コンピテンシーとは、職務や状況において、基準に照らして効果的または優れた成果と因果的に関連する個人の基底的な特性のことです。日本語では「行動特性」と訳されることが多く、人事評価・採用面接・育成の基準づくりに使われます。
この記事では、言葉の定義と成り立ちに絞って解説します。定義は1993年の『Competence at Work: Models for Superior Performance』(ライル・M・スペンサー、シグネ・M・スペンサー著、Wiley刊)の第1章・第2章を、起源は心理学者デイビッド・マクレランドの1973年論文と同書第1章の回顧を原文で確認しました。評価項目の一覧や評価シートの書き方はコンピテンシー評価とは?評価項目の例・レベル定義と評価シートの書き方で扱っています。
まとめ:コンピテンシーの意味と押さえる要点
- コンピテンシーには、職務で最低限の成果を出すための特性と、優秀者と平均者を分ける特性があります。成果と結びつかない特性や資格は、原典の定義ではコンピテンシーに入りません。
- スペンサーは特性を動機・特性(trait)・自己概念・知識・スキルの5種に分けました。知識とスキルは研修で伸ばしやすく、動機と特性は採用で見極めるほうが費用対効果が高い、というのが原典の結論です。
- 出発点はマクレランドの1973年論文で、学校の成績や適性テストが仕事の成果を予測する根拠は弱いと批判しました。外交官の選考研究はこの論文とは別の、1970年代初頭の調査です。
- スキル・社会人基礎力は個人の能力、コアコンピタンス・ケイパビリティは組織の能力を指します。
- 汎用の項目一覧をそのまま使うと、自社の成果との因果関係という定義の中心が抜け落ちます。
コンピテンシーの定義と日本語訳
スペンサーの定義にある3つの条件
本記事で用いる定義は、スペンサー夫妻の著書の第2章にあります。原文は「an underlying characteristic of an individual that is causally related to criterion-referenced effective and/or superior performance in a job or situation」です。日本語にすると「職務や状況において、基準に照らして効果的または優れた成果と因果的に関連する、個人の基底的な特性」となります。
この定義には3つの条件が入っています。
- 基底的な特性(underlying characteristic):その場かぎりの行動ではなく、場面が変わっても現れ、長く続く思考や行動の傾向であること。
- 因果関係(causally related):原典の説明では、行動や成果を引き起こす、または予測すること。原典は「意図(動機・特性・自己概念)→行動→成果」という因果の流れで説明しています。
- 基準参照(criterion-referenced):売上や品質など、具体的な基準で測った成果の差を予測できること。原典は「成果に差を生まない特性や資格はコンピテンシーではなく、人の評価に使うべきではない」と書いています。
3つ目の条件で使う「優れた成果」も、原典では数値で定義されています。平均より1標準偏差上の成果で、原典はこれを「上位およそ10人に1人」と概算しています。ただし、正規分布を仮定した場合、平均を1標準偏差以上上回る割合は約15.9%です。
日本語訳と英語表記の使い分け
日本語では「行動特性」のほか「職務遂行上の特性」「能力特性」と訳されることもありますが、定着した公式訳はありません。カタカナ表記も「コンピテンシー」と「コンピテンシ」が混在しています。
英語では、個々の特性を数えるときに competency(コンピテンシー)とその複数形の competencies(コンピテンシーズ)、ある仕事をこなせる状態を広く指すときに competence(コンピテンス)を使う文献が多く見られます。ただし、スペンサー夫妻の書名自体が『Competence at Work』であるように、厳密に使い分けられているわけではありません。
マクレランドの研究から生まれたコンピテンシーの歴史
| 年 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1970年代初頭 | 米国務省の外交情報官(FSIO)選考研究 | McClelland & Dailey 1972 |
| 1973年 | 知能テスト批判の論文を発表 | American Psychologist 28(1) |
| 1982年 | 管理職のコンピテンシー研究を出版 | Boyatzis『The Competent Manager』 |
