ABM(Account Based Marketing、アカウントベースドマーケティング)は、売り込む相手の企業(アカウント)を先に決め、その企業の購買に関わる複数の担当者へ、営業とマーケティングが同じ計画で働きかけるBtoBの手法です。問い合わせや資料請求の件数(リード数)を増やしてから絞り込む従来の進め方とは、出発点が逆になります。
この記事では、ABMの定義とリード型との違い、ITSMAが整理した3つの類型、法人番号を使ったターゲットリストの作り方、Tier分けの実装例、そしてABMを採るべきでない条件までを扱います。なお、情報システムの文脈での「ABM」は、現在Apple Businessに統合されているApple Business Managerを指す略称としても使われ、そちらはApple Business Manager(ABM)の解説にまとめています。
まとめ:ABMの定義と導入判断の要点
- 定義:狙う企業を先に選び、その企業の購買関係者に合わせた施策を営業とマーケティングが共同で実行する手法。成果はリード数でなく、対象企業ごとの商談化・受注・取引拡大で測る。
- 類型:ABMの用語を作ったITSMA(現Momentum ITSMA)は、1社ずつ専任で当たる「One-to-One」、課題の似た少数の企業群をまとめる「One-to-Few」、多数の企業に技術で届ける「One-to-Many」の3つに分けている。2022年の同社調査では、この設問の回答者194人のうち、53%が1類型、29%が2類型、18%が3類型すべてを実施していると回答した。
- 進め方:ICP(理想の顧客企業像)の定義→法人番号で名寄せしたアカウントリスト→Tier分け→購買グループの特定とアカウントプラン→施策→アカウント単位のKPIで振り返り。
- 判断:1件あたりの取引額が小さい、営業が対象企業の担当を持てない、受注まで数週間で終わる――このいずれかに当たるなら、工数の大きいOne-to-Oneの導入は慎重に判断する。見込める粗利と施策費用を比較し、One-to-Manyや従来のリード型も候補にする。
ABMの定義と「アカウント」の単位
ABMの「アカウント」は、営業管理でいう取引先企業のことです。ただし実務では、1つの法人をそのまま1アカウントにするとは限りません。大企業では事業部や拠点ごとに予算と決裁者が分かれるため、「A社の生産技術部門」「A社の情報システム部門」のように、予算を持つ単位でアカウントを切るのが一般的です。
用語としてのABMは、ITSMA(Information Technology Services Marketing Association、現Momentum ITSMA)が2003年に作ったものです。同社の2022年版調査報告書は「Back in 2003, ITSMA coined the term Account-Based Marketing」と書き、そこから少数の先行企業とともに手法を体系化してきたと振り返っています。
リード型・デマンドジェネレーションとの違い
従来のリード型は、展示会・広告・ホワイトペーパーで個人の連絡先を集め、スコアの高いリードを営業へ渡します。ABMは、どの企業を狙うかを先に決め、その企業に関係する人を後から探します。
| 比較軸 | リード型 | ABM |
|---|---|---|
| 起点 | 集まった個人 | 選んだ企業 |
| 施策の単位 | セグメント・ペルソナ | 企業・購買グループ |
| 主なKPI | リード数・MQL数 | 対象企業の商談化率・受注額 |
| 営業の関与 | MQL受け渡し後 | 企業選定の段階から |
| 向く商材 | 単価が低く顧客数が多い | 単価が高く顧客数が少ない |
デマンドジェネレーションは、見込み客の獲得から育成・選別までの需要創出の工程全体を指す言葉で、ABMと対立するものではありません。ABMはその工程を「選んだ企業」に絞って回す形と考えると整理しやすくなります。工程の詳細はデマンドジェネレーションの3工程、獲得段階の手法はリードジェネレーションの手法とKPIで解説しています。
アカウントベースのマーケティングの選定理由と購買グループ
理由は、BtoBの購買を決めるのが個人ではなく、決裁者・予算を持つ部門長・利用部門・情報システム部門・購買部門などからなる「購買グループ」だからです。資料請求をした1人をMQLとして営業に渡しても、その人は決裁者でも予算保有者でもないことが多く、残りの関係者には誰も接触していない状態が生まれます。
