特別条項付き36協定とは何か?労働時間の限度を超えて残業を可能にする特別な労使協定の概要と目的を解説

目次
- 1 特別条項付き36協定とは何か?労働時間の限度を超えて残業を可能にする特別な労使協定の概要と目的を解説
- 2 特別条項を設ける理由とは?なぜ企業が臨時的に長時間残業が必要となるケースで特別条項を導入するのか、その背景と必要性を詳しく解説
- 3 特別条項の適用条件・要件とは?適用されるための法定要件と条件を整理
- 4 特別条項の上限時間とは?月100時間未満・年720時間以内など特別条項で認められる残業時間の上限規制を解説
- 5 特別条項の記載項目・記載例とは?臨時的な事情の明記や上限時間、健康確保措置など必要事項と具体例を詳しく解説!
- 6 特別条項付き36協定を締結する際の注意点:法定手続の遵守、条項の乱用防止、労働者の健康対策に関する留意事項
- 7 労働者の健康確保措置とは?特別条項で義務付けられる長時間労働時の健康対策の種類と重要性を詳しく解説!
- 8 特別条項付き36協定の手続きと届出方法:協定締結の準備から労基署への申請までの具体的な流れを詳しく解説
- 9 割増賃金の率とその取り決め:60時間超の残業割増率や法定以上の割増設定に関するルールを詳しく解説
- 10 よくある違反・罰則・リスク:特別条項を巡る法令違反の事例と企業が直面するペナルティやリスクを詳しく解説
特別条項付き36協定とは何か?労働時間の限度を超えて残業を可能にする特別な労使協定の概要と目的を解説
まず「36協定(サブロク協定)」とは、労働基準法第36条に基づき、法定労働時間の上限を超えて労働させるために必要な労使協定のことです。日本では原則として1日8時間・週40時間を超えて労働させることはできませんが、36協定を労働者代表(労働組合または過半数代表者)と締結し、所轄の労働基準監督署へ届出をすることで、法律で認められた範囲内で残業や休日労働が可能となります。通常の36協定では時間外労働の上限は月45時間・年360時間と定められており、これを「限度時間」と呼びます。
「特別条項付き36協定」は、この限度時間を一時的に超えて残業させる必要がある場合に備えて、通常の36協定に特別の条項を追加した協定を指します。例えば年度末の繁忙期や緊急のトラブル対応など、どうしても月45時間・年360時間を超える残業が避けられない状況に対応するための例外措置です。2019年の働き方改革関連法により時間外労働の上限規制が強化され、特別条項の条件や上限も厳格化されました。特別条項付き36協定を締結することで、法律の範囲内で一定の超過残業を認めつつ、労働者の健康や安全にも配慮した運用を行うことが目的となります。
36協定の基本概要と特別条項の位置づけ
労働基準法では、労働時間の原則として「1日8時間、週40時間」を超える労働(時間外労働)や休日労働は禁止されています。しかし多くの企業では業務上どうしても残業や休日出勤が発生するため、企業と労働者代表との間で36協定を締結し、残業を可能にしています。36協定は労働者の過半数代表との書面による協定であり、これを所轄労基署に届け出ることで初めて法定時間外の労働が許されます。特別条項は、この36協定の枠組みの中で、通常の限度時間(残業月45時間・年360時間)を超えることを認める特別な条項として位置づけられます。つまり特別条項付き36協定は、通常ルールの延長線上にある例外的な協定と言えます。
通常の36協定と特別条項付き協定の違い
通常の36協定と特別条項付き36協定の最大の違いは、残業時間の上限にあります。通常の36協定では前述のように月45時間・年360時間が限度ですが、特別条項付き協定を結ぶことで臨時的にその限度を超えた残業が可能となります。ただし無制限に延長できるわけではなく、後述するように月100時間未満・年720時間以内など厳格な上限が別途定められています。また、特別条項付き協定を締結するには、通常の協定に比べて追加の条件や手続き(具体的な事由の明示や健康措置の規定等)が必要です。このように、特別条項付き36協定は通常の36協定よりも踏み込んだ内容を含みますが、その分法的な要件も多く定められている点が異なります。
特別条項付き36協定が誕生した背景(働き方改革関連法)
特別条項付き36協定の制度は、長時間労働による過労死や健康被害を防止する目的で働き方改革関連法の一環として見直されました。2019年4月の法改正前は、36協定で限度時間を超える残業を認める際に明確な上限規制がなく、事実上青天井で残業させることも可能でした。しかし、過労死問題が社会問題化したことを受け、法改正により「月100時間未満・年720時間以内」という罰則付きの上限が新設されました。同時に、特別条項を適用できるのは年間で6ヶ月までなどの制限も設けられています。このような背景から、特別条項付き36協定は「臨時的な特別の事情」がある場合に限り適用される厳格なルールとして位置づけられるようになりました。
特別条項付き36協定で可能になること
特別条項付き36協定を締結すると、繁忙期や緊急対応時において通常の上限を超えた残業が可能となります。例えば、どうしても避けられない大きな受注プロジェクトで納期が逼迫している場合、特別条項を発動することで社員に一時的に月45時間を超える残業をお願いできます。これにより企業はビジネス上の重要な局面を乗り切るための柔軟性を確保できます。また、特別条項付き協定では単月だけでなく複数月平均の規制(2~6ヶ月平均で80時間以内)も設定されるため、繁忙月と閑散月を組み合わせて労働時間を調整することが可能です。要するに、この協定を結んでおくことで、万が一大幅な残業が必要になった場合でも合法的に対応できる枠組みが用意できるという点がメリットです。ただし、その適用には厳しい条件を満たす必要があることを忘れてはなりません。
特別条項付き36協定を結ぶ目的と意義
企業が特別条項付き36協定を結ぶ目的は、一言で言えば「法律違反とならない範囲で業務上の非常事態に対応するため」です。業務量が一時的に急増する事態においても、この協定があれば必要最小限の長時間労働を認められます。これは業績を維持し取引先との約束を守る上で重要な安全弁となります。また、法に則った手続きで残業させることで、従業員の労働時間を適切に管理し、違法な長時間労働を防ぐ意義もあります。特別条項付き協定は、無秩序な残業ではなく計画的かつ限定的な超過労働を可能にする仕組みです。さらに、協定には健康確保措置等も織り込まれるため、単に残業させるだけでなく労働者の健康に配慮した対応を取ることが企業の社会的責任として求められます。このように、特別条項付き36協定を適切に活用することは、企業のコンプライアンスと生産性の両立に寄与するものと言えるでしょう。
