ROIC(投下資本利益率)とは?意味と基本の考え方を初心者にも丁寧に徹底解説

目次
- 1 ROIC(投下資本利益率)とは?意味と基本の考え方を初心者にも丁寧に徹底解説
- 2 ROICの計算式と求め方とは?初心者向けに基本的な算出方法を具体例でわかりやすく徹底解説【計算例付き】
- 3 ROICとROE・ROA・ROIの違いを比較:各指標の特徴と使い分けを初心者向けに図解付きで徹底解説
- 4 ROIC経営とは?注目される理由と背景:なぜROIC重視の経営がこれほど注目を集めるのかを詳しく解説
- 5 ROICの構成要素(営業利益率・投下資本回転率)の分解分析:ROICを構成する2つの要素を分解して徹底解説
- 6 ROICの目安と業種別の平均値:一般的なROICの基準値と主要業界ごとの平均水準を初心者向けに徹底解説
- 7 ROICを高めるための改善ポイント・施策:ROIC向上に効果的な戦略と具体的なアクションプランを詳しく解説
- 8 ROICとWACC(加重平均資本コスト)の関係:企業価値評価におけるROICとWACCのつながりと重要性を解説
- 9 ROICスプレッドとは?企業価値向上とのつながり:ROICとWACCの差が示すものと企業価値への影響を解説
- 10 ROICを活用した経営戦略・実践事例:ROIC指標を経営判断に取り入れた企業の戦略と具体的な成果を紹介
ROIC(投下資本利益率)とは?意味と基本の考え方を初心者にも丁寧に徹底解説
ROIC(Return On Invested Capital)とは、企業が事業に投入した資本に対してどれだけ効率よく利益を生み出したかを示す指標です。略称のROICは「Return On Invested Capital」の頭文字を取ったもので、日本語では「投下資本利益率」と訳されます。具体的には、税引後の営業利益(NOPAT)を、株主資本と有利子負債の合計額(投下資本)で割って算出される指標です。企業の収益力を資本の観点から測る尺度であり、企業が調達した資金をどれだけ効果的に利益に結び付けているかを表します。
ROICは企業の資本効率を評価する重要な指標で、値が高いほど「少ない資本で多くの利益を生み出している」ことを意味します。例えばROICが高い企業は効率的に資本を活用して高いリターンを上げていると評価でき、逆にROICが低い場合は投下資本に対する利益率が低いか、あるいは赤字である可能性も示唆されます。そのためROICは、経営者が事業の健全性を判断したり、投資家が企業の資本効率を見る際に注目される指標となっています。また、事業ごとにROICを計算すれば各事業の収益性を比較できるため、企業内の資源配分の判断にも役立ちます。
ROIC(投下資本利益率)の意味と正式名称:略称の由来と基本的な定義を初心者向けに丁寧に徹底解説
ROICは「Return On Invested Capital」の略で、直訳すると「投下資本に対するリターン(利益)」という意味です。前述のように、企業が投下した資本(株主資本+有利子負債)に対してどれだけの利益(税引後営業利益)を上げたかを示す割合であり、企業の稼ぐ力を評価する基本指標となっています。企業が銀行や投資家から調達したお金を使い、どれほど効率良く利益を生み出したかを測るもので、効率性の度合いを示す指標として近年特に重視されています。
“投下資本利益率”という日本語が示す通り、投入した資本に対する利益率を意味します。例えば、100億円の投下資本で事業を行い、1年間で税引後営業利益が10億円生まれた場合、そのROICは10%(=10億円÷100億円)となります。このようにROICの値そのものはパーセンテージ(%)で表され、企業の資本効率を直感的に示すものです。
ROICが表すもの:投下資本に対する利益効率の指標としての役割と重要性を初心者向けに詳しく解説
ROICは資本の収益性を示す指標であり、企業が本業で稼いだ利益を投下資本で割ることで算出されます。ROICの値からは、その企業が資本を使ってどの程度効率的に利益を上げているかが分かります。例えばROICが10%なら「投下資本100円あたり10円の税引後利益を生んでいる」という意味になり、同業他社より高ければ資本効率で優れていると評価できます。一方、ROICが低い場合は資本をうまく活用できていない可能性があり、その事業の継続や戦略の見直しが必要と判断されることもあります。
このようにROICは企業の収益性を評価する際に株主目線と経営者目線の両方で重要な意味を持ちます。株主にとっては、自分たちが提供した資本(株主資本)も含めた全資金がどれだけ効率よく利益に結びついているかを知る指標であり、経営者にとっては借入金まで含めた全社的な資本配分の効率性を測る指標となります。つまりROICは、ROEやROAと並ぶ代表的な資本効率指標として企業価値の評価や経営判断に活用されているのです。
ROIC算出に用いる利益(NOPAT)と投下資本の定義:計算に必要な要素をわかりやすく詳しく解説
ROICの計算で使われる利益は通常NOPAT(Net Operating Profit After Tax)と呼ばれるもので、これは「税引後営業利益」を意味します。具体的には企業が本業で稼いだ営業利益から税金を引いた利益額のことです。営業外の特別な損益や金融収支などは含めず、本業の儲けの部分だけを見るため、事業の真の収益力を表す指標として適しています。
一方、ROICの分母にあたる投下資本とは、事業のために投入された資金の総額のことです。一般的な定義では「有利子負債+株主資本」で計算され、これはつまり銀行などからの借入金(他人資本)と株主からの出資金(自己資本)を合計したものです。ポイントは、事業に必要な運転資金や固定資産などの取得に使われる資金を表す一方で、手元現預金など事業運営に直接関係ない余剰資金は含めない場合があるという点です。投下資本は企業が事業に投じた「元手」と言え、この元手がどれだけの利益を生み出しているかを示すのがROICになります。
ROICから読み取れる企業の経営効率と収益性:ROICの高低が示す意味を具体的なケースで理解できるよう解説
ROICの数字を見ることで、その企業の経営効率や収益性についていくつかのことが読み取れます。例えば、ある企業のROICが業界平均や競合他社よりも著しく低い場合、その企業は資本を効率的に使えておらず、収益力が劣る可能性があります。これは売上高営業利益率(利益率)が低いか、もしくは過大な資本が投下されているか、あるいはその両方かもしれません。反対にROICが高い企業は、限られた資本で大きな利益を生み出していることになり、ビジネスモデルの優位性やコスト効率の良さ、資産の有効活用などが示唆されます。
具体例として、同じ業種で同程度の規模の2社A社とB社を比べ、A社のROICが15%、B社が5%だったとします。この差は非常に大きく、A社は投入資本100円あたり15円の利益、B社は5円の利益しか出せていない計算です。A社の方が効率的に利益を上げている背景には、例えば利益率の高さ(製品やサービスの付加価値が高くコスト管理もうまい)や資本回転率の高さ(在庫や設備を無駄なく活用し資産を圧縮している)などが考えられます。一方B社は収益構造や資産の使い方に改善の余地があると考えられ、経営者はROIC低迷の要因を分析して戦略見直しを迫られるでしょう。
ROICを理解する上で押さえておきたい基本ポイント:指標活用の前提知識をわかりやすく整理して解説
ROICを使いこなすためには、いくつか基本となるポイントを押さえておく必要があります。第一に、ROICは単独で見るよりも他社や業界平均との比較、あるいは過去推移との比較が有用だということです。同じ数値でも業界によって高低の評価が異なる場合があり、また年を追って改善しているか悪化しているかを見ることで、その企業の戦略が功を奏しているかを判断できます。
第二に、ROICは分子(NOPAT)と分母(投下資本)の双方の影響を受けるため、どちらが変動要因かを分析することが重要です。ただROICの低下を捉えるだけでなく、「利益率が落ちたのか」「資本が増えすぎたのか」を分解して考えることで、具体的な改善策が見えてきます。例えば利益率低下が原因なら収益力強化策を、資本過剰が原因なら資産売却や在庫削減などの施策を検討する必要があります。こうした分析の手法については後述するROICツリー分析のセクションで詳しく説明します。
最後に、ROICを評価・目標管理に使う際の留意点として、短期的な数値のみにとらわれすぎないことが挙げられます。ROICは年度ごとの利益と資本から算出されますが、大型投資を行った直後などは一時的に低下することがあります。したがって短期の数値変動だけで判断すると将来の成長投資を萎縮させてしまう恐れがあります。この点も含め、ROICは長期的な企業価値向上に向けた指標として捉えることが重要です。
ROICの計算式と求め方とは?初心者向けに基本的な算出方法を具体例でわかりやすく徹底解説【計算例付き】
ROICの基本的な算出方法は非常にシンプルです。ROIC = 税引後営業利益 ÷ 投下資本で計算され、結果はパーセンテージ(%)で表されます。税引後営業利益(NOPAT)は通常、財務諸表の営業利益から法人税等を差し引いて求め、投下資本は貸借対照表の自己資本と有利子負債の合計額で求めます。実務上はこの計算式に100を掛けて百分率表示することも多いです(例えば0.084なら8.4%と表記)。
実際の計算にあたっては、利益と資本の数値を対応する同じ期間で用いる必要があります。通常は1年間の税引後営業利益と、その期間における平均投下資本を使うのが望ましいでしょう。平均投下資本とは期首と期末の投下資本残高の平均値で、資本残高が期中で大きく変動する場合は平均値を用いることで精度を上げます。簡便的には期末時点の投下資本を使うケースもありますが、大規模な資本増減があった場合は平均を取る方が実態に近いです。
ROICの基本計算式:投下資本利益率の算出方法とその意味をわかりやすく解説
改めてROICの計算式をまとめると、「ROIC = 税引後営業利益(NOPAT) ÷ 投下資本」となります。たとえば、ある企業の税引後営業利益が50億円、投下資本が500億円だった場合、ROICは50÷500=0.10となり、これを百分率で表せば10%となります。この10%という値は「投下資本100円あたり税引後利益10円の稼ぎ」と解釈でき、資本収益性の水準を示しています。
この算出方法から明らかなように、ROICは利益(リターン)と資本(投資額)という2つの要素から決まります。利益が増えればROICは上昇し、逆に利益が減少すればROICは低下します。また、投下資本が増えればROICは低下し、資本を圧縮すればROICは上昇します。つまりROICを改善するには「利益を増やす」か「資本を減らす」かのいずれか(または両方)が必要であり、これが後述するROIC向上策の基本的な考え方につながります。
ROICの分子:税引後営業利益(NOPAT)の求め方と算出上のポイントを詳しく解説
ROIC計算の分子に当たる税引後営業利益(NOPAT)は、企業の本業の利益から税金を引いたものです。通常、企業の決算書類では営業利益がまず算出されていますので、これに実効税率を掛けて税金相当額を計算し、営業利益から差し引くことでNOPATを求めます。具体的には、NOPAT = 営業利益 × (1 – 実効税率) という形です。
