WAI(Web Accessibility Initiative)は、W3Cがウェブのアクセシビリティ標準を作るために1997年に始めた活動の名前です。WCAGやWAI-ARIAはWAIが作る「文書」で、WAI自体は規格名ではありません。「WAI WCAG」の関係を理解するには、まず活動名と文書名を区別する必要があります。
ここでは、WAIが公開する標準の現行版とステータスを2026年9月時点のW3C公式ページで確認し、日本のJIS X 8341-3や法制度との関係、実務で最初に開くべきWAIのリソースまで整理します。
まとめ:WAIとWCAGの関係と現行版の要点
- WAIはW3C内のアクセシビリティ活動で、1997年4月7日に発足が発表されました。WCAG・ATAG・UAAG・WAI-ARIAはWAIの作業グループが作る文書です。
- 準拠目標に使う現行の勧告はWCAG 2.2(2023年10月5日勧告、2024年12月12日更新)です。WCAG 2.2に適合すれば2.1と2.0にも適合します。
- WCAG 3は2026年9月時点でも草案です。W3CはWCAG 3が完成してもWCAG 2を数年間は廃止しないと明記しており、今の対応をWCAG 3待ちにする理由はありません。
- 日本のJIS X 8341-3:2016はWCAG 2.0相当です。ISO/IEC 40500:2025がWCAG 2.2と同内容になったことを受け、WAICがJISの改正を検討しています。
- 障害者差別解消法では、不特定多数に向けたウェブサイトの事前的改善は「環境の整備」として努力義務です。事業者による個別の合理的配慮の提供は、実施に伴う負担が過重でない場合に義務となります。
以下、WAIの成り立ちから順に根拠を示します。
WAIの成り立ちとW3C内での役割
W3Cは1997年4月7日のプレスリリースで、障害のある人がウェブを使えるようにするための活動としてWAIの立ち上げを発表しました。発表文では、ホワイトハウスとW3C会員の支持を得たうえで、技術開発・ガイドライン作成・業界への教育・研究開発を担う国際プログラムオフィスを設けるとしています。
WAIは独立した団体ではなく、W3Cの標準化プロセスの中で動いています。会員組織・W3Cスタッフ・一般参加者が作業グループで文書を作り、公開レビューを経て勧告に進むという流れは、CSSなどのW3C仕様にも用いられています。
WAIの作業グループと担当する文書
2026年9月時点でW3CのWAI紹介ページに載っているのは、次の3つの作業グループと1つの関心グループです。
| グループ | 主な担当 |
|---|---|
| Accessibility Guidelines Working Group(AG WG) | WCAG 2.x・WCAG 3 |
| Accessible Rich Internet Applications Working Group(ARIA WG) | WAI-ARIA |
| Accessible Platform Architectures Working Group(APA WG) | W3C仕様全体のアクセシビリティ確認 |
| WAI Interest Group(WAI IG) | 公開の議論の場 |
このほかにACT Rules、ARIA and Assistive Technologies、Cognitive Accessibilityの各コミュニティグループがあります。WCAG 3の草案へのコメントは、W3CのGitHubリポジトリ(w3c/wcag3)のissueか、メール([email protected])で誰でも送れます。
WAIとWCAGの違い:組織名と文書名
「WAI準拠」「WAIガイドラインに対応」という書き方は、厳密には意味が定まりません。WAIが出している文書は対象ごとに別々で、適合を判定できるのは個々の文書だからです。ウェブサイトの適合表明なら「WCAG 2.2 レベルAA」、CMSやエディタなら「ATAG 2.0」のように、文書名と版とレベルまで書くのが正確です。発注仕様書や社内規程でWAIと書かれていたら、どの文書のどの版を指すのかを確認してください。
WAIが公開する標準の一覧と現行ステータス
WAIの文書は、W3Cの正式な標準である「勧告(Recommendation)」と、参考資料などを公開する「ノート(Group Note)」、標準化に向けて作業中の「草案(Working Draft)」などがあります。正式なW3C標準は勧告ですが、ノートにも適合要件を定めた文書があります。
| 文書 | 対象 | 現行版 | ステータス | 日付 |
|---|---|---|---|---|
| WCAG | ウェブコンテンツ | 2.2 | 勧告 | 2023-10-05(2024-12-12更新) |
| ATAG | CMS・エディタ等 | 2.0 | 勧告 | 2015-09-24 |
| UAAG | ブラウザ・メディアプレーヤー | 2.0 | ノート | 2015-12-15 |
| WAI-ARIA | 動的UIの役割・状態 | 1.2 | 勧告 | 2023-06-06 |
| WAI-ARIA | 同上 | 1.3 | 草案 | 2026-06-04 |
| WCAG 3 | 次世代ガイドライン | ― | 草案 | 2026-09-10 |
このほかに、試験ルールの書式を定めるACT(Accessibility Conformance Testing)や、評価結果の記述形式EARLなどの技術仕様があります。
UAAG 2.0が勧告ではなくノートにとどまる理由
