プリファレンス(preference)は、「ほかのものより好んで選ぶこと」を表す英語です。日本語では文脈によって訳語が変わり、日常やビジネスの英語では「好み・優先」、マーケティングでは「消費者がブランドに抱く相対的な好意度」、ITでは「設定」や「優先度の値」を指します。「プレファレンス」「プリファランス」「プレファランス」も同じ単語のカタカナ表記です。
マーケティング用語としての定義は、森岡毅氏・今西聖貴氏の『確率思考の戦略論』に基づいて説明します。
まとめ:プリファレンスの意味と使い分け
- 英語 preference の意味は「ほかより好むこと」。発音は /ˈpref.ər.əns/ で、原音に近いのは「プレファレンス」です。
- マーケティングでは「ブランドに対する相対的な好意度」を指します。単独の満足度ではなく、競合と比べてどれだけ選ばれやすいかという比較の概念です。
- 森岡毅氏らは、プレファレンスはブランド・エクイティ、価格、製品パフォーマンスの3つで決まり、市場構造の本質だとしています。
- ロイヤルティは「好意(態度)」と「繰り返し買うこと(行動)」の両方がそろった状態を指し、プレファレンスはこのうち態度の側にあたります。
- 測り方は2通りあります。アンケートで聞く表明選好と、購買データから読む顕示選好です。両者のずれから、認知・配荷の不足や価格頼みの売上を見分けられます。
- ITでは、アプリの設定(macOSの旧「System Preferences」、Androidの SharedPreferences)や、BGPの LOCAL_PREF のような優先度の値を指します。
プリファレンスの意味:英語の定義と3つの文脈
英語 preference の定義と「プレ」「プリ」の表記ゆれ
Cambridge Dictionary は preference を「the fact that you like something or someone more than another thing or person」と定義しています。ポイントは「more than another」で、何か別の選択肢と比べて好む、という比較が語の中に含まれています。「in preference to(〜よりむしろ)」という言い回しも同じ意味です。
表記が「プレ」と「プリ」に割れる理由の一つとして、動詞と名詞で強勢の位置が違うことが考えられます。動詞 prefer は /prɪˈfɜːr/ と第2音節に強勢があり、第1音節は弱い「プリ」になります。名詞 preference は /ˈpref.ər.əns/ と第1音節に強勢が移り、「プレ」とはっきり発音します。原音に近いのは「プレファレンス」ですが、動詞の「プリファー」の音に合わせて「プリファレンス」と書く例もあり、どちらも誤りではありません。
分野ごとの訳語と使われ方
同じ preference でも、分野によって訳語と指す対象が違います。検索して辞書の訳とマーケティングの説明が食い違って見えるのは、このためです。
| 分野 | 主な訳語 | 指すもの |
|---|---|---|
| 日常・ビジネス英語 | 好み、優先 | 複数の選択肢のうち好むもの |
| マーケティング | 好意度、選好 | 競合と比べたブランドの選ばれやすさ |
| 経済学 | 選好 | 消費者が選択肢に付ける順序 |
| IT(ソフトウェア) | 設定、環境設定 | 利用者が好みで変える設定値 |
| IT(ネットワーク) | 優先度、プリファレンス値 | 複数の経路などの優先順位を決める値 |
ビジネスメールの「Please let me know your preference.」は「ご希望をお知らせください」の意味で、日程や方式の候補から選んでもらうときに使います。どの分野でも「複数の中から選ぶときの基準」という芯は同じです。
マーケティングのプレファレンス:ブランドの相対的な好意度
『確率思考の戦略論』の定義
マーケティング用語としての「プレファレンス」の出典としてよく引かれるのが、森岡毅氏と今西聖貴氏の『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(KADOKAWA、2016年6月2日発売、ISBN 978-4-04-104142-0)です。同書はプレファレンスを「ブランドに対する相対的な好意度」と説明し、市場構造を形づくっている本質はプレファレンスだと位置づけています。
