社労士事務所からソフトの入れ替え相談が来るきっかけは、機能の不足ではなく顧問先の数が契約枠を超えたことです。顧問先20社の枠で始めた事務所が21社目を受けた時点で、登録料が再び発生するプランへ移ることになる。この記事では、社労士ソフトが束ねる4系統の業務、事業会社向けの労務管理システムとの違い、社労士ソフトを比較するときの4つの軸(電子申請の対応範囲・顧問先数と料金体系・給与計算の一体型か分離型か・データ移行)、e-Govの電子申請に対応するという表現が何を指すのか、乗り換え時にデータをどこまで持ち出せるのか、そして既製品で足りる範囲と個別開発に踏み込むべき領域までを、受託開発の側から整理します。業務システム全体の分類から押さえたい場合は、業務システムの種類と基幹システムとの違いを解説した記事を先に読んでください。
まとめ:社労士ソフトを顧問先数と電子申請の対応範囲から選ぶ判断の順序
製品の機能一覧から比べ始めると決まりません。先に確定させるのは顧問先数と、3年後に受けているつもりの顧問先数です。社労士向けの製品は従業員数ではなく顧問先の登録枠で課金が切られ、その枠は階段状。オフィスステーション Proの公開価格は顧問先20社・100社・200社の3段で、登録料は110,000円・220,000円・1,650,000円(いずれも税込・2026年9月時点)と最上段で15倍です。枠を1社超えた瞬間の移行コストが、機能差より先に総額を決めます。
次に見るのが電子申請の対応範囲です。カタログの「e-Gov連携対応」では、API経由で公文書取得まで完結するのか、申請データを作って画面申請に流し込むだけなのかが区別できません。工数が減るのは前者だけ。e-Govは外部連携APIを2024年1月31日でサポート終了し、後継の電子申請APIへ移っています。バージョン2の電子送達機能まで対応しているかが、公文書受け取りの自動化を分けます。
3番目が給与計算を同じ製品で持つかどうかの分岐です。一体型は導入が楽な半面、顧問先ごとの給与ルールが複雑だと自由度が足りずExcelが残ります。別製品にすれば顧問先マスタが二重管理になる。どちらの痛みを取るかを先に決めてください。4番目がデータ移行で、今の製品から顧問先マスタと標準報酬の履歴をどの形式で出せるかを、乗り換え先を決める前に確かめます。
個別開発の対象は限定してください。電子申請そのものを自前で作れば、e-Gov検証環境での接続試験に合格して本番用APIキーを取得する工程を抱えることになり、顧問先50社規模では回収できません。開発が効くのは顧問先マスタ・進捗管理・報酬請求という、事務所ごとにルールが違う領域です。顧問先20社未満で担当者が1〜2名なら、既製品のライトプランのまま何も作らないほうが利益が残ります。
社労士事務所が使うソフトの4系統と事業会社向け労務システムとの守備範囲の違い
社労士ソフトは、守備範囲の違う製品群の総称です。事務所の業務は4系統に分かれ、製品はこのうち1〜3系統を持ちます。抜けた系統を把握しないまま比較表を作ると、導入後にその系統がExcelとして残ります。
手続き・給与計算・顧問先マスタ・事務所管理という4系統の役割分担
社労士事務所向けの製品はどれも顧問先マスタを土台に置き、その上に他の系統を載せます。
- 手続き系:健保・厚生年金・雇用保険・労災の届出作成と電子申請、公文書の受け取り、申請済の進捗一覧
- 給与計算系:顧問先ごとの給与規程に沿った計算、賞与、年末調整、給与明細と源泉徴収票の発行
- 顧問先マスタ系:顧問先の会社・事業所・従業員情報と社会保険料の履歴を持つ台帳。他の3系統がここを参照する
- 事務所管理系:担当者の割り当て、手続きの締め切り管理、報酬の算定と請求、所内の業務日誌と引き継ぎ
重心は製品ごとに分かれます。セルズの「台帳」は顧問先マスタと手続き系を軸に、業務日誌による所内の進捗共有まで持ちます。オフィスステーション Proは手続き系と顧問先マスタを主軸に、給与計算をプランの上位で標準対応させる形です。最も薄いのは事務所管理系の報酬請求で、実務では会計ソフトや請求書サービスに逃がしている事務所が多い。
