信託型ストックオプションとは?仕組みと給与課税リスク・代替策【令和6年度改正対応】
信託型ストックオプションは、付与のタイミングや配分を後から柔軟に決められる報酬スキームとして、スタートアップを中心に広く導入されてきました。しかし2023年に国税庁が課税上の取扱いを明らかにしたことで、その前提は大きく変わっています。本記事では、信託型ストックオプションの仕組みとメリットを整理したうえで、なぜ給与課税の問題が生じたのか、既に導入している企業は何を確認すべきか、これから設計するならどの制度を選ぶべきかまでを、最新の税制を踏まえて解説します。
目次
まとめ:信託型ストックオプションの全体像
信託型ストックオプションとは、会社法上の新株予約権を信託の仕組みで管理し、貢献度に応じて後から役職員へ配分する報酬制度です。発行時点の時価で権利行使価額を固定でき、入社時期に左右されず成果を見てから付与できる点が支持され、上場企業を含めて多くの企業が採用してきました。
ところが2023年5月、国税庁は信託型ストックオプションの権利行使時に生じる経済的利益を給与所得として課税する取扱いを明らかにしました。従来想定されていた譲渡所得課税(税率約20%)であれば軽かった税負担が、総合課税で最大約55%まで上がり、すでに権利行使した分についても遡って源泉徴収が必要になりうる事態となっています。この結果、信託型に期待されていた税制上の優位性は実質的に失われました。
これから役職員向けのインセンティブを設計する企業にとっては、令和6年度税制改正で使い勝手が向上した税制適格ストックオプションが有力な選択肢になります。以下では、仕組みの理解から既導入企業の対応、新規設計の判断材料までを順に確認していきます。
信託型ストックオプションの仕組みと従来型との違い
信託と新株予約権を組み合わせた報酬スキームという定義
信託型ストックオプションは、信託という器を使って新株予約権を管理・配分する報酬の仕組みです。ストックオプションの法的な実体は会社法第2条21号に定める新株予約権であり、あらかじめ定めた行使価額を払い込むことで自社株式を取得できる権利を指します。制度全体の基礎はストックオプション制度の基本仕組みと経営者が押さえるべき導入目的の整理で整理していますが、信託型はこの新株予約権を、付与の段階でいったん信託にプールし、後から特定の役職員へ割り当てる設計に特徴があります。
金銭の信託から役職員の行使・売却までの流れ
一般的な信託型ストックオプションは、おおむね次の順序で進みます。発行会社の創業者などが資金を拠出し、信託を組成して受託者に金銭を信託します。この信託は受益者がまだ存在しないため法人課税信託として扱われ、組成時に拠出した金銭へ法人課税が行われます。続いて受託者が発行会社から新株予約権を有償かつ時価で引き受け、信託財産として保管します。その後、信託期間中に貢献した役職員が受益者として指定され、保管していた新株予約権が交付されます。役職員は権利を行使して株式を取得し、最終的にその株式を売却して利益を確定させます。
- 創業者などが資金を拠出し、信託を組成して受託者へ金銭を信託する(組成時に法人課税)
- 受託者が発行会社から新株予約権を有償・時価で取得し、信託財産として保管する
- 貢献度などに応じて役職員を受益者に指定し、保管していた新株予約権を交付する
- 役職員が権利を行使して株式を取得する
- 取得した株式を売却して利益を確定する
受託者が時価で新株予約権を取得しているため、付与の時点では役職員に金銭負担が生じない点が、この設計の出発点になっています。
従来型ストックオプションが抱えた課題を解決する設計
従来の無償型ストックオプションには、発行の時点で「誰に」「いくつ」付与するかを確定しなければならないという制約がありました。後から入社した優秀な人材には付与できず、また付与後に株価が上昇すると、早期に付与された人ほど有利になり、貢献度と報酬が一致しにくいという不公平も生じます。信託型は、新株予約権をいったん信託に預けておき、付与対象者と配分を後から決められるようにすることで、こうした課題を解消する狙いで設計された制度です。
信託型が支持された2つのメリット
株価が上がっても行使価額を発行時点の時価に固定できる
信託型の大きな利点は、権利行使価額を信託組成時の株価に固定できる点にあります。受託者が早い段階で新株予約権を取得しておくため、その後に企業価値が大きく上昇しても、役職員が後から受益者に指定された時点で行使価額が上がることはありません。株価が低い創業初期に組成しておけば、成長後に付与された役職員も低い行使価額の権利を受け取れるため、値上がり益をインセンティブとして最大化しやすくなります。
入社時期によらず成果を見てから付与対象と配分を決められる
もう一つの利点は、付与のタイミングと配分を後ろ倒しにできる柔軟性です。新株予約権を信託にプールしておくことで、組成時点では対象者を確定させず、実際の貢献度や成果を確認したうえで受益者を指定できます。多くの仕組みでは社内の評価をポイントとして蓄積し、ポイントに応じて新株予約権を配分する運用がとられてきました。これにより、入社の早い遅いではなく、実際に会社へ貢献した度合いに応じて報酬を割り当てられる点が、人材の確保と定着の両面で評価されてきました。
