ポータブルスキルは、厚生労働省が「職種の専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキル」と定義し、要素を9つに固定しています。検索結果によく並ぶ「対人力・対自分力・対課題力」という3分類は、この9要素とは出所の異なる民間企業の整理です。この記事では厚生労働省の公開ページと、キャリアコンサルタント等支援者向け活用教材(令和3年度職業能力診断ツール活用促進等事業/作成は株式会社野村総合研究所)を一次資料に、9要素それぞれの測定尺度、専門スキルとの線引き、見える化ツールが何を出して何を出さないかまで整理します。
まとめ:ポータブルスキルの要点
- 定義は厚生労働省の逐語で「職種の専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキル」。開発したのは一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)です。
- 要素は「仕事のし方(対課題)」5つと「人との関わり方(対人)」4つの計9要素。要素ごとに測定尺度が決まっており、5段階の階層別水準が定義されています。
- JHRの原典ではポータブルスキルを「専門技術/専門知識」「仕事のし方」「人との関わり方」の3つで構成し、見える化ツールはこのうち専門技術/専門知識を除いた9要素だけを測ります。
- 見える化ツールは9要素に合計29点を配る「持ち味」と、1〜5の「レベル」を入力する2ステップ。職業能力評価基準の114職務・職位と比率を突き合わせ、近い5件を提示します。
- ツールは自己申告に基づく相対評価であり、「職種への適性を判定するものではありません」と明記されています。専門能力や興味・価値観は診断対象外です。
厚生労働省の定義と3つの構成要素
厚生労働省のページは、ポータブルスキルを次のように定義しています。「『ポータブルスキル』とは、職種の専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキルのことです」。要点は前半の限定句です。専門性そのものではなく、専門性を発揮するときの仕事の進め方と人への関わり方を指しています。「持ち運びできるスキル」という訳語だけを見ると資格や技術も含みそうですが、定義上は逆で、専門技術と専門知識は最初に除かれています。
この言葉を作ったのは厚生労働省ではありません。同ページの注記に「ポータブルスキルは、一般社団法人人材サービス産業協議会(JHR)が開発したものです」とあり、JHRはホワイトカラーのミドル層が異業種・異職種へ転職できるようにするマッチングの枠組みとして整備しました。JHRは求職者向けに無料の「ポータブルスキル セルフチェックツール」も公開しています(2016年11月14日開設)。
活用教材では、ポータブルスキルの構成要素を「専門技術/専門知識」「仕事のし方」「人との関わり方」の3つとしたうえで、見える化ツールでは専門技術/専門知識を除いた2領域を診断対象にする、と説明されています。つまり「ポータブルスキル=9要素」という等式は正確ではなく、9要素は3構成のうち2つを細分したものです。この区別を落とすと、専門スキルとポータブルスキルが排他的な関係に見えてしまいます。
ポータブルスキル9要素の一覧と測定尺度
9要素は、仕事の前工程から後工程のどこが得意かを見る「仕事のし方」5要素と、経営層・上司・顧客まで含む全方向の対人スキルを見る「人との関わり方」4要素に分かれます。それぞれに測定尺度が1つ決まっていて、活用教材では5段階の階層別水準が定義されています。
| 区分 | 要素 | 測定尺度 | レベル5の水準 |
|---|---|---|---|
| 仕事のし方 | 現状の把握 | 情報収集の範囲 | 業界全体の情報を収集し多角的に分析 |
| 仕事のし方 | 課題の設定 | 解決困難度から見た課題のレベル | 前例がなく自ら仮説を立てて解決 |
