レジリエンスは「精神的回復力」と訳される心理学の概念で、逆境下でも良好な適応を保つことや、いったん機能が低下したあとに回復する過程などを含みます。企業研修や人事施策の文脈でも使われますが、「強い人だけが持つ資質」「研修を受ければ伸びる」と単純化すると、研究上の定義や効果量とのずれが生じます。
この記事では、語源と定義、言い換え・対義語といった語義の周辺から、測定に使われている尺度、研究が示す実際の効果量までを一次資料で確認します。研修を検討している人事担当者にとって重要な数字も、ここで整理します。
まとめ
レジリエンスは、ラテン語の resilire(跳ね返る)を語源とし、英語では1620年代から「跳ね返る作用」の意味で使われてきた言葉です。心理学では、小塩真司ほか(2002)が「困難で脅威的な状態にさらされることで一時的に心理的不健康の状態に陥っても、それを乗り越え、精神的病理を示さず、よく適応している」状態と定義しています。
押さえておきたい事実は3つあります。第一に、潜在的トラウマ後の反応で最も多いのは、症状が低いまま推移するレジリエンス軌跡です。54研究をレビューしたGalatzer-Levyほか(2018)では、レジリエンス軌跡が平均65.7%を占めました。第二に、日本語の精神的回復力尺度の一つであるARSは、21項目・3因子(新奇性追求/感情調整/肯定的な未来志向)で構成されます。第三に、職場のレジリエンス研修の効果量はd=0.21と小さく、1か月を超えると0.07まで減衰します。以降で、その根拠と実務上の含意を順に見ていきます。
レジリエンスの意味と語源
心理学における定義:立ち直りを導く心理的特性
国内研究で参照される定義の一つは、小塩真司・中谷素之・金子一史・長峰伸治「ネガティブな出来事からの立ち直りを導く心理的特性——精神的回復力尺度の作成」(カウンセリング研究35巻1号57-65頁、2002年)のものです。平野真理(パーソナリティ研究19巻2号94-106頁、2010年)はこの定義を「困難で脅威的な状態にさらされることで一時的に心理的不健康の状態に陥っても、それを乗り越え、精神的病理を示さず、よく適応している」状態と引用しています。
この定義で見落とされやすいのが、「一時的に心理的不健康の状態に陥っても」という前提です。小塩らの精神的回復力は落ち込みからの回復を促す心理特性を指しますが、研究分野全体では、逆境下で良好な適応を維持する軌跡もレジリエンスに含まれます。「打たれ強さ」「メンタルが強い」と訳すと、この過程の部分が抜け落ちます。
ビジネス・組織で使われるときの射程
ビジネス文脈では、同じ言葉が個人の心理特性から組織・社会システムの復旧能力まで広い対象に使われます。社会システムを対象にした側は、日本では「強靱化」という語で法制度に入っています。2013年12月11日公布の「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱化基本法」(平成二十五年法律第九十五号)は、防災・減災等を通じた国土強靱化の基本理念と、施策の基本事項を定めた法律です。
個人のレジリエンスと組織のレジリエンスは、測る対象も打ち手もまったく違います。人事施策として研修を検討しているのか、事業の復旧計画を整えたいのかで、参照すべき枠組みは分かれます。後者はBCP(事業継続計画)とRTO・RLOの設計の領域です。
語源はラテン語 resilire「跳ね返る」
Online Etymology Dictionaryによれば、英語のresilienceは1620年代に「跳ね返る、弾み返る作用」の意味で登場し、ラテン語 resilire(跳ね返る、後ずさる)の現在分詞 resiliens を語源とします。resilire はさらに re-(戻る)と salire(跳ぶ)に分解できます。物理学で「弾性、圧縮後に元の形へ戻る力」を指す用法が定着したのは1824年からです。
語源が「跳ね返る」である以上、レジリエンスの原義は「耐える」ではなく「戻る」です。心理学がこの語を借用したとき、物理学の弾性のイメージがそのまま持ち込まれました。
言い換え・対義語・英語表現
日本語では文脈によって訳語が変わります。学術的には精神的回復力、防災・インフラ分野では強靱性、素材や物理の話であれば弾性が使われます。
| 区分 | 語 | 使う場面 |
|---|---|---|
| 言い換え・類語 | 精神的回復力/回復力/復元力/強靱性 | 心理・防災・組織 |
| 対義語 | 脆弱性(vulnerability)/脆さ(fragility) | リスク評価・心理 |
