人事労務

SECIモデルとは?ナレッジマネジメント理論における知識創造フレームワークの基礎知識と重要性

目次

SECIモデルとは?ナレッジマネジメント理論における知識創造フレームワークの基礎知識と重要性

SECIモデルとは、一橋大学の野中郁次郎氏らによって提唱された、組織における知識創造のフレームワークです。名称の「SECI」は、共同化(Socialization)・表出化(Externalization)・連結化(Combination)・内面化(Internalization)という4つのプロセスの頭文字で、社員の暗黙知を形式知に転換し、再び暗黙知へと内面化する知識変換の循環的仕組みを示します。このモデルの核となるのは、言語化できない個人固有の知見(暗黙知)こそがイノベーションの源泉であり、それを組織全体で共有・活用することで新たな知識が生まれるという考え方です。実際、SECIモデルではこれら4プロセスを螺旋状に繰り返すことで、知識はチーム・部署・組織へと拡大する「知識スパイラル」が形成されると説明されています。たとえばSECIモデルの理解は、ナレッジマネジメントや組織学習の基礎理論として企業や教育現場で広く取り入れられています。

SECIモデルの定義とプロセス概要

SECIモデルは、暗黙知と形式知の相互変換を通じて組織的な知識創造を説明する理論モデルです。具体的には、まず共同化(Socialization)の段階で、個人の暗黙知を体験や共有を通じてグループに移転させ、チームの暗黙知を創造します。次に表出化(Externalization)では、個人の暗黙知を言語や図式で表現し形式知へ転換します。さらに連結化(Combination)では、既存の複数の形式知を組み合わせて体系的な形式知を創造し、より高度な知識体系を構築します。最後に内面化(Internalization)では、新たに得た形式知を研修や実践で反復することで個人の暗黙知へと取り込みます。これらのプロセスを継続的に回すことで、暗黙知と形式知は相互に高め合い、組織に新しい知見が蓄積されていきます。

提唱者と誕生の経緯

SECIモデルは1990年代に、経営学者の野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)と竹内弘高氏によって提唱されました。彼らが共著した著書「Knowledge-Creating Company」(邦訳:「知識創造企業」)で初めて体系化され、日本企業における暗黙知活用の先進事例として世界的に注目を浴びました。野中氏らは欧米の企業と比べ、日本企業が現場の知見(暗黙知)を形式知に転換しやすい文化を持つことに着目し、そのメカニズムをSECIモデルとして整理したのが背景です。この提唱により「組織的な知識創造」への注目が高まり、グローバル化と技術革新の時代に知識経営(ナレッジマネジメント)の重要性が広く認識されるようになりました。

知識創造理論としての重要性

SECIモデルの画期的な点は、従来の経営理論が情報処理や形式知の整備に重点を置いていた中で、「個人の持つ暗黙知を活用する」ことを強調したことです。野中氏らは、企業の競争力源泉は情報ではなく新たに生み出される知識にあるとし、暗黙知の組織的な共有と転換プロセスがイノベーションにつながると指摘しました。企業において、経験豊富なベテラン社員のノウハウや“勘”など暗黙知が形式知化されれば、業務効率化や若手育成、新規事業開発などさまざまな効果が期待できます。このように、SECIモデルは知識を単なるストックではなく動的に創造・伝搬させる理論として、今日のナレッジマネジメント実践に大きな示唆を与えています。

ナレッジマネジメントへの応用

ナレッジマネジメントとは、組織内の知識(特に個人の暗黙知)を共有・活用して組織能力を高める手法です。SECIモデルはまさにその中核を担うフレームワークであり、個人の暗黙知を誰もが理解できる形式知に変換する仕組みを体系化しています。たとえば、熟練社員のノウハウを日報やマニュアルに言語化して共有することはSECIの「表出化」にあたり、その後の実践で経験を積むことで新たな暗黙知が生まれる「内面化」へとつながります。実際、SECIモデルを意識した取り組みにより、組織学習サイクルが強化され、生産性や創造性が向上した企業事例も報告されています。SECIモデルは、知識をコストではなく組織資産と捉えて活用するための基本理論として、企業のナレッジマネジメント実践に不可欠な概念となっています。

