アドボカシー・マーケティング(advocacy marketing)は、企業が顧客の代弁者(アドボケイト)になり、自社に不利でも顧客にとって最善の選択肢を示すことで信頼を得る戦略です。提唱者はMITスローン経営大学院のグレン・アーバン(Glen L. Urban)で、2004年の論文と2005年の著書で体系化しました。
一方、日本語の解説では「顧客がブランドを推奨してくれる状態をつくる手法」という意味でも使われます。こちらはブランドアドボカシーとも呼ばれ、推奨の向きが原典と逆です。この記事では原典の定義を先に押さえ、2つの意味の違い、進め方、向かない場面まで整理します。
まとめ:アドボカシー・マーケティングの要点
- 原典(アーバン)の定義は「企業が顧客の利益を代弁する」こと。競合製品も含めて最適な選択肢を正直に示し、信頼・ロイヤルティ・購買で報われる、という因果で組み立てられている
- 「顧客がブランドを推奨する」意味の用法はブランドアドボカシーと呼ばれ、英語圏でもadvocacy marketingをこの意味で使う例がある。アーバンの議論では、企業が顧客を擁護した結果として期待されるものに位置づく
- 背景は、インターネットで顧客が比較情報を自力で集められるようになり、プッシュ型の売り込みやリレーションシップマーケティングが効きにくくなったこと
- 進め方の中心は、情報開示・比較支援・顧客利益を優先する推奨ロジックの3つ。測定には「この会社は自社の利益だけでなく私にとって最善のことをしてくれる」と感じる顧客の割合を使う
- 推奨者に報酬や特典を渡して投稿を依頼すると、2023年10月施行のステマ告示の対象になりうる。原典の発想とも逆行する
- 自社製品が比較で明確に劣る局面では、比較情報の開示が短期の売上を直接減らす。導入前に製品力と収益構造を確認する
アドボカシー・マーケティングの意味と原典の定義
アドボカシー・アドボケイトの意味と語源
アドボカシー(advocacy)は「擁護・支持・代弁」、アドボケイト(advocate)は「擁護者・代弁者」を指す英語です。語源辞典Online Etymology Dictionaryによると、advocateはラテン語 advocare(ad「〜へ」+vocare「呼ぶ」)の過去分詞 advocatus「助けに呼ばれた者、(誰かに代わって)弁論する者」に由来し、14世紀半ばには法廷で弁論する者を指していました。advocacyは14世紀後半から「弁護・支持・推奨する行為」の意味で使われています。
語源の中心は「誰かの側に立って声を上げる」ことです。日本語では福祉分野の権利擁護や、NPOの政策提言(ロビイングに近い活動)にもアドボカシーという語が使われますが、マーケティングで使うときは「顧客の側に立つ」という意味が核になります。政策提言としてのアドボカシーはロビイング(ロビー活動)の意味と日本の法制度で扱っています。
グレン・アーバンの定義と企業による顧客利益の代弁
アーバンはMIT Sloan Management Reviewの論文「The Emerging Era of Customer Advocacy」(2004年冬号、第45巻2号、77〜82ページ)で、先進的な企業の取り組みを次のように説明しています。
They are providing customers with open, honest and complete information — and then finding the best products for them, even if those offerings are from competitors.
