トリプルメディアは、企業が接点として使うメディアをオウンド・ペイド・アーンドの3つに分ける枠組みです。ただし検索して出てくる解説の多くは定義の言い換えで終わり、「結局どこから手を付けるのか」が書かれていません。この記事では、公開情報だけで裏が取れる無印良品とワークマンの2社の事例に、成功事例にならない典型パターンを1つ加えて、連携の起点という1軸で整理します。PESOモデルとの違い、そして2025年に示された新しい3要素まで、一次資料にあたって扱います。
まとめ:3分類は所有形態の区分、事例は「起点」で読む
トリプルメディアの3分類は、メディアの機能や効果で切った区分ではありません。自社が持つ(オウンド)、買う(ペイド)、他者が発信する(アーンド)という所有形態の区分です。ここを取り違えると、「どのメディアが優れているか」という答えの出ない比較に迷い込みます。
他社の成功事例を自社に写すときも同じで、見るべきは施策の派手さではなくどこを起点にして次のメディアへつないだかです。良品計画(無印良品)はオウンドを起点に顧客の声を集めて商品へ戻し、ワークマンはすでに発信していた個人をアーンドの担い手として制度に取り込みました。逆に、受け皿となるオウンドが無いままペイドから始めた施策は、出稿を止めた時点で何も残りません。
PESOモデルとの関係も、系譜を追うと見え方が変わります。両者は2010年にほぼ同時に別々の場所で生まれた兄弟のような枠組みで、どちらかがどちらかの発展形ではありません。さらに枠組み自体も動いており、日本語の「トリプルメディア」を広めた横山隆治氏は、2025年7月に「SNS」「コンバージドTV」「リテールメディア」という別の3要素を掲げた書籍を共著で出しています。従来の3分類を使い続けるかどうかは、以下の各章の判断基準で決められます。
トリプルメディアの3分類——所有形態で分ける軸と3つの具体例
オウンド・ペイド・アーンドを分ける軸はコントロール権と費用の発生地点
3つの違いは「誰がその媒体を握っていて、費用がどこで発生するか」で説明できます。自社サイトやメールマガジンは自社が編集権を持ち、費用は制作・運用側にかかります。広告枠は買っている間だけ露出が確保され、止めれば消えます。口コミやレビューは掲載そのものに費用がかからない代わりに、内容を企業側で決められません。
| 分類 | 代表例 | 内容を決める主体 | 費用の出方 | 止めたとき |
|---|---|---|---|---|
| オウンドメディア | 自社サイト、メルマガ、店舗、公式アプリ | 自社 | 制作・運用の固定費 | 資産として残る |
| ペイドメディア | リスティング広告、SNS広告、TVCM、純広告 | 表現は広告主、掲載面は媒体社 | 出稿量に比例 | 露出が消える |
| アーンドメディア | 口コミ、レビュー、報道、第三者のブログ | 第三者 | 掲載自体は無償(PR活動費は別途) | 企業側で止められない |
この表で重要なのは右端の列です。ペイドは止めれば消え、アーンドは止められません。オウンドだけが手元に残ります。3つを「バランスよく」ではなく、残るものと消えるものとして扱うと予算配分の議論が具体的になります。
3つの長所と短所は同じ性質の裏返し
各メディアの長所と短所は別々の項目ではなく、同じ性質を裏表から見たものです。オウンドメディアは編集権が自社にあるから自由に書ける一方で、誰も読みに来ない状態からの立ち上げになり、成果が出るまで時間がかかります。ペイドメディアは金額と露出量が比例するから初日から数字が動き、同じ理由で止めた翌日に数字が戻ります。アーンドメディアは第三者が書くから信頼されやすく、同じ理由で内容を選べません。
この裏返しの関係を押さえると、短所を消す努力に意味が無いことがわかります。オウンドの立ち上がりの遅さはペイドで補い、ペイドの持続性の無さはオウンドの蓄積で補い、アーンドの制御不能性は日頃の品質と対応で確率を上げる。それぞれの掘り下げはオウンドメディアとは?目的・メリットと「自社でやるべきか」の判断基準を解説とアーンドメディアとは?定義とその特徴を詳しく解説で扱っています。
日本語「トリプルメディア」が広まったのは2010年6月刊の同名書籍
「トリプルメディア」という日本語は、横山隆治氏の『トリプルメディアマーケティング ソーシャルメディア、自社メディア、広告の連携戦略』(インプレスジャパン、2010年6月25日発売、A5判208ページ、2,420円)で広まりました。版元の紹介文は「3つのメディア連携=トリプルメディアが『買う理由』を最大化する。」と本の主張をまとめており、副題が示すとおり狙いは分類そのものではなく3つの連携にあります。
