SIPSは、電通の社内ユニット「サトナオ・オープン・ラボ」が2011年1月31日に発表した消費行動モデル概念です。共感する(Sympathize)、確認する(Identify)、参加する(Participate)、共有・拡散する(Share & Spread)の4つで生活者の動きを整理します。ただし電通はSIPSをAISASの置き換えとして発表したわけではなく、同じリリースの注釈でAISASを今後も提唱すると述べたうえで、SIPSを行動を「深掘りした概念」と位置づけています。この記事は発表時のニュースリリースの記述を軸に、4ステップの意味、AISASとの関係、2011年当時の前提が現在どうなったか、施策に落とすときの法的な線引きまでを整理します。
まとめ:SIPSの要点
- 提唱したのは電通の「サトナオ・オープン・ラボ」。発表は2011年1月31日で、リーダーは佐藤尚之。
- 4ステップの電通表記は「共感する:Sympathize → 確認する:Identify → 参加する:Participate → 共有・拡散する:Share&Spread」。
- Participate(参加)は購買だけを指さない。リリースは購買を伴わない行動も参加と呼ぶと明記している。
- 電通はSIPSをAISASの置き換えとは書いていない。AISASは今後も提唱するとしたうえで、SIPSは行動を「深掘りした概念」と位置づけている。
- 電通はSIPSを、ソーシャルメディアを積極的に利用している生活者を考えるうえでの「ひとつの指標」と限定している。全消費者に当てはめるモデルではない。
- 参加や拡散を企業が仕掛ける施策は、2023年10月1日施行のステルスマーケティング規制の対象になりうる。
以下、各項目の根拠を発表時のリリースと公的統計にあたって確認していきます。
SIPSを発表したのは誰か:電通「サトナオ・オープン・ラボ」の2011年リリース
発表日は2011年1月31日、提唱主体は社内横断ユニット
一次情報は、電通が平成23年(2011年)1月31日に出したニュースリリース「電通『サトナオ・オープン・ラボ』がソーシャルメディアに対応した消費行動モデル概念『SIPS』を発表」です。サトナオ・オープン・ラボは、電通コミュニケーション・デザイン・センターのシニア・クリエーティブ・ディレクターだった佐藤尚之をリーダーとし、社内の様々な部署から横断的に集まったメンバーで構成されたユニットと説明されています。リリースはSIPS概念の研究メンバーとして、佐藤尚之、金田育子、京井良彦、信澤宏至、茂呂譲治、橋口幸生、宮林隆吉、貝洲岳洋の8名を実名で挙げています。
概念そのものを研究したのは次世代のコミュニケーションを考察する場と位置づけられたこのユニットですが、リリースは電通としてもこの概念を、企業のコミュニケーション・プランニングなどにおいて今後提唱していくと述べています。研究主体はユニット、提唱主体は電通、という二段構えで読むのが正確です。原典のニュースリリースPDFは電通のサイトで公開されています。なお読みは「シップス」で、インテージのマーケティング用語集など複数の用語集がこの読みを採っています。電通のリリース本体に読み仮名の記載はありません。
4ステップの正式表記
| 頭文字 | 英語表記 | 電通の日本語表記 | リリースでの要点 |
|---|---|---|---|
| S | Sympathize | 共感する | すべての入り口 |
| I | Identify | 確認する | 検索だけでなくあらゆる手段で |
| P | Participate | 参加する | 購買を伴わない行動も含む |
| S | Share & Spread | 共有・拡散する | 共有が自動的・無自覚的に拡散 |
リリースの本文では「共感する:Sympathize → 確認する:Identify →参加する:Participate →共有・拡散する:Share&Spread」と一続きで書かれています。4つ目を「Share」だけ、あるいは「Spread」だけで紹介している解説を見かけますが、原典は両方を1つのステップとして扱っています。
SIPSの適用範囲:ソーシャルメディア積極利用層に対する「ひとつの指標」
見落とされやすいのが適用範囲です。リリースは「この生活者消費行動モデル概念を、ソーシャルメディアを積極的に利用している生活者を考える上でのひとつの指標として捉え」と書いています。対象は生活者一般ではなくソーシャルメディアの積極利用層であり、位置づけも唯一の説明原理ではなく「ひとつの指標」です。この限定は原典に明記されているにもかかわらず、SIPSの解説で引かれることがほとんどありません。