事業会社向けの労務管理システムを事務所に持ち込むと崩れる2つの前提
事業会社向けの労務管理システムは、1社の従業員データを1つのテナントで持つ前提です。事務所が使うと2つの前提が崩れます。
1つ目は課金軸です。事業会社向けは従業員数で課金するため、顧問先50社×平均30名なら1,500名分の料金が発生します。社労士向けが顧問先数で課金するのは、この構造だと事務所が払えないから。2つ目は権限の分離で、担当者Aが顧問先X社だけを見てY社は見えない状態が要ります。1社1テナントの製品では、顧問先ごとにテナントを立てて50個のログインを管理する運用に落ちます。
顧問先へ導入を提案する立場で、事業会社側の機能や費用相場を確認したい場合は、労務管理システムの機能と比較の観点をまとめた記事を参照してください。
顧問先ごとにデータと権限を分ける要件が製品の構造を決める理由
顧問先を分離する要件は、単なるアクセス制御では終わりません。同じ「賞与支払届」でも、顧問先の締め日と支給日、標準報酬の等級履歴、事業所整理記号がすべて別です。製品側は顧問先単位のデータの箱を作り、テンプレートは共通・値は箱ごとという構造を取ります。
この構造は、製品の登録上限として表に出ます。オフィスステーション Proでは1顧問先あたり登録可能な従業員数が最大1,000名と公表され、超える顧問先は個別相談。1,000名超の顧問先を複数抱える事務所は、顧問先枠だけを見て選ぶと後から詰まります。小規模事業所中心なら上限は実質問題になりません。顧問先を従業員規模で並べ、最大値と分布を出してから比較に入ってください。
社労士ソフト比較の4軸で主要3製品の公開情報を並べたときに見える差
社労士ソフトの比較記事の多くは機能の有無を丸とバツで並べますが、事務所の総額と工数を動かすのは機能の有無ではありません。比べる軸は4つに絞れます。電子申請がどの段階まで製品内で完結するか、顧問先数と担当者数で料金がどう動くか、給与計算を同じ製品で持つか、今のデータを持ち出して入れられるか。この4軸で公開情報を並べると、製品の差は機能表より先に料金の公開範囲とデータ移行の案内に出ます。
比較表:電子申請・料金体系・給与計算・データ移行の4軸で3製品を並べる
2026年9月30日時点で各社の公式サイトに載っている情報だけで並べた表です。公式サイトで確認できない項目は「記載なし」とし、推測で埋めていません。
| 比較軸 | オフィスステーション Pro | 社労夢 | 台帳(セルズ) |
|---|---|---|---|
| 提供形態 | クラウド | クラウド | 端末導入型 |
| 料金の公開 | 公開 | 非公開 | 公開 |
| 課金の単位 | 顧問先枠とID | 記載なし | 拠点ごとの契約 |
| 給与計算 | オプション | 同一製品に含む | 別製品 |
| データ移行 | 記載なし | CSV取り込み | 記載なし |
オフィスステーション Proは公式の料金プランページに登録料と月額、オプションまで税込で載せている。給与計算は登録料110,000円・月額3,300〜22,000円(社数による)のオプションで、プレミアムプランだけは20社まで標準で使えます。社労夢はエムケイシステムの製品サイトで、社会保険・雇用保険・労働保険事務組合の手続きから給与計算までを含むクラウド型の電子申請システムと案内し、料金は資料請求と60日間の無料トライアルの側に回す形です。同じサイトのよくある質問では、各種CSVデータの取り込みに対応しているため他のシステムからの切り替えに対応できる、という回答が載っている。台帳はセルズの製品ページで端末に導入する形の人事労務管理ソフトとして案内され、給与計算は同社のCells給与という別製品が受け持ちます。
表から読める判断は2つです。料金を公開している製品同士なら3年総額を机上で出せるので、比較の最初はこの2製品の総額計算から始められます。料金非公開の製品は、顧問先数と担当者数を指定した見積を取るまで比較表に数字が入りません。データ移行は、公式サイトで方式まで書いている製品が3つのうち1つしかなく、残りは商談で聞き出す項目になります。
