エボークトセット(想起集合)は、ある製品カテゴリーで購入を考えたときに消費者の頭に候補として浮かぶブランドの集まりを指します。「想起されることが大切です」という一般論だけでは施策に落ちません。手がかりになるのは、この集合に実際に何ブランド入るのかという数字と、候補入りに関わる要因が何かという点です。
この記事では、エボークトセットという用語がどの文献で消費者行動モデルに組み込まれたのかを確認したうえで、米国23カテゴリーと日本30カテゴリーの実測値、知名集合の内側にある保留集合・拒否集合との区別、そして集合に入る確率に関わる要因までを、原論文と先行研究レビューを区別して整理します。
まとめ:エボークトセットの要点
- エボークトセット(evoked set)は Howard and Sheth(1969)が消費者行動モデルに組み込んだ概念で、「知名しているブランドのうち購買を考慮しているブランドの集合」を意味します。
- 候補に残る数は少なく、日本の30製品カテゴリーでは平均3.06ブランド、米国の実測でも多くのカテゴリーで2から5ブランドの範囲に収まります。選択肢は6から47ブランド存在しても、です。
- 知っていても評価が定まっていないブランドは保留集合(inert set)に留まります。認知を上げただけでは想起集合に入らないのは、この中間層が存在するためです。
- ある分析では、どのブランドが候補に入っているかの把握が、説明可能な不確実性の78パーセントを占めたと報告されています。
- 先行研究レビューでは、考慮集合への候補入りに関わる変数として、価格・広告・チラシ・エンド陳列・陳列スペース・市場への参入順位が紹介されています。広告出稿だけが手段ではありません。
- 測定は純粋想起と助成想起を使い分けます。エボークトセットの把握には「購入を検討するブランド」を問う設問が要り、認知の有無を問う設問とは別物です。
エボークトセットの定義と原典:Howard and Sheth が組み込んだ「想起集合」
この用語がいつ、どの文献で消費者行動モデルに組み込まれたのかは特定できます。日本マーケティング学会の『マーケティングジャーナル』Vol.32 No.3(2013)掲載の論文「ブランド・カテゴライゼーション」(香川亥一郎・白川貴久子・小林哲)は、先行研究レビューで次のように記述しています。
「考慮集合(consideration set)という考え方は,Howard and Sheth(1969)が消費者行動モデルの中に『想起集合(evoked set)』という名称で組み込んだことに端を発しており,『ある製品クラス(製品カテゴリー-筆者注)について消費者が知名しているブランドのうち,購買を考慮しているブランドの集合(Howard, 1977, p306)』を意味する」
ここから二つの含意が読み取れます。第一に、エボークトセットは「知名しているブランド」の部分集合だという点です。知らないブランドは定義上そもそも候補になりません。第二に、知名が必要条件であっても十分条件ではないという点です。定義が「知名しているブランドのうち、購買を考慮しているブランド」となっている以上、知名集合のなかに候補にならないブランドが存在することが前提になっています。この構造が次章のブランド・カテゴライゼーションにつながります。
なお同論文の参考文献には Howard, John A.(1963)Marketing Management, Analysis and Planning(Irwin)も挙がっており、Howard による議論は1969年の共著書より前から続いています。日本では恩蔵直人(1995)「ブランド・カテゴライゼーションの枠組み」『早稲田商学』第364号 pp.183-199 がこの枠組みを整理した研究として参照されています。
エボークドセット・エポークトセット・evoked set という表記ゆれ
検索実績を見ると、この語は「エボークトセット」以外に「エボークドセット」「エポークトセット」「エポークドセット」といった表記で探されています。英語の evoked set をカタカナに写す際、語尾の「ト/ド」の違いだけでは「ボ/ポ」の違いは説明できません。検索されている表記と推奨表記を区別し、本記事では「エボークトセット(想起集合)」に統一します。日本語の学術文献では「想起集合」または「考慮集合」という訳語が使われます。
実務で表記を選ぶなら、社内資料は「想起集合」で統一し、カタカナを併記する形が無難です。調査会社への発注書やレポートでは「想起集合(エボークトセット)」と書いておくと、表記ゆれによる指示の取り違えを避けられます。
ブランドの分類:非知名集合と知名集合、その内側の3集合
消費者が知っているブランド(知名集合、awareness set)は、態度の方向によってさらに分かれます。この三分割を提示したのが Narayana, Chem L. and Markin, Rom J.(1975)「Consumer Behavior and Product Performance: An Alternative Conceptualization」『Journal of Marketing』Vol.39 No.4, pp.1-6(DOI 10.1177/002224297503900401)です。
