人事労務

従業員体験(EX)とは?従業員エクスペリエンス向上の進め方とツール選定基準

従業員体験(EX)とは?従業員エクスペリエンス向上の進め方とツール選定基準

従業員体験(EX/Employee Experience、従業員エクスペリエンス)は、採用選考からオンボーディング、日々の業務、評価、異動、退職までの間に従業員が企業との接点で受け取る体験の総体を指します。福利厚生や研修といった個別の施策ではなく、それらが並んだときに働き手の側から何が見えているかを設計対象にする考え方です。

この記事では、EXの定義と隣接概念との線引きを整理したうえで、Gallupの2026年版レポートが示した実数、人的資本関連の政策文書がEXをどの語で扱っているか、ツールを選ぶときに効いてくる判断基準を扱います。企業事例の紹介よりも施策の判断に使える根拠を優先し、根拠は公開されている統計と公式ドキュメントに限りました。

まとめ:従業員体験(EX)の要点

  • EXは採用前から退職後までの接点全体で従業員が得る体験を指し、満足度(ES)やエンゲージメントはその体験を測る指標にあたります。
  • EXを考える手掛かりの一つが、短期的なエンゲージメント施策への批判です。Jacob MorganはHarvard Business Review(2017年3月10日)で、施策の多くが「アドレナリン注射」にとどまり効果が切れると書いています。
  • Gallupの2026年版レポートでは、2025年の世界の従業員エンゲージメントは20%で2020年以来の低水準、東アジア地域は18%でした。低下の大半は管理職の落ち込み(27%→22%)で説明されています。
  • 『人材版伊藤レポート2.0』(81ページ)と『人的資本可視化指針(改訂版)』(本体20ページ・別紙76ページ)に「従業員体験」という語は1件も出てきません。社内稟議や開示では、EX施策と従業員エンゲージメントなどの成果指標との関係を説明します。
  • ツール選定では、必要な機能に加えて提供継続性とデータ移行手段を確認します。Microsoft Viva TopicsとViva Goalsは、いずれも公式に提供終了が告知されました。

以下、定義の線引き、EXが経営課題になった経緯、導入の進め方、ツールの分類と選び方の順に見ていきます。

従業員体験(EX)の定義と、対象になる接点の範囲

EXが対象にする期間と接点

EXが扱う範囲は、在籍期間だけではありません。求人票を読んだ時点の印象、選考での連絡の速さ、入社初日に端末が使える状態で届いているか、評価面談で何を言われたか、退職手続きがどれだけ煩雑か。これらはすべて同一人物の中で連続した記憶になります。人事制度・IT環境・オフィス・上司との関係を別々の担当部署が最適化した結果、働き手から見ると分断された体験になっている状態を問題として扱うのがEXの立場です。

この時間軸に沿って接点を並べ、どの段階で何が起きているかを図にする手法がエンプロイージャーニーです。設計の実務はそちらに譲りますが、EXを「施策の集合」ではなく「一人の時間軸」として見る点が、従来の人事施策との分かれ目になります。

入社直後には、事前に描いていた仕事像と現実とのずれが生じることがあり、定着に関わる確認対象になります。この局面だけを扱った実証研究はリアリティショックの側に蓄積があります。

従業員満足度(ES)・エンゲージメント・EVPとの区別

ES・エンゲージメント・EVPをEXと区別すると、次のようになります。

概念 指すもの 性質
EX(従業員体験) 接点全体で受け取る体験 設計の対象
ES(従業員満足度) 待遇・環境への満足の程度 受け手の評価
エンゲージメント 仕事や組織への心理的な結びつき 行動につながる状態
EVP(従業員価値提案) 企業が提示する価値の約束 送り手の宣言

実務上の使い分けは単純です。EXは「何を作るか」、ESとエンゲージメントは「作った結果どうなったか」、EVPは「対外的に何を約束したか」にあたります。EXの改善は、対象となる接点の満足度や業務上の負担、エンゲージメントなどで評価できます。ただしエンゲージメントスコアだけを目標に置くと、後述するとおり短期的な手当てに流れます。エンゲージメントの定義や測定尺度の細部はエンプロイーエンゲージメント、採用市場に向けた価値の言語化はEVP(Employee Value Proposition)で扱っています。