例えば営業利益が100億円で実効税率(法人税や住民税など含む税負担率)が30%であれば、NOPATは100 × (1 – 0.3) = 70億円となります。これは税引後の営業利益、つまり事業活動によって残った利益のうち税金を納めた後に手元に残る分です。ROICでは純粋な事業の収益力を評価したいため、金融収支や特別損益を含まない営業利益ベースで考え、なおかつ税引後で計算することで企業の所有形態の違い(借入比率など)によらず比較ができるようにしています。
算出上のポイントとして、実効税率は厳密には各社の税負担状況によって異なりますが、多くの場合30%前後を目安に用いることが多いです。また、四半期など短期間でROICを計算する場合は、税金の調整が難しいため営業利益をそのまま使うケースもありますが、年間ベースで評価する際には税引後にしておく方が正確です。
ROICの分母:投下資本の算出方法と計算に含める項目をわかりやすく解説
ROIC計算の分母となる投下資本は、事業に投入されたすべての資本(資金)の総額です。一般的には株主資本+有利子負債で求められます。株主資本は株主から提供された自己資本(株式発行による資金や内部留保など)、有利子負債は銀行借入や社債発行など利息の発生する借入金です。したがって投下資本は「他人資本と自己資本の合計」であり、企業が調達した運用資金の総計とも言えます。
計算に含める項目として注意が必要なのは、手元にある現預金などの非事業用資産をどう扱うかです。一般に、ROICでは事業の運営に必要な資産に対応する資本だけを考えたいので、余剰な現金や遊休資産など事業に直接関係しないものは投下資本から控除することがあります。例えば、事業に必要な運転資金や設備投資額は投下資本に含めますが、明らかに使途のない余剰資金は差し引いて計算した方が、事業の資本効率を正確に捉えられるという考え方です。
具体的な算出手順として、貸借対照表から自己資本と有利子負債の金額を合計し、そこから(もし大きな額であれば)余剰現金を差し引いて投下資本とします。例えば自己資本が300億円、有利子負債が200億円の会社で、手元資金が50億円余っている場合、投下資本は300+200-50=450億円という具合です。こうした調整を行うかどうかは分析の目的によりますが、競合他社と比較する際などは統一基準で処理することが望まれます。
ROIC算出の具体例:簡単な数値例を用いた計算ステップと結果の読み方を解説
それでは、ROIC算出の具体的な例を示しましょう。仮にある会社「X社」の財務データが以下の通りだったとします。
- 営業利益:120億円
- 実効税率:30%
- 株主資本:400億円
- 有利子負債:200億円
- 余剰現金(遊休資金):0円
まず税引後営業利益を計算します。営業利益120億円に(1 – 0.3)を掛けて、税引後営業利益(NOPAT)は84億円となります。次に投下資本を計算します。株主資本400億円と有利子負債200億円の合計である600億円が投下資本です(余剰現金はないものとします)。
以上より、ROIC = 84億円 ÷ 600億円 = 0.14となり、14%という結果が得られます。これは「X社は投下した資本600億円に対して年14%の利益を上げている」ことを意味します。この数値を業界平均や競合他社と比べることで、X社の資本効率が優れているのか、それとも改善の余地があるのかを評価できます。また、前年のROICと比較して上昇していれば資本効率が改善したことを示し、低下していれば何らかの理由で効率が悪化したことを示します。その原因が利益面にあるのか資本面にあるのかを分析することで、次の経営アクションにつなげることができます。
ROIC計算時の注意点:期間の設定や会計上の調整など算出上の留意事項を解説
ROICを計算・利用する際には、いくつか注意すべきポイントがあります。まず、計算期間の整合性です。通常は1年間の財務データで計算しますが、前述のように利益と資本は同じ期間の値を使う必要があります。期中で資本構成が大きく変わった場合、期首・期末平均の投下資本を用いるなど、なるべく実態に近い数値で算出することが望ましいでしょう。また四半期単位でROICを算出すると、季節要因や一時的な在庫増減で大きく数値がブレることもあるため、短期的な値に過度に振り回されないように注意します。
次に、会計上の調整項目についてです。企業によっては特定の事業だけで使われている資産や、会計上特別扱いの損益項目があります。例えば減損損失やのれん償却などは、本業の収益力という観点では除外した方が良い場合があります。必要に応じて、分子のNOPATから一時的・非経常的な損益を除いたり、分母の投下資本から事業に無関係な資産を除外したりといった調整を行うことで、より経営実態を反映したROICを計算することも可能です。
最後に、比較・評価時の留意点として、ROICは業種によって適正水準が大きく異なる点を忘れてはなりません。ある業界ではROIC10%でも高い評価を受ける一方、別の業界では15%でも平均以下ということがあります(詳細は後述の「ROICの目安と業種別平均値」の節で解説します)。したがって、自社のROICを評価する際は必ず業界平均や競合他社の値と照らし合わせ、「同業他社と比べて高いのか低いのか」を判断することが重要です。
ROICとROE・ROA・ROIの違いを比較:各指標の特徴と使い分けを初心者向けに図解付きで徹底解説
企業の収益性を測る指標にはROICのほかにもROE(自己資本利益率)やROA(総資産利益率)、さらにはROI(投資利益率)などがあります。それぞれ似たような用語ですが、計算式や見ている範囲が異なり、活用目的にも違いがあります。ここではROICとこれら他の指標の違いについて整理し、どう使い分ければよいのかを解説します。
ROIとの違い:個別投資案件の収益性評価指標ROIと企業全体の資本効率指標ROICの違いを解説
ROI(Return On Investment)は一般に「投資利益率」などと訳され、特定の投資案件やプロジェクトの採算性を評価する指標として用いられます。計算式は文脈によって多少異なりますが、基本的には「ROI = 投資による利益 ÷ 投資額」で算出され、企業全体ではなく個別の投資対象に対するリターンを見るものです。
例えば、ある設備投資プロジェクトに1,000万円を投じて5年間で累計200万円の純利益が得られた場合、そのROIは20%(200万円÷1,000万円)となります。ROIはこのようにプロジェクトごとの費用対効果を評価するのに適しており、マーケティング施策の効果測定(広告ROI)などでも使われることがあります。一方、ROICは企業全体の資本効率を測る指標であり、個別案件ではなく企業の全事業活動を通じた資本の収益性を示します。ROIが限定的な投資評価に用いられるのに対し、ROICは企業レベルで継続的に管理すべき指標といえます。
したがってROIとROICは対象範囲も目的も異なります。ROIは「この投資は見合うか?」を判断するための指標で、ROICは「会社全体として資本を有効活用できているか?」を評価する指標です。両者の混同に注意し、プロジェクト評価にはROI、経営効率の評価にはROICといったように使い分けると良いでしょう。
ROEとの違い:自己資本利益率ROEと投下資本利益率ROICの計算式と視点の違いを解説
ROE(Return On Equity、自己資本利益率)は、株主が提供した自己資本に対してどれだけの当期純利益を上げたかを見る指標です。計算式は「ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本」で求められます。株主から預かった資本をどれだけ効率よく増やせたかを示すもので、株主目線での収益性指標と言えます。
これに対しROICは自己資本だけでなく有利子負債も含めた全投下資本を分母とする点が異なります。分子も営業利益ベースで測るため、ROEが最終利益を使うのに対し、ROICは本業の利益で評価するという違いもあります。端的に言えば、ROEは株主から見た利益効率、ROICは企業全体(事業全体)の資本効率を示す指標です。
具体例を挙げれば、自己資本1,000億円の企業が当期純利益100億円を稼げばROEは10%になります。同じ企業のROICを考える場合、有利子負債も含めた投下資本(例えば自己資本1,000+負債500=1,500億円)に対して税引後営業利益で計算するので、仮に税引後営業利益が150億円ならROICも10%(150÷1,500)となるかもしれません。一見同じ10%でも、ROEは自己資本に対する株主利益、ROICは全ての資本に対する事業利益という視点の違いがあります。
重要なのは、ROEは財務戦略(レバレッジ)の影響を受けやすいのに対し、ROICは資本構成によらず事業の収益性を評価できるという点です。例えば、自社株買いや借入の活用で自己資本を減らせばROEは見かけ上向上しますが、必ずしも事業の効率が上がったわけではありません。一方でROICは借入も含めた資本合計を基に計算するため、資本構成の操作による数字の粉飾が効きにくく、企業の実質的な経営パフォーマンスを示す指標として信頼性が高いのです。
ROAとの違い:総資産利益率ROAと投下資本利益率ROICの範囲と活用場面の違いを解説
ROA(Return On Assets、総資産利益率)は、企業が保有する総資産全体に対して当期純利益をどれだけ稼いだかを見る指標です。計算式は「ROA = 当期純利益 ÷ 総資産」で、総資産には負債も株主資本も含むすべての資産が対象となります。ROAは企業が資産を効率的に運用できているかを示す指標で、金融機関などでは重視される傾向があります。
ROICとの違いは、ROAは全資産ベースであるため運転資金上の調整や不要資産も含めて計算される点です。例えば、売掛金や在庫といった運転資本や遊休資産が多い企業では総資産が膨らみROAは低下しがちです。一方ROICはそうした短期負債(買掛金など)を除いた投下資本で計算されるため、事業運営に直接使われている資本に対する収益性にフォーカスしています。
両者の使い分けとしては、銀行などが企業の総合的な資産運用効率を見る際にはROAが有効ですが、事業ごとの収益性評価や資本コストを考慮した経営判断にはROICの方が適しています。ROAは総資産に対する利益率なので、余剰資産の有無や減価償却の影響などで変動しやすい側面があります。それに対しROICは事業に投下された資本と本業利益に着目する分、事業本来の稼ぐ力を示す指標といえます。企業内でも、例えば財務部門はROA、事業部門はROICを重視するなど、視点によって併用されています。
各指標の特徴まとめ:ROE・ROA・ROIそれぞれの特徴とROICを用いる意義を整理
ここまで見てきたように、ROE・ROA・ROIはいずれも企業の収益性を評価する指標ですが、その焦点とするところが異なります。簡単にまとめると次の通りです。
- ROI(投資利益率):特定の投資案件や施策の収益性を見る。分母は個別投資額、分子はその投資から得られた利益。
→ プロジェクトや広告など、限定的な投資の成果評価に適する。 - ROE(自己資本利益率):株主資本に対する当期純利益の割合。株主視点の利益率。
→ 株主へのリターンや資本政策の評価指標。財務レバレッジの影響を受ける。 - ROA(総資産利益率):総資産に対する当期純利益の割合。全資産ベースの効率性指標。
→ 総合的な資産運用効率を評価。余剰資産や業種特性の影響を受ける。 - ROIC(投下資本利益率):有利子負債+株主資本に対する税引後営業利益の割合。事業全体の資本効率指標。
→ 事業の根源的な収益力を評価。資本コストや事業ポートフォリオの判断に有用。