この枠組みを追試した De La Salle 大学紀要の論文(Tagarino, Darlyn and Apodaca, Ernesto「Conceptual Validation of a Consumer Behavior Study」Business & Economics Review)は、三つの部分集合を次のように整理しています。想起集合は「the few select brands the consumer considers in his purchase choice」であり肯定的に評価されているブランド、保留集合は「those brands in the product category for which the consumer has neither a positive nor a negative evaluation」つまり肯定でも否定でもない評価のブランド、拒否集合は「those brands the consumer has rejected from his purchase consideration」つまり検討から外されたブランドです。
| 集合 | 英語 | 消費者の状態 | 態度 |
|---|---|---|---|
| 非知名集合 | unawareness set | 存在を知らない | なし |
| 想起集合 | evoked set | 購入候補として検討する | 肯定 |
| 保留集合 | inert set | 知っているが評価が定まらない | 中立 |
| 拒否集合 | inept set | 検討から外している | 否定 |
保留集合の存在が示す「認知を上げても選ばれない」構造
実務で効くのは保留集合の定義です。前掲の Tagarino and Apodaca 論文は、保留集合に留まる理由を二通りに分けています。ブランドを知ってはいるが評価するだけの情報を持っていない場合と、十分な情報は持っているが想起集合の中のブランドより優れているとは感じていない場合です。
この区別は打ち手を変えます。前者は情報不足なので、比較軸を明示した説明や試用機会の提供が効きます。後者では情報量を増やすだけで候補入りが進むとは限らないため、広告による想起の変化と、提供価値の評価を分けて検証します。必要なのは提供価値そのものの変更か、既存の候補と競合しない別の利用場面を提示することです。認知率だけを追っている施策が売上につながらないとき、この二つのどちらに滞留しているのかを確かめる価値があります。
同論文は、保留集合のブランドは新しい情報・試用・ニーズや選好の変化によって想起集合にも拒否集合にも動きうると述べています。保留集合への働きかけは、想起集合に押し上げる可能性と同時に、拒否集合へ落とす可能性も持っているということです。
エボークトセットに入るブランド数の実測値
「想起集合に入りましょう」という助言が抽象的に響くのは、枠がいくつあるのかが示されないからです。査読論文には実測値があります。
米国23カテゴリーの実測(Hauser and Wernerfelt 1990)
Hauser, John R. and Wernerfelt, Birger(1990)「An Evaluation Cost Model of Consideration Sets」『Journal of Consumer Research』Vol.16 No.4, pp.393-408 は、既刊研究と Assessor データベースから各カテゴリーの考慮集合サイズを一覧にしています。同論文は「The number of brands available is in the range of 6 to 47」と述べ、入手可能なブランド数は6から47の範囲にあると記しています。次表は原論文の Exhibit(p.394)からの抜粋です。既刊研究欄は出典ごとに統計量が異なり、制酸薬・自動車・デオドラント・シャンプーは中央値、コーヒーの3.3は1年間、ビール(米国)の2.6は2年間に購入されたブランド数の平均、コーヒーの4.2・洗濯用洗剤・歯磨きは考慮集合サイズの平均値です。Assessor DB欄はいずれも平均値で、測定方法が異なる値を単純比較することはできません。
| カテゴリー | 既刊研究 | Assessor DB |
|---|---|---|
| 自動車(米国) | 8.1 | – |
| 自動車(ノルウェー) | 2.0 | – |
| ビール(米国) | 2.6 | 6.9 |
| コーヒー | 3.3 / 4.2 | 4.0 |
| シャンプー | 4.0 | 6.1 |
| 洗濯用洗剤 | 5.0 | 4.8 |
| 制酸薬 | 3.0 | 4.4 |
| デオドラント | 3.0 | 3.9 |
| 歯磨き | 3.1 | – |
| 冷凍食品 | – | 3.3 |
| ヨーグルト | – | 3.6 |
出典:Hauser and Wernerfelt(1990), Journal of Consumer Research 16(4), p.394 の Exhibit より抜粋(原論文PDF:web.mit.edu)。
同論文は本文でも「there are more than 30 shampoos and more than 160 autos available」としたうえで、実際に真剣に検討されるのは「a median of four shampoos(Urban 1975)or two to five autos」だと述べています。160を超える車種があっても候補は2から5に絞られるということです。
読むうえでの限定は二つあります。Assessor 欄は1件あたり300から600サンプル規模の調査を集計した23カテゴリーの抜粋であること、そして掲載データの多くが1950年代から1980年代の米国およびノルウェー市場のものだという点です。オンラインで比較検討する現在の購買行動にそのまま当てはめるのではなく、桁感を掴む材料として扱うのが適切です。
