障害者差別解消法(正式名称:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)は、行政機関と事業者に対し、障害を理由とする差別をなくすための義務を定めた法律です。2013年6月19日に成立して同月26日に公布され、2016年4月1日に施行されました。2024年4月1日の改正法施行で、それまで努力義務だった事業者の「合理的配慮の提供」が法的義務になっています。この記事では、条文と政府の基本方針をもとに、3つの柱、改正で変わった点、義務違反になる断り方とならない断り方、罰則、相談窓口の実績を整理します。
まとめ:障害者差別解消法の要点(2026年10月時点)
- 成立と施行:平成25年法律第65号として2013年6月26日に公布、2016年4月1日に施行。障害者権利条約を締結する前提となる国内法整備の一つです。
- 3つの柱:不当な差別的取扱いの禁止(義務)、合理的配慮の提供(2024年4月から事業者も義務)、環境の整備(努力義務)。
- 2024年改正:令和3年法律第56号により、事業者の合理的配慮が義務化され、国と地方公共団体の連携協力、相談体制の整備、情報の収集・提供が強化されました。
- 違反したとき:差別行為そのものへの罰則はありません。主務大臣の報告徴収・助言・指導・勧告があり、報告をしない・虚偽の報告をした場合は20万円以下の過料です。
- 対象外の分野:従業員に対する配慮は障害者雇用促進法が扱います。本法の対象は、行政機関等の事務・事業と事業者の事業で、日常生活・社会生活の全般に及びます。
障害者差別解消法の成立時期と制定の背景
法律が作られた直接の理由は、国連の障害者権利条約を日本が締結するためでした。条約は第2条で「合理的配慮の否定」も差別に含めており、締約国にはその禁止を実効化する国内法が求められます。政府の基本方針(2023年3月14日閣議決定)は、本法を「障害者基本法の差別の禁止の基本原則を具体化するもの」と位置づけています。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2006年(平成18年) | 国連で障害者権利条約を採択 |
| 2007年(平成19年) | 日本が条約に署名 |
| 2011年(平成23年) | 障害者基本法改正で「社会的障壁」を定義 |
| 2013年6月19日・26日 | 障害者差別解消法が成立・公布 |
| 2014年1月20日 | 日本が条約を締結(2月19日発効) |
| 2016年4月1日 | 障害者差別解消法を施行 |
| 2021年6月4日 | 改正法(令和3年法律第56号)を公布 |
| 2024年4月1日 | 改正法を施行(事業者の合理的配慮が義務に) |
2024年の改正は、制定時の附則第7条にある見直し規定に基づくものです。同条は施行後3年を経過した時点で、事業者の合理的配慮の在り方を含めて検討を加えるよう政府に求めていました。
3つの柱:差別的取扱いの禁止・合理的配慮・環境の整備
法が求める措置は3つあり、義務の強さが行政機関等と事業者で異なっていました。2024年4月の改正法施行により、表に示す3措置の義務区分は両者で同じになりました。
| 措置 | 条文 | 行政機関等 | 事業者(改正前) | 事業者(2024年4月〜) |
|---|---|---|---|---|
| 不当な差別的取扱いの禁止 | 第7条1項・第8条1項 | 義務 | 義務 | 義務 |
| 合理的配慮の提供 | 第7条2項・第8条2項 | 義務 | 努力義務 | 義務 |
| 環境の整備 | 第5条 | 努力義務 | 努力義務 | 努力義務 |
不当な差別的取扱いと「正当な理由」の判断
不当な差別的取扱いとは、正当な理由なく、障害を理由にサービスの提供を拒否したり、場所や時間帯を制限したり、障害のない人には付けない条件を付けたりすることです。車椅子や補助犬の利用、介助者の付添いを理由にした拒否も含まれます。
正当な理由が認められるのは、客観的に見て正当な目的があり、その目的に照らしてやむを得ない場合に限られます。基本方針が挙げる例を比べると、線の引き方が分かります。
