ユーザビリティエンジニアリングは、製品の使いやすさを「感覚」ではなく、目標値と測定で作り込む開発の方法論です。Jakob Nielsenが1993年の著書『Usability Engineering』で体系化し、現在は医療機器の国際規格IEC 62366-1の名前にもなっています。
この記事では、ユーザビリティの定義(ISO 9241-11とNielsenの5属性)、開発工程での進め方、評価手法の選び方、医療機器で求められるプロセスと日本での適用を順に解説します。
まとめ:ユーザビリティエンジニアリングの要点
- ユーザビリティはISO 9241-11:2018で「特定のユーザーが特定の利用状況で、有効さ・効率・満足を伴って目標を達成できる度合い」と定義されています。
- ユーザビリティエンジニアリングは、この度合いを目標値として設定し、設計と評価を繰り返して達成する工程です。
- 評価は、問題を見つける形成的評価と、目標の達成を確かめる総括的評価に分けて計画します。
- 医療機器では、JIS T 62366-1:2022(IEC 62366-1:2015+A1:2020に対応)への適合確認体制が、2024年4月1日以降に製造販売される機器に求められています。
ユーザビリティエンジニアリングの定義と対象範囲
ユーザビリティエンジニアリング(usability engineering)は、ユーザー調査、目標設定、設計、評価を開発工程に組み込み、使いやすさを検証可能な品質特性として扱う取り組みです。デザイナー個人の腕に頼るのではなく、「誰が、どの状況で、何を達成できればよいか」を先に決め、その達成度を測って設計を直します。
ユーザビリティの定義:ISO 9241-11の3要素とNielsenの5属性
国際規格ISO 9241-11:2018(第2版・2023年に確認済みの現行版)は、ユーザビリティを「特定のユーザーが特定の目標を達成するために、特定の利用状況で、システム・製品・サービスを有効さ(effectiveness)、効率(efficiency)、満足(satisfaction)を伴って利用できる度合い」と定義しています。日本ではJIS Z 8521:2020がこの規格に対応しています。
ポイントは「特定の利用状況」です。同じ画面でも、熟練者が事務所で使う場合と、初めての人が屋外のスマートフォンで使う場合では、ユーザビリティの評価が変わります。ユーザビリティは製品単体の性質ではありません。
Nielsenは著書で、ユーザビリティを次の5属性に分解しました。目標値を立てる際には、Nielsenの5属性を、初回操作・習熟後・再利用時などの測定場面を整理する補助として使えます。
| 属性(Nielsen) | 意味 | 測定例 |
|---|---|---|
| Learnability(学習しやすさ) | 初回で基本操作ができるか | 初回のタスク完了時間 |
| Efficiency(効率) | 習熟後に速く作業できるか | 熟練者のタスク時間 |
| Memorability(記憶しやすさ) | 間を空けても操作を思い出せるか | 1か月後の再実行成功率 |
| Errors(エラー) | エラーの頻度・重大さ・回復しやすさ | エラー件数・重大度・回復率 |
| Satisfaction(満足) | 使って快いと感じるか | SUSスコア |
ユーザビリティという言葉自体の意味や、アクセシビリティとの違いはユーザビリティとは何かをわかりやすく解説する基本知識で詳しく扱っています。
UX・人間中心設計・ヒューマンファクターとの関係
UX(ユーザーエクスペリエンス)は、利用の前後を含めた体験全体を指し、ユーザビリティより範囲が広い概念です。ユーザビリティエンジニアリングは、想定する利用状況で目標を達成できるかを設計と評価によって確かめ、UXの改善を支えます。UXの定義はUX(ユーザーエクスペリエンス)とは?定義とUI・CXの違いで整理しています。
人間中心設計(HCD)は、ISO 9241-210:2019とJIS Z 8530:2021で規定された開発プロセスの枠組みです。ユーザビリティエンジニアリングは、この枠組みの中で使いやすさの目標と評価を担う実務と考えると位置付けが明確になります。研究分野としての全体像はHCIとは?ヒューマンコンピュータインタラクションの定義と読み方・UXとの違い・研究5領域を参照してください。
ヒューマンファクターエンジニアリングは、人の能力と限界を設計に反映する工学で、米国FDAは医療機器の文脈で「Human Factors and Usability Engineering」と並べて扱っています。医療機器の実務では、ほぼ同じ活動を指す言葉として使われます。
開発工程での進め方:人間中心設計の4活動とNielsenのライフサイクル
JIS Z 8530:2021は、インタラクティブシステムの設計で次の4活動を行うよう求めています。
- 利用状況の理解及び明示
- ユーザ要求事項の明示
- ユーザ要求事項に対応した設計解の作成
- ユーザ要求事項に対する設計の評価
評価で要求を満たさなければ、必要な活動に戻って繰り返します。Nielsenのライフサイクル(著書第4章)は、この流れをより具体的な作業に分けています。対応関係は次のとおりです。
| HCDの活動 | Nielsenの段階 | 主な成果物 |
|---|---|---|
| 利用状況の理解 | Know the User、Competitive Analysis | ユーザー像、タスク分析 |
| 要求事項の明示 | Goal Setting | ユーザビリティ目標値 |
