アンダードッグ効果は、勝ち目が薄いと見られている側を応援したくなる心理です。日本語の「判官びいき」に近く、選挙予測の影響を扱う研究で論じられ、いまはブランドの創業ストーリーや自虐的な広告の説明に使われます。この記事では、語の意味と由来を辞書と原論文で確かめたうえで、心理学と消費者研究の実験から「効く条件」と「効かない条件」を整理し、マーケティングで使うときの判断基準まで示します。
まとめ:アンダードッグ効果の要点
アンダードッグ効果は「劣勢だから応援される」現象ですが、劣勢であるだけでは起きません。研究で確かめられているのは次の点です。
- 定義:選挙予測の公表が投票に与える影響として、ハーバート・A・サイモンが1954年の論文でバンドワゴン効果と対にして論じている
- 語源:英語の underdog は「闘いに負けた犬」の意味で1887年から記録がある(Etymonline)
- 応援される条件:見る側が「劣勢なのに努力している」と受け取ること。資源で相手より恵まれていると、勝ち目が薄くても支持されない(Vandello ほか 2007)
- ブランドで効く条件:外的な不利と、情熱・決意の両方を語ること。どちらか一方より両方そろったときに購入意向が最も高い(Paharia ほか 2011)
- 逆効果になりうる場面:競合より資源で勝る会社が弱者を装う、苦労話だけで改善の約束がない、事実と違う物語を作る
以下、語の意味から順に根拠を示します。
アンダードッグ効果の意味と「underdog」の語源
選挙予測の影響としての定義(サイモン 1954)
アンダードッグ効果は、劣勢と報じられた候補や、勝ち目が薄いと見られたチーム・企業に支持が集まる現象を指します。選挙予測との関係でこの効果を論じた代表的な文献が、ハーバート・A・サイモンの論文「Bandwagon and Underdog Effects and the Possibility of Election Predictions」(Public Opinion Quarterly 第18巻第3号、1954年)です。サイモンは、選挙予測を公表すると有権者がそれに反応して結果が変わりうることを問題にし、優勢な側へ票が寄る反応をバンドワゴン、劣勢な側へ票が寄る反応をアンダードッグとして扱いました。
出発点が「予測の公表が人の行動を変える」という問いだった点は押さえておくべきです。マーケティングでの応用も、「自分たちは劣勢だ」と伝えることが相手の行動を変えるかどうか、という同じ構造をしています。
underdog の語源:1887年の「闘いに負けた犬」
英語の語源辞典 Etymonline は、underdog を「the beaten dog in a fight」(闘いで負けた犬)の意味とし、1887年の用例を挙げています。対になる語が top dog(支配的な立場の人)で、overdog という反対語も1908年までに使われています。現在の英語では、ケンブリッジ英語辞典が「二者のうち弱いほう、または勝つと思われていない人」と定義しており、意味の中心は「すでに負けた者」から「負けると予想されている者」へ移っています。
スポーツの賭けやポーカーで underdog と言う場合も、この「勝つ確率が低いと見られている側」の意味です。
判官びいき・負け犬・かませ犬との違い
日本語で最も近いのは「判官びいき(ほうがんびいき)」です。デジタル大辞泉は「悲劇的英雄、判官源義経に同情する気持ち。転じて、弱者・敗者に同情し声援する感情」と説明し、精選版日本国語大辞典は俳諧集『毛吹草』(1638年)の用例を初出に挙げています。兄の頼朝に追われた九郎判官義経への同情が語源です。
「負け犬」は勝負に負けた側を指す言葉で、underdog の1887年の原義には近いものの、現在の「これから戦う劣勢の側」という意味とは時点がずれます。「かませ犬」は強い側を引き立てるために当てられる相手で、応援される存在ではありません。アンダードッグ効果を和訳するなら、同情と声援の両方を含む判官びいきが適切です。
劣勢の側が応援される理由と、応援されない劣勢
劣勢な側への好意を生む「努力している」という推測(ヴァンデロら 2007)
南フロリダ大学のヴァンデロらは、2007年の論文「The Appeal of the Underdog」(Personality and Social Psychology Bulletin 第33巻第12号)で4つの研究を報告しています。オリンピックの対戦(研究1)とイスラエル・パレスチナ紛争(研究2)では、同じ当事者でも劣勢として提示されたほうが支持が高まりました。研究2では、地域の歴史を説明する文章は同じにして、添える地図だけを変え、どちらが小さく見えるかで支持が入れ替わっています。
研究3では、参加者はアンダードッグと信じたチームほど「努力している」と推測し、その推測が好意を媒介していました。応援の中身は「弱いからかわいそう」より「不利なのに頑張っている」という評価に近い、ということです。
勝ち目が薄くても資源で上回る側が支持されなかった研究4
同じ論文の研究4は、劣勢と見られるだけで支持が集まるのかを調べています。架空のスポーツの試合で勝つ確率が低いチームは支持され、アンダードッグと呼ばれましたが、そのチームが相手より多くの資源を持っている条件では支持されませんでした。著者らは、期待が低いだけでは支持は生まれず、勝つことが「ふさわしい」と思われる必要があると結論しています。