| 1991年 | 1973年論文への反論 | Barrett & Depinet 46(10) |
| 1993年 | 定義・氷山モデル・辞書を体系化 | Spencer & Spencer『Competence at Work』 |
1973年論文における知能・適性テストの予測妥当性への批判
マクレランドは1973年1月、American Psychologist 誌(第28巻第1号、1〜14頁)に「Testing for Competence Rather Than for “Intelligence”」を発表しました。知能テストの妥当性は学校の成績に対して確かめられてきただけで、仕事や人生の成果を予測する根拠は弱い、という批判です。テストの点数と職業上の成功の相関も、社会階層という第三の要因で説明できる可能性を指摘しました。
代わりに示した原則の第1が「The best testing is criterion sampling.」、つまり、実際の職務で求められる行動や課題を取り出し、それを遂行できるか測ることです。テストが予測すべきなのは学校の成績ではなく「人生の成績(grades in life)」だとも書いています。一方で、論文の中で本人は、提案がより優れているという「hard evidence」を示すものではないと断っています。この論文は実証研究の報告ではなく、方向転換の提案でした。
外交情報官の選考研究と行動結果面接(BEI)
実証の最初の舞台は、マクレランドらのコンサルティング会社 McBer and Company が1970年代初頭に米国務省から受けた依頼でした。若手の外交情報官の選考試験は、米国史や英語用法などの教養知識を問うものでしたが、その点数は赴任後の仕事ぶりを予測していませんでした。
McBer はまず、上司・同僚・現地の相手から最も評価の高い若手と、解雇されない程度の平均的な若手を比較群として挙げてもらいました。次に、職務上の重要な場面で何を考え、何をしたかを細かく語ってもらう面接法を開発します。これが行動結果面接(Behavioral Event Interview、BEI)で、成功場面3つと失敗場面3つを物語として聞き取ります。分析の結果、優秀者に多く見られた特性は次の3つでした。
- 異文化における対人感受性:外国の人々が本当に言いたいことを聞き取り、反応を予測する力
- 他者への肯定的な期待:自分と異なる人の尊厳を信じ、ストレス下でもその見方を保つ姿勢
- 政治的なつながりを素早く学ぶ力:誰が誰に影響力を持つかを短期間で見抜く力
どれも教養試験では測れない特性です。この面接法は、現在のコンピテンシー面接の原型になりました。面接での使い方はコンピテンシー面接とは何か?その定義や目的、背景、重要性などを徹底解説で解説しています。
ボヤツィスとスペンサー夫妻による体系化
リチャード・ボヤツィスは1982年の『The Competent Manager』で、職務コンピテンシーを動機・特性・スキル・自己像や社会的役割・知識体系のいずれにもなりうる「人の基底的な特性(underlying characteristic of a person)」と定義し、管理職研究をまとめました。1993年のスペンサー夫妻の著書は、McBer の方法による20年分の研究と286件の調査結果をもとに、定義・氷山モデル・コンピテンシー辞書(6群)をまとめた本です。6群とは、達成・行動、援助・対人サービス、インパクト・影響力、管理、認知、個人の効果性を指します。各群の項目は、冒頭で紹介したコンピテンシー評価の記事で表にしています。
氷山モデルと5つの特性:見える知識・スキルと見えない動機
スペンサー夫妻はコンピテンシーの特性を5種類に分け、氷山の図(Figure 2-1「Central and Surface Competencies」)で示しました。水面より上が見えやすく伸ばしやすい表層、水面下が見えにくく変えにくい中核です。
| 特性 | 原典の定義(要約) | 原典の例 | 位置 |
|---|---|---|---|
| 動機(motives) | 常に考え、望み、行動を起こさせるもの | 達成動機 | 中核 |
| 特性(traits) | 身体的特徴と状況への一貫した反応 | 感情の自制、イニシアティブ | 中核 |
| 自己概念(self-concept) | 態度・価値観・自己像 | 自信 | 中間 |
| 知識(knowledge) | 特定分野で持っている情報 | 外科医の神経と筋肉の知識 | 表層 |
| スキル(skill) | 身体的・知的な課題を遂行する能力 | 歯科医の処置の技術 | 表層 |