- 該当する例:障害の種類や場面を考えず、漠然とした安全上の問題を理由に施設利用を拒否する。一律に介助者の同伴を利用条件にする。
- 該当しない例:車椅子の利用者が畳敷きの個室を希望したとき、敷物を敷いて畳を保護する(事業者の損害発生の防止)。
障害のある人を優遇する措置や、合理的配慮のために必要な範囲で障害の状況を確認することは、差別的取扱いに当たりません。
合理的配慮の提供と「過重な負担」の5要素
第8条2項は、障害者から社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があり、その実施に伴う負担が過重でないとき、必要かつ合理的な配慮をしなければならないと定めています。意思の表明は口頭に限らず、手話・筆談・身振りや、家族・介助者を通じた伝達も含みます。
負担が過重かどうかは、基本方針が示す次の5要素を個別の事案ごとに総合的に判断します。
- 事務・事業への影響の程度(目的・内容・機能を損なうか)
- 実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)
- 費用・負担の程度
- 事務・事業規模
- 財政・財務状況
過重な負担に当たると判断した場合でも、基本方針は、障害者に丁寧に理由を説明するものとし、理解を得るよう努めることが望ましいとしています。前例がないなどの理由だけで必要な調整や代替措置を検討せずに断ることは、基本方針で義務違反に当たると考えられる例に挙げられています。
環境の整備の位置づけと改正後も続く努力義務
第5条の環境の整備は、不特定多数の障害者を対象とする事前の改善措置です。施設のバリアフリー化、職員研修、情報アクセシビリティの向上がこれに当たり、改正後も努力義務にとどまります。合理的配慮は環境の整備を土台に、特定の個人へ個別に行う措置です。基本方針は、申込書類の代筆方法を店員に研修しておくこと(環境の整備)と、求められたときに本人の意向を確認しながら代筆すること(合理的配慮)を対の例として挙げています。
ウェブサイトのアクセシビリティ対応はこの環境の整備に位置づけられます。どこまでが義務かの線引きはWebアクセシビリティは義務化されたのか?2024年改正法の線引きと企業がやるべきことで扱っています。
2024年4月施行の改正で変わった3点
改正法(令和3年法律第56号)は2021年6月4日に公布され、施行期日を定める政令(令和5年政令第60号)で2024年4月1日の施行が決まりました。変更点は次の3つです。
- 事業者の合理的配慮の義務化:第8条2項の「努めなければならない」が「しなければならない」に改められました。
- 国と地方公共団体の連携協力:第3条2項に、適切な役割分担と相互の連携協力の責務が加わりました。
- 支援措置の強化:相談と紛争解決の体制整備に「人材の育成及び確保」が加わり(第14条)、国だけが担っていた差別事例の情報の収集・整理・提供に、地方公共団体の努力義務が加わりました(第16条2項)。
あわせて基本方針も2023年3月14日に閣議決定で改定され、合理的配慮の義務違反に当たると考えられる例と当たらないと考えられる例が具体的に示されました。各業界の主務大臣が定める「対応指針」も、この基本方針に沿って改定されています。
対象になる「障害者」と「事業者」の範囲
対象となる障害者の定義と手帳の有無
第2条1号の障害者は、身体障害・知的障害・精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害があり、障害と社会的障壁によって継続的に日常生活や社会生活に相当な制限を受ける人です。基本方針は高次脳機能障害と難病等に起因する障害も含むと明記し、該当するかは個別に判断するため「障害者手帳の所持者に限られない」としています。生活上の制限を心身の機能の障害だけに帰さず、社会的障壁との相互作用でとらえる「社会モデル」の考え方です。
個人事業者・NPO・オンライン事業も対象
