フィードフォワードは、相手の過去の行動を評価するのではなく、次にどう動けばよいかという提案を伝えるコミュニケーション手法です。人材育成の分野では、エグゼクティブコーチのマーシャル・ゴールドスミスが2002年に発表した小論「Try FeedForward Instead of Feedback」で広く知られるようになりました。ただし、この言葉は制御工学や教育評価でも別の意味で使われており、検索結果には複数の意味が混ざって表示されます。この記事では、人材育成の意味を軸に、フィードバックとの違い、言い換え例文、原典が示す手順、評価面談で効果を検証した実験、使わない方がよい場面を一次資料にもとづいて整理します。
まとめ:フィードフォワードの意味と使いどころの要点
- 意味:これから先の行動について、相手に具体的な提案を渡すことです。過去の出来事の良し悪しには触れません。
- フィードバックとの違い:フィードバックは過去の行動に対する評価、フィードフォワードは次の行動への提案です。受け手は提案を採るかどうかを自分で決めます。
- 原典の手順:変えたい行動を1つ選び、相手から提案を2つもらい、論評せずに聞いてお礼だけ返します。ゴールドスミスの演習では1往復が約2分です。
- 研究の裏付け:従来型の評価面談の代わりにフィードフォワード面接を行った従業員は、4か月後の仕事ぶりが有意に高く評価されました(2015年の現場実験)。
- 使わない場面:安全規則やコンプライアンスの違反、合意済みの基準を繰り返し満たさない場合は、事実を示すフィードバックが先です。
以下、言葉の意味から順に根拠を示します。
フィードフォワードの意味:人材育成・制御工学・教育での3つの使われ方
「フィードフォワード」は英語のfeedforwardで、直訳すると「前へ送る」です。人材育成では将来の行動への提案、制御工学では先回りの操作、教育評価では次の学習への方向づけを指します。後述するAIの用法は、信号が入力から出力へ流れる構造を表します。
人材育成:次の行動への提案を渡すコミュニケーション
人材育成でいうフィードフォワードは、上司・同僚・部下が、相手の今後の行動について提案を伝えることです。ゴールドスミスは2002年の小論で、フィードバックには「すでに起きた過去に焦点を当て、これから起こりうる無数の機会を見ない」という根本的な問題があると指摘しました。自身が1万人以上のリーダーと行った演習をもとに、過去を評価する代わりに未来への提案を交わす方法を示しています。
語の由来については2つの記録があります。ゴールドスミスは同じ小論の脚注で、この語は『The Wisdom of Teams』の著者ジョン・カッツェンバックとの議論で生まれたと書いています。一方、さらに半世紀前の1951年3月、英国の文芸批評家I. A. リチャーズが第8回メイシー会議の講演「Communication Between Men: The Meaning of Language」で、言語の働きを説明する語としてfeedforwardを使っています。メイシー会議はサイバネティクスの議論の場で、その経緯はサイバネティクスの意味と語源で解説しています。会議録には「what I am calling feedforward」という言い回しが残っており、ゴールドスミスより約半世紀早い用例です。ただしリチャーズの用法は言語学習の文脈で、人材育成の手法として広めたのはゴールドスミスです。
日本では、2018年7月に久野和禎『いつも結果を出す部下に育てるフィードフォワード』(フォレスト出版)が刊行され、部下育成の手法として紹介されています。
制御工学の先回り補正とAIの一方向の信号伝達
制御工学のフィードフォワード制御は、外からの変動(外乱)を先に検知して、誤差が出る前に操作量を決める方式です。アズビルの解説では、電気瞬間湯沸かし器で給水や水圧、流量の変動を外乱として測り、出湯温度がずれる前に補正する例が挙げられています。予測が外れると誤差を消せないため、結果を見て修正するフィードバック制御と組み合わせて使うのが一般的です。
AIの分野では、入力から出力へ一方向に信号が流れるニューラルネットワークを「フィードフォワード型」と呼びます。Transformerの各層にある全結合部分もフィードフォワード層と呼ばれ、その位置づけはTransformerの自己注意の仕組みで説明しています。人材育成の用法とは名前が同じだけで、内容は別物です。
