IT戦略は、経営戦略で決めた達成目標を、どのIT施策で、いくらの予算と誰の体制で、何年かけて実現するかに置き換えた計画です。経済産業省のシステム管理基準は、IT戦略を「ITガバナンス方針」と「IT基本計画」の2つで構成し、取締役会等が承認するものと定めています。本記事では、その構成を発注側の作業に置き換え、経営課題とIT施策の対応表の作り方、IT中期計画の章立て、IT予算の配分の決め方、策定を簡略化してよい条件までを整理します。
まとめ:IT戦略は経営目標をIT施策と3年分の予算・体制に置き換えて承認を取る計画
IT戦略の中身は、経営課題とIT施策の対応、施策の優先順位、3年程度のロードマップ、予算の配分、推進体制の5つです。どれか1つでも欠けると、承認はされても実行されない計画になります。
立て方の起点は経営戦略で、IT部門の要望一覧ではありません。経営課題ごとに目標値を置き、その差を埋める施策だけを残します。予算は「現行の維持」と「新しい施策」に分けて配分を決めます。上場企業等957社の調査でも新しい施策への配分は24%前後から動いておらず、維持費を減らす手立てを計画に書かない限り比率は変わりません。従業員が数十人規模で、経営者が自らITの判断をしている会社では、正式なIT戦略書を作らず、1枚の対応表と年度予算で十分です。
IT戦略の意味と、システム管理基準・デジタルガバナンス・コードでの位置づけ
「IT戦略」という言葉は会社ごとに指す範囲が違います。公的な基準での定義を先に確認しておくと、社内や開発会社と話すときの認識のずれを防げます。
システム管理基準が定めるITガバナンス方針とIT基本計画の2文書構成
経済産業省のシステム管理基準(令和5年4月26日)は、IT戦略の策定を2段階で扱っています。Ⅰ.1.1で経営戦略とビジネスモデルを確認し、ITの役割を定めたものが「IT戦略ビジョン」です。続くⅠ.1.2で、取締役会等の意図と期待を明確にしたIT戦略を「ITガバナンス方針とIT基本計画」として策定します。
| 文書 | 決めること | 本記事での扱い |
|---|---|---|
| IT戦略ビジョン | 経営戦略の中でのITの役割 | 手順の1段階目 |
| ITガバナンス方針 | 達成目標・体制・投資方針など | 関連記事へ送る |
| IT基本計画 | ニーズ・関係者・評価の期待値 | 中期計画の章立て |
ITガバナンス方針に書く7つの事項と決裁権限の設計はITガバナンスとは?システム管理基準の定義とITマネジメント・IT統制との違いで解説しています。本記事は、もう一方のIT基本計画を、経営戦略からどう作るかに絞ります。
DX戦略・中期経営計画・システム企画とIT戦略の違いと文書の分け方
似た文書との違いは、扱う範囲と期間で整理できます。中期経営計画は会社全体の3〜5年の数値計画で、IT戦略はそのうちIT投資と体制の部分を詳しくしたものです。作り方は中期経営計画とは?作り方5ステップと年度予算・月次予実への落とし込み方を参照してください。
DX戦略との関係は、基準によって入れ子の向きが逆になります。デジタルガバナンス・コード3.0(2024年9月19日改訂)は、5つの柱の「3-3 ITシステム・サイバーセキュリティ」をDX戦略の推進の一部に置いています。システム管理基準は逆に、IT戦略の中でデジタルの能力の確保を扱う構成です。実務では、新規事業や業務の作り替えを主目的にするならDX戦略を上位に、既存業務の効率化と保守費の管理が中心ならIT戦略を上位に置く、と決めておけば足ります。
システム企画は、IT戦略で優先度を付けた施策の1つを、個別のシステムとして構想・計画する工程です。全社の計画がIT戦略、1案件の計画がシステム企画という関係になります。
経営戦略からIT戦略を立てる手順と、経営課題をIT施策へ対応させる表の作り方
立て方で最も多い失敗は、IT部門が集めた要望一覧から始めることです。起点は経営戦略に置きます。
経営目標の確認から取締役会の承認まで、IT戦略の立て方5段階と成果物
