病院やクリニックの受付には、予約の変更、診療時間の確認、検査結果の問い合わせ、症状の相談が同じ番号にかかってきます。IVR(自動音声応答)で自動化できるのは、このうち案内と受付までです。症状の判断や検査結果の回答を音声に任せると、医療機関ならではの事故につながります。この記事では、医療機関の電話を用件別に分け、救急の案内を最初に流すメニュー設計、予約システムや電子カルテとの連携範囲、録音が要配慮個人情報になる場面の確認事項を整理しました。1日40件の診療所での月額試算と、IVRを入れない方がよい条件もあわせて示します。
まとめ:医療機関のIVRは案内の自動化と、急ぐ電話を人へ戻す分岐で効果が決まる
医療機関のIVRで減らせるのは、診療時間・休診日・持ち物の案内と、予約変更の受付です。検査結果と症状の相談は、IVRで用件を聞き分けたうえで人へ回します。メニューの冒頭には「命に関わる症状は119番へ」という案内を置き、夜間は地域の相談窓口の番号を流します。
予約の変更やキャンセルを電話だけで完結させたいなら、IVRの製品選びより先に、予約システムが外部から操作できるかを確かめてください。SaaS型IVRの標準連携は飲食店向けの予約台帳が中心で、医療の予約システムとつなぐ部分は開発になります。録音と文字起こしに症状が入る以上、委託先の確認は導入前に済ませます。受付が2名以下で1日30件を超える診療所なら、月2万円台からの費用で効果が出やすい構成です。
医療機関に電話が集まる用件の内訳:IVRで自動化できる電話と人が受ける電話
医療機関の電話は、一般企業の代表番号と比べて「かけてくる人の状態」に幅があります。予約日を変えたいだけの人と、子どもが高熱で慌てている親が同じ番号にかけてきます。IVRの設計では、この状態の幅を前提に用件を分けることが出発点です。
予約変更・診療時間・検査結果・症状相談・他院や業者の5種類で見る振り分け先
診療所の受付にかかる電話は、おおむね次の5種類に分かれます。振り分け先は用件ごとに決まっていて、自動化の余地も大きく違います。
| 用件 | IVRでの扱い | 最終的な受け手 |
|---|---|---|
| 診療時間・休診日・持ち物 | 音声案内で完結 | なし(自動) |
| 予約の変更・キャンセル | 受付または連携で完結 | 予約システム/受付 |
| 検査結果の問い合わせ | 用件を聞いて転送・折り返し | 医師・看護師 |
| 症状の相談・受診の要否 | 緊急案内のうえ転送 | 看護師・医師 |
| 他院・薬局・業者 | 専用番号へ誘導 | 事務担当 |
実務では、まず上の2行だけを自動化の対象にします。この2つは答えが院内の決まりごとで、誰が答えても同じになるからです。残り3種類はIVRで「誰に回すか」を決める役に徹し、回答はさせません。他院や薬局からの連絡は患者の電話と混ざると取り次ぎが遅れるので、専用の番号を案内して最初から分けておくと受付の手間が減ります。
音声で返さない電話:症状の判断と検査結果の回答をIVRに任せない理由
検査結果を自動音声で読み上げる構成は、技術的には組めます。それでも医療機関では採用しない方がよい、というのがこの記事の立場です。結果の数値は、医師の説明と一緒に伝えないと誤解を生みます。電話口の相手が本人かどうかを、診察券番号と生年月日だけで確かめきれない点も理由です。家族が本人になりすまして結果を聞く、という事態を防げません。
症状の相談も同じです。プッシュ操作で「発熱なら1」を選ばせても、IVRは緊急度を判定できません。ここで自動化するのは「どの職種の誰へつなぐか」と「つながらないときに何番へかけ直してもらうか」の案内までです。音声で用件を聞き取るボイスボットを使う場合も、聞き取った内容から受診の要否を答えさせる設計は避けてください。IVRとボイスボットの役割の違いはボイスボットの仕組みとIVRとの違いで整理しています。
医療機関向けIVRのメニュー設計:急ぐ電話を最初に人へ戻す分岐と案内の順番
一般企業のIVRは「よくある用件を前に並べる」のが定石です。医療機関では順番が変わります。最初に聞かせるべきは、IVRで待たせてはいけない人への案内です。
冒頭10秒で救急の案内を流す:119番と#8000・#7119への誘導の置き方
着信直後のガイダンスでは、メニューを読み上げる前に「意識がない、呼吸が苦しいなど命に関わる症状のときは、この電話を切って119番へおかけください」と流します。ここを最後の選択肢に回すと、慌てた人がメニューを最後まで聞くことになります。
