人材ポートフォリオとは、経営戦略の実現に必要な人材の種類・人数・配置を整理し、いまの人員構成との差を示す手法です。この記事では、要員計画やスキルマップとの違い、経済産業省の人材版伊藤レポート2.0が示す「動的な人材ポートフォリオ」の中身、目的設定からギャップの埋め方までの作り方5ステップを整理しました。作っても使われない失敗のパターンと、全社での作成を見送る条件も言い切ります。後半では、タレントマネジメントシステムで人材ポートフォリオを可視化するためのデータ設計まで扱います。
まとめ|人材ポートフォリオは事業戦略から逆算した人材の質と量の設計図
人材ポートフォリオの核は、3年後や5年後の事業計画から「どんな人材が何人要るか」を決め、いまの人員と比べて差を人数で出すことです。社員を4象限に振り分けた図を作ること自体は目的ではありません。経済産業省の人材版伊藤レポート2.0は、人的資本経営の5つの共通要素の1つ目に「動的な人材ポートフォリオ」を置き、目標人数と達成までの期間を決めて定期的に見直すよう求めています。
作り方は、目的の決定、人材タイプの定義、現状の分類、ギャップの算出、施策の割り振りの5ステップです。分類の軸は事業部門と一緒に決めます。事業の見通しが立たない会社は全社の図を作り込まず、不足が明らかな職種に絞って始めるのが現実的です。社員が数百人を超え、Excelでの集計が毎年の作業になっているなら、人事データを人材ポートフォリオの形で集計できるシステムに移す段階にあります。
人材ポートフォリオの意味と、要員計画・スキルマップ・事業ポートフォリオとの違い
人材ポートフォリオは「人事の4象限図」と紹介されることが多い言葉です。実際には、似た名前の手法と見るものが違います。
人材の種類・人数・配置を経営戦略と結びつけて並べる人材ポートフォリオの定義
ポートフォリオはもともと、金融で保有資産の組み合わせを指す言葉です。人材ポートフォリオでは、資産の代わりに社員を「種類」で分け、種類ごとの人数と配置先を一覧にします。種類の分け方は会社が決め、職種、専門領域、役割、雇用形態などが軸になります。
定義の要は、経営戦略と結びついている点です。経済産業省の人材版伊藤レポート2.0(2022年5月)は、目指すビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、多様な個人が活躍する人材ポートフォリオを構築できているかを問うています。戦略と切り離して現在の年齢構成や職位構成を並べただけのものは、人員構成表です。
要員計画・スキルマップとの違い、量だけ・個人だけを見る手法との役割分担
人材ポートフォリオとよく混同される手法を、見る対象と単位で比べると次のとおりです。
| 手法 | 見る対象 | 単位 | 答える問い |
|---|---|---|---|
| 人材ポートフォリオ | 人材の種類ごとの構成 | 人材タイプ×人数 | どの種類の人材が何人足りないか |
| 要員計画 | 部署ごとの必要人数 | 部署×人数 | 来期は何人採用・配置するか |
| スキルマップ | 個人の保有スキル | 社員×スキル | 誰がどの業務をこなせるか |
| 事業ポートフォリオ | 事業の組み合わせ | 事業×収益性 | どの事業に投資し、どれを縮小するか |
実務では、事業ポートフォリオで決めた投資先を受けて人材ポートフォリオで不足する人材の種類を出し、要員計画で採用と配置の人数に落とします。スキルマップは、社員を人材タイプに振り分けるときの根拠データです。部署別の要員数の計算式は要員計画の立て方と要員数の計算式、スキル項目の決め方はタレントマネジメントの項目一覧とスキルマップ設計で解説しています。
人的資本経営との関係、人材版伊藤レポート2.0が求める動的な人材ポートフォリオ
人材ポートフォリオという言葉が人事の現場に広がったきっかけは、経済産業省の人材版伊藤レポートです。人的資本経営の中で、どの位置に置かれているかを確認します。
3つの視点・5つの共通要素の中で動的な人材ポートフォリオが占める位置
2020年9月の人材版伊藤レポートは、人材戦略に求められる3つの視点(経営戦略と人材戦略の連動、As is-To beギャップの定量把握、企業文化への定着)と、5つの共通要素を示しました。5つの共通要素の1つ目が動的な人材ポートフォリオで、残りは知・経験のダイバーシティ&インクルージョン、リスキル・学び直し、社員エンゲージメント、時間や場所にとらわれない働き方です。
2022年5月の2.0は、この枠組みを実行に移すための取組を章ごとに書き分けています。人材ポートフォリオに関わるのは「As is-To beギャップの定量把握」と「動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用」の2つの章です。同レポートは、経済産業省の「人的資本経営に関する調査」で動的な人材ポートフォリオの進捗が6点満点中で平均3を下回ったと記しています。5要素の中でも着手が遅れている領域です。人的資本経営の全体像は人的資本経営の意味と実践ステップで整理しています。