実務上の意味は明確で、SIPSは自社の顧客がソーシャルメディア経由で動いているかどうかを確かめたうえで使う道具だということです。BtoBの稟議や指名検索が主導線になっている商材にそのまま当てはめると、共感の弱さを問題として誤認します。どのモデルを選ぶかの判断は購買プロセスとは?5段階モデルと購買行動フレームワークの使い分けと分析手順で整理しています。
SIPS 4ステップの意味と、原典が挙げる行動の具体例
Sympathize(共感する):情報が動き出すかどうかの関門
リリースは「『共感(Sympathize)』がすべての入り口となります」とし、その理由を「共感された情報しか広がっていきにくいソーシャルメディア上では、生活者に共感された情報であることが何よりも重要になります」と説明しています。原典が定義しているのは、共感が情報伝播の入り口になるという関係までで、共感の心理的な中身までは踏み込んでいません。そのうえで施策設計の観点から言えば、好意や感動を狙うことと、情報が他者へ渡る状態をつくることは別の作業です。
したがって施策側で問うべきは「良い話か」ではなく「誰かに渡したくなるか」です。共感という語自体の意味を厳密に押さえたい場合は共感(エンパシー)とは?意味とシンパシー・同感との違いを解説を参照してください。
Identify(確認する):検索・友人への質問・コミュニティでの相談という確認手段
リリースは「共感した情報や商品が自分の価値観に合い有益であるかどうかを、検索だけでなくあらゆる手段で『確認(Identify)』します」と書いています。AISASのSearchが検索行動を指すのに対し、Identifyは友人への質問、コミュニティでの相談、公式アカウントへのダイレクトメッセージなども含む広い概念です。
この差は施策設計に直結します。検索結果だけを整えても、SNS内で完結する確認行動には届きません。プロフィール欄の情報、過去投稿、レビューや第三者の言及といった、検索エンジンの外にある確認材料を揃える必要があります。第三者の言及をどう扱うかはUGCとCGMの違いとは?VOC・eWOMとの関係と使い分けを解説で整理しています。
Participate(参加する):購買・コミュニティ参加・リツイートを含む行動範囲
購買との関係を取り違えやすいステップです。リリースは「購買まで至らなくてもコミュニティに参加したり、ソーシャルメディア上で友人知人に(リツイートやいいね!ボタンなどで)教えたりすることで結果的に企業の販促活動に『参加(Participate)』していきます」と述べ、さらに「『SIPS』モデルでは、購買行動だけでなくこれらの購買を伴わない行動も『参加(Participate)』と呼びます」と明記しています。
つまりParticipateはAISASのActionを言い換えたものではなく、購買を含む上位の概念です。「PはPurchaseの言い換え」と説明している資料があれば、それは原典に反します。この点を踏まえると、SIPSを使ったときに追うべきは購買件数だけではなく、購買しない参加の量と質も対象になります。
リリースは「『参加』した生活者たちの、友人・知人に対する『共有(Share)』行動は、自動的かつ無自覚的に自分が属するいろいろな『つながり』に『拡散(Spread)』して、さらに共感を生み出していく」と説明しています。共有は本人が意図した相手に届く行為ですが、拡散はその意図を超えてタイムラインやレコメンドを通じて広がる部分を指します。
SIPSが循環モデルと呼ばれるのはこの箇所が根拠で、拡散した情報が別の生活者のSympathizeを生み、ふたたび4ステップが回る構造になっています。同じく循環を前提にしたモデルとしてはULSSASがあり、ULSSAS(ウルサス)とは?6つのステップとAISASとの違い・実践手順を解説で6ステップの違いを扱っています。
SIPSとAISASの位置づけと、役割別に見た6つの相違点
リリース注釈が示すSIPSとAISASの位置づけ
同じリリースには「『SIPS』と『AISAS®』の関係性」という注釈が付いており、ここが最大の情報源です。電通は「2004年から『AISAS®』という消費行動モデルを提唱しています」としたうえで、「今後も電通では、『AISAS®』を、コミュニケーションの土台となる重要な消費行動モデルとして、グローバルで提唱してまいります」と書いています。そして「『SIPS』は、進化したソーシャルメディアの視点を重視して、生活者の行動を深掘りした概念です」と続きます。
提唱元自身が、土台はAISASのまま、SIPSはその上で行動を深掘りしたものだと述べているわけです。「AISASは古くなったのでSIPSへ移行する」という整理は原典に根拠がありません。AISASそのものの成り立ちはAIDMAとAISASの違いとは?5段階の対応関係・使い分けと後継モデルを解説で扱っています。