つまり、顧客にオープンで正直かつ完全な情報を提供し、たとえ競合の製品であっても顧客にとって最適な製品を見つける、という行動です。同論文はこれを「顧客の最善の利益を代表し、事実上その代弁者になる」ことだと述べ、狙いを次の因果で示しています。
- 企業が顧客を代弁すれば、顧客は信頼・ロイヤルティ・購買で報いる(いま、または将来)
- 信頼された企業は、付加価値に対して高い価格を受け入れてもらえる可能性がある
- 信頼した顧客はその企業を他人に勧めるので、新規顧客の獲得コストが下がる
アーバンはこの考え方を学術誌 Journal of Public Policy & Marketing の論考「Customer Advocacy: A New Era in Marketing?」(2005年、第24巻1号、155〜159ページ)でも論じ、2005年に著書『Don’t Just Relate — Advocate!』(Wharton School Publishing)にまとめました。日本語版は『アドボカシー・マーケティング:顧客主導の時代に信頼される企業』(山岡隆志訳・スカイライトコンサルティング監訳、英治出版、2006年11月)です。
ブランドアドボカシーとの違いと推奨の方向
日本語の記事では、アドボカシー・マーケティングを「熱心な顧客(アドボケイト)が自発的に商品を推奨してくれる状態をつくる手法」と説明するものが多く見られます。これは推奨の向きが原典と逆です。原典では企業が顧客を擁護するのに対し、こちらは顧客が企業を擁護することを指しています。英語圏でもこの用法は珍しくなく、Salesforceの解説はブランドアドボカシー(brand advocacy)の別名として「word-of-mouth marketing」「advocacy marketing」を挙げています。どちらの意味も使われている以上、この記事では区別のため、原典の意味を「アドボカシー・マーケティング」、顧客が推奨する側の意味を「ブランドアドボカシー」と呼び分けます。
両者は無関係ではありません。アーバンは著書の第1章で、アドボカシーを企業から顧客への一方的な発信ではなく相互の対話だと述べ、図1-1に「Company Advocates for Consumer and Consumer Advocates for the Firm(企業が消費者を擁護し、消費者が企業を擁護する)」という題を付けています。企業が顧客の利益を代弁すれば、顧客は信頼・購買・継続的なロイヤルティで報い、ほかの顧客にその企業を勧める、という順序です。
つまり原典でも「顧客が企業を擁護する」側面は含まれていますが、それは企業が先に顧客を擁護した結果として位置づけられています。推奨を増やすこと自体を目的に施策を組むと、出発点が逆になり、原典とは別物になります。
| 概念 | 擁護する側→される側 | 企業が主にやること | 主な指標 |
|---|---|---|---|
| アドボカシー・マーケティング(原典) | 企業→顧客 | 比較情報の開示・最適品の推奨 | 「自分に最善のことをしてくれる」と感じる割合 |
| ブランドアドボカシー | 顧客→企業 | 推奨したくなる体験の設計 | 推奨意向(NPSなど)・言及量 |
| ファンマーケティング | 顧客→企業 | ファンとの継続的な関係づくり | ファン層の購入額・継続率 |
| 口コミマーケティング | 顧客→他の顧客 | 口コミが生まれる場と仕組みの用意 | 言及量・センチメント |
| リレーションシップマーケティング | 企業⇔顧客 | 長期的な関係維持・顧客満足 | 継続率・LTV |
社内の従業員がSNSなどで自社を発信する取り組みは従業員アドボカシー(employee advocacy)と呼ばれ、これも推奨の向きは「企業の内側→外部」です。原典のアドボカシー・マーケティングとは別の施策として扱うと、目的とKPIを取り違えずに済みます。熱心な顧客との関係づくりはファンマーケティングの意味・手法・事例、口コミの設計は口コミマーケティング(WOM)の手法と効果測定で詳しく扱っています。
アドボカシー・マーケティングが生まれた背景
アーバンは前述のSMR論文で、マーケティングの重心が移ってきた流れを次のように整理しています。数十年にわたりプッシュ型のマーケティングで製品を売り込み、1990年代には「カスタマーケア」や「顧客を喜ばせる」を掲げるリレーションシップマーケティングへ移った。しかし顧客が自分のニーズに最適な製品を選ぶ力が強まるにつれ、こうした手法の効果が落ちている、という見立てです。
原因として挙げているのがインターネットです。JPPMの論考では、オンラインで信頼できるアドバイザーと顧客の対話を観察する研究を通じて、消費者行動に「大きな変化(sea change)」が起きており、顧客が購買において新しい力を得たと気づいた、と書いています。価格や仕様を比較サイトや口コミで自力で調べられる顧客に対しては、都合のよい情報だけを見せる売り方が見抜かれやすくなります。企業側から先に正直な比較を示すほうが合理的になった、というのが原典の出発点です。
