アクイジション(acquisition)は、マーケティングでは新規顧客の獲得を指します。ただ、同じ「獲得」でも、法人に売るBtoBと個人に売るBtoCでは、誰を口説くのか、何をもって1件と数えるのか、どの法律に触れるのかがまるで違います。BtoCで効いた広告の型をBtoBへそのまま持ち込むと、リードの件数は増えても商談につながらない、という失敗が起こりがちです。
この記事では、アクイジションの定義を押さえたうえで、BtoBとBtoCの違いを「購買の構造」「獲得単位とKPI」「法規制」の3点から比べます。最後に、BtoBかBtoCかという区分では施策を決めきれない場合の判断軸を示します。
まとめ:BtoBとBtoCでアクイジションが変わる要点
- 購買の構造:BtoBは複数人の購買グループが時間をかけて決め、BtoCは多くの場合、本人1人が短期間で決める。
- 獲得の単位:BtoBはリード→商談→受注と段階を踏んで数え、BtoCは会員登録や初回購入を1件と数える。
- KPI:BtoBはCAC(顧客獲得コスト)とその回収期間、BtoCはCPA(獲得単価)と初回購入後の継続率を見る。
- 法規制:特定商取引法の通信販売などの規定は営業のための契約を適用除外にしており、通販の最終確認画面の表示義務やステマ規制は主に消費者向けの獲得施策にかかる。広告メールは特定電子メール法の対象で、名刺交換などの例外があっても、通信販売の広告メールなら特定商取引法の承諾も確認する。
- 施策の選び方:BtoBかBtoCかで一律に決めず、「意思決定に関わる人数×検討期間×単価」で決める。
以下、それぞれの根拠と具体的な進め方を順に説明します。
アクイジションとは:顧客獲得を指すマーケティング用語
アクイジションは英語の acquisition(獲得・取得)に由来し、マーケティングでは見込み顧客を集めて最初の購入や契約まで導く活動全体を指します。Dave McClureが提唱したAARRRモデルでは、Acquisition(獲得)、Activation(活性化)、Retention(継続)、Referral(紹介)、Revenue(収益)の5段階のうち最初の段階にあたります。AARRRでは収益化をRevenueとして別の段階に数えるため、Acquisitionの指標に売上は含めません。この記事では、BtoBの商談・受注まで含めた広い意味で「獲得」を使います。各段階のKPIはAARRRモデルの5段階とKPIで整理しています。
対になる言葉はリテンション(既存顧客の維持)です。「新規獲得のコストは維持の5倍」といった比較や、両者への予算配分の決め方はアクイジションとリテンションの違いと1:5の法則の出典で扱っているため、この記事では獲得そのものがBtoBとBtoCでどう変わるかに絞ります。
BtoBとBtoCのアクイジションの違い一覧
主な違いを先に表で示します。各行の根拠は後の章で説明します。
| 比較軸 | BtoB | BtoC |
|---|---|---|
| 購買を決める人 | 購買グループ(複数部門) | 多くは本人1人 |
| 検討期間 | 合意形成の分だけ延びる | 本人が決めれば短い |
| 獲得の単位 | リード→商談→受注 | 会員登録・初回購入 |
| 主なチャネル | ウェビナー・資料DL・展示会・ABM | 検索・SNS広告・アフィリエイト |
| 主なKPI | CAC・回収期間・商談化率 | CPA・CVR・継続率 |
| 獲得後の担い手 | インサイドセールス・営業 | サイト・アプリ・CRM配信 |
| 特商法の通販規制 | 営業のための契約は除外 | 適用(最終確認画面など) |
| ステマ規制(景表法) | 一般消費者向けの表示が対象 | インフルエンサー施策で直撃 |
検討期間を決めるのは、BtoBかBtoCかよりも、合意が必要な人数と単価です。BtoCでも住宅や自動車のように家族で時間をかけて決める商材があり、その扱いは最後の章で説明します。
BtoBのアクイジション:リードから商談までの設計
BtoBの獲得が難しいのは、買い手が1人ではないためです。Gartnerの「B2B Buying Report」(2023年)によると、企業のBtoB購買グループは平均5〜11人の関係者で構成され、その関係者は平均5つの部門にまたがります。担当者1人を説得しても、情報システム部門・経理・現場の責任者がそれぞれ別の観点で比較するため、1人に届く広告だけでは決まりません。BtoBのアクイジションの中心は、購買グループの各人が自分で調べる段階に、読まれる情報と接点を用意しておくことです。
