ADDIEモデル(アディーモデル)は、研修や教材を分析(Analysis)・設計(Design)・開発(Development)・実施(Implementation)・評価(Evaluation)の5段階で作るための型です。インストラクショナルデザインの代表的なプロセスモデルとして、企業研修、eラーニング、学校の授業設計で使われています。
この記事では、5段階それぞれで何を作り、どの条件を満たしたら次へ進むかを整理します。あわせて、1975年の米軍の手順書に遡る成り立ちと、米陸軍の2021年版手引きが評価を全段階に置いている点、SAMやPDCAとの使い分けを一次資料に沿って解説します。
まとめ:ADDIEモデルの要点
- ADDIEは分析・設計・開発・実施・評価の頭文字で、研修を作る工程を5つに分けた型です。
- 各段階には成果物があります。分析は「研修で埋める差」、設計は学習目標と評価方法、開発は試行済みの教材、実施は運営記録、評価は改善の判断材料です。
- 源流は1975年にFlorida State大学が米陸軍の委託で作ったIPISDで、その第5フェーズは評価ではなくControl(管理)でした。ADDIEという呼び名に単一の考案者は見つかっていません。
- 評価は最後に一度だけ行うものではありません。米陸軍の手引き(TP 350-70-14、2021年版)は、評価が全段階に及ぶとしています。
- 要件が固まっている研修にはADDIE、作りながら要件を詰める研修には試作を繰り返すSAMが合います。
ADDIEモデルの定義と5段階の役割
ADDIEは、研修を「何を学ばせるか」から逆算して作るための工程の型です。上位概念のインストラクショナルデザイン(ID)は、教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集めたモデルや研究分野を指します(鈴木克明、2019)。ADDIEは開発工程の枠組みを示すモデルです。設計段階で授業の構成や学習意欲への配慮も検討しますが、具体的な教え方まではADDIE単独では指定しません。IDの全体像と他のモデルはインストラクショナルデザインの3つの質問と代表モデルで解説しています。
| 段階 | 英語 | 答える問い | 主な成果物 |
|---|---|---|---|
| 分析 | Analysis | 何が足りず、研修で埋められるか | 研修の要否判断・対象者像 |
| 設計 | Design | 何ができれば合格か | 学習目標・評価方法・構成案 |
| 開発 | Development | 何を使って教えるか | 教材・講師用資料・試行結果 |
| 実施 | Implementation | 計画どおりに届けられたか | 運営記録・受講データ |
| 評価 | Evaluation | 目標に届き、続ける価値があるか | 改善点・継続可否の判断 |
表の右端の成果物が揃わないまま次の段階へ進むと、後の段階で手戻りが起きます。目標が曖昧なまま教材を作り始めると、評価の段階で「何と比べて良かったのか」を判断できません。
ADDIEの成り立ち:1975年の米軍IPISDと頭字語の出所
IPISD:米陸軍の委託でFlorida State大学が作った5フェーズ
ADDIEの源流としてよく挙げられるのが、1975年のInterservice Procedures for Instructional Systems Development(IPISD)です。Robert K. Bransonらが所属するFlorida State大学のCenter for Educational Technologyが、米陸軍Combat Arms Training Board(Fort Benning)の委託で作成しました。各軍に共通する訓練開発の手順書で、5部構成の資料の最終巻(ERIC ED122022)が要約とモデルを収めています。
IPISDのフェーズはAnalyze・Design・Develop・Implement・Controlの5つです。最初の4つは現在のADDIEと同じですが、第5フェーズは評価(Evaluate)ではなく管理(Control)でした。各ステップは、根拠・入力・処理・出力・管理上の判断の5つの観点で記述されています。成果物と判断を段階ごとに決めておく考え方は、この時点ですでにありました。
Molenda(2003)の調査:考案者が特定できない呼び名
Michael Molendaは、論文「In Search of the Elusive ADDIE Model」(Performance Improvement誌42巻5号、2003年)でADDIEという呼び名の出所を調べました。結論は、このラベルには単一の作者が見当たらず、口伝えで非公式に広まったというものです。IPISDの作成者や利用者もIPISDとしか呼んでおらず、IPISDを頭字語の直接の出所とはみなせないとしています。
Molendaは、ADDIEを体系的な教材開発(ISD)とほぼ同義の通称と位置づけました。「ADDIEの原典」を探しても一冊の本や一つの規格には行き着きません。フェーズの詳細は、採用するISDモデルや組織の運用によって異なります。自社で使う場合は、各段階の成果物と判定基準を社内で文書にして固定しておくと、担当者ごとの解釈のぶれを抑えられます。