これらの指標の中で、ROICを用いる意義は特に実質的な経営効率を評価できる点にあります。ROEは先述の通り財務戦略で操作される可能性があり、ROAも業界間比較には注意が必要ですが、ROICは借入を含む全資本に対する本業利益であるため、企業のコアビジネスがどれだけ効率よく資本を使っているかを端的に示します。資本コスト(後述)を上回るROICを達成できている企業は経済的価値を創出していると言え、株主・債権者双方にとって理想的な状態です。したがって、企業価値向上を目指す経営においてROICは非常に重要なKPI(重要業績指標)となってきています。
ROIC導入の優位性:他の指標にはないROICの利点と経営管理への有用性を解説
ROICを経営指標として導入することにはいくつかの優位性があります。第一に、数値の操作がしにくいことです。ROEは自己資本を圧縮するなどの財務施策で向上させることが可能ですが、それは実質的な収益力向上を意味しない場合があります。一方ROICは営業利益と投下資本という実態に即した要素で算出するため、見かけ上の数字を良くする「小手先の調整」が効きにくく、企業の真のパフォーマンスを反映します。
第二に、部門別・事業別の詳細な分析に活用できることです。ROICは企業全体だけでなく、事業部門ごとにも計算可能です。各事業の投下資本と税引後営業利益を算出すれば事業別ROICが得られ、どの事業が高い資本効率を誇り、どの事業が効率改善の余地があるかを明確にできます。このように部門単位に分解できることで、企業内のリソース配分やポートフォリオ戦略の判断材料として非常に有用です。
第三に、資金調達時の説明がしやすくなるという側面もあります。ROICが高い企業は資本を有効に活用して高いリターンを上げていると評価されるため、投資家や金融機関からの信頼性が高まります。結果として資金調達が容易になり、より有利な条件での借入や増資が可能になる場合があります。また、自社のROICが高水準であることを対外的に示すことで、経営陣の手腕への市場の信頼を得やすくなるという効果も期待できます。
総じて、ROICは他の指標と比べて経営の実態を正確に捉えやすく、かつ企業価値向上に直結した視点を提供してくれる指標です。だからこそ近年多くの企業がROICを経営管理に取り入れつつあり、次節で述べるROIC経営(ROICを軸とした経営手法)へと関心が高まっています。
ROIC経営とは?注目される理由と背景:なぜROIC重視の経営がこれほど注目を集めるのかを詳しく解説
ROIC経営とは、企業経営においてROIC(投下資本利益率)を中心的な指標として据え、資本効率の向上を重視する経営手法を指します。具体的には、事業戦略の策定や投資判断、業績評価などにROIC目標を組み込み、常に「投下資本に対して十分なリターンが得られているか」を意識した経営を行うことです。従来の売上高や利益額重視の経営から一歩進めて、資本コストを考慮した利益率を重視する点に特徴があります。
このROIC経営が注目される背景には、大きく分けて投資家の意識変化と経営環境の変化の2つがあります。まず投資家サイドでは、近年企業に対して「資本コストを上回るリターン」を求める声が強まっています。日本市場では長らく株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回る企業が多く、「持て余した資本を有効活用できていない」という批判がありました。こうした状況を改善し企業価値を高めるには、株主資本コストや加重平均資本コスト(WACC)を意識した経営が必要だと認識されるようになったのです。
ROIC経営の定義と目的:ROICを重視した経営手法の概要と狙いを解説
ROIC経営は、「会社が預かっている資本に対して十分なリターンを生み出すこと」を経営の最優先目標の一つに据える経営スタイルです。その狙いは明確で、企業価値を向上させることにあります。企業価値が上がる条件の一つは、企業の資本収益率(ROIC)が投資家の要求する資本コストを上回ることです。そこで、自社のROICを継続的に高めて資本コスト以上のリターンを創出し続けようというのがROIC経営の基本的な考え方です。
ROIC経営では、経営判断のあらゆる場面で「それによってROICは向上するか?」という問いが重要視されます。新規事業への投資、設備の増強、M&Aなどの際も、投下する資本に見合う利益が将来得られるか(ROICが目標水準を満たすか)が意思決定基準の一つとなります。また、既存事業の運営についても、事業別・部門別にROIC目標を設定し、その達成度をもって評価・改善につなげるといった管理が行われます。要するに、資本効率に軸足を置いた経営管理を徹底することがROIC経営の中核と言えるでしょう。
ROIC経営が注目される背景:資本効率重視の流れと経営環境の変化を解説
ROIC経営が脚光を浴びるに至った背景には、ここ数年の経営を取り巻く環境変化が大きく関係しています。まず一つは、政府や取引所などによる企業への呼びかけです。2010年代後半から、日本政府や東京証券取引所は企業に対し「企業価値と資本コストを意識した経営」を強く求め始めました。具体的には、自己資本利益率(ROE)やROICなどの資本効率指標を経営目標に掲げ、資本コストを上回る収益を上げるよう促す動きです。
特に象徴的だったのが2014年の伊藤レポート(経済産業省による提言)です。このレポートでは「日本企業はROE8%以上を目指すべき」という目標が示され、多くの上場企業がそれまで意識してこなかったROEを経営指標に取り入れるようになりました。ROE重視の流れはその後さらに発展し、「単にROEを上げるだけでなく、より事業実態を反映した指標であるROICに着目すべきだ」という考え方が広がっていきます。これは前述のようにROEが財務レバレッジで操作可能なのに対し、ROICは事業そのものの稼ぐ力を示すため、持続的成長にはROIC向上が重要だと認識され始めたためです。
伊藤レポートを契機とした資本効率改善の動き:ROEからROICへのシフトを解説
経営界に資本効率ブームを巻き起こした伊藤レポート以降、確かに多くの企業がROE目標(例えばROE8%以上)を掲げ始めました。しかし、単にROEを上げるだけでは本質的な企業価値向上には不十分であるケースも見えてきます。極端な話、自己資本を減らすだけでもROEは上がってしまうため、負債比率を上げるだけで目標を達成できてしまう側面がありました。
そうした中で、より実態に即して企業の価値創造力を測る指標としてROICが注目されるようになったのです。ROICであれば財務構造に影響されず、純粋に事業活動の効率性を評価できます。また、ROICを改善するには利益を増やすか資本を減らすかしかないため、経営改革の方向性が明確になります。伊藤レポート後の企業行動を見ても、単に財務数値をよく見せるだけの対応から、事業構造そのものを見直してROICを高めようという動きが強まってきたことが読み取れます。
例えば、利益率の低い事業の撤退や、不採算資産の売却、業務プロセスの改善による運転資本圧縮など、各社で資本効率改善の取り組みが本格化しました。加えて、経営陣が投資家に対してROIC改善策を説明する場面も増え、ROICは単なる計算式以上に経営改革のキーワードとして扱われるようになったのです。こうした流れが、ROE一辺倒からROIC重視へのシフトを象徴しています。
投資家・株主からの期待:ROIC向上に対するプレッシャーと企業への要求を解説
投資家や株主にとって、企業が資本を有効活用して高いリターンを上げることは極めて重要です。なぜなら、投資家は企業価値が向上し株価が上がることや、配当などの形でリターンを得ることを期待するからです。そのため、近年投資家は経営陣に対し「資本コストを上回るROICを達成し、持続的に維持するように」と強く求めるようになっています。
具体的には、機関投資家が企業との対話(いわゆるスチュワードシップ活動)においてROICやWACCについて質問したり、株主提案の中で低ROIC事業の改善を要求したりするケースも出てきました。また、アクティビスト(物言う株主)と呼ばれる投資家が「この企業は資本効率が悪く企業価値を毀損している」として経営陣に改革を迫る事例も見られます。例えば余剰資金を抱えたまま低収益な事業に固執している企業に対して、事業売却や資本政策の見直しを要求する、といった動きです。
こうしたプレッシャーを背景に、企業側もROIC向上に本腰を入れざるを得なくなっています。株主に対する説明責任として、中期経営計画にROIC目標を明記する企業も増えてきました。また、社内においても管理会計や評価制度にROICを導入し、従業員一人ひとりが資本効率を意識するような仕組みを作る企業も現れています。投資家からの期待と要求が高まるほど、ROIC経営への転換は企業にとって避けられない課題となりつつあると言えるでしょう。
ROIC経営導入による効果:企業価値向上や経営効率改善にもたらすメリットを解説
実際にROIC経営を導入した企業では、いくつかのプラスの効果が報告されています。第一に、経営意思決定の質が向上する効果です。あらゆる投資案件や事業計画についてROIC基準で精査することで、資本効率の低いプロジェクトに漫然と資金を投入してしまうことを防ぎ、限られた経営資源を真に価値創造につながる領域に振り向けることが可能になります。
第二に、組織全体のコスト意識・資本意識が醸成されます。ROIC目標が設定されると、各部門は売上や利益の拡大だけでなく、在庫や設備といった資産の使い方にも目を配るようになります。例えば在庫を減らして回転率を上げる努力や、不要な設備投資を控える意識が高まります。その結果、会社全体として無駄のない引き締まった経営体質に変わっていく効果が期待できます。
第三に、資本市場からの評価向上があります。ROIC経営を導入し高いROICを維持している企業は、株式市場でも「効率経営の優等生」として注目されやすく、株価が見直されるケースもあります。実際、日本企業の中にはROIC経営の実践によって慢性的なPBR1倍割れ状態から脱却し、株価が上昇基調に転じた例も出てきています。ROICがWACCを上回る状態(ROICスプレッドのプラス)が継続すれば、理論的にも企業価値が向上しやすいことが知られており、投資家もそうした企業を高く評価するわけです。
総じて、ROIC経営の導入は企業価値向上への近道となり得ます。ただしその効果を得るためには、単に指標を導入するだけでなく、次章で触れるような具体的な分解分析や改善施策の実行が欠かせません。ROICを経営に根付かせ、日々の意思決定と行動につなげることが重要です。
ROICの構成要素(営業利益率・投下資本回転率)の分解分析:ROICを構成する2つの要素を分解して徹底解説
ROICは「税引後営業利益 ÷ 投下資本」で計算されますが、この式はさらに分解して考えることができます。具体的には、ROIC = 売上高営業利益率 × 投下資本回転率に近い形で表現することが可能です(厳密には税効果を考慮し売上高営業利益率×(1-税率)×投下資本回転率となりますが、ここでは概略を説明します)。つまりROICを決定する主な要因は、売上高に対する利益率(営業利益率)と、投下資本に対する売上高の比率(投下資本回転率)の2つに分けられるのです。
この分解はROICツリー分析とも呼ばれ、ROICをドライバーとなる要素にブレイクダウンして分析する手法です。売上高営業利益率(Operating Profit Margin)は企業の収益性、すなわち売上高のうち何割を利益として残せるかを示す指標です。一方の投下資本回転率(Invested Capital Turnover)は資本効率性、つまり投下した資本1円あたりいくらの売上高を生み出せるかを示す指標です。この2つを掛け合わせると、投下資本1円あたりいくらの営業利益を生み出せるか(=ROIC)が求まるというわけです。