SIPSとAISASの比較軸:情報環境・起点・購買の扱い・情報の広がり
両モデルはステップ数が5と4で異なり、1番目どうし、2番目どうしと並べると誤った対応になります。役割の軸で並べると差がはっきりします。AISASの電通表記は「Attention(気づく)⇒Interest(興味をもつ)⇒Search(情報収集する)⇒Action(購入する)⇒Share(情報共有する)」です。
| 比較の軸 | AISAS(2004年から提唱) | SIPS(2011年発表) |
|---|---|---|
| 想定する情報環境 | インターネット全般 | ソーシャルメディア |
| 起点 | Attention(気づく) | Sympathize(共感する) |
| 確かめ方 | Search(情報収集する) | Identify(検索に限らない確認) |
| 購買の扱い | Action(購入する)として独立 | Participate に包含 |
| 購買しない関与 | 段階として持たない | Participate に含む |
| 情報の広がり | Share(情報共有する) | Share & Spread(無自覚な拡散を含む) |
| 電通の位置づけ | コミュニケーションの土台 | 行動を深掘りした概念 |
使い分けの目安は、導線の起点がどこにあるかです。検索から入る比較検討型の商材はAISASのほうが手を打つ場所を特定しやすく、タイムライン上の推奨から始まる商材はSIPSのほうが説明力があります。コンテンツ接触から入る導線を扱うモデルとしてはDECAXモデルの5つの要素(Discovery・Engage・Check・Action・eXperience)とはもあります。
2011年の前提は今どうなったか:SNS利用率の実測
SIPSは「ソーシャルメディアを積極的に利用している生活者」を対象に置いたモデルです。発表から15年が経ち、SNSの普及状況は当時と大きく変わりました。総務省の令和7年版情報通信白書は、総務省「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」をもとに主要サービスの利用率推移を掲載しています。
| サービス | 全体(起点年) | 全体(2024年) | 60代(2024年) |
|---|---|---|---|
| LINE | 55.1%(2014年) | 94.9% | 91.1% |
| 14.3%(2015年) | 60.9% | 34.7% | |
| X(旧Twitter) | 21.9%(2014年) | 50.3% | 22.1% |
白書は本文で「2024年には、X、Instagramは全体の半数程度が利用しているほか、50代でも2024年に4割以上が利用するなど、幅広い年齢層に利用が拡大している」と述べています。数値の注記として、2024年の全体の利用率は10代から60代までの利用率から算出したものとされています。
ただしこの統計が示すのはサービスを利用しているかどうかであって、SIPSが前提に置いた「積極的に利用している」状態、つまり共感した情報を自分から確認し、参加し、共有するところまで踏み込むかどうかは別の話です。利用率が上がったこと自体は、SIPSの適用条件が満たされた証拠にはなりません。60代のX利用率が22.1%にとどまるようにサービスごとの年代差も残っています。SIPSを当てはめる前に、自社の顧客がどのサービスで実際にどんな行動をしているかを確認する必要があり、利用率の高さだけを根拠に「SNS時代だからSIPS」と決めると、共感の設計に投資しても反応が返らないという結果になります。媒体ごとの特性はSNSマーケティングとは?主要SNSの特徴・手法・始め方と外注判断【2026年版】で整理しています。
SIPSを施策に落とすときに外せない2つの論点
参加・拡散施策の判断軸:表示内容の決定への関与と、事業者の表示であることの明瞭性
SIPSは企業が生活者の参加と拡散を引き出すことを前提にしたモデルですが、2011年当時には無かった規制が現在は存在します。消費者庁は「令和5年10月1日からステルスマーケティングは景品表示法違反となります」と告知しており、広告であるにもかかわらず広告であることを隠す表示が規制対象です。
実務で効くのは範囲の定義です。消費者庁のページは「広告には、企業がインフルエンサー等の第三者に依頼・指示するものも含まれます」と明記しています。一方で「個人の感想等の広告でないものや、テレビCM等の広告であることが分かるものは対象外です」ともしています。規制の名宛人についても「規制の対象となるのは、商品・サービスを供給する事業者(広告主)です」「企業から広告・宣伝の依頼を受けたインフルエンサー等の第三者は規制の対象とはなりません」と書かれており、責任は広告主側にあります。
