副業・兼業で雇用契約を2つ持つ従業員の割増賃金は、本業と副業の労働時間を通算して判定します。根拠は労働基準法第38条第1項と、会社が別でも「事業場を異にする場合」に含まれるとする、昭和23年から続く通達です。この記事では、どちらの会社が割増賃金を負担するのかを決める通算の手順を計算例で示し、管理モデルの使い方、2026年9月の労働政策審議会で論点に入った通算見直しの現況、従業員の自己申告を勤怠管理システムでどう受けるかまでを整理します。
まとめ:副業の割増賃金を払う会社の決め方と2026年10月時点の制度
現行ルールでは、所定労働時間は労働契約を結んだ順に、所定外労働時間は実際に発生した順に足し上げ、法定労働時間の1日8時間・週40時間を超えた部分を「その時間に働かせた会社」が割増賃金として払います。「後から契約した会社が払う」という説明は所定労働時間の段階までの話です。先に契約した会社でも、自社の残業が通算後の超過部分に当たれば支払う側になります。
見直しの方向は出ていますが、確定していません。2025年1月の研究会報告書は、健康確保のための通算は残し、割増賃金については通算を要しないよう制度改正に取り組むことが考えられるとしました。2026年9月16日の労働条件分科会では「副業・兼業」が今後の論点に入りましたが、2026年10月8日時点で改正法案は国会に提出されていません。
システム側の結論は2つです。通算処理を自動計算で作り込むより、管理モデルの上限管理と自己申告の受け口を先に整えること。そして、割増用と健康確保用の通算を別の判定として持つこと。後者は制度改正の結論がどちらに振れても捨てになりません。
副業の割増賃金を決める労働基準法第38条の通算と対象外の働き方
通算の出発点は1つの条文です。労働基準法第38条第1項は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めています。
労働基準法第38条で通算の対象外となるフリーランス・管理監督者
通算が必要になるのは、本業と副業の双方で労働基準法の労働時間規制が適用される場合だけです。副業・兼業の促進に関するガイドライン(令和4年7月改定版)は、通算されない場合を2つに分けて列挙しています。
- 労働基準法が適用されない副業:フリーランス、独立、起業、共同経営、アドバイザー、コンサルタント、顧問、理事、監事など
- 適用はされるが労働時間規制がない立場:農業・畜産業・養蚕業・水産業、管理監督者・機密事務取扱者、監視・断続的労働者、高度プロフェッショナル制度
業務委託で受けている副業は、原則として割増賃金の計算に入りません。ただし契約名が業務委託でも実態が指揮命令下の労働なら雇用と判断されるため、届出の段階で「雇用か非雇用か」を従業員に申告させ、雇用の場合だけ通算の対象に載せる運用になります。
法定労働時間と36協定の延長時間で通算の扱いが分かれる線引き
通算されるのは「労働時間に関する規定」に限られます。ガイドラインの整理を表にすると次のとおりです。
| 規定 | 通算 | 判定の単位 |
|---|---|---|
| 法定労働時間(第32条) | する | 労働者個人 |
| 単月100時間未満・複数月平均80時間以内 | する | 労働者個人 |
| 36協定の延長時間(限度時間) | しない | 事業場ごと |
| 休憩・休日・年次有給休暇 | しない | 事業場ごと |
36協定の延長時間は事業場ごとの協定内容を縛る規定なので、自社分だけで判定します。特別条項の上限との関係は特別条項付き36協定の上限時間4つと記載例で確認できる内容です。一方、単月100時間未満と複数月平均80時間以内は個人の実労働時間を見る規定で、他社分も含めて判定します。同じ第36条の中で扱いが割れる点は、勤怠システムの設定画面でも分けて持つ必要があります。
割増賃金を負担する会社を決める原則的な通算手順と1日単位の計算例
ガイドラインが示す原則的な方法は2段階です。まず副業開始前に所定労働時間を通算し、開始後に所定外労働時間を通算します。
所定労働時間は労働契約の締結順に通算し後から契約した会社が負担
副業を始める前に、自社と他社の所定労働時間を足して法定労働時間を超える部分があるかを確認します。超える部分があれば、時間的に後から労働契約を結んだ会社のその部分が時間外労働となり、その会社の36協定の範囲で働かせることになります。
