公益通報者保護法の令和7年改正(令和7年法律第62号)は、2026年12月1日に施行されます。公益通報を理由に解雇・懲戒をした個人と法人に刑事罰が科され、通報から1年以内の解雇・懲戒は通報を理由としたものと推定されます。あわせて、事業者の体制整備の中身を定めた法定指針も2026年3月31日に改正されました。本記事では改正の中身を条文番号つきで整理し、施行前の通報への経過措置と、施行日までに優先して手を付ける準備を解説します。
まとめ:2026年12月1日施行の改正で企業が押さえる要点
- 施行日は2026年12月1日。改正法(2025年6月11日公布)と、改正された法定指針・指針の解説(2026年3月31日公表)が同時に適用されます。
- 公益通報を理由とする解雇・懲戒に直罰が入ります。個人は6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人は3,000万円以下の罰金です(第21条・第23条)。
- 通報から1年以内の解雇・懲戒は、通報を理由としたものと推定されます(第3条第3項)。会社側が別の理由を立証する必要があります。
- 従事者指定義務に関する命令・立入検査の対象は、常時使用する労働者が300人超の事業者です。命令違反や報告懈怠・虚偽報告、検査拒否等には刑事罰が設けられます。窓口設置など他の体制整備の違反は、報告徴収・勧告と公表までです。
- フリーランス(契約終了後1年以内を含む)が通報者に加わり、通報妨害と通報者探索が法律で禁止されます。
直罰・推定・探索禁止は企業規模を問わず適用されます。「300人以下だから関係ない」と判断できるのは、体制整備義務(努力義務にとどまる)の部分だけです。
改正のスケジュールと施行日までの経緯
令和7年改正は、2020年改正(2022年6月1日施行)で300人超の事業者に課した体制整備義務を、罰則と行政措置で実効化する改正です。法律の成立から施行まで約1年半あり、その間に施行日政令と法定指針の改正が順に出ています。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2022年6月1日 | 令和2年改正の施行(体制整備義務・従事者の守秘義務) |
| 2025年3月4日 | 改正法案の閣議決定・国会提出 |
| 2025年4月24日 | 衆議院で修正議決 |
| 2025年6月4日 | 参議院で可決・成立 |
| 2025年6月11日 | 令和7年法律第62号として公布 |
| 2025年12月10日 | 施行期日を定める政令の公布 |
| 2026年3月31日 | 法定指針・指針の解説の改正を公表 |
| 2026年5月29日 | 公益通報者保護制度Q&Aを公表 |
| 2026年6月30日 | 公益通報ハンドブック(改正法準拠版)を公表 |
| 2026年12月1日 | 改正法・改正指針の施行 |
改正法の附則第9条は、施行後3年を目途に施行状況を踏まえた見直しを検討すると定めています。今回の範囲外になった論点は、2029年以降に再び議論される可能性があります。
条文を確認するときの注意点もあります。e-Gov法令検索の既定表示は施行前の現行条文で、2026年12月1日までは第21条が従事者の守秘義務違反の罰則のままです。改正後の条文は、e-Govで「令和8年12月1日施行」の版を選ぶと読めます。社内規程に条番号を引くなら、改正後の版を基準にしてください。施行日、改正法の新旧対照条文、改正後の法定指針は消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」にまとまっています。改正前後の制度の全体像は公益通報者保護法とは:保護される通報の要件・事業者の義務と2026年12月施行の改正点で解説しています。
改正前後の比較:条文単位で見た変更点
| 項目 | 改正前 | 改正後 | 条文 |
|---|---|---|---|
| 通報者の範囲 | 労働者・派遣・退職者・役員 | フリーランスを追加 | 第2条 |
| 解雇・懲戒の刑事罰 | なし(民事上無効) | 個人・法人に直罰 | 第21条・第23条 |
| 理由の立証 | 通報者側 | 1年以内は推定 | 第3条第3項 |
| 体制の周知 | 指針で規定 | 法律に明記 | 第11条第2項 |
| 通報妨害 | 規定なし | 禁止・合意は無効 | 第11条の2 |
