決定ができるのは法定申告期限から原則5年、偽りその他不正の行為があれば7年です(国税通則法70条)。2026年10月時点で、通常の申告期限から数える原則5年の範囲に入っているのは令和3年分以降です(還付申告を後から出した年分などは起算点が異なります)。
- 税務署は7月〜翌6月の「事務年度」で仕事を回しています。「7〜11月に多い」「確定申告期は少ない」という説明はありますが、国税庁の調査事績に月別の件数はなく、件数の多寡は確認できません。
- 「確定申告直後の4〜5月に集中する」「開業3年目に来る」を裏づける公表データはありません。国税庁が調査実績を公表して重点を示しているのは、無申告、消費税の還付申告、ネット取引や暗号資産の取引などで、開業からの年数ではありません。ただし、該当すると調査の時期が早まるとまでは示されていません。
- 令和6事務年度の所得税の実地調査は4万6,896件、文書・電話・来署依頼で申告内容を是正する「簡易な接触」は68万9,440件でした。所得税の調査等の約94%は、原則として自宅や事務所への訪問を伴わない簡易な接触です。
- 実地調査の前には原則として電話で事前通知があり、何日前に通知するかの定めはありません。都合が悪ければ、合理的な理由を伝えて日時の変更を協議できます(同法74条の9第2項)。
調べられる年分を区切る国税通則法70条の期限
税務調査は、申告書の内容を確かめ、必要なら更正(税額の訂正)をするための手続です。そのため、更正の対象になる年分には期間の制限があります。国税通則法70条1項は、更正又は決定は法定申告期限から5年を経過した日以後はできないと定め、同条5項1号は、偽りその他不正の行為で税額を免れた場合や、不正に税額の還付を受けた場合について7年の期間を定めています。なお、対象年分の減価償却費などを確かめるために、それより古い取得年の帳簿書類を見られることはあります(税務調査手続に関するFAQ 問9)。これは古い年分を調査しているのではなく、対象年分の確認の一部です。
所得税の確定申告期限は翌年3月15日で、土曜・日曜・祝日に当たる年は翌平日に延びます(同法10条2項)。申告期限の個別延長や還付申告などの例外がない場合、年分ごとの期限が到来する月は次のとおりです。表は月単位の目安で、その月末まで更正できるという意味ではありません。
| 年分 | 所得税の申告期限 | 原則(5年)の期限 | 不正があった場合(7年) |
|---|---|---|---|
| 令和3年分 | 2022年3月15日 | 2027年3月 | 2029年3月 |
| 令和4年分 | 2023年3月15日 | 2028年3月 | 2030年3月 |
| 令和5年分 | 2024年3月15日 | 2029年3月 | 2031年3月 |
| 令和6年分 | 2025年3月17日 | 2030年3月 | 2032年3月 |
| 令和7年分 | 2026年3月16日 | 2031年3月 | 2033年3月 |
2026年10月時点で、通常の申告期限から数える原則5年の期間は、令和2年分以前ではすでに経過しています(後から出した還付申告に係る更正などは別に判断します)。逆に、2026年3月に出した令和7年分は2031年3月まで調査の対象に残ります。個人事業者の消費税の申告期限は翌年3月31日なので(租税特別措置法86条の4)、消費税の期限は所得税より半月ほど遅く切れます。
例外は還付申告です。還付を受けるための申告書(還付請求申告書)にかかる更正は、法定申告期限ではなく申告書を提出した日から数えます(70条1項1号かっこ書)。期限後に還付申告をした年分は、その分だけ調査対象に残る期間が後ろへずれます。
実際の調査で何年分を見るのが通常か、3年分が5年・7年に広がる条件は個人事業主の税務調査は何年さかのぼるかで詳しく扱っています。
税務署の年間サイクル:事務年度と確定申告期
5年の幅のどこで調査が来るかは、税務署側の1年の回し方で偏ります。財務省の税制メールマガジン第164号(2023年7月4日)は、「毎年7月頃に一斉に人事異動が行われ、多くの人が異動することもあり、7月~6月を事務年度とし、1年間の計画を立て、それを遂行しています」と説明しています。国税庁の「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」の件数も、令和6年7月から令和7年6月までの実績です。
個人事業主にとって目印になるのは、7月の人事異動と、2月中旬〜3月中旬の確定申告期の2つです。令和7年分の申告期間は2026年2月16日から3月16日まででした。税務署が申告の受付や相談に追われるこの時期は、実務では個人への実地調査が少ないと言われます。反対に、7月の異動で担当が替わったあとに調査計画が組まれ、年末年始や確定申告期をはさまない8〜11月に実地調査の日程が入りやすい、というのが「7〜11月に多い」と言われる理由です。
ただし、これらは業務サイクルを背景にした説明で、一次資料で月別の調査件数の多寡が確認できたわけではありません。国税庁の調査事績は事務年度単位の集計で、月別の件数は示されていません。確定申告期であっても調査をしてはいけないという規定はなく、還付申告の確認や無申告の調査は時期を選びません。