たとえば本業A社で所定7時間、後から契約した副業B社で所定3時間なら、合計10時間のうちB社の2時間が最初から時間外労働です。B社は36協定を結んでいなければ、この働かせ方自体ができません。副業先の採用時点で他社の所定労働時間を聞く理由はここにあります。
所定外労働は発生順に通算する手順と先に契約した会社が割増を払う例
副業開始後は、所定労働時間の通算に加えて、両社の所定外労働時間を実際に発生した順に足していきます。次の2例で負担先が入れ替わります。
| ケース | 通算の順序 | 割増を払う会社 |
|---|---|---|
| 例1:A所定7h・B所定3h・A残業1h | A7+B3=10h、次にA残業1h | B社2h・A社1h |
| 例2 A所定5h・B所定2h・A/B残業各1h | A5+B2=7h、A残業で8h、B残業で9h | B社1h |
例1では、A社の残業がB社の勤務より先に行われていても、所定労働時間の通算が先に来るため、A社の1時間は通算後の10時間目以降に積まれて時間外労働になります。先に契約した会社でも割増賃金を払う側になるのはこの場面です。例2では、A社の残業がちょうど8時間目に収まり、後から発生したB社の残業1時間が時間外労働になります。
割増率は各社の就業規則で定めた率で、2割5分以上です。自社の所定外労働時間を発生順に通算して法定労働時間を超える部分が1か月60時間を超えたら、その超えた時間のうち自社で働かせた分は5割以上になります。
単月100時間未満の上限を他社分込みで1か月単位に通算管理する
割増賃金とは別に、時間外労働と休日労働の合計で単月100時間未満・複数月平均80時間以内の要件は、他社の労働時間を含めて1か月単位で通算管理する必要があります。週や月の起算日が他社と違う場合も、自社の労働時間制度の起算日から数えます。締め日の異なる複数の勤務先を1人の労働時間に寄せる処理は、複数派遣先の単価・締め日を回す給与計算の設計と同じ構造です。
管理モデルで副業の割増賃金の負担を事前に固定する方法と運用上の限界
原則的な方法は、他社の残業を日々把握しないと計算できません。ガイドラインはこの負担を下げる簡便な方法として「管理モデル」を示しています。様式例は厚生労働省の副業・兼業ページに通知・合意書のWord版が置かれています。
使用者Aは法定外労働・使用者Bは全労働時間に割増を払う枠組み
管理モデルでは、先に契約したA社の法定外労働時間と、後から契約したB社の労働時間(所定と所定外の合計)の合計が単月100時間未満・複数月平均80時間以内に収まるよう、副業開始前に各社の上限を決めます。そのうえでA社は自社の法定外労働時間に、B社は自社の労働時間すべてに割増賃金を払います。
この仕組みの利点は、上限の範囲内で働かせる限り、他社の実労働時間を把握しなくても労働基準法を守れることです。代わりにB社は、所定内の時間にも割増賃金を払う前提を受け入れることになります。副業者を受け入れる側から見ると人件費が25%以上上がる設計です。
管理モデルの上限を合計80時間以内に配分する決め方と変更手続
ガイドラインは、合計の上限を80時間超に設定すると翌月以降に複数月平均80時間未満へ調整する必要が生じ得るため、調整が要らない水準で合意することが望ましいとしています。実務ではA社の法定外上限とB社の労働時間上限の合計を月80時間以内に収めておけば、平均要件の再計算をしなくて済みます。
導入後にA社が上限を変える場合は、従業員を通じてB社に事前通知し、必要に応じてB社も上限を変えます。この変更があり得る旨を最初の通知で留保しておく運用が、ガイドラインの推奨です。システムには「上限値」と「上限の改定履歴」を持たせ、改定日以降の判定に新しい値を使う形にします。
副業の割増賃金通算の見直し論点と2026年10月時点の審議状況
現行の通算ルールは、事業主が違っても通算するという昭和23年の通達と、2020年9月1日の基発0901第3号に基づいています。この扱いを法律で変える議論が続いています。
研究会報告書が示した割増賃金は通算せず健康確保の通算は残す方向
2025年1月8日に公表された労働基準関係法制研究会の報告書は、本業と副業の労働時間を1日単位で細かく管理する運用が、雇用型の副業の許可や受け入れを難しくし、申告しない副業の要因にもなっていると指摘しました。フランス、ドイツ、オランダ、イギリスなどでは、副業の割増賃金について労働時間を通算する仕組みになっていないことにも触れています。