ROICの分解分析:営業利益率×投下資本回転率によるROICツリー分析手法を解説
ROICツリー分析では、ROICを構成する「営業利益率」と「投下資本回転率」の2要素に注目します。それぞれを改善することでROIC全体が向上するため、どちらに問題があるのかを明らかにするのです。例えば、ある事業のROICが低迷している場合、営業利益率が業界平均より低いのか、それとも投下資本回転率が低いのかを見極めます。これにより、「収益性」に課題があるのか「資本効率」に課題があるのかが判明し、適切な改善策立案につながります。
ROIC=営業利益率×投下資本回転率という分解式は、以下のような形で捉えることもできます。
- 営業利益率(%) = 税引後営業利益 ÷ 売上高 … (売上高に対する利益の割合)
- 投下資本回転率(回) = 売上高 ÷ 投下資本 … (投下資本に対する売上高の倍率)
- この2つの積として ROIC(%) = (税引後営業利益 ÷ 売上高) × (売上高 ÷ 投下資本)
売上高が途中で約分されることで元のROIC式に戻るわけですが、分解することで営業利益率と資本回転率のそれぞれがROICにどう影響しているかが見えるようになります。例えば、利益率が極端に低いのに回転率だけ高めてもROIC向上には限界がありますし、逆に利益率が高くても資本回転率が低ければ資本が寝たままで効率が悪いことになります。このように、ROICツリー分析は収益性と効率性のバランスを見る上で非常に有用な手法です。
営業利益率(ROS)がROICに及ぼす影響:収益性向上の寄与度を分析
営業利益率(ROS: Return on Sales)は、売上高に対して営業利益(ここでは税引後営業利益と考えてよい)がどの程度得られたかを示す割合です。ROICの分子に影響する要素であり、ROSが高ければ同じ売上高でも多くの利益が残るため、ROICを高める方向に寄与します。極端な例を言えば、ROSが0に近ければいくら資本回転率が高くてもROICは0に近くなってしまいますし、ROSが非常に高ければ多少資本回転率が低くても高いROICを維持できます。
したがって、ROIC低迷の原因が営業利益率の低さにある場合、まずは収益性の改善が課題となります。具体的には、売上高総利益率や売上高営業利益率を引き上げるべく、製品・サービスの付加価値向上や価格戦略の見直し、原価低減や販管費削減などの施策が考えられます。例えば売上原価率(コスト率)を下げることができれば利益率が上がり、同じ資本でも多くの利益を生み出せるようになります。実際、多くの企業で原価改善プロジェクトや業務効率化による費用削減がROIC向上策の一環として推進されています。
逆に言えば、どれだけ設備投資効率や在庫回転を改善しても、基本的な利益率が低すぎるビジネスではROIC向上には限界があります。そのため、収益性(ROS)の確保はROIC改善の土台と言えるでしょう。特に成熟市場においては安易な値下げ競争は利益率を圧迫しROICを低下させるため、付加価値戦略やニッチ市場攻略によって一定の利益率を維持することが重要になってきます。
投下資本回転率(資本効率)がROICに及ぼす影響:資産効率改善の寄与度を分析
投下資本回転率は、投下資本に対してどれだけの売上高を上げられたかを示す指標です。例えば投下資本が100億円で売上高が200億円なら回転率は2.0回となります。投下資本回転率が高いほど、少ない資本で大きなビジネスを回していることになり、ROICにプラスに働きます。回転率が低い企業は、資本が売上に結びつく効率が悪いということになるため、ROIC改善には資本効率の向上が必要です。
資本回転率が低迷する原因としては、在庫や設備といった資産が過剰であったり、売上債権の回収が遅く運転資本が膨らんでいたり、不要な遊休資産を抱えていたりといったことが考えられます。これらを改善することで回転率を上げることが可能です。具体的には、バランスシートのスリム化がキーワードになります。例えば在庫管理を徹底して在庫日数を減らす、与信管理を強化して売掛金の回収を早める、不要不急の設備投資を控える、使っていない資産は売却する、といった施策です。
また、ビジネスモデル自体の転換によって資本回転率を高めるケースもあります。例えば製造業が従来の大量生産・在庫販売から受注生産に切り替えれば在庫負担が減り回転率が上がりますし、店舗販売からEC販売に軸足を移せば店舗資産が減るため資本の軽量化につながります。このように、資本回転率は工夫次第で大きく改善できる余地があり、ROIC向上の重要なドライバーとなります。
ROICツリー分析の活用:ROICを構成要素に分解して課題を特定するアプローチを解説
ROICツリー分析は、前述のようにROICを「営業利益率」と「投下資本回転率」に分解し、さらにそれぞれを細分化していく分析手法です。例えば、営業利益率は「1 – (売上原価率 + 販管費率)」と分解でき、売上原価率はさらに材料費率や労務費率などに分けられるでしょう。同様に、投下資本回転率は「運転資本回転率」と「固定資産回転率」に分解できます。運転資本回転率は在庫回転や売上債権回転などに細分化可能です。
このように階層的に要素をブレイクダウンした図をROICツリーと呼びます。ROICツリーを作成すると、ROICが低迷している原因が組織のどの部分にあるのかを視覚的に捉えることができます。例えば「ある事業のROICが低い→原因は投下資本回転率が低い→さらに原因は在庫回転が悪い」といった具合に、問題箇所をピンポイントで特定できます。
このアプローチのメリットは、現場レベルでの気づきを促せることです。単に「ROICを上げろ」と号令するのではなく、「在庫の持ちすぎがROICを押し下げている」という具体的な課題として提示することで、担当部署も自分ごととして改善に取り組みやすくなります。ROICツリーは経営層から現場まで共通言語で議論できるツールとなり、組織横断的な改善活動を推進するのに役立ちます。
実際、日本企業でもROICツリーを社内資料や統合報告書に掲載し、各部門のKPIをROICツリー上の要素にリンクさせている例があります。例えばオムロン株式会社では、事業別のROICを評価するポートフォリオマネジメントと、ROICツリーによって販売や製造といった各部門のKPIにROIC要素を落とし込む手法を導入しています。こうした仕組みにより、経営陣から現場の社員まで全員がROIC改善に向けた具体的な指標を共有し、一体となって企業価値向上に取り組むことが可能になるのです。
各構成要素を向上させるポイント:利益率・資本回転率の改善施策を検討
ROICを構成する営業利益率(収益性)と投下資本回転率(効率性)それぞれの改善ポイントを整理してみましょう。
- 営業利益率向上のポイント:
・売上高の拡大(市場シェア拡大、新商品投入、単価アップなどによりトップラインを増やす)
・売上原価の削減(調達コストの見直し、生産効率向上、歩留まり改善などで原価率を下げる)
・販管費の削減(業務効率化やIT活用による人件費削減、広告宣伝費の効率運用などで費用率を下げる)
・製品/サービスミックスの最適化(高利益率の商品構成比を高める、利益率の低い受注を断るなど) - 投下資本回転率向上のポイント:
・在庫圧縮(需要予測の精度向上、ジャストインタイム生産などで適正在庫に抑える)
・売掛金の回収促進(与信管理の強化、早期回収条件の提示、ファクタリングの活用など)
・設備・資産の効率化(遊休資産の売却、設備稼働率向上、リース活用による資産保有圧縮)
・事業構造改革(資本集約的な事業から撤退し、デジタルサービスなど資本軽量型の事業にシフトする)
これらの施策を組み合わせて実行することで、ROIC全体の底上げが可能となります。重要なのは、自社のROICツリー上でボトルネックになっている要因を見極めて、そこにリソースを集中することです。例えば利益率は十分高いが資本回転が悪いなら在庫削減などに注力すべきですし、逆に資産効率は良いが利益率が低いならコスト削減や付加価値向上策に重点を置くべきでしょう。
最後に付け加えると、こうした改善策の効果が実際にROIC数値にどう反映されるかを検証する姿勢も大切です。改善施策を打った後でROICを再計測し、計画通り向上しているか、想定外の副作用(例えば売上増狙いの施策で利益率が低下する等)はないかをチェックし、PDCAサイクルを回すことが継続的なROIC向上には欠かせません。
ROICの目安と業種別の平均値:一般的なROICの基準値と主要業界ごとの平均水準を初心者向けに徹底解説
ROICの良し悪しを評価するには、一般的な目安や業界平均との比較が有用です。単に「ROICが10%だ」と言われても、それが高いのか低いのかは業種や経営環境によって異なるためです。ここではまずROICの一般的な目安値について紹介し、次に全産業の平均や業種別の平均値の違いを見ていきます。また、自社のROICを業界平均と比較する際のポイントについても解説します。
ROICの一般的な目安:何%なら高いのか?7%基準説など投下資本利益率の判断基準を解説
ROICの一般的な目安として、7%以上であれば優れた水準と評価されることが多いと言われます。この7%という数字には明確な根拠があるわけではありませんが、野村総合研究所などの分析では日本企業全体のROIC分布の中で7%を超えるとかなり上位に位置することが示唆されています。また、ソフトウェアやコンサルティングなど資本の軽いビジネスでは二桁のROICも珍しくありませんが、製造業など資本集約的な業種では5%前後でも健闘していると見なされる場合があります。
一つの参考になるのは、企業が目指すべきROEとの関係です。伊藤レポートでROE8%以上という目標が示されましたが、仮に負債比率50%・税率30%程度のモデル企業ではROE8%に対応するROICはおおよそ7%程度になります。このため、ROE8%基準をROICに引き直すと7%前後という目安が浮かび上がるのです。実際、投資家の間でも「ROIC7%を超えていれば合格点」といった声が聞かれます。
もっとも、この基準はあくまで平均的な感覚に過ぎません。たとえば、ある業界全体が低収益で平均ROICが3%程度しかない場合、7%というのは飛び抜けた高収益企業になりますし、逆に平均10%の業界で7%なら見劣りします。また金利水準や投資家の期待利回り(資本コスト)が変化すれば、「高いROIC」のハードルも上下します。2010年代の低金利期には5%でも高いと言われましたが、金利上昇局面では7%でも物足りないと感じられるかもしれません。このように、7%は一つの目安ではありますが、状況によって柔軟に評価する必要があります。
全産業平均・中央値のROIC水準:市場全体で見た投下資本利益率の平均値を解説
日本企業全体で見ると、ROICの中央値(全業種の真ん中の水準)は概ね5%前後と報告されています。実際、ある調査では全上場企業の中央値が5.4%というデータがありました。平均値(単純平均)については計算の仕方で異なりますが、極端に高いROICを叩き出す一部の企業の影響で中央値より若干高めになる傾向があります。それでも、おおむね5〜6%程度が日本企業の平均的なROICと言えるでしょう。
実際の業界別データを見てみると、ROIC水準のばらつきがよく分かります。一例として主要12業種について平均ROICを比較した図がありますが、情報・通信業が突出して高い平均約10%を示す一方、自動車部品など資本集約型の業種は平均2%台といったように大きな開きがあります。全業種平均では4〜5%台という統計もありますが、実態としてはこのように業種によって水準が大きく異なるのです。