アーバンは著書で、この段階を「アドボカシーのピラミッド」として示しています。土台が総合的品質管理(TQM)と顧客満足、中段がリレーションシップマーケティング、頂点がアドボカシーです。自社製品を正直に推奨するには推奨に値する製品が必要なので品質が土台になり、顧客ごとに推奨を個別化するためにCRMの仕組みが中段で支える、という構造です。
顧客の側から見ても、知人からの推奨は信頼される情報源です。ニールセンが2021年9月に世界の消費者4万人超を対象に実施したTrust in Advertising調査では、回答者の88%が「知っている人からの推奨」を最も信頼すると答えました。信頼した顧客が周囲に勧めることで獲得コストが下がる、という原典の想定は、この数字とも整合します。
原典の主張は「満足させる」「関係を深める」の延長ではなく、売り手と買い手の情報格差が縮んだことへの対応である点が、リレーションシップマーケティングとの違いです。顧客との長期関係の基本はリレーションシップマーケティングの定義と概念を参照してください。
原典の事例:競合製品まで勧めた企業
アーバンの研究は、1997年にGeneral Motors(GM)の資金提供で始まったMITのプロジェクトが出発点です。目的は、顧客が最適なピックアップトラックを選べるよう支援する仮想アドバイザーのサイト「Truck Town」をつくることでした。
SMR論文では、GMが共同スポンサーとなったWebサイトが、予算や欲しい機能などを質問したうえで8つの候補を提示し、その中にGM以外のメーカーの車も含めていた例を挙げています。自社の車だけを並べないことで、提案そのものを信頼してもらう設計です。MITが公開しているアーバンらの別の論文は、GMのオンラインツール「Auto-Choice-Advisor」を、訪問者に偏りのない助言を提供する試みとして紹介しています。同論文は通信業界の例として、Qwest Communicationsが競合を含む複数の料金プランから顧客に合うものを選ぶ仮想アドバイザーを開発中だったことにも触れています。
保険業界ではProgressiveが早い例です。同社の公式沿革によると、1994年に通話料無料・24時間対応の自動車保険料比較サービス「1-800-AUTO-PRO」を導入し、自社の見積もりに加えて主要な競合保険会社最大3社の保険料も消費者に示しました。アーバンの著書もProgressiveを取り上げています。
どちらの例にも共通するのは、比較の場を企業自身が用意し、そこで自社が選ばれなくても構わないという前提に立っている点です。顧客は「この会社の推奨なら偏っていない」と判断できるので、自社が選ばれた場合の納得感が高まります。
アドボカシー・マーケティングの進め方
原典の考え方を実務に落とすと、次の順で組み立てることになります。
- 比較される前提で情報を開示する:価格・仕様・向かない用途を自社サイトで先に示す。競合と比較した表を出すなら、自社が劣る項目も載せる
- 顧客の条件から推奨するロジックを持つ:予算・用途・既存環境を聞き、その条件で最適な選択肢を返す。条件次第では下位プランや他社製品を勧める判断を営業・サポートに許可する
- 推奨の受け皿を用意する:信頼した顧客が周囲に勧めやすいよう、レビュー投稿や紹介の導線を整える。ただし推奨の見返りを条件にしない(次章)
- 信頼を測る:売上やCVRだけでなく、顧客が「この会社は自社の利益だけでなく自分にとって最善のことをしてくれる」と感じているかを定期調査で追う
4つ目の測り方には先例があります。調査会社Forresterはcustomer advocacyを「企業が自社の利益だけでなく顧客にとって最善のことをしている、という顧客側の認識」と定義し、調査で測ってきました。2006年1月9日に発表された調査では、欧州7市場の金融消費者23,095人へ「主取引銀行は、自社の利益だけでなく私にとって最善のことをしてくれる」への同意を尋ねたところ、そう考える人は平均24%にとどまりました。同じ発表では64%が主取引銀行に満足していると答えており、満足度が高くてもアドボカシーの評価は低いことがわかります。満足度調査とは別に、この種の設問を持つ価値はそこにあります。
推奨意向そのものはNPSで測るのが一般的です。計算方法と調査設計はNPS(ネットプロモータースコア)の計算方法と調査のやり方、ロイヤルティ指標全体の選び方は顧客ロイヤルティの測り方と指標が動かない原因で解説しています。
推奨者へのインセンティブとステマ規制
アドボケイト(推奨してくれる顧客)を増やそうとして、紹介報酬・ポイント・商品の無償提供と引き換えにSNS投稿やレビューを依頼する施策はよく使われます。しかし2023年10月1日からは、景品表示法の告示により、一般消費者が事業者の表示だと判別しにくい表示(ステルスマーケティング)が不当表示として規制されています。