比較表の空欄を商談で埋めるために確認する4つの質問と回答の残し方
「記載なし」の欄は、質問の書き方で答えの精度が変わります。「データ移行できますか」と聞けば、ほぼ全社が「できます」と答えます。聞くべきは次の粒度です。
- 電子申請:e-Gov電子申請APIのバージョン2に対応しているか。公文書の取得と顧問先への配付が製品内で完結するか
- 料金体系:顧問先が今の1.5倍、担当者が1名増えたときの月額と、追加で発生する登録料はいくらか
- 給与計算:給与を扱う顧問先の数で料金が変わるか。変形労働時間制と複数の手当体系を顧問先ごとに設定できるか
- データ移行:今使っている製品名を伝えたうえで、取り込める項目の一覧と、標準報酬の等級履歴まで入るかどうか
回答は口頭で済ませず、メールか見積書の備考に文字で残してもらってください。比較表の空欄が埋まるのは、この4つの回答が同じ条件で揃ったときです。
電子申請の対応範囲とe-Gov連携の方式・GビズIDに登録番号を付す運用条件
電子申請への対応は、選定で最も表記が曖昧になる項目です。中身は申請データの作成だけか、送信まで行うか、公文書の取得と進捗管理まで含むかで3段階。事務所の作業時間が変わるのは3段目の製品だけです。製品を見る前に、顧問先ごとの義務範囲を判定して手続きを申請経路へ割り付ける工程については、社労士事務所のシステム対応と4つの申請経路を扱った記事で整理しています。
外部連携APIの終了と電子申請APIへの移行が製品選定に及ぶ影響
e-Govは、業務ソフトから電子申請サービスを直接呼び出すWeb APIを提供しています。従来の外部連携APIは2024年1月31日でサポートを終了し、後継の電子申請APIへ移行しました。バージョン1と2があり、2では電子送達機能とアカウント間情報共有機能が対象に入ります。e-Gov Developerはこれから開発するならバージョン2を推奨しています。API群の一覧はe-Gov Developerの電子申請APIリファレンスで公開されており、申請の結果として発出された公文書を取得するAPIもこの中にある。
製品選定で効くのは、公文書の受け取りが自動化できるかです。電子送達機能に対応していない製品では、送信までは完結しても、公文書はe-Govの画面から手作業でダウンロードして顧問先へ渡す流れが残ります。カタログの「電子申請対応」では判別できないため、商談では「バージョン2に対応しているか」「公文書の取得は製品内で完結するか」を条件として文字にして確認してください。義務化の対象範囲やAPI連携の設計は、労務管理システムの電子申請対応を整理した記事に仕様面をまとめています。
GビズIDの部署名欄に登録番号を付す運用と提出代行証明書の扱い
社労士が代行する場合、認証周りには事務所側にしか関係しない条件があります。日本年金機構の案内では、GビズIDを取得するのは電子申請を行う社労士で、適用事業所側のGビズIDは不要とされています。そのうえで必要になるのが、GビズIDアカウントの「会社部署名/部署名」欄への「@」+社会保険労務士登録番号の入力です。@12345678のような形式になります。
事業所側に発生するのは「提出代行に関する証明書」の作成と社労士への引き渡しです。この証明書を添付すれば、事業主の電子署名は不要になります。労働基準法・最低賃金法等の手続については2021年4月1日から、電子署名・電子証明書がなくても証明書をPDF等で添付することで電子申請できるようになりました。
この2点は、製品を替えても消えない事務所側の作業です。顧問先が増えるたびに証明書の回収が発生するため、取得状況を顧問先マスタに項目として持てるかが実務で効きます。持てないなら、管理はExcelか別ツールに残ると見積もってください。
義務化の対象となった手続きと紙や画面申請が残り続ける手続きの線引き
義務化は、すべての事業所とすべての手続きにかかるわけではありません。厚生労働省の案内では、対象は資本金・出資金または拠出金の額が1億円を超える法人、相互会社、投資法人、特定目的会社に限られ、2020年4月1日以後に開始する事業年度から適用されます。
