秘密保持契約(NDA)は、取引の検討や業務の過程で開示する情報について、目的外の使用と第三者への開示を禁じる契約です。この記事では、機密保持契約や営業秘密との違いを押さえたうえで、秘密情報の定義・除外事由・有効期間・返還と廃棄・損害賠償といった主要な条項の書き方を、不正競争防止法と特許法の条文に沿って整理しました。システム開発やAI導入を外注する発注側が、RFPを出す前にどこまで開示してよいか、業務委託契約とどう分担させるかの判断も示します。
まとめ:秘密保持契約で先に決める秘密情報の範囲・目的・期間と締結の要否
秘密保持契約で最初に決めるのは、何を秘密情報とするかです。「開示者が秘密と表示したもの」に限るか、「開示された一切の情報」とするかで、開示側と受領側の有利不利が入れ替わります。次に、開示の目的を1文で特定し、その目的の外では使えないようにします。
期間は、契約そのものの期間と、終了後も秘密保持義務が残る期間を分けて書きます。返還・廃棄の条項には、バックアップやメールの複製をどう扱うかまで入れておくと、取引をやめたときに揉めません。
契約が無くても不正競争防止法の営業秘密に当たれば保護されますが、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たす必要があり、商談資料や業務フローの多くはこの要件に届きません。システム開発の外注では、RFPや見積り依頼の前にNDAを結び、開発が始まったら業務委託契約の秘密保持条項に引き継ぎます。顧客の個人データを預けるなら、NDAとは別に個人情報保護法25条の委託先の監督が必要です。
秘密保持契約書は印紙税の課税文書に当たらないため、原則として収入印紙は不要です。
秘密保持契約(NDA)の意味と機密保持契約・営業秘密・特許出願との関係
NDAはNon-Disclosure Agreementの略で、機密保持契約、守秘義務契約と呼ばれることもあります。名称が違っても法的な効果は同じで、中身の条項で義務の範囲が決まります。
開示した情報の目的外使用と第三者開示を禁じる合意としての秘密保持契約
秘密保持契約が受領者に課す義務は、大きく2つです。開示された情報を約束した目的の外で使わないこと、そして許された者以外に漏らさないことです。どちらか一方だけでは足りません。第三者に漏らさなくても、商談で受け取った業務フローを自社の別製品の設計に流用されれば、開示側の損失は同じだからです。
当事者の片方だけが情報を出すなら一方向(片務)型、双方が出すなら双方向(双務)型で結びます。システム開発の発注前は、発注側が業務情報を出し、受注側が見積りの算定根拠や技術資料を出すため、双方向型で結ぶ例が多くなります。
不正競争防止法2条6項の営業秘密3要件と契約が無い情報に保護が届かない範囲
不正競争防止法2条6項は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定めています。秘密管理性・有用性・非公知性の3つが揃わないと、同法の差止め(3条)や損害賠償(4条)は使えません。
この3要件のうち、実務で崩れやすいのは秘密管理性です。アクセス制限も「社外秘」の表示も無いまま共有フォルダに置いた資料は、秘密として管理されていたと認められにくくなります。経済産業省の営業秘密管理指針(2025年3月改訂)は、法の保護を受けるのに必要な最低限の管理水準を示しています。
秘密保持契約は、営業秘密の要件を満たさない情報にも契約上の義務を及ぼせる点に意味があります。不正アクセスなどで取得した営業秘密を不正な利益を得る目的で使用・開示すれば21条1項で10年以下の拘禁刑か2,000万円以下の罰金、法人にも22条1項2号で5億円以下の罰金が科されますが、どれも要件を満たす情報に限った話です。
特許出願前の発明を開示するときに新規性を失わないための特許法29条と30条
技術を開示する場面では、特許との関係も確認の対象です。特許法29条1項は、出願前に公然知られた発明を特許の対象から外しています。秘密保持義務を負わない相手に発明を説明すると、それだけで「公然知られた」と扱われるおそれがあります。
30条1項には、権利者の意に反して公開された場合に1年以内の出願で新規性を失わなかったものとみなす例外がありますが、相手が漏らしたことを立証する負担は開示側にあります。出願前の発明やアルゴリズムを外部の開発会社に説明するなら、先にNDAを結び、開示した資料と日付を記録しておくのが確実です。