| 英語(名詞) | resilience | 概念そのもの |
| 英語(形容詞) | resilient | 「レジリエントな組織」など |
「レジリエントとは」という問いは、形容詞 resilient のカタカナ表記についてのものです。「レジリエントな組織づくりを進める」のように、回復力を備えた状態を修飾する形で使います。なお、対義語として挙がる fragility に対して、ナシーム・タレブが提唱した anti-fragility(反脆弱性)は「衝撃を受けて元に戻る」レジリエンスとは別の概念で、衝撃によってかえって強くなる性質を指します。元に戻るのがレジリエンス、元より良くなるのが反脆弱性という区別です。
レジリエンスの構成要素と測り方
精神的回復力尺度(小塩ら2002)の3因子
国内で用いられる測定尺度の一つが、前掲の小塩ら(2002)による精神的回復力尺度です。作成者の小塩真司氏が公開している尺度解説は、これを「精神的回復力尺度(Adolescent Resilience Scale; ARS)」とし、「21項目で構成されており,全体を精神的回復力としても,3つの下位尺度(新奇性追求,感情調整,肯定的な未来志向)に焦点を当てた得点化も可能である」と記しています。下位尺度は次の3つです。
- 新奇性追求:新しいことや変化に関心を向け、挑戦する傾向
- 感情調整:動揺した感情を落ち着かせ、扱う力
- 肯定的な未来志向:先の見通しを前向きに描く力
「レジリエンスの構成要素」を検索すると6要素や7要素といった説明にも行き当たりますが、それらの多くは研修プログラム独自の分類です。小塩ら(2002)の3因子は日本語尺度の一つの参照点ですが、ARSは若年層を対象に開発された尺度であるため、職場で利用する際は対象集団での妥当性を確認する必要があります。海外で用いられるConnor-Davidson Resilience Scale(CD-RISC)は25項目を0から4の5段階で評定する尺度で、因子分析では5因子が得られています(Connor & Davidson, Depression and Anxiety 18巻2号76-82頁、2003年)。日本語尺度が3因子、CD-RISCが5因子というように、下位尺度の構成は尺度ごとに異なり、共通の正解があるわけではありません。
ハーディネスとの違い:Kobasa(1979)の原論文が挙げた特徴
レジリエンスの近縁概念としてハーディネス(hardiness)があります。Suzanne C. Kobasaが1979年に発表した論文「Stressful life events, personality, and health: An inquiry into hardiness」(Journal of Personality and Social Psychology 37巻1号1-11頁、1979年)です。同じ程度の強いストレスを経験した経営幹部のうち、発病しなかった群(n=86)と発病した群(n=75)を比較した研究でした。
論文の要旨がハーディネスとして挙げるのは、自己への強いコミットメント、環境に対する活力ある態度、意味を見いだす感覚、内的統制の所在(internal locus of control)の4点です。日本語の解説で定番になっているコミットメント・コントロール・チャレンジの「3C」という整理は、この1979年の要旨には現れません。3Cを引用するなら、同じ研究チームによる前向き研究(Kobasa, Maddi & Kahn, Journal of Personality and Social Psychology 42巻1号168-177頁、1982年)以降の文献まで確認したうえで出典を示すべきです。
実務上の違いはこうです。ハーディネスはストレス下で病まないための性格特性、レジリエンスは崩れたあとに戻る過程を含む概念で、後者のほうが時間軸を持ちます。
耐性・頑健性との違い
「耐性」や「頑健性(robustness)」は外力下で機能を保つ側面です。一方、NISTの定義では、レジリエンスは悪条件下で重要機能を維持し、機能低下後に回復する能力も含みます。橋が揺れないのが頑健性、揺れたあと元の形に戻るのが弾性=レジリエンスです。人に当てはめれば、ストレスを感じないことが耐性、落ち込んでも回復することがレジリエンスにあたります。この区別は、施策の設計を左右します。ストレス源への曝露や影響を減らすのか、機能低下後の回復を支えるのかで、打ち手が異なるためです。