「相対的」という点が重要です。あるブランドが好きかどうかを単独で聞いた満足度とは違い、プレファレンスは同じカテゴリーの競合と並べたときの選ばれやすさを表します。満足度が高くても、競合も同じように高ければプレファレンスは上がっていません。
同書は、どのカテゴリーでも見られる購買行動の法則として、消費者一人ひとりが独自に購買を決める、購買はランダムに起きる、カテゴリーごとにほぼ一定のプレファレンスを持つ、プレファレンスの高いものほど高い頻度で買われる、の4つを挙げています。売上やシェアは、この「選ばれる確率」を積み上げた結果だという考え方です。
プレファレンスを決める3要素
同書では、プレファレンスはブランド・エクイティ、価格、製品パフォーマンスの3つで決まるとされています。
| 要素 | 中身 | 主に動かす部門 |
|---|---|---|
| ブランド・エクイティ | 名前から想起される評判や連想 | 広告・PR・ブランド管理 |
| 価格 | 競合と比べた支払額の納得感 | 価格戦略・営業 |
| 製品パフォーマンス | 使ったときの品質や体験 | 開発・製造・サービス |
3要素のうち、広告やSNSで直接動かせるのはブランド・エクイティだけです。価格と製品パフォーマンスはコミュニケーションでは変わらないので、プレファレンスを上げる議論を広告部門だけで閉じると打ち手が偏ります。ブランド・エクイティの中身はブランドエクイティとは何かを明確に理解するための基本的な概念で詳しく扱っています。
プレファレンス・認知・配荷の関係
同書は、売上を伸ばすにはプレファレンス、認知、配荷(店頭や販売チャネルで買える状態)の3つを高める必要があるとし、そのなかで経営資源を集中させるべき核心をプレファレンスだとしています。
逆から見ると、プレファレンスが高くても、知られていない、あるいは買える場所にない商品は選ばれません。「好きなのに売れない」という状況では、プレファレンスより先に認知や配荷のどこが詰まっているかを確かめるのが順序です。認知の測り方は純粋想起とは?助成想起・第一想起との違いと純粋想起率の計算方法、購入時に思い浮かぶブランドの範囲はエボークトセットとは?想起集合の定義と「平均3.06ブランド」という実測値で扱っています。
2025年の続編が扱う「コンセプト」
2025年1月29日には、同じ著者による続編『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』がダイヤモンド社から発売されました。ダイヤモンド社の告知によると、前作が「市場構造の本質の理解」を扱ったのに対し、続編は読者から寄せられた「では、選ばれる確率“M”を実際にどう増やすのか?」という問いに答える本で、目次は序章に続く Part1 の第1章が「『プレファレンス』に集中せよ!」、Part2 が「プレファレンスを伸ばす『コンセプト』の本質」です。
2016年の前作が「なぜプレファレンスか」を説明した本だとすれば、2025年の続編は「どう伸ばすか」の本です。続編も第1章で「市場構造の本質はプレファレンスである」と前作の要点を振り返っているため、打ち手から読み始めても定義を押さえられます。
プレファレンスとロイヤルティ・認知の違い
Dick & Basu の4分類で見る態度と行動
プレファレンスとロイヤルティは混同されがちですが、学術的には別の概念として整理されています。Alan S. Dick と Kunal Basu の論文「Customer Loyalty: Toward an Integrated Conceptual Framework」(Journal of the Academy of Marketing Science、1994年、22巻2号)は、ロイヤルティを「相対的な態度」と「反復購買」の関係の強さとしてとらえ、次の4つに分けました。
| 反復購買が多い | 反復購買が少ない | |
|---|---|---|
| 相対的態度が高い | ロイヤルティ(loyalty) | 潜在的ロイヤルティ(latent loyalty) |
| 相対的態度が低い | 見せかけのロイヤルティ(spurious loyalty) | ロイヤルティなし(no loyalty) |
このうち「相対的な態度」が、マーケティングでいうプレファレンスにあたります。プレファレンスは態度、ロイヤルティは態度と行動の両方がそろった状態です。
- 潜在的ロイヤルティ:好きだが買えていない状態です。価格が高い、近くで売っていないなど、配荷や状況の制約を疑います。
