ハーズバーグの二要因理論は、仕事の満足をもたらす要因(動機づけ要因)と、不満をもたらす要因(衛生要因)は別物だとする理論です。「給与を上げたのにやる気が続かない」「やりがいのある仕事なのに人が辞める」といった職場の現象を説明する枠組みとして、人事や管理職の研修で繰り返し取り上げられてきました。
この記事では、解説記事で省かれがちな原典の数字(調査人数・集計結果)、16項目の英語名、発表直後から続く批判までを一次文献に当たって整理します。
まとめ:二要因理論の要点と職場で使うときの結論
- 動機づけ要因は達成・承認・仕事そのもの・責任・昇進・成長の6項目。衛生要因は会社の方針と管理・監督・給与・人間関係・作業条件など10項目です。
- 1968年のHBR論文では、12調査・1,685人の集計で、満足に寄与した要因の81%が動機づけ要因、不満に寄与した要因の69%が衛生要因でした。
- ハーズバーグは、衛生要因の改善は主に不満を減らし、持続的な動機づけには仕事の中身の充実が必要だと考えました。意欲を引き出すには、仕事そのものに責任と裁量を持たせる職務充実(vertical job loading)が必要だとハーズバーグは主張しました。
- 調査手法に由来する偏りが1960年代から指摘されています。「給与は動機づけにならない」と断定する根拠にはせず、施策を点検するチェックリストとして使うのが妥当です。
以下、定義、16項目、原典の数字、マズローとの違い、批判、職場での使い方の順に説明します。
ハーズバーグの二要因理論の定義と「満足の反対」の考え方
満足の反対は「不満足」ではなく「満足がない」状態
従来の職務満足の研究は、満足と不満足を1本の物差しの両端とみなしていました。給与を上げれば不満が減り、その分だけ満足が増えるという考え方です。
ハーズバーグはこれを2本の物差しに分けました。満足の反対は「満足がない」状態、不満足の反対は「不満がない」状態です。この理論では、給与や職場環境の改善は主に不満の解消に働き、仕事そのものから得られる満足とは区別されます。この二元構造から、別名を「動機づけ・衛生理論(Motivation-Hygiene Theory)」といいます。
「衛生」という名前は、医療衛生が環境中の健康上の危険を取り除くように、職場環境の改善が不満の発生を防ぐことになぞらえたものです。
提唱者フレデリック・ハーズバーグと原典の2本
フレデリック・ハーズバーグ(Frederick Irving Herzberg、1923年4月18日〜2000年1月19日)は米国の心理学者です。Case Western Reserve Universityで心理学部門の長を務め、のちにユタ大学ビジネススクールの経営学教授に就きました。
理論の出典として押さえるべき文献は次の2本です。
- Herzberg, Mausner, Snyderman『The Motivation to Work』(John Wiley & Sons、1959年):理論の元になった面接調査の報告書
- Herzberg「One More Time: How Do You Motivate Employees?」(Harvard Business Review 第46巻第1号、1968年。HBRサイトは2003年の再掲版):他の調査を合わせて理論を実務向けにまとめた論文
関連する邦訳には、別著『Work and the Nature of Man』を訳した北野利信訳『仕事と人間性:動機づけ-衛生理論の新展開』(東洋経済新報社、1968年)があります。
動機づけ要因と衛生要因の16項目一覧(1968年論文の分類)
1968年論文の図表(Exhibit 1)は、動機づけ要因を6項目、衛生要因を10項目に分けています。解説記事によって項目数や訳語が違うため、原典の英語名を併記します。
| 区分 | 原典の英語名 | 日本語訳 |
|---|---|---|
| 動機づけ要因 | achievement | 達成 |
| 動機づけ要因 | recognition | 承認 |
| 動機づけ要因 | work itself | 仕事そのもの |
| 動機づけ要因 | responsibility | 責任 |