氷山モデルに基づく育成と採用の優先対象
氷山モデルから原典が引き出した実務上の結論ははっきりしています。表層の知識とスキルは比較的伸ばしやすく、研修で身につけてもらうのが最も費用対効果が高い。中核の動機と特性は測るのも伸ばすのも難しく、採用の段階で見極めるのが最も費用対効果が高い、というものです。
多くの企業はその逆で、学歴や知識で採用し、動機や特性は入社後の管理で何とかなると考えがちだと原典は指摘しています。育成計画で「主体性を高める」のような中核の特性を目標に置いても、短期の研修では動きにくいということです。短期研修では知識とスキルを優先し、動機や特性については採用・配置での適合確認に加え、継続的な育成の目標と期間を別に設計します。
閾値コンピテンシーと差異化コンピテンシー
原典は、予測する成果の水準によってコンピテンシーを2つに分けています。
- 閾値コンピテンシー(threshold):その職務の全員が最低限の成果を出すために必要だが、優秀者と平均者の差は生まない特性。営業なら商品知識や伝票処理の能力です。
- 差異化コンピテンシー(differentiating):優秀者と平均者を分ける特性。営業なら、会社の要求より高い目標を自分に課す達成志向です。
マクレランドは後に、1973年論文で書き直すとすればこの閾値の問題だと述べています。知能は閾値型の変数で、一定の水準を超えると、それ以上の成果とは相関しないかもしれない、という見方です。
スキル・職務遂行能力・コアコンピタンスとの違い
似た言葉との違いは、「個人か組織か」と「保有している力か、発揮された行動か」の2軸で整理できます。
| 用語 | 主体 | 指すもの | 出典・提唱者 |
|---|---|---|---|
| コンピテンシー | 個人 | 成果と因果的に結びつく特性 | Spencer & Spencer 1993 |
| スキル | 個人 | 課題を遂行する技能 | 5特性の1つ |
| 職務遂行能力 | 個人 | 等級ごとに保有を求める能力 | 職能資格制度 |
| 社会人基礎力 | 個人 | 3つの能力と12の能力要素 | 経済産業省 2006年 |
| コアコンピタンス | 組織 | 技術と技能を束ねる集合的学習 | Prahalad & Hamel 1990 |
| ケイパビリティ | 組織 | 業務プロセス全体の組織能力 | Stalk ほか 1992 |
スキル・職務遂行能力との比較:保有能力と成果との関連
スキルは、氷山モデルでいえば5特性のうち表層の1つにすぎません。コンピテンシーは、動機や自己概念などを含み、職務で必要な成果や優れた成果との関連によって特定される特性です。原典も、知識は「その人に何ができるか」を予測するだけで、「実際に何をするか」は予測しないと書いています。
日本の職能資格制度でいう職務遂行能力は、等級ごとに「持っているべき能力」を定めるもので、発揮されていなくても評価の対象になりえます。対照的なのが国家公務員の能力評価で、人事評価の基準、方法等に関する政令第4条第3項は「評価期間において現実に職員が職務遂行の中でとった行動」を評価項目ごとの行動基準に照らして評価すると定めています。発揮された行動を見るという点で、コンピテンシーの考え方に近い制度です。
社会人基礎力との比較:汎用性と職務別の成果基準
経済産業省が2006年に示した社会人基礎力は「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」で、前に踏み出す力・考え抜く力・チームで働く力の3つの能力と、主体性や傾聴力など12の能力要素からなります(経済産業省「人生100年時代の社会人基礎力」)。職種を問わない基礎力の枠組みで、特定の職務で優秀者と平均者を分ける特性を調べたものではありません。汎用的だからといって、ある職務の閾値コンピテンシーに当たるとも限りません。雇用され続ける力という似た概念はエンプロイアビリティとは?厚生労働省の定義・3要素・チェックシートの中身で解説しています。
コアコンピタンス・ケイパビリティとの比較:個人と組織の対象範囲
名前は似ていますが、コアコンピタンスは組織の能力です。プラハラードとハメルは1990年のハーバード・ビジネス・レビュー論文で、コアコンピタンスを「組織における集合的学習、特に多様な生産技能を調整し、複数の技術の流れを統合する方法」と定義しました。個人の行動特性を指すときに「コアコンピタンス」とは言いません。詳しくはコアコンピタンスとは?意味・3つの条件・見極め方と企業事例をわかりやすく解説を、業務プロセス側の組織能力はケイパビリティとは?組織能力の定義とコアコンピタンスとの違い・高め方を参照してください。