そのうえで報告書本体は、健康確保のための通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては通算を要しないよう制度改正に取り組むことが考えられるとしました。通算すべき場合とそうでない場合が生じるため、第38条の解釈変更ではなく法制度の整備が必要だとも書いています。通達の改正だけで先に変わることはない、という意味です。
2026年9月16日の労働条件分科会で副業・兼業が論点に入った経緯
報告書の後、労働基準法の改正案は2026年の通常国会への提出が見送られました。2026年6月2日の日本成長戦略会議 労働市場改革分科会のとりまとめは、副業は自己の判断で行うものなので割増賃金の通算管理を見直すべきという意見と、非正規雇用の生計維持目的の副業が多いことから通算規定を堅持すべきという意見を両方記載しています。結論は書かれていません。
議論の場は労働政策審議会に戻りました。第211回労働条件分科会(2026年9月16日)に出た今後の議論の進め方(案)は、勤務間インターバル制度や連続勤務規制と並べて「副業・兼業」を論点に挙げ、月2〜3回の頻度で議論する案を示しました。ただし7月21日閣議決定の日本成長戦略が副業について書いているのは「副業・兼業に当たっての健康確保」で、割増の通算見直しという文言はありません。改正の全体像は労働基準法改正の現況と勤怠システム改修要件にまとめています。
見直し後も割増賃金の通算が残る同一事業者内の兼務と出向の扱い
報告書は、割増の通算をやめる場合でも、同一の事業者の異なる事業場で働く場合や、出向先と出向元で兼務する形態のように使用者の命令で別の事業場で働く場合は、引き続き通算するのが妥当という論点を挙げています。割増賃金規制を逃れるための形式的な別会社化を防ぐ趣旨です。
このため、改正後の勤怠システムは「事業場コードが違うか」ではなく「同一事業者か」「使用者の命令による兼務か」という属性で通算の要否を判定することになります。グループ会社間の出向や兼務がある企業は、今の段階で従業員マスタにこの2属性を持たせておくと改修範囲が小さくなります。
副業の自己申告を勤怠管理システムで受けるデータ設計と申告頻度
他社の労働時間を会社が直接見る手段はありません。通算は、従業員からの申告等で把握した他社の労働時間を使って行います。基発0901第3号は、申告等がなかった場合は通算を要せず、申告された時間が事実と違っていても申告に基づいて通算していれば足りるとしています。
副業届で持つ項目:他社の契約締結日・所定労働時間・所定外の最大時間
ガイドラインが届出時に確認しておくことが望ましいとする項目を、そのままデータ項目に置き換えると次のとおりです。
- 他社との労働契約の締結日と期間(締結日の先後が所定労働時間の通算順を決める)
- 他社での所定労働日、所定労働時間、始業・終業時刻
- 他社での所定外労働の有無、見込み時間数、最大時間数
- 他社での実労働時間の報告手続と、確認の頻度
- 他社の事業内容と従事する業務内容、雇用か非雇用か
この中で計算に直結するのは締結日です。締結日を持たないシステムでは、所定労働時間を通算する順番が決まらず、例1のような負担先の判定ができません。届出様式の時点で日付項目を必須にしておきます。
申告頻度は週次のまとめ申告と上限接近時の申告で足りるという整理
ガイドラインは、他社の実労働時間を必ずしも日々把握する必要はないとし、例として3つの方法を挙げています。1週間分を週末にまとめて申告させる方法、所定どおりに働いた日は申告不要として所定外労働があった場合だけ申告させる方法、時間外労働の上限に近づいた場合に申告させる方法です。
システムで受けるなら、所定外労働があった日だけの例外申告と、月の通算時間外労働が閾値を超えたら本人と管理者へ通知する仕組みの組み合わせが、従業員の入力負担と判定精度の釣り合いがよい形です。毎日の入力を求める設計は、報告書が指摘した「申告しない副業」を増やす方向に働きます。
割増用と健康確保用の通算を別フラグで持つ設計が捨てにならない理由
現行法では1つの通算結果を割増賃金と上限規制の両方に使っています。報告書の方向で改正されれば、割増の計算からは他社分が外れ、健康確保の判定には残る仕組みです。通算の対象範囲を「割増用」と「健康確保用」の2系統で持っておけば、改正時は割増用の範囲を自社のみに切り替えるだけで済みます。改正が見送られても、現行どおり両方に同じ範囲を設定すれば動くので、追加コストは設定項目1つ分です。
