アットホームが加盟1,171社に行った2025年の調査では、不動産DXに「取り組んでいる」会社は13.4%にとどまり、未着手の理由の首位は「知識や経験不足」でした。何から始めればよいか分からないまま止まっている会社が多いということです。この記事では、不動産DXの定義と不動産テック・IT化との違いを先に確定させ、反響・内見・契約・管理の4工程のどこから手を付けるか、既製サービスで足りる範囲と外注開発に踏み込む分界線、そして定着しない失敗パターンまでを順に整理します。制度面では2022年5月の書面電子化と、国土交通省の不動産情報ライブラリのAPI公開を前提に組み立てます。
まとめ|不動産DXを自社業務のどこから始め、誰に作らせるかの結論
不動産DXは、反響・内見・契約・管理という業務の流れを、紙と電話を前提にした手順からデータを前提にした手順へ組み替える取り組みです。ツールを買うことはその手段の一部にすぎません。
着手順は、物件データを最初に登録している工程から決めます。賃貸管理が主力なら管理工程、売買仲介なら反響工程が起点になることが多く、起点を外すと下流の工程にいくら投資しても手入力が残ります。指標は工程ごとに1つだけ決め、導入前の値を1か月分測ってから契約するのが前提です。
作り方の判断は明快です。居住用賃貸や区分マンション仲介のように既製品の想定に収まる業務は、既製サービスの組み合わせで足ります。取引形態が外れてカスタマイズ見積もりが膨らむ場合、または複数システム間の転記が月20時間を超える場合に限り、連携部分と業務固有の部分だけを外注で作ります。社内に開発要員を抱える内製化は、多くの不動産会社では成立しません。
不動産DXの定義と、IT化・不動産テックとの違いを業務単位で整理
呼び方の揺れは社内の議論を空転させます。何をもって不動産DXと呼ぶかを、最初に業務の言葉で固定しておきます。
不動産DXの定義と、紙の電子化で止まるIT化との境目の判断基準
不動産DXは、デジタル技術を前提に不動産会社の業務プロセスや提供価値を組み替えることを指します。経済産業省がDX一般について示す考え方を不動産業務に当てはめたもので、法令上の定義語ではありません。
IT化との境目は「作業の順番や担当が変わったか」で判定できます。紙の間取り図をPDFにして送るのはIT化で、作業の手順はそのままです。反響が入った時点で物件データと顧客データが自動で紐づき、追客メールの送信日を担当者が決めなくてよくなったなら、それはDXの側に入ります。判定に迷ったら、その施策で誰のどの作業がなくなったかを1文で書いてみてください。書けなければ、それはまだIT化の段階です。
不動産テックは買える製品、不動産DXは業務の組み替えという区別
不動産テックは市場に並ぶサービスの集合で、不動産DXは自社業務の組み替えです。前者は買えますが、後者は買っただけでは完了しません。
稟議書に「不動産DXの推進」と書くと、どの製品を入れるかの議論と、誰の作業をなくすかの議論が1枚の紙に混ざります。製品の話は不動産テック、業務の話は不動産DXと語を分けるのは、投資対象をぶらさずに議論できるようになるためです。市場にどんな領域のサービスがあるかの全体像は、不動産テックのカオスマップ第12版と14領域の投資判断で整理しています。本記事はその手前、自社業務のどこを組み替えるかを扱います。
アットホーム調査2025に見る取組率13.4%と、未着手の理由の内訳
アットホームの「不動産DXに関する実態調査2025」は、加盟する全国の不動産会社1,171社に2025年1月28日から2月4日にかけてインターネットで行われました。DXに「取り組んでいる」は13.4%、「まだ取り組んでいないが検討中」が41.8%です。
この調査で見るべきは、導入した会社の結果と、止まっている会社の理由の組み合わせです。導入業務の上位は物件の募集・管理が約4割、重要事項説明と入居申込がそれぞれ3割以上で、導入した会社の8割以上が効果を実感しています。一方、取り組まない理由は「知識や経験不足」が33.6%で首位、「人材がいない」「予算不足」も3割以上でした。
効果が出ないから止まっているのではありません。着手の仕方が分からないから止まっている。ツール選択の理由でも「使いやすさ・利便性」が37.7%で首位でした。現場の担当者が迷わず使えるかどうかが、機能の多さより重視されていると読めます。