ファネルの設計も同じ方向に動いています。BtoBの需要管理モデル「デマンドウォーターフォール」を提唱したSiriusDecisions(現Forrester)は、2017年のDemand Unit Waterfallで、数える単位を個人のリードから「デマンドユニット」に変えました。デマンドユニットは、組織が抱える課題に対応するために編成された購買グループと定義されています。2021年5月にはForresterがこれをB2B Revenue Waterfallへ改め、新規顧客だけでなく既存顧客から生まれる商談機会も計画と測定の対象に加えました。既存顧客の別部門への横展開も対象ですが、測定する単位は企業数ではなく、購買グループに結び付いた商談機会です。1社に複数の商談機会が存在するため、ABMでも企業単位の集計と商談機会単位の測定を区別します。経緯はデマンドウォーターフォールの基本概念とシリウスディシジョンズの概要にまとめています。
ABMの3類型:1対1・1対少数・1対多
ITSMAは、ABMを対象企業の数と個別化の深さで3つに分けています。2022年の同社調査(Momentum ITSMAとABM Leadership Allianceの共同調査)では、3類型それぞれを54%の企業が実施しており、2類型以上を組み合わせる企業がほぼ半数でした。重要度に応じて併用するのが実際の形です。
| 類型 | 対象の単位 | 個別化の深さ | 主な施策 |
|---|---|---|---|
| One-to-One(1対1) | 1社ずつ | 企業専用 | 専用提案書・役員向け勉強会 |
| One-to-Few(1対少数) | 課題の似た少数の企業群 | 業界・課題単位 | 業界別セミナー・事例集 |
| One-to-Many(1対多) | 優先リスト上の多数の企業 | テンプレート+差し込み | 企業リスト指定の広告・メール |
3類型の違いは、1社あたりにかけられる人手の量です。One-to-Oneでは企業ごとの調査や施策設計に工数がかかります。同時に担当する社数は、チームが確保できる時間と、1社あたりの調査・制作・営業対応に必要な時間から決めます。One-to-Manyは広告配信やMAの機能で多数の企業に届けられる反面、企業ごとの調査はほとんどできません。
同じ2022年調査では、ABMの成熟度を4段階で尋ねており、回答は探索段階が10%、試行段階が46%、拡大段階が27%、事業への組み込み段階が17%でした。2022年時点の回答企業の状況であり現在の普及率を示すものではありませんが、ABMを掲げていても多くの企業が試行と拡大の途中にあったことは読み取れます。
ABMの進め方5ステップ
ABMは、企業を選ぶ工程の比重がリード型より大きくなります。ここを曖昧にしたまま施策に進むと、普通の広告配信と見分けがつかない結果になります。
1. ICPの定義と選定に使う属性
最初に、受注しやすく取引額も大きくなる企業の条件をICP(Ideal Customer Profile、理想の顧客企業像)として決めます。使う属性は大きく3種類です。
- 企業属性(ファーモグラフィック):業種、従業員数、売上高、所在地、上場区分
- 技術・取引属性:導入済みのシステム、既存取引の有無、過去の商談履歴
- 行動属性:自社サイトの訪問、資料ダウンロード、外部のインテントデータ
ICPの出発点は、既存顧客のうち取引額が大きく解約も少ない上位の企業に共通する企業属性です。行動属性は「今動いているか」を示すもので、ICPに合わない企業の行動がいくら活発でも、狙う企業には入れません。外部の行動データの種類や取得時の法的な注意点はインテントデータの種類と取得方法で解説しています。
2. 法人番号によるアカウントリストの名寄せ
ABMで最初につまずくのは、CRM・MA・名刺管理の中で同じ企業が「株式会社A製作所」「A製作所」「(株)A製作所 本社」のように別々に登録されている状態です。この状態では、ある企業に何人と接点があるのかを数えられません。
法人単位の名寄せには、国税庁が公表している法人番号(13桁)を使います。商号・本店所在地などで同一法人と確認して番号を付与し、部門・拠点単位のアカウントは別のIDで法人に紐づけます。法人番号公表サイトでは、法人番号・商号・所在地の「基本3情報」を、前月末時点の全件データと日別の差分データとしてCSV・XMLでダウンロードできます。システムから個別に照会するWeb-APIもあり、利用には国税庁が無料で発行するアプリケーションIDが必要です(発行まで2週間から1か月程度かかるとされています)。なお、Web-APIでは全件データは取得できないため、初回の突き合わせは全件ダウンロードを使います。
法人番号を付けたあとに業種・従業員数・財務・補助金・調達実績などを足すなら、経済産業省のgBizINFO(Gビズインフォ)が使えます。500万社以上の法人情報を公開しており、REST API(現行はバージョン2.0)は事前の利用申請で発行されるAPIトークンで呼び出します。利用前に、対象企業について必要な業種・従業員数などが取得できるか確認します。情報がない場合は不適合とせず、企業の公式資料などで補完します。
3. Tier分けの実装例(Python)
この例では、名寄せしたリストを施策の投入量に応じたTierへ仮分類します。Tier2の企業は、その後に業種や課題の共通性で分け、One-to-Fewとして共同施策を実施する企業群を作ります。次の例は、ICP適合度(業種・従業員数・既存取引)とインテントの強さを重み付けして並べ、Tier1(1対1)の社数を担当チームが回せる数で打ち切るものです。企業名と数値は説明用の架空データです。