副業の割増通算をシステム化する範囲の判断と作り込みを見送る条件
通算の自動計算は、作ればよいというものではありません。副業者の人数と受け入れの向きで判断が分かれます。
原則的な方法の自動計算を作り込まない判断が妥当となる3つの条件
次のいずれかに当てはまる会社は、原則的な方法の自動計算を作り込む必要はないと判断します。雇用型の副業者が数名で、管理モデルの上限管理と月次の手集計で回っている場合。副業者のほぼ全員が業務委託やフリーランス型で、通算の対象外になっている場合。そして、改正の結論が出るまでに既存の勤怠システムの更改予定がない場合です。
原則的な方法の自動計算は、他社の所定外労働の発生時刻まで申告させないと正しく順序付けできません。法改正で割増の通算が外れれば、この部分は使われなくなります。今これを作り込むのは過剰です。
副業者の受け入れが多い業態で勤怠システムを作る価値がある場面
逆に、飲食・小売・物流・介護のように短時間の副業者を後から契約する側として多く受け入れる業態は、所定内から割増賃金が発生し得るため、採用時点で他社の所定労働時間を取り込み、シフト作成時に法定労働時間を超える枠を警告する仕組みに投資する価値があります。グループ内の兼務や出向が多い企業も、報告書の方向では改正後も通算が残る側なので同様です。
パッケージの勤怠システムを選ぶ場合は、副業の申告欄があるかだけでなく、締結日の先後による通算順と管理モデルの上限改定履歴まで扱えるかを確認します。自社の副業規程とシフトの組み方に合わせて通算の範囲を設計したい場合は、勤怠管理システム開発として要件整理から相談できます。
よくある質問
副業・兼業の割増賃金について、検索の多い疑問に現行ルールで答えます。
副業先が残業代を払わないのは違法ですか?
副業先が後から契約した会社で、本業と副業の所定労働時間の合計が1日8時間を超えるなら、超えた部分は副業先の時間外労働です。割増賃金を払わなければ労働基準法第37条違反になり得ます。ただし副業先がその副業を知らず、従業員から申告もなかった場合は通算を要しないと通達が整理しているため、会社は申告に基づいて通算していれば足ります。まず副業先に申告しているかを確認してください。
本業の会社が副業分の割増賃金を払うことはありますか?
あります。所定労働時間は契約の締結順に通算するため、本業と副業の所定労働時間だけで8時間を超えている日に本業で残業をすると、その残業は通算後の超過部分に積まれ、本業の会社が割増賃金を払います。本業の残業が副業の勤務より先に行われていても扱いは同じです。管理モデルを導入している場合は、本業の会社は自社の法定外労働時間についてだけ割増賃金を払います。
業務委託やフリーランスの副業でも労働時間は通算しますか?
通算しません。ガイドラインは、フリーランス、独立、起業、顧問、理事など労働基準法が適用されない働き方を通算の対象外としています。ただし契約の名称ではなく実態で判断されるため、副業先で指揮命令を受け、勤務時間を指定されているなら雇用と判断される可能性があるため注意が必要です。また報告書は、非雇用の副業であっても本業の会社が全体の就業時間に配慮することが期待されるという意見を紹介しています。
副業の割増賃金の通算はいつから廃止されますか?
2026年10月8日時点で、廃止の時期は決まっていません。研究会報告書は割増の通算を要しない制度改正の方向を示しましたが、法律の改正が必要とされ、改正法案は国会に提出されていません。2026年9月16日の労働条件分科会で副業・兼業が論点に入り、月2〜3回の頻度で審議する案が示された段階です。労使の意見は割れており、施行日を前提にした準備はまだ根拠を持ちません。
副業先での休日出勤や有給休暇も通算しますか?
通算しません。休憩(第34条)、休日(第35条)、年次有給休暇(第39条)は労働時間に関する規定ではないため、本業と副業を合わせて判定することはありません。法定休日の確保や有給休暇の付与日数は各社で別々に管理します。ただし時間外労働と休日労働の合計による単月100時間未満・複数月平均80時間以内の上限は、休日労働の時間も含めて他社分と通算します。
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