レジリエンスが高い人の特徴と保護因子
回復を支える保護因子と、回復を妨げる危険因子
「レジリエンスが高い人」を性格の一覧で説明する記事は多いのですが、研究が積み上げてきたのは個人の資質より環境要因を含む保護因子(protective factors)の特定でした。Emmy Werner「Risk, resilience, and recovery: Perspectives from the Kauai Longitudinal Study」(Development and Psychopathology 5巻4号503-515頁、1993年)は、1955年にハワイのカウアイ島で生まれた子ども全員を、周産期から1歳・2歳・10歳・18歳・32歳の各時点まで追跡した縦断研究です。対象は698人の多民族コホートでした(Werner, Journal of Studies on Alcohol 47巻1号34-40頁、1986年)。周産期のストレス、慢性的な貧困、家庭内の不和や親の精神病理にさらされた高リスク群についてWernerは、「これらの高リスクの個人の大半が有能で思いやりのある大人になることを可能にした保護因子とプロセスのいくつかのまとまりが特定された」と報告しています。
ここで重要なのは、保護因子が生まれ持った気質だけでなく、支えてくれる大人の存在や地域の関わりといった関係性を含んでいた点です。逆に危険因子は、慢性的な経済的困難や家庭の不安定さといった環境側の条件が中心でした。職場に置き換えれば、個人の心構えを説く前に、相談できる関係が組織にあるかどうかが先に来ます。心理的安全性の高い職場をつくる考え方が、レジリエンス施策と地続きになるのはこのためです。
「特別に強い人」の資質ではない:最頻はレジリエンス軌跡
レジリエンスを希少な資質のように語る説明は、データと合いません。Isaac Galatzer-Levy、Sandy Huang、George Bonanno「Trajectories of resilience and dysfunction following potential trauma: A review and statistical evaluation」(Clinical Psychology Review 63巻41-55頁、2018年)は、潜在的トラウマ後の反応の軌跡を扱った54研究・67ケースを統合し、次のように報告しています。
| 軌跡 | 平均割合 | 95%信頼区間 |
|---|---|---|
| レジリエンス(症状がほぼ出ない) | 65.7% | 0.616-0.698 |
| 回復(症状が出るが戻る) | 20.8% | 0.162-0.258 |
| 慢性化 | 10.6% | 0.086-0.127 |
| 遅発性 | 8.9% | 0.053-0.133 |
論文は「The resilience trajectory was the modal response across studies」(レジリエンス軌跡は全研究を通じて最頻の反応だった)と述べています。各軌跡の割合は別々にプールされた推定値のため4値の合計は100%になりませんが、逆境のあと大きく崩れないことが例外ではないという読み筋は変わりません。人事施策として意味があるのは、全員のレジリエンスを底上げすることより、慢性化する層をどう見つけて支えるかという設計になります。
レジリエンスを高める方法
出来事ではなく受け取り方に介入する(ABCモデル)
認知への介入としてよく紹介されるABC理論は、Albert Ellisが体系化した論理療法(REBT)の枠組みです。Albert Ellis Instituteは「REBT is the pioneering form of cognitive behavior therapy developed by Dr. Albert Ellis in 1955」と説明しており、1955年に開発された認知行動療法の先駆的形態と位置づけられています。出来事(A)そのものではなく、それをどう受け取ったか(B)が結果としての感情(C)を左右する、という整理です。
実務では、うまくいかなかった場面を書き出し、そのとき頭に浮かんだ考えを別の解釈に置き換える練習が使われます。この置き換えの技法がリフレーミングによる捉え直しです。ただし、同じ出来事を何度も反芻し続ける状態は回復を遅らせるため、切り替えの手立てとセットで扱う必要があります。
感情の調整:反芻を止める手立てを先に用意する