各段階の進め方と次へ進む判定
分析:能力差の原因と研修の要否判断
分析では、現場で求められる行動と現状との差を明らかにし、その差が研修で埋まるものかを判断します。米陸軍のTP 350-70-14は、この段階でニーズ分析・職務分析・課題分析・対象者分析・ギャップ分析・資源分析などを行い、重要な学習要件を定義するとしています。
見落としやすいのは、差の原因が知識や技能でない場合です。手順書が古い、評価制度が望ましい行動と逆を向いている、必要な道具がない、といった原因は研修では解消しません。原因の切り分け方はHPI(Human Performance Improvement)の原因分析の進め方が参考になります。次へ進む判定は、「研修で埋める差」と「対象者の前提知識」を文章で書けるかどうかです。
設計:学習目標・評価方法の先行決定
設計では、学習目標、その達成を測る評価方法、内容の構成と順序、教え方と媒体を決めます。TP 350-70-14は、設計の段階で到達目標(TLO)を明確にし、受講者の成績を測る評価計画の草案を作ると定めています。評価方法を教材より先に決めるのが要点です。すべての学習目標に評価方法と合格基準が対応したら、開発へ進みます。
学習目標は「理解する」ではなく、観察できる行動で書きます。たとえば「社内の見積規程を参照し、模擬見積書に含まれる10件の誤りのうち8件以上を指摘できる」のように、行動・条件・合格基準を含めると評価方法を具体化できます。目標の書き方はインストラクショナルデザインの解説、目標の難易度を段階で考える方法はブルームの改訂版タキソノミーで扱っています。
開発:教材の作成と実施前の試行
開発では、設計した計画を教材と学習活動に置き換えます。TP 350-70-14は、支援資料と、実施計画・評価計画の特定もこの段階に含めています。スライド、ワークシート、講師用の進行台本、テスト問題、eラーニングの画面がここで揃います。
開発の最後には、本番と同じ条件で少人数に試行して直します。米陸軍の規定でも、実施は設計・開発・検証(validation)・正式承認を経た後に行うとされています。試行で「どの問題の正答率が低いか」「どこで時間が超過したか」を記録しておくと、修正箇所を絞れます。試行で見つかった実施の妨げになる問題を直し、教材と運営の準備が揃ったら実施へ進みます。
実施:講師・受講者・環境の準備と運営記録
実施では、講師の準備、受講者への事前案内、会場や配信環境、受講管理を整えて研修を届けます。集合研修とeラーニングで準備の中身は変わります。形式の選び方はOFF-JTの実施率と研修時間の扱いやeラーニングの仕組みと導入の進め方を参照してください。
この段階の成果物は、出席、所要時間、テストの得点、質問の内容、トラブルの記録です。評価の段階で「教材が悪かったのか、運営が悪かったのか」を切り分ける材料になるので、計画からずれた点は理由とあわせて残しておきます。TP 350-70-14も、実施のたびに形成的評価の記録を残すよう求めています。計画した受講・運営データを回収し、評価の担当者へ引き渡せたら、この段階は完了です。
評価:形成的評価と総括的評価の2本立て
評価は2種類に分かれます。開発中や実施中に教材・運営を改善するための形成的評価と、研修の成果や継続の価値を判断する総括的評価です。TP 350-70-14は、総括的評価で学習成果が出たかを確かめ、課程を続ける価値があるかの判断にも使うとしています。
総括的評価は、受講直後のアンケートとテストだけで終わらせず、職場で行動が変わったかまで追います。何をどの時点で測るかは、カークパトリックモデルの4段階評価の枠組みを使うと設計しやすくなります。評価の結果から「継続・改訂・終了」のいずれかと担当者を決め、改訂するなら原因のある段階へ戻ります。
ADDIEは一方通行ではない:評価を全段階に置く運用
ADDIEは「分析から評価まで順番に一度ずつ進む」直線的な手順として紹介されることがあります。しかし、米陸軍がADDIEの運用を説明した手引きTRADOC Pamphlet 350-70-14(2021年4月15日付の大改訂版)は、ADDIEを体系的で循環的、かつ反復的(systematic, cyclic, iterative)な手法と定義しています。さらに「評価はADDIEの全段階に及ぶ」と明記し、評価の結果を改善の判断に使うとしています。
実務に置き換えると、評価の作業は最後の段階に固まりません。
| 段階 | その段階で行う評価 |
|---|---|
| 分析 | 差の原因が研修で解ける種類かを確かめる |
| 設計 | 目標と評価方法が対応しているかを確かめる |
| 開発 | 少人数の試行で教材を直す(形成的評価) |
| 実施 | 計画とのずれと受講者の反応を記録する(形成的評価) |
| 評価 | 目標の達成と継続可否を判断する(総括的評価) |
この運用にすると、最後の評価で「そもそも目標が測れない形で書かれていた」と気づく事態を防げます。各段階の終わりに15分でもレビューの場を置き、成果物を関係者に確認してもらうのが現実的な始め方です。
ADDIEとPDCAの違い
どちらも「計画し、実行し、結果を見て直す」循環ですが、対象と最初の段階が違います。
| 観点 | ADDIE | PDCA |
|---|---|---|