秘密保持契約書に入れる主要条項と開示側・受領側で変わる書き方
条項の並びは雛形によって違いますが、中身はおおむね共通しています。ここでは、紛争になったときに結論を左右する順に見ていきます。
秘密情報の定義は表示したものに限るか一切の情報とするかで有利不利が逆転
開示側に有利なのは「開示の方法・媒体を問わず、本目的に関連して開示された一切の情報」とする広い定義です。受領側に有利なのは「秘密である旨を明示して開示された情報」に限る狭い定義で、口頭で伝えた情報は「開示後14日以内に書面で秘密と特定したものに限る」といった補足を付けます。
広い定義は開示側を守るように見えますが、受領側が何を守ればよいか分からず、管理が雑になる弊害があります。発注側として業務情報を出すなら、資料には「秘密」と表示し、口頭の説明は議事録で特定する運用と組み合わせ、定義は表示型にしたほうが実際に守られやすくなります。
除外事由の5類型と受領者が立証する公知・既知・独自開発の情報の扱い
秘密情報の定義から外す情報は、次の5つが標準です。
- 開示を受けた時点で既に公知だった情報
- 開示後に受領者の責任によらず公知になった情報
- 開示を受ける前から受領者が正当に保有していた情報
- 正当な権限を持つ第三者から秘密保持義務を負わずに取得した情報
- 開示された情報によらず受領者が独自に開発した情報
開発会社にとって大きいのは、最後の独自開発の除外です。似た機能を別の顧客向けに作るたびに流用を疑われては事業になりません。一方で発注側は、除外に当たることを受領者が書面で立証する旨を入れておくと、言い逃れを防げます。
目的外使用の禁止と開示できる役員・従業員・弁護士・再委託先の範囲の書き方
目的の条項は「本システムの開発委託の可否を検討するため」のように、取引を特定できる粒度で書きます。「両者間の取引のため」では、何に使っても目的の範囲内と言えてしまいます。
開示を許す相手は、目的のために知る必要がある役員と従業員、弁護士・税理士など法律上の守秘義務を負う専門家、そして事前に書面で承諾した委託先に絞ります。オフショア拠点や協力会社に作業を出す開発会社なら、再委託先にも同等の義務を負わせ、違反は受領者自身の違反とみなす条項を入れる形です。海外拠点を含む体制の見極め方はオフショア開発と国内受託開発の使い分けを解説した記事で扱っています。
有効期間と存続条項は契約期間と終了後の秘密保持義務の期間を分けて書く
期間の書き方で多い失敗は、契約期間を1年とだけ書き、終了後の扱いを書かないことです。契約が終われば義務も終わると読めるため、取引をやめた直後に情報を使われても止められません。「本契約終了後も3年間、第◯条の義務は存続する」と存続条項を置きます。
存続期間の長さは情報の寿命で決めます。見積りの単価や商談の条件なら2〜3年で足り、ソースコードや製造ノウハウのように価値が長く続く情報は、営業秘密に当たる限り期限を設けない書き方も選べます。
返還・廃棄の条項でバックアップやログに残る複製を扱う書き方と証明書
契約の終了時か開示者が求めたときに、秘密情報とその複製を返還または廃棄する、という条項は雛形にほぼ必ずあります。システム開発で問題になるのは、ソースコード管理やバックアップ、メールのアーカイブに残る複製です。
自動バックアップまで即時に消すのは技術的に難しいため、「通常のバックアップ手順で保存された複製は、復元しない限り廃棄を要しない。ただし秘密保持義務は存続する」と書くのが実際的です。発注側は、廃棄したことを記した証明書の提出を求める一文を加えておくと、取引終了時の確認が1枚で済みます。
損害賠償・違約金を定める民法420条と不正競争防止法3条の差止めの位置づけ
情報が漏れたときの損害額は、立証が難しいのが常です。民法420条は損害賠償の額を予定することを認め、違約金は賠償額の予定と推定されます。違約金を定めれば損害額の立証を省けますが、高額すぎる額は受領側が締結を拒む原因になるため、双方向のNDAでは定めない例も多くあります。
損害賠償より実効性が高いのは差止めです。契約に「違反またはそのおそれがある場合、開示者は使用の差止めを請求できる」と書いておけば、営業秘密の要件に届かない情報でも契約上の差止めを主張できます。合意管轄は、自社の本店所在地を管轄する地方裁判所を指定するのが一般的です。
システム開発の外注で秘密保持契約を結ぶ時期と業務委託契約・個人情報との分担
システム開発の発注では、NDAは1回結んで終わりではありません。検討、開発、運用と段階が進むにつれて、開示する情報の種類が変わります。