書面電子化と公的データAPIで、電子完結できる範囲と残る運用の壁
不動産DXの着手順を考える前に、制度上どこまで電子で完結できるかを押さえます。制度の壁はほぼ取り払われており、残っているのは運用の壁です。
2022年5月18日施行の書面電子化と、令和6年12月版マニュアルの要点
重要事項説明書(35条書面)や契約締結時の書面(37条書面)は、デジタル社会形成整備法に伴う宅地建物取引業法の改正で、2022年5月18日から電磁的方法による提供が可能になりました。国土交通省はITを使った重要事項説明と書面の電子化の案内ページで実施マニュアルを公開しており、2026年10月時点の掲載は令和6年12月版(本体とFAQ)です。
実務で効くのは、電子化には説明の相手方の承諾が必要だという点です。承諾の取得・記録・撤回の受付を誰がどの画面で行うかを決めないまま電子契約サービスを入れると、紙と電子の手順が並走し、担当者の作業はむしろ増えます。システムを選ぶ前に、承諾を取らない顧客向けの紙の手順をどう残すかを先に決めておいてください。宅建業法上の実施要件と賃貸・売買の違いはIT重説の実施要件と対応システムの解説にまとめています。
不動産情報ライブラリのAPI無償公開で減らせる物件調査の手作業
国土交通省の不動産情報ライブラリは2024年4月1日に運用を開始し、価格・周辺施設・防災・都市計画などの情報を地図上に重ねて表示します。国土交通省の説明ページによると、掲載情報はAPIで無償公開されており、利用には申請が必要です。2025年7月15日には人口集中地区や都市計画道路などのAPI追加も発表されています。
これが不動産DXで意味を持つのは、重要事項説明書の作成前に行う物件調査の一部を、担当者の手作業から自社システムの自動取得へ移せるからです。用途地域やハザード情報を物件登録の時点で取り込んでおけば、調査漏れの確認が画面上で済みます。ただしAPIの情報は重説の記載根拠そのものにはならず、役所調査を置き換えるものではありません。用途は「調査の下準備と漏れ確認」に限定して設計します。
反響・内見・契約・管理の4工程で、デジタル化の着手順を決める手順
不動産会社の業務は、反響・内見・契約・管理の4工程に分けると着手順が決めやすくなります。工程ごとに減らせる作業と測る指標が違うためです。
不動産業務の4工程それぞれで減らせる作業と、効果を測る指標1つの対応表
工程ごとに「何がなくなるか」と「何で測るか」を先に対応させます。指標は1工程に1つです。
| 工程 | デジタル化でなくす作業 | 測る指標(1つ) |
|---|---|---|
| 反響 | ポータル別の反響メール転記、追客日の手動管理 | 反響から初回連絡までの時間 |
| 内見 | 電話での日程調整、鍵の受け渡し | 内見1件あたりの調整連絡の回数 |
| 契約 | 重説・契約書の郵送と押印待ち、入居申込の紙回収 | 申込から契約締結までの日数 |
| 管理 | 入金消込、修繕手配の電話、オーナー報告の作成 | オーナー報告1件あたりの作成時間 |
指標を複数並べると、どれも少しずつ動いて判断できなくなります。表の右列から1つ選び、導入前の値を1か月分だけ手作業で記録してから着手してください。比較の基準がないと、1年後の更新判断で費用対効果を説明できません。
物件データの登録起点から逆算する、着手順序4ステップの進め方
4工程のどれから始めるかは、費用の安さではなくデータの流れで決めます。物件データは登録された工程から下流へ流れ、反響の掲載原稿、内見の予約、契約の重説、管理の入居者台帳へと引き継がれていきます。
- 物件データを最初に登録している工程と担当者を特定する(仕入れ担当か管理担当であることが多い)
- その工程のシステムを先に入れ、物件データの項目と持ち方を固定する
- 次の工程のツールは、固定した項目をCSVかAPIで受け取れることを選定条件にする
- 工程の間に手入力が残る箇所を月次の作業時間で数え、次の投資判断の材料にする
この順序を守ると、2つ目以降のツール選定の条件が「使いやすさ」から「この項目を受け取れるか」へ具体化します。上流が手入力のまま下流だけを整えると、入力元の誤りがそのまま全工程に広がります。
賃貸管理会社と売買仲介会社で入れ替わる、最初の1工程の選び方