全社ベースでROICが5%というと、一見低く思えるかもしれません。しかしそれが業界平均並みであれば「平均的な資本効率」と評価できますし、業界平均を大きく上回っていれば5%でも高評価に値します。重要なのは、自社のROICをその数値だけで判断せず、必ず同業他社や業界平均と比較することです。後述の業種別のセクションで詳しく触れますが、業界によってはROIC10%超えがゴロゴロいる分野もあれば、3%出せれば優秀と言われる分野もあります。
業種別ROICのばらつき:業界ごとの平均値の違いと高ROIC業種・低ROIC業種の例を解説
業種によってROIC水準が大きく異なる主な要因は、そのビジネスの資本集約度や利益率構造の違いにあります。例えば、ソフトウェア・ITサービス・コンサルティングなどの分野は人件費中心で設備投資が少なく、資本があまり必要ないビジネスモデルです。そのため投下資本が小さい割に利益率は高く、ROICも高くなりがちです。実際、情報・通信業の平均ROICは10%前後と、全業種の中でもトップクラスです。
一方、製造業の中でも自動車や重工業、インフラ関連などは巨額の設備投資や在庫が必要で資本が大きく膨らみやすい反面、利益率はそれほど高くないことが多いため、ROICは低めに出ます。自動車部品業界などは平均ROICがわずか2%台というデータもあり、情報産業の平均と比べて5分の1以下という極端な差が見られます。また銀行など金融業も、自己資本比率規制がある関係で資本量が大きくROICは低めです(銀行の場合はROEで見るのが一般的ですが)。
具体的な例を挙げれば、高ROIC業種の代表は前述の情報・通信(IT)、商社(比較的資産が少なく収益が大きい取引が多い)、医薬品(一部の製薬会社は少ない資産で高収益を上げる)、サービス業全般(人が主役のビジネス)などです。一方、低ROIC業種の代表は自動車・機械(設備と在庫が多い)、鉄鋼・化学(装置産業で資本集約型)、不動産(巨額の資産を保有)などが挙げられます。
重要なのは、これらの業種間の違いを踏まえて自社を評価することです。例えば、もし自社が属する業界の平均ROICが3%程度なら、5%でも「高い」と言えますし、その業界でトップクラスの資本効率だとアピールできます。逆に平均10%の業界で8%なら物足りない結果かもしれません。このように、業種平均との比較は投資家との対話でもよく用いられる視点であり、自社の強み・弱みの分析に不可欠です。
業種特性がROICに与える影響:資本集約度やビジネスモデルによる収益性差異を解説
業種特性がROICに与える影響は先述の通りですが、さらに掘り下げるとビジネスモデルの違いも大きく関与しています。例えば同じ製造業でも、ファブレス(工場を持たないで外注生産する)企業は自社で設備を抱えないため投下資本が小さくて済み、ROICが高く出る傾向があります。一方で垂直統合型(原材料から製造・販売まで自社で行う)の企業は資産が膨らむためROICは低めに出がちです。
また、成長ステージによってもROICは変化します。創業間もない成長期の企業は、将来に向けた投資で資本が増え利益が追いつかないため、一時的にROICが低くなりがちです。成熟期に入ると利益が安定しROICも上がってきますが、衰退期には再び低下することもあります。このように企業のライフサイクルも考慮に入れる必要があります。
以上を踏まえれば、業種によるROICの差異は「その業種のビジネスモデルや必要資本量の違い」と理解できます。投資家は当然それを分かった上で企業を評価しますので、自社が業界内でどの位置にいるのか、なぜその値になるのかを的確に説明できることが大切です。例えば「当社は製造業で平均ROICは低めだが、業界平均を2ポイント上回っており資本効率では優れている」「当社のビジネスは立ち上げ期でROICは低いが、将来的に固定費吸収が進めば業界平均並みの水準が見込める」といった説明ができれば、投資家の理解も得やすくなるでしょう。
自社のROICを業界平均と比較する意義:ベンチマーク分析による課題発見を解説
自社のROICを評価する上で、業界平均や競合他社との比較(ベンチマーク分析)は欠かせません。同業他社と比べて自社のROICが高ければ資本効率の面で競争優位に立っている可能性がありますし、逆に低ければ課題が潜んでいることになります。ベンチマーク分析によって、自社の強み・弱みを客観的に把握し、改善すべきポイントを発見できるのです。
例えば、ある業界平均ROICが6%の中で自社が10%なら、なぜ自社は高いのかを分析することで強みがわかります。もしかすると自社は効率的なビジネスモデルを持っているのかもしれませんし、ライバルよりも優れたコスト管理ができているのかもしれません。その強みを維持・伸長する戦略が有効でしょう。一方、逆に自社が4%で平均を下回っているなら、その原因を探る必要があります。利益率が低いのか、資本回転率が低いのか、競合比で劣る部分を洗い出し、ピンポイントで改善策を講じることが求められます。
業界平均との比較は、社内の問題意識を高める効果もあります。「うちの業界では平均7%なのに当社は5%しかない」という事実は、経営陣や社員にとってインパクトが大きく、危機感を共有しやすくなります。そして「平均以上のROICを達成しよう」という共通目標を掲げることで、組織横断的な改善活動に弾みがつくでしょう。さらに対外的にも「当社のROICは業界平均の◯倍です」といった訴求は投資家に響きやすく、株式市場での評価向上にもつながりえます。
以上のように、自社ROICの業界比較は現状の評価と課題発見に役立つだけでなく、改善のモチベーション喚起やステークホルダーへの説明材料としても有用です。定期的にベンチマーク分析を行い、その結果を経営改善にフィードバックしていくことが大切です。
ROICを高めるための改善ポイント・施策:ROIC向上に効果的な戦略と具体的なアクションプランを詳しく解説
ROICを高めるには、すでに述べたように利益率(収益性)の向上と資本回転率(効率性)の改善という二方向からアプローチする必要があります。ここでは、企業が現実に取り得る代表的な改善施策を具体的に紹介します。大きく分けて、「収益性アップの施策」「資本効率アップの施策」「事業ポートフォリオの最適化」、そして「改善にあたっての注意点」の4つの観点で解説します。
ROIC向上の基本戦略:利益率向上と資本回転率改善という二軸でのアプローチを解説
ROIC向上の基本戦略はシンプルで、「分子を上げ、分母を下げる」ことに尽きます。分子である税引後営業利益を増やす(利益率の向上)か、分母である投下資本を減らす(資本効率の向上)か、もしくはその両方を同時に進めることでROICは改善します。前者は売上増加やコスト削減といった施策に結び付き、後者は資産圧縮や運転資本効率化などの施策に結び付きます。
例えば、利益率向上にフォーカスする場合、価格戦略の見直しや高付加価値商品の投入、原価低減活動、間接費の削減などが考えられます。一方、資本回転率改善にフォーカスする場合、在庫の圧縮、遊休資産の売却、設備投資の厳選、子会社・事業の整理などが有効です。多くの場合、両者は相補的に進めるのが望ましく、片方だけでは改善幅に限界があることも多いです。
重要なのは、自社の状況を分析して「どちらにより大きな改善余地があるか」を見極めることです。例えば利益率は業界トップクラスだが資本が重い場合は資本効率改善を重点的に、逆に資本回転は速いが利益率が低いなら収益性向上を重点的に取り組むべきでしょう。これを判断するのにROICツリー分析が役立つわけです(前述)
結局のところ、ROIC向上策は突き詰めれば企業努力の総合力とも言えます。売上を伸ばし、コストを減らし、資産を有効に使い、不要なものは持たない——経営のあらゆる面で効率化と最適化を追求することがROICを押し上げる王道です。以下ではその具体例を順を追って見ていきます。
営業利益率を高める施策:売上増加戦略とコスト削減による収益性アップの取り組みを解説
営業利益率(売上高営業利益率)を高める施策は、大きく売上を増やすか費用を減らすかの二方向に分類できます。まず売上増加戦略としては、既存商品の販売数量拡大、新製品や新サービスの投入、価格引き上げによる売上単価向上、新市場への進出などが挙げられます。売上が増えれば固定費の吸収が進み利益率は向上しやすくなります。ただし、単に値下げによって売上数量だけ増やすと利益率が下がる恐れがあるため、粗利額が確保できる形での売上拡大が重要です。
次に費用削減策です。売上原価に関しては、調達先の見直しや製造プロセス改善による材料費・外注費の削減、生産ラインの効率化による工場稼働コストの低減などが効果的です。また歩留まり向上や不良削減はダイレクトに原価率改善につながります。販管費については、人件費や広告宣伝費、物流費、ITコストなど各項目で効率化の余地を探ります。例えば業務フロー改善や自動化による人件費削減、デジタルマーケティング活用による広告費対効果の向上、物流ネットワーク見直しによる配送コスト削減などです。
さらに、製品・サービスミックスの見直しも利益率向上には有効です。低収益な製品ラインを縮小し、高収益な製品・顧客に経営資源を集中することで、売上全体の利益率を底上げできます。いわゆる「選択と集中」により、利益率の薄い事業からは撤退または規模縮小し、収益柱となる事業に注力するといった経営判断も求められるでしょう。このあたりは次の事業ポートフォリオ戦略にも関わる部分です。
これらの施策を実行する際、単独ではなく複合的に進めることで相乗効果が得られます。例えば原価低減と販売数量増を同時に達成できれば利益率は大きく向上しますし、無駄な販促費を省いても売上が維持できれば利益率改善に直結します。重要なのは、収益性を高めるためのあらゆる打ち手を検討し、素早く実行することです。市況や競合動向も踏まえながら、利益率改善策を継続して追求する姿勢がROIC向上には欠かせません。
投下資本回転率を高める施策:資産効率化や不要資産圧縮による資本効率改善の取り組みを解説
投下資本回転率の改善策は、一言で言えば「資本(資産)をスリムに、軽くする」ことです。具体的には、余計な資産を持たず、必要な資産も可能な限り効率よく使うことが求められます。
まず手を付けやすいのが運転資本の効率化です。売上債権(売掛金)については、与信期間の短縮や回収条件の見直しにより回収サイクルを早めます。また場合によってはファクタリングの利用で売掛金を早期換金することも検討できます。棚卸資産(在庫)については、需要予測の精度向上や生産リードタイム短縮、在庫管理の徹底などで過剰在庫を削減します。理想的にはジャストインタイム生産のような仕組みを確立し、必要最低限の在庫で事業が回るようにすることです。
次に固定資産の圧縮です。使われていない遊休設備や不動産があれば売却・賃貸に回すなどして資産から外します。IT機器や車両などは所有せずリースに切り替えることで資産計上を避けることも可能です。また製造設備について、生産拠点の集約や老朽設備の更新(生産効率の高い新設備へ置き換え)などで、少ない設備で同等以上の生産ができるように工夫します。
さらにM&Aや子会社整理も資本効率向上の一環です。収益性の低い子会社を売却・清算すれば、その分投下資本が減りROICが改善します。また、本業とシナジーの薄い事業を切り離すことで、残った事業に資本を集中させられます。実際、日本企業でも近年、不採算事業からの撤退や事業売却を進めてROIC向上を図る動きが顕著です。