企業にもたらす効果とメリット

SECIモデルを実践することで、組織内で暗黙知を形式知化し共有する基盤が整い、企業活動に多くのメリットが生まれます。たとえば、ベテラン社員の経験をマニュアルに落とし込めば、後進の人材育成が効率化し、属人化の防止やプロジェクトの立ち上げ期間短縮につながります。また、各部署で得た知見を組み合わせる「連結化」により、新たなサービスや改善策が創出され、業績向上やイノベーション推進の原動力になります。さらに、学習した知見を実務に定着させる「内面化」によって、個人のスキルや業務ノウハウが継続的に組織に蓄積されるため、組織全体の競争力や生産性が高まります。こうしたSECIモデルの活用による好循環は、組織学習を深め、企業文化の強化にも寄与するとされています。

SECIモデル提唱の背景と目的:日本企業の競争力を支える知識創造の狙い

SECIモデルが提唱された背景には、1990年代以降の企業を取り巻く環境変化があります。グローバル競争の激化やバブル崩壊後の経営再建の中で、各企業は技術や市場だけでなく「現場に蓄積された知識(暗黙知)」をいかに活かすかに注目しました。こうした中、野中氏らは日本企業に特有の暗黙知活用文化に着目し、暗黙知を形式知へと変換することでイノベーションを生むメカニズムを理論化しました。提唱当時、日本企業はOJTや職人技といった暗黙知によるノウハウ伝承が長けていましたが、それらを組織資産に変える手法は明確ではありませんでした。SECIモデルは、この課題に対し「知識創造こそが競争力の源泉である」という視点で答えを示し、企業の継続的な学習と成長を目的に設計されたのです。

知識創造理論の誕生背景

SECIモデルのルーツは、1980~90年代のナレッジマネジメント研究にあります。野中氏らは、日本企業が暗黙知を効果的に活用し、それを形式知へと転換する優れた能力を持つ点に着目しました。彼らは知識を単なる情報ではなく「創造の源泉」と捉え、1985年の論文や1995年の著書でその知見を発表しました。特に1995年出版の『Knowledge-Creating Company』では、SECIモデルを駆使して組織が暗黙知を共有し、新しい知識を生み出す様子を説明しており、これは以降のナレッジマネジメント研究に大きな影響を与えました。

企業競争力における暗黙知の位置づけ

当時の研究では、多くの企業が情報処理やドキュメント管理に注力する一方で、「匠の技」など形にしづらい暗黙知をどう継承・活用するかは課題でした。野中氏らは、企業の競争優位は既存情報の効率化ではなく、新たな知識創造にあると考えました。その結果、暗黙知の組織的共有と暗黙知→形式知への変換プロセスを重視するSECIモデルを提唱。これにより、暗黙知が形式知へと循環し、組織全体のイノベーション力が底上げされる仕組みが明らかになりました。

『知識創造企業』出版とSECIモデル

SECIモデルは、野中氏と竹中弘高氏の共著『Knowledge-Creating Company』(1995年)で世に広まりました。この著作は世界10カ国語以上に翻訳され、日本企業のユニークな知識創造プロセスとして経営学に大きな衝撃を与えました。同書の出版を機に、世界中の企業や研究者がSECIモデルに注目し、多くの企業で知識マネジメントや組織学習の導入が進みました。SECIモデルは学術理論でありながら実務にも直結し、企業現場で暗黙知活用の指針として利用されるようになりました。

イノベーション促進の視点からのSECI

SECIモデルの目的は、暗黙知を循環させることで組織に継続的なイノベーションをもたらすことです。企業内で暗黙知が共有されると、従来見落とされがちだった洞察や工夫が形式知化され、新しい製品開発や業務改善のアイデアとなります。また、四つのプロセスを繰り返す中で知識のレベルが上がり、組織全体の学習能力が高まります。このようにSECIモデルは、単に知識を記録するだけでなく、知識を活性化させて価値創造につなげるイノベーション促進の理論といえます。