2023年・国税庁見解で「給与課税」になった経緯
2023年5月の説明会とストックオプション課税Q&Aの公表
信託型ストックオプションの前提を変えたのが、2023年の国税庁の見解です。2023年5月29日に国税庁と経済産業省がストックオプション税制に関する説明会を開催し、翌5月30日付で「ストックオプションに対する課税(Q&A)」が公表されました。このQ&Aの問12で信託型ストックオプションが取り上げられ、権利行使時に生じる経済的利益を給与所得として取り扱う旨が示されています。Q&Aはその後も改訂が重ねられ、令和6年11月にも最終改訂が行われています。ストックオプションをめぐる法令の全体像はストックオプションに関連する法律は?会社法・税制など5つの法令と令和6年度改正で確認できます。
権利行使時に給与所得として課税するという判断
従来の実務では、信託型ストックオプションについては権利行使時には課税されず、取得した株式を売却した時に譲渡所得として課税されるという理解が一般的でした。これに対し国税庁は、役職員が権利を行使して株式を取得した時点の経済的利益を、所得税法上の給与所得に区分するとの判断を示しました。給与所得とされることで、会社には源泉徴収の義務が生じ、株式売却時まで課税が繰り延べられるという従来の想定は成り立たなくなりました。
「有償・信託経由でも実質は会社からの報酬」という論拠
国税庁の論拠は、信託や有償取得という形式ではなく、利益の実質に着目した点にあります。信託が新株予約権を有償で取得していることなどから「労務の対価ではない」とする見解に対し、実質的には会社が役職員に付与しているものであり、役職員自身に金銭の負担がないことから、経済的利益は労務の対価に当たると整理されました。信託という受託者を経由していても、役職員への報酬とみなされるという考え方です。
見解変更ではなく従来からの取扱いの明確化という位置づけ
注意したいのは、国税庁がこの取扱いを「新たに見解を変更したもの」ではなく、従来からの考え方を明確化したものと位置づけている点です。この位置づけは、過去に行使された分にも同じ取扱いが及ぶことを意味します。そのため、すでに権利行使が行われた信託型ストックオプションについても、給与課税が遡って適用される可能性が高いという整理になっています。
給与課税による税負担と既導入企業への影響
総合課税で最大約55%、譲渡所得20%との差
給与所得課税となることの影響は、税率の差に端的に表れます。譲渡所得であれば申告分離課税で税率は一律20.315%ですが、給与所得は他の所得と合算した総合課税となり、累進税率の適用で最高55.945%に達します。同じ利益でも、課税区分が変わるだけで手取りが大きく目減りすることになります。信託型と同じく権利行使時に給与課税される類型については、税制非適格ストックオプションとは?課税2回の仕組みと税制適格との違いもあわせて確認すると、課税の構造を整理しやすくなります。
| 区分 | 課税方法 | 税率(最大) | 会社の源泉徴収 |
|---|---|---|---|
| 給与所得(国税庁見解) | 総合課税・累進 | 55.945% | 必要 |
| 譲渡所得(従来想定) | 申告分離課税 | 20.315% | 不要 |
税率はいずれも復興特別所得税・住民税を含んだ数値です。利益の額が大きいほど、給与所得課税となることによる負担増は顕著になります。
既に行使した分は過去にさかのぼり源泉徴収と分割納付
すでに権利行使が行われている場合、その分の経済的利益は給与所得として課税対象になります。会社は給与の支払者として源泉徴収義務を負い、源泉所得税の徴収・納付には原則として5年の期間が関係するため、過去にさかのぼって対応を求められることになります。一括での納付が困難なケースについては、税務署へ申請することで、原則として1年以内の期間に限り分割納付が認められる場合があるとされています。退職した役職員の分も含めて対象となりうるため、対応には相応の事務負担が伴います。
会社側に生じる源泉徴収事務と制度見直しの負担
導入企業にとっては、税負担そのものに加えて実務上の負担が重くなります。行使のたびに給与所得として源泉徴収を行う事務が継続的に発生し、過去分については徴収・納付の手続きや対象者への説明も必要になります。さらに、期待していたインセンティブ効果を維持するために、信託型を廃止して別の制度へ切り替える検討も避けられません。実際に、信託型を廃止し、有償ストックオプションと税制適格ストックオプションを組み合わせた制度へ移行した企業の例も公表されています。
これから検討する企業の判断と代替策
信託型は実質的な税メリットを失い新規採用は慎重に
これから役職員向けのインセンティブを設計する企業にとって、信託型ストックオプションは慎重な検討を要する選択肢になりました。制度そのものは会社法上の新株予約権と信託の組み合わせであり発行は可能ですが、行使時に給与課税されることが明確になった以上、従来期待されていた税制上の優位性は見込みにくくなっています。導入のメリットとして語られてきた「行使価額の固定」や「後から配分できる柔軟性」は、税負担の重さと事務負担の増加と引き換えになる点を踏まえて判断する必要があります。