| 仕事のし方 | 計画の立案 | 関係者の影響範囲 | 会社全体の計画・戦略を立案 |
| 仕事のし方 | 課題の遂行 | 課題の遂行方法の新規性 | 必要に応じて新しい方法を考案 |
| 仕事のし方 | 状況への対応 | 意思決定のレベル | 経営上のリスクを考慮した対応 |
| 人との関わり方 | 社内対応 | コミュニケーション相手の属性 | 他部署と新たな価値を生む対話 |
| 人との関わり方 | 社外対応 | コミュニケーションの目的 | 新たな価値を生むための対話 |
| 人との関わり方 | 上司対応 | コミュニケーションの複雑性 | 経営層に自社の課題と改善策を提案 |
| 人との関わり方 | 部下マネジメント | マネジメントの責任範囲 | 権限委譲と挑戦機会による育成 |
測定尺度が示す「能力の高さ」の中身
この表で注目したいのは、尺度が「うまさ」ではなく「範囲」と「難度」で組まれている点です。現状の把握は情報収集の広さ、計画の立案は計画が影響を及ぼす関係者の広さ、課題の設定は扱う問題の解決困難度で測られます。プレゼンが上手いか、話し方が丁寧かといった印象は入りません。自分のレベルを見積もるときは、日々の仕事で「どこまでの範囲を扱っているか」を思い出すのが近道です。
たとえば現状の把握のレベル3は「所属する部署に関連する業務に必要な情報を収集・分析している」、レベル4は「他部署や顧客等の情報を収集し、自社に与える影響を多角的に分析している」です。上司対応のレベル3は「所属する部署の管理職に、チームの状況を報告するとともに、課題やそれに対する改善策の提案を行っている」で、レベル5になって初めて経営層が相手になります。
テクニカルスキル(専門スキル)との違い
「専門性と汎用性」「ポータブルスキルとテクニカルスキル」で検索したときに知りたいのは、両者が対立するのか併存するのかという線引きでしょう。定義に沿えば答えは併存です。JHRの整理ではポータブルスキルの構成要素に専門技術/専門知識が含まれており、見える化ツールが測定対象から外しているのは、資格や技術は職種ごとに評価軸が違って共通尺度に載せにくいからです。専門スキルが不要になるという話ではありません。
言葉の関係を整理すると、テクニカルスキル(専門技術・専門知識)は職種に固有で、転職で職種を変えると価値が引き継ぎにくい能力です。これに対して9要素は、経理から人事へ移っても「計画の立案」や「社内対応」の水準がそのまま持ち越されます。ポータブルスキルの反対語を1語で挙げるなら、この文脈ではテクニカルスキルが対応します。
3階層で能力を捉えるモデルとしては、テクニカルスキル・ヒューマンスキル・コンセプチュアルスキルの配分を役職ごとに論じたカッツ理論が有名です。カッツ理論が「役職が上がるほど配分が変わる」ことを示すのに対し、ポータブルスキルの9要素は「同じ要素を、どの範囲で発揮しているか」で職位を読み替えます。似た3分類でも用途が違うため、混ぜずに使い分けてください。
「対人力・対自分力・対課題力」の3分類の出所
ポータブルスキルを解説する記事の多くが「対人力・対自分力・対課題力」の3分類を挙げますが、これは厚生労働省の9要素ではありません。リンクアンドモチベーションが自社サイトで示している整理で、同社は対課題力を「課題や仕事への処理能力」、対人力を「人に対するコミュニケーション能力」、対自分力を「行動や考え方のセルフコントロール能力」と定義しています。自己管理を独立させている点が9要素との最大の違いです。
どちらが正しいという話ではありませんが、出所を混ぜると誤りが生じます。実際「厚生労働省の分類は対人力4項目と対課題力5項目で合計9要素」という説明を見かけますが、厚生労働省の区分名は「人との関わり方(対人)」と「仕事のし方(対課題)」であり、対自分力に相当する区分は存在しません。求人に応募する場面や社内の評価制度に載せる場面では、根拠として引ける9要素の側を使うほうが安全です。