静的な人員構成表と動的な人材ポートフォリオ計画の違い、目標人数と達成期間
「動的」とは、戦略の変化に合わせて目標の構成を更新し、達成までの道筋を管理することを指します。人材版伊藤レポート2.0は、必要な人材を「○年以内に△△人生み出す」というように、期間と人数の目標を可能な範囲で決め、進捗を定期的に検証するよう求めています。経営環境が大きく変わったときや、進捗が想定と大きくずれたときは、指標と目標と達成期間そのものを見直すという立場です。
静的な人員構成表との違いは、時間軸を持つかどうかに表れます。年齢や役職で現在の人数を並べた表は、1年後に作り直しても前年との比較しかできません。動的な計画は「3年後にデータ分析人材を40人」という目標に対し、今年は何人まで来たかを毎年記録します。1回作って終わる図は、動的な人材ポートフォリオとは呼べません。
有価証券報告書の人材育成方針と指標、2023年1月の開示府令改正との接点
上場企業にとって、人材ポートフォリオは開示とつながっています。金融庁が2023年1月31日に公表した開示府令等の改正で、有価証券報告書のサステナビリティ記載欄に、人材の多様性の確保を含む人材育成の方針と社内環境整備の方針、方針に関する指標の内容を書くことが必須になりました。女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女間賃金格差も、女性活躍推進法等で公表する会社は記載の対象です。
人材ポートフォリオの図そのものに開示義務はありません。ただし「人材育成の方針」と「指標」を戦略に沿って説明しようとすると、どの人材を何人育てるかという人材ポートフォリオの数字が根拠になります。内閣官房の人的資本可視化指針(2022年8月)も、伊藤レポート2.0と相互に参照しながら開示内容を検討するよう勧めています。男女間賃金格差の集計方法は男女間賃金差異の計算方法と給与データの集計設計を参照してください。
人材ポートフォリオの作り方5ステップ、目的設定からギャップを埋める施策まで
作り方は、①目的を決める、②人材タイプを定義する、③現状の社員を分類する、④理想とのギャップを人数で出す、⑤施策を割り振る、の5ステップです。①と②、③と④をまとめて解説します。
事業計画から人材タイプを定義し、2軸4象限の分類軸を事業部門と決める手順
最初に、人材ポートフォリオで答えたい問いを1つに絞ります。「新規事業に回せる人材が何人いるか」と「管理職候補が足りているか」では、必要な分類の軸が違うためです。目的が決まったら、中期経営計画に書かれた事業ごとに、計画の実行に要る人材の種類を書き出します。
分類によく使われるのは2軸4象限の形です。たとえば横軸に「個人で成果を出す/組織を動かして成果を出す」、縦軸に「既存業務の運用・改善/新しい価値の創出」を置くと、専門職、管理職、新規事業の推進役、オペレーションを担う人材の4つに分かれます。軸は業種と目的で変えてかまいません。2軸に収まらないなら、職種×専門領域の一覧表でも足ります。
軸を決める場には事業部門の責任者を入れます。人材版伊藤レポート2.0も、変化が激しい分野では本社の人事部門が必要な人材の質と量を判断するのは現実的でないとし、事業部門が策定を主導する体制を勧めています。
現状の社員を分類してAs isを数え、3年後のTo beとの差を人数で出す方法
次に、全社員を定義した人材タイプに振り分け、タイプ別の人数を数えます。これがAs is(現状)です。振り分けの根拠には、職務経歴、保有資格、スキル評価、上長の評価を使います。続いて事業計画から3年後に要る人数(To be)を置き、差を出します。製造業の会社を想定した例は次のとおりです。
| 人材タイプ(例) | 現状(As is) | 3年後の目標(To be) | 差 |
|---|---|---|---|
| 新規事業の推進役 | 8人 | 25人 | 17人不足 |
| データ分析・DX人材 | 12人 | 40人 | 28人不足 |
| 管理職(組織運営) | 95人 | 90人 | 5人超過 |
| 既存製品の運用・保守 | 310人 | 260人 | 50人超過 |
表の数字は説明のための架空の例です。大切なのは、不足と超過を同じ表で並べることにあります。超過している50人のうち何人を、不足しているタイプへ育成で移せるかが、次のステップの出発点になります。
ギャップを再配置・育成・採用・外部人材のどれで埋めるかの割り振り