特別条項を設ける理由とは?なぜ企業が臨時的に長時間残業が必要となるケースで特別条項を導入するのか、その背景と必要性を詳しく解説
特別条項付き36協定は、企業がどうしても通常の残業上限では対応できない状況に備えるための制度です。では具体的に、どのような場合にこの特別条項が必要とされるのでしょうか。一般的には、企業活動において突発的または季節的な業務量の増大が発生した場合に特別条項の出番となります。計画的に予測できない事態や一時的な繁忙によって、社員に長時間の残業をお願いせざるを得ないケースが考えられます。また特別条項を設ける背景には、法定の上限規制が厳格化されたこともあります。罰則付きの上限を超えないようにしつつ業務を回すためには、特別条項によって一定の余裕枠を持たせておく必要があるのです。このセクションでは、特別条項を設ける主な理由や想定される場面について、その必要性とともに解説します。
繁忙期・緊急対応など特別条項が必要となるケース
特別条項が必要となる典型的なケースとしては、まず季節的な繁忙期が挙げられます。年度末や決算期、ボーナス商戦やイベントシーズンなど、特定の時期に仕事量が平常時の倍以上になる業種では、一時的に残業が連日発生することがあります。例えば小売業の年末年始セール対応、運送業の繁忙期であるお中元・お歳暮シーズン、製造業の大型連休前後の駆け込み生産などが典型です。また、緊急対応も特別条項を要する場合があります。システム障害や設備トラブルの復旧対応、大口クレームへの対処、大災害時の復旧支援など、予期せぬ事態で急遽多くの人手と時間を要するケースです。こうした繁忙期や緊急事態は、通常の36協定の枠(残業月45時間)では対処しきれないため、あらかじめ特別条項を設けておくことで、必要なときに法の範囲内で長時間労働ができるよう備えておくのです。
特別条項を設ける法的な必要性(上限規制への対応)
近年、労働時間の上限規制が強化されたことで、企業側には法令遵守のプレッシャーが高まっています。特別条項を設ける大きな理由の一つは、罰則付き上限規制への対応です。通常の36協定だけでは月45時間を超える残業はすべて違法となってしまいます。しかし現実には、一時的にそれ以上の残業が必要な場面がゼロではありません。特別条項付き36協定がない状態で上限を超えてしまうと、労働基準法違反となり企業や責任者に罰則が科されるリスクが生じます。そこで、法が認める特例として特別条項を協定に加えておくことで、いざという時に上限を超える残業を合法的に処理できる体制を整えておく必要があるのです。要するに、特別条項を設けることは企業が違法行為に陥らずに業務を遂行するための予防策であり、コンプライアンス上の必要性があると言えます。
特別条項が求められる業界や職種の例
特別条項付き36協定はすべての企業に必須ではありませんが、業界や職種によってはその必要性が高い場合があります。例えば、IT業界やソフトウェア開発ではプロジェクトの納期前に作業が集中しやすく、特定の時期に残業が増える傾向があります。また広告業界やイベント業界でも大型案件の直前には連日の深夜残業が発生しがちです。製造業では設備のメンテナンス周期や大量注文への対応で特定期間に生産量を増やす必要がある場合がありますし、建設業も工期終盤に残業がかさむことがあります。さらに、自然災害対応やインフラ復旧に携わる職種、公的サービス提供機関などは緊急時に一時的な超過勤務が求められるでしょう。このように、繁閑の差が大きい業界や緊急対応を伴う職種では、特別条項を結んでおくことで業務継続性と法令遵守を両立しやすくなります。
特別条項導入のメリットとデメリット
特別条項を導入するメリットは、前述のとおり企業が繁忙期や緊急事態に柔軟に対応できる点にあります。法律の範囲内で残業上限を引き上げておけるため、いざ必要なときに迅速に対応が可能です。また、協定に基づいて実施するため労使の合意の下で運用され、社員にも事前に周知できます。これは社員側にとっても残業の可能性を見通せるという利点があります。一方、デメリットも存在します。特別条項を設定すると「残業してもよい」という枠が広がるため、長時間労働が常態化するリスクがあります。経営側が特別条項に頼りすぎて慢性的な残業を発生させるような運用になると、社員の疲弊や生産性低下を招きかねません。また、協定上は合法でも労働者の健康被害が出れば企業としての責任問題に発展します。特別条項導入にはこうしたトレードオフがあることを理解し、あくまで「臨時の措置」として慎重に活用することが大切です。
特別条項の乱用を避け必要最小限にとどめる重要性
特別条項付き36協定は便利な仕組みですが、安易な乱用は禁物です。本来、この制度は「通常では想定しえない特別な事情」のための例外措置であり、常に使うことを前提としたものではありません。乱用すれば社員の負担が増大し、過労による健康被害やミスの発生率増加など、企業にとってもマイナスの影響が大きくなります。また労働基準監督署からも、特別条項が常態化している企業には指導が入る可能性があります。したがって、特別条項は本当に必要な場合に限り、必要最小限の範囲で発動することが重要です。例えば年間6回まで使えるからといって安易に6回すべて行使するのではなく、出来る限り通常の範囲内で業務を収める努力をした上で、どうしてもの場合にのみ発動するという姿勢が求められます。このように、特別条項の運用に慎重さを保つことが、従業員の健康と企業の持続的な発展双方にとって欠かせないのです。
特別条項の適用条件・要件とは?適用されるための法定要件と条件を整理
特別条項付き36協定は誰でも自由に適用できるものではなく、法律や省令で定められた一定の条件を満たす必要があります。適用条件を正しく理解しておかないと、せっかく協定を結んでも無効になってしまったり、違法な残業となってしまったりする恐れがあります。ここでは、特別条項を適用するための主な要件や条件を整理します。具体的には、協定書に記載すべき項目や、法で要求されている合意内容、適用できる期間・回数の制限などがポイントとなります。また中小企業の場合の経過措置など、特別条項の運用に関する留意点も存在します。これらの条件をしっかり押さえることで、特別条項付き協定を適法かつ有効に活用することが可能となります。
法律で定められた特別条項適用の前提条件
特別条項を有効に適用するためには、まず労働基準法および関係法令で定められた前提条件を押さえておく必要があります。その一つが「臨時的な特別の事情」があることです。法令上、特別条項は通常予見できない業務上の事情に限り適用可能とされており、慢性的な業務量増加など恒常的理由では認められません。さらに、特別条項を設けるには労使協定で所定の事項を定めることが条件です。単に口頭で「忙しいときは残業増やします」というのでは違法で、協定書上にきちんと特別条項を盛り込み、労働者側と書面合意していなければいけません。加えて、その協定書を労基署に届け出て初めて効力を持ちます。したがって、特別条項適用の前提としては「予測困難な特別な事由の発生」「協定書への明記と届け出」という二本柱があると言えるでしょう。