| 動機づけ要因 | advancement | 昇進 |
| 動機づけ要因 | growth | 成長 |
| 衛生要因 | company policy and administration | 会社の方針と管理 |
| 衛生要因 | supervision | 監督 |
| 衛生要因 | relationship with supervisor | 上司との関係 |
| 衛生要因 | work conditions | 作業条件 |
| 衛生要因 | salary | 給与 |
| 衛生要因 | relationship with peers | 同僚との関係 |
| 衛生要因 | personal life | 個人生活 |
| 衛生要因 | relationship with subordinates | 部下との関係 |
| 衛生要因 | status | 地位 |
| 衛生要因 | security | 雇用の安定 |
動機づけ要因は、すべて「仕事の中身」に関わる項目です。衛生要因は、仕事を取り巻く「環境や条件」に関わる項目です。福利厚生や労働時間は原典の10項目には名前がありませんが、国内の解説では衛生要因の例として挙げられることが多く、性質としては作業条件や会社の方針の側に入ります。
給与が衛生要因に分類される理由と1959年研究の但し書き
給与は単純には割り切れない項目でした。1959年の研究では、給与は満足した出来事と不満だった出来事の両方に登場しています。著者らは、給与は満足要因としてより不満要因として強く働くと結論しました。低い給与や不公平な賃金制度は不満を生みます。一方、満足した出来事に出てくる給与は、昇進や達成、承認に付随する報酬として現れていました。
つまり、原典の主張は「昇給は意欲と無関係」ではありません。成果を認められた証として支払われる給与は、承認や達成の一部として働きえます。この点を落として「給与は衛生要因だから上げても無駄」と説明するのは誤りです。
1959年ピッツバーグ調査と1968年HBR論文の数字
203人の技術者・会計担当者への面接と「sequence of events」
理論の出発点は、ピッツバーグから半径30マイル以内にある9つの組織で行った面接調査です。対象は技術者と会計担当者の203人でした。
面接では、仕事で「例外的に良いと感じた時期」と「例外的に悪いと感じた時期」を思い出してもらい、何が起きて、どう感じ、その後どうなったかを語らせました。この出来事の連なり(sequence of events)を分析の単位とし、良い出来事に出てくる要因と悪い出来事に出てくる要因が別々に偏っていることを見出しました。この手法は臨界事象法(critical incident technique)の一種として紹介されます。
12調査・1,685人の集計:満足側81%、不満足側69%
1968年論文では、12の調査を合算しています。対象は下級監督者、農業行政官、病院の保守要員、看護師、軍の士官、教師、フィンランドの職長、ハンガリーの技術者など、職種も国も幅広い1,685人です。
集計の結果、仕事の満足に寄与した要因のうち81%が動機づけ要因、不満に寄与した要因のうち69%が衛生要因でした。1つの出来事に複数の要因が関わることがあるため、要因ごとの割合を足すと100%を超えます。
逆に言えば、満足に寄与した要因の集計では19%が衛生要因、不満に寄与した要因の集計では31%が動機づけ要因でした。二要因は「きれいに分かれる」のではなく「偏って現れる」と読むのが正確です。
マズローの欲求5段階説との違い
二要因理論は、マズローの欲求説と並べて説明されることの多い理論です。マズローは1943年の論文「A Theory of Human Motivation」(Psychological Review 第50巻第4号)で、基本的な欲求を生理的欲求・安全の欲求・愛の欲求・承認(自尊)の欲求・自己実現の欲求の5つに分けました。
| 比較軸 | マズローの欲求説 | ハーズバーグの二要因理論 |
|---|---|---|
| 発表 | 1943年(論文) | 1959年(書籍) |
| 対象 | 人間一般の欲求 | 仕事の満足・不満足 |