SECIモデルの4つのプロセス概要(共同化・表出化・連結化・内面化)の全体像と知識スパイラル

SECIモデルは4つのプロセスを通じて知識を創造するフレームワークです。具体的には、暗黙知→暗黙知、暗黙知→形式知、形式知→形式知、形式知→暗黙知という4つのモードを螺旋状に繰り返します。このサイクルを通じて、個人の暗黙知はチームや部署へと伝播し、組織の知識が螺旋的に拡大していくのが特徴です。

共同化プロセスの概要

共同化(Socialization)は、共通の体験や共同作業を通じて暗黙知を共有するプロセスです。言葉では伝えづらい直感や技能は、先輩の仕事を「見て覚える」見習い制度やOJTなどで移転します。たとえば、職人が弟子に匠の技を見せて習得させる場面や、若手社員がベテラン社員に同行して仕事を学ぶOJTが共同化に該当します。共同化プロセスでは、暗黙知を持つ個人同士が同じ経験を共有することで、言語化されていない知恵や感覚がグループに伝わります。

表出化プロセスの概要

表出化(Externalization)は、個人の暗黙知を言葉や図式で表現し形式知に変換するプロセスです。ここではメタファーやアナロジーを用いて抽象的なアイデアを明確化します。たとえば、会議やワークショップで個人の経験を言語化し、仕様書やマニュアルを作成するのが表出化です。SECIモデルでは、この表出化こそが「知識創造の真髄」とも呼ばれています。表現された形式知は、組織内で共有されやすく、新たな気づきの基盤となります。

連結化プロセスの概要

連結化(Combination)は、既存の複数の形式知を組み合わせて体系化された新たな形式知を生み出すプロセスです。具体的には、各部署から集めたデータや報告書などの形式知を再整理・統合します。たとえば、営業部門の販売データと技術部門の開発知見を組み合わせて新製品戦略を策定したり、顧客アンケートと製品仕様を結び付けて改良策を導出するのが連結化です。連結化では形式知同士を組み合わせることで、より包括的で汎用性の高いナレッジが創造されます。

内面化プロセスの概要

内面化(Internalization)は、形式知を個人の暗黙知へ取り込むプロセスです。言語化・共有された知識を学習し、実践を通じて身体化する段階です。たとえば、マニュアルを読みながら新しい作業を繰り返し実施し、徐々に自分の技能として定着させるのが内面化です。内面化によって習得された暗黙知は、今後の共同化プロセスで他者に伝えられたり、新たなアイデアの源泉となったりします。

知識スパイラルの考え方

SECIモデルでは、これら4プロセスを繰り返すことで組織的な知識の螺旋的成長が起こるとされます。最初は一人の暗黙知が形式知化され、さらにそれが別の暗黙知へと内面化されることで組織全体の知識ベースが拡大します。例えば、開発部門で得たノウハウが営業部での学習を通じて暗黙知となり、さらに新製品企画に活かされる…といったように、SECIモデルは知識が組織内を螺旋状に伝播し続けるプロセスを描いています。結果として、継続的に知識循環が回ることで企業全体のイノベーション力が高まっていくと考えられています。

各プロセスの具体的な内容と事例:共同化・表出化・連結化・内面化の実践例

前述の4つのプロセスは、実際の企業活動でさまざまな形で実践されています。例えば、共同化では経験の共有、表出化では会議やマニュアル作成、連結化ではデータや情報の統合、内面化ではトレーニングがそれぞれ行われます。以下に各プロセスの具体例を示します。

共同化プロセスの具体例

共同化(Socialization)の例としては、OJT(On-the-Job Training)や現場同行研修が挙げられます。新人社員が先輩と一緒に現場作業をすることで、先輩の知見や勘を肌で感じ取り吸収します。また、社内懇親会やランチミーティングで気軽に業務の裏話を共有したり、取引先や顧客を訪問して直接話を聞くことも共同化に当たります。これらの場では暗黙知を持つ人同士が心理的障壁なく交流し、実際に体験したり観察したりすることで暗黙知が共有されます。