import csv
import io
# 法人番号で名寄せ済みのアカウント一覧(値は説明用の架空データ)
SAMPLE = """corporate_number,name,industry,employees,existing_customer,intent_score
1010001000001,A製作所,製造業,3200,0,72
1010001000002,B商事,卸売業,850,1,40
1010001000003,Cシステムズ,情報通信業,1200,0,85
1010001000004,D工業,製造業,140,0,90
1010001000005,E物流,運輸業,5600,1,15
1010001000006,F精機,製造業,2100,0,55
1010001000007,Gソフト,情報通信業,60,0,95
"""
ICP_INDUSTRIES = {"製造業", "情報通信業"}
TIER1_CAPACITY = 2 # 1対1で回せる社数=担当チームの工数で決める
def fit_score(row):
score = 0
if row["industry"] in ICP_INDUSTRIES:
score += 40
employees = int(row["employees"])
if employees >= 1000:
score += 40
elif employees >= 300:
score += 20
if row["existing_customer"] == "1":
score += 20 # 既存取引=部門横展開の余地
return score
rows = list(csv.DictReader(io.StringIO(SAMPLE)))
for r in rows:
r["fit"] = fit_score(r)
r["total"] = r["fit"] * 0.7 + int(r["intent_score"]) * 0.3
rows.sort(key=lambda r: r["total"], reverse=True)
tier1 = 0
for r in rows:
if r["fit"] < 40:
tier = "対象外"
elif r["fit"] >= 80 and tier1 < TIER1_CAPACITY:
tier, tier1 = "Tier1(1対1)", tier1 + 1
elif r["fit"] >= 60:
tier = "Tier2(1対少数)"
else:
tier = "Tier3(1対多)"
print(f'{r["name"]:<8} fit={r["fit"]:>3} intent={r["intent_score"]:>3} total={r["total"]:5.1f} {tier}')
Python 3.9.6で実行した出力は次のとおりです。
Cシステムズ fit= 80 intent= 85 total= 81.5 Tier1(1対1)
A製作所 fit= 80 intent= 72 total= 77.6 Tier1(1対1)
F精機 fit= 80 intent= 55 total= 72.5 Tier2(1対少数)
Gソフト fit= 40 intent= 95 total= 56.5 Tier3(1対多)
D工業 fit= 40 intent= 90 total= 55.0 Tier3(1対多)
E物流 fit= 60 intent= 15 total= 46.5 Tier2(1対少数)
B商事 fit= 40 intent= 40 total= 40.0 Tier3(1対多)
読むべき点は2つです。F精機はICP適合度ではTier1の条件を満たしていますが、Tier1の枠(2社)が埋まっているのでTier2に回っています。Tier1の社数はスコアではなく、1社に張り付ける人の数で決めるという判断をコードにしたものです。もう1つは、Gソフトのようにインテントが95と最も高くても、ICP適合度が低ければTier1には入らないことです。行動データだけで狙う企業を決めると、受注しても取引額の小さい企業に人手を使うことになります。
4. 購買グループの特定とアカウントプラン
Tier1とTier2の企業では、購買グループの顔ぶれを書き出します。決裁者、予算を持つ部門長、実際に使う現場の担当者、情報システム部門や購買部門といった評価役のうち、誰と接点があり、誰が空白なのかを1枚にまとめたものがアカウントプランの中心になります。
アカウントプランには、その企業が中期経営計画やIR資料で掲げている課題、自社の商材が効く部門、次の90日で接触する相手と手段を書きます。上場企業なら有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の記載が、課題を拾う一次資料になります。