| 構造 | 欲求の優先性に基づく階層 | 満足と不満足を分ける二元構造 |
| 根拠 | 理論的な考察 | 203人への面接調査 |
| 実務での問い | 何が満たされていないか | 不満の除去か意欲の向上か |
対応関係で見ると、衛生要因は生理的・安全・愛の欲求に、動機づけ要因は承認と自己実現の欲求に近い位置にあります。ただし、この対応は後から整理されたものです。マズローは職場を対象にした理論ではありません。職場の施策を考えるときは、「不満を消す施策」と「意欲を高める施策」を分けて設計できる点で、二要因理論のほうが具体的な手がかりになります。
二要因理論への批判と限界
二要因理論は発表直後から方法論の批判を受けてきました。実務で使う際は、調査手法による偏りと、同じ要因が満足にも不満にも関わる可能性を押さえる必要があります。
Vroom(1964年):防衛的な帰属で二分が生じる可能性
期待理論を示したことで知られるヴィクター・ブルーム(Victor H. Vroom)は、『Work and Motivation』(Wiley、1964年)で次の点を指摘しました。人はうまくいった出来事を自分の達成に、うまくいかなかった出来事を上司や会社の方針などの環境に結びつけて語りがちです。面接で出来事を思い出させる手法では、この防衛的な傾向だけで二分の結果が生じえます。ブルームは、当時の証拠だけでは二要因仮説を受け入れることも退けることもできないとしました。
期待理論の考え方は期待理論のブルームの公式(期待×道具性×誘意性)で解説しています。
House & Wigdor(1967年)とKing(1970年)の検証
House と Wigdor は Personnel Psychology 第20巻第4号(1967年)で先行研究を見直しました。同じ要因が人や状況によって満足の原因にも不満の原因にもなりうることから、二要因理論は動機づけと満足の関係を単純化しすぎていると結論しています。
King は Psychological Bulletin 第74巻第1号(1970年)で、二要因理論を5つの異なる命題に分解して検証しました。2つは実証的な支持がなく、1つは研究者によるコーディングの偏りに依存しているため、いずれも無効としました。残る2つは、防衛的な偏りを除いた検証が不足していて判定できないとしています。
理論をそのまま当てはめてはいけない場面
次の使い方は避けるべきです。
- 「給与は衛生要因だから、昇給や賞与は意欲向上策として検討しない」と判断する:1959年研究自体が給与の両面性を認めています。
- 従業員の満足度調査で、項目を動機づけ・衛生に機械的に振り分けて点数化する:同じ項目が人によって逆に働くという批判に正面から当たります。
- 衛生要因が整っていない職場で、先に職務充実だけを進める:不満の原因が残ったまま責任だけが増え、負担感が強まります。
二要因理論は、施策が「不満を減らす手」なのか「意欲を引き出す手」なのかを取り違えないための点検の枠組みとして使うのが適切です。
職場での使い方:衛生要因の点検と職務充実(vertical job loading)
KITA(外からの刺激)が動機づけにならない理由
ハーズバーグは1968年論文で、罰や報酬で外から人を動かす手法を「KITA(kick in the pants=尻を蹴飛ばすこと)」と呼びました。KITAで生じるのは動機づけ(motivation)ではなく、動き(movement)にすぎないという主張です。論文は、外から人の電池を充電しても、また動かすには何度も充電し直さなければならず、本人が自分の発電機を持って初めて動機づけと呼べると説明しています。
外的な報酬が内側からの意欲を損なう現象は、心理学ではアンダーマイニング効果として研究されています。
職務充実の7原則
ハーズバーグが意欲を引き出す手段として示したのが、仕事に責任と裁量を縦方向に積み増す職務充実(vertical job loading)です。同じ水準の作業を横に増やすだけの水平的な積み増し(horizontal job loading)とは区別され、ハーズバーグは仕事を構造的に大きくするだけの職務拡大(job enlargement)という旧来の言葉も避けるべきだとしています。論文は図表(Exhibit 2)で次の7つの原則を挙げています。
