マネジリアル・グリッド理論は、管理者の姿勢を「業績への関心」と「人間への関心」の2軸でとらえ、それぞれ1〜9の目盛りで位置づける行動理論です。1964年にロバート・R・ブレイクとジェーン・S・ムートンが提唱しました。多くの解説は「両方が9の9・9型を目指そう」で終わります。ところが、両方が高いリーダーほど成果を出すという前提そのものには、1970年代から実証面の疑問が出ています。この記事では、2軸と5つの型の読み方に加えて、PM理論など他の行動理論との違い、そして9・9型を最善とする主張をめぐる論争までを原著と研究論文にもとづいて整理します。
まとめ
マネジリアル・グリッドは、横軸に業績への関心、縦軸に人間への関心をとった9×9の格子です。代表的な位置は1・1型(無関心型)、1・9型(カントリークラブ型)、9・1型(権威服従型)、5・5型(中庸型)、9・9型(チーム・マネジメント型)の5つです。1991年版では、これに温情主義と日和見主義を加えた7つの型が示されています。
提唱者は9・9型を「どんな状況でも最も有効な型」と主張し続けました。ただし、この主張を直接確かめた実証研究は限られます。同じ2軸構造をもつオハイオ州立大学の研究を統合したメタ分析では、人への配慮は部下の満足度や動機づけと、仕事の段取りは業績と、それぞれより強く関連していました。どちらの軸が効くかは、何を成果とみなすかで変わるということです。実務では、グリッドを自分の偏りを知る自己点検の道具として使い、人事評価の点数には使わないのが妥当です。以下、順に根拠を示します。
マネジリアル・グリッドの2軸と81マスの読み方
原著『The Managerial Grid』(Gulf Publishing、1964年)は、管理者が組織の中で何を大切にしているかを2つの「関心(concern)」で表しました。どちらも9段階で、1が最小、9が最大の関心です。
業績への関心と人間への関心の中身
横軸の業績への関心(concern for production)は、生産量や品質、期限、コストといった組織の成果にどれだけ注意を向けるかを表します。縦軸の人間への関心(concern for people)は、部下の意欲や信頼関係、働く条件への配慮の度合いです。
注意したいのは、測っているのが行動の回数ではなく「関心」、つまり管理者が前提としている考え方だという点です。同じ週1回の面談でも、成果の詰めのために行うのか、部下の状況を聞くために行うのかで、グリッド上の位置は変わります。
座標「9・1」の順番
座標は「業績の値・人間の値」の順に書きます。9・1型は業績への関心が9で人間への関心が1、1・9型はその逆です。図と数字を照らし合わせるときは、どちらの軸が業績かを先に確認すると読み違えません。9×9=81マスのうち、名前が付いているのは四隅と中央の5点で、残りのマスは近い型の傾向を強弱で読み取ります。
5つの基本型の特徴と職場で起きやすいこと
5つの型を座標と英語名で並べると次のとおりです。英語名は後年の版で定着した呼び方で、右端の列は研究の結論ではなく、各型の説明から想定される職場の典型例です。
| 座標(業績・人間) | 日本語の呼び名 | 英語名 | 職場で起きやすいこと |
|---|---|---|---|
| 1・1 | 無関心型(消極型) | Impoverished | 最低限の指示だけで放置 |
| 1・9 | カントリークラブ型 | Country Club | 居心地は良いが期限が緩む |
| 9・1 | 権威服従型 | Authority-Compliance | 短期の成果と離職の増加 |
| 5・5 | 中庸型 | Middle-of-the-Road | 無難な妥協で改善が止まる |
| 9・9 | チーム・マネジメント型 | Team | 目標への納得と協働 |
1・1型と1・9型に共通する成果基準の緩み
1・1型は、成果にも人にも最低限しか関与しない型です。会議では前例を読み上げ、問題が起きても上に報告して終わります。部下から見ると「相談しても何も変わらない上司」で、自律的なメンバーだけが残り、他は静かに離れていきます。