獲得の単位:リード・MQL・SQLの3段階
BtoBでは、問い合わせや資料請求で連絡先を得た時点を「リード」、スコアや行動からマーケティング部門が有望と判断した段階を「MQL」、営業が商談化できると判断した段階を「SQL」と分けて数えるのが一般的です。リード数だけを追うと、決裁に関わらない担当者や情報収集だけの学生まで1件に数えてしまいます。リード数は量の指標として残しつつ、SQL数や商談化率といった質の指標を必ず併記します。たとえばHubSpotのライフサイクルステージは、MQLを「マーケティングチームにより営業チームへの引き渡しが可能と判断された」段階、SQLを「営業チームにより可能性のある見込み客と判断された」段階と定義しており、この境目を社内で文章にしておくことが部門間の数字の食い違いを防ぎます。リードを集める手法の全体像はリードジェネレーションの定義と役割、リードを商談へ引き上げる電話・メールの役割はインサイドセールスの意味と導入手順で説明しています。
BtoBで使われる獲得チャネル
購買グループの複数人に届き、誰がどの接点に反応したかを会社単位で記録できるチャネルが中心になります。
- ウェビナー:申込フォームで会社名・部署・役職を取れるため、MQLの判定材料がそろう。仕組みはウェビナーの配信方式と商談化までの仕組みを参照。
- ホワイトペーパー(資料ダウンロード):比較検討の段階にいる担当者の連絡先を得やすい。作り方と配信時の法的要件はホワイトペーパーの作り方と配信の法的要件を参照。
- 展示会・名刺交換:対面で決裁者に会える数少ない場。交換した名刺が接点の記録になり、後述する特定電子メール法の例外とも関係する。
これらのチャネルを束ねる戦略として、ABM(アカウントベースドマーケティング)があります。狙う企業を先に決め、その企業の購買グループ全体に上のチャネルを組み合わせて働きかける考え方で、詳しくはABMの定義と意義で説明しています。
設計で最初に決めるのは、どの条件を満たしたら営業に渡すかという引き継ぎの基準です。見込み客が多い場合はMA(マーケティングオートメーション)で行動を記録してスコアで判定し、狙う企業が数十社程度なら担当者が個別に追うほうが早い場合もあります。
BtoBのKPI:CACとその回収期間
BtoBの獲得費用は、広告費だけでなく営業やインサイドセールスの人件費まで含めたCAC(Customer Acquisition Cost)で見ます。SaaSの指標で広く参照されるDavid Skokの「SaaS Metrics 2.0」は、優れたSaaS企業のLTV(顧客生涯価値)とCACの比は3を超え、CACを5〜7か月で回収しているとし、回収期間が12か月を超えると収益性が弱くなると述べています。ただし本人も「あくまで目安」と断っており、立ち上げ期に満たさない健全な企業もあります。
BtoBでCPA(リード1件あたりの獲得単価)だけを下げようとすると、安く取れる代わりに商談化しないリードが増え、結果としてCACは上がります。見るべきは1件あたりのリード単価ではなく、受注1社あたりにかかった総額です。CACの計算式と下げる順序はCACの計算式・LTV比の目安と下げる順序で詳しく扱っています。
BtoCのアクイジション:初回購入までの距離の短縮
ECやアプリのようにオンラインで完結するBtoC商材では、広告を見た本人がその場で購入や登録を決めることが多く、獲得の設計は「最初の接点から購入ボタンまでの手数を減らす」ことが中心になります。住宅や自動車のように営業が介在する消費者向け商材は例外で、最後の章で扱います。
BtoCで使われる獲得チャネル
検索連動型広告、SNS広告、アフィリエイト、インフルエンサー施策、アプリストア最適化などが中心です。成果報酬型のアフィリエイトやインフルエンサー施策は1件あたりの費用を読みやすい一方、後述するステマ規制の対象になり、事業者の表示であることが一般消費者に分からない投稿は、広告主が景品表示法違反に問われます。起用の判断と費用構造はインフルエンサーマーケティングの費用構造と起用判断で扱っています。
BtoCのKPI:CPAと初回購入後の継続