36協定に盛り込むべき特別条項の必須事項
特別条項付き36協定を締結する際、協定書に盛り込まなければならない必須事項がいくつかあります。これは労働基準法施行規則や行政通達で細かく定められています。主な項目は次のとおりです。
- 特別の事情 – 限度時間を超える残業をさせる必要がある具体的事由(例:「年度末の納期ひっ迫への対応」など)
- 延長できる時間数 – 1日、1ヶ月、1年のそれぞれについて何時間まで延長できるか(特別条項適用時の上限)
- 適用回数の制限 – 特別条項を適用できる回数や期間(例:年6回まで、特定の月のみ 等)
- 健康確保措置 – 長時間労働者の健康と福祉を守るために講じる具体的措置(後述)
- 割増賃金率 – 法定を上回る割増率を定める場合、その率と適用範囲
以上の項目は協定書に明記することが求められます。これらが欠けていると協定が適正に成立したとは認められない可能性があるため、注意が必要です。
「臨時的な特別の事情」の具体的な定義と要件
特別条項を適用できる状況として法律上要求される「臨時的な特別の事情」とは何でしょうか。これは行政通達等で示されており、「通常予見することが困難で、臨時的であること」がポイントです。具体的には、常に起こるわけではないが時折発生する業務上の大幅な繁忙や緊急事態が該当します。例えば「年に一度の大規模プロジェクトの完遂」や「予期せぬ機械故障への対応」「大型台風による復旧作業」などです。要件としては、恒常的な長時間労働を招くものではないことも重要です。慢性的な人手不足で常に残業が多い状態は「臨時的」とは言えないため、そうした理由で特別条項を使うのは本来認められません。企業はこの「臨時的な特別の事情」を協定に記載するとともに、本当にその条件に該当するかを自省する必要があります。つまり、単なる業務量増加を漫然と「特別の事情」と称してはならず、客観的に見て突発的・一時的と言える事由のみを対象にすることが求められます。
特別条項の適用が認められる回数制限(年6回まで)
特別条項を利用して限度時間を超える残業が認められるのは、1年のうち6ヶ月までと定められています。つまり、12ヶ月の中で特別条項を発動できる月は合計6回以内という制限です。これは「例外はあくまで一年の半分未満に留める」という趣旨で設けられたルールです。仮にこれを超えて7回以上、つまり年の半分を超える期間で特別条項を使おうとすると、それは制度の想定を超えた頻度となり認められません。この回数制限も協定書上で明示する必要があります。例えば協定の有効期間が1年であれば、「特別延長は年◯回まで」のように記載します。なお、6回というのはあくまで上限であり、可能な限り少ない回数に抑えることが望ましいです。このルールによって、企業は長時間残業の発生を年間スケジュールの中でコントロールし、漫然と例外措置を連発しないよう管理が求められています。
中小企業における特別条項適用の留意点
中小企業で特別条項を適用する場合にも基本的なルールは同じですが、過去の経過措置や業種特例に留意が必要です。例えば、月60時間超の残業に対する割増賃金50%の適用は中小企業には2023年4月から義務化されましたが、それ以前は猶予がありました。しかし特別条項による残業上限(月100時間未満・年720時間以内等)に関しては、大企業・中小企業を問わず2020年4月以降は原則適用されています(※自動車運送業等一部業種は特例で施行猶予がありました)。また従業員数の変動で36協定の労使代表要件が変わる可能性にも注意が必要です。少人数企業では労働者の過半数代表と結んでいた協定が、従業員増加により代表要件を満たさなくなるケースもあります。その場合は改めて有効な代表を選出して協定を結び直さないと協定が無効になりかねません。中小企業こそ人員に余裕がない分特別条項に頼りがちですが、法令の適用状況や組織変化に注意して正しく手続きを踏むことが肝要です。
特別条項の上限時間とは?月100時間未満・年720時間以内など特別条項で認められる残業時間の上限規制を解説
特別条項付き36協定を結んだからといって、無制限に残業させてよいわけではありません。法律によって厳格な上限が定められており、これを超えることはできない絶対的な限度があります。ここでは、特別条項を適用した場合に認められる残業時間の上限について説明します。具体的には、単月の上限(100時間未満)、複数月平均の上限(2~6ヶ月平均80時間以内)、そして年間の上限(720時間以内)が主な規制ポイントです。これらの数値はすべて法定の制限であり、仮に労使で合意しても超えることは認められません。また、こうした上限には休日労働時間も含めて計算する点や、上限を超えた場合の罰則も用意されている点にも触れていきます。
通常の36協定における残業時間の限度(月45時間・年360時間)
特別条項の話に入る前に、まず通常の36協定での残業限度時間を確認しましょう。労働基準法施行規則では、36協定で定める時間外労働の限度として「月45時間・年360時間」が示されています。これは一般的に「限度時間」と呼ばれ、特別条項がない場合はこの範囲内でしか残業させることができません。月45時間というのは1日平均2時間程度の残業に相当し、それ以上の残業は原則NGということになります。また年間360時間は月平均30時間に相当し、1年を通じて見ても相当な制約です。これを超えて残業させると、たとえ36協定自体は結んでいても協定違反・法違反となります。なお、臨時的な特別の事情がない限りはこの限度時間を厳守することが企業には求められます。
特別条項付き36協定で認められる月間残業時間(100時間未満)
特別条項を結んだ場合でも、1ヶ月に認められる時間外労働(残業+休日労働の合計)には上限があります。その上限は「月100時間未満」です。つまり、どんなに忙しい月であっても法的には100時間を超える残業は絶対にさせてはならないことになります。「100時間未満」ですので厳密には99時間までですが、実務上はキリの良い月100時間が最大値と認識されることが多いです。これは臨時の特別な事情がある場合でも超えてはならないラインであり、これを超過すると直ちに労働基準法違反となります。なお、この月100時間には法定休日に労働した時間も含めて算定します。例えば月に2日休日出勤してその分16時間労働した場合は、残業時間と合算して100時間未満に抑える必要があります。この単月上限は過労死のリスクラインとも言われており、特別条項で許されるとはいえ非常に高い残業時間です。したがって企業は100時間ギリギリまで使うのではなく、なるべくこの上限以下に収める努力をすべきでしょう。