見える化ツールの入力方法と診断結果の読み方
「ポータブルスキル見える化ツール(職業能力診断ツール)」は、職業情報提供サイト(日本版O-NET/job tag)上で公開されている無料のツールです。特にミドルシニア層のホワイトカラー職種がキャリアチェンジを検討する場面を想定し、キャリアコンサルタント等の支援者が相談支援で活用することを前提に作られています。令和元年度・2年度の調査研究事業と令和3年度の活用促進等事業で開発されました。
持ち味29点の配分とレベル1〜5の選択
入力は2ステップです。第1に「持ち味」として、9要素へ合計29点を配分します。各要素に最低1点を置き、残る20点を得意だと思う程度に応じて割り振る設計で、活用教材は「まず全項目に3点を割り振り、得意なものへ加点、不得意なものから減点して調整する」という手順を勧めています。第2に「レベル」として、9要素それぞれで1〜5のどれに当てはまるかを選びます。レベル1は上司の指示に従って補助的業務を遂行する段階、レベル3はグループやチームの中心メンバー、レベル5は大規模組織の責任者または最高度の専門職です。複数に当てはまるときは一番高いレベルを選び、現在の役職ではなく実際に発揮しているレベルで答えます。
114職務・職位との距離で適職を出す仕組み
診断は、入力値から算出した構成比率を、職業能力評価基準のホワイトカラー9職種19職務6職位(19職務×6職位=114の職務・職位)を数値化したデータベースと突き合わせます。構成要素ごとの比率の差を2乗して足し、その平方根を距離として近いものを抽出する計算で、上位5件の職務・職位が表示されます。対象となる職種は経営戦略、人事・人材開発・労務管理、企業法務・総務・広報、経理・資金財務・経営管理分析、情報システム、営業・マーケティング・広告、生産管理、ロジスティクス、国際事業の9つです。職位はスタッフ、シニア・スタッフ、スペシャリスト、シニア・スペシャリスト、マネージャー、シニア・マネージャーの6区分で、複線型のキャリアパスとして整理されています。結果画面では、自分の数値と提示された職務の数値が「仕事のし方」「人との関わり方」ごとにレーダーチャートで重ねて表示されます。
診断結果から分からないこと
ここは自己診断ツール全般の使い方に関わるので、はっきり書きます。このツールの結果を適職判定として受け取るのは誤りです。診断結果の資料には「この診断は、あなた自身が思うポータブルスキルの相対的な得意・不得意をもとにしたものであり、職種への適性を判定するものではありません」と明記されています。表示される職業も「職務に関連する職業を幅広に提示するもの」で、職位に対応したものではありません。
活用教材は、分かることを「職種を越えても強みとなる能力」「受検者のポータブルスキルと近い職種」の2点に、分からないことを「専門能力を活かせる職種」「興味・価値観が一致する職種」の2点に切り分けています。持ち味の配点は主観であり、上司や同僚の評価とずれることも珍しくありません。だからこそ厚生労働省はキャリアコンサルタントとの面談での利用を前提に置いています。一人で使う場合は、結果を結論ではなく面談や職務経歴書づくりの素材として扱ってください。
より手軽に試したい場合は、JHRが公開している無料のポータブルスキル セルフチェックツール(sp.j-hr.or.jp)があります。回答する質問は2問だけで、強みが円グラフで示され、強みを活かせる可能性の高い職種と、自己PRへの反映の仕方まで提示されます。転職を検討している一般求職者と人材サービス関連の従事者が対象です。
ポータブルスキルの伸ばし方
9要素の階層別水準は、そのまま育成計画に使えます。汎用的な研修を受けるより、いま自分がいるレベルの1つ上の水準を読み、その状態を作れる仕事を取りにいくほうが速いからです。現状の把握がレベル3なら、次は他部署や顧客の情報まで集めて自社への影響を分析する仕事、計画の立案がレベル2なら、チームではなく部署の施策を立てる仕事が該当します。