この研究はスポーツの対戦を題材にしたもので、企業への評価を直接測ったものではありません。それでも、劣勢を訴える前に「競合と比べて本当に資源で劣っているか」を確かめる判断基準として使えます。
ブランドの物語を構成する外的な不利と情熱・決意(パハリアら 2011)
ハーバード大学のパハリアらは、2011年の論文「The Underdog Effect: The Marketing of Disadvantage and Determination through Brand Biography」(Journal of Consumer Research 第37巻第5号)で、企業が語る生い立ちの物語を「アンダードッグ・ブランド・バイオグラフィー」と名付けました。必須の要素は2つで、外的な不利(資金や規模で強い相手に劣る立場)と、情熱と決意(不利を跳ね返そうとする姿勢)です。
4つの研究で、この物語は購入意向・実際の選択・ブランドロイヤルティを高め、2要素がそろったときに購入意向が最も高くなりました。参加者が謝礼として選ぶチョコレートでも、アンダードッグとして紹介されたブランドが約71%選ばれています(シカゴ大学出版局のリリース、2010年7月による)。効果が強くなる条件も示されています。
| 条件 | 効果が強い | 効果が弱い |
|---|---|---|
| 買い手の自己認識 | 自分を弱者だと強く思う人 | そう思わない人 |
| 誰のために買うか | 自分用 | 他人への贈り物 |
| 文化 | 弱者の物語が国民的物語の国(米国) | そうでない国(シンガポール) |
| 物語の要素 | 不利+情熱・決意の両方 | どちらか一方 |
効果を媒介していたのは、消費者がブランドに自分を重ねる「同一化」でした。他人のために買う場面では効果が弱かったので、ギフト商品の訴求では、贈り手と受け手が物語に共感するかを別に確かめる必要があります。
選挙予測報道で観測されたアンダードッグ効果
選挙での効果は、どちらか一方だけが起きるわけではありません。セシとケインの1982年の実験(Public Opinion Quarterly 第46巻第2号)では、1980年米大統領選を題材に、参加者に「カーター優勢」「レーガン優勢」「情報なし」の世論調査情報を2回に分けて示しました。支持の強さも支持候補の選択も、示された調査結果に影響されました。著者らはこの変化を、示された結果とは逆の方向へ動く反応(oppositional reactivity)という仮説で説明しています。
政治の場でアンダードッグと呼ばれること自体の効果を調べたのが、ゴールドシュミードとヴァンデロの2009年の研究(Basic and Applied Social Psychology 第31巻第1号)です。アンダードッグと呼ばれた側は先頭走者より温かい印象を持たれ、有能さの評価は下がりませんでした。候補者が自ら「劣勢です」と言いたがる理由はここにあります。
日本の公職選挙法第138条の3は、当選者を予想する人気投票の経過や結果の公表を禁じています。一方で報道各社の世論調査にもとづく情勢報道は選挙期間中も出るため、予測報道が投票をどちらへ動かすかは日本でも論点であり続けています。
バンドワゴン効果との違い
アンダードッグ効果の反対が、多数派や優勢な側に人が集まるバンドワゴン効果です。サイモンが同じ論文で対にして扱ったとおり、どちらも「予測や人気の情報が判断を変える」点では同じで、向きだけが逆になります。
| 比較軸 | アンダードッグ効果 | バンドワゴン効果 |
|---|---|---|
| 支持が向かう先 | 劣勢と見られた側 | 優勢・多数派の側 |
| 主な動機 | 公平さ、努力への評価 | 多数の判断を情報として使う |
| 広告での表現 | 創業の苦労、2位の自認 | No.1表示、売上本数 |
| 崩れる条件 | 相手より資源が多いと知られる | 根拠のない人気表示が知られる |
同じ市場で両方が同時に働くこともあります。新規参入の製品が「まだ小さいが熱心なファンが急増中」と伝えると、劣勢への共感と、増えている側に乗る心理の両方に訴えることになります。
マーケティングでの使い方:自虐的な訴求と事例
Avis「We Try Harder」:2位の自認を業務の約束で裏打ちした1960年代の広告
米レンタカー会社エイビスは、1960年代初頭に「We Try Harder」を掲げた広告を始めました。広告会社ドイル・デーン・ベルンバックが手がけた広告は、「エイビスはレンタカーで2位にすぎない。それなのになぜ選ぶのか」と、業界2位であることを自ら認める内容です。
コピーを書いたポーラ・グリーンは、広告を「会社の業務マニュアル」をつくるつもりで書いたと振り返っています。清潔な車を渡す、ワイパーが動く、ガソリンが満タン、という約束です。不利の自認に具体的な努力の約束が付いている構成は、パハリアらが示した2要素と重なります。
すなば珈琲:知事の自虐を店名にした鳥取の喫茶店