複数月平均の残業上限(2~6ヶ月平均80時間以内)
特別条項では単月だけでなく複数月にわたる平均でも上限が定められています。具体的には、特別条項を適用した場合でも「2ヶ月~6ヶ月の平均残業時間が月80時間以内」に収まることが必要です。これは例えば2ヶ月間の平均、あるいは6ヶ月間の平均を取ったときに、1ヶ月あたり80時間を超えていないかをチェックするものです。仮にある月に90時間残業させたとしても、翌月を70時間以内に抑えれば2ヶ月平均80時間となり許容範囲となります。ただし、いずれにせよ平均で80時間を超えるような長時間労働が連続することは違法です。この規制は、「忙しい月が連続しないように」という趣旨で設けられています。特別な事情が続くにせよ、少なくとも平均すると一定の枠(80時間)に収め、連続的な過労状態を避けるという考え方です。企業側は繁忙が長期化しそうな場合には、一部の業務を次月以降に分散させる、増員・応援を投入するなどして平均時間を調整する努力が求められます。
年間の時間外労働上限(720時間以内)の規制
さらに年間トータルの時間外労働にも上限が設定されています。特別条項付き36協定を結んだ場合でも、年間の時間外労働は720時間以内に収めなければなりません。720時間というのは月平均にすると60時間にあたります。仮に月100時間の残業をさせる月があったとしても、繁忙月を含め年間合計で720を超えてはいけません。例えば繁忙期に5ヶ月×80時間=400時間残業したとすると、残りの7ヶ月では合計320時間以内(1ヶ月平均約45.7時間)に抑える必要があります。この年720時間という上限は、特別条項を適用する場合も絶対に守らなくてはならない基準です。ちなみに通常の36協定のみの場合、年360時間が限度なので、特別条項によって年間で見れば2倍の残業が可能になる計算です。しかしそれでも720時間を超えることはできず、企業として年単位で労働時間を管理することが求められます。
特別条項でも超えられない絶対的な上限と留意点
以上述べたような月100時間未満・複数月平均80時間・年720時間は、特別条項を設けても超過できない絶対的な上限です。これらを少しでも超えると協定の有無に関係なく労働基準法違反となり、罰則の対象となります。特に月100時間というラインは「過労死ライン」とも言われ、これを超えた残業が行われた従業員が健康を害した場合には、企業の責任が厳しく問われる可能性が高くなります。また、上限いっぱいまで働かせること自体がリスクである点にも留意すべきです。法的に100時間未満であっても、例えば月98時間残業というのは極めて負荷の高い働き方です。その状態が続けば平均80時間以内という規制にも触れます。したがって企業は、上限はあくまで「超えてはいけない壁」であると認識し、常にそのかなり手前で業務が回るよう計画することが肝要です。特別条項は使い方次第では有用ですが、その裏側には厳しいリスク管理が伴うことを忘れてはなりません。
特別条項の記載項目・記載例とは?臨時的な事情の明記や上限時間、健康確保措置など必要事項と具体例を詳しく解説!
特別条項付き36協定を正しく締結するには、協定書に必要な事項を漏れなく記載することが重要です。記載漏れや不備があると、せっかく協定を結んでも法的に無効と判断されるリスクがあります。また、行政官庁に届け出る際にも所定の書式に従って記載する必要があります。このセクションでは、特別条項にどのような項目を記載すべきか、その具体例を含めて解説します。臨時的な特別の事情の書き方、上限時間や適用回数の明示方法、労働者の健康確保措置の記載例、さらには割増賃金率に関する記載について順に見ていきましょう。
特別条項付き36協定に記載すべき主な項目一覧
特別条項付き協定書には、以下のような主な項目を記載する必要があります(前述と重複する部分もありますが重要なので再掲します)。
- 特別条項を適用する臨時的な事情の内容
- 限度時間を超えて延長できる時間の上限(1日・1ヶ月・1年)
- 特別条項を適用できる回数や期間の制限(年◯回まで等)
- 対象労働者への健康及び福祉確保措置の内容
- 時間外労働の延長に伴う割増賃金率の規定
- 協定の有効期間(通常1年以内)
上記は最低限盛り込むべき項目です。協定届の新様式では裏面の「記載例」やガイドラインにこれらが詳しく示されています。特に健康確保措置と有効期間は見落とされがちなので注意しましょう。
臨時的な特別の事情の記載方法と例
協定書には「臨時的な特別の事情」の具体的内容を記載する欄があります。ここには特別条項を発動する可能性がある事由をできるだけ具体的に書きます。記載例:「例年年度末(3月)及び上期末(9月)の受注・決算業務集中による繁忙のため」「大規模クレーム対応等、通常予見し難い緊急業務の発生時」などです。ただし、あまりに漠然と「業務繁忙時」などと書くと監督官庁から詳細を確認される場合があります。いくつか想定される事由があるなら列挙し、「○○の場合等」と網羅的に示すのが望ましいでしょう。ポイントは、その事情が本当に臨時的・特別的であることが伝わる書き方です。「通常業務量の増大」など恒常的なニュアンスは避け、あくまで一時的な特別事由であることを明記します。
延長する労働時間の上限と回数の記載例
次に、限度時間を超えて延長できる残業時間の上限や適用回数を記載します。協定届では具体的な時間数を記入する形式になっています。記載例:「1ヶ月について80時間まで、年間6回を限度として延長することができる」や「2~6ヶ月平均80時間以内、かつ1年について720時間以内まで延長することができる」等です。月100時間未満という法上限があるため、通常協定書には100時間ではなくそれ以下の数字(例えば80時間や90時間)を定めるケースが多いです。これは実態に即して設定します。また年6回という回数も明記が必要です。例えば「特別の事情による延長は1年につき最大6ヶ月まで(6回まで)とする」といった文言を入れます。こうした上限値・回数は法律上の最大値を直接書いても構いませんし、より低い独自の制限を設けることも可能です。いずれにせよ、その範囲外では残業させないという企業の意思を明確に示すことが重要です。
労働者の健康確保措置の記載方法と具体例
特別条項付き36協定では、労働者の健康及び福祉を確保するための措置を講ずることが義務付けられており、その内容を協定に記載します。厚生労働省のガイドラインでは具体策として10項目ほどの選択肢が提示されており、協定届には該当番号と内容を記入する形式です。記載例として以下のようなものがあります。
- 「時間外労働が月○時間を超えた労働者に対し、医師による面接指導を実施する。」(例:80時間超で面接指導)
- 「終業から始業までに最低○時間の休息時間(勤務間インターバル)を確保する。」(例:11時間以上の休息)