教育評価:Hattieのフィードアップ・フィードバック・フィードフォワード
教育の分野では、ジョン・ハッティとヘレン・ティンパーリーが2007年に『Review of Educational Research』77巻1号で発表した論文「The Power of Feedback」の枠組みがよく引かれます。効果的なフィードバックは次の3つの問いに答える必要があるとし、それぞれを次のように名付けました。
| 呼び方 | 問い(原文) | 中身 |
|---|---|---|
| フィードアップ(feed up) | Where am I going? | 目標は何か |
| フィードバック(feed back) | How am I going? | 目標に向けてどこまで進んだか |
| フィードフォワード(feed forward) | Where to next? | 次に何に取り組むか |
この枠組みでは、フィードフォワードはフィードバックと対立するものではありません。目標・進み具合・次の取り組みを問う、相互に関連する3つの問いの1つとして位置づけられています。職場で使う場合も、目標の共有(フィードアップ)と現状の確認を飛ばして提案だけ渡すと、相手は何のための提案か分からなくなります。
フィードバックとの違い:時間軸・発言の中身・受け手の裁量の比較
人材育成でのフィードフォワードとフィードバックの違いを、実務で差が出る観点で並べると次のとおりです。
| 観点 | フィードバック | フィードフォワード |
|---|---|---|
| 時間軸 | すでに起きた行動 | これからの行動 |
| 発言の中身 | 事実・評価・改善点 | 次に試せる提案 |
| 伝え手の条件 | 本人の行動を見ていた人 | その仕事を知っている人なら誰でも |
| 受け手の反応 | 弁明・反論が起きやすい | お礼だけ返す |
| 採否の決定 | 改善を求められる | 受け手が選ぶ |
| 主な場面 | 評価・指導・是正 | 育成・相談・目標設定 |
最も大きな違いは、伝え手の条件です。ゴールドスミスは11の理由の4番目に、フィードフォワードは「その仕事を知っている人なら誰からでも受けられる」ことを挙げています。過去の行動を見ていない他部署の同僚や新しく着任した上司でも提案はできるため、相談相手の幅が広がります。
逆に、フィードバックにしかできない役割もあります。何が基準に届かなかったかを事実で示し、本人と認識を揃えるのはフィードバックの仕事です。ゴールドスミス自身も、小論の結びで「リーダーがフィードバックをすべきでない、業績評価を廃止すべきだと言いたいのではない」と断っています。主張は「日常のやり取りではフィードフォワードの方が勝ることが多い」という範囲にとどまります。フィードバックの伝え方と頻度の設計はリアルタイムフィードバックの意味と逆効果になる条件で扱っています。
フィードフォワードの例:言い換え例文と場面別の使い方
フィードバックをフィードフォワードに言い換える例文5つ
同じ課題でも、過去の指摘を次の行動の提案に置き換えると次のようになります。言い換えのコツは、主語を「あなたは〜だった」から「次は〜してみては」に移し、提案を1つか2つに絞ることです。
| 場面 | フィードバック(過去) | フィードフォワード(次の行動) |
|---|---|---|
| 会議の発表 | 結論が最後まで分からなかった | 次回は最初の1分で結論を言ってみては |
| 報告の遅れ | トラブルの報告が遅かった | 次に予定がずれそうなら、その日のうちに一言ください |
| 顧客対応 | 質問に即答できていなかった | 答えられない質問には回答日を伝えてみては |
| 資料作成 | グラフが多すぎて読みにくい | 次は1枚に伝えたい数字を1つに絞ってみては |
| 後輩指導 | 指示が細かすぎた | 次の案件は目的だけ伝えて、進め方は任せてみては |
提案が「もっと頑張って」「意識を高めて」のように行動に落ちていないと、フィードフォワードとして機能しません。相手が明日そのまま試せる粒度まで具体化することが条件です。
1on1・目標設定面談での使い方