表出化プロセスの具体例

表出化(Externalization)では、個人が蓄えているノウハウを言語化・可視化します。具体例としては、会議やワークショップで個別の経験談を話し合ったり、それを手順書や業務マニュアルにまとめることが挙げられます。たとえば、営業担当が取引先との商談経験を社内会議で共有し、その内容を提案書やFAQに反映させることで、チーム全体の知識資産とします。SECIモデルでは、この表現を通じた暗黙知の形式知化こそが知識創造の最も重要な段階とされています。

連結化プロセスの具体例

連結化(Combination)の例としては、社内のデータやドキュメントを横断的に統合することが挙げられます。たとえば、顧客管理システムと営業報告書、開発部門の技術資料など異なる形式知を組み合わせて新たな分析を行うケースです。また、他部署が共有した顧客ニーズ情報を自部門の業務プロセスに取り入れることで、新しいサービス企画や効率化案が生まれます。これにより、個別に蓄積された知識同士が結合され、個々では見えなかった洞察が創出されるのが連結化の狙いです。

内面化プロセスの具体例

内面化(Internalization)の例には、研修や実務経験を通じて形式知を自分の暗黙知にする活動があります。たとえば、新たに導入した業務システムのマニュアルを学習し、現場で実際に使い込んで使い方を身につけるといったケースです。これにより、マニュアルで得た知識が「使える技能」として個人に定着します。さらに、こうして身につけた暗黙知は、その後のプロジェクトで新商品開発や業務改善のアイデアとして活用される可能性があります。内面化は、学習した形式知を行動や経験に落とし込み、個人の暗黙知を更新する重要な段階です。

知識スパイラルの実践イメージ

以上のプロセスを繰り返すことで知識は螺旋的に高まります。例えば、製造現場でエンジニアが得た技能(暗黙知)をOJTで共有→手順書化(形式知)→改善策を試行→再びエンジニアが気づきを得る…といったサイクルです。各プロセスが連動し、知識が個人から組織へ、組織から個人へと絶えず拡大・深化していく様子が「知識スパイラル」の具体例と言えます。

暗黙知と形式知の違いと関係性:SECIモデルにおける二つの知識タイプ

SECIモデルの前提となるのが、「暗黙知」と「形式知」という二つの知識の区別です。暗黙知とは、熟練者の経験や勘など言語化が難しい個人固有の知見を指します。一方、形式知は文書やデータ、マニュアルなど言語化・共有可能な知識です。SECIモデルでは、両者が相互に作用することで新しい知識が生まれると考えます。すなわち、暗黙知を言葉やモデルで表現して形式知に変換することで組織に共有し(表出化)、さらにそれを学び直して個人が新たな暗黙知とする内面化を繰り返します。こうして暗黙知と形式知は絶えず往復し、知識が組織全体を巡ります。

暗黙知の定義と特徴

暗黙知は、職人の技や営業の“コツ”のように、経験を通じて身についたノウハウ・勘・価値観などであり、「言語化できない」「他者に伝えづらい」点が特徴です。暗黙知には、個人の直感や感覚が含まれ、企業に属人化リスクをもたらしがちですが、その一方で競争優位の源泉ともなります。SECIモデル提唱者は、この暗黙知こそ企業の新しいアイデア創出に不可欠と考え、組織的な共有を重視しました。

形式知の定義と特徴

形式知は、マニュアル・ドキュメント・データベースなどに言語化され、誰でも理解・共有できる知識です。売上データや手順書、Q&A集などが該当します。形式知は情報として蓄積されるため、組織的に管理・分析がしやすい一方、暗黙知ほど柔軟性や創造性には欠けることがあります。SECIモデルでは、暗黙知から形式知へと変換することで、組織全体にとって価値のある共有知識が生まれるとされます。