RFP・見積り依頼の前に結ぶNDAで開示してよい情報と開示を控える情報の線引き
NDAが最初に要るのは、複数の開発会社にRFPを送る前です。RFPには現行システムの構成、業務量、課題が書かれ、受け取った各社はそれを見積りの根拠に使います。RFPに載せる項目の組み立てはRFPの記載項目と目次テンプレートを解説した記事で確認できます。
ただし、NDAを結んでも、選定前の会社に何もかも出す必要はありません。この段階で出すのは見積りに必要な規模感と要件までにとどめ、顧客データの実物、認証情報、ソースコード全体は発注先を決めてから渡します。複数社を比較する手順はベンダー選定の流れと評価表の配点設計を解説した記事にまとめています。
開発開始後は業務委託契約の秘密保持条項に引き継ぐ優先関係の書き方
発注先が決まり業務委託契約を結ぶと、契約書の中に秘密保持条項が入ります。このとき先に結んだNDAとの関係を書いておかないと、どちらの定義や期間が適用されるのか争いになります。業務委託契約に「本契約の秘密保持条項は、当事者間の◯年◯月◯日付秘密保持契約に優先する」と書くか、逆にNDAを存続させてそちらに委ねるか、どちらかに決めることが必要です。
開発の成果物そのものは秘密保持ではなく権利の帰属の問題で、業務委託契約の著作権条項で決まります。契約書全体の組み方は業務委託契約書の必須条項と請負・準委任の書き分けを解説した記事、プログラムの権利の扱いはソースコードの著作権の帰属と譲渡契約を解説した記事で詳しく書いています。
個人データを預ける委託はNDAだけで足りず個人情報保護法25条の監督が要る理由
移行作業や運用保守で顧客の個人データを開発会社に渡すなら、秘密保持契約だけでは不十分です。個人情報保護法27条5項1号により、委託に伴う提供は本人の同意を要しない代わりに、25条で委託先を監督する義務が発注者にかかります。
個人情報保護委員会の通則編ガイドラインは、委託先の選定、委託契約の締結、取扱状況の把握を監督の内容に挙げています。NDAの秘密保持義務に加えて、安全管理措置の内容、再委託の条件、報告と監査の権限を契約に書く必要があります。事業者の義務の全体は個人情報保護法の4つの義務と罰則を条文番号で解説した記事を参照してください。
生成AIやクラウドへの秘密情報の入力を開示に当たるかで書き分ける条項
受領者が秘密情報を生成AIサービスに入力したり、外部のクラウドストレージに置いたりするのが「第三者への開示」に当たるかは、雛形の多くが書いていません。サービス提供者が入力内容を学習に使う設定かどうかで、実質的なリスクは大きく変わります。
発注側が業務資料や仕様を出すなら、「入力内容を学習に使わない設定のサービスに限り、事前の承諾を得て利用できる」のように利用条件を条項で決める形です。特許庁のオープンイノベーションポータルサイトは、AI編の秘密保持契約書を含むOIモデル契約書ver2.2(2025年4月改訂)を逐条解説つきで公開しています。社員の無断利用まで含めた対策はシャドーAIの情報漏洩リスクと対策を解説した記事で扱っています。
秘密保持契約を結ぶべき場面と見送る場面、相手の雛形を修正する優先順位
ここからは判断の話です。NDAは結べば安心という書類ではなく、範囲と期間を誤ると、守れない義務を負うか、守ってほしい情報が守られないかのどちらかになります。
一方向NDAと双方向NDAの選び方とNDAを結ばずに進めてよい公開情報だけの場面
自社だけが情報を出すなら一方向、双方が出すなら双方向で結びます。発注側が「自社の情報だけ守られればよい」と一方向を求めても、開発会社が見積りの算定根拠や技術資料を出す以上、双方向のほうが交渉は早く終わります。
反対に、公開済みのWebサイトの改修相談のように、渡す情報がすべて公開情報か、社名と予算規模程度にとどまるなら、NDAを結ぶまで待つ必要はありません。結ぶための確認や押印の往復で、初回の打合せが2〜3週間遅れることもあります。開示する資料を決めた時点で、NDAの要否を判断すれば足ります。
相手の雛形で修正を求める4つの順番と残留情報条項を受け入れない場面
相手の雛形を受け取ったら、次の順に読み、自社に不利な箇所から修正を求めます。
- 秘密情報の定義と除外事由:自社が出す情報が定義に入っているか、独自開発の除外が広すぎないか
- 存続期間:終了後の義務が書かれているか、情報の寿命に合っているか
- 残留情報条項:受領者の記憶に残った情報を自由に使えるとする規定が入っていないか