対象手続も限定されています。健康保険は被保険者報酬月額算定基礎届・報酬月額変更届・賞与支払届、労働保険は継続事業(一括有期事業を含む)に関する手続です。電気通信回線の故障や災害で困難な場合、労働保険事務組合に事務を委託している場合などは例外です。
顧問先の多くが中小企業である事務所では、義務化の対象になる顧問先はほとんどいません。それでも電子申請を進める理由は、義務ではなく事務所側の工数です。ここを取り違えると「義務化されていないから紙で足りる」という顧問先の判断に押し戻されます。未対応の手続きは製品を替えても紙が残る。台帳が印刷でカバーする設計を持つのは、この線引きが実務にあるからです。
顧問先数と利用者IDで階段状に変わる料金体系と3年総額の見積もり方
費用比較で月額だけを並べるのは危険です。登録料が段ごとに大きく動き、オンプレミス寄りの製品は初年度と2年目以降で構造が変わります。比較は3年総額に揃えてください。
公開されている料金表で見る顧問先枠の階段と登録料が跳ね上がる位置
オフィスステーション Proの公開価格(税込・2026年9月時点)で構造を確認します。
| プラン | 登録料 | 月額 | 顧問先枠 | 利用者ID | 給与計算 |
|---|---|---|---|---|---|
| ライト | 110,000円 | 11,000円 | 20社 | 1 | 含まない |
| スタンダード | 220,000円 | 16,500円 | 100社 | 2 | 含まない |
| プレミアム | 1,650,000円 | 27,500円 | 200社 | 5 | 20社まで標準 |
月額はライトからプレミアムで2.5倍ですが、登録料は15倍です。枠の外側にはオプションがあり、同時接続が3ID以上要る場合はID追加が月額2,200円/1ID、顧問先が101社以上になる場合は顧問先登録枠の追加が月額5,500円/50社と公表されています。顧問先80社で担当者が3名の事務所なら、プレミアムへ上げずにスタンダードへIDを1つ足す選択が取れる。規模を測る変数は顧問先数と担当者数の2つで、それぞれに段とオプションのどちらで対応するかを総額で比べます。社労夢のように金額非公開の製品もあり、エムケイシステムの公式料金ページに載るのはハウス・ベーシック・ライトの3プランの機能差までです。見積は顧問先数と担当者数を同一条件に揃えてから並べてください。
給与計算を一体で持つか外部製品に分離するかで変わる3年総額の差
給与計算の位置づけは総額を大きく動かします。オフィスステーション Proでは給与計算がプレミアムプランで20社まで標準対応となり、それ以外のプランでは登録料110,000円と社数に応じた月額3,300〜22,000円のオプションです。給与を扱う顧問先が20社を超える事務所は、オプションを積むか、プレミアムへ上げるか、給与を別製品に出すかの三択になります。
判断は顧問先の給与ルールの複雑さで決まります。変形労働時間制や複数の手当体系を持つ顧問先が多いなら、汎用の給与機能では吸収できず、専用製品を並べたほうが工数が減ります。月給制で手当の種類が少ない顧問先が中心なら、一体型にして顧問先マスタの二重管理をなくすほうが有利。分離したうえで顧問先の給与を受託して回す側の要件は、社労士の給与計算ソフトで顧問先の並行運用と締め日・明細配付の判断を扱った記事にまとめています。給与計算システムの機能差や種類は、給与計算システムの機能と種類・比較の観点を解説した記事にまとめてあります。
オンプレミス型とクラウド型で変わる初年度費用と保守料の負担構造
社労士向けにはExcelベースの端末寄りの製品も残り、費用構造がクラウド型と違います。セルズの「台帳」は初年度210,100円(税込)で、内訳は製品本体107,800円と保守契約102,300円。2年目以降は保守契約の102,300円/年のみで、同一拠点内なら複数名でも1契約とされています。