システム管理基準Ⅰ.1.1とⅠ.1.2のガバナンス活動の例を、発注側の作業に並べ直すと次の順序になります。
- 経営戦略の確認:中期経営計画から、3年後の売上・利益・人員などの達成目標を抜き出す
- ITの役割の明確化:目標ごとに、ITで寄与できるものとできないものを分ける(IT戦略ビジョン)
- 現状の把握:業務ごとの処理時間、システムの保守期限、年間の保守費と利用料を集める
- 施策と優先順位の決定:経営課題とIT施策の対応表を作り、効果と期限で順位を付ける
- 計画の文書化と承認:3年のロードマップと予算配分をまとめ、取締役会等の承認を得る
3段階目の材料は、業務棚卸とは?洗い出しのフォーマットと進め方で作る業務一覧が使えます。基準のガバナンス活動の例2は「経営者に権限委譲してIT戦略を策定する」で、作るのは経営者側、承認するのは取締役会等という分担です。社長がIT担当役員を兼ねる会社では、承認の場を取締役会に置き、作成と承認の時期を分けておくと形だけの承認になりにくくなります。
経営課題とIT施策の対応表で、目的の無い施策と施策の無い課題を洗い出す例
対応表は、経営課題を行に、IT施策を列の先頭に置いて作ります。説明のための例を示します。
| 経営課題(3年後の目標) | IT施策 | 測る指標 |
|---|---|---|
| 受注処理の人員を増やさず売上1.3倍 | 受発注の電子化と基幹連携 | 1件あたり処理時間 |
| 月次決算を10営業日から5営業日へ | 会計と販売のデータ連携 | 締め日から確定までの日数 |
| 既存顧客の継続率を85%へ | (施策なし) | 継続率 |
| (課題なし) | 社内ポータルの刷新 | (指標なし) |
表を作ると見えるのは、次に示す2種類の穴です。3行目は施策の無い経営課題で、ITで寄与できないなら計画から外し、寄与できるなら施策を足します。4行目は対応する経営課題の無い施策で、更新期限が迫っているなど別の理由が無ければ、優先順位を下げます。数値は説明用の例で、実在企業の実績ではありません。経営目標を指標に分解する方法はバランススコアカード(BSC)とは?4つの視点・戦略マップの作り方が参考になります。
As is・To beのギャップをKPIで測るための現状値の取り方と目標の置き方
デジタルガバナンス・コード3.0は、DX経営に求められる3つの視点の2番目に「As is – To be ギャップの定量把握・見直し」を挙げ、課題ごとにKPIを用いて目指す姿と現在の姿の差を定量的に把握することを求めています。IT戦略でも同じで、現状値が無い施策は効果を確かめられません。
現状値は、件数と処理時間の掛け算で取ります。受注が月2,000件、1件12分なら月400時間です。目標は「稼働から1年以内に1件6分」のように値と期限をセットで置きます。数字の出どころを計画書の付録に残すと、年1回の見直しで比較する相手がはっきりします。
IT中期計画に書く項目と、3年のロードマップ・IT予算配分の決め方
IT中期計画は、IT戦略を年度単位の実行計画に落とした文書です。章立てと予算の配分は、次の2つの見出しで決めます。
IT基本計画の4事項をIT中期計画の章立て6章に置き換えた構成例
システム管理基準Ⅰ.1.2のガバナンス活動の例6は、IT基本計画で明確にする事項として、現在と将来のニーズへの対応、ステークホルダーの特定とニーズの反映、デジタルの能力による価値の向上、目標の達成状況を評価するための期待値と選定基準の4つを挙げています。これを中期計画の章に置き換えると次の構成になります。
| 中期計画の章 | 対応する事項 | 書く内容の例 |
|---|---|---|
| 1. 経営目標とITの役割 | 現在と将来のニーズ | 対応表と3年後の指標 |
| 2. 関係部門と要求 | ステークホルダー | 部門ごとの課題と責任者 |
| 3. 施策と優先順位 | 価値の向上 | 施策一覧と順位の根拠 |
| 4. 年度別ロードマップ | 開発計画の期待値 | 3年分の着手・稼働時期 |