相互変換の仕組み

SECIモデルにおいては、暗黙知と形式知は固定的なものではなく、相互に変換可能と見なします。暗黙知を形式知にする過程が「表出化」、形式知を暗黙知にする過程が「内面化」です。たとえば、営業現場の「顧客対応のコツ」を会議で共有し議事録にまとめれば形式知化され、後輩は議事録を読むことでそのコツを身につけることができます。このように、双方を連携させることで組織はより豊富な知識を獲得できます。

暗黙知と形式知の具体例

具体例としては、暗黙知の例に「匠の手の感覚」「営業担当が顧客との信頼を築く方法」など、形式知の例に「製品マニュアル」「社内FAQ」などがあります。SECIモデルでは、これらの例を相互に変換することで知識創造が促されると考えます。たとえば、ベテラン技術者の暗黙知を図解付きマニュアルにすることで、新人教育の形式知となり、結果として組織全体の技能レベルが向上します。

両者を活用した戦略

企業戦略としては、暗黙知を形式知化して共有基盤に蓄積し、必要に応じて活用する仕組みが重要です。これにより、個人に依存しないナレッジベースが構築されます。一方で、すべてを形式知化できるわけではないため、暗黙知を共有する場(共同化・表出化)や経験学習(内面化)を意識的に取り入れ、暗黙知の価値も組織で引き出す戦略が求められます。SECIモデルはこうした両者のバランスを取る指針を提供します。

SECIモデルとナレッジマネジメントの関係:組織的知識活用を促進するフレームワーク

SECIモデルはナレッジマネジメントの基礎理論と位置づけられています。ナレッジマネジメントの目的は、組織内に散在する知識を共有・活用して組織能力を高めることであり、SECIモデルは特に暗黙知のマネジメントに焦点を当てた手法です。つまり、SECIはナレッジマネジメントにおける知識変換サイクル(暗黙知から形式知へ、形式知から暗黙知へ)を具体化したフレームワークで、企業が戦略的に知識を資産化する際に必須の考え方となります。

ナレッジマネジメントとは

ナレッジマネジメントは、組織内の個々人の知識(ノウハウ)を体系化・共有し、組織学習やイノベーションを促す経営手法です。キーワードは暗黙知の共有と形式知化であり、組織全体で知識を蓄積・利用する土壌づくりが重要です。近年ではITツールの活用も進み、情報技術と人材育成を組み合わせてナレッジマネジメントを推進する企業が増えています。

SECIモデルの位置づけと役割

SECIモデルは「組織的知識創造」のフレームワークとして、ナレッジマネジメントの中核を担います。具体的には、暗黙知を形式知化し組織内に蓄積したり、形式知を再び人が学び直して知識を循環させたりするプロセスを示し、組織の知的資産の増大サイクルを設計します。このため多くの企業がSECIモデルを基盤に、KMシステムやナレッジ文化の構築を図っているのです。

組織の知識活用戦略とSECIモデル

実務では、SECIモデルを念頭に置くことで知識活用戦略が明確になります。たとえば、部署横断型ワークショップで共同化を促進し、アイデア創出の土台をつくります。また、ナレッジベースやデータ分析で連結化を強化して意思決定を支え、eラーニングやOJTで内面化を支援します。SECIモデルに沿ったこうした取り組みは、ナレッジマネジメントを実践する上での具体的な行動計画となります。

ナレッジマネジメントの課題とSECI

一方で、ナレッジマネジメントが抱える課題(例:暗黙知の捕捉難、活用不足、継続運用の難しさ)に対し、SECIモデルは解決策のヒントを提供します。暗黙知の共有は心理的な障壁を伴うため、創発的なコミュニケーション機会(創発場)や対話場の設計が重要です。また、形式知化と内面化が繰り返される循環構造は、組織を学習する組織へと進化させる視点を示し、KM活動を運用に落とし込むためのガイドになります。

SECIモデルにおける「場(Ba)」の概念と重要性:知識創造を支える4つのコンテクスト

SECIモデルでは、知識創造の各プロセスを支える「場(Ba)」が重要視されます。Baとは知識を生み出す文脈(コンテクスト)を指し、物理的な場所だけでなくオンラインの会議や心理的な共有体験なども含みます。野中氏らは、SECIの4プロセスに対応する創発場(共同化の場)、対話場(表出化の場)、システム場(連結化の場)、実践場(内面化の場)の4つのBaを提唱しています。各Baは、それぞれのプロセスが効果的に機能するための環境・仕組みを提供します。