資本回転率を高める施策は時に痛みを伴います。在庫圧縮は売り機会損失とのトレードオフ、資産売却は将来の成長オプション放棄とのトレードオフになることもあります。しかし、「資本を寝かせておくこと」の機会費用を常に意識し、思い切った決断をすることがROIC改善には重要です。その意味で、経営陣のコミットメントと全社的な意識改革が求められます。
事業ポートフォリオの最適化:低ROIC事業の見直しと高ROIC分野へのリソース集中を解説
企業全体のROICを高めるには、事業ポートフォリオの見直しも強力な手段となります。すなわち、低ROICの事業をテコ入れするか縮小・撤退し、高ROICの事業に経営資源を投下して伸ばす戦略です。これはまさに限られた資本をいかに効率的に配分するかという問題であり、ROIC経営の真骨頂とも言える部分です。
具体的には、まず事業別ROICを算出し、各事業の資本効率を定量的に把握します。その上で、例えば「ROICが低すぎる事業Aは改善余地が少ないなら撤退しよう」「ROICが高い成長事業Bには積極投資して拡大しよう」といった意思決定を行います。事業Aから撤退すればその投下資本を解放できるため、借入金の返済や事業Bへの再投資に充てることで全社ROICの底上げが期待できます。
重要なのは、撤退の判断基準として単に赤字かどうかを見るだけでなく、ROIC(経済的付加価値)で見ることです。たとえ黒字事業でも、投下資本に対するリターンが資本コストを下回っていれば経済的には価値を毀損しています。そのような事業はROIC経営の観点では継続する意味が薄く、抜本的な改革か撤退を検討すべきです。
また、事業撤退だけでなくM&Aによるポートフォリオ転換も一つの方法です。高ROIC事業を持つ企業を買収すれば、自社のポートフォリオに高効率事業を取り込むことができます。ただし買収価格が高すぎると逆にROIC低下要因になりかねないため、注意が必要です。基本は自社内部での資源シフト(人員・資本の再配分)により、重点事業を育成するのが王道でしょう。
このように事業ポートフォリオをROIC視点で再構築することは、企業価値向上に直結します。実際、先進的な企業では事業ポートフォリオ管理にROICマトリクス(事業別ROICと売上高成長率のプロット)などを用い、低ROIC・低成長の事業から順次撤退し、高ROIC事業への集中投資を進めています。自社の強みを持つ事業領域で高いROICを実現し、その規模を拡大していくことが、長期的な企業価値の源泉となるのです。
ROIC改善の留意点:短期的指標への過度な偏重を避け長期視点で評価・改善する重要性を解説
ROIC改善に取り組む際の留意点として、短期的な数値目標にとらわれ過ぎないことが挙げられます。確かにROICは重要な指標ですが、毎期の数値を上げること自体が目的化してしまうと、かえって企業の長期的成長を阻害しかねません。例えば、来期のROICを上げるために必要な設備投資を見送ったり、人材採用を控えたりすれば、一時的にROICは良くなっても将来の成長機会を逃してしまう恐れがあります。
実際、スタートアップ企業や成長期の企業では、積極投資によってROICが低くなるのは自然な現象です。これを短期で無理に改善しようとすると、せっかくの成長エンジンにブレーキをかけることになります。したがって、ROIC改善はあくまで中長期的な視点で取り組むべき課題です。3〜5年といったスパンで見てROICが向上していれば良しとし、一時的な低下には理由を伴っていれば許容するくらいのスタンスが健全でしょう。
また、ROICはあくまで手段であって目的ではないことも強調しておきます。究極的な目的は企業価値の向上であり、ROICはそのための重要なKPIです。時にはROICよりも優先すべき経営課題(例えば人材投資や研究開発)があるかもしれません。その場合、短期ROICの低下を厭わず投資する決断も必要です。重要なのは、ROICというものさしを常に意識しつつも、本質的な価値創造とのバランスを取ることです。
最後に、ROIC改善活動は全社横断的な取り組みであるため、社内の合意形成とモチベーション管理にも注意が必要です。部門間で軋轢が生じないよう、ROIC目標の意義を社員にしっかり浸透させ、達成に向けたインセンティブ設計(報酬制度など)も検討するとよいでしょう。こうした組織面の配慮があってこそ、ROIC改善策が絵に描いた餅で終わらず実効性を伴うものとなります。
ROICとWACC(加重平均資本コスト)の関係:企業価値評価におけるROICとWACCのつながりと重要性を解説
ROICを語る上で避けて通れないのがWACC(Weighted Average Cost of Capital)、すなわち加重平均資本コストとの関係です。簡単に言えば、ROICが企業の資本の稼働効率(リターン)を示す指標であるのに対し、WACCは企業がその資本を調達するために払うコスト(期待リターン)を示す指標です。企業価値を向上させるには、ROICがWACCを上回っていること、つまり資本コスト以上のリターンを生み出していることが条件となります。以下ではWACCの基本やROICとの比較意義、そして経営における活用上の注意点を解説します。
WACC(加重平均資本コスト)とは?資本コストの基本概念と算出方法を解説
WACCとは、企業全体で見たときの平均的な資本コストを指します。企業は株主からの出資(自己資本)と銀行借入などの負債(他人資本)で資金調達をしていますが、それぞれに期待リターン(コスト)があります。株主資本コストとは株主が要求する期待収益率、負債コストとは借入金等の利子率です。WACCは、これら株主資本コストと負債コストを資本構成比率で加重平均したもので、企業が調達した資本1円あたりどのくらいのコスト(要求リターン)がかかっているかを示します。
計算式で表すと、例えば株主資本比率をE%、負債比率をD%、株主資本コストをrE、負債コストをrD、実効税率をTとすると、WACC = rE × (E%) + rD × (1 – T) × (D%) となります。負債コストに(1 – T)を掛けているのは、支払利息が税金の計算上費用になるため税引後コストが低くなる(税効果)からです。
日本企業の場合、株主資本コストは明示されないことが多いですが、一般的な目安として上場企業で年5〜8%、負債コスト(借入金利)は年1〜2%程度が多いようです。仮に自己資本50%・他人資本50%の会社で株主資本コスト6%、負債コスト(税引後)0.7%なら、WACCは約3.35%となります(0.06×0.5 + 0.007×0.5)。この数字は「企業が資本提供者に平均して期待されているハードル率」とも言え、企業価値評価や投資判断の割引率として使われます。
ROICとWACCを比較する意義:企業の収益性と資本コストを照らし合わせる目的を解説
ROICとWACCを比較することは、企業が資本コスト以上のリターンを稼げているかをチェックする上で極めて重要です。ROICがWACCを上回っていれば、その企業は資本コストを上回る収益率で事業を営んでいることになり、経済的付加価値(EVA)を創出していると判断されます。一方、ROICがWACC未満であれば、資本コストにも満たない効率しか出せておらず、企業価値を棄損している恐れがあります。
企業価値評価の理論では、将来のフリーキャッシュフローをWACCで割り引いた現在価値が企業の事業価値とされます。その際、ROICがWACCを上回る事業はプラスの余剰価値(超過収益)を生み、逆に下回る事業はマイナスの価値(不足コスト)を生むと考えられます。したがって、投資家が企業を見るとき「ROIC > WACCかどうか」は一種の分水嶺であり、ROICが恒常的にWACCを上回っている企業は長期的に企業価値を高める力がある優良企業とみなされます。
例えば先ほどの例でWACCが3.35%と計算された企業が、ROIC5%を実現していればROIC – WACC = +1.65ポイントの余剰リターンがあることになります。これは企業が資本提供者の要求水準を上回るリターンを稼いでいることを意味します。一方、ROICが2%しかなければ -1.35ポイントの不足状態で、価値毀損が懸念されます。このように、ROICとWACCの差を見る(これをROICスプレッドと呼びますが、次章で詳述)のは企業価値評価の核心なのです。
ROICがWACCを上回る場合の意味:資本コスト以上のリターンが企業価値を創出する状態の意義を解説
ROIC > WACCの状態は、企業が調達資本に対して期待以上のリターンを生んでいることを意味し、まさに企業価値創出が行われている状態です。この場合、事業活動によって得られたキャッシュは資本提供者への必要支払い(株主への期待配当や利息)をすべて賄ってなお余剰が出るため、その余剰分だけ企業の経済価値(EVA)が増加します。
ROICがWACCを恒常的に上回っている企業は、市場から「効率的に価値を生み出せる会社」と評価されやすく、PBR(株価純資産倍率)や株価収益率(PER)も高めに出る傾向があります。前述の伊藤レポートや近年の東証改革でも、企業に対して明確に「資本コストを意識し、それ以上のリターンを上げよ」というメッセージが発せられています。ROIC > WACCという条件は、企業にとってクリアすべき最低限のハードルとも言えるでしょう。
もっとも、短期的にROIC > WACCであっても将来の投資を怠れば長期的な価値創造はおぼつかなくなります。そのため投資家は、現在のROIC実績だけでなく将来予想ROICとWACCの関係も注目します。今期ROICが低くても、将来的にWACC超過が見込める成長企業なら株価が高いこともありますし、逆に現在高ROICでも先細りが見える企業は評価が低迷することもあります。いずれにせよ、ROIC > WACCの状態を長期にわたり維持・拡大することが企業価値を持続的に高める上で重要なポイントです。
ROICがWACCを下回る場合のリスク:資本コスト未満の収益性が価値毀損につながる可能性について解説
ROIC < WACCの状態にある企業は、残念ながら資本コストを稼ぎ切れていないことになります。つまり事業活動によって創出されるキャッシュが、株主や債権者への必要リターン(WACC)に届かず、経済的にはマイナス価値を生んでいると評価されかねません。企業価値評価の観点では、ROICがWACCを下回るほど、その不足分だけ企業価値(EVA)が減少しているとみなされる厳しい見方もあります。
このような状態が一時的であれば大きな問題にはなりません。例えば新規事業立ち上げ期で大量の資本を投入しているが利益はこれから、といったケースでは一時的にROIC < WACCでも将来好転すればよいのです。しかし、構造的に長期間ROIC < WACCが続いている事業は黄信号です。投資家から見れば「この会社は事業を続ければ続けるほど価値を減らしている」ように映り、株価が低迷したりPBRが1倍を割れたりする可能性があります。実際、日本市場でPBR1倍割れの企業が多い背景には、資本コストに見合うリターンが出せていない企業が少なくないことが指摘されています。
経営者にとってROIC < WACCの事業を放置することはリスクです。企業価値毀損状態である以上、早急に改善策を講じるか、冒頭のポートフォリオ戦略で述べたように撤退を含めた検討が必要になります。逆に、もしROIC < WACCの事業でも戦略的に重要(将来花開く事業など)という場合には、その位置付けを株主に丁寧に説明し理解を求める努力が必要でしょう。いずれにせよ、ROICとWACCのギャップ(ROICスプレッド)を常に意識し、マイナス幅が大きい事業を放置しないことが大切です。
ROICとWACCを経営指標として活用する際の注意点:過度な意識による弊害とバランスの重要性を解説