| 通報者探索 | 指針で防止措置 | 法律で禁止 | 第11条の3 |
| 従事者指定違反 | 勧告・公表まで | 命令・立入検査・罰金 | 第15条の2・第16条 |
変わらない部分もあります。体制整備義務の線引き(常時使用する労働者300人超は義務、300人以下は努力義務)と、従事者の守秘義務違反への30万円以下の罰金(改正後は第22条)は据え置きです。
解雇・懲戒への直罰と「1年以内」の推定規定
刑事罰の対象になる不利益取扱いの範囲
直罰の対象は「解雇等特定不利益取扱い」、すなわち解雇と懲戒です(第3条第2項)。懲戒は、就業規則か労働契約に定めた制裁に限られます。公益通報を理由とする配置転換、降格、嫌がらせのうち、懲戒として行われないものは、この直罰の対象外です。降格なども、就業規則や労働契約に定める制裁として行われれば対象になります。懲戒に当たらない配置転換なども、不利益取扱いとしては引き続き禁止されます。
改正指針は、禁止される不利益取扱いを4区分で例示しました。地位の得喪(解雇、退職の強要、雇止めなど)、人事上の取扱い(降格、不利益な配置の変更など)、経済待遇上の取扱い、精神上生活上の取扱いの4つです。刑事罰がないからといって、配置転換で報復してよいことにはなりません。
法人に対する罰金は3,000万円以下で、行為者個人の罰金30万円以下の100倍です。懲戒の種類と手続は譴責(けん責)とは?読み方・意味と戒告との違い|始末書と手続きを条文で解説で扱っています。
推定の起算日と「外部通報を知った日」
推定期間は、原則として公益通報をした日から1年です。行政機関や報道機関などへの外部通報(2号・3号通報)の場合は、事業者がその通報を知って解雇・懲戒をしたときに限り、事業者が知った日から1年に変わります(第3条第3項括弧書き)。外部通報を後から把握したケースでは、期限が想定より後ろにずれます。
推定は民事訴訟上の立証責任の転換です。通報者の勤務成績が悪い、別の非違行為があるといった理由で処分する場合、その理由が通報と無関係であることを会社側が証拠で示す必要があります。
懲戒の決裁フローで起きやすい失敗
避けるべき運用は、通報者保護の確認手順がないまま、所属長の申請だけで懲戒を決めることです。窓口は守秘義務のため人事に通報者名を伝えず、人事は通報があった事実を知らないまま処分し、1年以内の推定がかかる構図になります。
対策として、解雇・懲戒の決裁前に必要な情報へのアクセス権限を持つ従事者が、把握済みの通報記録と外部通報を事業者が知った日を確認し、通報との関連や処分理由の妥当性を審査したうえで、結果だけを「確認済み・要協議」の形で返すフローを設けてください。ただし、処分対象者を知る人事担当者には、回答から通報者が判明するおそれがあります。守秘義務(第12条)との両立には、回答内容と共有先を必要最小限に限定し、共有の正当な理由や本人同意の要否を確認する必要があります。
従事者指定義務に関する消費者庁の権限強化
「命令・立入検査が新設された」と要約されることが多い改正ですが、条文上の対象は狭くなっています。命令(第15条の2第2項)は、300人超の事業者の従事者指定義務違反について、勧告に正当な理由なく従わない場合に行えます。立入検査(第16条第1項)は、同義務の施行に必要な限度で行え、違反の確定は前提ではありません。
| 違反の種類 | 行政措置 | 罰則 |
|---|---|---|
| 従事者指定(300人超) | 勧告→命令→公表、立入検査 | 命令違反・検査拒否等は30万円以下 |
| 体制整備・周知(300人超) | 報告徴収・勧告→公表 | 報告拒否等は20万円以下の過料 |
| 300人以下の事業者 | 報告徴収・勧告 | 報告拒否等は20万円以下の過料 |
命令違反と検査拒否の罰金は両罰規定で、法人にも30万円以下の罰金が科されます(第23条第1項第2号)。窓口の設置や周知が不十分な場合は、勧告に従わなければ社名を公表される点が現行と同じです。
従事者指定が命令の対象になった以上、「窓口担当は決まっているが、書面で従事者に指定していない」状態は放置できません。指針は、守秘義務と罰則の対象になり得ることが本人に明らかになる方法(書面での指定など)で従事者を定めるよう求めています。消費者庁による是正指導(助言・指導・勧告)は、2023年度24件、2024年度6件、2025年度17件でした(消費者庁「公益通報者保護法に基づく是正指導の件数について」、2026年4月15日公表)。施行後は、この是正指導の先に命令が控えることになります。