- 見せかけのロイヤルティ:よく買うが好きではない状態です。安さや習慣、ほかに選択肢がないことが理由なので、競合が値下げしたり近くに出店したりすると離れます。
ロイヤルティ側の測り方(NPSやJCSI)は顧客ロイヤルティとは?NPS・JCSIでの測り方と指標が動かない原因にまとめています。
認知・想起との違い
認知は「知っているかどうか」、プレファレンスは「知っているもののなかでどれを好むか」です。『確率思考の戦略論』も、売上を決めるプレファレンスは「認知」と「配荷」によって制限を受けると整理しています。名前は誰でも知っているのに選ばれないブランドは、認知ではなくプレファレンスに課題があります。
消費者がブランドをどう認識しているか(パーセプション)がどう変わると購買に至るかを設計する方法は、パーセプションフロー・モデルとは?構造とつくり方、ジャーニーマップとの違いで扱っています。
プレファレンスの測り方:表明選好と顕示選好
アンケートで聞く表明選好
消費者に直接たずねて測るのが表明選好(stated preference)です。代表的な聞き方は次のとおりです。
- 順位法:カテゴリー内の主要ブランドを並べ、好きな順に順位を付けてもらいます。
- 一対比較:2ブランドずつ提示して、どちらを選ぶかを繰り返し聞きます。
- コンジョイント分析:ブランド名・価格・機能を組み合わせた架空の商品を比べてもらい、どの要素がどれだけ選好に効いているかを推定します。3要素のうち何が効いているかを分けて見られる手法です。
「このブランドは好きですか」と単独で聞く形は、相対的な好意度を測れないので避けます。必ず競合と並べて聞きます。コンジョイント分析の手順はコンジョイント分析とは?効用値の仕組み・手法の種類・進め方とツールを実務解説で解説しています。
購買データから読む顕示選好
実際に何を買ったかから好みを推定するのが顕示選好(revealed preference)です。経済学者ポール・サミュエルソンが1938年の論文「A Note on the Pure Theory of Consumer’s Behaviour」(Economica、5巻17号)で示した考え方で、効用という目に見えない量を使わず、観察できる選択の結果から選好を読み取ろうとしたものです。
マーケティングの実務では、POSデータやECの購買履歴から、シェア、購入頻度、同じカテゴリー内での乗り換えを見ます。『確率思考の戦略論』が市場シェアをプレファレンスの反映とみなすのも、この顕示選好の立場に近い見方です。
表明と顕示がずれたときの読み方
2つの測り方は、たいてい一致しません。ずれ方によって、次に打つ手が変わります。
| 状態 | 疑うべき原因 | 優先する打ち手 |
|---|---|---|
| アンケートでは好まれるが売れない | 認知・配荷・価格の壁 | 取扱店や露出を増やす |
| 売れているがアンケートでは下位 | 安さや習慣による購買 | ブランド・エクイティへの投資 |
| 両方とも低い | 製品やコンセプトの弱さ | 製品・価格から見直す |
とくに注意したいのが2行目です。売上が伸びているので問題がないように見えますが、Dick & Basu の分類でいう見せかけのロイヤルティにあたり、競合の値下げで崩れやすい状態です。売上の数字だけを見て「プレファレンスは十分」と判断するのは避けるべきです。
プレファレンスを高める打ち手と失敗パターン
3要素ごとの打ち手
打ち手は、3要素のどれを動かすかで分けて考えます。
- ブランド・エクイティ:ブランド名から連想される内容を、ターゲットが選ぶ理由と一致させます。広告・PR・SNS・パッケージがこの領域です。
- 製品パフォーマンス:使ったときの体験で競合に勝つ点を作ります。購入後の体験が期待を下回ると、次回の選択で好意度が下がります。
- 価格:値下げは短期的に選ばれやすくしますが、ブランド・エクイティを削る場合があります。価格で上げたプレファレンスは、競合の値下げで簡単に取り返されます。
どの要素に手を付けるかは、前の章で見た表明選好と顕示選好のずれ次第です。調べる前に広告を増やすのは順序が逆です。
プレファレンス施策の失敗パターン:満足度・配荷・ターゲット幅
- 自社だけの満足度で判断する:満足度が上がっても、競合も同じだけ上がっていればプレファレンスは変わりません。調査は必ず競合と並べて行います。
