離職防止は、辞めそうな社員を兆しの段階で見つけ、退職を申し出る前に話を聞いて手を打つ取り組みです。退職届が出てからでは、民法の定めで2週間後には雇用が終わるため、打てる手はほとんど残っていません。この記事では、上司が職場で気づける行動の変化と人事が照合する手順、兆しに気づいた後の面談の進め方を順に示します。あわせて、育児・介護休業法の改正で2025年から企業の義務になった介護・育児の個別周知や意向聴取、2026年度から努力義務になった治療と就業の両立支援を、法律が求める離職防止の措置として整理しました。
まとめ:離職防止は兆しの段階の面談と法定の両立支援、申出前の対応で決まる
離職防止で成果が出るかどうかは、退職の申出より前に本人と話せたかどうかで決まります。期間の定めのない雇用では、申出から2週間で雇用が終わるのが民法の原則です。申出の後に条件を積み増して引き止めても、続かない例が多くあります。
実務の順番は3つです。上司が行動の変化に気づいたら記録し、人事が月1回それを照合して面談の対象を決める流れです。面談は理由の当事者でない人が行い、その場で約束せずに2週間以内に回答します。介護・育児・病気の治療といった生活上の事情による離職には、法律で決まった個別周知や意向確認の措置があり、これを期限どおりに回すこと自体が防止策になります。
全社の離職率をどう下げるか、どの施策を選ぶかは別の論点です。この記事は、個々の社員の離職を止める運用と、法律が求める措置に絞って書いています。
離職防止とは何か、離職率の改善と分けて考える個人単位の取り組みの範囲
「離職防止」と「離職率の改善」は同じ意味で使われがちですが、扱う単位が違います。最初に範囲を分けておくと、何から手を付けるかがはっきりします。
離職防止の定義:辞めそうな社員を兆しの段階で見つけ面談につなぐ取り組み
この記事では、離職防止を「特定の社員の離職の兆しに気づき、本人が退職を決める前に事情を聞いて、配置・業務量・働き方を調整する取り組み」と定義します。人事の分野ではリテンション(人材の引き留め)とも呼ばれます。
離職率の改善と違うのは、対象が「人」である点です。営業部の離職率が20%だという事実からは、誰と話すべきかは分かりません。離職防止では、Aさんの残業が先月から急に増えた、Bさんが会議で発言しなくなった、という個人の変化を起点に動きます。
離職率の改善との役割分担:組織の率を下げる施策と個人の離職を止める運用
離職率の改善は、部署や入社年次ごとの率を出し、離職が集中している区画に施策を入れて、12か月後の率で効果を測る取り組みです。離職防止は、その施策の効果が出るまでの間にも、目の前の社員が辞めないように個別に動く運用にあたります。
2つは補い合う関係で、どちらか片方だけでは足りません。区画の特定、辞めた理由に合わせた打ち手の選び方、施策の効果測定は離職率の改善策:辞めた理由別の打ち手と人事データで効果を測る手順で扱っています。こちらの記事では、個人に対する気づき・面談・回答の流れと、法律で決まった措置を中心に進めます。
離職の兆しに気づく職場での行動の変化と、上司・人事が拾い上げる手順
兆しは、勤怠や評価のデータに出る前に、日々の仕事ぶりに出ることが多くあります。最初に気づけるのは、毎日顔を合わせている上司です。
上司が気づける行動の変化:発言の減少・休み方・先の予定の話を避ける様子
退職を考え始めた社員に見られやすい変化を、上司が気づきやすい順に並べました。
- 会議や朝礼での発言が減り、提案や質問をしなくなった
- 半日・1日単位の休暇や、平日の日中の私用が短い期間に続いている
- 半年以上先の仕事や、来期の目標の話を避ける
- 後輩への引き継ぎや資料の整理を、頼まれていないのに進めている
- 以前は断らなかった残業や休日の対応を断るようになった
どれも単独では退職の兆しとは限りません。家族の通院や介護も、休暇が増える理由の一つです。大事なのは「以前と比べて変わった」ことに気づく点で、性格や働き方の評価とは切り離して記録します。休暇が増えた理由が介護や育児、本人の通院であれば、後述する法定の措置の対象になる可能性があります。
兆しを拾う役割分担:上司は事実を記録し、人事は月1回データと照合する
上司の気づきを口頭の相談だけで終わらせると、人事に届くのは本人が退職を決めた後になりがちです。上司は「いつ・何が変わったか」を事実だけで短く記録し、月末に人事へ渡します。「やる気がない」のような評価語では書きません。