令和6年度改正で使いやすくなった税制適格SOへの移行
有力な代替策となるのが、税制適格ストックオプションです。要件をすべて満たせば権利行使時には課税されず、株式売却時に譲渡所得として一律約20%で課税されるため、受け手の税負担を抑えられます。令和6年度税制改正(2024年4月1日施行)では、この税制適格ストックオプションの使い勝手が大きく向上しました。権利行使価額の制約や非上場株式の評価をめぐる論点を含め、税制適格ストックオプションとセーフハーバールール|非上場株の権利行使価額と1円SOの実務で実務的な設計の勘所を確認できます。
| 発行会社の区分 | 年間権利行使価額の限度額 |
|---|---|
| 設立5年未満 | 2,400万円 |
| 設立5年以上20年未満(非上場/上場後5年未満) | 3,600万円 |
| 設立20年以上ほか | 1,200万円(据え置き) |
改正では限度額の引き上げに加え、証券会社等への保管委託に代えて発行会社自身が株式を管理できるスキームが認められ、M&Aによる出口にも対応しやすくなりました。社外の高度人材へ付与する際の実務経験要件も緩和され、国家資格保有者などへ適格付与しやすくなっています。また、取引相場のない株式の権利行使価額については、財産評価基本通達の例に沿って算定すれば適格と認められるセーフハーバーが示されており、未上場企業でも適格要件を満たしやすくなりました。
有償SOと税制適格SOを組み合わせる設計の考え方
監査役や大口株主など税制適格を使えない対象者がいる場合や、適格の限度額を超える付与を想定する場合には、有償ストックオプションを併用する設計が現実的です。有償型は発行価額の払い込みが必要になる代わりに、適格要件のような厳格な制約を受けにくく、付与対象者の幅も広く取れます。信託型から移行した企業の中には、税制適格ストックオプションを軸に据えつつ、適格でカバーできない部分を有償型で補う組み合わせを採用した例があります。誰にどの類型を使うかを一覧化したうえで、資本政策全体の中で発行計画を立てることが、設計の出発点になります。
既導入企業がとるべき確認と対応のステップ
すでに信託型ストックオプションを導入している企業は、まず現在の状況を整理することが先決です。交付済みで未行使の分については、給与課税となる前提で行使を進めるか、行使せずに別のインセンティブへ切り替えるかを検討します。すでに行使された分については、源泉徴収・納付の要否を確認し、一括納付が難しい場合は分割納付の相談を含めて対応方針を固めます。いずれの対応も税務・法務・会計が複雑に絡むため、自社の状況を踏まえて税理士や弁護士などの専門家に相談しながら進めることが重要です。
よくある質問(FAQ)
信託型ストックオプションは今でも発行できますか
制度そのものは会社法上の新株予約権と信託を組み合わせたものであり、発行自体は可能です。ただし2023年の国税庁見解により、権利行使時に給与所得として課税されることが明確になったため、従来期待されていた税制上のメリットは実質的に失われています。これから新規に採用する場合は、税負担と事務負担を踏まえて慎重に判断することが必要です。
信託型の税金は具体的にどのくらいかかりますか
権利行使時に生じる経済的利益が給与所得として総合課税の対象になります。他の所得と合算した累進課税となるため、最高で55.945%(復興特別所得税・住民税を含む)に達します。従来想定されていた譲渡所得課税の20.315%と比べると、負担は大幅に重くなります。加えて、会社は給与の支払者として源泉徴収義務を負います。
すでに権利行使した場合、追徴課税は避けられますか
すでに行使された分も給与所得として課税対象となり、会社は過去にさかのぼって源泉徴収・納付を求められる可能性があります。一括での納付が困難な場合は、税務署へ申請することで、原則として1年以内に限り分割納付が認められる場合があるとされています。個別の取扱いは状況によって異なるため、税理士や所轄の税務署に相談することをおすすめします。
税制適格ストックオプションへ切り替えるべきですか
これから設計するのであれば、税制適格ストックオプションが有力な選択肢です。令和6年度税制改正で年間権利行使価額の限度額が最大3,600万円へ引き上げられ、発行会社自身による株式管理や社外高度人材への付与要件も緩和され、使いやすくなりました。ただし税制適格は複数の要件をすべて満たす必要があり、行使価額の設定ミスなどで一つでも欠けると給与課税となるため、設計は専門家と進めることが大切です。
BIP信託や株式交付信託と信託型ストックオプションは違いますか
別の制度です。BIP信託や株式交付信託は、信託を通じて現物の株式や金銭を交付する株式報酬の仕組みであるのに対し、信託型ストックオプションは新株予約権を信託で管理・配分する仕組みです。付与される権利の性質も課税関係も異なります。株式報酬全体の中での位置づけは株式報酬制度とストックオプションの定義と制度上の根本的な違いで整理しています。