| 5. 予算配分 | (方針側の投資方針) | 維持と新規施策の比率 |
| 6. 評価と見直し | 評価の期待値 | 指標・測定時期・承認者 |
章の数と名前は本記事の判断による例で、基準が定めた様式ではありません。デジタルガバナンス・コード3.0の柱3-3も、ITシステム環境の整備に向けたプロジェクト、技術・標準・アーキテクチャ、運用、投資計画等を明確化するよう求めています。4章と5章にこれらを書けば、同コードに沿ったDX認定の申請資料にも転用できます。
ランザビジネスとバリューアップの予算配分、JUAS調査が示す24%前後の横ばい
予算は「現行の維持」と「新しい施策」に分けて配分を決めます。日本情報システム・ユーザー協会の企業IT動向調査報告書2026(2025年9〜10月実施、回答957社)では、2025年度のIT予算の配分はランザビジネス75.9対バリューアップ24.1でした。バリューアップの比率は2021年度から24%前後で動いていません。
注目すべきは目標との差です。2022年度調査で各社が掲げた「3年後」のバリューアップ比率は33.0%でしたが、3年後にあたる2025年度の実績は24.1%にとどまりました。2025年度調査でも3年後の目標は32.7%で、同じ目標が繰り返されています。
IT中期計画で比率を変えたいなら、新しい施策の予算を足すだけでは足りません。保守契約の見直し、利用していないライセンスの解約、保守期限を迎えるシステムの統合など、維持費を減らす施策を年度と金額付きで書きます。維持費の削減が書かれていない計画は、比率の目標を置いても達成できないと判断してよいでしょう。
3年のロードマップで保守期限と契約更新日を最初に書き込む理由と年度割り
ロードマップは、施策を並べる前に「動かせない日付」を書き込みます。OSやミドルウェアのサポート終了日、パッケージの保守期限、SaaSやデータセンターの契約更新日です。これらは施策の優先順位と無関係に予算を消費するため、後から入れると新規施策の枠が足りなくなります。
年度割りは、1年目に基盤と保守期限への対応、2年目に効果の大きい業務施策、3年目に新規事業向けの施策という順が組みやすい形です。レガシーシステムの刷新時期の判断は2025年の崖とは何だったのか|DXレポートの試算と2026年に刷新を判断する基準で扱っています。3年目の施策は確度が低いので、金額は幅で書き、毎年の見直しで確定させます。
IT戦略が実行されない失敗パターンと、策定を簡略化・外部に任せる判断基準
IT戦略は作ること自体が目的になりやすい文書です。失敗の型と、正式な文書を作らなくてよい条件を先に決めておきます。
施策一覧を戦略と呼ぶ失敗と、承認者・見直し時期が決まっていない計画
実行されない計画には共通点が2つあります。1つは、施策一覧に経営課題との対応が無いことです。システムの導入が目的になり、稼働後に何が良くなったかを誰も説明できません。もう1つは、承認者と見直しの時期が書かれていないことです。
システム管理基準Ⅰ.1.2のガバナンス活動の例は、3番目に取締役会等による評価と承認、4番目に環境変化を評価したうえでの見直しを置いています。計画書の最終章に「誰が承認し、いつ見直すか」を書き、年1回、予算編成の前に指標の実績を報告する場を設ける手順です。見直しの場が無い計画は、2年目には参照されなくなります。
従業員数十人規模でIT戦略書を作らず1枚の対応表で足りる条件
正式なIT戦略書は、全ての会社に要るわけではありません。システム管理基準自身が、小規模な組織やCEOが十分な専門知識を持つ場合はCIOを任命しないことがあり、組織内の調整が容易な場合はIT戦略委員会を設置しないことがある、と書いています。
次の条件をすべて満たす会社では、本記事の対応表1枚と年度のIT予算表で十分です。
- 経営者が自らITの投資判断をしており、承認者と作成者を分ける必要が無い
- 主要な業務システムが3つ以下で、保守期限と契約更新日を1枚に書き切れる
- 3年以内に基幹システムの刷新や新規事業向けの開発を予定していない