- 損害賠償と管轄:一方だけが違約金や上限を負う形になっていないか、管轄が遠方でないか
3の残留情報条項は、海外企業の英文NDAに多い規定です。業務ノウハウや業務フローを出す発注側がこれを受け入れると、記憶に基づく流用を止められなくなるため、削除を求めます。削除に応じない相手には、秘密度の高い情報を渡さないと決めるのが現実的な対処です。経済産業省の秘密情報の保護ハンドブック(2024年2月改訂)の参考資料2には、秘密保持誓約書など各種契約書の参考例がWord形式で掲載されており、修正案の文言を作るときの下敷きになります。
締結後の存続期間・返還期限を台帳で管理する体制とシステム化に移る目安
NDAは、締結した後に管理されないまま忘れられやすい契約です。取引をやめたのに返還・廃棄の請求をしていない、存続期間が切れたことに気づかず古い契約を根拠に抗議した、という事態は、相手先が増えるほど起きます。
NDAが年間で数十件までなら、表計算の台帳に相手先、締結日、存続期間の満了日、開示した資料の一覧を入れて四半期ごとに見直せば回ります。電子契約で締結すると、締結日と契約書の所在が自動で残るため台帳の手間が減ります(電子契約の効力は電子署名法による電子契約の法的効力を解説した記事を参照)。部署ごとに契約書を保管していて所在が分からない状態になったら、期限通知と検索を備えた仕組みに移る時期です。製品選びの観点は契約書管理システムの機能と選び方を解説した記事で整理しています。既存のワークフローや取引先マスタと契約データをつなぎたい場合は、文書管理システム開発として個別に作る方法もあります。
秘密保持契約書の印紙・有効期間・誓約書との違い・雛形についてよくある質問
秘密保持契約の締結や管理について、検索の多い質問に答えます。
秘密保持契約書に収入印紙は必要ですか?
原則として不要です。秘密保持契約書は、印紙税法の課税物件表に定める第1号から第20号までの文書のいずれにも当たらないため、不課税文書になります。ただし、同じ書面に請負の内容や継続取引の条件を書き込むと、第2号や第7号の課税文書と判断される場合があるため注意が必要です。号ごとの判定は印紙税法の課税文書と税額一覧を解説した記事で確認できます。電子契約で締結した場合は、どの内容でも印紙はかかりません。
秘密保持契約の有効期間は何年にすればよいですか?
契約期間と、終了後の秘密保持義務の存続期間を分けて決めます。契約期間は検討や取引の見込み期間に合わせて1年程度とし、自動更新を付けるのが一般的です。存続期間は情報の寿命で決め、見積り条件や商談情報なら2〜3年、ソースコードや製造ノウハウのように長く価値が続く情報は5年以上か、営業秘密に当たる限り存続とする書き方を選びます。
秘密保持契約と秘密保持誓約書はどう違いますか?
秘密保持契約は、企業と企業のように対等な当事者が互いの義務を合意する契約です。秘密保持誓約書は、従業員や退職者、派遣社員などが会社に対して秘密を守ることを一方的に約束する書面で、入社時・プロジェクト参加時・退職時に取るのが通例です。開発会社に発注する場面では企業間の秘密保持契約を結び、その開発会社が自社の技術者から誓約書を取っているかを確認すると、義務が個人まで届きます。
秘密保持契約を結ばずに情報を渡した場合はどうなりますか?
契約上の義務が無いため、相手に目的外使用や第三者への開示を禁じる根拠は、不正競争防止法の営業秘密の保護だけになります。秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たさない商談資料や業務フローは保護されません。発明を説明した場合は特許法29条1項の新規性を失うおそれもあります。渡してしまった後でも、遡って対象に含めるNDAを結べば以後の義務は課せます。
秘密保持契約書の雛形はどこで入手できますか?
公的な雛形としては、経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」の参考資料2(各種契約書等の参考例)と、特許庁のOIモデル契約書ver2.2に含まれる秘密保持契約書(新素材編・AI編)があります。OIモデル契約書は逐条解説つきで、条項ごとの意図を確認できる構成です。システム開発の取引全体には、IPAの情報システム・モデル取引・契約書(第二版)が秘密保持を含む条項を揃えています。
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