鳥取県は全国で最後までスターバックスが出店していなかった県で、平井伸治知事の「スタバはないけど、日本一のスナバ(砂場)はある」という発言が話題になりました。この発言にかけて2014年に開業したのが「すなば珈琲」です。2015年5月23日にスターバックス鳥取県1号店が開くと、運営元が「存亡の危機」と表現したこの出来事を逆手に取り、すなば珈琲は「大ピンチキャンペーン」を打ち、県も「勝手にスナバキャンペーン」で応じました。2025年4月時点で県内11店舗を展開しています(文春オンライン 2025年4月20日)。
この事例で訴えた劣勢は、運営元の自己申告ではなく、米大手チェーンの鳥取進出という誰でも確かめられる出来事でした。キャンペーンの効果を測った公表データは無いため、売上への寄与の大きさまでは言えません。
ブランドストーリーに入れる2要素の書き方
パハリアら(2011)が示した「外的な不利」と「情熱と決意」の2要素、そして自分を重ねる「同一化」を、この記事では次の順で訴求文に落とし込むことを提案します。順序そのものは研究で検証されたものではありません。
- 外的な不利を、検証できる事実で書く(創業時の資金、従業員数、競合とのシェア差など)
- 不利に対して何をしているかを、具体的な行動で書く(品質基準、対応時間、改善した項目)
- 読者が自分の状況を重ねられる場面を置く(自分用に買う場面、同じ立場の顧客の声)
物語の構成そのものはストーリーテリングの型と事例も参考になります。
アンダードッグ訴求が逆効果になりうる4つの条件
研究の結果と事例から、次の条件に1つでも当てはまるなら、アンダードッグ訴求は見送るべきです。
- 資源で相手を上回っている:資金・人員・販売網を競合と並べて比べ、こちらが上回っているなら「小さな会社です」とは語らないことです。ヴァンデロらの研究4では、勝ち目が薄くても資源で上回る側は支持されませんでした。シェア首位の会社は、挑戦者を装うよりミート戦略のような強者の打ち手を選ぶほうが筋が通ります。
- 苦労話だけで決意と行動が無い:不利の描写だけでは、パハリアらの2要素の片方しか満たしません。「助けてください」型のSNS投稿でも、何を改善し、何を続けるのかを具体的な行動で添えるべきです。
- 事実と違う物語を作る:創業ストーリーの誇張は、パハリアらの効果が前提にしている「事実としての不利」を崩します。第三者に「応援投稿」を依頼して広告であることを隠すと、2023年10月1日から景品表示法の指定告示で規制されているステルスマーケティングに当たるおそれがあります。
- 現在の立場と創業時の物語を混同する:上位になった企業でも、創業時の不利を「当時の物語」として語ることはできます。一方で、現在も劣勢であるかのように語るのは事実と食い違います。現在の競争上の立場と、創業時の不利を語る物語は区別し、訴求の軸を品質や実績に移す時期をあらかじめ決めておくべきです。
逆に、創業期の企業、大手の寡占市場に入る新規参入、地方の事業者が全国チェーンと競う場面では、競合との資源差が事実として確認でき、不利への取り組みを具体的に示せるなら、アンダードッグ訴求を検討できます。
よくある質問
アンダードッグとはどういう意味ですか?
英語の underdog は、二者のうち弱いほう、または勝つと思われていない人や組織を指します(ケンブリッジ英語辞典)。語源辞典 Etymonline によると、もとは「闘いで負けた犬」の意味で、1887年から記録があります。反対語は top dog です。スポーツの賭けやポーカーでも、勝つ確率が低いと見られている側を underdog と呼びます。
アンダードッグ効果を日本語で言うと何ですか?
最も近い日本語は「判官びいき(ほうがんびいき)」です。兄の源頼朝に追われた九郎判官義経に同情する気持ちが語源で、転じて弱者や敗者に同情し声援する感情を指します(デジタル大辞泉)。「負け犬」はすでに負けた側、「かませ犬」は強い側の引き立て役を指すので、アンダードッグ効果の訳語には向きません。
自虐マーケティングとアンダードッグ効果は同じですか?
重なりますが同じではありません。自虐マーケティングは自社や地域の弱みを笑いに変えて注目を集める表現手法で、アンダードッグ効果はその結果として起こりうる心理の一つです。自虐が応援につながるのは、弱みが事実で、それを補う努力や約束が示されている場合です。すなば珈琲は大手チェーンの不在という事実を店名にし、エイビスは2位の自認に業務の約束を添えていました。
選挙でアンダードッグ効果は本当に起きていますか?
実験では観測されています。1980年米大統領選を題材にしたセシとケインの1982年の実験では、示された世論調査の結果によって支持の強さや支持候補が変わり、著者らは結果と逆の方向へ動く反応として説明しています。ただし優勢な側に寄るバンドワゴン効果も多くの研究で報告されており、どちらが強く出るかは状況によります。日本では公職選挙法第138条の3が当選者を予想する人気投票の公表を禁じています。
アンダードッグ効果が効かないのはどんなときですか?
劣勢と言いながら、資金や販売網など資源で相手を上回っていると知られている場合です。ヴァンデロらの2007年の研究では、勝つ確率が低くても資源が多いチームは支持されませんでした。また、パハリアらの2011年の研究では、不利と決意の片方しか語らない物語や、贈り物として買う場面では効果が弱まりました。