逆に、基幹システムの刷新を控えている会社や、複数の事業部がそれぞれシステムを発注している会社では、簡略化は勧めません。事業部ごとの発注が続くと、全社でデータが揃わなくなるからです。デジタルガバナンス・コード3.0の柱3-3も、事業部単位で個別に作り込んだ結果の複雑化やブラックボックス化を避ける仕組みを持つことを、望ましい方向性に挙げています。
社内で決めることと、現状分析や施策の試算を外部に任せる作業の線引き
IT戦略の作成を外部に頼むことはできますが、任せられるのは作業です。経営目標、施策の優先順位、予算の上限、承認者は社内で決めます。外部に任せてよいのは、システムと保守契約の現状調査、施策ごとの概算費用、技術の選択肢の比較、ロードマップの素案です。
体制の作り方はDX化・DX推進とは?意味と進め方・頓挫しない体制づくりで、IT施策の投資判断に使う指標はROI(投資利益率)とは?計算式・目安とNPV・IRRとの使い分けで解説しています。一創では、経営課題の整理からIT施策の優先順位付け、ロードマップの作成、開発と内製化の支援までをDXコンサルティングとして請け負っています。社内に計画の経験者がいない場合は、現状調査と概算費用を外部に任せ、対応表と優先順位は経営会議で決める分担が進めやすい形です。
IT戦略の立て方と経営戦略・IT中期計画の関係に関するよくある質問
IT戦略の策定について、発注側の担当者からよく受ける質問をまとめました。
IT戦略とDX戦略の違いは何ですか?
IT戦略は、ITへの投資と体制を経営目標に結び付ける計画で、既存業務の効率化や保守費の管理も含みます。DX戦略は、データとデジタル技術でビジネスモデルや業務を作り替える方策です。デジタルガバナンス・コード3.0ではITシステムの整備がDX戦略の推進の一部に置かれていますが、システム管理基準ではIT戦略の中でデジタルの能力の確保を扱います。どちらを上位にするかは会社の主目的で決め、両方を別々に作って重複させないことが実務上の注意点です。DXの定義はDXとは?定義とデジタル化との違い・進め方で解説しています。
IT戦略は誰が作り、誰が承認するべきですか?
システム管理基準では、IT戦略の方針を示す責任は取締役会等にあり、実務としては取締役会等が経営者に策定を指示し、経営者が作った内容を取締役会等が評価して承認する形を想定しています。CIOがいる会社ではCIOが作成の責任者です。CIOやCDOの役割の違いはCDO(最高デジタル責任者)とは?役割とCIO・CTOの違いを参照してください。部門をまたぐ調整が要る場合は、IT戦略委員会のような会議体を置きます。
IT戦略やIT中期計画の期間は何年が目安ですか?
公的な基準で年数は決まっていません。中期経営計画と同じ3〜5年に合わせ、ロードマップは3年分を書くのが扱いやすい長さです。5年先の技術や製品は予測しにくく、確度の低い施策で予算枠を埋めてしまいます。3年分を書き、毎年1年ずつ先へ延ばして書き直す方式にすると、中期経営計画の見直しとも時期を揃えられます。
中小企業にもIT戦略は必要ですか?
経営目標とIT投資の対応を決めておくことは、規模に関係なく必要です。ただし、正式な戦略書と委員会まで要るかは別の話です。経営者が自らITの判断をしていて、主要な業務システムが少なく、大きな刷新の予定が無い会社なら、経営課題とIT施策の対応表1枚と年度予算で足ります。基幹システムの刷新を控えている場合は、規模が小さくても3年分のロードマップを作ります。
IT戦略はどのタイミングで見直せばよいですか?
定期の見直しは年1回、翌年度の予算編成の前に行います。指標の実績を対応表に書き込み、効果の出ていない施策を止めるか続けるかを決めます。定期以外では、中期経営計画の改定、事業の買収や撤退、主要システムの保守終了の発表、大きなセキュリティ事故の発生が見直しのきっかけです。システム管理基準も、環境変化を評価した結果に基づく見直しをガバナンス活動の例に挙げています。
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