判断の分かれ目は2つあります。1つは表示内容への関与で、消費者庁の運用基準は、第三者の表示に見えるものが事業者の表示に当たるのは「事業者が表示内容の決定に関与したと認められる、つまり、客観的な状況に基づき、第三者の自主的な意思による表示内容と認められない場合」だとしています。もう1つは明瞭性で、同じ運用基準は「事業者の表示であることが一般消費者にとって明瞭である又は社会通念上明らかであるものは、告示の対象となるものではなく」と述べています。したがって、企業が内容に関与していても広告だと分かる形になっていれば対象外で、逆に関与していながら第三者の自発的な投稿に見える形にすると問題になります。規制の全体像は消費者庁の解説ページにまとまっています。線引きの実務はUGCマーケティングとは?ステマ規制の線引きと二次利用の実務手順を解説とインフルエンサーマーケティングとは?費用構造と起用判断、二次利用の落とし穴で扱っています。
Participateと拡散の計測設計:購買と非購買の分離
AIDMAやAISASのように段階が一方向に進むモデルは、段階ごとに指標を割り当てやすい構造を持っています。SIPSはそうなっていません。Share & Spreadが次のSympathizeを生む循環構造であり、さらにParticipateは購買と非購買の行動を同じ箱に入れています。この2点があるため、4ステップをファネルの階層と見立てて上から下へ歩留まりを計算すると、集計の設計次第で数字が壊れます。具体的には、拡散から戻ってきた再訪をSympathizeの新規として数えつつ同じ人をParticipateにも計上すれば二重計上になり、Participateを購買と非購買で分けずに1つの数として扱えば、歩留まりが何を表すのか説明できなくなります。
実務的には、Participateを購買と非購買に分けて別々に数える、Share & Spreadは共有の発生数と拡散の到達に分けるといった分解が必要です。段階ごとに指標を置く設計をしたい場合は、SIPSではなくファネル型のモデルを併用するほうが素直で、型の選び方はマーケティングファネルとは?4つの型と使い分け・指標の置き方にまとめています。口コミそのものを測る枠組みはWOM(ワム)とは?口コミマーケティングの意味・手法・効果測定を解説を参照してください。
よくある質問
SIPSとはどういう意味ですか?
電通のサトナオ・オープン・ラボが2011年1月31日に発表した、ソーシャルメディアに対応した消費行動モデル概念です。共感する(Sympathize)、確認する(Identify)、参加する(Participate)、共有・拡散する(Share & Spread)の頭文字を取っています。
SIPSの読み方は何ですか?
一般には「シップス」と読まれます。インテージのマーケティング用語集をはじめ複数の用語集がこの読みを掲載しています。ただし電通の発表リリース本体には読み仮名の記載がありません。
SIPSのPは購買のことですか?
違います。Participate(参加する)であり、購買はその一部です。電通のリリースは「購買行動だけでなくこれらの購買を伴わない行動も『参加(Participate)』と呼びます」と明記しており、コミュニティへの参加やリツイート、いいねも参加に含まれます。
SIPSはAISASに取って代わったモデルですか?
提唱元の説明では取って代わってはいません。同じリリースの注釈で電通は、今後もAISASをコミュニケーションの土台となる重要な消費行動モデルとしてグローバルで提唱するとしたうえで、SIPSは生活者の行動を深掘りした概念だと位置づけています。
通信で使う「sips:」やSIP送信とは関係がありますか?
関係ありません。同じつづりの別概念です。通信分野のSIPSはRFC 3261が定めるSIPS URIを指し、同RFCは An example would be sips:[email protected]. A call made to a SIPS URI guarantees that secure, encrypted transport と記しています。ここで暗号化されるのは発信者から着信側ドメインまで運ばれるSIPメッセージ、つまり呼の制御に使う信号であり、通話の音声データそのものを指しているわけではありません。マーケティングのSIPSとは由来も分野も異なります。
SIPSの解説は電通のサイトで読めますか?
発表当時のリリースには解説ページとして dentsu.co.jp/sips/ のURLが記載されていましたが、このページは現在は表示されません(2026年9月22日時点でHTTP 404を確認)。原典として参照できるのは、電通のニュースリリースPDF(2011年1月31日)です。