事業者とは、営利・非営利、個人・法人を問わず、同種の行為を反復継続する意思をもって行う者です。基本方針は、個人事業者、対価を得ない無報酬の事業を行う者、社会福祉法人やNPO法人も対象とし、対面かオンラインかの提供形態も問わないとしています。規模による適用除外はありません。規模の小ささは、過重な負担の判断で「事務・事業規模」「財政・財務状況」として考慮されます。
従業員への配慮は障害者雇用促進法
第13条により、事業主として労働者に行う措置は障害者雇用促進法が扱います。採用や職場での合理的配慮は、同法で2016年4月から事業主の義務になっています。雇用義務の算定は法定雇用率とは?2026年7月2.7%引上げの算定・除外率・報告をシステム目線で解説を参照してください。
義務違反になる断り方・ならない断り方(基本方針の例)
以下の表は基本方針の例示を要約したものです。表中の「違反」「違反しない」は各例の条件を前提とした判断であり、実際の該当性は個別の事情に即して判断します。違反側に共通するのは「前例がない」「マニュアルにない」「特別扱いはできない」といった理由で、代替案を検討せずに断っている点です。
| 場面 | 判断 | 理由・観点 |
|---|---|---|
| 試験でデジタル機器の持込みを求められ、前例がないとして一律に断る | 違反 | 必要な調整を検討していない |
| イベント会場の移動支援を「何かあったら困る」と断る | 違反 | 抽象的な理由のみ |
| 電話のみの手続でメール等の代替を求められ、マニュアルを理由に断る | 違反 | 電話リレー等の代替を未検討 |
| 弱視の人の前方席希望を「特別扱いはできない」と断る | 違反 | 事前の座席確保を未検討 |
| 食事介助を事業の一環として行っていない飲食店が、その提供を断る | 違反しない | 本来の業務に付随しない |
| 抽選販売の限定品を別途確保するよう求められて断る | 違反しない | 同等の機会を超える |
| オンライン配信専業で、対面個別指導の人的体制・設備もない事業者が、その提供を断る | 違反しない | 事業の本質的な変更 |
| 混雑時の付添いは断り、買物リストで商品を準備すると提案 | 違反しない | 過重な負担+代替案 |
最後の例のように、要望どおりには応じられなくても、代わりに提供できる手段を示した対応は、義務違反に当たらないと考えられる例に挙げられています。違反かどうかは、検討と対話の過程と、提供する配慮が必要かつ合理的か・負担が過重かという内容の両面から判断されます。
障害者差別解消法違反に対する罰則と行政措置
不当な差別的取扱いや合理的配慮の不提供に対し、直接の罰則はありません。法が用意しているのは段階的な行政措置です。
- 報告徴収・助言・指導・勧告(第12条):事業を所管する主務大臣は、特に必要があると認めるとき、対応指針に定める事項について事業者に報告を求め、助言・指導・勧告ができます。
- 過料(第26条):第12条の報告をせず、または虚偽の報告をした者は20万円以下の過料に処されます。
本法には損害賠償の規定もありません。主務大臣の権限は、政令により地方公共団体の長等が行う場合もあります(第22条)。罰則がないことを、対応を後回しにする理由にはできません。
国の法律と自治体の条例:東京都は2018年から事業者に義務
本法とは別に、多くの自治体が独自の障害者差別解消条例を定めています。基本方針は、地域の実情に応じた条例は「上乗せ・横出し条例を含む」引き続き効力を有し、新たな制定も制限されないとしています。つまり、事業所のある自治体の条例が国の法律より厳しい場合は、条例の基準も守る必要があります。
代表例が東京都です。「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」は2018年10月1日に施行され、国の法律で事業者の合理的配慮が努力義務だった時期に、都内の事業者には義務として課しました。国の改正より5年半早い義務化です。