出したギャップは、埋め方で4つに分けます。社内での再配置、育成(リスキル)、中途採用、副業・業務委託などの外部人材です。人材版伊藤レポート2.0は、既存事業の拡大や高度化に要る人材は社内の計画的な配置で確保し、十分な知見を持たない新規事業やDXの推進に要る人材は、社内に過度にこだわらず外部からの獲得を検討するよう整理しています。週5日フルタイムにこだわらず、プロジェクト単位で週2日の副業人材を受け入れる例も挙げられています。
先ほどの例なら、超過する運用・保守の人材から適性のある社員を選んでDX人材へ育成し、新規事業の推進役は中途採用と外部人材で埋める、という割り振りになります。社内の再配置を動かす手続きは人事異動の流れと内示から発令までの工程、職務を定義して社内公募で人を動かす方法はジョブ型雇用と人事システムの要件で扱っています。
人材ポートフォリオが機能しない場面と、全社での作成を見送る判断の基準
人材ポートフォリオは、作るだけなら数週間で形になります。使われ続けるかどうかは、作り方より運用の設計で決まります。
全社一律の4象限図を作って終わる失敗、事業部門が使わない分類の共通点
よくある失敗は、人事部門が全社共通の4象限図を作り、経営会議で1回報告して終わる形です。原因は3つに整理できます。分類の軸が事業部門の言葉になっていない、To beの人数が事業計画とつながっていない、翌年に更新する担当と時期が決まっていない、の3つです。
この3つのうち1つでも欠けているなら、図を精緻にする作業は止めます。先に事業部門の責任者と「3年後に足りなくなる人材は誰か」を議論し、その答えをタイプ名にするほうが、施策につながる図を作れるためです。社員を象限で格付けし、本人の処遇に直結させる使い方も避けます。人材ポートフォリオは組織の構成を見る道具で、個人の評価制度ではありません。
事業の見通しが立たない会社は全社定義を見送り、不足する職種に絞る条件
中期の事業計画が毎年大きく書き換わる会社では、3年後のTo beを全社で細かく決めても、翌年には前提が崩れます。人材版伊藤レポート2.0も、将来の事業の見通しが立ちにくい場合は全社単位での定義に固執せず、その時点でニーズが明確な部分に焦点を当ててギャップを把握するよう述べています。
判断の目安は次のとおりです。主力事業の売上構成が3年以上大きく変わらない見込みなら、全社の人材ポートフォリオを作ります。新規事業の比重が大きく、計画の前提が毎年変わるなら、全社版の作成は見送る方針です。代わりに、データ分析やセキュリティのように確実に不足する職種だけで人数目標を置き、半年ごとに見直します。社員が100人未満の会社も、全社の4象限より職種別の不足人数の一覧で足ります。
タレントマネジメントシステムで人材ポートフォリオを可視化するデータ設計
人材ポートフォリオを毎年更新するには、集計の元になる人事データが1か所にそろっている必要があります。Excelで集計する会社が詰まる箇所と、システムに持たせる項目を整理します。
As isの集計に要る所属・職種・スキル・評価・本人の意向の項目と持ち方
As isを自動で集計するには、社員ごとに次の項目を持たせます。
- 所属と職種:現在の部署・役職・職種と、発令日つきの所属履歴
- 人材タイプ:社員をどのタイプに振り分けたかと、振り分けた年度
- スキルと資格:スキル評価の段階、保有資格と取得日
- 評価:直近数年の評価結果
- 本人の意向:異動希望、キャリアの希望、育成プログラムの受講状況
実務で先に整えるべきは人材タイプの列です。年度つきで持てば、前年から何人がタイプを移ったか、つまり育成や再配置の成果を人数で数えられるからです。人材版伊藤レポート2.0も、最初から包括的な人事情報基盤を作ろうとすると時間ばかりかかるとし、自社が重視する指標に直結する情報の整備を優先するよう勧めています。スキル評価の運用はスキル管理の目的と棚卸しの運用、集計後の分析手法はピープルアナリティクスの手法と進め方で解説しています。
Excel集計から移る目安と、パッケージで足りない部分を追加開発する判断
Excelから移す目安は、人材タイプの振り分けを部門ごとのファイルで集めて、統合だけで数週間かかるようになったときです。To beの人数を年度ごとに版で残せず、前年の目標と比べられない状態も同じ合図です。まずはタレントマネジメントシステムのパッケージが持つ人材ポートフォリオやスキルマップの画面で、自社の分類軸を表現できるかを試します。
追加開発が要るのは、自社独自の人材タイプの判定ルールを自動で当てたい場合や、事業計画の人数目標と人事データを同じ画面で突き合わせたい場合です。給与・評価・勤怠が別々のシステムにあり、パッケージの標準連携で取り込めないときも当てはまります。パッケージを土台にして、データ連携と集計の部分だけを開発する構成なら、費用を抑えやすい設計です。人事データを集約して人材ポートフォリオを出す仕組みづくりは人事・労務管理システム開発で相談を受けています。
よくある質問
人材ポートフォリオを初めて作る人事担当者から寄せられる質問に答えます。
人材ポートフォリオの4象限の軸はどう決めればよいですか?