日本30カテゴリーの調査で報告された平均3.06ブランド
日本市場の数字もあります。前掲の『マーケティングジャーナル』論文は、恩蔵(1994)「想起集合のサイズと関与水準」『早稲田商学』第360・361合併号 pp.99-121 を引いて、「30の製品カテゴリーで考慮集合のブランド数は平均3.06(最少:1.71,最大:5.15)」と記述しています。同論文の注は、他の研究でも平均的な考慮集合のサイズは2から5ブランドで恩蔵の調査結果とほぼ同様だと補足しています(斉藤, 2000, p78)。
実務への含意はこうです。平均ブランド数は個々の消費者の候補数の上限ではなく、新しいブランドが加わったときに既存の候補が必ず外れるとも限りません。それでも、報告されている候補数がどのカテゴリーでも一桁前半に収まっている以上、候補入りは認知率のように全社が同時に伸ばせる性質の目標ではありません。自社の候補入り率と、消費者1人あたりの候補数を分けて測り、どちらが動いているのかを確かめてください。
考慮集合の把握と説明可能な不確実性の関係
候補集合を把握することの価値を定量で示した記述もあります。Hauser and Wernerfelt(1990)は Hauser(1978)の結果を引いて、「The consideration sets account for 78 percent of the explainable uncertainty; the logit model accounts for only 22 percent」と報告しています。どのブランドが候補に入っているかを知ることが説明可能な不確実性の78パーセントを占め、候補の中でどれを選ぶかを表すロジットモデルは22パーセントしか説明しなかった、ということです。元の研究は Hauser, John R.(1978)『Operations Research』Vol.26 No.3, pp.406-421(DOI 10.1287/opre.26.3.406)です。
この分析では、ブランド選好度の測定より、そもそも候補に入っているかどうかの把握のほうが選択の説明力が大きくなりました。ただし特定の分析についての報告であり、あらゆる調査で候補入りの測定を選好度の測定より優先すべきだと一般化できるものではありません。
エボークトセットと検討集合(consideration set)の違い
結論から言えば、両者は同じ現象を指す系譜にあります。前掲の『マーケティングジャーナル』論文が「考慮集合という考え方は Howard and Sheth(1969)が『想起集合(evoked set)』という名称で組み込んだことに端を発しており」と書いているとおり、consideration set は evoked set を起点として発展した用語です。
ただし完全な同義語として扱うのは正確ではありません。Hauser and Wernerfelt(1990)は「Empirically, quite a few definitions of evoked sets, relevant sets, and consideration sets have been used」と述べ、実証研究ではこれらの語に複数の操作的定義が使われてきたと指摘しています。つまり、語としては近くても、ある論文の「evoked set」と別の論文の「consideration set」が同じ設問で測られているとは限りません。
実務で数値を比較するときは、名称ではなく設問文を見てください。「購入を検討するブランドを挙げてください」と聞いたのか、「知っているブランドを挙げてください」と聞いたのかで、得られる集合のサイズは変わります。異なる調査会社のレポートを並べて増減を論じる前に、設問が同一かどうかの確認が先です。
想起集合への候補入りに関わる要因と施策の適用条件
想起集合の施策を「認知を上げること」と同義に扱うと、打ち手を外します。知名集合の内側には、知っていても候補にならないブランドの層があるためです。認知の有無だけでなく、購入を検討しない理由まで確認する必要があります。
集合に入る確率を高める6つの要因
前掲の『マーケティングジャーナル』論文の注は、考慮集合に入る確率を高める要因についての研究成果を次のように要約しています。「価格,広告,チラシ,エンド陳列,陳列スペースの広さ,先発ブランドなどが考慮集合に入る確率を高める要因としてあげられている(斉藤, 2000, p84)」。
6つのうち広告は1つにすぎません。チラシ・エンド陳列・陳列スペースという売場の変数が3つを占めています。日用品や食品のように売場で想起が起きるカテゴリーでは、広告予算を積むより棚の位置と面数を取りにいくほうが候補入りに直結する可能性があります。価格が候補入りを妨げている場合は、認知施策に加えて、支払条件や価格に見合う価値の伝達を検討する必要があります。
先発ブランドであることが要因に挙がっている点は、後発にとっては不利な条件です。既存の候補と同じ土俵で比較を挑むのではなく、後述するカテゴリーエントリーポイントのように、まだ競合が押さえていない利用場面を取りにいく設計が現実的です。
拒否理由の解消や価格条件の見直しを優先する場面
想起集合の強化を第一施策に置くべきでない場合があります。ひとつは、自社ブランドが拒否集合に入っているときです。拒否集合は不快な経験や否定的な情報によって検討から外された集合ですから、露出を増やせば想起されやすくはなっても、想起された先で再び外されます。この状態で広告を増やすのは、拒否の記憶を強化するだけになりかねません。先に外された理由の解消が要ります。