賃貸管理会社の起点は管理工程です。入金消込、滞納督促、修繕手配、オーナー報告が毎月固定で発生し、ここに人手を割く限り管理戸数を増やしても利益率が上がりません。入居者と物件の台帳を先に整えれば、内見の鍵管理や契約更新の通知もその台帳を起点に組めます。管理工程のシステム選定は賃貸管理システムの機能・種類と選び方で詳しく扱っています。
売買仲介会社の起点は反響工程です。1件あたりの収益が大きく成約までの期間が長いため、反響を取りこぼさず追客を続けられるかが売上を左右します。ただし自社サイトとポータルからの反響が月10件に満たない段階なら、追客ツールより先に反響を受け止めるサイト側の導線を直すほうが効果的です。動かす対象がない状態でツールを入れても、月額だけが残ります。
不動産会社で既製サービスが足りる範囲と、外注開発・内製に踏み込む分界線
不動産業務向けの既製サービスは数百規模で流通しています。そのなかで自社向けに作る判断が成り立つ条件は限られるため、分界線を条件で言い切ります。
既製サービスの組み合わせで足りる会社の条件と、比較で済む範囲
既製サービスで足りるのは、取引形態が製品の想定と一致し、業務の順番を製品側に合わせられる会社です。居住用賃貸の仲介と管理、区分マンションの売買仲介はその典型にあたります。この範囲なら機能の差は小さく、月額費用・入力画面の分かりやすさ・解約時のデータ持ち出し形式の3点で選んで構いません。
組み合わせる製品は3つまでに抑えます。4つ以上になると、どこでデータが止まったかの切り分けに時間がかかり、障害時の対応が担当者の負担になります。賃貸管理・顧客管理・電子契約といった製品分類と比較の観点は不動産業務支援システムの種類と比較の判断軸を参照してください。
外注開発を検討する3条件と、既製品の連携部分だけを作る範囲の絞り方
外注開発の検討に入るのは、次の3条件のうち2つ以上に当てはまる場合です。
- 事業用の一棟売買、定期借地、サブリース戸数の多い管理など、取引形態が既製品の想定から外れ、カスタマイズ見積もりが初期費用の2倍を超える
- 複数システム間の転記を人手で埋めており、その作業が月20時間を超える
- 月間の処理件数が多く、1件あたり数分の短縮でも年間の人件費削減額が開発費を上回る
1つだけなら、既製品の運用を変えるほうが安く済みます。2つ以上に当てはまっても、全業務を作り直す必要はありません。精算ロジックや物件台帳のように自社固有の部分と、既製サービス同士をつなぐ連携部分だけを作り、電子契約や決済は既製品をAPIでつなぐ構成にすると開発範囲を絞れます。どこを作りどこを買うかの線引きが決まるのは、業務の流れを棚卸しした段階です。DXコンサルティングのように業務整理から入れる開発会社に、既製品との併用を前提にした範囲で見積もりを依頼すると、作る部分が過大になりにくくなります。
社内に開発要員を置く内製化が、不動産会社の改修量では成立しにくい理由
社内にエンジニアを採用して自前で作る内製化は、不動産会社では多くの場合成立しません。開発が必要になるのは連携部分や固有の精算ロジックといった限られた範囲で、常時2〜3人の開発要員を抱えるほどの改修量が続かないためです。1人だけ採用すると、その人の退職で仕組みの中身が分からなくなるリスクも抱えます。
例外は、管理戸数や取引件数が大きく、自社システムが競争力そのものになっている会社です。この場合も最初から全てを内製せず、外注で作った仕組みの保守を段階的に社内へ移す順序が現実的です。内製と外注の一般的な判断基準は内製化のメリット・デメリットと外注との判断基準で一次データをもとに整理しています。不動産会社で社内に持つべきなのは開発者より、業務の流れとデータ項目を決められる推進担当です。
不動産DXが現場に定着しない失敗パターンと、着手を延期すべき場面
導入した会社の8割以上が効果を実感している一方で、途中で止まる会社には共通の型があります。避けるべき型と、そもそも着手を延期すべき場面を書いておきます。
ポータル・レインズへの二重入力を残したまま、ツールを足す失敗
不動産会社の物件情報は、自社システム、レインズ、各ポータルサイトへ別々に登録されることが多く、ここが手入力のまま残りがちです。この状態で顧客管理や内見予約のツールを足すと、入力先がさらに1つ増えます。担当者から見れば作業が減っていないため、半年ほどで旧来の手順に戻ります。