「場(Ba)」とは何か

場(Ba)は、知識が生まれる文脈・場面のことです。これは単に会議室やオフィスという物理空間だけでなく、オンラインミーティングやソーシャルメディア、共有体験、価値観、文化といった無形のコンテクストも含みます。重要なのは、その場に参加する人々の相互作用を通じて新たな意味や知識が創造される点です。つまり、知識は人々の共同作業やコミュニケーションを通じて生まれるものであり、その背景にある場を適切に設計することが知識創造には不可欠と考えられています。

創発場(共同化の場)の特徴

創発場は共同化プロセスのための場で、暗黙知を共有するためのリラックスした交流の場です。具体例としては、オフィスのオープンスペース、社内懇親会、休憩室の立ち話など、フォーマルでない会話や共同作業が自然発生する環境が挙げられます。創発場では、肩書きに関係なく自由に意見交換ができる雰囲気が求められ、信頼関係の構築や気づきの共有が促されます。このように他者の暗黙知を直接感じ取る場があることで、共同化プロセスは初めて成立します。

対話場(表出化の場)の特徴

対話場は表出化プロセスを促す場で、暗黙知を形式知に変えるための意図的なディスカッションやワークショップの場です。ここでは異なる専門性や視点を持つメンバーが集まり、自由な発想で議論することが重視されます。例えば、プロジェクトチームの合宿やブレインストーミングセッション、共創ワークショップなどが対話場の例です。対話場には明確な目的意識が必要で、知識を形にするためにファシリテーションや資料作成など準備された環境が整えられます。対話場の場づくりによって、個人の暗黙知が外に引き出され、組織的な形式知が生まれやすくなります。

システム場(連結化の場)の特徴

システム場(体系場)は連結化プロセスのための場で、組織内の形式知同士が結びつきやすくなる仕組みが整えられます。具体的には、イントラネットやデータベース、ナレッジ管理システムなど、情報を共有・集約・分析できるIT環境がシステム場にあたります。また、社内SNSや共有ドキュメントもシステム場の例です。これらのツールは、異なる部署が持つデータやノウハウを集めやすくし、必要な時に迅速にアクセス・連携できるようにします。システム場が充実していることで、連結化プロセスが円滑になり、新しい知識の組み合わせが促進されます。

実践場(内面化の場)の特徴

実践場は内面化プロセスを支える場で、創出された形式知を個人が繰り返し実践する活動の場です。特定の会議室やツールではなく、各自の日常業務空間や作業環境自体が実践場になります。例えば、新システムの運用デスクや新人研修施設も実践場です。実践場のポイントは、学んだ知識や資料を実際の仕事で試行することで、個人の暗黙知が高まる点です。充実した実践場があれば、社員は形式知を元に創意工夫を重ねやすくなり、結果として組織内に豊かな暗黙知が蓄積されます。

企業におけるSECIモデルの実践方法:導入ステップと推進のポイント

企業でSECIモデルを実践するには、まず現状の知識共有体制を把握し、4つのプロセスを継続的に回す仕組みを設計することが重要です。具体的には、暗黙知を引き出す対話の場(創発場・対話場)や、蓄積・共有を支えるITシステム(システム場)を整備します。さらに、社員が形式知を実践できる教育制度や評価制度(実践場の整備)を導入します。例えば、NTT東日本はフリーアドレス制や社内ポータルを活用して創発場・対話場・システム場を整備し、エーザイは社員が患者体験する共同化の場を設けてSECIを実践しています。

導入ステップのポイント

SECIモデル導入にあたっては、まずリーダー層が意義を共有し、社内目標を明確化することが肝要です。次に、各プロセスに対応した組織体制や担当者を決め、必要な場(Ba)とツールを整えます。たとえば、共有可能なドキュメント管理ツールを導入してシステム場を構築したり、共同作業スペースを確保して創発場を促進します。導入後は小規模から試行し、効果を測定・評価して徐々に範囲を拡大するのが効果的です。