1on1では、部下が自分で「次の1か月で変えたい行動」を1つ挙げ、上司がそれに対して提案を2つ返す形にすると、原典の手順をそのまま持ち込めます。目標設定面談なら、目標を決めた直後に「この目標を達成するために、来週から何を変えるか」を本人に聞き、その行動に提案を添えます。目標と行動をつなぐ枠組みとしてはOKRの基本的な意味と概念のような目標管理手法と組み合わせると、提案が何の目標に向けたものかが明確になります。
新人育成・チーム会議での使い方
新人育成では、仕事を任せる前に「つまずきやすい点」と「その時の対処」を先に伝えるのがフィードフォワードの典型です。対処の選択肢を示したうえで、どれを選ぶかは新人本人に考えてもらいます。チーム会議では、案件の振り返りの最後に「次の案件で1つだけ変えるなら何か」を全員が1つずつ提案する時間を5分取るだけでも実践できます。
ゴールドスミスの原典に沿った進め方:1つの行動と2つの提案
ゴールドスミスが研修で行っていた演習は、全体で10〜15分、1人あたり平均6〜7回の対話をこなす短い形式です。手順は次のとおりです。
- 自分が変えたい行動を1つ選ぶ。変われば仕事や生活に大きなプラスの差が出るものにする。
- 相手と1対1になり、その行動を一言で伝える(例:「もっと人の話を聞けるようになりたい」)。
- 行動を良い方向に変えるための、将来に向けた提案を2つ求める。以前一緒に働いた相手でも、過去についての指摘は禁止する。
- 提案はメモを取りながら聞く。批判はもちろん、「それはいいですね」のような肯定的な論評も一切しない。
- 提案にお礼を言う。
- 役割を交替し、相手の変えたい行動を聞いて、自分が提案を2つ返す。お礼を言われたら「どういたしまして」とだけ返す。
- 相手を替えて、終了の合図まで繰り返す。
受け取る側が提案に論評しないのがこの手順の要です。原典には、参加者の「返事は『ありがとう』しか許されないので、気の利いた返答を考える必要がなく、相手の話を聞くことに集中できた」という声が紹介されています。職場で取り入れるなら論評禁止のルールは残し、提案の採否はその場で伝えず、受け取った後に本人が検討する形にしてください。
研究で確かめられた効果:フィードフォワード面接(FFI)の実験結果
Kluger & Nirのフィードフォワード面接の3段階
ヘブライ大学(イスラエル)のアブラハム・クルーガーとディナ・ニールは、2010年に『Human Resource Management Review』20巻3号(235〜246頁)で「フィードフォワード面接(Feedforward Interview、FFI)」を発表しました。組織開発の手法アプリシエイティブ・インクワイアリーを土台にした面接の手順で、ゴールドスミスの演習とは別系統です。進め方は次の3段階です。
- 成功体験の物語:成果が判明する前から充実感を得ていた仕事の具体的な出来事を語ってもらい、その経験をもう一度したいかも確かめる。
- 成功の条件の特定:その成功を支えた本人・周囲・組織の条件を洗い出す。
- 今後への接続:現在の行動や近い将来の計画が、その条件をどの程度含んでいるかを問う。
論文は、FFIを業績評価面談・採用面接・顧客満足度調査の補完、または代替として使えると位置づけています。相手から提案を受け取るゴールドスミス型と違い、FFIでは本人が自分の成功条件から次の行動を導き出します。
評価面談をFFIに替えた現場実験:4か月後の成績
FFIの効果は、マリー=エレーヌ・バドワース、ゲイリー・レイサム、ラクスミカント・マンループの現場実験で検証されています(『Human Resource Management』54巻1号、2015年、論文「Looking Forward to Performance Improvement」)。カナダの事務機器企業の営業・顧客サービス部門で管理職25人を無作為に2群へ分け、13人は部下とFFIを行い、12人は会社の従来型の業績評価面談を行いました。
結果、FFIを受けた従業員70人は、従来の評価面談を受けた75人よりも、4か月後の仕事ぶりが匿名の同僚の観察で有意に高く評価されました。この実験では、FFI群の管理職が講義・討議・ロールプレイを含む2.5時間の研修を受けて面接を実施しており、単に面談の呼び方を変えた結果ではありません。ただし対象は1社の実験で、職種も限られています。自社の評価制度へ組み込む際は、人事評価制度の3本柱と評価手法の種類のどこに位置づけるかを決めてから、一部の部署で試すのが妥当です。