フリーランスの通報者への追加と窓口の受付範囲
改正後の第2条第1項第3号は、特定受託事業者(フリーランス法上のフリーランス)の業務に従事する者を通報者に加えました。業務委託をしている事業者のほか、通報の日前1年以内に業務委託をしていた事業者も対象です。契約終了から1年以内のフリーランスによる通報も保護されます。
禁止される不利益取扱いは、業務委託契約の解除、取引数量の削減、取引の停止、報酬の減額などです(第5条)。フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)上の義務とは別に課されます。発注者側の義務はフリーランス法とは?発注者の義務と2026年取適法施行後のシステム対応を解説で確認できます。
改正指針は、窓口の周知対象に特定受託業務従事者と、その地位にあった者を加えました。社内ポータルにしか窓口を載せていない会社は、業務委託契約書、発注時の案内、取引先向けサイトなど、社外から届く経路を用意する必要があります。
通報妨害・通報者探索の禁止と「通報しない合意」の無効
第11条の2は、正当な理由なく「公益通報をしない旨の合意」を求めることや、通報すれば不利益に扱うと告げることで通報を妨げる行為を禁止しました。これに違反して結ばれた合意その他の法律行為は無効です。第11条の3は、正当な理由なく通報者に名乗り出るよう要求するなど、通報者を特定する目的の行為を禁止しています。
どちらにも直接の罰則はありません。ただし改正指針は、妨害と探索を防ぐ措置をとり、行った役職員を懲戒処分などの対象にするよう事業者に求めています。探索の例外も、改正前の指針にあった「通報者を特定しなければ必要性の高い調査ができないなどのやむを得ない場合」から、法第11条の3の「正当な理由」に基づく判断へ移りました。
実務で見直す対象は、退職合意書、秘密保持誓約書、和解条項の雛形です。「会社の内部情報を行政機関や報道機関に提供しない」といった包括的な条項は、公益通報まで縛る合意と読まれるおそれがあります。公益通報は制限しない旨の除外文言を入れてください。
周知義務の法定化と改正指針が定める周知事項
改正後の第11条第2項は、体制整備の中に「労働者等に対するその周知」を明記しました。改正指針は、労働者、役員、退職者、フリーランス(その地位にあった者を含む)に周知・啓発すべき事項を次のように列挙しています。
- 内部公益通報受付窓口の設置、連絡先と連絡方法
- 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置
- 公益通報対応業務の実施に関する措置
- 利益相反の排除に関する措置
- 不利益な取扱いの防止に関する措置
- 範囲外共有、通報妨害、通報者探索の防止に関する措置
- 是正措置等の通知に関する措置
- 記録の保管、見直し・改善、運用実績の開示に関する措置(退職者と元フリーランスは対象外)
- 通報対象事実の調査への協力に関する事項
窓口の連絡先だけを載せたポスターでは、この9項目を満たせません。規程の要約版を作り、項目ごとに規程の該当条を示す形にすると、周知漏れを点検しやすくなります。
施行前の通報・処分への経過措置
改正法の附則は、施行前後にまたがる事案の扱いを項目ごとに分けています。原則は、罰則を除く改正後の規定が施行前の公益通報にも適用される、というものです(附則第2条)。
| 場面 | 扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 施行前の通報 | 改正後の規定を適用(罰則を除く) | 附則第2条 |
| 施行前の解雇 | 推定規定を適用 | 附則第3条第3項 |
| 施行前の懲戒 | 推定規定は不適用 | 附則第3条第2項 |
| 施行前の合意 | 無効規定は不適用 | 附則第5条 |
| 施行前の行為 | 刑事罰は不適用 | 附則第7条 |
注意すべきは解雇です。施行前にした解雇でも、施行後の訴訟では1年以内の推定がかかります。2026年に通報者の解雇を検討している場合は、施行日前でも推定を前提に判断材料を揃えておく必要があります。
企業規模で変わる改正の影響範囲