1・9型は、人間関係を最優先し、業績の要求を控える型です。対立を避けるため、納期遅れや品質問題を指摘できません。チームの雰囲気は良好でも、成果の基準が下がり続けるのが典型的な失敗です。
9・1型の成果優先と5・5型の妥協
9・1型は、成果を最優先し、人は指示どおり動く資源として扱う型です。指示が行き届く範囲では作業が速く進む一方、部下は次の指示を待つようになり、指示が届かない範囲の判断が止まりやすくなります。なお、緊急時に指示系統を明確にすることと、人への関心を下げることは別の話です。
5・5型は、業績と人間関係のどちらも「ほどほど」に保つ型です。バランスが取れているように見えますが、提唱者は両者の対立を妥協で処理している状態と位置づけました。現状維持には強い一方、大きな改善には踏み込めません。
9・9型における成果目標と主体的関与の統合
9・9型は、高い成果目標と部下の主体的な関与を両立させる型です。ポイントは、成果と人を別々に満たすのではなく、「メンバーが目標に納得しているから成果が出る」という形で2つを結びつけることにあります。目標設定の段階から部下を巻き込み、対立は妥協で丸めずに話し合いで解消するのが行動上の特徴とされます。
1991年版に見る温情主義と日和見主義
ブレイクはアン・アダムス・マッキャンスとの共著『Leadership Dilemmas—Grid Solutions』(Gulf Publishing、1991年)を出し、この版では格子図が「リーダーシップ・グリッド(Leadership Grid)」の名で示され、5つの基本型と並ぶ型として次の2つが扱われています。温情主義の考え方自体は1964年の原著でも論じられており、1991年に初めて登場したわけではありません。
温情主義(9+9型)の服従と報酬の交換
温情主義(Paternalism/Maternalism)は、忠誠と服従への見返りとして報酬や承認を与え、従わなければ罰する型です。成果にも人にも関心が高い点は9・9型と同じですが、表記は「9,9」ではなく「9+9」です。2つの関心を結びつけず、人への配慮を成果を上げさせる手段として使っている状態を指します。「面倒見は良いが、異論を言う部下には冷たい上司」がこれにあたります。
日和見主義(Opportunism)の自己利益による型の切り替え
日和見主義は、自分の利益が最大になるよう、相手や場面に応じてどの型にも移り変わる型です。たとえば上司には1・9型、部下には9・1型で接するような振る舞いで、座標の1点には置けません。部下は上司の出方を読めず、信頼関係が育ちません。
行動理論の中での位置づけとPM理論との違い
リーダーシップ研究は、優れたリーダーの資質を探す特性理論から、1940〜60年代に「リーダーが何をしているか」を調べる行動理論へ移りました。マネジリアル・グリッドはこの流れの中で生まれた理論の1つで、先行する2つの大学の研究と、日本で生まれたPM理論と骨格がよく似ています。
| 理論 | 成果側の軸 | 人間側の軸 | 型の数 |
|---|---|---|---|
| オハイオ州立大学研究 | 構造づくり | 配慮 | 2次元(型は定めない) |
| ミシガン大学研究 | 生産志向 | 従業員志向 | 2タイプ |
| マネジリアル・グリッド | 業績への関心 | 人間への関心 | 5型(1991年版は7型) |
| PM理論 | P(目標達成)機能 | M(集団維持)機能 | 4類型 |
オハイオ州立大学研究とミシガン大学研究の測定対象
オハイオ州立大学の研究は、部下にリーダーの行動を答えてもらう質問票(LBDQ)を使い、「構造づくり(Initiating Structure)」と「配慮(Consideration)」をリーダー行動の2つの基本次元として取り出しました。ミシガン大学のカーンとカッツは、部下の動機づけに主な注意を向ける「従業員志向」の監督者を、「生産志向」の監督者と対比しています。
マネジリアル・グリッドとの違いは、測る対象です。オハイオ研究は部下から見た行動を測り、グリッドは管理者本人の関心の置き方を座標にします。さらにグリッドは、2軸を組み合わせた位置に名前を付け、目指す型(9・9型)を明示しました。この「処方箋を出す」性格が、研修の現場で広く使われた理由であり、後の批判の的にもなりました。