| 設計解の作成 | Parallel Design、Participatory Design | 複数の設計案 |
| 設計解の作成 | Coordinating the Total Interface、Prototyping | 一貫したUI、プロトタイプ |
| 設計の評価 | Guidelines and Heuristic Evaluation | 問題リスト |
| 設計の評価 | Interface Evaluation、Iterative Design | 評価結果と修正版 |
| リリース後 | Follow-Up Studies of Installed Systems | 次版への改善要求 |
目標設定:対象ユーザー・タスク・指標・達成基準の明示
Goal Setting(目標設定)では、対象ユーザーとタスクに応じた評価指標と達成基準を決めます。「使いやすい画面にする」は評価できません。「初めての経理担当者が、説明なしで請求書登録を5分以内に完了できる割合が80%以上」のように、ユーザー・タスク・指標・基準値をセットで書きます。この形にしておくと、後の評価で合否が判定でき、設計の議論が好みの言い合いになりません。
設計とプロトタイプ:実装前の設計案比較と検証
Nielsenは、複数のデザイン案を並行して作る Parallel Design と、ユーザーが設計に参加する Participatory Design を挙げています。画面構成や操作手順の初期検証は、実装前の紙やワイヤーフレームでも行えます。操作時間や実機の応答を評価する場合は、それらを再現できる試作を用意します。画面構成の検討にはワイヤーフレームとは?作り方とデザインカンプとの違い・発注側の確認範囲を解説、試作の種類と進め方はプロトタイプとは?語源・意味とプロトタイピングの種類・進め方が参考になります。
評価手法の選び方:専門家評価・ユーザビリティテスト・SUS
評価手法は、目的が「問題を見つける」か「目標の達成を示す」かで選びます。前者を形成的評価、後者を総括的評価と呼びます。
| 手法 | ユーザー参加 | 主な目的 | 向く段階 |
|---|---|---|---|
| ヒューリスティック評価 | 不要 | 問題の洗い出し | 設計初期 |
| 認知的ウォークスルー | 不要 | 初回操作のつまずき発見 | 設計初期 |
| 思考発話テスト(少人数) | 必要 | 問題の洗い出し | プロトタイプ以降 |
| パフォーマンス測定 | 必要 | 目標値の達成確認 | 完成間近 |
| SUS質問紙 | 必要 | 主観的ユーザビリティの比較 | テスト直後 |
ユーザーを呼ばずに行う専門家評価の手順は認知的ウォークスルーとは?4つの質問と進め方、ヒューリスティック評価との違いで解説しています。
少人数テストの根拠:5人で約85%という前提条件
Nielsenは1989年の論文「Usability Engineering at a Discount」で、シナリオと素早い反復、少人数の思考発話テスト、ヒューリスティック評価を柱とする低コストな進め方(discount usability engineering)を提案しました。2000年の記事では、1人のユーザーが問題の31%を見つけるという典型値を置くと、5人で約85%の問題が見つかると示し、大規模なテストを1回行うより5人以下のテストを何度も回すよう勧めています。
ただし、この数字は形成的評価で問題を洗い出す場面の話です。性質の異なるユーザー層が複数あるなら層ごとに人数が要りますし、目標値の達成を統計的に示す総括的評価には当てはまりません。テストの回し方を短周期にする方法は従来のユーザビリティテストとRITEメソッドとの違いを比較で比べています。
SUS:10項目による主観的ユーザビリティの評価
SUS(System Usability Scale)は、John Brookeが1996年に発表した10項目・5段階の質問紙です。採点は、奇数項目は回答値から1を引き、偶数項目は5から回答値を引き、合計を2.5倍して0〜100点にします。MeasuringUのJeff Sauroが500件の調査を集計した平均は68点で、これを上回るかどうかが最初の目安になります。
SUSの点数は百分率ではありません。68点は「68%の達成」を意味せず、集計上のほぼ平均という位置を示すだけです。改修前後や競合製品との比較に使い、単独の点数で合否を決めないほうが安全です。
医療機器のユーザビリティエンジニアリング:IEC 62366-1とJIS T 62366-1
医療機器では、使いにくさに起因する使用エラーが、患者や使用者への危害につながるおそれがあります。そのためユーザビリティエンジニアリングは、リスクマネジメントの一部として規格で要求されています。国際規格はIEC 62366-1:2015とその追補(Amendment 1:2020)で、製造業者が安全に関わるユーザビリティを分析・仕様化・開発・評価するプロセスを規定しています。対象は、正常な使用における正しい使用と、使用エラー(use error)のリスク評価と低減です。
規格が求める成果物と工程
国内版のJIS T 62366-1:2022(2022年2月25日発行、2019年版を置き換え)では、次の項目が中心になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ユーザビリティエンジニアリングファイル | 活動の記録一式(箇条4.2) |
| 使用関連仕様 | 意図する使用者・用途・使用環境(箇条5.1) |