| 規定 | 300人超 | 300人以下 |
|---|---|---|
| 直罰・推定 | 適用 | 適用 |
| 妨害・探索の禁止 | 適用 | 適用 |
| フリーランスの保護 | 適用 | 適用 |
| 従事者指定・体制整備・周知 | 義務 | 努力義務 |
| 命令・立入検査 | 対象 | 対象外 |
消費者庁の2023年度実態調査(民間事業者の内部通報対応 実態調査結果概要)では、従業員300人超の事業者の92%が内部通報制度を導入済みでした。一方、300人以下の事業者の導入率は47%にとどまります。制度を持たない中小企業でも、通報者を報復的に解雇すれば刑事罰の対象です。窓口がないことは、通報が社内に上がらず行政機関や報道機関に直接向かう可能性が高まることを意味します。導入の手順は内部通報制度とは|2025年改正・2026年12月施行の義務化対応と導入手順を解説にまとめています。
2026年12月1日の施行に向けた実務対応
2026年9月末時点で施行日まで約2か月です。影響の大きい順に並べると、次の6つになります。
- 解雇・懲戒の決裁フローに、権限のある従事者が把握済みの通報日・外部通報の認知日と処分理由を確認する手順を追加する(推定がかかるのは1年以内だが、1年を超えても通報を理由とする処分は禁止される)
- 従事者の指定状況を確認し、未指定者や指定範囲に不足がある場合は書面などで指定する。守秘義務と罰則の対象であることを本人に明示する(300人超では指定義務違反への勧告に従わない場合に命令の対象)
- 内部通報規程を改正後の条番号と改正指針に合わせて改訂し、周知事項9項目の要約版を作る
- 退職合意書・秘密保持誓約書・和解条項の雛形に、公益通報を制限しない旨の除外文言を入れる
- 業務委託先のフリーランスに窓口の連絡先と受付範囲を案内する
- 管理職と人事に、直罰・推定・探索禁止を中心とした研修を実施する(消費者庁の改正法研修動画も使える)
窓口の受付件数が少ないことも課題です。2023年度調査では、制度を導入した事業者の65%が年間受付「0件」「1~5件」「把握していない」のいずれかでした。受付件数だけで制度の不備を判断せず、窓口の認知度や利用をためらう理由を確認してください。社内窓口への不信や利益相反が利用を妨げている場合は、独立性を確保した外部窓口の併設を検討します。外部窓口の設計は内部通報制度に弁護士を起用するメリット|令和7年改正に備える外部窓口設計の全知識、制度が機能しない原因は内部通報制度の問題点と令和7年改正の全体像|2026年12月施行への実務対応を解説で扱っています。
内部通報制度の改正に関するよくある質問
内部通報制度の改正はいつから施行されますか?
2026年12月1日です。改正法は2025年6月11日に公布され、2025年12月10日公布の政令で施行日が定まりました。改正された法定指針と指針の解説も同じ日から適用されます。
内部通報制度は中小企業にも義務付けられていますか?
常時使用する労働者が300人以下の事業者は、従事者指定と体制整備が努力義務のままです。ただし、通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰、1年以内の推定、通報妨害・通報者探索の禁止は規模を問わず適用されます。
公益通報者保護法の2026年改正の主なポイントは何ですか?
解雇・懲戒への直罰(個人6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人3,000万円以下の罰金)、1年以内の解雇・懲戒の推定、フリーランスの追加、通報妨害と通報者探索の禁止、従事者指定義務違反への命令・立入検査の5点です。
通報者を配置転換した場合も刑事罰の対象になりますか?
刑事罰と推定の対象は解雇と懲戒です。配置転換や降格も、就業規則や労働契約に定める制裁として行われた場合には対象になります。懲戒に当たらない配置転換でも、公益通報を理由とするものは不利益取扱いとして禁止され、民事上の責任を問われます。
改正前に結んだ「通報しない」旨の合意は無効になりますか?
第11条の2第2項の無効規定は、施行後に結ばれた合意にだけ適用されます(附則第5条)。施行前の合意は同項では無効になりませんが、内容によっては公序良俗など他の法理で効力が否定され得るため、雛形は施行前に改めておくのが安全です。