UAAG 2.0は勧告を目指して作業されていましたが、勧告候補(CR)の段階に入る前に作業を閉じ、2015年12月15日にノートとして公開されました。文書自体に、正式なCR試験を行うための人員が足りなかったことが理由として書かれています。一方で、ブラウザ開発者などから37の組織・個人による246件の指摘を受け、すべて解決済みとも記されています。ブラウザやメディアプレーヤーの要件を検討する際の参考資料としては使えますが、正式なW3C標準ではありません。調達要件に採用する場合は、ノートであることを明示し、本文の適合要件に沿って対象製品・適合レベル・検証方法を指定してください。
ATAG 2.0のPart AとPart B:CMS選定で見る観点
ATAG 2.0は2015年9月24日の勧告で、2部構成です。Part Aは「オーサリングツール自体のUIをアクセシブルにする」、Part Bは「アクセシブルなコンテンツの作成を支援する」ことを求めます。
CMS選定では、編集者自身の利用しやすさをPart Aで、公開コンテンツのアクセシビリティを維持する支援機能をPart Bで確認します。WCAG 2.2に適合したサイトを公開しても、画像の代替テキスト入力欄が無い、見出しレベルを選べないといったCMSでは、更新のたびに適合が崩れます。公開時の診断だけでなく、編集画面がPart Bの観点を満たすかを要件に入れておくと、運用段階での崩れを防げます。
WAI-ARIAの位置づけ:WCAGを満たす手段の1つ
WAI-ARIAは、divなどで組んだタブやダイアログに役割(role)や状態(aria-expanded等)を与え、スクリーンリーダーに伝えるための技術仕様です。WAI-ARIA自体にも実装上の適合要件がありますが、ウェブコンテンツ全体のアクセシビリティ目標はWCAGで定めます。WAI-ARIAは、その達成基準(たとえば4.1.2 名前・役割及び値)を満たす手段の1つです。
W3CのARIA Authoring Practices Guideは「No ARIA is better than Bad ARIA」という見出しで、誤ったARIAは見た目と異なる情報を支援技術に伝え、非視覚の利用体験を大きく損なうと注意しています。ネイティブのbuttonやnav要素で足りる場面では、ARIAを足さないのが安全です。属性ごとの使い分けと実装例はWAI-ARIAの概要と目的を解説した記事で扱っています。
WCAGの版の変遷とWCAG 2.2で増えた達成基準
WCAG 2.0は2008年12月11日、WCAG 2.1は2018年6月5日、WCAG 2.2は2023年10月5日に公開されました。2.xは後方互換で、W3Cは「WCAG 2.2に適合するコンテンツはWCAG 2.1とWCAG 2.0にも適合する」と明記しています。同じ適合レベルであれば、WCAG 2.2への適合は旧版への適合も満たします。ただし、取引先が指定する対象範囲や試験・報告方法は別途確認が必要です。
WCAG 2.2で新設された達成基準は9件です。
| 番号 | 原文の名称 | レベル |
|---|---|---|
| 2.4.11 | Focus Not Obscured (Minimum) | AA |
| 2.4.12 | Focus Not Obscured (Enhanced) | AAA |
| 2.4.13 | Focus Appearance | AAA |
| 2.5.7 | Dragging Movements | AA |
| 2.5.8 | Target Size (Minimum) | AA |
| 3.2.6 | Consistent Help | A |
| 3.3.7 | Redundant Entry | A |
| 3.3.8 | Accessible Authentication (Minimum) | AA |
| 3.3.9 | Accessible Authentication (Enhanced) | AAA |
WCAG 2.1のレベルAAから2.2のレベルAAへ移行する場合、新設基準のうち確認対象となるのはA・AAの6件です。あわせて4.1.1 構文解析(Parsing)が削除されました。ただし、WCAG 2.0相当のJIS X 8341-3:2016に準拠を表明し続ける間は、4.1.1も試験対象に残ります。個々の達成基準の読み方はWCAGの概要を解説した記事を参照してください。
WCAG 3の現在地:2026年9月時点で準拠目標にしない理由
WCAG 3(旧称Silver)は、2026年3月3日と2026年9月10日に草案が改訂されました。W3CのWCAG 3紹介ページは、WCAG 3を「変更される未完成の草案」とし、完成したW3C標準になるのは数年先と見込んでいます。
判断の決め手になるのは、同じページの次の記述です。
「WCAG 3 will not supersede WCAG 2 and WCAG 2 will not be deprecated for several years after WCAG 3 is finalized.」(WCAG 3はWCAG 2を置き換えず、WCAG 2はWCAG 3の確定後も数年間は廃止されない)
草案の要件は改訂のたびに入れ替わっており、2026年9月版でも適合(conformance)の章が更新されています。したがって、発注や改修の目標はWCAG 2.2 レベルAAに置き、WCAG 3は草案の方向性を追う情報収集にとどめるのが妥当です。「WCAG 3が出るまで対応を待つ」という判断は、少なくとも数年分の未対応期間を生むだけです。