人事はその記録を、勤怠の残業時間・休暇の取得・サーベイの回答の変化と照らし合わせ、2つ以上が同じ時期に重なった人を面談の対象にします。データ側の判定ルールの作り方は離職率の改善策の予兆の章にまとめています。退職者が年に数十人以上いて、ルールでは拾えない退職が多い会社は、タレントマネジメントのAI導入|配置推薦・離職予兆の中身と自社データで成立する条件で扱う予測モデルの検討に進む段階です。
離職の兆しを見つけた後の面談の進め方と、聞く順番・その場で約束しない線
面談対象が決まったら、1か月以内に面談を設定します。何を聞き、何をその場で決めないかを先に決めておかないと、面談がかえって退職を後押しすることがあります。
面談は誰が行うか:直属の上司が離職理由の当事者になる場合の人事面談
面談の担当は、直属の上司を原則にしつつ、上司との関係そのものが離職の理由になっていそうなときは人事担当者か別部署の管理職に替えます。兆しの記録に「上司からの指示の後に発言が減った」「特定の会議の後に休暇が続いた」といった上司が関わる出来事が並んでいるなら、上司以外が面談するのが原則です。
上司以外が面談する場合は、冒頭で「話した内容を上司に伝えるかどうかは本人の同意を取ってから決める」と伝えます。この一言がないと、本人は当たり障りのない理由しか話しません。定期的な1on1をすでに回している会社なら、その枠を使うと「呼び出された」という警戒を避けられます。1on1の記録や予定を管理する道具の比較は1on1ツールとは?機能と料金の見方、人事評価システムとの境界と自社開発の判断で整理しています。
面談で聞く順番:業務量から人間関係、今後の希望へ進む30分の流れ
いきなり「辞めるつもりですか」と聞くと、本人は否定するしかありません。答えやすい事実から入り、気持ちの話は後に回します。
- 業務量と労働時間:最近の残業や休日対応が、本人から見てどうか(約10分)
- 仕事の中身:今の担当業務に、やりがいや成長の見込みを感じているか
- 人間関係と職場の雰囲気:相談しにくい相手や場面があるか
- 生活上の事情:家族の介護・育児、本人の通院など、働き方に影響する事情があるか
- 今後の希望:半年後・1年後にどんな働き方をしていたいか
4番目の生活上の事情は、本人が言い出しにくい項目です。会社として介護・育児・治療の両立制度があることを先に伝えてから聞くと、話してもらえる確率が上がります。
その場で約束しない3つのことと、面談後2週間以内に回答する手順
面談の場で、昇給・異動・業務の削減を約束してはいけません。上司や人事の一存で実行できないことを約束すると、実現しなかったときに信頼を失い、退職の理由を1つ増やす結果になります。面談で言うのは「確認して2週間以内に回答する」までです。
面談後は、聞き取った内容を「業務量の調整」「配置の検討」「制度の案内」「対応なし」のどれかに分け、担当者と回答期限を記録します。2週間以内に本人へ結果を返し、3か月後にもう一度短い面談をして変化を確かめるところまでが1サイクルです。回答の期限を管理していないと、面談しただけで何も変わらなかったという印象が残り、面談前より状況が悪くなります。
法律が企業に求める離職防止の措置:介護・育児・治療と仕事の両立支援
生活上の事情による離職には、法律で企業がやるべき措置が決まっています。義務を期限どおりに果たすことは、そのまま離職防止の仕組みになります。
介護・看護を理由とする離職は年10.6万人:2022年就業構造基本調査の値
総務省統計局の令和4年就業構造基本調査 結果の概要(表8-4)によると、「介護・看護のため」に過去1年間に前職を離職した人は2022年に10.6万人で、2017年の9.9万人から0.7万人増えました。内訳は男性2.6万人、女性8.0万人です。
親の介護に直面する社員は勤続年数が長く、管理職や業務の要を担っている人であることが少なくありません。抜けた穴を採用で埋めるには時間がかかります。介護離職は本人が事情を言い出さないまま進むことが多く、面談で生活上の事情を聞く項目を入れておく理由はここにあります。
2025年4月施行の介護離職防止措置:申出時の個別周知と40歳での情報提供
改正育児・介護休業法により、2025年4月1日から次の措置が全企業の義務になりました(厚生労働省の介護休業制度特設サイト「法改正のポイント」)。
| 措置 | 対象と時期 | 伝える・行う内容 |
|---|---|---|
| 個別周知と意向確認 | 介護に直面した旨を申し出た社員 | 制度の内容・申出先・介護休業給付金 |
| 早い段階の情報提供 | 40歳に達する年度、または40歳から1年間 | 制度の内容・申出先・介護休業給付金 |
| 雇用環境の整備 | 全社員 | 研修・相談窓口・事例の提供・方針の周知のいずれか |