ROICとWACCは企業価値創造の重要指標ですが、これらを経営管理に活用する際にはいくつか注意も必要です。まず、短期志向に陥らないことです。先ほども触れたように、ROICを上げること自体が目的化すると将来の成長投資を抑制する危険があります。特に投資回収に時間がかかる研究開発や新規事業への挑戦は、短期ROICを押し下げる要因になります。しかしそれを恐れて投資を止めてしまうと中長期の競争力を失いかねません。ROIC向上と成長投資のバランスを取る視点が必要です。
第二に、全社最適の視点を保つことです。ROIC改善目標を部門ごとに課すと、副作用として部門間の調整が取れなくなる恐れがあります。たとえば、ある部門が自部署の資本を減らすために在庫を極端に削減すると、営業部門で欠品が増えて売上機会損失が発生するかもしれません。このように、各部門が自部門ROICだけを追うと全社では非効率になる場合があります。従って、経営層は各部門の動きを全社視点で見て、コンフリクトを調整する役割を果たす必要があります。
第三に、WACCを用いる際にも注意があります。WACCの数値自体は見えない株主資本コストの仮定に左右されますし、市場環境で変動します。そのため「我が社のWACCは〇%だからROICは常にそれ以上に」と機械的に考えるのではなく、資本コストの水準感を念頭に置きつつ柔軟に経営判断することが重要です。特に新興企業などでは初期はROIC < WACCでも将来はるかにROICが上がる見込みなら、現時点ではWACCを下回っていても敢えて成長に舵を切る判断も正当化されるでしょう。
最後に、ROICやWACCなど専門的な指標を社内浸透させる際には、教育や対話も欠かせません。現場の従業員にとっては馴染みが薄い概念であることも多いため、研修や社内資料でその意味と重要性を繰り返し伝えることで、はじめて組織全体でこれらを有効に活用できるようになります。
ROICスプレッドとは?企業価値向上とのつながり:ROICとWACCの差が示すものと企業価値への影響を解説
ROICスプレッドとは、その企業のROICからWACCを差し引いた値、すなわちROIC – WACCで表される指標です。前節で説明した通り、ROICが資本から得られるリターン、WACCが資本調達にかかるコストを示します。この差であるROICスプレッドは、企業が資本コストを上回って生み出している超過利益の割合と言い換えることができます。言葉のイメージとして、「スプレッド」は上乗せ分という意味があり、ROICスプレッドは資本コストに対する上乗せ利益率を表す指標です。
企業価値評価の分野では、このROICスプレッドが企業の稼ぐ力の真髄と考えられています。なぜなら、ROICスプレッドがプラスであれば、その企業は資本コスト以上のリターンを稼ぎ出しており、事業活動によって価値を創造していることになるからです。逆にスプレッドがマイナスであれば、価値を壊している可能性があるという警戒サインとなります。以下、ROICスプレッドの見方や活用方法を詳しく解説していきます。
ROICスプレッドの定義:ROICからWACCを差し引いて求める指標(資本利益の上乗せ分)を解説
重ねてになりますが、ROICスプレッドはROIC – WACCで計算される数値です。例えばROICが8%、WACCが5%の企業なら、ROICスプレッドは+3ポイントとなります。単位は「%ポイント」です。この+3ポイントというのは、「投下資本に対して3%分だけ資本コストを上回る利益を稼いでいる」という意味です。一方、ROIC5%、WACC6%ならスプレッドは-1ポイントで、「1%分だけ資本コストに届いていない利益率」ということになります。
ROICスプレッドという指標は、アメリカ発のEVA(Economic Value Added)経営などでも重視されてきました。EVAは経済的付加価値、つまり税引後営業利益から資本費用を差し引いた額ですが、これを投下資本で割って率にしたのがROICスプレッドとも言えます。EVA経営では、企業がどれだけ資本コストを上回る利益を創出できたかを見ることで価値創造を評価しますが、ROICスプレッドはそれを百分率で捉えられるので、業種間比較などにも便利です。
一部ではROICスプレッドを「EVAスプレッド」と呼ぶこともあります。いずれにせよ定義は同じで、企業の収益率と資本コストのギャップを示すものです。スプレッドがプラスかマイナスか、そしてその絶対値の大きさが、企業の価値創造力の尺度となります。
ROICスプレッドがプラスであることの意味:超過利益が生じ企業価値を高める証左を解説
ROICスプレッドが正の値、つまりROICがWACCを上回っている場合、それは企業が超過利益(excess return)を得ていることの証明です。この超過利益とは、投下資本に対して要求されるリターン(資本コスト)を差し引いた残りの利益で、いわば「真の付加価値」と言える部分です。理論的には、この超過利益が直接企業価値の増分になります。
たとえば先ほどの例でROICスプレッド+3%という企業は、投下資本100億円につき年間3億円分の超過利益を生み出している計算です。この3億円が毎年永続すると仮定すれば、それだけ企業価値が上乗せされているとみなせます。投資家にとっては、単に資本を預けておくだけで得られるリターン以上のものを企業が稼いでくれているわけですから、その企業に投資する価値が高いことになります。
実際、ROICスプレッドが高い企業は市場から高評価を受けやすく、株価指標も良好な傾向があります。東洋経済などが発表する「ROICスプレッドランキング」では、情報通信や医薬、機械などの高収益業種の企業が上位を占め、高いROICスプレッドを維持しています。これらの業種の企業は、高い収益性と比較的低い資本コストを両立させており、まさに経済的付加価値を継続的に創出していると評価できます。
企業経営者にとってROICスプレッドがプラスであることは、一つの自信につながります。株主や債権者に対し「お預かりした資本に対して、しっかり期待以上のリターンをお返しできています」と胸を張って言える状態だからです。もちろん油断せず、さらにスプレッドを拡大する努力を続ける必要はありますが、プラスであるという事実は企業価値創造サイクルがうまく回っている証左と言えるでしょう。
ROICスプレッドが企業価値に与える影響:経済的付加価値(EVA)との関係性を解説
ROICスプレッドは前述のEVAと密接な関係があります。EVA(Economic Value Added)は税引後営業利益から資本コストを金額ベースで引いた値で、経済的付加価値とも呼ばれます。このEVAを投下資本で割って百分率にしたものがROICスプレッドです。したがって、ROICスプレッドがプラスのときEVAはプラス、ROICスプレッドがマイナスならEVAもマイナスとなります。
EVA経営では、企業価値は将来のEVAの現在価値の合計で決まるとされます。これはDCF法の考え方と一致しており、要するにROICスプレッドをいかに長期にわたり大きく維持できるかが企業価値のカギとなるわけです。例えば、ある企業が投下資本1000億円で毎年30億円の超過利益(ROICスプレッド3%)を生み続けられるなら、その部分だけで相当の企業価値があると評価されます。
逆に言えば、ROICスプレッドがゼロ(ROIC = WACC)ならEVAもゼロで、事業はちょうど資本コストを稼ぐにとどまり、価値中立的です。またマイナスなら事業継続が価値破壊につながっている可能性があります。実際、長期的に見てROICスプレッドがマイナスの会社は、市場価値が簿価(純資産)を下回るケースが多く、株主としてはそのままではリターンが得られないことになります。
以上より、ROICスプレッドは企業価値を考える上で中心的な概念です。経営陣がこれを意識し、高いROICスプレッドを達成する戦略を描けている企業は、持続的価値創造企業として市場から信任を得られるでしょう。次に述べる経営指標としての活用も踏まえ、ROICスプレッドを改善・最大化する発想が重要です。
ROICスプレッドを経営指標に用いる意義:資本効率と資本コストの両面から価値創出を評価する意義を解説
ROICスプレッドを社内の経営指標として掲げる意義は、資本効率(ROIC)と資本コスト(WACC)の両面を一度に考慮できる点にあります。単に「ROIC◯%を目標」とするだけでは、資本コストが見落とされてしまいます。例えばROIC5%でもWACCが3%なら良いのですが、WACC7%なら不十分です。そこで、ROICスプレッド目標(例えば+2%)を設定すれば、自社の資本コスト水準を意識しつつ経営できるというわけです。
また、ROICスプレッドは事業ポートフォリオ管理にも有用です。複数事業を展開する企業では、事業ごとにROICスプレッドを算出し、プラス幅の大きい事業に投資集中、マイナスの事業は改善または撤退といった判断ができます。これは前述したROICとWACCの比較を事業単位で行うことと同義ですが、スプレッドという単一指標にすることでシンプルに優先度をつけられます。
さらに、従業員へのメッセージとしても有効です。ROICスプレッドを社内KPIとすることで、「我々は資本コスト以上のリターンを出してこそ初めて価値を生んでいる」という意識を共有できます。例えば、営業部門で単純に売上・利益目標だけを追わせるのではなく、「資本効率も考えて儲けよう」という意識改革が促されます。それは在庫管理や設備投資への配慮など、現場の行動にも変化をもたらすでしょう。
もっとも、社員にとってはWACCや資本コストといった概念は難しい場合もあります。その場合、「ROICスプレッドを極大化すること=企業価値を高めること」というシンプルな図式を繰り返し伝えることが大切です。例えば「我が社は借入や株主さんへのリターンとして年5%求められている。そのお金で年7%稼げれば+2%で会社の価値が上がる、4%しか稼げなければ-1%で価値が下がる。だからみんなで7%以上を目指そう」という具合です。このように嚙み砕いて共有することで、ROICスプレッドは全社的な価値創造メーターとして機能するはずです。
ROICスプレッド活用の具体例:高ROICスプレッド企業の特徴と戦略から学ぶポイントを紹介
実際に高いROICスプレッドを実現している企業は、どのような特徴や戦略を持っているのでしょうか。具体例として、先に少し触れた情報・通信業界の企業を見てみます。例えば通信インフラやソフトウェアサービスを提供するある企業では、ROICが約15%に達しWACC(推定で7-8%)を大幅に上回っています。このような企業は、安定したキャッシュ創出力と比較的低い資本コストという二つの利点を享受しています。
その企業戦略のポイントは、高い利益率のビジネスモデルと資産ライトな経営にあります。ソフトウェアやプラットフォームビジネスはスケーラビリティが高く、追加売上に対するコスト増が小さいため利益率が上昇しやすいです。また、自社設備投資を最小化し外部リソースを活用することで資産をあまり持たずに済んでおり、資本回転率が高いです。この結果、ROICが非常に高く、それがWACCを大きく上回る要因となっています。
また製薬業界でも、ブロックバスター新薬を持つ企業などはROICスプレッドが高い傾向にあります。これらの企業は、独占的な高マージン商品を持つことで利益率が抜群に高く、一方で研究開発に投資した資本を回収し終えると、安定的に高収益を生み続けます。特許期間中はほぼ独占市場のため、資本コスト云々よりはるかに高いリターンを叩き出します。