なお同じ版元の紹介文は「マーケティングの重要戦略として語られ始めた『トリプルメディア』の考え方を、日本のネット広告の開拓者である横山隆治氏が解説」とも書いています。paid/owned/earnedという区分は英語圏で先行しており、日本語の書籍はそれを紹介して定着させた位置づけです。この出自を押さえておくと、分類の暗記に意味が無いこともわかります。オウンドかアーンドかを判定する作業に価値は無く、判定の先にある「どうつなぐか」だけが成果に効きます。
トリプルメディアの成功事例——連携の起点で分かれる3つの型
事例記事は数多くありますが、社名と施策名の羅列では自社に写せません。ここでは公式サイトやニュースリリースで内容を確認できる2社と、事例として語られない典型パターンを1つ、起点の違いという1軸だけで並べます。
オウンド起点:無印良品IDEA PARKが集めた2年1万件の声と200点超の商品見直し
良品計画は2014年、自社サイト内の「くらしの良品研究所」に、顧客がリクエストを投稿できる「IDEA PARK」を設置しました。同社の2016年11月2日付ニュースリリースは、設置から2年間で寄せられたリクエストが10,000件を超え、その声をもとに200点以上の商品が見直されたと記しています。いずれも2016年時点で公表された数値です。くらしの良品研究所自体は2009年に社内へ置かれた仕組みで、同リリースによれば顧客参加型の商品開発は「ものづくりコミュニティ」を開設した2000年頃に本格化し、その姿勢の起点は1980年の創立当初にさかのぼります。
この型の要点は、オウンドメディアを「発信の場」ではなく受信の装置として設計したところにあります。投稿された声は商品という形で顧客へ返り、返ってきた事実がまた口コミを生みます。オウンドが単なる記事置き場のままなら、この循環は始まりません。顧客発の情報が資産になる仕組みはUGCとCGMの違いとは?VOC・eWOMとの関係と使い分けを解説で整理しています。
アーンド起点:ワークマンが発信者を公式アンバサダーに認定する仕組み
ワークマンは、自社製品について自発的に発信していた個人を「公式アンバサダー」として認定しています。同社公式サイトの説明によれば、対象は「ワークマン製品が好きで継続してワークマン製品を発信してくれる方、ある専門分野に精通した方で製品開発のご助言をいただける方など」応援してくれる人です。認定された人には新製品発表会への招待があり、新製品のモニターやアンケートを依頼することがあると明記されています。同ページには「掲載のご了解がいただけた方」だけが並び、2026年8月時点の掲載は35名です。
注目すべきは順番です。企業が広告として発信を依頼したのではなく、すでに存在していたアーンドメディアを見つけて制度に組み込んだ形になっています。公式サイトも、ハッシュタグを付けて発信している人、製品を着用して発信している人、製品をレビューしている人などをエゴサーチしながら声をかけていると説明しています。アーンドを「起こす」のではなく「拾って育てる」という発想です。
ただしこの型は、製品そのものに語られる理由が無いと成立しません。発信者が先に存在していない業種では、同じ手順をなぞっても認定する相手が見つからないだけです。SNSを起点に置くかどうかの判断はSNSマーケティングとは?主要SNSの特徴・手法・始め方と外注判断【2026年版】もあわせて検討してください。
ペイド起点が事例にならない条件——受け皿の無い出稿
3つ目は、成功事例として語られない代わりに最も頻度が高いパターンです。認知を取るためにまず広告を出します。ここまでは間違っていません。問題は、流入先が問い合わせフォームだけで、比較検討に必要な情報も、語りたくなる体験も置かれていない場合です。出稿を止めた瞬間に指標が元へ戻り、翌年も同じ予算を積むことになります。
ペイドを起点に置いてよいのは、オウンド側に受け皿ができていて、かつ期限のある認知獲得が必要な局面だけです。発売日が決まった新商品や、期間が区切られたキャンペーンがこれにあたります。逆に、自社サイトに製品仕様・価格・導入までの流れ・比較材料のいずれも載っていない段階で「まず広告から」と決めるのは、資産が残らない支出を先に固定する選択になります。この順序を守れないなら、トリプルメディアという枠組みを持ち出す意味はありません。
PESOモデルとの違い——2010年に別々に生まれた3分類と4分類
PESOの命名は2010年5月、普及は2014年——命名者と普及者が別人