もうひとつは、価格が検討レンジの外にある場合です。価格が検討を妨げる理由になっているなら、想起施策だけで解消できると決めつけず、価格・支払条件・価値の伝え方を見直します。
自社が保留集合に多く滞留し、その理由が情報不足なら、想起集合の強化が有力な選択肢になります。知られてはいるが評価の材料がない状態なので、比較軸を示す情報提供や試用機会を設け、その後の評価と候補入りの変化を確認します。
カテゴリーエントリーポイント(CEP)による想起機会の拡大
候補数が一桁前半に収まるとすれば、同じ購買場面だけで競うのは分の悪い戦い方です。もう一つの方向が、想起が起きる場面そのものを増やすアプローチです。Ehrenberg-Bass Institute は Category Entry Points を「the cues that category buyers use to access their memories when faced with a buying situation」、つまりカテゴリー購入者が購買状況に直面したときに記憶へアクセスするために使う手掛かりと定義しています。同研究所は CEP を mental availability の構成要素と位置づけ、mental availability については「A brand’s mental availability refers to the probability that a buyer will notice, recognize and/or think of a brand in buying situations」と説明しています。
「朝に飲む」という場面でしか想起されないブランドは、その1場面でしか候補になれません。「仕事中に」「来客時に」といった手掛かりを増やせば、候補として想起されうる場面の数そのものが増えます。設計の具体はカテゴリーエントリーポイントとは?概念と基本を解説で扱っています。
エボークトセットの測定:純粋想起と助成想起の使い分け
エボークトセットを把握する調査では、設問の形式が測る対象を決めます。ヒントを与えずカテゴリー名だけを示して挙げてもらう形式が純粋想起、ブランドの選択肢を提示して選んでもらう形式が助成想起です。
ここで注意が要るのは、認知を問う設問と候補を問う設問が別物だという点です。「知っているブランドを挙げてください」で得られるのは知名集合であり、そこには保留集合と拒否集合が混ざっています。エボークトセットを測るには「購入を検討するブランドを挙げてください」のように、検討の意思を問う設問が必要です。前章で触れたとおり、設問が違えば集合のサイズも変わります。
自社が保留集合と拒否集合のどちらに滞留しているのかを分けたい場合は、知名を確認したうえで、検討するかどうかと、検討から外す理由があるかどうかを追加で聞く設計になります。設問形式ごとの違いと計算方法は純粋想起とは?助成想起・第一想起との違いと純粋想起率の計算方法および助成想起とは?純粋想起・第一想起との違いと助成想起率の求め方・質問例で整理しています。
広告出稿の前後で候補入りの変化を測りたい場合は、調査パネルを使ったブランドリフト調査が使われます。指標の選び方と費用感はブランドリフト調査とは?指標・調査方法・媒体別の費用と実施手順を解説にまとめています。
よくある質問
エボークトセットとエボークドセット、どちらの表記が正しいですか?
どちらも英語の evoked set をカタカナに写したもので、一方が誤りというわけではありません。本記事では「エボークトセット」を用います。表記に迷う場合は、英語の evoked set または日本語の「想起集合」を併記してください。学術文献では「想起集合」または「考慮集合」という訳語が用いられます。
想起集合とエボークトセットは同じ意味ですか?
同じです。『マーケティングジャーナル』掲載の論文は、Howard and Sheth(1969)が消費者行動モデルに組み込んだ evoked set の訳語として「想起集合」を用いています。なお consideration set の訳語である「考慮集合」も、同じ系譜の概念を指します。
エボークトセットには何ブランドくらい入りますか?
2013年のレビュー論文は、恩蔵(1994)の調査結果として、日本の30製品カテゴリーで平均3.06ブランド、最少1.71、最大5.15と紹介しています。米国の実測でも多くのカテゴリーが2から5ブランドの範囲に収まります。ただし自動車は米国の8.1とノルウェーの2.0のように研究間で開きがあり、カテゴリーや調査方法によって幅が出ます。
第一想起とエボークトセットはどう違いますか?
第一想起(トップオブマインド)は、そのカテゴリーで最初に思い浮かぶ1ブランドを指します。エボークトセットは購入を検討するブランドの集合です。認知を問う設問で最初に挙がる第一想起ブランドでも、購入候補に含まれるとは限りません。第一想起の測り方は純粋想起とは?助成想起・第一想起との違いと純粋想起率の計算方法で扱っています。
認知度を上げればエボークトセットに入れますか?
入るとは限りません。知名集合の中には、評価が肯定でも否定でもない保留集合(inert set)が存在します。評価材料が不足しているのか、材料はあるが既存の候補より優れていると感じられていないのかで打ち手が変わるため、認知率だけを追うと施策を外します。