エンハンシング効果は、褒め言葉や肯定的なフィードバックといった言語的報酬を受けることで、その活動への内発的動機づけ(活動そのものへの興味)が高まる現象です。ただし原典の研究を読むと、褒めれば誰にでも効くわけではありません。128研究のメタ分析では、自由時間に自分から取り組むかという行動の指標で、大学生では効果が出た一方、子どもでは統計的に意味のある差が出ていません。褒め方に「〜すべき」を一言足しただけで逆にやる気が下がった研究もあります。この記事では、効果が出る条件と逆効果になる条件を原典の数字で整理し、職場と家庭で使える言い換えまで示します。
まとめ:エンハンシング効果の要点
- エンハンシング効果は、言語的報酬(褒め言葉・肯定的フィードバック)で内発的動機づけが高まる現象で、アンダーマイニング効果の逆向きにあたります
- Deci, Koestner & Ryan(1999)のメタ分析では、言語的報酬は自由時間の取り組みを高めました(21研究・d=0.33)。ただし大学生はd=0.43、子どもはd=0.11で有意差がありません
- 同じ褒め言葉でも「〜すべきだったとおり」のように統制的に伝えると、フィードバックなしより下がりました(d=-0.44)
- 能力(頭の良さ)を褒めると失敗後の粘りが落ちます。褒める対象は努力・工夫・やり方にします(Mueller & Dweck, 1998)
- お金や景品のような有形報酬を予告して渡すと、逆にアンダーマイニング効果が起きやすくなります
以下では、仕組み、根拠となる研究、効果が逆転する条件、具体的な言い換えの順に説明します。
エンハンシング効果の意味と、やる気が高まる仕組み
エンハンシング効果の定義と英語の由来
エンハンシング(enhancing)は英語の enhance(高める)に由来し、「エンハンス効果」と呼ばれることもあります。心理学では、外から与えられた報酬のうち、褒め言葉や「よくできている」という評価のような言語的報酬が、内発的動機づけを高める現象を指します。原典にあたる英語の論文では、Deci, Koestner & Ryan(1999)が「verbal rewards enhanced both free-choice behavior and self-reported interest(言語的報酬は自由選択行動と自己報告の興味の両方を高めた)」と書いているように、enhance は現象を述べる動詞として使われています。
内発的動機づけと外発的動機づけの違い
内発的動機づけ(intrinsic motivation)は、活動そのものが面白い、やりがいがあるという理由で取り組む状態です。英語の intrinsic は「内在する、本来備わった」という意味です。外発的動機づけは、給与・評価・賞罰など活動の外にある結果を得るために取り組む状態を指します。
研究では、内発的動機づけを主に2つの方法で測ります。1つは、実験の合間や終了後に設けた自由時間(Deci 1971では8分間)に、参加者がその課題に自分から取り組んだ時間(自由選択行動)です。もう1つは「この課題は面白かったか」を尋ねる自己報告です。後で紹介する効果量は、この2つの指標で別々に出ています。
認知的評価理論による説明:情報的な報酬と統制的な報酬
エンハンシング効果の理屈は、デシとライアンの認知的評価理論(Cognitive Evaluation Theory、Deci & Ryan, 1980で定式化)で説明されます。報酬には「あなたはうまくできている」と伝える情報的な側面と、「この報酬のためにやらされている」と感じさせる統制的な側面があります。報酬が情報的に受け取られると有能さの欲求が満たされ、内発的動機づけは高まります。統制的に受け取られると自律性の欲求が妨げられ、下がります。
褒め言葉は情報的な側面が強いので、エンハンシング効果を生みやすい報酬です。一方で同じ報酬が両方の側面を持つこともあり、どちらが勝つかは伝え方で決まります。これが後述する「逆効果の条件」の根拠です。
エンハンシング効果を示した研究と原典の数字
デシの1971年実験:言語的報酬で維持された内発的動機づけ
エドワード・デシが1971年に発表した一連の実験は、アンダーマイニング効果の出発点として知られています。大学生にパズル課題を解かせ、途中で報酬を与えた群と与えない群で、自由時間にパズルへ取り組んだ時間を比べました。第1実験の報酬は解けたパズル1問につき1ドルで、報酬群では自由時間の取り組みが下がる傾向が出ています(参加者24人で、有意傾向にとどまる)。