| 原則 | 関わる動機づけ要因 |
|---|---|
| A. 責任を残したまま管理を一部外す | 責任・個人の達成 |
| B. 自分の仕事への説明責任を高める | 責任・承認 |
| C. 完結したひとまとまりの仕事を任せる | 責任・達成・承認 |
| D. 業務上の権限と自由を追加で与える | 責任・達成・承認 |
| E. 定期報告を上司でなく本人に直接届ける | 内的承認(本人による成果の認識) |
| F. 新しくより難しい仕事を加える | 成長・学習 |
| G. 専門的な仕事を割り当て専門家にする | 責任・成長・昇進 |
実務では、Eの「本人に直接届く情報」から始めると手を付けやすいです。売上や品質の数値を上司経由でなく担当者本人が見られるようにするだけで、仕事の結果を自分で確かめられるようになります。
日本の離職理由データと衛生要因の点検
公的統計は、自社で確認する退職理由の候補を洗い出す参考になります。施策の優先順位は、自社の面談や調査で把握した不満の頻度・深刻さから判断します。厚生労働省「令和7(2025)年雇用動向調査結果の概況」の表5によると、前職が雇用者で調査時にも在籍していた転職入職者の退職理由は次のとおりです(男性は「その他の個人的理由」と「その他の理由(出向等を含む)」、女性は「その他の個人的理由」を除いた順位)。
- 男性:「定年・契約期間の満了」16.1%が最も多く、次いで「給料等収入が少なかった」9.9%
- 女性:「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」12.9%が最も多く、次いで「職場の人間関係が好ましくなかった」11.5%
給料、労働条件、人間関係は、いずれも二要因理論では衛生要因にあたります。一方で、女性の「仕事の内容に興味を持てなかった」は前年から1.0ポイント上昇し、女性で最も上昇幅の大きい理由でした。こちらは動機づけ要因の欠如に近い理由です。
自社で同じ切り分けをするなら、モチベーションサーベイで現状を測り、パルスサーベイの設問設計と頻度を参考に変化を追うのが現実的です。
よくある質問
二要因理論を簡単に言うと?
仕事の満足を生む要因と、不満を生む要因は別々だという理論です。達成・承認・仕事そのもの・責任・昇進・成長といった「仕事の中身」が満足を生み(動機づけ要因)、会社の方針・監督・給与・人間関係・作業条件などの「環境」が不満を生みます(衛生要因)。衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで、満足や意欲は高まらないと考えます。
二要因理論は別名何と呼ばれていますか?
「動機づけ・衛生理論(Motivation-Hygiene Theory)」と呼ばれます。「二因子理論」「ハーズバーグ理論」という呼び方もあり、ハーツバーグ、ハーズバーグと表記が揺れます。1968年の邦訳書名も『仕事と人間性:動機づけ-衛生理論の新展開』です。
給与は動機づけ要因にならないのですか?
原典の分類では衛生要因です。ただし1959年の研究では、給与は満足した出来事にも不満だった出来事にも登場しており、著者らは「不満要因としてより強く働く」と結論したにとどまります。成果の承認や昇進にともなう報酬として支払われる給与は、満足の側にも現れていました。昇給を意欲向上策から外す根拠にはなりません。
ハーズバーグとマズローの理論の違いは?
マズローの欲求説(1943年)は、人間一般の欲求を生理的欲求から自己実現の欲求までの5つに分けた理論です。ハーズバーグの二要因理論(1959年)は職場に対象を絞り、満足と不満足を別の軸として扱います。マズローの低次の欲求が衛生要因に、承認と自己実現の欲求が動機づけ要因に近いと整理されますが、両者は別々に作られた理論です。
シャクターの情動の二要因説とは別の理論ですか?
別の理論です。シャクターとシンガーの情動の二要因説は、感情が「身体の生理的な興奮」と「その興奮への解釈(認知的なラベル付け)」の2つで決まるとする心理学の理論で、職務満足とは関係がありません。吊り橋効果の説明に使われるほうの理論で、吊り橋効果と情動の二要因説で解説しています。