EXが経営課題になった経緯と、2026年時点の実数

Jacob Morganによる短期的なエンゲージメント施策への批判

『The Employee Experience Advantage』(Wiley, 2017)の著者Jacob Morganは、EXを論じた著者の一人です。2017年3月10日のHarvard Business Review記事で、Morganは「組織はエンゲージメントプログラムに数億ドルを費やしているのに、エンゲージメント調査のスコアは惨憺たる低さのままだ」と書き出し、その理由をこう説明しました。多くの施策は「アドレナリン注射(an adrenaline shot)」にすぎず、特典を投入するとスコアは上がるが、時間とともに効果が薄れて元に戻る。それを繰り返すほど、従業員の側には操作されているという感覚が残る、と。

ここではMorganの議論を、短期的なスコア操作に偏らず、日々の体験を見直すための視点として扱います。福利厚生の追加やイベント開催をEX施策と呼ぶ紹介が多いのですが、Morganが批判したのはまさにその種の施策です。

Gallup 2026年版が示す停滞と、管理職の失速

Gallupの『State of the Global Workplace: 2026 Report』は、同社が「従業員体験に関する世界最大の継続調査(the world’s largest ongoing study of the employee experience)」と位置づけている年次調査です。2025年分のデータは263,810人(うち就業者141,444人)を2025年1月から12月にかけて調査したもので、対象は140を超える国と地域にわたります。

この版が報告した数字は次のとおりです。

項目 2025年 備考
世界のエンゲージメント率 20% 2020年以来の低水準・2年連続の低下
2022年のピーク 23% 誤差は±0.1ポイント未満
管理職 22% 2024年の27%から5ポイント低下
非管理職 19% 2024年は18%
東アジア地域 18% not engaged 66%/actively disengaged 16%

東アジアは中国・香港・日本・モンゴル・韓国・台湾を含む地域区分で、Gallupは地域別集計に加えて国別データも公開しており、国別値は3年間の調査を集約しています。日本のエンゲージメント率は、2023〜2025年の3年移動平均で8%です。2025年単年の世界・地域集計とは期間が異なります。

注目すべきは管理職の落ち込みです。Gallupは、世界全体の低下の大半が管理職側の低下で説明できるとしたうえで、管理職はかつて「エンゲージメント・プレミアム」を享受していたが、いまや部下と同程度にしかエンゲージしていないと述べています。EX施策を一般社員向けの制度として設計すると、体験の質を左右する当の管理職が対象から外れます。1on1の頻度や研修の機会を増やす前に、その運用を担う層が疲弊していないかを見る順序が要ります。

低下は世界全体の傾向で、2025年にエンゲージメントが上昇した地域はありませんでした。低いエンゲージメントによる生産性の損失は、世界経済で約10兆ドル、GDPの9%に相当するとGallupは推計しています。

人的資本関連の政策文書におけるEXとエンゲージメントの位置づけ

EXを社内で通そうとすると、既存の人的資本開示の枠組みとの対応を問われます。ここで押さえておきたいのは、人的資本経営の基礎になっている2つの文書が、EXを別の語で扱っている点です。

経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』(2022年5月・全81ページ)を全文検索すると、「従業員体験」「エンプロイー」「エクスペリエンス」はいずれも0件で、「エンゲージメント」が42件です。同レポートは第7章を「社員エンゲージメントを高めるための取組」に充て、その(1)「社員のエンゲージメントレベルの把握」で、CEO・CHROが「自社にとって重要なエンゲージメント項目を整理し、社員のエンゲージメントレベルを定期的に把握する」ことを求め、把握の手段としてパルスサーベイ等を挙げています。

内閣官房・金融庁・経済産業省が令和8年3月23日に公表した『人的資本可視化指針(改訂版)』も同様で、本体20ページ・別紙76ページのいずれにも「従業員体験」「エクスペリエンス」の記載はありません。別紙19ページでは、幅広い企業に開示が期待される指標として(1)従業員数、(2)人件費、(3)離職率、(4)従業員エンゲージメントスコアの4つを挙げ、グローバル投資家の意見を紹介しています。

この別紙には、測定の実務に直結する留保も併記されています。従業員エンゲージメントスコアについて、関連指標を時系列で開示し将来の目標値も示すことは人材戦略の有効性をモニタリングするうえで有用としながら、「設問やスコアの算定手法等が企業ごとに異なる場合、単純な企業間比較はできない」と明記しているのです。出所はボストン・コンサルティング・グループ「人的資本開示に対する海外投資家の着眼点及び開示に関する調査」報告書(2025年4月)を基に金融庁が作成したものです。