消費者庁の運用基準は、事業者が第三者の投稿に対して支払う対価について「金銭又は物品に限らず、その他の経済上の利益(例えば、イベント招待等のきょう応)など、対価性を有する一切のもの」が含まれると定めています。商品を無償提供して投稿を依頼し、第三者が事業者の方針に沿った内容を投稿した場合も、事業者の表示とされる例に挙げられています。一方、試供品を配った結果として第三者が自主的な意思に基づいて投稿した場合などは、事業者の表示にあたらないとされています。
施行後の最初の措置命令は、2024年6月6日の医療法人社団祐真会に対するものです。同法人が運営する診療所が、インフルエンザワクチン接種費用の割引と引き換えにGoogleマップへ星5または星4の投稿を求めた行為が対象になりました。対価と引き換えの推奨は、広告であることを明示しない限り規制の対象になりうると考えるべきです。
実務では、対価を伴う依頼には広告であることの表記を付け、対価のない自発的な推奨とは管理を分けておくのが安全です。告示の詳細はステルスマーケティング(ステマ)の定義・規制・罰則、レビュー施策での実務対応は口コミマーケティングとステマ規制の実務で解説しています。
アドボカシー・マーケティングが向かない場面
原典の戦略は、比較されても選ばれる製品を持つ企業ほど効果が出ます。次の条件に当てはまる場合は、全面的な導入を見送るか範囲を絞るべきです。
- 自社製品が主要な比較軸で明確に劣る:正直な比較を示すほど顧客は他社を選ぶ。先に製品の改善が必要
- 短期の販売目標で評価される組織:他社製品や下位プランを勧めた営業が評価で不利になるなら、推奨ロジックは現場で使われない。評価制度を変えずに導入すると形だけの比較表が残る
- 推奨の数を増やすことが目的になっている:紹介報酬やレビュー特典で推奨を集める施策は、原典の「顧客の利益を優先する」と逆向きで、規制リスクも抱える
- 比較情報を正確に保てない:競合の価格や仕様は頻繁に変わる。古い比較表は誤認を招き、信頼を失う原因になる。更新担当と更新頻度を決められないなら比較表は出さない
アドボカシー・マーケティングを学べる書籍
原典に当たるなら、アーバン本人の著作が第一の選択肢です。日本語で読める関連書も含めて、著者・訳者、出版社、刊行年月を一覧にします。
| 書名 | 著者・訳者 | 出版社・刊行 |
|---|---|---|
| Don’t Just Relate — Advocate! | Glen L. Urban | Wharton School Publishing・2005年 |
| アドボカシー・マーケティング:顧客主導の時代に信頼される企業 | グレン・アーバン著/山岡隆志 訳/スカイライトコンサルティング 監訳 | 英治出版・2006年11月(ISBN 4-901234-95-1) |
| 顧客の信頼を勝ちとる18の法則:アドボカシー・マーケティング | 山岡隆志 | 日本経済新聞出版社・2009年9月(ISBN 978-4-532-31474-3) |
論文で概要を押さえるなら、MIT Sloan Management Review 2004年冬号の「The Emerging Era of Customer Advocacy」を読むと、GMの事例と背景をまとめて確認できます。
よくある質問
アドボカシーとはどういう意味ですか?
英語の advocacy で「擁護・支持・代弁」を意味します。ラテン語 advocare(〜へ呼ぶ)が語源で、もとは誰かに代わって法廷で弁論することを指しました。マーケティングでは「顧客の側に立つ」意味で使われます。
アドボケイトとアドボカシーの違いは何ですか?
アドボカシーは擁護・代弁する「行為」、アドボケイト(アドボケート)はそれを行う「人」です。原典のアドボカシー・マーケティングでは企業が顧客のアドボケイトになり、ブランドアドボカシーの文脈では企業を推奨する顧客をアドボケイトと呼びます。
アドボカシー・マーケティングとファンマーケティングの違いは?
原典のアドボカシー・マーケティングは企業が顧客の利益を代弁する戦略で、ファンマーケティングは企業を支持するファンとの関係を深めて売上につなげる手法です。擁護の向きが逆で、ファンマーケティングはむしろブランドアドボカシーに近い考え方です。
ブランドアドボカシーとは何ですか?
顧客がブランドを支持し、自発的に周囲へ推奨している状態や、その状態を増やす取り組みを指します。アーバンの議論では、企業が顧客の利益を代弁した結果として生まれるものと位置づけられています。
アドボカシーの度合いはどう測りますか?
原典の意味で測るなら、「この会社は自社の利益だけでなく自分にとって最善のことをしてくれる」と感じる顧客の割合を定期調査で追います。Forresterが金融機関の調査で使ってきた設問がこの形です。顧客が他人に勧める意向(ブランドアドボカシー)を測るならNPSが一般的です。
アドボカシー活動の具体例は?
マーケティングでは、自社製品だけでなく他社製品も候補に含めて比較・推奨するアドバイザーツールが代表例です(アーバンが挙げたGMの車選びサイトなど)。マーケティング以外では、福祉の権利擁護や、NPOが政策の変更を働きかける政策提言もアドボカシー活動と呼ばれます。