PESOモデルは2014年に生まれた新しい枠組みだと説明されることがありますが、命名はそれより4年早い時期です。当時Fleishman HillardにいたDon Bartholomew氏は、2010年5月12日付のブログMetricsManで “We capture this new scope and integration in a model we refer to as PESO – Paid/Earned/Shared/Owned.” と書き、4分類を提示しました。同じ記事には “Our PESO model predates the similar Forrester model (Paid/Earned/Owned) and is different in an important way.” という一文もあり、英語圏でPaid/Earned/Ownedの3分類が並存していたことがここから確認できます。
現在「PESO Model®」として広く知られている形は、Spin Sucks創業者のGini Dietrich氏によるものです。Spin Sucks公式サイトは “Created by Gini Dietrich, founder of Spin Sucks, and introduced in 2014” と記載しており、®は米国の登録商標です。つまり命名は2010年5月のBartholomew氏、普及と商標化は2014年以降のDietrich氏という二段構えになっています。
| 項目 | トリプルメディア | PESOモデル |
|---|---|---|
| 分類数 | 3 | 4 |
| 初出 | 2010年6月(日本語書籍) | 2010年5月(MetricsMan) |
| 広めた人物 | 横山隆治 | Gini Dietrich(2014年) |
| SNS・口コミの扱い | アーンドに一括 | EarnedとSharedに分割 |
日本語書籍の刊行が2010年6月25日、PESOの命名が同年5月12日ですから、両者はほぼ同時期に別々の場所で立ち上がった枠組みです。PESOモデルはトリプルメディアの発展形ではありません。英語圏のpaid/owned/earnedという共通の出発点から分岐した兄弟関係にあり、PESO側の一次資料に日本のトリプルメディアへの言及は出てきません。PESOモデル自体の詳細はPESOモデルとは?マーケティングにおける基本概念と意義にまとめています。
4分類が3分類と決定的に違うのは、EarnedとSharedを分けた点です。ただし原典と現行版でこの線の引き方が変わっている点は押さえておく価値があります。
Bartholomew氏の2010年の定義では、Earnedは “traditional media outreach as well as blogger relations/outreach”、つまり企業側が能動的に働きかける広報活動を指します。対するSharedは “social networks and technologies controlled by consumers along with online and offline WOM”、すなわち消費者が支配する場と口コミです。同記事も、能動的な施策と受動的・反応的な事象を分けるためにこの2区分を作ったと説明しています。
一方、現在のSpin Sucks公式サイトはSharedを “Distribute, stress-test, and listen. Shared is where your narrative travels and where your market talks back” と説明し、ページ表題も “The PESO Model® – The MarComm Operating System”、モデルは “graduated from a framework into a full operating system” と位置づけられています。分類の枠から運用の仕組みへ、力点が移っています。
実務で使い分ける基準は単純です。SNS運用の担当や予算を独立して持つ組織なら、4分類のPESOモデルのほうが組織図と一致します。SNSを広報や顧客対応の一部として扱う規模なら、3分類のままで支障はありません。どちらが新しいかではなく、自社の運用体制と一致するほうを選ぶのが実務的な正解です。
2025年に示された「新トリプルメディア」への差し替え
新3要素はSNS・コンバージドTV・リテールメディア