- 「連続した有給休暇の取得を促進し、過重労働の緩和に努める。」
- 「長時間労働者に対し定期健康診断とは別に臨時の健康診断を実施する。」
- 「心身の健康相談窓口を設置し、必要に応じ産業医等の助言・指導を受けさせる。」
いずれか一つ、または複数を組み合わせて措置とすることが可能です。協定書には番号でなく具体的内容も記載することが推奨されます。例えば上記のように、対象となる条件(〇時間超えた場合など)や休息時間の長さなど具体的に書くことで、実効性のある措置となります。
割増賃金率など労務条件の明記に関するポイント
特別条項を定める際には、時間外労働に係る割増賃金率についても確認が必要です。法律上、月60時間を超える残業については50%以上の割増率を適用することが義務付けられています(※中小企業は2023年から適用)。通常、協定書に割増率自体を書く欄はありませんが、労務管理上はこの点も労使で認識を共有しておく必要があります。例えば就業規則や賃金規程に「時間外労働の割増率は法定どおりとする(60時間超は50%)」等の定めがあるかを確認しましょう。また、36協定には法定を上回る割増率を設定することも可能です。仮に会社が独自に残業代を割増30%(法定25%より高い)払う方針なら、その旨を協定や規程に明記しておくと労使トラブルを防げます。いずれにせよ、特別条項によって残業時間が増える場合は、その分しっかりと割増賃金を支払うこと、およびその取り決め内容を周知しておくことが大切です。
特別条項付き36協定を締結する際の注意点:法定手続の遵守、条項の乱用防止、労働者の健康対策に関する留意事項
特別条項付き36協定を締結する際には、いくつか注意すべきポイントがあります。まず何よりも法定手続を確実に踏むことが大前提です。せっかく協定を結んでも、手続きや届出が適切でなければ無効になりかねません。また、特別条項は便利な反面リスクも伴うため、その運用にあたっては乱用を避け労働者の健康に十分配慮する必要があります。以下では、協定締結時および運用上の注意点について、具体的に解説します。
36協定締結時に遵守すべき手続きとステップ
特別条項付き36協定を締結する際には、通常の36協定同様にきちんとした手順を踏むことが重要です。具体的な手続きとしては以下のステップが挙げられます。
- 労働者代表の選出・確認(過半数労働組合または過半数代表者)
- 労使間で協定内容の協議(残業上限や特別条項の条件について合意形成)
- 協定書の作成(所定の様式に従い必要事項を記載)
- 労働者代表と会社代表の署名押印
- 協定書を所轄労働基準監督署へ届け出
- 協定内容を社内に周知(従業員への告知)
これらの手続きを一つでも怠ると協定の効力に影響します。特に、労働者代表の選出は形式的にならないよう注意が必要です。管理職など会社の意向をそのまま反映する人ではなく、従業員の過半数から正当に選ばれた代表であることが求められます。
特別条項導入時の社内周知と労使間の合意形成
特別条項付き協定を導入する際には、労使間で十分な合意形成と社内周知を図ることも大切です。労働者側からすれば残業の上限が引き上げられることになるため、不安や不満がないよう説明責任を果たす必要があります。協定締結前に労働組合や従業員代表と話し合い、なぜ特別条項が必要なのか、従業員の負荷軽減策はどのように講じるかなど、納得感を得られるよう丁寧に協議しましょう。また、協定締結後はその内容(特別条項の条件や上限、健康措置など)を全従業員に周知します。周知には社内掲示板への掲示、イントラネットでの掲載、説明会の開催などが考えられます。法的には36協定を締結したら社内に周知する義務がありますので、特別条項についても分かりやすく伝えることが重要です。周知を徹底することで、いざ繁忙期に突入した際でも社員が戸惑わずに済み、協力を得やすくなります。
特別条項を安易に設定することのリスク
特別条項付き36協定は合法的に長時間労働を可能にするものですが、それを安易に設定・運用することにはリスクが伴います。一つは前述のように長時間労働の常態化リスクです。枠を設けると人間はついその範囲内で目一杯使おうとしてしまうものです。結果的に無理な受注や過密なスケジュールを組んでしまい、社員に過度な負荷がかかる恐れがあります。また、安易な設定は企業のマネジメントの甘さとして外部から批判される可能性もあります。「計画性がなく毎回残業で調整している企業」という印象は、採用面や取引先からの信用にも影響しかねません。さらに、特別条項を設定しているということは、それだけ労働時間管理に注意が必要であり監督署の目も厳しくなります。現場任せでなく経営層がきちんとガバナンスを効かせているかが問われます。以上のように、特別条項を導入するならば、その運用に対して経営として責任ある姿勢で臨まねばならないという覚悟が求められます。
長時間労働に伴う企業の労務リスクと責任
特別条項を用いて長時間労働が発生する場合、企業には通常以上に労務リスクへの目配りが必要です。まず健康面でのリスクがあります。社員が過労により体調を崩したり、最悪の場合過労死・過労自殺のような事態が起これば、企業は安全配慮義務を問われ重大な責任を負います。また、長時間労働は労働生産性の低下やミス・事故の増加にも繋がります。例えば工場での労災事故や、運輸業での交通事故などは疲労蓄積と無関係ではありません。当然それらが起きれば企業の責任問題となり、損害賠償や社会的信用の低下に直結します。さらに、長時間労働者が増えると未払い残業代など労務トラブルの種も増えます。労働時間の申告漏れがあったりすると後から高額の残業代請求を受けるリスクもあります。特別条項を使う以上、企業は普段以上に適正な勤怠管理と健康管理に取り組み、労務リスクを最小化する責任があることを肝に銘じる必要があります。
労使協議で留意すべきポイントと透明性の確保
特別条項に限らず36協定全般に言えることですが、労使協議のプロセスを適切に行い、その透明性を確保することが重要です。労働者代表との協議が形骸化していると、後に従業員から「実態を知らされていなかった」「合意した覚えがない」といった不満が出る恐れがあります。そうならないために、協議内容は議事録を取り、協定案を文書で示して意見を募るなど、丁寧な手続きを踏みましょう。また特別条項については、具体的な発動条件や健康措置について労使で真摯に話し合うことが大切です。場合によっては産業医や外部の労務コンサルタントの意見を取り入れるのも良いでしょう。協定締結後も、運用状況を労使でモニタリングし、必要なら協定内容を見直すなど柔軟に対応します。透明性が確保された労使協議は、従業員の信頼感を生み、協定遵守への協力も得やすくなります。
労働者の健康確保措置とは?特別条項で義務付けられる長時間労働時の健康対策の種類と重要性を詳しく解説!