防ぎ方は、ツールを足す前に入力を1か所へ寄せることです。検討中の製品がポータルへの一括入稿に対応しているか、自社の物件データをCSVで書き出せるかを先に確認します。どちらにも対応していないなら、その製品を入れる前に入稿手順の整理を優先してください。
繁忙期直前の切り替えや兼務1名の推進体制で、着手を延期する判断
次の場面では、着手を延期する判断が正解です。賃貸仲介・管理で1〜3月の繁忙期を控えた秋以降に新しい仕組みへ切り替える場合、教育と移行の時間が取れず、繁忙期に旧手順へ戻ります。切り替えは繁忙期が明けた4〜6月に寄せます。
推進担当が営業との兼務1名しかいない場合も、着手を待つべきです。現場の質問を受ける人がいないと、導入初月の小さなつまずきがそのまま「使えない」という評価に変わります。調査で未着手理由の3割以上を占めた「人材がいない」は、開発要員ではなくこの推進担当の不在を指していることが多いと考えられます。週に半日でも業務の流れを整理する時間を確保できる担当者を決めてから始めてください。
よくある質問
不動産DXの検討で問い合わせの多い論点を5つ取り上げます。
不動産DXのメリットは何ですか?
効果が見えやすいのは、毎月同じ形で繰り返される作業の時間短縮です。入金消込やオーナー報告、反響メールの転記は、件数が多いほど削減時間が積み上がります。アットホームの調査2025では、DXツールを導入した会社の8割以上が効果を実感しており、効果の上位には社内の状況・進捗の可視化や情報の集約と共有が挙がっています。もう1つは、データが1か所に集まることで、反響から成約までのどこで顧客が離れているかを数字で追えるようになる点です。営業の感覚に頼っていた改善の優先順位を、数字で決められるようになります。
不動産業界でDXが必要とされるのはなぜですか?
理由は2つあります。1つは制度側の準備が整ったことです。2022年5月18日から重要事項説明書や契約書面を電子で提供できるようになり、取引の手続きを電子で完結させる制度上の障害はほぼなくなりました。もう1つは、物件情報の登録や追客、管理業務の報告作成など、件数に比例して増える作業が人手に依存している点です。人を増やさずに扱う件数を増やすには、作業の手順そのものを組み替える必要があります。未着手の会社が多い現状では、先に手順を整えた会社ほど同じ人数で多くの物件を扱えます。
小規模な不動産会社でも不動産DXに取り組めますか?
取り組めます。効果を左右するのは規模より、同じ作業が月に何回発生しているかという頻度です。従業員数名の会社でも、管理物件の入金消込とオーナー報告を毎月手作業で行っているなら、管理工程の既製サービスを入れるだけで作業時間は減ります。逆に、月数件しか発生しない作業をシステム化しても、月額費用を回収できません。小規模な会社ほど、自社開発ではなく既製サービスを1つ選び、指標を1つ決めて始める進め方が向いています。まず1か月、主要な作業の発生回数と所要時間を記録することから始めてください。
不動産DXに使える補助金はありますか?
中小企業であれば、中小企業デジタル化・AI導入支援事業(旧IT導入補助金)の通常枠が候補になります。公式の通常枠ページでは、補助額は業務プロセス1つ以上で5万円以上150万円未満、4つ以上で150万円以上450万円以下、補助率は原則1/2以内とされています。ソフトウェア購入費とクラウド利用料(最大2年分)が必須の対象経費で、登録された製品が前提のため、自社向けに一から作る開発は対象になりにくい点に注意が必要です。2026年10月5日時点の公式ページでは、6次締切が2026年10月30日17時と案内されています。
不動産DXはどの業務から始めるのがよいですか?
物件データを最初に登録している工程から始めます。賃貸管理が主力の会社なら管理工程、売買仲介が主力なら反響工程が起点になることが多いです。アットホームの調査2025でも、DXツールの導入業務は物件の募集・管理が約4割で首位でした。起点の工程で物件データの項目を固定してから、内見予約や電子契約など下流の工程のツールを、そのデータを受け取れるかを条件に選びます。起点を飛ばして電子契約だけを先に入れると、契約書に転記する物件情報が手入力のまま残り、作業時間はあまり減りません。
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