都条例にはもう一つ、国の法律にない仕組みがあります。相談で解決しない事案について、所定の手続により調整委員会があっせんを行い、条例の要件を満たす場合には知事が勧告・公表を行える点です。国の法律の勧告には公表の規定がないため、事業者名が公表されうる点で都条例のほうが強い効果を持ちます。複数の都道府県で店舗やサービスを展開する事業者は、国の対応指針に加えて、拠点のある自治体の条例を一度確認しておくべきです。
改正後の運用実態:つなぐ窓口の相談件数と相手方
改正法の施行にあわせ、内閣府は障害者差別に関する国の相談窓口「つなぐ窓口」を設けました。試行事業を経て2025年度から本格実施となり、法令の説明と、自治体や各府省庁の適切な窓口への取次を担っています。
- 電話:0120-262-701(毎日10時〜17時、祝日・年末年始を除く)
- メール:[email protected]
- 2025年9月からは専用サイトの相談フォームと、手話リンク(電話リレーサービス)でも受け付けています。
令和8年版障害者白書によると、つなぐ窓口には2025年度に2,094件の相談が寄せられ、うち206件が本人の意向も踏まえて自治体等へ取り次がれました。改正法を施行した2024年度より件数は減ったものの、月平均で170件を超えています。
| 項目 | 白書の記載 |
|---|---|
| 相談件数(2025年度・速報値) | 2,094件(取次206件) |
| 障害種別で最多 | 精神障害(約2割)、次いで発達障害・肢体不自由 |
| 相手方の業種 | 行政、医療・福祉、教育・学習支援、生活関連サービス・娯楽の順 |
| 自治体のワンストップ相談窓口 | 都道府県で約9割、市町村で約6割が設置(2025年4月) |
| 府省庁の事業分野別窓口 | 164分野中13分野で相談受付(2024年3月1日〜2025年4月30日) |
相手方の業種で最も多いのは、2016年から合理的配慮を義務として負ってきた行政です。ただし、この業種別件数だけでは、行政の窓口運用の遅れや相談件数の増減の原因までは判断できません。事業者側は、申出を受け付ける窓口と、断る場合の説明の手順を先に決めておくのが現実的です。
事業者が最初に確認する対応指針・受付手順・断り方
実務対応の出発点として、まず自社の対応指針、申出の受付・記録、断る場合の説明手順を確認します。
- 自社の業種の対応指針:主務大臣ごとに対応指針があり、業界特有の例が載っています。内閣府の「事業分野相談窓口(対応指針関係)」一覧から自社の所管省庁を確認します。
- 申出の受付経路と記録:意思の表明は店頭・電話・メール・フォームのどこからでも来ます。誰が受け、どう判断し、何を回答したかを残せる手順を決めます。
- 断るときの説明:過重な負担の5要素のどれに当たるかと、代わりに提供できる手段をセットで伝えます。
オンライン手続の利用が難しいとの申出には、負担が過重でない範囲で電話やメールによる代替対応などを検討します。システムの事前改修は、環境の整備として進める取組です。要件への落とし込み方は障害者差別解消法とは?合理的配慮の義務化をWeb・システムの要件に翻訳で解説しています。
よくある質問
障害者差別解消法はいつ成立・施行されましたか?
2013年6月19日に成立し、同月26日に公布、2016年4月1日に施行されました。事業者の合理的配慮を義務化した改正法は2021年6月4日に公布され、2024年4月1日に施行されています。
障害者差別解消法の3つの柱は何ですか?
不当な差別的取扱いの禁止、合理的配慮の提供、環境の整備の3つです。前の2つは行政機関等と事業者の義務、環境の整備は努力義務です。
障害者差別解消法に違反すると罰則はありますか?
差別行為そのものへの罰則はありません。主務大臣が報告を求めたのに報告しなかった場合や虚偽の報告をした場合に、20万円以下の過料が科されます。
障害者手帳を持っていない人も対象ですか?
対象です。障害と社会的障壁によって継続的に生活に相当な制限を受けている人であれば、手帳の有無を問いません。発達障害、高次脳機能障害、難病等に起因する障害も含まれます。
従業員から配慮を求められた場合もこの法律が適用されますか?
適用されません。事業主として労働者に行う措置は、第13条により障害者雇用促進法の定めによります。同法でも合理的配慮の提供は事業主の義務です。