ここが多くの解説記事に抜けている点です。日本語の「トリプルメディア」を広めた横山隆治氏を筆頭著者に、楳田良輝・川越智勇・橋本菜々子・稲森学の5氏による共著『新トリプルメディアマーケティング 3要素の連携を仕組み化し、戦術を最適化する』が、2025年7月22日に翔泳社から刊行されました(四六判256ページ、2,200円/本体2,000円+税10%)。版元の紹介文は「15年前に『トリプルメディア』を提唱した著者が、今度は『SNS』『コンバージドTV』『リテールメディア』の3つを仕組み化することを提唱します」と説明しています。
新しい3要素のうち、コンバージドTVは地上波のテレビCMとコネクテッドTV上の配信広告を一体で扱う考え方、リテールメディアは小売事業者が自社の店舗網やECサイト、購買データを広告在庫として提供する枠を指します。SNSは従来どおりですが、位置づけが変わっています。
新旧を並べると、オウンド・ペイド・アーンドという所有形態の軸そのものが、接点の種類の軸へ置き換わったことになります。同書の紹介文が挙げる転換は「×テレビCMが起点→◎SNSが起点」「×資金力があれば有利→◎小さな組織こそ下剋上チャンス」といった対比で、狙いはマーケティングコストの上昇を仕組みで抑えることに置かれています。
従来のトリプルメディアを併用する判断基準
新旧どちらかを捨てる必要はありません。役割が違うからです。オウンド・ペイド・アーンドの3分類は、いま持っている接点を棚卸しして予算配分を議論するための道具として今も使えます。一方で新トリプルメディアは、コンバージドTVやリテールメディアといった具体的な出稿先の設計に踏み込んだ枠組みで、扱う予算規模も前提が違います。
目安としては、自社サイトの整備と口コミの管理が主戦場である段階なら従来の3分類で足ります。テレビと配信の統合的な買い付けを検討する段階、あるいは小売の持つ購買データを使った出稿を検討する段階に来て初めて、2025年の3要素が判断材料になります。段階を飛ばして新しい語彙だけを取り入れても、実行できる施策は増えません。
よくある質問
トリプルメディアとPESOモデルはどちらを使うべきですか?
SNS運用を担当する人員が1名以上専任で置かれているかどうかが目安になります。専任がいる組織ではSNS運用が独立した施策として管理されるため、SharedをEarnedから切り離した4分類のPESOモデルが実態と合います。広報担当や営業担当が兼務でSNSを見ている規模であれば、3分類のトリプルメディアで支障はありません。新しさで選ばず、報告する相手と管理単位が一致するほうを選んでください。
トリプルメディアの成功事例はどこで探せばよいですか?
企業の公式サイトとニュースリリースを一次資料として当たるのが確実です。本記事で扱った無印良品のIDEA PARKは良品計画の2016年11月2日付ニュースリリースに、ワークマンの公式アンバサダー制度は同社公式サイトの専用ページに、それぞれ仕組みと数値が書かれています。まとめ記事だけを読むと数値の出どころや公表時点が辿れず、自社に写すときに条件の違いを見落とします。
オウンドメディアとアーンドメディアの違いは何ですか?
内容を決める主体が自社かどうかです。オウンドメディアは自社サイトやメールマガジンのように内容を自社で決められ、運用をやめても蓄積したコンテンツが残ります。アーンドメディアは口コミ・レビュー・報道のように第三者が発信するもので、掲載自体に費用はかからない代わりに内容を企業側で決められず、都合の悪い内容も止められません。
SNSはアーンドメディアとシェアードメディアのどちらに入りますか?
3分類のトリプルメディアではアーンドメディアに含めます。4分類のPESOモデルではSharedとして独立させます。ただしPESO側は線の引き方が原典と現行版で異なり、2010年の原典はSharedを「消費者が支配する場と口コミ」、Earnedを「報道機関やブロガーへの働きかけ」と定義していました。自社アカウントの運用をどちらに入れるかは、参照する版を決めてから社内で統一してください。
新規顧客の獲得と既存顧客の維持では使い分けが変わりますか?
起点にするメディアが変わります。新規顧客の獲得では、まだ自社を知らない層に届ける必要があるためペイドかアーンドが起点になり、オウンドは受け皿として機能します。既存顧客の維持では接点がすでにあるため、メールマガジンや会員サイトといったオウンドが起点になり、そこで得た声がアーンドへ広がります。どちらの局面でも、オウンドに受け皿が無ければ他の2つは通り抜けるだけで終わります。