長時間労働が続くと労働者の健康に様々な悪影響が及ぶ可能性があります。そのため、特別条項付き36協定を締結する際には、長時間労働者に対する「健康確保措置」を講じることが義務化されています。このセクションでは、労働者の健康確保措置とは何か、どのような種類の対策があるのか、そしてそれがなぜ重要なのかを解説します。企業が従業員の健康を守るために取るべき具体的な取り組みについても触れていきます。
長時間労働がもたらす労働者への健康影響
まず前提として、長時間労働が労働者に与える健康影響について理解しておきましょう。残業時間が月80~100時間にも達するような状態が続けば、心身への疲労蓄積は避けられません。睡眠不足やストレス増大によって、鬱病などメンタルヘルスの不調リスクが高まります。また睡眠時間が短いと生活習慣病(高血圧、心疾患など)のリスクも上昇し、実際に長時間労働と脳・心臓疾患の発症には統計的な相関が認められています。過労死ラインとされる月80時間超の残業が恒常化すると、高血圧性疾患や虚血性心疾患、脳卒中などで倒れる危険性が高まるとされています。さらに疲労により注意力が散漫になると労働災害の発生率も上がります。このように、長時間労働は労働者本人の命や健康を脅かすだけでなく、仕事の質や安全にも悪影響を及ぼす重大な問題です。
労働安全衛生法に基づく医師による面接指導制度
長時間労働者の健康対策として、労働安全衛生法には面接指導制度があります。具体的には、1ヶ月あたりの時間外労働が一定時間(おおむね80時間)を超えた労働者から申出があった場合、事業者は医師による面接指導(産業医等との面談)を実施する義務があります。医師はその労働者の疲労蓄積状況や健康状態を把握し、必要に応じて勤務軽減などの助言を行います。これは労働者自身が自覚していない健康リスクを早期に発見し、対策を講じるための重要な仕組みです。特別条項による残業が発生している職場では、この面接指導を適切に運用することが求められます。面接指導の結果、医師から産業医を通じて企業に対し就労制限や治療の指示が出る場合もあります。企業はそれを真摯に受け止め、該当労働者の負荷軽減や休養措置を講じなければなりません。労働安全衛生法に基づくこの制度は、長時間労働者の命と健康を守る最後の砦とも言えるでしょう。
特別条項における健康確保措置の具体例
特別条項付き36協定では、限度時間(45時間)を超えて残業をする労働者に対し、会社が講じる健康確保措置を定める必要があります。その具体例としては前述のリストでも触れましたが、改めて代表的な対策を挙げます。
- 医師の面接指導 – 時間外労働が一定時間を超えた場合に産業医等による健康面談を実施。
- 勤務間インターバルの確保 – 終業から次の始業までに11時間など十分な休息時間を設ける。
- 代償休暇・特別休暇の付与 – 忙しい期間に働いた分、後でまとまった有給休暇や代休を取得させる。
- 健康診断の実施 – 通常の定期健康診断に加え、長時間労働者に臨時の健康診断機会を提供。
- 配置転換等の配慮 – 必要に応じて長時間労働が続く社員を一時的に他部署へ異動させ負荷を軽減。
- 相談窓口の設置 – メンタルヘルス等について相談できる社内窓口やカウンセリング制度を整備。
これらの中から企業の実情に合った措置を選択し、協定に定めます。肝心なのは定めた措置を確実に実行することです。例えば面接指導を実施すると決めたら対象者に必ず実施し、その記録を残す義務もあります。単なるお飾りではなく、実効性ある対策として機能させることが大切です。
過重労働を減らすため企業が取るべき取り組み
健康確保措置は事後的なケアである側面も強いので、そもそも過重労働を発生させない取り組みも並行して重要になります。企業が取るべき取り組みとしては、業務の平準化や効率化、適切な人員配置などが挙げられます。例えば、繁忙期を見越して派遣社員やアルバイトを一時的に増員する、人海戦術だけでなくITツール導入で業務効率を上げる、取引先との納期交渉で無理のないスケジュールに調整するといったことです。また社員の働き方を見直し、ノー残業デーの導入やテレワーク活用で通勤負担を減らすなど、総合的な働き方改革を推進することも効果的です。これらの取り組みは直接的に法制度とは関係ありませんが、結果として長時間労働を減らし、特別条項のお世話になる頻度も減らせます。企業文化として「長時間労働に頼らない」意識を醸成し、生産性向上と社員の健康維持を両立させる努力が求められます。
健康確保措置の実効性を高めるポイント
最後に、健康確保措置を有名無実化させず実効性を高めるポイントです。第一に経営陣のコミットメントが重要です。トップ自らが従業員の健康最優先を掲げ、健康確保措置の実施状況を定期的に報告させるなど管理します。第二に、産業医や人事労務担当者の役割が大きいです。面接指導等の専門職である産業医と密に連携し、社員一人ひとりの健康状態に目を配ります。第三に、従業員自身の意識啓発もポイントです。長時間労働のリスクやセルフケアの方法を教育し、無理をしない風土を作ります。また、健康確保措置の実施結果(例えば面接指導を○名実施し○名が勤務軽減措置中など)を労使で共有し、必要なら措置の見直しも行います。このようにPDCAサイクルを回すことで、健康確保措置が絵に描いた餅で終わらず、実際に社員の健康を守る効果を発揮するようになります。
特別条項付き36協定の手続きと届出方法:協定締結の準備から労基署への申請までの具体的な流れを詳しく解説
特別条項付き36協定を運用するためには、正しい手続きを経て協定を締結し、所定の届出を行わなければなりません。ここでは、協定締結の準備段階から労働基準監督署への届出までの一連の流れを説明します。必要な書類や届け出の期限、新しい様式への対応など、実務上押さえておくべきポイントも取り上げます。
労働組合または労働者代表との協議手順
特別条項付き36協定を締結する前提として、労働者側との協議が不可欠です。労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労組と、ない場合は過半数代表者と話し合います。協議の手順としては、まず会社側から36協定更新または新規締結の旨を伝え、特別条項を設けたい理由とその内容案を提示します。労働者側はそれについて質問や要望を述べ、必要に応じて内容を調整します。この協議では、残業上限や健康措置など労働条件に関わる事項がテーマなので、しっかり合意形成することが大切です。お互い納得したら協定書を作成し、双方署名押印します。なお、過半数代表者と協定を結ぶ場合、その代表者が管理職でないことや会社の意向を忖度しない公正な代表であることに留意してください。
36協定書の作成と必要事項の記入方法