夜間や休日の着信では、地域の電話相談窓口も案内する構成にしてください。子どもの急な症状については、厚生労働省の子ども医療電話相談事業(#8000)の実施状況に都道府県ごとの実施時間が載っています。令和8年5月22日時点の表では、東京都は平日18時から翌朝8時、茨城県と埼玉県は24時間365日と、地域によって相談を受けられる時間帯が異なる点に注意が必要です。案内文に「#8000は24時間つながります」と書いてしまうと、地域によっては事実と食い違います。救急車を呼ぶか迷うときの#7119は実施していない地域があるため、院の所在地で使えるかを確かめてから案内に入れてください。
診療時間外の着信を録音受付で終わらせず、折り返しの時刻と相談窓口へ分ける
時間外に「メッセージを録音してください」とだけ流す設計は、医療機関では避けます。録音を聞くのは翌朝になり、その間に容体が変わっても気づけないからです。時間外のガイダンスは、次の3つを短く伝える構成にします。
- 命に関わる症状は119番へ(冒頭と同じ文言)
- 夜間の相談窓口の番号と、つながる時間帯
- 次の診療日の受付開始時刻と、予約変更だけは録音で受け付ける旨
録音を受け付けるのは予約変更のように翌朝の処理で間に合う用件に限り、ガイダンスでもそう明言します。症状を録音に残されても翌朝まで対応できない、ということをかける側に伝えておくのが、時間外ガイダンスの役割です。
高齢の患者が多い診療科での入力待ち時間と、メニューを4項目までに絞る判断
整形外科や内科の診療所では、かけてくる人の多くが高齢者です。プッシュ操作の入力待ちが5秒前後の既定値のままだと、番号を選ぶ前に「入力が確認できませんでした」と繰り返されます。入力待ちの長さや無入力時の行き先の設計はIVRの仕組みと設定値の考え方で扱っているので、医療機関ではその値を長めに取る前提で読んでください。
メニューは第1階層を4項目までに絞ります。「1 予約の変更、2 診療時間、3 検査結果、4 そのほか」程度で十分です。階層を2段以上にすると、高齢の患者は途中で受付の直通番号を探し始め、結局は人が出る回線に電話が集まります。無入力のまま時間が過ぎた人は、切断せず受付へ転送する設定にしておきます。
予約システム・電子カルテとの連携:SaaSの標準機能で届く範囲と開発が要る範囲
IVRの効果を最も大きく左右するのは、予約変更を電話の中で終わらせられるかどうかです。ここはIVR製品の機能ではなく、院内の予約システムが外から操作できるかで決まります。
予約変更を電話で完結させる条件:予約システムのAPIとSaaS型IVRの標準連携
SaaS型IVRでも予約連携をうたう製品はあります。ただ、連携先を確かめると医療向けではないことが多い点に注意が要ります。たとえばIVRyの料金プランのページでは、予約システム連携はスタンダードプラン以上の機能で、対象として挙がっているのは飲食店向けのレストランボードとTableCheckです(2026年10月時点)。クリニック予約システムとつなぐ標準機能は、この表には載っていません。
標準連携が無い場合の選択肢は2つです。1つは、予約変更の電話に対してSMSで予約サイトのURLを送り、操作はWeb側で済ませてもらう方法です。もう1つは、予約システムのAPIを呼んで空き枠の確認と変更をIVRの中で行う方法で、こちらは開発になります。前者の設計はビジュアルIVRでSMSからWeb画面へ誘導する仕組みが詳しく、予約システム側の機能の見方はクリニック予約システムの選び方で整理しています。予約システムがAPIを公開していないなら、どちらの方法でもIVR側だけでは完結しません。
診察券番号と生年月日で本人を確かめる手順と、電子カルテを直接照会しない構成
予約の照会や変更をIVRで受けるなら、相手が誰かを特定する必要があります。医療機関で使いやすいのは、診察券番号と生年月日8桁をプッシュで入力してもらい、予約システムの患者情報と照合する方法です。発信者番号だけで本人と決めると、家族の携帯からかけてきた場合に別人の予約を触る事故が起きます。
照合先は予約システムに留め、電子カルテを電話から直接照会する構成は取らないことを勧めます。電子カルテは院内ネットワークの内側に置かれていることが多く、外部のクラウドIVRから届く経路を作ると、守るべき範囲が一気に広がるため、接続経路の管理にも注意が必要です。IVRが必要とするのは予約枠と患者番号だけなので、予約システムを経由すれば足ります。院内システム同士のつなぎ方は医療のデータ連携の院内4方式が参考になります。
録音と文字起こしが医療情報になる場面:個人情報ガイダンスと委託先の確認
最近のIVRは、通話の録音に加えて文字起こしと要約まで自動で残します。医療機関では、ここに病名や症状が含まれることに注意が必要です。導入前に確認する項目が、一般企業より2つ多くなります。
症状を話した録音は要配慮個人情報になる:院内掲示する利用目的への追加