- 好意度だけを追い、配荷を見ない:好意度が高い新商品でも、棚に並ばなければ売れません。「潜在的ロイヤルティ」の層が厚いときは、好意度の施策より配荷を先に広げます。
- ターゲットを狭く取りすぎる:一部の熱心な層で好意度が高くても、カテゴリー全体での選ばれやすさが低ければシェアは伸びません。『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』の第2章が「狭めるな! 拡げよ!」と題されているのも、この点を扱うためです。
IT分野のプリファレンス:設定と優先度
アプリの設定画面と設定ファイル
ソフトウェアでは、利用者が好みに合わせて変える設定をプリファレンスと呼びます。e-Words は「IT分野ではソフトウェアなどの『設定』を指す用語として用いられる」と説明しています。
- macOS:以前の設定アプリの名前は「System Preferences(システム環境設定)」でした。2022年秋の macOS Ventura(13)で「System Settings(システム設定)」に改称され、現在の Apple サポートでは、各アプリの設定も「メニューバーのアプリ名をクリックし、『設定』を選択します」と案内されています。古い解説記事の「環境設定」は、今の「設定」と読み替えます。
- Android:キーと値の小さな組を保存する API が
SharedPreferencesです。Android Developers の公式ガイドは、SharedPreferencesの代わりに Jetpack のDataStoreを使うよう注意書きで勧めています。
ネットワークの優先度値
ネットワークでは、同じ宛先への経路が複数あるときに、どれを使うかを決める値をプリファレンスと呼びます。代表例がインターネットの経路制御プロトコル BGP の LOCAL_PREF です。BGP-4 の仕様 RFC 4271 は「The higher degree of preference MUST be preferred」と定めており、値が大きい経路ほど優先されます。
設定画面の「好み」とネットワークの「優先度」は訳語こそ違いますが、複数の候補から1つを選ぶ基準という意味では、英語本来の preference と同じです。
よくある質問
「プリファレンス」と「プレファレンス」はどちらが正しいですか?
どちらも英語 preference のカタカナ表記で、意味は同じです。名詞 preference は第1音節に強勢がある /ˈpref.ər.əns/ なので、原音に近いのは「プレファレンス」です。マーケティングの『確率思考の戦略論』は「プレファレンス」と表記し、IT用語辞典の e-Words は「プリファレンス」を見出しにしています。
ビジネスで preference はどういう意味で使いますか?
「希望」「好み」「優先」の意味で使います。「Do you have any preference?(ご希望はありますか)」のように、日程や方式の候補から相手に選んでもらう場面が典型です。マーケティングの会議で「プレファレンスが高い」と言えば、競合と比べてそのブランドが選ばれやすいことを指します。
プレファレンスとロイヤルティは何が違いますか?
プレファレンスは「競合より好む」という態度で、ロイヤルティはその態度に加えて繰り返し買う行動がそろった状態です。好きだが買っていない場合は潜在的ロイヤルティ、好きではないが習慣や安さで買っている場合は見せかけのロイヤルティと呼ばれます。
プレファレンスを高めるには何から始めればよいですか?
まず、競合と並べたアンケート(表明選好)と、シェアや購買履歴(顕示選好)の両方で現状を測ります。そのずれから、課題がブランド・エクイティ、価格、製品パフォーマンス、あるいは認知・配荷のどこにあるかを特定してから打ち手を選びます。
「ユーザープリファレンス」とは何ですか?
利用者ごとの好みや設定のことです。ソフトウェアでは利用者が保存した表示言語や通知の有無などの設定値を、マーケティングやUXでは利用者が選択肢に示す好みを指します。
「リファレンス」「レファレンス」とは違う言葉ですか?
違う言葉です。リファレンス(reference)は「参照・参考・照会」の意味で、先頭の文字が p ではなく r です。プリファレンス(preference)は「好み・選好」で、行動経済学の「レファレンスポイント(参照点)」や、導入事例を紹介してくれる顧客を指す「リファレンスカスタマー」とは関係がありません。