3年総額で並べると、台帳は210,100円+102,300円×2で414,700円。オフィスステーション Proのライトプランは110,000円+11,000円×36で506,000円です。水準は近くても負担の形が違います。台帳は担当者が増えても同一拠点なら1契約で済み、クラウド型は利用者IDの枠で上限が来る。複数拠点や在宅勤務を前提にするならクラウド型が扱いやすく、端末寄りの製品は拠点ごとの契約とデータ集約の設計が必要です。
顧問先が使う労務クラウドとの接続で選べる3つの経路と工数の目安
顧問先が自社で労務や勤怠のクラウドを入れている場合、事務所側の製品との間でデータをどう渡すかが問題になります。経路は3つ。選び方は顧問先の数ではなく「顧問先が製品を替えてくれるか」で決まります。
顧問先にアカウントを発行する経路と顧問先の既存製品から取り込む経路
1つ目は、事務所の製品から顧問先へアカウントを発行し、顧問先の担当者に直接入力してもらう経路です。オフィスステーション Proでは、給与計算システムの顧問先へのアカウント発行、年末調整情報の従業員からの収集、給与明細・源泉徴収票のWeb配信に別途料金が発生するとされています。顧問先の製品を統一できる事務所には最も軽い経路ですが、既に別の労務クラウドを入れている顧問先には通りません。
2つ目は、顧問先の既存製品からデータを取り込む経路です。顧問先が自社の製品を使い続けられる点が利点で、事務所側にはマッピングの負担が残ります。3つ目は紙やExcelで送ってもらい事務所が入力する現状維持で、これを選ぶ顧問先が半数を超えるなら連携機能に費用を払う意味は薄い。まず顧問先を3経路に振り分けて数を出してください。
CSVの受け渡しで回す場合に事務所側へ残る変換工数の見積もり方
2つ目の経路は、実務ではCSVの受け渡しに落ちます。顧問先の勤怠システムの出力項目と、事務所側の給与計算が求める入力項目が一致しないため変換が必要です。見積もるのは月次の作業時間ではなく、顧問先ごとの初期マッピングの本数になります。顧問先の勤怠側の製品を事務所として選ぶ立場での判断は、社労士が顧問先の勤怠システムを選ぶ判断と就業規則との整合をまとめた記事で扱っています。
変換の設計は顧問先の製品ごとに1本必要で、同じ製品を使う顧問先が複数あれば流用できます。顧問先30社で使われている勤怠製品が8種類なら、作るのは8本です。月次の作業は変換が固まれば機械的になり、負担は初期側に寄ります。顧問先の勤怠側の要件を確認したい場合は、勤怠管理システムの機能と種類・選び方をまとめた記事を参照してください。
変換本数が10本を超える事務所では、変換だけを個別開発の対象にする選択が現実的です。既製品の汎用インポート機能で吸収しようとすると、担当者が毎月Excelで整形する運用が固定化します。
乗り換え時のデータ移行で顧問先マスタと履歴をどこまで持ち出せるかの確認
社労士ソフトの比較で最後に落ちやすいのがデータ移行です。料金と機能で乗り換え先を決めたあとに、今の製品から出せるデータが想定より少ないと分かり、顧問先マスタを手で入れ直す作業が数か月続く。移行の可否は製品の優劣より先に、移行元の出力と移行先の取り込み口の組み合わせで決まります。
移行対象を顧問先マスタ・標準報酬の履歴・申請履歴と公文書の3層に分ける
移すデータは、持ち出しやすい順に3層に分かれます。
- 顧問先マスタ層:顧問先の会社・事業所の基本情報、従業員の氏名・生年月日・被保険者番号・資格取得日。CSVで出せる製品が多く、移行先でも取り込み口が用意されやすい
- 履歴層:標準報酬の等級履歴、算定・月変の結果、賞与の支払履歴、給与の月次データ。項目の持ち方が製品ごとに違い、取り込めても一部の列が落ちやすい
- 申請記録層:過去の申請データ、到達番号、受け取った公文書。製品内の画面でしか見られない形で持っている場合があり、移行先へは入らないと見ておく
3層目は移さずに、旧製品の契約を一定期間残して参照用にするか、公文書をPDFで一括保存して顧問先ごとのフォルダに置く運用が現実的です。移行先の見積で「データ移行対応」と書かれていても、それが1層目だけを指していることは珍しくありません。