現場環境の整備

各プロセスに適した「場」を用意することが成功の鍵です。共同化では気軽に集えるオープンスペース、表出化ではワークショップやミーティングルーム、連結化ではイントラネットやチャットツール、内面化では研修施設やジョブローテーションといった環境を整えます。また、ナレッジ共有を促す社内SNSやポータルサイトの活用も有効です。これらの環境整備により、暗黙知・形式知の相互作用が自然に生まれる仕組みを作ることができます。

組織文化と人材教育

SECIモデルを定着させるには、知識共有を奨励する企業文化が不可欠です。評価制度の見直しやインセンティブ(共有報酬)設計により、情報発信者にもメリットがある体制を整えます。また、新入社員研修や勉強会を通じてSECIプロセスを教育し、従業員が能動的に学び合う風土を育てます。先輩–新人のメンター制度やクロスファンクショナルなプロジェクトチームを組成することも、暗黙知の移転を促進する施策です。

ツール・制度の活用

情報共有をスムーズにするITツールや制度も併用します。具体的には、データベースやSNSを使って文書や知見を蓄積・検索しやすくしたり、オンラインミーティングで資料共有しながら議論することで連結化を支援したりします。また、4プロセスの効果をモニタリングするKPI設定や、達成度に応じた評価制度を導入して活動を促進します。こうしたツール・制度の適切な運用により、SECIモデルの継続的な実践と成果創出が可能になります。

推進体制の整備

最後に、SECIモデルの社内浸透には推進体制も重要です。ナレッジマネジメント部門やプロジェクトチームを設置し、活動状況を統括する担当者を任命します。各部署にナレッジ担当を置くなど横断的な組織体制を構築し、定期的なレビューや改善会議を通じて取り組みをブラッシュアップします。NTT東日本やエーザイの事例にあるように、経営層も巻き込んだ全社的な取り組みと評価制度整備により、SECIモデルの実践が組織の力になります。

SECIモデルの課題・限界と注意点:実践時の落とし穴や留意すべき点

SECIモデルには多くのメリットがありますが、導入時には注意点もあります。最大の課題は「組織全体への浸透の難しさ」です。SECIでは形式知が共有される範囲が部署内にとどまりがちで、横断的なナレッジ共有が進まない恐れがあります。また、SECIモデルは継続的かつ螺旋的なプロセスであり、明確なゴール設定や成果評価が難しいという指摘もあります。これらを放置すると、活動が形骸化してしまうリスクがあります。

運用における一般的な課題

一般にSECIモデルでは、①形式知化した知識が一部の部署で留まる②活動の成果を可視化しづらい③暗黙知保有者の協力が得にくい、などの課題が挙げられます。特に、ベテラン社員の中には自分のノウハウを共有するメリットを実感しにくい人もいます。SECIの導入担当者は、これらを理解し、適切に対策を講じる必要があります。

形式知共有の範囲と目標設定

SECI活動では、どこまでを共有してどのように評価するかを決めておくことが重要です。例えば、「月に1度のナレッジ共有会議実施」「新規アイデア件数」「ナレッジDBへの投稿数」など中間目標を定めて進捗管理します。また、組織文化によっては情報共有に抵抗感がある場合もあるため、部署横断のプロジェクトや共通フォーマットを整備して共有の範囲を自然に広げる工夫が求められます。

暗黙知共有の障壁

暗黙知の共有は心理的な壁も伴います。個人が長年培ってきたノウハウを提供することには抵抗があるため、「なぜ共有が組織にとって重要か」を丁寧に説明し、理解を促すことが必要です。具体的には、成功事例の提示や研修を通じて、暗黙知を共有することが自身や組織に利益をもたらすことを示します。また、インセンティブ(評価制度の見直しや報酬付与)を設定することも有効です。