労使で内容合意ができたら、厚生労働省や各都道府県労働局が提供する36協定届の様式に沿って協定書を作成します。現在は特別条項付きの場合の記載欄がある新様式が用意されています。協定書には前述の必要事項(残業上限時間、回数、特別の事情、健康措置など)を記入します。具体的には様式の表面に大枠の労働時間延長の条件を、裏面(記載心得)に特別条項の詳細を記載する形式です。Wordファイル等も公開されているので、ダウンロードして自社用に編集するとよいでしょう。記入にあたっては数字の単位(例えば「時間」「日」)、締結当事者名、協定の有効期間など、漏れがないよう注意します。記載例も厚労省から提供されていますので参考にしましょう。すべて正しく記入し終えたら、労働者代表と会社代表が署名押印します。社判の押印箇所にも注意が必要です。
就業規則への反映と社員への周知方法
特別条項付き36協定を結んだ内容は、可能であれば就業規則等の社内規程にも反映させておくと良いでしょう。法的には協定を結ぶだけで効力はありますが、就業規則に残業上限や割増賃金率、健康措置等を明記しておけば社員にも分かりやすくなります。また、協定締結後の社員への周知も重要です。周知方法としては、社内イントラや掲示板で「36協定を更新しました。特別条項として以下の場合には残業月○時間まで可能です…」といったお知らせを掲載します。さらに管理職や該当部門には直接説明する機会を設け、協定の範囲内で労務管理を行うよう指示します。特に新たに特別条項を加えた場合には、「今回から繁忙期には残業が●時間まで可能になりますが、その代わり健康面のフォローも行います」といった具体的な説明をすると良いでしょう。社員が内容を理解し納得していることが、安全で円滑な運用に繋がります。
労働基準監督署への届出手順と提出期限
協定書が完成したら、所轄の労働基準監督署に提出します。届出手順としては、署の窓口に持参するか郵送、または電子申請で提出が可能です。届出は協定の効力発生日(通常新年度の4月1日など)の前日までに行う必要があります。例えば4月1日から新しい協定を適用したければ3月中に届け出ます。提出するのは協定届の用紙2部(会社控えと役所控え)で、労基署で受付印をもらって1部返してもらう形です。郵送の場合は返信用封筒を同封します。電子申請の場合は厚労省のオンラインシステムから提出可能ですが、事前登録が必要ですので早めに準備しておきましょう。なお、新たに特別条項を追加した場合や内容変更した場合も、同様に届出が必要です。もし届出を怠ると協定違反となり無効扱いにもなりかねませんので、期限内の確実な提出を心掛けましょう。
36協定届の新様式・電子申請対応
働き方改革に伴い36協定届の様式が改定され、特別条項や健康措置の記載欄が盛り込まれた新様式になっています。これを使用しないと届出を受理してもらえない場合があるので注意しましょう。各労働局のウェブサイトから最新の様式を入手できます。また、近年は36協定の届出も電子申請が推進されています。厚生労働省の「届出システム」やe-Govを利用してオンラインで協定届を提出可能です。電子申請の場合、労基署への出向や郵送の手間が省けますが、電子署名やGビズIDの取得など事前準備が必要です。ITに明るい企業であれば導入を検討すると良いでしょう。さらに、届出後の協定書は会社でしっかり保管し、労働者からの閲覧請求があれば見せられる状態にしておくことも求められます。手続き面のデジタル化が進む一方で、基本的な管理責任は変わりませんので、書類管理も含めて適切に対応してください。
割増賃金の率とその取り決め:60時間超の残業割増率や法定以上の割増設定に関するルールを詳しく解説
特別条項で残業時間が増える場合に気をつけたいのが割増賃金の支払いです。日本の労働基準法では、所定労働時間を超えた労働には通常賃金に一定の割増率を乗じた残業代を払う義務があります。このセクションでは、法定で定められた割増賃金率の基本と、月60時間を超えた場合の割増率引き上げ、深夜・休日労働時の割増率、そして36協定で割増率をどのように定めるかといった点を解説します。
法定で定められた時間外労働の割増賃金率
まず割増賃金の基本から整理しましょう。労働基準法37条では時間外・休日・深夜労働に対する割増率が定められています。通常の時間外労働(週40時間超・1日8時間超の労働)に対しては25%以上の割増率で残業手当を支払う必要があります。これは最低25%という意味で、企業が自主的に30%や40%と高く設定することも可能です。法定休日に労働させた場合の割増率は35%以上、深夜(22時~翌5時)の労働は25%加算となります。例えば、平日深夜残業であれば25%(時間外)+25%(深夜)=50%増しの賃金、休日の深夜労働であれば35%+25%=60%増しという具合です。これらは労働基準法で定められた最低ラインであり、違反すると罰則の対象です。特別条項を使って残業させる場合も、この割増賃金の支払い義務は当然守らねばなりません。
月60時間超過時の割増率引き上げ(50%以上)のルール
時間外労働が月60時間を超えた部分については、さらに割増率を引き上げるルールがあります。具体的には、月60時間を超える時間外労働分の賃金については50%以上の割増率で支払わなければいけません。この規定は大企業では2010年から導入され、中小企業には猶予がありましたが2023年4月より中小企業にも適用となりました。したがって現在では全ての企業で、月60時間を超える残業代は5割増以上となります。例えば月70時間残業した場合、最初の60時間分は25%増し、残りの10時間分は50%増し以上で計算します。この割増率引き上げは長時間労働の抑制策として設けられたものです。企業にとっては、残業が60時間を超えるとそれだけコストも増すことになるため、経営的にもなるべく60時間以内に収めたいインセンティブが働きます。特別条項で一時的に残業が増える場合も、この割増率アップのコストは織り込んでおく必要があります。
深夜労働・休日労働に対する割増率と組み合わせ
前述の通り深夜労働(22時~5時)は25%割増、休日労働は35%割増が法定最低ですが、これらが時間外と重なる場合は組み合わせて計算します。いくつかケースを整理します。
- 通常日の深夜残業(所定外かつ深夜):25% + 25% = 50%増
- 法定休日の日中労働(休日労働のみ):35%増
- 法定休日の深夜労働(休日+深夜):35% + 25% = 60%増
- 法定休日でさらに時間外60h超部分:35% + 25% + 25% = 85%増(休日35%+深夜25%+60h超追加25%)
このように割増は重畳的に課されていきます。特別条項で残業が増えると深夜に及ぶケースも増えるでしょうし、休日出勤も発生するかもしれません。その際はそれぞれ適切な割増率で計算する必要があります。計算が複雑になるため、給与計算システム等でミスなく対応できるようにしておきましょう。
36協定で定める割増賃金の取り決め内容
36協定自体には割増賃金率の記載欄は基本的にありませんが、労使で割増率に関する取り決めをすることは可能です。例えば「当社は深夜割増を法定より高い30%とする」や「月60時間超の残業は一律で60%増し賃金を支給する」など、労使で合意すれば法定以上の厚遇を定めることができます。この場合、就業規則や労働契約書にもその旨を記載しておくとよいでしょう。一方で、法定以下の割増率を協定で取り決めることはできません。仮に「残業代は一律20%増しとする」等と定めても無効となります。特別条項による長時間残業の際には、社員の疲労も大きいため、会社が自主的に割増率を上げて報いるのも一つの考え方です。実際に、働き方改革以降に「月80時間超残業には更にプレミアム賃金を支給」などの独自ルールを設ける企業もあります。いずれにせよ、割増賃金は法律遵守が最低条件であり、必要に応じてそれ以上の手当も検討すべきでしょう。