移行元の出力形式と移行先の取り込み口を契約前に突き合わせる手順
手順は3段です。まず今の製品から、顧問先1社分のデータを実際にCSVで書き出してみる。次に、その列の一覧を移行先の営業担当に渡し、取り込める列と落ちる列を文字で回答してもらう。最後に、落ちる列を手で補う工数を顧問先数で掛けて、乗り換えの総額に足します。この試し出しは移行元の製品を解約する前にしかできないため、契約更新月の3か月前には始めてください。
社労夢のように公式サイトでCSVの取り込みに対応していると明記している製品でも、取り込めるのはCSVに書き出せた範囲までです。移行元の側が出せない履歴は、どの移行先を選んでも入りません。システム移行全般の進め方や移行方式の選び方は、システム移行の方式と進め方・失敗を防ぐ判断基準を解説した記事で扱っています。
切替時期を算定基礎届・年度更新・年末調整の繁忙期から外す段取り
切替の時期は機能と同じくらい結果を左右します。6月から7月上旬は労働保険の年度更新と社会保険の算定基礎届が重なり、12月から1月は年末調整と法定調書が重なる。この時期に新旧2製品を並行して動かすと、どちらの製品に最新の値があるのかが担当者ごとに分かれ、申請の取り違えが起きます。
切替は繁忙期の直後に置くのが扱いやすく、8月から10月か、2月から4月が候補になります。並行稼働は1〜2か月に区切り、並行期間中は新規の申請を新製品側だけで行うと決めてから始めてください。
既製品で足りる事務所の条件と個別開発に踏み込むべき領域の線引き
個別開発の話は、全部を作るか既製品で我慢するかの二択で語られがちですが、実務で成立するのは領域を切った併用だけです。
電子申請そのものを自前で作らない判断の根拠となる接続試験の要件
電子申請の部分を自前で作るのは勧めません。理由は難易度ではなく、e-Govが定めた利用手順の構造です。e-Gov Developerのスタートガイドでは、Step1でe-Govアカウントを取得、Step2でAPIキー等の取得とソフトウェア情報の登録、Step3でe-Gov検証環境を利用した接続試験に合格、Step4で本番環境に接続という流れです。合格して初めて、本番環境の電子申請APIに接続可能なAPIキーが取得できます。
合格の証明には最終確認試験テスト仕様書兼成績書を使い、全APIを使うならバージョン2用、電子送達に関するAPIのみなら電子送達用を選びます。電子署名モジュールはDLL形式で配布され、動作環境は .NET Framework 4.7.1/4.7.2/4.8 とWindows 7・8.1・10、macOSは対象外です。様式は改正で変わり、e-Gov側のリファレンスも更新されます。2026年8月19日にもリファレンスとメッセージ一覧の更新が告知されました。この追随を自前で抱える判断は、顧問先100社規模でも回収できません。電子申請は既製品に任せてください。
個別開発が効く領域=顧問先管理と進捗・請求の事務所固有ルール
作る価値があるのは、法令に紐づかない事務所固有のルールが載る領域です。3つあります。
- 顧問先マスタの拡張:顧問契約の範囲、報酬の算定根拠、提出代行証明書の取得状況、担当者の割り当てを1か所に持つ
- 手続きの進捗管理:依頼を受けた時点から公文書を返すまでを工程として持ち、期限超過を検知する
- 報酬請求:顧問料の定額分と手続き件数の従量分を合算し、顧問先ごとの請求書に落とす
この3つは、事務所ごとに料金表と工程が違うため製品側が標準化できない部分です。既製品の電子申請機能と顧問先データを土台に、上へこの層を載せる構成なら開発規模は限定されます。この層を組む設計や、既製品のCSV出力を取り込む接続方式の検討は、人事・労務管理システム開発で扱っている範囲です。
既製品のままで足りるため開発を見送るべき事務所の規模と業務の条件
見送るべき条件を言い切ります。次の2つに当てはまる事務所は、何も作らないほうが利益が残ります。