BtoCはCPA(1件の成果にかかった広告費)とCVR(コンバージョン率)で日々の運用を回します。CPAは会員登録1件あたりか初回購入1件あたりかで桁が変わるため、どちらの成果で数えているかを必ず明記します。また、初回だけ大幅に値引きする定期購入のように、CPAを下げる施策が2回目以降の継続を削る場合があります。購入CPAの上限は、顧客が取引期間を通じてもたらす売上や利益の金額(LTV)から、原価や配送費などの費用と確保したい利益を差し引いて逆算します。LTVの算出方法はLTVの計算方法(基本式からサブスクまで)を参照してください。
計測では、Googleアナリティクス4(GA4)の2つの獲得レポートを使い分けます。Googleのヘルプによると、「ユーザー獲得」レポートは新規ユーザーのアクセス元を、「トラフィック獲得」レポートは新規ユーザーとリピーターの両方のアクセス元を示します。ただしGA4の新規ユーザーは、初回訪問(first_visit)やアプリの初回起動(first_open)が記録されたユーザーのことで、購入や契約をした顧客とは限りません。初回購入者の獲得経路を見るには、購入イベントを流入元別に集計するか、ECやCRMの購入データと突き合わせます。
獲得施策が触れる法規制:契約目的・表示・メール同意の3基準
獲得施策の違いは、適用される法律の違いでもあります。ただし法律はBtoB・BtoCという言葉では線を引いていません。判断の基準になるのは、契約が営業のためのものか、表示が一般消費者に向けたものか、メールの送り先から同意や例外の根拠を得ているか、の3点です。
特定商取引法:営業のための契約の適用除外と最終確認画面
特定商取引法第26条第1項第1号は、購入者が「営業のために若しくは営業として締結するもの」を、訪問販売・通信販売・電話勧誘販売の規定の適用除外としています(e-Gov法令検索)。判断基準は買い手が法人かどうかではなく契約の目的なので、事業のための購入であれば、原則としてこれら3類型の規定の外にあります。
一方、消費者向けの通販は規制の対象です。同法第12条の6は、ネット通販の申込みを受ける画面(いわゆる最終確認画面)に、商品の分量、代金と支払の時期・方法、引渡時期、申込みの撤回・解除の条件などを表示するよう義務づけ、申込みであることを誤認させる表示を禁じています。2022年6月1日施行の改正で設けられた規定で、消費者庁の解説資料によると、定期購入では各回の分量、2回目以降の代金、各回の請求時期まで表示する必要があります。初回割引から定期購入へ誘導するBtoCの獲得導線は、この画面の設計まで含めて作る必要があります。表示事項の全体は特定商取引法の7類型と通信販売の表示義務で確認できます。
景品表示法のステマ規制:広告主が規制対象
消費者庁は、広告であることを隠す表示(ステルスマーケティング)を、令和5年(2023年)10月1日から景品表示法違反としています。規制の対象は商品やサービスを供給する事業者(広告主)で、依頼を受けたインフルエンサー等の第三者は対象外です。消費者庁の運用基準は、「広告」「PR」などの文言や「A社から商品の提供を受けて投稿している」といった文章で、表示内容全体から事業者の表示だと分かるようにすることを求めています。文言を入れていても、ハッシュタグの中に埋もれさせるなど全体として分からなければ対象になり得ます。いずれの場合も、責任を問われるのは発注した企業側です。景品表示法は一般消費者の選択を守る法律なので、この論点は主にBtoCの獲得施策で問題になります。UGCやレビューの扱いはUGCマーケティングとステマ規制の線引きで詳しく説明しています。
特定電子メール法:オプトインの例外と特商法の承諾の関係
広告宣伝メールは、BtoBでもBtoCでも特定電子メール法の対象です。原則はオプトイン(事前の同意)ですが、同法第3条第1項は同意のない相手への送信を認める例外を定めています(e-Gov法令検索)。
- 第2号:自分のメールアドレスを書面で通知した者。施行規則第2条が通知方法を「書面により通知する方法」としており、展示会などでの名刺交換がこれにあたる。
- 第3号:広告する事業者と取引関係にある者。消費者庁のガイドラインは、金融機関に口座を開設して継続的に取引している顧客を例に挙げており、消費者にも使える例外。
- 第4号:メールアドレスをインターネットで公表している団体や営業を営む個人。ただし施行規則第3条により、送信を拒む旨を併記している場合は除かれる。
例外にあたる相手でも、送信を拒否された後は送れません(第3条第3項)。展示会で集めた名刺にメールを送るのは適法でも、配信停止の手段は必ず用意する必要があります。