ここから導かれる実務上の判断は2つあります。第一に、EXの予算を提案するときは、解決したい業務課題と成果を測る指標を具体化します。提案書では「入社手続きの待ち時間を減らす」などの改善内容に、担当部門・費用・評価指標を添えます。第二に、設問や算定手法が異なる企業のスコアを、そのまま並べて優劣を論じることはできません。比較すべきは自社の時系列と、改善が見られた領域です。開示制度そのものの全体像は人的資本経営で扱っています。

従業員体験の改善施策の導入手順と評価方法

離職理由のデータを使った改善候補の整理

自社のデータがない段階では、公的統計を使って着手候補の当たりをつけられます。厚生労働省『令和6年雇用動向調査結果の概況』によると、転職入職者が前職を辞めた理由は男女で構成が異なります。男性は「その他の個人的理由」20.2%と「その他の理由(出向等を含む)」13.5%を除くと「定年・契約期間の満了」14.1%が最も多く、次いで「給料等収入が少なかった」10.1%でした。女性は「その他の個人的理由」24.3%を除くと「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」12.8%が最多で、次いで「職場の人間関係が好ましくなかった」11.7%です。

前年からの上昇幅は、男性では「その他の個人的理由」の2.9%を除くと「会社の将来が不安だった」の2.2ポイントが最も大きく、女性は「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」1.7ポイントと分かれています。全国集計の男女差は仮説づくりに使い、自社では職種・年齢・雇用形態も分けて課題を確認します。交流イベントやコミュニケーション施策から着手する企業は多いものの、この集計では労働時間と休日も確認候補に挙がります。自社での優先順位は、勤怠記録や従業員の回答から決めてください。

可視化と測定の設計

現状把握は、接点の棚卸しと定量測定の2本立てになります。接点の棚卸しはエンプロイージャーニーの作成、定量測定はサーベイです。サーベイには、年1回の網羅的な調査で全体像を取るエンゲージメントサーベイと、短い設問を高頻度で回すパルスサーベイがあり、伊藤レポート2.0が課題を抱える社員の把握手段として挙げているのは後者です。

設問設計で注意が要るのは、学術的な尺度をそのまま業務利用できるとはかぎらない点です。ワーク・エンゲイジメントの標準尺度であるUWESは、非商業の科学研究以外の利用に著者の許諾を求めています(利用条件の詳細はエンプロイーエンゲージメントで扱っています)。自社で独自設問を作る場合は、設問と算定方法が他社と揃わないぶん他社比較には向かない前提で、時系列の変化を追う設計にします。

改善サイクルを回す条件

測定後は、結果と対応方針を回答者に返し、次回調査で対応後の変化を確認します。結果を返す相手と、変えられる裁量を持つ相手が一致していることが条件です。全社集計だけを経営会議に上げ、現場に何も返さない運用では、Morganが指摘した「操作されている感覚」が別の形で再現されます。部門単位のスコアを部門長に返し、打ち手を選ぶ裁量とセットで渡す設計にしてください。

EX向上ツールの分類と選定基準

4つの機能領域と、現行の製品名

「従業員体験 向上 ツール」で探すと、性格の異なる製品が同じ一覧に並びます。まず機能領域を分けて考えます。

領域 担う役割 公式に確認できる製品例
従業員リスニング サーベイと分析 Viva Glint、Workday Peakon Employee Voice
社内コミュニケーション基盤 情報の到達と対話 Microsoft Viva Connections/Viva Engage/Viva Amplify
学習・成長支援 研修とスキル開発 Microsoft Viva Learning
働き方の分析 会議時間などの実態把握 Microsoft Viva Insights

Microsoftは自社のViva群を「Microsoft 365とTeamsの中の従業員体験プラットフォーム(the employee experience platform within Microsoft 365 and Teams)」と定義しています。このうちサーベイを担うViva Glintは、公式ドキュメントで「組織の健全性を可視化する、人を起点としたプラットフォーム」と説明され、ピープルサイエンスに基づく測定戦略を組み立てる位置づけになっています。

製品名は変わります。Workdayが2021年に買収したPeakonは現在「Workday Peakon Employee Voice」が正式名称で、Qualtricsの従業員向け製品ページの見出しは現在「Employee Experience Software」です。日本語記事で見かける旧称のまま検索すると、公式ドキュメントに行き着かないことがあります。