| 対象 | 研修・教材という成果物 | 業務や施策全般 |
| 最初の段階 | 分析(研修が要るかの判断) | 計画(Plan) |
| 作る工程 | 設計と開発に分かれる | 実行(Do)に含まれる |
| 確認の対象 | 学習目標の達成と職場での行動 | 計画した目標の達成 |
PDCAのPlanにも、目標や必要な資源の設定、リスクと機会の検討が含まれます。そのうえでADDIEの特徴は、学習ニーズや研修の要否を検討する分析を、計画とは別の独立した段階として明示している点です。研修全体の改善サイクルはPDCAで回し、その中で個々の研修を作る工程にADDIEを使う、という組み合わせも成り立ちます。個人の学びの循環であるコルブの経験学習とPDCAの違いは経験学習サイクルの解説で扱っています。
ADDIEとSAMの使い分け
SAM(Successive Approximation Model)は、Michael AllenがRichard Sitesとの共著『Leaving ADDIE for SAM』(ASTD Press、2012年)で示した反復型の開発モデルです。粗い試作を早い段階で作って関係者に見せ、評価・設計・開発の短い周期を繰り返します。
小規模案件向けのSAM1は評価・設計・開発の反復で完成させます。大規模案件向けのSAM2は、準備(Preparation)・反復設計(Iterative Design)・反復開発(Iterative Development)の3段階です。準備段階には、プロジェクトの方向を関係者で決めるSavvy Startというキックオフを置きます。
| 条件 | 合うモデル |
|---|---|
| 目標・内容・評価基準が事前に確定 | ADDIE |
| 法令・規程に沿った定型の研修 | ADDIE |
| 依頼元の要望が固まっていない | SAM |
| 画面を見ないと判断できない教材 | SAM |
| 関係者が多く承認に時間がかかる | ADDIE(段階ごとに承認) |
ADDIEも本来は反復を含むため、両者の差は「試作をいつ見せるか」にあります。ADDIEを段階ごとの承認方式で運用する場合は設計文書を確認して開発へ進みますが、SAMは早期の試作とレビューを手順に組み込みます。コンプライアンス研修のように内容が規程で決まっているならADDIEで十分です。新しい営業手法の研修のように、現場が完成形を見るまで要望を言語化できない場合はSAMを選びます。
ADDIEが向かない場面と失敗パターン
翌週に始まる法改正対応の説明会のように時間がない研修では、詳細な帳票作成や段階ごとの承認に時間をかける運用は避けます。学習目標と確認テストを先に決め、評価の段階で次回の改善点を拾う形に、5段階それぞれの作業を絞ります。
研修以外の手段で解決すべき課題にも向きません。分析の段階で原因がマニュアルの不備や評価制度にあるとわかったら、そこで研修の開発を止めるのが正しい判断です。ADDIEの分析は、研修を作らない結論を出すための段階でもあります。
運用で陥りやすい失敗パターンは次の3つです。
- 帳票の穴埋めが目的になる:各段階のシートを埋めることに時間を使い、目標と評価方法が曖昧なまま開発へ進みます。
- 開発の後の試行を省く:本番が最初の試行になり、受講者の反応から直すまでに1回分の研修を失います。
- 評価の結果を次回に反映しない:アンケートを集めて報告書にまとめたまま、分析と設計の段階へ戻しません。
よくある質問
ADDIEモデルの読み方は?
日本語では「アディーモデル」と読みます。Analysis(分析)・Design(設計)・Development(開発)・Implementation(実施)・Evaluation(評価)の頭文字を並べた名称です。英語の文献でも ADDIE model や ADDIE process と表記されます。
ADDIEモデルのデメリットは?
分析と設計の文書承認を終えるまで試作しない運用では、短納期や要望変更への対応が遅れます。これはADDIEの必須条件ではなく、工程の運用方法による制約です。また、各段階の成果物を細かく作り込むほど、作業が書類づくりに偏りやすくなります。要望が固まっていない案件では、試作を繰り返すSAMの方が合います。
ADDIEモデルとインストラクショナルデザインの違いは?
インストラクショナルデザインは教育を設計する手法と研究分野の総称で、ADDIEはその中で開発工程の順序を示す1つのモデルです。学習意欲の高め方(ARCSモデル)や1回の授業の組み立て方(ガニェの9教授事象)は、ADDIEとは別のモデルが扱います。
ADDIEモデルは学校の授業や日本語教育でも使えますか?
使えます。ADDIEは研修や授業という形式を問わず、学習目標から逆算して教える内容と評価を決める工程の型だからです。日本語教育では、分析で学習者の日本語レベルと目的を把握し、設計では国際交流基金の「JF日本語教育スタンダード」のCan-doを参考に、学習目標と評価方法を具体化できます。
小規模な社内研修でも5段階をすべて行うべきですか?
段階は省かず、各段階の作業量を小さくします。1時間の研修なら、分析は対象者3人への聞き取り、設計は学習目標と確認テスト3問、開発後の試行は同僚1人への模擬実施でも構いません。段階そのものを飛ばすと、評価のときに比べる基準がなくなります。