日本での受け止め方:JIS X 8341-3・ISO/IEC 40500・WAIC訳
日本の規格JIS X 8341-3:2016は、国際規格ISO/IEC 40500:2012との一致規格で、中身はWCAG 2.0です。国内でJIS X 8341-3:2016への対応を進める際は、対応するWCAG 2.0と関連資料を参照できます。規格ごとの対応範囲と試験の考え方はJIS X 8341-3とWCAGの対応を解説した記事にまとめています。
ISO/IEC 40500:2025とJIS改正の検討状況
ISO/IEC 40500は2025年に改正され、WCAG 2.2と同内容になりました。W3Cは「ISO/IEC 40500:2025はWCAG 2.2の2023年10月版と完全に同一」とし、2024年12月の更新版は2026年後半にISO/IEC 40500:2026として出る見込みだと説明しています。
これを受け、ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)はJIS X 8341-3の改正を検討しています。WAICは2026年6月8日にWCAG 2.2日本語訳を更新し、達成基準の名称を含めて訳文を見直しましたが、この訳は改正の検討過程で作ったもので「JIS規格となるわけではありません」と断っています。新しいJISの発行日は2026年9月時点で公表されていません。
日本の法律で義務になっている範囲
障害者差別解消法は、ウェブサイトのアクセシビリティ確保を第5条の「環境の整備」として努力義務に位置づけています。2024年4月の改正施行で事業者に義務化されたのは、第8条第2項の合理的配慮、つまり障害のある人から社会的障壁の除去を必要とする意思の表明があった場合に、実施に伴う負担が過重でない範囲で、個別の状況に応じた必要かつ合理的な配慮を提供することです。「WCAGへの準拠が法律で義務化された」わけではありません。
努力義務と合理的配慮の線引き、企業が今やるべき範囲はウェブアクセシビリティ義務化の線引きを解説した記事と障害者差別解消法の要件をシステムに翻訳した記事で詳しく扱っています。海外の制度でも、EUの欧州アクセシビリティ法(EAA)と米国のリハビリテーション法508条では、WCAGとの関係が異なります。EAAへの対応ではWCAGや欧州規格EN 301 549が用いられますが、EAA自体がWCAGを直接指定しているわけではありません。米国の508条に基づく改訂基準は、WCAG 2.0のレベルA・AAの達成基準などを組み込んでいます。
WAIのリソースを実務で使う順番
WAIのサイトには規格本文以外に、評価と実装のための資料がそろっています。量が多いため、目的別に開く順番を決めておくと迷いません。
- Easy Checks:専門知識なしで、ページタイトル・代替テキスト・見出しなどを手順どおりに確かめる入門資料です。自社サイトの現状をつかむ最初の一歩に向きます(W3C上の扱いは草案です)。
- WCAG 2.2日本語訳と解説書:WAICが翻訳しており、達成基準の意図と例外を日本語で確認できます。解説書は原文のUnderstanding WCAG 2.2に当たります。
- How to Meet WCAG 2(Quick Reference):レベルや技術で絞り込める達成基準のチェックリストで、実装時の手元資料になります。
- Web Accessibility Evaluation Tools List:2026年9月時点で119件の評価ツールを、フィルタで種類などから絞り込めます。
- WCAG-EMとWCAG-EM Report Tool:サイト全体の適合を評価する手順(範囲の決定、ページの抽出、評価、報告)と、その報告書を作るツールです。
注意すべきは、ツールの結果だけで適合を表明しないことです。WAIのツール選定ガイドは「評価ツールはアクセシビリティを判定できず、判定を補助できるだけ」とし、すべての項目は自動で確認できないので人の判断が必要だと明記しています。自動・手動・当事者による検証の組み合わせ方はWebアクセシビリティ診断の進め方で、試験結果を公開する際の文面はWebアクセシビリティ方針の書き方で解説しています。
よくある質問
WAIとWCAGの違いは何ですか?
WAIはW3Cの中でアクセシビリティ標準を作る活動(組織)の名前で、WCAGはWAIの作業グループが作ったウェブコンテンツ向けのガイドライン(文書)です。適合を表明できるのはWCAGのほうで、「WCAG 2.2 レベルAA」のように版とレベルまで指定します。
W3C WAIは何年に発足しましたか?
W3Cは1997年4月7日にWAIの立ち上げを発表しました。WCAGの最初の2.x系であるWCAG 2.0の公開は2008年12月11日です。
WCAG 3が完成したらWCAG 2.2への対応は無駄になりますか?
無駄になりません。W3Cは、WCAG 3はWCAG 2を置き換えず、WCAG 2はWCAG 3の確定後も数年間は廃止しないと明記しています。WCAG 3は2026年9月時点でも草案です。
WAI-ARIAとWCAGはどちらに従えばよいですか?
目標にするのはWCAGです。WAI-ARIAはWCAGの達成基準を満たすための技術仕様で、ネイティブのHTML要素で足りない部分を補うときに使います。
WAIの文書は日本語で読めますか?
WCAG 2.2は、ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)が日本語訳と解説書を公開しています。WAICの訳は参考訳で、正式な基準は英語の原文です。