「来やすい時期」の通説と公表資料での裏づけ
個人事業主の調査時期について出回っている説を、国税庁の公表資料と条文に照らすと次のようになります。
| 通説 | 公表資料での裏づけ | 読み方 |
|---|---|---|
| 7〜11月に多い | 月別件数は非公表 | 事務年度の前半だが、件数の多寡は確認できない |
| 確定申告期(2〜3月)は来ない | 月別件数は非公表 | 少ないとは言われるが、禁止する規定はない |
| 確定申告直後の4〜5月に集中 | 該当する資料なし | 根拠として扱わない |
| 開業3年目に来る | 該当する資料なし | 年数より申告内容と資料情報で選ばれる |
| 5〜10年に1回 | 被調査率は非公表 | 件数を申告者数で割っても周期にならない |
「開業3年目」説は、開業した年と翌年は基準期間(前々年)の売上がないため消費税が原則として免税になり、3年目から課税事業者になりうることや、複数年分の申告を並べて比べられるようになることと結びつけて語られることが多い説です。しかし、開業からの年数で調査対象を選ぶという記述は国税庁の資料にありません。国税庁が調査事績で挙げているのは、次の章で見る申告内容と資料情報の類型です。
「5〜10年に1回」も同じで、所得税の実地調査件数は譲渡所得など事業以外の調査も含み、分母になる申告者の範囲とずれるため、割り算で周期を出すことはできません。数字で見た調査の当たりやすさは税務調査が入る確率(令和6事務年度の件数と業種別データ)で整理しています。
国税庁が重点として公表している個人事業主の類型と調査実績
国税庁は、どの個人を調べるかの基準そのものは公表していません。ただし「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」は、重点的に取り組んだ類型と件数を示しています。開業からの年数による区分はありません。もっとも、公表された件数は1年間の実績で、申告から調査までの期間は示されていないため、これらに該当すると調査の連絡が早まるとまでは判断できません。
無申告:1件当たり追徴税額524万円
所得税の無申告者への実地調査(特別・一般)は4,812件で、1件当たりの追徴税額は524万円と、実地調査(特別・一般)全体の299万円の1.8倍でした。消費税の無申告者への実地調査は5,575件、1件当たり296万円です。国税庁は無申告者について、「あらゆる機会を通じて資料情報の収集及び活用を図るなどして、実地調査のみならず、簡易な接触も活用し積極的に調査を実施しています」としています。
無申告には「申告書を出したあとに調べる」という順序がありません。納める税額がある年分の決定ができる期限も、申告した人と同じく法定申告期限から5年(不正があれば7年)なので、申告していないことで期限が早く切れるわけでもありません。
消費税の課税事業者への移行:課税対象になる年と申告期限
個人事業者は、前々年(基準期間)の課税売上高が1,000万円を超えると、その年は消費税の免税事業者でなくなります(消費税法9条1項)。インボイス(適格請求書発行事業者)の登録をした場合は、売上にかかわらず課税事業者です。基準期間の課税売上高で判定する場合、1,000万円を超えた年の2年後が課税対象の年になり、その年分の申告期限はさらに翌年の3月31日です。前年1月〜6月(特定期間)の課税売上高などで、それより早く課税事業者になる場合もあります。
令和6事務年度の消費税(個人事業者)の調査等は18万5千件で、前事務年度の12万件から1.5倍になりました。このうち実地調査は2万8千件、簡易な接触は15万7千件です。課税事業者になる時期と納税額の目安は売上1000万円を超えたときの消費税で確認できます。
還付申告:申告内容に疑義がある場合の還付保留と確認
令和5年分の消費税で還付申告をした個人事業者への実地調査は1,008件(前事務年度910件)、1件当たりの追徴税額は140万円でした。国税庁は消費税の還付申告について「申告内容に疑義がある場合には、還付を保留し、実地調査等を行うなどして還付原因等の解明・確認を実施しています」としています。所得税でも、不正還付が疑われる申告書の調査が467件ありました。
還付申告は、還付金を払い出す前に確認が入るため、申告のあと、還付を受ける前に連絡が来ることがあります。設備投資の年に消費税の還付を受ける場合は、還付の原因になった取引の契約書や請求書を、申告の時点でそろえておく必要があります。
ネット取引・暗号資産:資料情報からの調査
シェアリングエコノミー等の新分野の経済活動(ネット広告、デジタルコンテンツ、ネット通販、ネットオークションなど)を行う個人への実地調査は1,155件、1件当たりの追徴税額は305万円でした。暗号資産等の取引を行う個人への実地調査は613件で、1件当たりの追徴税額は745万円と、実地調査(特別・一般)全体の2.5倍です。国税庁はこれらの個人について「資料情報の収集・分析に努め、積極的に調査を実施しています」としています。