小塩らの3因子のうち感情調整は、動揺を鎮める具体的な行動があるかどうかで差がつきます。呼吸や身体感覚に注意を戻す訓練はマインドフルネスの実践方法として体系化されていますが、効果の根拠には慎重な検討が必要な領域でもあります。落ち込みが長引くときは、思考が同じところを回る反芻思考(rumination)が起きていないかを先に確認したほうが早く抜けられます。気分の落ち込みが長く続き、睡眠や仕事に支障が出ているときは、セルフケアで抱え込まずに心理職や医療機関へ相談してください。
自己効力感の形成:小さな遂行達成による見通しの獲得
3因子の「肯定的な未来志向」を支えるのが、自分は対処できるという見通しです。心理学では自己効力感(エフィカシー)と呼ばれます。Bandura(1977)は自己効力感の情報源の一つに遂行達成を挙げており、達成しやすい単位で課題を完了する方法はこれに対応します。逆に、達成基準が曖昧なまま長期の目標だけを掲げると、成功体験が発生せずこの見通しは育ちません。
レジリエンス研修は効くのか:効果量0.21という現実
職場での導入判断では、この小さい効果量を基準に据える必要があります。Adam Vanhove、Mitchel Herian、Alycia Perez、Peter Harms、Paul Lester「Can resilience be developed at work? A meta-analytic review of resilience-building programme effectiveness」(Journal of Occupational and Organizational Psychology 89巻2号278-307頁、2016年)は、組織で実施されたレジリエンス研修プログラムを扱った37研究・42の独立サンプルをメタ分析しました。
結果は「the overall effect of such programmes was small (d = 0.21)」(全体的な効果は小さく d=0.21)です。さらに、介入から1か月以内に測った効果はd=0.26だったのに対し、1か月を超えた時点ではd=0.07まで落ちました。研修直後の受講者アンケートが良好でも、それは持続を意味しません。
ただし論文は、条件によって結果が変わることも示しています。ストレスを受けるリスクが高く保護因子を欠く層を対象にしたプログラムでは、時間の経過に対して逆の傾向、つまり効果がむしろ強まる方向が観察されました。提供形式では1対1(コーチングなど)が最も効果的で、次いで教室形式、社内トレーナー養成型とコンピュータ配信型が最も効果が低いという順序でした。
この結果は、全社員への一律配信より、負荷が高くサポートの薄い部署や役割を先に特定し、そこへ1対1の関与を厚くする設計を支持します。実施前に対象者を絞り込むニーズアセスメントを行うべきだ、というのが論文自身の実務者向け提言です。ただし、同メタ分析は費用対効果を直接比較したものではありません。効果測定を計画する場合も、単一群の事前事後比較は効果を過大に見せるため、比較群を置いた設計にしないと判断を誤ります。
よくある質問
レジリエンスとは何ですか?
逆境やストレスによって一時的に心理的不健康の状態に陥っても、それを乗り越えて適応していく心理的特性です(小塩ほか、2002)。落ち込まないことではなく、落ち込んだあとに戻る過程を含む点が特徴です。
レジリエンスの言い換えは?
心理学の文脈では精神的回復力、防災やインフラの文脈では強靱性、物理の文脈では弾性が対応します。対義語は脆弱性(vulnerability)や脆さ(fragility)です。
レジリエンスが高い人の特徴は?
国内尺度の3因子に沿えば、変化に関心を向ける(新奇性追求)、動揺した感情を扱える(感情調整)、先を前向きに見通せる(肯定的な未来志向)の3つです。ただしカウアイ島縦断研究が示したように、支えてくれる関係の有無という環境要因も回復を左右します。
レジリエンスは研修で高められますか?
37研究のメタ分析ではプログラム全体の効果量はd=0.21と小さく、1か月を超えるとd=0.07まで減衰しました(Vanhoveほか、2016)。全員一律の集合研修より、リスクの高い層への1対1の関与のほうが効果が見込めます。
レジリエンスとハーディネスの違いは何ですか?
ハーディネスはストレス下でも発病しにくい性格特性として1979年のKobasaの研究で提唱された概念で、崩れにくさに重心があります。レジリエンスは崩れたあとに回復する過程を含むため、時間の経過を前提にする点が異なります。