第3実験では、お金の代わりに言語的報酬を使いました。パズルを解けた参加者には「よくできました。多くの参加者は解けなかった課題です」と伝え、解けなかった場合も「これはとても難しい問題でしたが、よく進んでいました」と伝えています。結果は、統制群の内発的動機づけがセッションを追って下がったのに対し、言語的報酬を受けた群は維持されました。
ここで読み違えやすいのは、この実験が示したのは「下がらなかった(維持された)」という点で、大きく「上がった」わけではないことです。Ryanらがデシの研究を振り返った解説も、標本が小さいことや群のあいだで初期の動機づけに差があったことを挙げ、結果は条件次第で変わりうると注意しています。
128研究のメタ分析(1999年):言語的報酬の効果量
効果の大きさを確かめるには、個別の実験よりメタ分析が向いています。Deci, Koestner & Ryan(1999, Psychological Bulletin 125巻6号)は、報酬と内発的動機づけの関係を調べた128研究を統合しました。言語的報酬についての結果は次のとおりです。
| 指標・対象 | 研究数 | 効果量 d | 判定 |
|---|---|---|---|
| 自由選択行動(全体) | 21 | 0.33 | 有意に上昇 |
| 自由選択行動(大学生) | 14 | 0.43 | 有意に上昇 |
| 自由選択行動(子ども) | 7 | 0.11 | 有意差なし |
| 自己報告の興味(外れ値3件を除く) | 21 | 0.31 | 有意に上昇 |
効果量d=0.33は、心理学の目安では「小〜中」程度にあたります。21研究を統合すると上昇は確認できますが、結果は研究ごとに不均質で、年齢で分けると大学生と子どもで差が出ました。同じメタ分析で、予告された有形報酬(お金や賞品)は内発的動機づけを下げる方向に働いていて、言語的報酬とは効果の向きがはっきり分かれています。
ハーロックの1925年研究:称賛と叱責の比較
日本語の解説でよく紹介される「褒める・叱る・放っておく」の比較は、エリザベス・B・ハーロックの論文「An Evaluation of Certain Incentives Used in School Work」(Journal of Educational Psychology 16巻3号、145〜159頁)がもとになっています。発表は1925年です。論文の要旨によると、叱責を一定期間続けて使った場合を、称賛を同じように続けた場合と比べ、子どもの課題の出来がどれだけ伸びるかを調べています。
この研究は、褒めることの効果を示す古典として引用されます。ただし比べたのは課題の出来で、自由時間に自分から取り組むかという内発的動機づけの指標ではありません。エンハンシング効果の直接の根拠として使うなら、上のメタ分析のほうが適しています。
褒めても逆効果になる条件と、効果が出る条件
「〜すべき」の一言で逆転する統制的な褒め言葉
褒め言葉が統制的に伝わると、エンハンシング効果は消えるどころか逆転します。1999年のメタ分析は、同じ肯定的フィードバックを情報的に伝えた場合と統制的に伝えた場合を比べた研究も集計しています。フィードバックなしの群と比べると、情報的に伝えた群はd=0.66で上がり、統制的に伝えた群はd=-0.44で下がりました(3研究)。
統制的にする操作はわずかです。メタ分析が挙げる例では、Ryanら(1983)が「とてもよくできました」に「あなたがそうすべきだったとおりに(just as you should)」を足して、統制的なフィードバックにしています。職場で言えば「期待どおりにやってくれたね」「言われたとおりにできたね」がこれに近く、褒めているつもりでも、相手には基準を守らされた確認として届きます。
能力より努力とやり方を褒める根拠:Mueller & Dweck(1998)の6研究
何を褒めるかでも結果は変わります。コロンビア大学の Mueller & Dweck(1998)は、小学5年生を対象に6つの研究を行いました。研究1では128人にレーヴンの漸進的マトリックス(図形の推理問題)を解かせ、実際の得点に関係なく全員に「80%以上正解した」と伝えたうえで、次の3群に分けています。
- 能力を褒めた群(41人):「頭がいいんだね(You must be smart at these problems.)」