| ユーザーインターフェイス仕様 | UIの要求事項(箇条5.6) |
| 形成的評価 | 設計途中の問題発見 |
| 総括的評価 | 最終設計の安全な使用の確認 |
IEC 62366-1に基づく活動では、安全に関連するユーザビリティを扱い、危害につながる使用エラーとそのリスク低減を評価します。JIS T 62366-1:2022では、箇条5.4でハザード関連使用シナリオを特定・記述し、箇条5.5で総括的評価の対象とするシナリオを選び、箇条5.7でユーザーインターフェイス評価計画を確立します。危害につながりうる操作から評価対象を絞り込む流れです。
日本での適用:2024年4月1日以降の製造販売品
厚生労働省は2022年9月30日の通知(薬生機審発0930第1号・薬生監麻発0930第1号)で、JIS T 62366-1の改正の取扱いを示しました。経過措置期間は2024年3月31日で終わり、2024年4月1日以降に製造販売される医療機器については、製造販売業者などが改正後のJISへの適合を確認する体制を持つ必要があります。2023年8月10日の事務連絡(Q&A)では、IEC 62366-1:2015及びAmendment 1:2020など、国際的に認められた適切な規格を用いることも認められています。通知とQ&Aは、PMDAの医療機器のユーザビリティについてのページにまとまっています。
品質マネジメントシステム側の文書・記録の運用はQMS省令とは:医療機器の要求事項と文書・記録運用をシステム化する判断基準で解説しています。
米国FDAガイダンスとの関係
米国向けには、FDAのガイダンス「Applying Human Factors and Usability Engineering to Medical Devices」(初版2016年2月3日、2026年8月3日改訂)が参照されます。目的は、意図したユーザー・用途・使用環境で医療機器が安全かつ有効に使われる可能性を高め、使用エラーによる危害を最小化することです。総括的評価にあたるヒューマンファクター妥当性確認テストでは、ユーザー集団ごとに少なくとも15人を含めるよう推奨しています。前の章の「5人」とは目的が違う数字なので、混同しないようにしてください。
導入で失敗しやすい場面と判断基準
ユーザビリティエンジニアリングは、工程に入れるタイミングを誤ると費用だけかかって効果が出ません。典型的な失敗は次の3つです。
- 完成直前に1回だけテストする:見つかった問題を直す時間が残らず、報告書だけが残ります。形成的評価は設計初期から少人数で繰り返します。
- 目標値を決めずに評価する:問題リストは増えても、どこまで直せば出荷できるかを判断できません。Goal Settingを評価計画より先に済ませます。
- 開発者が自分でテスト参加者を代行する:仕様を知る人は、初回利用者のつまずきを再現できません。社内で行う場合も、開発に関与しておらず、業務知識や経験が想定ユーザーに近い参加者を選びます。
一方、社内の数人しか使わない管理ツールや、短期間で捨てる検証用の試作に、フルセットの工程は不要です。誤操作の影響が小さい場合は、ヒューリスティック評価と少人数の思考発話テストから始め、対象ユーザーの違いや発見された問題に応じて評価を追加します。逆に、医療機器、金融取引、業務の基幹画面のように、誤操作の損失が大きい製品では目標値と総括的評価まで省略しないでください。改善の投資効果の見積もり方はユーザビリティ改善のROIとは?投資価値と基本的な考え方を解説、人の認知特性を設計に反映する考え方は認知工学とは?定義と認知科学・人間工学との違い、UI・Webデザインへの使い方が参考になります。
体系的に学ぶなら、樽本徹也『ユーザビリティエンジニアリング(第2版)ユーザエクスペリエンスのための調査、設計、評価手法』(オーム社、2014年)が国内の定番です。原典はNielsenの『Usability Engineering』(1993年)です。
よくある質問
ユーザビリティの三要素とは何ですか?
ISO 9241-11:2018の定義に含まれる、有効さ(effectiveness)、効率(efficiency)、満足(satisfaction)の3つです。いずれも「特定のユーザーが特定の利用状況で特定の目標を達成するとき」という条件付きで評価します。
ユーザビリティの5原則(5属性)とは何ですか?
Jakob Nielsenが挙げた、学習しやすさ(Learnability)、効率(Efficiency)、記憶しやすさ(Memorability)、エラー(Errors)、満足(Satisfaction)の5つです。目標値を立てる際の測定項目として使われます。
ユーザビリティを日本語に訳すと何になりますか?
一般には「使いやすさ」「使い勝手」と訳されます。ただしISO 9241-11:2018では、特定のユーザーと利用状況を前提に、有効さ・効率・満足を伴って目標を達成できる度合いを指すため、製品単体の印象を表す言葉ではありません。
ユーザビリティテストは何人で行えばよいですか?
設計途中の問題発見なら、Nielsenが勧めるように5人程度のテストを繰り返す方法が効率的です。医療機器の総括的評価では、FDAガイダンスがユーザー集団ごとに15人以上を推奨しています。
医療機器のユーザビリティ規格はいつから適用されていますか?
国内では、2024年4月1日以降に製造販売される医療機器について、JIS T 62366-1:2022への適合を確認する体制が求められています。IEC 62366-1:2015及びAmendment 1:2020など、国際的に認められた規格を用いることも認められています。