5. 施策の実行とアカウント単位のKPI
施策は類型ごとに変わります。Tier1では企業専用の提案書や役員向けの勉強会、Tier2では業界別のセミナーや事例集、Tier3では企業リストを指定した広告配信とメールが中心です。どのTierでも、マーケティングが接点を作り、営業が商談に進める受け渡しの条件を事前に決めておきます。
KPIは、リード数ではなくアカウント単位で置きます。
| 段階 | 指標 | 数え方 |
|---|---|---|
| 接点 | カバレッジ | 購買グループのうち接点のある人数 |
| 関心 | エンゲージ企業数 | 期間内に訪問・参加があった対象企業数 |
| 商談 | 商談化率 | 対象企業のうち商談が立った割合 |
| 成果 | 受注額・取引拡大 | 対象企業からの受注額と部門数 |
既存のリードスコアは企業単位の評価にも利用できます。ただし、単純合算では登録人数の多い企業が高得点になるため、集計期間、重複行動の扱い、接点のある購買役割を合わせて確認します。点数の付け方はリードスコアリングの仕組みを参照してください。
ABMツールとCRM・MAの役割分担
ABMは専用ツールがなくても始められます。最初に必要なのは、法人番号で名寄せした企業マスタと、そこに人と商談を紐づけられるCRM(またはSFA)です。MAは対象企業の担当者へのメール配信と行動の記録を受け持ちます。
専用のABMツールは、対象企業数に加え、必要な広告配信・企業識別・インテント分析の機能と、手作業での運用負荷を基準に導入を判断します。企業リストを指定した広告配信、自社サイトを訪れた企業の特定、インテントデータの取り込みは、CRMとMAだけでは代替しにくい機能です。One-to-Manyを多数の企業で回す段階になって、手作業の限界が見えてから検討しても遅くありません。機能ごとの詳しい比較はABMツールの主要機能と実用例で扱っています。
ABMが失敗する条件と向かない企業
ABMは、1社にかける人手を増やして受注額で回収する手法です。回収できない条件がそろっているなら、採用しない方が成果は出ます。
- 取引額が小さい:Tier1に専用の提案書や勉強会を用意すると、営業とマーケティングの担当者が1社のために調査と準備の時間を使います。見込める粗利がその人件費を下回るなら、1対1は成り立ちません。この場合はTier3相当の施策だけを使うか、リード型のままにします。
- 営業が企業の担当を持てない:問い合わせ順に営業を割り当てる体制では、マーケティングが温めた企業を誰も追いかけません。担当営業を企業単位で決められないうちは、ABMの計画を立てても実行されません。
- 受注までの期間が短い:1回の打ち合わせで決まる商材では、購買グループを順に攻略する時間そのものが不要です。
- Tier1を増やしすぎる:対象を広げると、施策は結局テンプレートの一斉配信になり、One-to-Manyと変わらなくなります。前述のコードのように、Tier1の上限は人の数で先に決めておきます。
反対に、顧客数が少なく1社あたりの取引額が大きい企業、既存顧客の別部門へ横展開できる商材を持つ企業では、ABMの考え方が最もよく当てはまります。BtoBマーケティング全体の中でABMをどう位置づけるかはBtoBマーケティングの戦略と施策、対象市場の切り方はBtoBのセグメンテーションを参照してください。
よくある質問
ABMとは何の略ですか?
Account Based Marketing(アカウントベースドマーケティング)の略です。アカウントは取引先企業を指し、企業単位でマーケティングと営業を計画する手法を意味します。
ABMとはビジネス用語で何ですか?
BtoBのマーケティング用語としては、狙う企業を先に決めて、その企業の購買関係者に働きかける手法を指します。IT・情報システムの文脈では、現在Apple Businessに統合されている「Apple Business Manager」の略称としても使われます。
ABMの具体例は?
たとえば、製造業向けの生産管理システムを売る企業が、従業員1,000人以上の製造業20社を対象に決め、そのうち2社には役員向けの勉強会と専用の提案書を用意し、残りの18社には業界別のセミナーと企業リストを指定した広告を配信する、という進め方がABMです。
ABM企業とは何ですか?
決まった定義のある用語ではありません。ABMで狙う対象として選んだ企業(ターゲットアカウント)、ABMを実践している企業、ABMツールを提供する企業のいずれの意味でも使われるため、文脈で確認してください。
中小企業でもABMはできますか?
できます。専用ツールがなくても、法人番号で名寄せした企業リストとCRMがあれば、少数の企業に絞って営業とマーケティングが共同で当たる形から始められます。ただし、1社あたりの取引額が小さい商材では工数を回収できないため、前章の条件に当たらないかを先に確認してください。