- 努力を褒めた群(41人):「一生懸命がんばったんだね(You must have worked hard at these problems.)」
- 追加の言葉をかけない統制群(46人)
次にどんな課題をやりたいかを尋ねると、能力を褒めた群の67%が「よい成績が取れそうな課題(成績目標)」を選び、努力を褒めた群でそれを選んだのは8%でした。努力を褒めた群の92%は「新しいことが学べる課題(学習目標)」を選んでいます。さらに難しい課題で失敗させた後、能力を褒めた群は粘りと楽しさが下がり、成績も落ちました。研究3(88人)では、知らない子に自分の得点を伝える場面で、能力を褒めた群の38%が得点を実際より高く言いました。努力群では13%、統制群では14%です。
「頭がいい」と褒められた子は、失敗を「自分には能力がない」証拠として受け取りやすくなります。褒める対象は、変えられるもの(努力・工夫・やり方)にするのが原則です。研究の対象は10〜12歳の子どもで、職場への当てはめは同じ仕組みからの推論です。
褒め言葉が効く前提(誠実さ)と4つの条件
Henderlong & Lepper(2002, Psychological Bulletin 128巻5号)は、子どもへの賞賛の研究を総説し、賞賛が内発的動機づけを高めるか下げるかは条件次第だと結論づけました。前提は、褒め言葉が誠実だと受け取られることです。そのうえで次の4つを満たすと効果が出やすいとしています。
- 成果を、努力ややり方など本人が変えられる原因に結びつける
- 本人の自律性を後押しする
- 他人との比較に頼りすぎずに有能さを伝える
- 達成できる基準と期待を伝える
デシの第3実験の「多くの参加者は解けなかった」のように、比較を含む褒め言葉でも直後のやる気は上がることが多いものの、失敗したときの粘りへの影響はまだ十分に検証されていない、というのが総説の整理です。この総説は、受け手の年齢・性別・文化によっても効き方が変わると指摘しています。メタ分析で子どもの効果量が有意にならなかった点とも合います。
褒めない方がよい場面
エンハンシング効果を狙って褒めるのが逆効果になる場面もあります。同じ総説によると、簡単すぎる課題を褒めると、能力を「生まれつきの容量」として理解できる年長の子どもや大人は「自分はこの程度で褒められるほど能力が低いと思われている」と受け取りやすくなります(Meyerら, 1979)。幼い子どもには、同じ言葉が前向きに伝わることもあります。新人に単純作業を任せて毎回「すごいね」と声をかけるのがこの例です。根拠のない褒め言葉やお世辞も、誠実さの前提を崩します。
褒めるのは、本人が工夫した点や、難しいのにやり遂げた点を具体的に言えるときに限ったほうが効果を見込めます。言うことが見つからないときに無理に褒めるより、「どこで迷ったか」を聞くほうが、次の工夫を褒める材料になります。
アンダーマイニング効果との違いと、お金の報酬の扱い
アンダーマイニング効果は、もともと面白いと思っていた活動に報酬を与えることで、内発的動機づけが下がる現象です。エンハンシング効果とは効果の向きが逆で、引き金になる報酬の種類も違います。
| 項目 | エンハンシング効果 | アンダーマイニング効果 |
|---|---|---|
| 内発的動機づけへの影響 | 高まる | 下がる |
| 主な引き金 | 言語的報酬(情報的な褒め言葉) | 予告された有形報酬 |
| 受け手の感じ方 | 自分はできている | 報酬のためにやらされている |
| 代表的な研究 | Deci(1971)第3実験 | Deci(1971)第1実験、Lepperら(1973) |
報酬の渡し方でも結果は変わります。Lepper, Greene & Nisbett(1973)の幼児の実験では、絵を描いたらご褒美がもらえると予告した群の自由遊び時間の割合が8.59%に下がりました。予告なしで後からご褒美を渡した群は18.09%で、ご褒美なしの群(16.73%)と差がありません。報酬が「やらされている」感覚を生むかどうかが分かれ目です。アンダーマイニング効果が起きる条件と研究の詳細は、アンダーマイニング効果の条件と128研究のメタ分析で解説しています。
会社の報奨金やポイント制度は有形報酬にあたるので、それだけでエンハンシング効果は期待できません。制度を設計するときは、金額より先に、何を評価したのかを言葉で伝える場を用意します。報奨をデジタルギフトで配る場合の設計手順と法規制はデジタルインセンティブの種類と景品表示法の上限にまとめています。