なお、社内システムの応答速度や端末の使い勝手といったIT側の体験を扱う領域は、デジタル従業員体験として別に整理されています。情報システム部門が主体になる場合はデジタル従業員エクスペリエンス(DEX)を参照してください。

EXツールの提供終了リスクと移行条件

EXツールは必要な機能を比較したうえで、提供継続性と移行のしやすさも確認します。この領域は製品の入れ替わりが速く、契約期間中に提供が終わる可能性を見込む必要があるためです。Microsoft Vivaで実際に起きたことを見てください。

モジュール 状態 公式告知
Viva Topics 提供終了済み 2025年2月22日をもって提供終了
Viva Goals 提供終了済み 2025年12月31日をもって提供終了
Viva Glint 提供中 従業員リスニングを担当

Viva Topicsについて、Microsoftは「Viva Topics has been retired as of February 22, 2025」と告知し、AIによる自動生成のトピックページは利用できなくなり、公開済みのページは通常のSharePointページに変わると説明しました。Viva Goalsは「Viva Goals will be retired on December 31, 2025」と告知され、あわせて「2024年12月5日以降、新機能の開発には投資しない」と明記されています。データはAPI・Excel・PowerPointでエクスポートできるとされ、他のOKRソリューションへの移行を利用者側で計画するよう促す内容でした。

この2件から読み取るべき選定基準は3つです。第一に、Viva Goalsでは新機能開発の停止が提供終了の約1年前に告知されていた点。更新履歴が止まった製品は、すでに終了予定である可能性を疑う材料になります。第二に、データのエクスポート手段が公式に用意されているかどうか。サーベイの時系列データは、設問や集計条件とともに継続比較に必要な情報なので、CSVなりAPIなりで持ち出せない製品は候補から外します。第三に、設問とスコア算定方式を自社で保持できるか。可視化指針の別紙は、設問や算定手法が異なる場合の単純な企業間比較に留保を付けているため、ツールを乗り換えたときに自社の時系列が切れないことのほうが、ベンダー独自の偏差値より重要です。

無料のアンケート機能から始めること自体は妨げになりません。ただし設問文と回答データを自社の管理下に置き、集計ロジックを説明できる状態にしておいてください。移行時には、設問・回答尺度・集計方法・調査対象・実施条件が変わらないかを確認し、過去の結果と比較できる範囲を判断します。

よくある質問

従業員体験(EX)と従業員満足度(ES)の違いは何ですか?

EXは企業との接点を通じて従業員が得る体験全体を指し、ESは待遇や職場環境などに対する満足の程度を指します。体験そのものと、その体験に対する評価の一面という関係です。両者は対立する概念ではなく、ESはEXを評価する指標の一つにあたります。

従業員エクスペリエンスの定義は決まっていますか?

国際標準規格のような一義的な定義はありません。人的資本関連の政策文書でも用語として採用されておらず、『人材版伊藤レポート2.0』(81ページ)にも『人的資本可視化指針(改訂版)』(本体20ページ・別紙76ページ)にも「従業員体験」の記載は1件もありません。実務では、採用前から退職後までの接点全体を対象とする設計概念、という理解で足ります。

従業員体験の向上は何から始めればよいですか?

接点の棚卸しと、既存データの確認からです。新しい制度を作る前に、入社手続き・評価面談・退職手続きで何が起きているかを時系列に並べ、退職者インタビューや勤怠データなど手元にある記録を突き合わせます。厚生労働省の雇用動向調査では男女で離職理由の構成が異なるため、自社の人員構成に合わせて優先順位を決めてください。

効果はどの指標で測りますか?

『人的資本可視化指針(改訂版)』別紙が、幅広い企業に開示が期待される指標として従業員数・人件費・離職率・従業員エンゲージメントスコアの4つを挙げています。社内報告では、これらの開示指標に加え、施策に応じて手続き時間・残業時間・接点別満足度などを追います。ただし同指針は、設問やスコアの算定手法が企業ごとに異なる場合は単純な企業間比較ができないと明記しているため、他社とのスコア比較ではなく自社の時系列で評価します。

ツールを導入しないと従業員体験は改善できませんか?

できます。EXは制度と運用の設計が本体で、ツールは測定と情報流通を効率化する手段です。実際、Microsoft Viva TopicsとViva Goalsのように提供終了する製品もあるため、ツールに運用を合わせる設計は避けてください。判断が必要なのは、回答データと設問を自社で保持できるか、エクスポート手段が公式に用意されているかという点です。

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