もう1つ確認が要るのが特定商取引法です。消費者庁は、特定電子メール法の例外にあたる相手でも、通信販売などの電子メール広告であれば特定商取引法が適用され、請求や承諾なしには送信できないと注記しています。消費者向けの通販の広告メールは、名刺を受け取っていても承諾がなければ送れません。一方、営業のために締結する契約に関する広告メールは、原則として同法の通信販売の規定の適用除外にあたるため、展示会で集めた名刺への案内はBtoBで使いやすい手段になります。消費者向けの獲得では、会員登録時に配信の承諾を取る前提で設計します。
獲得施策の選び方:意思決定の人数・検討期間・単価の3軸
ここまでBtoBとBtoCを対比してきましたが、施策を選ぶ判断軸としては、この区分は粗すぎます。実務で効くのは、次の3つの量で商材を位置づける方法です。
| 商材の例 | 決める人数 | 検討期間 | 単価 | 向く獲得の型 |
|---|---|---|---|---|
| 基幹システム・大型SaaS | 多い | 長い | 高い | BtoB型(ABM・営業) |
| 小規模事業者向けの月額ツール | 1〜2人 | 短い | 低い | BtoC型(広告→無料登録) |
| 住宅・自動車 | 家族数人 | 長い | 高い | BtoB型に近い(資料請求→商談) |
| 日用品・アプリ | 本人 | 短い | 低い | BtoC型(広告・SNS) |
法人向けでも、個人事業主や小規模事業者が1人で申し込む月額ツールは、決める人数も期間もBtoCに近く、広告から無料登録へ直接導く獲得が合います。月額が低いうえに解約も早い商材で展示会やABMのような重い施策を回すと、CACを継続期間中の粗利で回収しきれません。逆に、消費者向けでも住宅や自動車は家族で時間をかけて決めるため、資料請求をリードとして扱い、営業が追うBtoB型の設計が合います。
避けたいのは、区分の名前だけで施策を決めることです。「うちはBtoBだから展示会」「BtoCだからSNS広告」と決める前に、決める人数・検討期間・単価の3つを書き出し、表のどの行に近いかを確認してください。なお、法規制は「営業のための契約か」「一般消費者向けの表示か」で決まるため、獲得の型をBtoC型にしても、営業のため又は営業として締結する契約であれば特商法の通信販売の規定の外にあるといった違いは残ります。MAツールをBtoB向け・BtoC向けのどちらで選ぶかも同じ考え方で決められます。詳しくはMAツールのBtoBとBtoCの違いを参照してください。
よくある質問
アクイジションとリテンションの違いは何ですか?
アクイジションは新規顧客の獲得、リテンションは既存顧客の維持です。獲得コストを維持と比べる「1:5の法則」は、Harvard Business Reviewの2014年の記事では「どの調査を信じるかによるが5〜25倍」と幅をもって書かれています。詳しくはアクイジションとリテンションの違いで説明しています。
タレント・アクイジションとは何ですか?
人事の分野で使われる言葉で、欠員補充のための採用にとどまらず、事業に必要な人材を中長期で獲得する活動を指します。この記事で扱う顧客獲得のアクイジションとは別の意味です。
M&Aや不動産でいうアクイジションはどういう意味ですか?
M&A(Mergers and Acquisitions)のAはAcquisitionで、企業の買収を意味します。不動産では、投資用物件の取得やその業務を指します。いずれも「獲得・取得」という原義は同じで、分野によって獲得する対象が顧客・人材・企業・物件と変わります。
BtoBのアクイジションで最初に決めるべき指標は何ですか?
リード数ではなく、商談化の基準(SQLの定義)と受注1社あたりのCACです。リードの定義が曖昧なままリード数を目標にすると、商談につながらない件数で目標が達成されてしまいます。
アクイジションの成果はGA4のどのレポートで見ればよいですか?
初回訪問者の流入元を見るなら「ユーザー獲得」レポートです。新規ユーザーとリピーターの両方のアクセス元を示す「トラフィック獲得」レポートでは、既存顧客の再訪問も混ざります。ただしGA4の新規ユーザーは初回訪問を記録したユーザーで、購入した顧客とは別物です。顧客としての獲得を評価するには、BtoCなら購入データ、BtoBならMAやCRMに入ったリードが商談・受注に至ったかまでつないで見ます。