国税庁はこの類型について資料情報を収集・分析していると説明していますが、資料の入手時期と調査開始の時期の関係は示していません。申告から何か月後に調査されるかを、この資料から予測することはできません。
税務署からの電話・「お尋ね」と実地調査の違い
令和6事務年度の所得税の調査等は73万6千件で、そのうち実地調査は4万6,896件、残る68万9,440件が簡易な接触でした。国税庁は簡易な接触を「原則、納税者宅等に臨場することなく、文書、電話による連絡又は来署依頼による面接を行い、申告内容を是正するもの」と説明しています。この件数には、更正の請求に基づく減額更正や、添付書類の提出依頼も含まれます(同資料の注3)。
簡易な接触は、申告書の確認が進めば時期を問わず届きます。税務署からの連絡が「調査」なのか、自主的な見直しを促す「行政指導」なのかは、担当者が最初に明示することになっています。区別の仕方は税務調査の目的と、行政指導との違いを参照してください。
連絡が来る前に誤りに気づいた場合は、時期そのものが損得を分けます。税目と期間を知らせる「調査通知」より前に自分で修正申告をすれば、過少申告加算税はかかりません(国税通則法65条6項)。調査通知のあと、調査で更正を予知する前に出せば原則5%、予知したあとの修正申告や更正なら原則10%です(同条1項)。境目の考え方は修正申告と加算税0%・5%・10%の分かれ目にまとめています。
事前通知から調査日までの期間と日程の変更
実地調査を行う場合、税務署は事前に「その旨」と、調査開始の日時、場所、目的、税目、対象期間、対象となる帳簿書類などを通知します(国税通則法74条の9第1項)。税務代理権限証書を提出している税理士がいる場合は、原則として本人と税理士の双方に通知されます。本人の事前の同意が証書に記載されていれば、税理士への通知だけで足ります(税務調査手続に関するFAQ 問14)。
- 通知の方法:法令上の定めはなく、原則として電話で口頭で行われます。電話での通知が難しいと認められる場合は、税務当局の判断で書面によることもありますが、納税者の希望で書面を交付することはありません(税務調査手続に関するFAQ 問12)。
- 通知から調査日までの日数:法令に特段の規定はなく、一律の日数は示されていません。調査を受ける準備ができるよう「相当の時間的余裕」を置いて通知するとされています(問13)。
- 日時の変更:通知の時点で都合を聞かれ、「申告業務、決算業務等の納税者の方や税務代理人の方の事務の繁閑にも配慮して」日時を調整するとされています。通知後も、一時的な入院、親族の葬儀、業務上やむを得ない事情などで変更を協議でき、申出は口頭で足ります(問16・問17、同法74条の9第2項)。
- 事前通知がない場合:申告内容や過去の調査結果、事業内容などから、通知をすると違法・不当な行為を容易にするおそれや調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると認める場合は、通知なしで調査が行われることがあります(同法74条の10、問20)。
個人事業主は確定申告の準備期や繁忙期と通知が重なることがあります。その場合は、申告業務や繁忙期であることを理由に挙げて日程の変更を相談できます。通知を受けてから調査が終わるまでの流れは税務調査の流れ(事前通知から終了手続きまで)、税理士に立ち会いを頼む場合は税務調査の税理士立ち会いで確認できます。
よくある質問
個人事業主の税務調査は何月に多いですか?
国税庁は月別の調査件数を公表していません。税務署が7月〜翌6月の事務年度で動き、7月に人事異動、2月中旬〜3月中旬に確定申告期があることから、実務では7〜11月(とくに異動後の8月以降)に実地調査が多く、確定申告期は少ないと言われています。
確定申告から何年たてば税務調査は来なくなりますか?
更正・決定ができる期間は法定申告期限から原則5年、偽りその他不正の行為があれば7年です(国税通則法70条)。2026年10月時点では、通常の申告期限から数える原則5年の範囲から令和2年分以前は外れています。ただし、後から出した還付申告に係る更正などは例外です。ただし期限内の年分が残っている限り、調査そのものはいつでも来る可能性があります。
個人事業主が税務調査を受ける確率はどれくらいですか?
国税庁は個人事業主の被調査率を公表していません。令和6事務年度の所得税の実地調査は4万6,896件ですが、この件数は所得税と消費税の実地調査を合わせたもので(同資料の注5)、譲渡所得など事業以外の調査も含むため、申告者数で割って確率や周期を出すことはできません。
税務調査は事前の連絡なしに来ることはありますか?
あります。原則は事前通知ですが、通知をすると違法又は不当な行為を容易にするおそれなどがあると税務署が認める場合は、通知なしで実地調査が行われます(国税通則法74条の10)。その場合も、税目や対象期間、調査の目的は臨場後速やかに説明することになっています。
税務署から電話が来たら、すぐに実地調査が始まるのですか?
必ずしもそうではありません。所得税では簡易な接触(文書・電話・来署依頼)が68万9,440件と、実地調査4万6,896件の約15倍あります。電話の内容が調査の事前通知なのか、申告内容の確認や行政指導なのかを、最初に担当者へ確認してください。