答えたい問いから決めます。新規事業の担い手の不足を見たいなら「既存業務/新規創出」、管理職候補の厚みを見たいなら「個人で成果/組織で成果」を軸に入れます。よく使われるのは「個人か組織か」と「運用か創造か」の組み合わせですが、正解の型はありません。軸の言葉は事業部門の責任者が日常で使う言葉にそろえ、社員を振り分けたときにどの象限か迷う人が多い軸は差し替えます。2軸に収まらない場合は、職種×専門領域の一覧表で構いません。
中小企業でも人材ポートフォリオは必要ですか?
社員が100人未満なら、全社の4象限図を作る必要は薄いと考えます。経営者が社員一人ひとりの役割を把握できる規模では、図にしても新しい発見が少ないためです。代わりに、3年後の事業計画で足りなくなる職種と人数だけを一覧にすれば、採用と育成の優先順位は決められます。事業の拡大で社員が増え、部門長でないと部下のスキルを把握できなくなった段階で、全社版の作成を検討します。
人材ポートフォリオと人材マップの違いは何ですか?
人材マップは、社員一人ひとりの評価や能力、配置を一覧にして、個人を見るための図を指すことが多い言葉です。人材ポートフォリオは、社員を人材タイプに分けた構成と人数を見るもので、組織の単位で使います。人材マップで個人を把握し、その情報を集計して人材ポートフォリオを作る関係にあります。ただし言葉の定義は会社やサービスによって揺れるため、社内で使う前に「個人を見るのか、構成を見るのか」を決めておくと混乱が起きません。
人的資本の開示で人材ポートフォリオを公表する義務はありますか?
人材ポートフォリオの図そのものを開示する義務はありません。2023年1月の開示府令等の改正で有価証券報告書に必須となったのは、人材の多様性の確保を含む人材育成の方針と社内環境整備の方針、それらに関する指標の内容です。もっとも、人材育成の方針を戦略と結びつけて説明するには、どの人材を何人育てるかという数字が要ります。図や人材タイプ別の人数をどこまで載せるかは、各社が任意で判断する範囲です。
人材ポートフォリオはどのくらいの頻度で見直せばよいですか?
As isの人数は年1回、人事評価や異動の確定後に更新するのが一般的です。To beの目標人数は、中期経営計画の見直しに合わせて改めます。人材版伊藤レポート2.0は、経営環境が大きく変わったときや進捗が想定と大きくずれたときに、指標・目標・達成期間を見直すよう求めています。事業の変化が激しい会社に向いているのは、不足している職種に限って半年ごとに人数を確認する運用です。更新の担当部署と時期を決めておかないと、図は1年で古くなります。
関連記事
- タレントマネジメントとは?目的・システム・導入手順を開発会社が解説:人材ポートフォリオを含む人材情報の管理全体と導入手順です。
- タレントマネジメントシステムとは?機能・選び方・費用と2026年の開示要件を開発会社が解説:人材ポートフォリオ画面を持つパッケージの選び方と費用を扱っています。
- 人的資本経営とは?意味・開示義務・実践ステップを開発会社が解説:動的な人材ポートフォリオを含む人的資本経営の全体像と開示義務を整理しています。