職場と家庭での褒め方と言い換え例
職場の1on1・評価面談での言い換え
職場で使うときは、評価の結論と褒め言葉を分けます。評価面談で「期待どおり」と伝えるのは統制的なフィードバックになりやすいので、何がよかったのかを行動の単位で言います。
| 避けたい言い方 | 言い換え例 | 変えた点 |
|---|---|---|
| さすが、優秀だね | 比較軸を3つに絞ったので会議が早く決まった | 能力でなくやり方 |
| 言われたとおりにできたね | 顧客の反論を先に想定していたのがよかった | 統制でなく工夫 |
| 期待どおりの数字だ | 前月より商談化率が上がったのは提案書の変更が効いた | 基準でなく原因 |
目標管理制度のように達成度を評価に反映する仕組みでは、評価そのものが統制的に受け取られやすくなります。目標の立て方と評価への反映はMBO(目標管理制度)の目標例と評価への反映を参照してください。第三者を通して褒める方法はウィンザー効果の仕組みで扱っています。
子どもへの「えらかったね」の言い換え
「えらいね」「えらかったね」は、行動より人そのものへの評価として伝わりやすい言葉です。Henderlong & Lepper(2002)が紹介する Kamins & Dweck(1999)の研究では、ロールプレイの場面で幼稚園児に「いい子だね」のような人を評価する褒め方をすると、後で失敗したときに無力感を示しやすくなりました。「一生懸命がんばったね」のように過程を褒めた子では、そうした反応が出にくくなっています。ただし同じ総説は、幼児では人を評価する褒め方でも、何も褒めないよりはやる気が保たれた研究(Henderlong, 2000)も紹介しています。
- 「えらかったね」→「最後まで自分で解いたね」
- 「頭いいね」→「さっき間違えたところを、やり方を変えて解き直したね」
- 「上手だね」→「色の組み合わせを何回も試していたね」
- 「さすがお兄ちゃん」→「妹が困っているのに気づいて、先に声をかけたね」
どの言い換えも、子どもが実際にしたことを言葉にしているだけです。見ていない過程は褒められないので、結果だけを見て言葉を選ぶより、取り組んでいる途中を見ておくことが前提になります。
よくある質問
エンハンシング効果とアンダーマイニング効果の違いは?
内発的動機づけへの影響の向きが逆です。エンハンシング効果は褒め言葉などの言語的報酬で内発的動機づけが高まる現象で、アンダーマイニング効果は予告された金銭や賞品などの有形報酬で下がる現象です。分かれ目は、受け手が報酬を「自分はできている」という情報として受け取るか、「やらされている」という統制として受け取るかにあります。
エンハンス効果とエンハンシング効果は同じ意味ですか?
同じ現象を指す呼び方です。どちらも英語の enhance(高める)から来ていて、心理学の文脈では言語的報酬が内発的動機づけを高める現象を意味します。
エンハンシング効果と機能的自律の違いは?
機能的自律は、ゴードン・オールポートが1937年の論文「The Functional Autonomy of Motives」で示した考え方で、最初は別の目的のために始めた行動が、続けるうちにそれ自体を目的として続くようになることを指します。行動の目的が時間をかけて移っていく過程の説明です。エンハンシング効果は、褒め言葉という外からの働きかけが内発的動機づけを高めるという、報酬の効果についての説明です。
お金やポイントでもエンハンシング効果は起きますか?
起きにくいと考えてください。1999年のメタ分析では、予告して渡す有形報酬は内発的動機づけを下げる方向に働いていました。お金やポイントを渡すときは、それとは別に、何がよかったのかを言葉で伝えるほうが確実です。
子どもを褒めてもやる気が上がらないのはなぜですか?
自由時間に自分から取り組むかという行動の指標では、子どもへの褒め言葉の効果は確認されていません。1999年のメタ分析では、子どもを対象にした7研究の効果量はd=0.11で有意差がなく、大学生の14研究(d=0.43)と差がありました。一方、「面白かったか」を尋ねる自己報告では年齢による差は出ていません。能力を褒めるほか、年長の子に簡単すぎる課題を褒めるのも逆効果になりやすく、他の子との比較で褒めると失敗したときに崩れやすいおそれも指摘されています。努力ややり方を具体的に言葉にする褒め方が確実です。