割増賃金の適正支払いと未払い時のリスク
割増賃金は適正に支払わないと重大なリスクを招きます。法律上、残業代未払いは賃金不払いとして労基法119条の刑事罰(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)の対象です。また未払い残業代は後から請求されると最大過去2年(将来的には3年)に遡って支払い義務が発生します。特別条項で残業が増えた時期に、計算ミスや故意の不払いがあると、一人あたり数十万円、全体では膨大な額の債務となる可能性もあります。さらに未払いが明るみに出れば企業の信用失墜は免れません。近年は従業員がSNS等で内部告発するケースもあり、企業イメージが大きく損なわれるリスクもあります。したがって、特別条項を運用する際には時間管理を厳密に行い、1分単位で残業時間を正確に把握して割増賃金を計算・支給することが不可欠です。タイムカードや勤怠システムの記録と給与計算を連動させ、ダブルチェックするなど万全の体制で臨みましょう。
よくある違反・罰則・リスク:特別条項を巡る法令違反の事例と企業が直面するペナルティやリスクを詳しく解説
特別条項付き36協定に関連して企業が陥りがちな違反や、それに伴う罰則・リスクについてまとめます。どんなに注意していてもヒューマンエラーや認識不足から違反が起こりうるものです。この章では、特別条項にまつわる主な違反ケースと、その際に科される法的ペナルティ、そして企業に及ぶその他のリスクについて解説します。
特別条項なしで法定上限を超えた残業をさせた場合の違反
まず最も基本的な違反は、「特別条項を定めていないのに法定上限(月45時間・年360時間)を超えて残業させてしまう」ケースです。これは労働基準法違反にあたり、罰則の対象となります。具体的には、違反行為を行った経営者や担当者(行為者)に対し「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される可能性があります(労基法119条)。また、法人としての会社にも「30万円以下の罰金」が科される場合があります(同121条)。つまり、個人と会社両方が処罰対象となり得るのです。この違反は労基署の調査や従業員の申告によって発覚します。特別条項なしで限度時間を超えた残業をさせていたとなれば、即座に是正勧告や企業名の公表など行政指導も含め厳しい対応を受けるでしょう。未然に防ぐためには、残業時間のモニタリングを常に行い、45時間を超えそうな場合は事前に対応(業務調整や特別条項締結など)することが重要です。
特別条項付き協定の上限を超過した場合の罰則
特別条項を結んでいたとしても、法律で定めた上限(月100時間未満や年720時間以内等)を超えてしまった場合も同様に違反となります。この場合も労基法違反として6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(行為者)、および会社に30万円以下の罰金が科される可能性があります。特別条項を適用する月は忙しさに紛れてつい時間管理が疎かになり、気づいたら100時間を超えていた…という事態も起こり得ます。しかし「忙しかった」は言い訳になりません。上限を超えてしまった時点でアウトです。また年間720時間の超過や、7回以上特別条項発動といった違反も同様に処罰対象です。こうした違反は、タイムカード等の記録を見れば明白に証拠が残ります。労基署の監督官は客観的記録を確認するため、偽装も難しいでしょう。重要なのは事前に上限を超えない計画を立て、万一近づいたら直ちに残業禁止にするくらいの毅然とした対応をすることです。
36協定未届け出・協定内容違反に対する処罰
36協定や特別条項に関する違反として意外と見落としがちなのが、「届け出漏れ」や「協定内容の逸脱」です。協定を結んだが労基署への届け出を忘れていた場合、これは労働基準法違反となります。具体的には30万円以下の罰金が科される可能性があります(労基法120条)。また、協定には月80時間までと書いていたのに実際には90時間残業させていた、といった協定内容違反も問題です。協定で定めた条件は労使での約束事であり、たとえ法定100時間未満に収まっていても協定で80と定めたなら80を超えた部分は協定違反となります。これも労基署から是正指導を受け、悪質な場合は罰則適用の対象となり得ます。したがって、協定書の届出は期限内に確実に行うこと、そして協定に書いた内容は必ず守ることが求められます。届け出を怠ったり、協定を形骸化させたりするとコンプライアンス上大きなリスクですので注意しましょう。
過重労働による労災認定と企業へのペナルティ
法違反だけでなく、過重労働が原因で従業員に健康被害が生じた場合のリスクも考えておかなければなりません。もし従業員が長時間労働の末に脳・心臓疾患で倒れたり、自殺に追い込まれたりすると、労働基準監督署によって労災認定される可能性があります。労災認定されれば遺族補償など公的給付が行われますが、企業にとっては安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われることになります。実際に過労死や過労自殺では会社に対し数千万円規模の賠償命令が下るケースも珍しくありません。また重大な労災事案が発生すると、厚生労働省は企業名を公表することがあり、社会的制裁を受けます。刑事事件として企業幹部が書類送検されることもあります。このように、過重労働の結果は企業存続を揺るがす大きなペナルティとなりえます。特別条項でギリギリまで残業させる場合、そのリスクと隣り合わせだということを十分認識しておく必要があります。
違反企業が被る信用失墜や社会的リスク
最後に、法令違反や過労問題によって企業が被る社会的リスクについて触れておきます。労働基準法違反で書類送検されたり社名公表された企業は、世間から「ブラック企業」の烙印を押される恐れがあります。一度悪い評判が立つと、採用活動で人材確保が難しくなったり、取引先から敬遠されたりと、経営への打撃が及びます。株式を上場している企業であれば株価下落や投資家からの批判も免れません。また現代はSNS等で情報が瞬時に拡散するため、企業イメージの失墜は非常に早く広範囲に広がります。たとえ罰金が数十万円程度でも、失う信用はお金に換算できないほど大きいでしょう。さらに、違反をきっかけに労基署から長期的な監視対象とされ、度重なる立ち入り調査や是正報告に追われることにもなりかねません。こうした社会的リスクを避けるためにも、36協定と特別条項の遵守は経営課題として重視すべきなのです。コンプライアンスを徹底し、社員の健康と安全を守る企業姿勢が、長期的な信用につながることを忘れてはなりません。