継続運用のポイント

SECIモデルは一度きりでは効果が出にくいため、継続的に運用する仕組みづくりが重要です。継続化には、成果が可視化できるシステムや定期的な振り返りが必要です。また、推進チームが主導しながら全社に浸透させる努力も欠かせません。途中経過での成果確認や中間目標を設けることで、従業員のモチベーション維持と改善点の把握がしやすくなります。

情報共有に消極的な人への対応

高度な専門知識を持つ社員には情報独占意識が生まれがちですが、そうした抵抗を取り除くには組織的なバックアップが有効です。たとえば、知識共有活動の一環として専門家を講師に招いた勉強会やディスカッションを行い、交流の機会を創出します。また、日常業務に知識共有時間を組み込むなど、業務負荷を調整する仕組みも有効です。目的を共有し、価値を理解させることで、次第に消極的な姿勢も前向きに変わっていきます。

SECIモデル活用の成功事例とまとめ:企業ケーススタディで見る実践効果

実際の企業でのSECIモデル活用事例を見ると、モデルの有効性が具体的に示されています。たとえば、NTT東日本ではリアルとバーチャルの両面で「場」を作り、自由な情報交換を促しています。一方、エーザイは患者との交流活動を「共同化」に位置づけ、新薬開発に活かすユニークな取り組みを行っています。富士ゼロックスも、設計情報共有システムを構築し、現場の技術ノウハウを蓄積・組織化することで品質向上に結び付けました。これらの事例から、SECIモデルは業種業態を問わず応用でき、企業の知識活用に大きく貢献することがわかります。

NTT東日本の事例

NTT東日本の法人営業部では、社内に自由に移動できるオフィスや「クリエイティブゾーン」などを導入し、リラックスしたコミュニケーションスペース(創発場・対話場)を確保しています。また、全社員の日報やプロジェクト情報を共有するWebポータル(システム場)を整備し、暗黙知を形式知に変換・共有しています。これにより、部門横断的な情報交換が進み、新しい提案やサービス開発が促進されています。

エーザイの事例

医薬品メーカーのエーザイでは、患者体験を通じた「共感型共同化」を重視しています。社員が介護施設で高齢者疑似体験をしたり、患者さんとの交流プログラムを実施することで、製薬開発に不可欠な暗黙知(患者視点)を組織で共有しています。さらに、各部門代表によるベストプラクティス発表会(対話場)や、自主申告による内省ミーティング(実践場)を通じて知見を形式知化・共有し、医薬品の研究開発サイクルに新たなアイデアをもたらしています。

富士ゼロックスの事例

富士ゼロックスは製品開発工程にSECIモデルを取り入れています。設計段階から「対話場」を設置し、若手技術者も参加して現場知見を共有する環境を整えました。また、オンラインの設計情報共有システム(システム場)を構築し、全社的に設計・特許・評価データを管理しています。集まった形式知を編集・加工して「品質確立リスト」を作成し、繰り返し学習(内面化)することで現場の品質改善が進みました。

その他の事例と知見

このほか、各社は自社の業務特性に応じてSECIモデルをアレンジしています。経済産業省が推進する「クリエイティブオフィス」では、オフィス空間自体を知識創造の場と捉え、12の知識創造行動(例:ビジョン共有、気づきの記録、異分野交流など)を促進しています。企業事例に共通するポイントは、「知識共有の文化を作ること」「活動を計画的に繰り返すこと」です。SECIモデルは万能な解決策ではありませんが、組織に合った形で導入すれば大きな成果が期待できます。

まとめと活用のポイント

SECIモデルは、組織の知識を循環させて新たな価値を創出する枠組みです。導入・運用の際は「4つのプロセスを継続して回す仕組み」と「知識共有の促進体制」を構築することが重要です。具体的には、プロセスごとの『場』を整え、暗黙知の提供者に対するインセンティブを用意し、必要なツールで情報共有を支援することが挙げられます。本記事を参考にSECIモデルを自社に取り入れ、社員のスキル向上と組織学習の活性化を図ってみてください。

資料請求

RELATED POSTS 関連記事