フィードバックが逆効果になる条件との関係
フィードフォワードが研究者に注目された背景には、フィードバックの限界を示したデータがあります。クルーガーとアンジェロ・デニーシは1996年のメタ分析で607の効果量(23,663観測)を統合し、フィードバック介入は平均では成績を上げる(d=0.41)一方、3分の1超ではむしろ成績を下げていたと報告しました。注意が課題から「自分がどう評価されたか」に移ると、成績が落ちやすくなります。過去の評価を介さずに次の行動へ注意を向けるフィードフォワードは、この落とし穴を避ける手段として提案されています。
フィードフォワードを使わない方がよい場面:安全・コンプライアンス・評価の通知
フィードフォワードは万能ではありません。次の場面では、提案から入るとかえって問題が見えなくなるため、先に事実を示すフィードバックを行います。
- 安全規則やコンプライアンスの違反:何が規則に反したかを明確に伝える必要があります。「次はこうしてみては」という提案形では、違反の重さが伝わらず、採否を本人に委ねる形にもなってしまいます。
- 合意済みの基準を繰り返し満たさないとき:同じ提案を何度渡しても行動が変わらないなら、基準と実績の差を事実で示し、認識を揃える段階に戻ります。
- 評価結果や処遇を伝える面談:評価の根拠となった事実を説明する責任があります。評価の説明を省いて未来の話だけをすると、本人は納得の材料を得られません。
- 相手が求めていない一方的な提案:着任直後の上司から一方的に提案が続くと、遠回しの批判と受け取られることがあります。まず相手が変えたい行動を本人に挙げてもらう原典の形を守ります。
判断基準は「その行動を、本人が選んでよいかどうか」です。本人が選んでよい行動ならフィードフォワード、選択の余地がない基準ならフィードバックを使います。両者は置き換えではなく使い分けです。前向きな提案の積み重ねで本人の自信を育てたい場合は、エフィカシーの意味と4つの高め方もあわせて参考になります。
よくある質問
フィードフォワードとフィードバックはどちらを使えばよいですか?
日常の育成や相談ではフィードフォワード、規則違反や評価の説明ではフィードバックが基本です。ゴールドスミス自身も、フィードバックや業績評価を廃止すべきだとは言っていません。教育評価の枠組み(Hattie & Timperley、2007年)でも、目標の確認、進み具合の評価、次の一手を関連づけて扱いますが、順序は固定されていません。現状を事実で確認してから、次の行動を提案する流れが実務では使いやすい形です。
フィードフォワードとアドバイスの違いは何ですか?
次の行動を提案する点ではアドバイスと同じです。違いは手順にあります。原典のフィードフォワードでは、変えたい行動を受け手が自分で選び、伝え手は提案を2つに絞り、受け手は論評せずお礼だけ返します。一般的なアドバイスは、助言する側が課題を見つけて伝えることが多く、過去の失敗の指摘を伴うこともあります。
フィードフォワードの例を一言で言うと?
「結論が最後まで分からなかった」という指摘を、「次回は最初の1分で結論を言ってみては」と、明日試せる行動の提案に言い換えるのが典型例です。過去の評価に触れず、相手がそのまま実行できる粒度で伝えます。
フィードフォワードは評価面談でも使えますか?
使えます。2015年に発表された現場実験では、従来型の業績評価面談の代わりにフィードフォワード面接を行った従業員70人が、従来の面談を受けた75人よりも4か月後の仕事ぶりを有意に高く評価されました。ただし評価結果や処遇の根拠を伝える部分は、事実にもとづくフィードバックとして別に扱う必要があります。
フィードアップとは何ですか?
教育研究者のハッティとティンパーリーが2007年の論文で示した、効果的なフィードバックの3つの問いの1つ目です。「Where am I going?(目標は何か)」に答えるのがフィードアップ、「How am I going?(どこまで進んだか)」がフィードバック、「Where to next?(次に何をするか)」がフィードフォワードにあたります。