PM理論との違い
PM理論は社会心理学者の三隅二不二が提唱した日本発の理論で、1965年に田崎敏昭と発表した論文ですでにP型・M型・PM型・pm型の4類型が設定されています。単著『新しいリーダーシップ―集団指導の行動科学』(ダイヤモンド社)は1966年刊です。
P(Performance)は目標達成を促す働き、M(Maintenance)は集団のまとまりを保つ働きで、2軸の中身はグリッドとほぼ対応します。違うのは区切り方と測り方です。PM理論は各機能を基準値より強いか弱いかで2分し、大文字と小文字で表します。そのため分類は4つに限られ、中間の型はありません。また、部下によるリーダー評定を集計して類型を決めるのが基本で、管理者本人の考え方を9段階で自己点検するグリッドとは、情報の出どころが異なります。部下の目線で現状を測りたいならPM理論、管理者自身の前提を見直す研修ならグリッドが向いています。
9・9型が常に最善かという論争と実証研究
両方の軸が高いリーダー(hi-hi)が最も成果を出すという考え方は、行動理論の研究で検討されてきた仮説の1つで、9・9型の主張もこれに近い立場です。この仮説には実証面から疑問が向けられてきました。
hi-hi仮説への疑問とメタ分析が示した評価基準ごとの差
1976年にはラーソン、ハント、オズボーンが、題名で「hi-hiリーダー行動の神話」と呼ぶ論文をAcademy of Management Journal(19巻4号、628〜641頁)に発表し、この仮説を問い直しました。
その後、ジャッジ、ピッコロ、イリーズが2004年に発表したメタ分析は、オハイオ研究の2次元について配慮163件、構造づくり159件の相関を統合しました。リーダーシップの成果指標全体との相関は、配慮が.48、構造づくりが.29で、どちらも無視できない関連があります。
注目したいのは評価基準ごとの違いです。配慮は部下の満足度、動機づけ、リーダーの有効性評価とより強く関連し、構造づくりはリーダー本人の職務業績や集団・組織の業績とやや強く関連していました。つまり、どちらの軸が効くかは何を成果とみなすかで変わります。この研究はグリッドの型を直接検証したものではなく、2軸を組み合わせた9・9型が常に最善かどうかには答えていません。
提唱者の反論と状況適合理論との対立
ブレイクとムートンは、状況によって有効な型が変わるとする状況適合理論に正面から反論しました。1981年の論文では、状況論が指定する回答の選択肢に9・9型の選択肢を加えると、管理者や専門家は一様に9・9型を選んだと報告しています。1982年のOrganizational Dynamics(10巻4号、20〜43頁)では、状況論と「原則にもとづく9・9型マネジメント」を、両立しない2つの立場として比較しました。
ただし、回答者が9・9型を「選んだ」ことは、9・9型のほうが成果を出すことの証明ではありません。ここは区別して読む必要があります。状況によって有効なリーダーが変わるという反対側の立場は、フィードラーのコンティンジェンシー理論で詳しく整理しています。
研修や自己点検でグリッドを使う手順と避けたい使い方
グリッドが力を発揮するのは、管理者が自分の前提に気づく場面です。使い方を誤ると、単なるレッテル貼りに終わります。
自己評価と部下の見え方のずれを使う3段階の点検
以下は原著の正式な診断手順ではなく、職場の研修で使いやすいように組んだ応用案です。
- 直近の具体的な場面(納期遅れへの対応、評価面談など)を3つ書き出し、そのとき何を優先したかで自分の座標を置く
- 同じ場面について、部下や同僚に「その上司はどちらを優先していたように見えたか」を聞く
- 自己評価と周囲の見え方がずれた場面を1つ選び、次に同じ場面が来たときの行動を1つだけ決める
自己評価は実際より9・9型寄りに出やすいので、2の「周囲の見え方」との差がいちばんの材料になります。部下が本音を言える関係がなければ、この手順は機能しません。先に心理的安全性の状態を確認してください。Web上の簡易診断テストを使う場合、設問の出典が示されていなければ原著の尺度と同じものとは限らないため、点数は目安に留めます。