一方、低ROICスプレッド企業の例も学びになります。典型的なのは総資産が巨額だが収益率が低いインフラ産業や資源産業です。例えば電力会社や石油元売りなどは、設備投資負担が重くROICが資本コストギリギリ、場合によっては下回ることもあります。こうした企業では規制や事業構造上、簡単に収益性を上げたり資産圧縮したりが難しいため、いかに効率を改善するかが常に課題となります。
以上の例から学べるのは、ビジネスモデルと資本構造がROICスプレッドに大きな影響を与えるということです。高ROICスプレッド企業は往々にして高付加価値&資本ライトなモデルを持ち、低ROICスプレッド企業は重資本で利益率が伸び悩む傾向があります。自社が後者の場合、前者に近づけるような戦略転換(サービス化、デジタル化、共同出資による資本負担軽減など)を検討するのも有効でしょう。
ROICを活用した経営戦略・実践事例:ROIC指標を経営判断に取り入れた企業の戦略と具体的な成果を紹介
最後に、実際にROICを経営に積極活用して成果を上げている企業の事例を紹介しながら、ROIC経営のポイントをまとめます。先進的な企業はROICを単なる財務指標にとどめず、経営判断や組織運営の隅々にまで浸透させているのが特徴です。そうした企業がどのようにROICをKPIとして用い、何を実践したのかを見ていきましょう。
ROICを経営KPIに組み込む意義:経営戦略におけるROIC目標設定の重要性と効果を解説
ROICを経営KPIとして正式に位置付ける意義は非常に大きいです。明確なROIC目標を掲げることで、経営陣以下全社が資本効率を意識した行動を取るようになるからです。例えば、中期経営計画で「3年後にROIC○%達成」という目標を定め、それを社内外に公表すれば、組織はその達成に向けて具体策を考え始めます。単なる売上・利益目標に比べて、ROIC目標は資本の使い方も織り込む必要があるため、より質の高い戦略立案が求められるという効果もあります。
実際にROIC経営を成功させている企業では、トップマネジメントが率先してROIC目標をコミットしています。例えばオムロン株式会社では、経営トップが「企業価値最大化のためROIC経営を進化させる」と宣言し、全社KPIにROICを据えています。その上で、中期計画で具体的なROIC水準を目標設定し、四半期ごとに進捗をトラッキングしています。これにより、経営判断のあらゆる場面で「それはROIC達成にプラスか?」という視点が欠かさず考慮されるようになりました。
ROIC目標を掲げるもう一つの効果は、ステークホルダーとの対話がスムーズになることです。投資家に対して、売上や利益だけでなくROICを示して説明することで、より納得感のある経営ストーリーを伝えられます。例えば「現在ROIC5%だが3年後に8%に引き上げ、そのために不採算事業から撤退し成長事業に資本を再配分する」という説明は、資本市場でも高く評価されるでしょう。目標ROICを示すことで、経営の方向性が「価値創造」にしっかり向いているとアピールできるのです。
事業ポートフォリオ戦略へのROIC活用:撤退判断や投資優先順位にROIC指標を活かす方法を解説
ROICを事業ポートフォリオ戦略に活用している好例として、先ほどから触れているオムロンの事例があります。オムロンは比較的早い時期からROIC経営を導入し、各事業セグメントのROICを算出して経営判断に役立てています。
具体的には、オムロンでは全社ROIC目標を掲げるとともに、事業部門ごとにROICターゲットを設定しました。さらに、事業ポートフォリオの分析においてROICと事業成長性をマトリクスでプロットし、各事業を「強化すべきか」「維持か」「縮小・撤退か」の判断材料としています。例えば、ある事業が低成長・低ROICと判定されれば、思い切ったリストラや他社への売却も視野に入れます。一方、高成長・高ROIC事業は最優先で投資資源を配分する対象となります。
このようなROIC主軸のポートフォリオマネジメントの結果、オムロンは実際にいくつかの構造改革を断行しました。その一つが、収益性の低かった事業の縮小と、生産性向上への集中投資です。その成果として、全社のROICは着実に向上し、投資家からも「ROIC経営の優等生」と評されています。
他にも、総合商社の伊藤忠商事がROIC経営を取り入れていることが知られます。同社は事業投資が多岐にわたるため、事業ごとにROICとWACCを算出し、ROICスプレッドがマイナスの案件は撤退や見直しを検討する仕組みを敷いています。これにより、一見黒字でも資本効率の悪いビジネスからは素早く撤退し、効率の良い分野に投資を集中させることで、近年ROICを改善させています。
これらの事例が示すポイントは、「ROICという共通尺度で事業を評価する」ことの有用性です。従来は感覚的・定性的になりがちだった事業ポートフォリオ判断が、ROICという定量指標を軸にすることで説得力とスピードを増しました。経営資源の配分先を選択する際、ROICが物差しとしてあることで、議論も建設的かつ合理的になるのです。
組織へのROIC浸透:部門別ROIC目標の設定や従業員インセンティブへの反映事例を紹介
ROIC経営を成功させるには、組織の隅々にまでROIC意識を浸透させることが重要です。そのための施策として、部門別ROIC目標の展開やインセンティブ制度への組み込みが挙げられます。
例えば、オムロンでは各事業部だけでなく、営業部門や生産部門など社内の機能部門にもROIC分解要素(売上高利益率や資本回転率など)の目標を持たせています。これにより、現場レベルで自分たちの活動がROICにどう影響するかを意識するようになりました。営業部は売上・利益貢献だけでなく与信期間の短縮や在庫削減協力も視野に入れ、生産部は品質・コスト改善とともに設備投資効率や在庫回転に責任を持つ、といった具合です。
さらに、人事制度にもROIC指標を組み込む例があります。海外では経営層の業績連動報酬にEVAやROICが用いられることがありますが、国内企業でも管理職以上の評価KPIにROIC関連指標を入れる動きがあります。たとえば子会社社長の評価項目にその子会社のROIC改善度合いを追加したり、本社部門の幹部に全社ROIC目標達成をインセンティブとして課したりするケースです。
従業員への浸透という観点では、社内研修や社内報でROICを繰り返し取り上げることも効果的です。ROICとは何か、なぜ重要なのか、自分の部署の業務とどう結びつくのか——これらを腹落ちさせることで、一人ひとりの業務改善のベクトルが揃ってきます。実際、ある中堅メーカーでは全社員向けに「ROIC経営ハンドブック」を配布し、具体例を交えてROICの考え方を教育しました。その結果、工場の現場スタッフから「この在庫減らせばROIC上がりますよね」と主体的な提案が出てくるようになったそうです。
このように組織ぐるみでROIC向上に取り組む体制ができれば、もはやROIC経営は単なる経営者のスローガンではなく、現場の仕事の一部となります。KPIとインセンティブに組み込むことは最も直接的な方法ですが、それだけでなく企業文化として「資本を有効に使おう」という意識を根付かせることが、長期的な成果につながるでしょう。
ROIC経営の成功事例:高ROICを達成した企業の取り組みに学ぶ戦略と成果を紹介
具体的な成功事例として、ここでは日本で著しくROICを改善した花王の取り組みを紹介します。大手日用品メーカーの花王は、2010年代初頭にはROIC(当時はROI表記)が5%台でしたが、効率経営へのシフトによって直近ではROIC二桁を達成する年も出ています。その背景には、同社の“カネ効”(お金の効率)と呼ばれる社内指標を用いた徹底改善活動がありました。
花王は以前から部門別採算や資産効率に厳しい社風でしたが、特に資本効率への意識を高めたのが2010年代中盤です。全社横断のプロジェクトで在庫削減や設備回転率向上が図られ、同時にヒット製品創出による利益率向上も達成したことで、ROICが着実に向上しました。具体策としては、生産拠点の集約と在庫管理システムの高度化、そしてマーケティング投資のROI重視など多岐にわたります。それらの成果として、売上は大きく伸びない中でも利益率が改善し、資本は圧縮され、結果としてROICが向上したのです。
また、海外企業ですがApple社は史上屈指の高ROIC企業として有名です。AppleはiPhoneなど高利益率の商品を持ちながら、自社工場を持たないファブレス経営で資本回転率も非常に高いです。その結果、近年のROICは30〜40%と驚異的な数字に達し、WACCを大幅に上回る超過収益を上げ続けています。Appleの戦略はまさに「高マージン×資産ライト」の極致であり、ROIC経営の究極形とも言えるでしょう。
これら成功事例から学べることは、やはり「付加価値を高めつつムダな資本を持たない」というシンプルな原則の強さです。業種は違えど、ROICの高い会社はこの原則を徹底しています。逆に言えば、自社のROICが低迷しているなら、どこかに付加価値低下の原因かムダ資本の温床があるはずです。それを見つけ出して手を打つことが、ROIC経営成功への第一歩です。
最後に、ROIC経営を進める上で経営トップのリーダーシップが不可欠である点も付記します。紹介した企業はいずれもトップ自らが旗を振り、社内外にコミットしています。ROIC向上は一朝一夕に成し遂げられるものではありませんが、トップダウンとボトムアップの両輪で粘り強く取り組むことで、必ず成果が現れてくるでしょう。
ROIC重視の経営改善がもたらす成果:資本効率向上による企業価値・株主価値への貢献を解説
ROICを重視した経営改善の取り組みは、最終的に企業価値の向上という成果をもたらします。資本効率が上がりROICがWACCを上回る期間が長く続けば続くほど、企業の経済的付加価値(EVA)は積み上がり、株主価値も増大します。その結果として、株式市場での評価が高まり株価が上昇したり、信用力が増して低コストでの資金調達が可能になったりといった好循環が生まれます。
実際に、ROIC改善前後でPBRやPERが向上する企業は少なくありません。前述の花王の例でも、ROICが改善するに従いPBRが1倍台後半から2倍超に上昇し、時価総額が大きく伸びました(市場環境の影響もありますが)。投資家はROICを重視する傾向を強めており、「ROIC経営宣言」をするだけで株価が短期的に上がった企業もあるほどです。
また、ROIC向上は財務健全性の改善にも寄与します。資本効率が上がれば社内にキャッシュが蓄積しやすくなり、自己資本比率が高まったり借入金を返済したりできるため、バランスシートが強固になります。さらに、事業の採算性が上がることで格付機関からの評価も良くなり、社債発行や追加借入の条件が有利になるケースもあります。こうした効果は、まさにROIC重視の経営がもたらす副次的なメリットと言えるでしょう。
しかし何より大きいのは、ROIC向上によって事業運営そのものの質が高まることです。無駄な資産や非効率な活動が削ぎ落とされ、組織全体が価値創造に集中するようになります。その結果、企業全体が軽くて強い状態となり、景気変動や競合の攻勢にも耐えうる競争力が養われます。これは数字には表れにくいですが、長期的な企業価値の源泉となる重要な成果です。
以上のように、ROICを軸に据えた経営改善は多方面にわたるプラス効果を生みます。もちろん課題もありますが、ここまで述べてきた事例や戦略の知見を活かせば、十分に克服可能でしょう。資本効率の向上こそが企業価値向上への王道であり、ROICはその羅針盤となる指標です。今後ますますROIC重視の経営がスタンダードになっていくと考えられますので、引き続き最新の動向を注視し、自社経営に取り入れていくことが重要です。