個別周知は面談・書面・FAX・電子メール等のいずれかで行い、FAXと電子メールは本人が希望した場合に限られます。取得を控えさせるような周知や意向確認は認められていません。40歳の情報提供は、介護に直面する前に制度を知ってもらうための措置で、誕生日を基準に対象者が毎月出るため、人事の年間予定に組み込まないと漏れます。同じ改正で、介護休暇の対象から「継続雇用期間6か月未満」を労使協定で外す仕組みが廃止され、介護のためのテレワークは努力義務になりました。
2025年10月施行の育児期の措置:3歳前の意向聴取と柔軟な働き方2つ以上
育児を理由とする離職については、2025年10月1日から次の2つが義務になりました(厚生労働省のリーフレット育児・介護休業法 改正ポイントのご案内)。
1つは柔軟な働き方を実現するための措置です。3歳から小学校就学前の子を育てる社員に対して、始業時刻等の変更・月10日以上のテレワーク等・保育施設の設置運営等・年10日以上の養育両立支援休暇・短時間勤務の5つから2つ以上を選んで講じ、子が3歳になる前の1年間に個別に周知して意向を確認します。もう1つは個別の意向聴取と配慮で、妊娠・出産等の申出時と子が3歳になる前の1年間に、勤務時間帯・勤務地・制度の利用期間・業務量などの希望を聞き、自社の状況に応じて配慮する義務です。
この意向聴取は、前の章の面談と同じ構造をしています。法定の聴取を「書面を渡して終わり」にせず、面談で聞いて2週間以内に回答する運用に乗せると、育児期の離職防止として機能します。
2026年度から努力義務の治療と就業の両立支援:通院と病気による離職への対応
労働施策総合推進法の改正により、職場における治療と就業の両立支援は2026年度から事業主の努力義務になりました。厚生労働省は2026年2月10日に「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号)を公表しています(治療と仕事の両立について)。
がんや持病の治療で通院が続く社員は、休暇の取り方の変化として兆しが表れます。努力義務とはいえ、相談窓口と、通院に合わせた時間単位の休暇や短時間勤務の使い方を決めておかないと、本人は「迷惑をかける」と考えて退職を選びがちです。指針を読み、介護・育児の措置と同じ相談窓口で受け付けるようにすると、窓口を1つにまとめられます。
退職の申出を受けた後の対応と、引き止めてよい範囲・見送るべき場面
兆しを拾えずに退職の申出が出てしまった場合も、対応の仕方は決めておく必要があります。法律で決まった前提から確認します。
民法627条の2週間:期間の定めのない雇用で退職の申出を拒めない理由
民法第627条第1項は、期間の定めのない雇用について、各当事者はいつでも解約の申入れができ、申入れの日から2週間を経過すると雇用が終わると定めています。就業規則で「退職は1か月前までに申し出る」と決めていても、本人が2週間で辞めると主張した場合に会社が退職そのものを拒むことはできないと考えるのが一般的です。
つまり、申出の後に会社が使える時間は最短で2週間しかありません。後任探しや引き継ぎを考えると、この期間に引き止めの交渉を重ねる余裕はほとんどないのが実情です。離職防止の手間を申出の前に寄せるべき理由はここにあります。
条件を見直して提示するのは1回まで:カウンターオファーが続かない理由
申出の後に昇給や異動を提示して引き止める方法は、カウンターオファーと呼ばれます。提示するなら、面談で本当の理由を聞いたうえで、理由に対応した条件を1回だけ示し、本人の判断を待つところまでにとどめます。何度も条件を積み増したり、退職を思いとどまるよう繰り返し説得したりするのは、本人の退職の自由を妨げる行為と受け取られかねません。
給料を上げて引き止めた後の経過を調べた調査では、受諾者の多くが1年以内に結局退職しています。データと判断基準は退職の引き止めで給料アップ|カウンターオファー受諾者の6割が1年以内に退職した調査と判断基準で紹介しています。
引き止めを見送るべき場面:転職先が決まり退職日まで確定しているとき
次のどれかに当てはまるときは、引き止めは行わず、円満な退職と引き継ぎに力を回します。
- 転職先への入社を承諾し、入社日まで決まっている
- 退職の理由が配偶者の転勤や本人の進学など、会社の条件では変えられない事情である
- 面談で理由を聞いても「一身上の都合」以外を話さず、条件の提示を求めていない
このときにやるべきことは、退職面談で本当の理由を記録に残すことです。辞める本人を引き止められなくても、同じ部署・同じ年次で次の離職を防ぐ材料になります。退職から数か月後に匿名の短いアンケートを送る方法も、本音を集める手段として有効です。