人事評価の点数や一律の育成目標への転用リスク
グリッドの座標を人事評価の点数や昇格要件に組み込むのは避けるべきです。評価に直結すると、回答者は自分を9・9型に寄せて答えるため、自己点検の道具として働かなくなります。
「管理職全員が9・9型を目指す」という目標については、それを支える実証研究が十分とは言えません。これは研究の結論ではなく運用上の提案ですが、前章のとおり満足度と業績で効く軸が違う以上、育成目標は「チームが何を成果とするか」から決めるほうが筋が通ります。少人数の専門家チームでは、役割を分担して引き受けるシェアド・リーダーシップのほうが合う場合もあります。グリッドは「自分はどちらに偏りやすいか」を知るための地図として使うのが現実的です。
提唱者ブレイクとムートンの経歴と理論の広がり
ロバート・R・ブレイクとジェーン・S・ムートンは、ともにテキサス大学で教えた研究者です。1964年11月のHarvard Business Review掲載論文「Breakthrough in Organization Development」では、両名はテキサス大学の元教員で、Scientific Methods, Inc.の経営者と紹介されています。1968年時点では、ブレイクが同社の共同創業者兼社長、ムートンが共同創業者兼副社長でした。
2人は大学の研究にとどまらず、企業向けの研修と組織開発のプログラムとしてグリッドを普及させました。管理者本人が自分の関心の置き方を点検するという設計は、こうした研修の現場での使いやすさと結びついています。人間関係を軸にした組織の見方は、クルト・レヴィンのグループダイナミクスの流れとも重なります。
よくある質問
マネジリアル・グリッド理論の提唱者は誰ですか?
アメリカの研究者ロバート・R・ブレイクとジェーン・S・ムートンです。1964年にGulf Publishingから『The Managerial Grid』を刊行して理論を示しました。2人はテキサス大学で教えた後、Scientific Methods, Inc.を共同で創業し、企業研修を通じて理論を広めました。1991年にはブレイクとアン・アダムス・マッキャンスによる改訂版が出ています。
マネジリアル・グリッド理論とPM理論の違いは何ですか?
2軸の中身はほぼ同じで、グリッドの「業績への関心」がPM理論のP機能、「人間への関心」がM機能に対応します。違いは区切り方と測り方です。グリッドは各軸を1〜9の9段階で置き、5つの型に名前を付けます。PM理論は各機能を基準より強いか弱いかで2分して4類型とし、部下によるリーダー評定で判定するのが基本です。
「リーダーシップの行動理論」とは何ですか?
優れたリーダーを生まれつきの資質ではなく、実際の行動のパターンで説明しようとする研究の流れです。1940年代以降のオハイオ州立大学研究(構造づくりと配慮)とミシガン大学研究(生産志向と従業員志向)が出発点で、マネジリアル・グリッド理論やPM理論もこの系譜に属します。行動は学習で変えられるため、研修で育成できるという考え方につながりました。
9・9型と5・5型はどう違うのですか?
5・5型は、業績と人間関係のどちらも中程度に抑え、両者の対立を妥協で処理する型です。9・9型は、高い成果目標にメンバーが納得して取り組む形で、2つの関心を結びつける型です。「バランスが良い」という点で似て見えますが、5・5型は両方を少しずつ諦めた状態、9・9型は両方を高い水準で統合した状態として区別されます。
マネジリアル・グリッド理論の問題点は何ですか?
主な問題点は2つあります。1つは、9・9型が常に最善だという主張を直接確かめた実証研究が限られることです。近い2軸を扱う行動理論のメタ分析でも、どちらの軸が効くかは満足度か業績かといった評価基準で異なりました。もう1つは、提唱者が基本の型そのものは状況によらず普遍的だと主張した点です。状況によって有効な型が変わるとする状況適合理論は、この点で真っ向から対立します。