病歴は個人情報保護法の要配慮個人情報にあたり、取得には原則として本人の同意が要ります。個人情報保護委員会と厚生労働省の医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(令和8年4月一部改正)は、医療機関が通常必要とする利用目的を院内掲示などで公表しておき、患者から特段の反対がなければ、その範囲の利用には同意があるものと考える整理を示しています。
IVRを入れるときは、この院内掲示とWebサイトの掲載内容に「電話の内容を録音し、受付・診療の連絡に使う」旨を足します。あわせて、ガイダンスの冒頭で「この通話は録音されます」と流してください。録音の保存期間も決めておきます。IVRyでは情報保持期間の無制限がアドバンスプランの機能として示されているので、プランによって保存期間が変わる製品があると考えて、契約前に確認するのが確実です。
クラウドIVR事業者に求める確認:提供事業者ガイドライン第2.0版の適合開示書
録音や文字起こしをクラウドに預けることは、個人データの取扱いの委託にあたります。ガイダンスが挙げる法第25条(委託先の監督)の対象になり、保存先が海外のクラウドなら法第28条(外国にある第三者への提供の制限)も関わります。
医療機関側の基準は、厚生労働省の医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版(令和8年6月)です。事業者側には、経済産業省・総務省の医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン第2.0版(2025年3月公表)があり、別紙1に「サービス仕様適合開示書」とSLAの参考例が付いています。IVR事業者にこの適合開示書を出せるかを聞くのが、確認の近道です。出せない事業者なら、録音と文字起こしを止めて案内と転送だけに使うか、別の事業者を選びます。第7.0版の各編の読み分けは安全管理ガイドライン第7.0版の読み方にまとめています。
費用の目安:1日40件の診療所で試算するクラウドIVRの月額と転送料の比重
クラウドIVRの費用は、月額基本料より通話の従量料金で決まります。医療機関は症状の相談や検査結果の電話を人へ転送する割合が高いので、転送料の比重がさらに大きくなります。
fondesk IVRでの月額試算:転送率4割なら2万3千円台、2割なら1万5千円台
fondesk IVRの料金表(税抜・2026年10月時点)は、基本料2,980円、着信3円/分、SMS13円/通、固定電話への転送13円/分、携帯電話への転送28円/分です。1日40件×月22診療日=月880件の診療所で、案内は1件1分、転送した電話は転送後3分話すという前提で計算しました。転送した通話は、IVRの着信分と転送先への通話分の両方に従量がかかる前提です。
| 項目 | 転送率4割(352件) | 転送率2割(176件) |
|---|---|---|
| 基本料 | 2,980円 | 2,980円 |
| 着信通話 | 1,936分=5,808円 | 1,408分=4,224円 |
| 固定電話への転送 | 1,056分=13,728円 | 528分=6,864円 |
| SMS(予約URL・88通) | 1,144円 | 1,144円 |
| 月額合計(税抜) | 23,660円 | 15,212円 |
転送率を4割から2割に下げるだけで、月8,448円減ります。転送先を受付の固定電話でなく院長の携帯にすると、転送率4割の場合で転送料が29,568円に増え、合計は39,500円になります。費用を抑える手段は、製品の乗り換えより、診療時間と予約変更を自動で終わらせて転送の件数を減らすことです。従量料金の組み立てと3年総額の比べ方はIVRの費用の内訳と3年総額の試算で詳しく扱っています。
プランの境目で転送が使えない製品:人へつなぐ機能がどの価格から入るか
SaaS型IVRの中には、低価格のプランでは転送ができず、折り返し対応だけになる製品があります。IVRyの料金ページでは、スタータープラン(3,980円〜/月)は「人が対応すべき電話は折り返しで対応」、発信・転送はスタンダードプラン(6,480円〜/月)以上と書かれています。医療機関は症状の相談をその場で看護師へつなぎたい場面が多いので、転送が入るプランを前提に見積もってください。プランごとの機能の差の読み方はIVR比較の5軸で解説しています。
医療機関がIVRを入れる条件と見送る条件:受付の人数・着信件数・予約方式で判断
ここまでの論点を、導入するかどうかの判断にまとめます。電話が多いというだけでは、IVRを入れる理由になりません。
採用する条件:受付2名以下で1日30件超、用件の半分が予約変更と時間案内の診療所