1つ目は、顧問先が20社未満で担当者が実質1〜2名の事務所です。ライトプランが顧問先20社・利用者ID1で登録料110,000円と月額11,000円、台帳が初年度210,100円という水準に対し、3領域の開発は最小構成でも数百万円の規模。顧問先20社の請求管理は表計算で回り、進捗管理も担当者の頭の中で成立します。
2つ目は、顧問先の8割以上が紙やExcelで資料を送ってくる事務所です。連携や進捗管理を作っても、入力の起点が人手のままでは工程が短くなりません。先に着手するのは資料の受け取り方を揃えること。ここが揃わないうちに開発へ進んだ事務所は、作った画面に誰も入力しない状態になります。
反対に、顧問先が50社を超え、担当者3名以上で手続きの取りこぼしが出て、報酬請求を毎月Excelで組み直している事務所は、既製品の枠を上げるだけでは解決しません。この段階で顧問先マスタと進捗・請求の層を作る判断は投資として成立します。境目は顧問先数ではなく、取りこぼしと請求組み直しの2症状が出ているかどうかです。
よくある質問
社労士ソフトの比較と電子申請対応について、事務所から実際に受ける質問を挙げます。
社労士ソフトを比較するときは何から見ればよいですか?
機能表より先に、顧問先数と担当者数の今と3年後の見込みを出してください。社労士向けの製品は顧問先の登録枠と利用者IDで料金が切られるため、この2つで比較の対象になる製品とプランが絞れます。そのうえで、電子申請が公文書の取得まで製品内で完結するか、給与計算を同じ製品で持つか、今のデータをCSVで持ち出して入れられるかの順に確かめます。事業会社向けの労務管理システムは従業員数で課金し、顧問先ごとに権限を分ける前提がないため、事務所側の比較対象には入れません。
電子申請に対応と書いてあれば公文書の受け取りまで自動化されますか?
されない製品があります。対応は、申請データの作成だけ、送信まで、公文書の取得と進捗管理まで、の3段階に分かれます。e-Govの電子申請APIではバージョン2で電子送達機能が対象に入っており、ここに対応していない製品なら公文書はe-Govの画面から手作業で取得する流れが残る。商談では「バージョン2に対応しているか」「公文書取得は製品内で完結するか」を個別に確認してください。
社労士が電子申請をする場合、GビズIDは顧問先も取得する必要がありますか?
必要ありません。日本年金機構の案内では、GビズIDは電子申請を行う社労士が取得し、適用事業所側のGビズIDは不要とされています。ただし社労士がGビズIDを使う際は、アカウントの「会社部署名/部署名」欄に「@」と社会保険労務士登録番号を入力する必要があります。顧問先側で発生するのは「提出代行に関する証明書」の作成と社労士への引き渡し。これを添付すれば事業主の電子署名は不要になります。
顧問先が20社を超えたらプランを上げる以外の選択はありますか?
オフィスステーション Proの場合、ライトの20社枠を超えるとスタンダードへの切り替えが基本になり、顧問先登録枠の追加オプション(月額5,500円/50社)が使えるのは101社以上が必要になった段階からです(2026年9月時点の公式料金ページ)。もう1つの選択は、給与計算を別製品へ出して手続き系だけを枠内に収める方法です。ただし顧問先マスタが二重になるため、異動が多い事務所では二重入力の工数が枠の差額を超えることがある。入退社件数を月あたりで数え、二重入力にかかる時間を金額に換算してから比べてください。
社労士事務所のシステムを個別開発すると費用はどのくらいかかりますか?
領域の切り方で桁が変わります。電子申請まで含めて自前で作る場合、接続試験に合格して本番APIキーを取得する工程と、改正に伴う様式・リファレンス更新への追随を抱えるため保守が重くなり、顧問先100社規模でも回収は困難です。顧問先マスタの拡張・進捗管理・報酬請求の3領域に絞り、電子申請は既製品に任せる構成なら開発規模は限定できます。既製品の年額と、取りこぼしや請求組み直しに費やしている時間を出してから相談してください。
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