よく見かける説明と原典の食い違い
コンピテンシーの説明では、論文の提案と実証研究、図の掲載箇所と提唱者を区別する必要があります。どれも制度設計の判断に影響するので、原典の側に合わせて理解しておくべきです。
- 「氷山モデルはマクレランドが提唱した」:氷山の図が載っているのはスペンサー夫妻の1993年の著書の第2章(Figure 2-1)です。マクレランドが書いた第1章(序論)には氷山の図はありません。ただし、この掲載箇所の違いだけでは、氷山モデルの最初の提唱者までは確定できません。
- 「1973年論文で米国の外交官を調査した」:1973年論文に外交官の調査は出てきません。外交情報官の研究は McBer の1972年の報告書で、1993年の著書でマクレランドが回顧しています。
- 「1973年論文がコンピテンシーの存在を実証した」:前述のとおり、本人が論文の中で「hard evidence」は示さないと断っています。
- 「コンピテンシーは性格や人柄のこと」:動機や特性は5種の一部ですが、成果と因果的に結びつかないものは定義上コンピテンシーではありません。
コンピテンシー論への批判:知能テストの予測力と閾値の議論
1973年論文には有力な反論もあります。バレットとデピネットは1991年に American Psychologist 誌(第46巻第10号)で、知能テストの点数は多くの職務で成果を予測するというメタ分析を挙げて、1973年論文の主張に疑問を呈しました。マクレランドは先に触れた閾値の議論で応じています。知能や知識は足切りとしては意味があるが、その先の差は説明しない、という立場です。
実務での判断としては、知識テストや適性検査を捨てるのではなく、閾値の確認に使い、優秀者と平均者を分ける差異化の特性は行動の事実で見る、という使い分けが原典の議論に沿っています。汎用の項目一覧を自社の成果データと照合せずにそのまま評価基準にするのは、定義の中心である「基準参照」を省くことになるので避けるべきです。
人事での使われ方:評価・採用・育成
原典の第5部は、コンピテンシーの使い道として採用・業績管理・後継者計画・育成とキャリアパス・報酬などを章ごとに扱っています。ここでは、人事評価・採用・育成と配置の使い方を整理します。
- 人事評価:評価期間中に発揮した行動を、項目ごとの行動基準に照らして評価します。項目の例やレベルの定義はコンピテンシー評価とは?評価項目の例・レベル定義と評価シートの書き方を参照してください。
- 採用:BEI の流れをくむ面接で、過去の具体的な場面での行動を聞き取ります。中核の動機と特性を見極めるのは採用の段階、という原典の結論とも合います。
- 育成・配置:研修では主に知識とスキルの層を伸ばし、適性検査や多面評価で現状を測ります。測定の方法はコンピテンシーアセスメントとは?その定義・目的と導入メリット、企業が注目する理由も含めて徹底解説で扱っています。
よくある質問
コンピテンシーを日本語で何といいますか?
「行動特性」と訳されるのが一般的です。ただし定着した公式訳はなく、「職務遂行上の特性」と訳す例もあります。単なる行動ではなく、成果と因果的に結びついた思考や行動の傾向を指します。
コンピテンシーが低いとはどういうことですか?
スペンサー夫妻の1993年の定義に沿えば、その職務の成果基準に結びつく特性が十分に発揮されていない状態と説明できます。コンピテンシーは職務ごとの成果基準に対して決まるので、ある職務で低くても、別の職務では十分ということがありえます。人柄の良し悪しの評価ではありません。
コンピテンシーの具体例にはどんなものがありますか?
マクレランドらの外交情報官研究では、異文化における対人感受性、他者への肯定的な期待、政治的なつながりを素早く学ぶ力が見つかりました。スペンサー夫妻の辞書には達成志向、対人理解、チームリーダーシップ、分析的思考、自信などが並びます。評価項目としての一覧は、関連記事に掲載したコンピテンシー評価の記事にまとめています。
コンピテンシーは後から伸ばせますか?
層によります。知識とスキルは研修で比較的伸ばしやすい一方、動機や特性は伸ばすのが難しいと原典は述べています。そのため原典は、動機と特性は採用で見極め、知識とスキルは入社後に教えることを勧めています。
コンピテンシー評価やコンピテンシー面接とは何が違いますか?
スペンサー夫妻の1993年の定義では、コンピテンシーは成果と関連する個人の特性そのものを指します。コンピテンシー評価はそれを基準に社員の行動を評価する人事評価の手法、コンピテンシー面接は応募者の過去の行動から特性を見極める採用面接の手法です。