IVRの効果が出やすいのは、次の条件がそろう医療機関です。受付が2名以下で、診療中に電話へ出るたびに会計や問診の手が止まっている。1日の着信が30件を超え、その半分以上が予約変更と診療時間の確認である。予約をWebでも受けていて、SMSでURLを送れば変更を自分で済ませてもらえる。
この3つがそろえば、月2万円前後のクラウドIVRで受付の電話は目に見えて減ります。用件の内訳が分からない場合は、導入前の2週間だけ受付で電話の用件を正の字で数えてください。予約変更と時間案内が4割を切るなら、IVRより先にWebサイトの診療時間の表示や予約サイトの導線を直す方が効きます。
見送る場面:電話の大半が症状の相談の診療科と、予約を電話でしか受けない運用
小児科や精神科のように、電話の多くが症状の相談や不安の訴えである診療科では、IVRを入れても転送されるだけで受付の負担はほとんど減りません。かける側からすると、慌てているときに機械の案内を聞かされることになり、不満の方が大きくなります。この場合は、看護師が出る相談専用の時間帯を決めて案内する方が効果があります。
予約を電話でしか受けていない医療機関が、Web予約を用意しないままIVRを入れるのも失敗のパターンです。予約変更の電話は結局すべて受付へ転送され、案内の分だけ通話が長くなり、転送料も増えます。この場合は、先にWeb予約を整えてからIVRを検討する順番にしてください。
SaaSで足りる医療機関と、予約や診察券番号の照会まで作る開発案件の線引き
診療時間の案内、救急の誘導、用件ごとの転送、予約サイトURLのSMS送信までなら、SaaS型IVRの設定だけで組めます。開発が要るのは、診察券番号での本人確認と、予約システムのAPIを呼んで空き枠の確認と変更を電話の中で終わらせる部分です。複数の診療科や病棟を持つ病院で、科ごとの予約枠や当番表に合わせて転送先を変える場合も、標準機能では足りないことが多くなります。
この部分を作るときは、IVRそのものより、予約システム・患者情報・院内ネットワークとの境界の設計に手間がかかります。予約システムとの連携や、安全管理ガイドラインに沿った構成の検討が必要な場合は、医療機関向けシステム開発の窓口からご相談いただけます。
よくある質問
病院やクリニックでIVRの導入を検討するときに、よく出る質問をまとめました。
クリニックの規模でもIVRを入れる意味はありますか?
受付が1〜2名の診療所ほど効果が出やすい傾向があります。電話に出るたびに会計や問診の手が止まるので、診療時間の案内と予約変更を自動化するだけで受付の作業が途切れにくくなります。目安は1日30件以上の着信で、その半分以上が予約変更と時間の確認であることです。件数が少ない、または症状の相談が中心の診療所なら、Webサイトの案内を直す方が先です。
検査結果をIVRで患者に伝えることはできますか?
技術的には可能ですが、医療機関では勧めません。結果の数値は医師の説明と一緒に伝えないと誤解を生みやすく、診察券番号と生年月日だけでは電話の相手が本人かを確かめきれないためです。IVRでは「検査結果のお問い合わせ」を用件として受け付け、看護師への転送か、医師からの折り返しの予約につなげる設計にとどめてください。
電子カルテとIVRを連携させる必要はありますか?
多くの場合、必要ありません。IVRが予約の照会や変更に使う情報は、患者番号と予約枠だけで、どちらも予約システムが持っています。電子カルテは院内ネットワークの内側に置かれていることが多く、外部のクラウドIVRから届く経路を作ると守る範囲が広がります。連携先は予約システムに限り、カルテの情報は電話の中で扱わない構成を基本にしてください。
夜間や休日の電話はIVRでどう案内すればよいですか?
最初に「命に関わる症状は119番へ」と流し、次に地域の電話相談窓口の番号とつながる時間帯を案内します。子どもの症状なら#8000ですが、実施時間は都道府県で違い、24時間つながるとは限りません。最後に次の診療日の受付開始時刻を伝え、録音で受け付けるのは予約変更のように翌朝で間に合う用件に限ると明言しておきます。
IVRの録音データは医療情報として扱う必要がありますか?
症状や病名が話された録音と文字起こしは、要配慮個人情報を含むデータとして扱う前提で準備してください。院内掲示する利用目的に通話の録音を加え、ガイダンスの冒頭で録音を告知します。クラウドに保存する場合は委託先の監督の対象になるので、提供事業者向け安全管理ガイドライン第2.0版のサービス仕様適合開示書を事業者に求め、保存期間と保存先の国も確認しておきます。
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