尺度が「範囲」で組まれている以上、伸ばす手段は担当範囲を広げる異動・兼務・他部署案件への参加に集約されます。部署をまたぐプロジェクトに入れば、計画の立案(関係者の影響範囲)と社内対応(コミュニケーション相手の属性)が同時に上がります。顧客折衝の同席は社外対応の目的を、情報交換から合意形成へ引き上げます。逆に、同じ範囲の仕事を丁寧にこなし続けても、この尺度では水準は動きません。
注意したいのは、持ち味の配点が主観だという点です。自己評価と他者評価がずれたまま伸ばそうとすると、既に高い要素に時間を使い続けることになります。上期・下期の面談で上司に9要素の語彙で確認する、キャリアコンサルタントに診断結果を見せるなど、外からの目を1つ入れてから計画を立ててください。
転職・職務経歴書での示し方
見える化ツールが作られた背景の1つは、ホワイトカラー職種では国家資格・公的資格・民間資格で職業能力を測ることが難しく、労働市場で能力を客観的に証明しにくいという課題でした。裏を返せば、資格の代わりに「どの範囲の仕事を、どの難度で回してきたか」を書くのが職務経歴書の要点になります。
書き方は階層別水準の文型をそのまま借りるのが確実です。「調整力があります」ではなく「他部署の管理職に対して部署の状況を報告し、課題と改善策を提案してきました」と書けば、上司対応のレベル4が伝わります。「前例のない課題に対して自ら仮説を立てて解決策を導いた」と書けば課題の設定のレベル5です。厚生労働省もツールの効果として「応募書類の作成」を挙げており、診断結果は自己PRの素材として想定されています。
異職種への転職に不安がある人には、活用教材が示す開発背景が判断材料になります。ミドルシニア層で同職種のまま移動できる人は半数にとどまる一方、同職種間の移動も異職種間の移動も、入職してしまえばパフォーマンスに大きな違いはないことが分かっている、と記載されています。職種を変えること自体が成果を下げるわけではなく、選考でポータブルスキルを言語化できるかが分かれ目になります。市場で通用する能力の全体像を確認したい場合は、厚生労働省が別途定義するエンプロイアビリティの3要素も併せて確認してください。
よくある質問
ポータブルスキルの9要素とは何ですか?
「仕事のし方(対課題)」の現状の把握・課題の設定・計画の立案・課題の遂行・状況への対応の5つと、「人との関わり方(対人)」の社内対応・社外対応・上司対応・部下マネジメントの4つ、合計9つです。厚生労働省のポータブルスキル見える化ツールの診断項目として定義されています。
ポータブルスキルの反対語(逆)は何ですか?
職種に固有で持ち運びにくい能力、すなわちテクニカルスキル(専門技術・専門知識)が対になります。民間の解説では「アンポータブルスキル」という言い方も使われますが、厚生労働省とJHRの資料にこの語はなく、原典では専門技術/専門知識という表現です。
ポータブルスキルの言い換えはありますか?
「持ち運びできる能力」「汎用スキル」「英語では transferable skills」といった説明が使われます。ただし厚生労働省の9要素という具体的な枠組みを指す場合は、言い換えずにポータブルスキルと呼ぶほうが誤解がありません。汎用スキルという語は、自己管理力まで含む民間の3分類を指して使われることもあるためです。
ポータブルスキルを証明する資格はありますか?
ありません。ホワイトカラー職種の能力を資格で測るのが難しいという課題こそが、見える化ツールが開発された背景です。証明の代わりになるのは、診断結果と、階層別水準に沿って具体的に書いた職務経歴です。
見える化ツールは誰でも使えますか?
job tag(職業情報提供サイト)上で公開されており利用は無料ですが、キャリアコンサルタント等の支援者が相談支援で活用することを前提に設計されています。想定対象はホワイトカラー職種のミドルシニア層です。個人が単独で試すなら、JHRの無料セルフチェックツールのほうが手軽です。