離職防止の記録をExcelで回す段階と、人事システムで記録をつなぐ段階
ここまでの運用は、兆しの記録・面談・回答期限・法定の周知を、社員ごとに漏れなく追えるかどうかにかかっています。記録の持ち方を最後に決めます。
面談記録と法定の周知記録を1つの台帳で持つ:社員ID・日付・対応・期限
兆しの記録、面談の内容、2週間以内の回答、介護・育児の個別周知と意向確認、40歳の情報提供は、別々のファイルに置くと抜けが出ます。社員IDを軸に、次の列を持つ1つの台帳にまとめるのが出発点です。
| 列 | 入れる内容の例 |
|---|---|
| 社員ID・所属・上司 | 異動したときに担当者を引き継げるようにする |
| 記録の種類 | 兆し/面談/法定の周知/意向確認 |
| 記録日と内容 | 事実だけを短く書く |
| 対応区分と担当者 | 業務量の調整/配置の検討/制度の案内/対応なし |
| 回答期限と完了日 | 面談から2週間以内、3か月後の再面談日 |
面談の記録には健康や家族の事情といった本人の機微な情報が入るため、閲覧できる人を人事と面談担当者に限ります。上司に共有する範囲は、本人の同意を取った内容だけにします。
人事システムで記録をつなぐ段階:期限の追跡と勤怠データの照合が毎月要る状態
従業員が数十人で、面談が月に数件なら、上の台帳はExcelで十分に回ります。この規模で専用のシステムを入れるのは過剰です。
システムでつなぐ段階に進むのは、40歳の情報提供や3歳前の意向確認の対象者を毎月手で抜き出している、面談の回答期限が守られているかを誰も追えていない、兆しの記録と勤怠データの照合を毎月手作業でしている、といった状態になったときです。まず既存の人事システムで社員IDと生年月日・子の生年月日・面談記録を結び付けて出力できるかを確かめ、足りない部分だけを作り込む順番が、費用を抑える進め方です。人事システムの種類と選び方は人事管理システムとは?機能・種類・労務やタレマネとの違いと導入判断を開発会社が解説で比較しています。期限の通知や勤怠との照合を自動化する仕組みづくりは、一創の人事・労務管理システム開発でご相談いただけます。
よくある質問
離職防止について、人事担当者や管理職からよく寄せられる質問をまとめました。
離職防止の施策で、まず何から始めればよいですか?
上司が部下の行動の変化を事実で記録し、月1回人事に渡す仕組みから始めます。費用がかからず、退職の申出より前に本人と話す機会を作れるからです。並行して、介護に直面した旨の申出への個別周知と40歳の情報提供が漏れなく行われているかを確認してください。全社の離職率を下げる施策の選び方は、離職が集中している区画と辞めた理由を特定してから決めます。
離職の兆しがある社員には、どんな特徴がありますか?
会議での発言が減る、半日や1日単位の休暇が短期間に続く、半年以上先の仕事の話を避ける、頼まれていない引き継ぎを始める、といった変化がよく見られます。どれも単独では退職の兆しと決めつけられず、介護や通院が理由のこともあります。以前と比べて変わったかどうかに注目し、2つ以上が重なったときに面談を設定するのが実務的です。
退職を申し出た社員を引き止めてもよいですか?
理由を聞いたうえで、条件の見直しを1回提示するところまでは問題ありません。ただし、期間の定めのない雇用では民法第627条により申出から2週間で雇用が終わるため、退職そのものを拒むことはできません。繰り返しの説得や条件の積み増しは避け、転職先が決まっている場合は引き止めずに引き継ぎと退職理由の記録に力を回してください。
介護離職を防ぐために、企業が義務として行うことは何ですか?
2025年4月1日から、介護に直面した旨を申し出た社員への制度の個別周知と利用意向の確認、40歳に達する年度などでの制度の情報提供、研修・相談窓口・事例の提供・方針の周知のいずれかによる雇用環境の整備が、全企業の義務になっています。周知する内容は、制度の内容・申出先・介護休業給付金の3点です。様式の例は厚生労働省のサイトで公開されています。
離職防止ツールは導入したほうがよいですか?
上司の記録と人事の照合が回り始め、サーベイの集計や面談の予定管理に手が回らなくなった段階で検討します。最初からツールを入れても、兆しを見た後に面談して回答する運用がなければ、数字を眺めるだけで終わる状態です。ツールの類型ごとの違いと料金の見方は、定着率向上ツールの選び方:4類型の違いと料金の決まり方、人事データ連携の要件で整理しています。
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