電子カルテアプリとは、タブレットやスマートフォンから電子カルテを閲覧・入力するための仕組みで、訪問診療や在宅医療の現場で院外からカルテを扱うために使われます。ただし中身は一様ではなく、ブラウザでクラウド型電子カルテを開く型、本体製品に付属するアプリの型、院内の画面を仮想デスクトップで映す型の3つに分かれ、できることも安全対策の重さも型ごとに別物です。本記事では、この3つの型の違いと訪問先で要る機能、厚生労働省の安全管理ガイドライン第7.0版が定める端末要件、既存電子カルテとの接続方式を順に整理し、既製アプリで足りる条件と連携アプリを開発する条件まで示します。電子カルテそのものの種類や機能比較は電子カルテの種類と比較軸の解説で扱っています。
まとめ:電子カルテアプリは型の見極めと端末要件・連携範囲の3点で決める
最初に決めるのは製品名ではなく型です。閲覧が中心ならコンパニオンアプリ型、訪問先で記録まで済ませたいならタブレット入力に対応したクラウド型、院内オンプレミスの電子カルテを外から触るなら仮想デスクトップ型が出発点になります。
次に端末要件を見ます。ガイドライン第7.0版システム運用編は、持ち出す端末に起動時の認証と暗号化、不要なアプリを入れない設定、紛失時の遠隔制御を求めています。私物スマホの業務利用は、医療機関が管理できる状態にしない限り許可しないのが原則です。令和9年度以降に電子カルテを新規導入・更改する場合は、アプリのログインに二要素認証も要ります。
最後が連携範囲です。電子カルテと同じベンダーのアプリで閲覧と簡単な入力が足りるなら、開発は不要です。看護師やリハビリ職の入力、複数システムをまたぐ表示、院内独自の訪問記録様式が必要なときに初めて、APIでつなぐ連携アプリの開発を検討します。
電子カルテアプリの定義と、タブレット・スマホから使う3つの提供形態
「電子カルテアプリ」は製品カテゴリの正式名ではありません。検索結果では、iPad対応のクラウド型電子カルテ、本体の契約者向けに配布されるスマホアプリ、在宅診療向けのオプションアプリがまとめてこう呼ばれています。違いは、データがどこにあり、端末に何が残るかです。
| 型 | 端末で動くもの | 向く場面 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| ブラウザで使うクラウド型 | Webブラウザ | 訪問先で記録まで行う | 対応ブラウザと画面の操作性 |
| コンパニオンアプリ型 | ベンダー配布のアプリ | 閲覧と簡単なメモ | 入力できる範囲が狭い |
| 仮想デスクトップ型 | 画面転送のクライアント | 院内オンプレを外から使う | 通信品質と小画面での操作 |
3つは排他ではなく、クラウド型の本体にコンパニオンアプリを足すといった組み合わせもあります。型ごとの中身を見ていきます。
ブラウザで動くクラウド型をiPadで開く型と端末側の前提条件
クラウド型電子カルテの多くはWebブラウザで動くため、ベンダーが動作環境としてiPadとSafariなどを挙げていれば、専用アプリを入れずにタブレットから使えます。院内のPCと同じ画面を開けるので、カルテ記載、処方、病名登録まで訪問先で済ませやすい型です。
注意したいのは、動作環境に載っていても「操作できる」と「診察中に使える」は別だという点です。PC向けの画面をそのまま縮めた製品では、シェーマの描画や長文の入力がタブレットだと遅くなります。導入前のデモでは、訪問1件分の記録を実際に入力して所要時間を測ると判断を誤りません。
本体製品に付属するコンパニオンアプリ型:閲覧中心か入力までか
本体の電子カルテを契約している医療機関向けに、ベンダーがスマホ・タブレット用アプリを配布する型です。たとえばApp Storeの「M3 DigiKar Mobile」は、エムスリーデジカルの契約を前提に、Webの電子カルテで入力した診療履歴・傷病名・プロフィールの閲覧と患者メモの更新ができると説明しています。2026年10月22日に確認した時点で、対応はiPhoneのみ、iOS 17.0以降、バージョンは3.20系でした。
一方、App Storeの「在宅アシスト」は、レセコン一体型電子カルテ「AI・CLINIC」と連携する在宅診療向けのオプションです。訪問予定患者の一覧、過去カルテと検査結果の閲覧に加え、訪問カルテとバイタルの入力、撮影、院外処方せんの印刷まで載っています。同じ「アプリ」でも、閲覧中心か入力までかで用途はまったく違います。
院内サーバの画面を仮想デスクトップで映す型とガイドラインの推奨
院内にサーバを置くオンプレミス型の電子カルテを外から使う場合は、VPNで院内に入り、仮想デスクトップで電子カルテの画面だけを端末に映す構成が基本です。端末に診療データが残らないため、紛失時の被害を抑えられます。
この構成はガイドラインの記述とも一致します。安全管理ガイドライン第7.0版システム運用編の7章遵守事項⑬は、利用者に外部からのアクセスを許可する場合、盗聴・なりすまし防止とアクセス管理を実現したVPN技術で安全性を確保したうえで、仮想デスクトップ等を使う運用要件を設定するよう定めています。弱点は操作性で、PC用の画面をスマホの小さな画面に映すと、入力はほぼ実用になりません。タブレットでの閲覧と短い記載に限るのが現実的です。
訪問診療・在宅医療でアプリに求める機能と院内で使う外来用との違い
外来の電子カルテは、受付から会計までを院内で流すことを前提に作られています。訪問診療では、移動、患家での短い診察、帰院後の請求という流れに合わせた機能が要ります。
訪問先で使う機能:予定患者一覧・バイタル入力・撮影・処方せん印刷
訪問の現場で使用頻度が高い順に並べると、次のようになります。
- 当日の訪問予定患者の一覧と、前回の記録・検査結果の参照
- バイタルと所見の入力、定型文や音声による短い記載
- 褥瘡や創部の撮影と、カルテへの画像の紐付け
- 院外処方せんの出力と、訪問看護ステーションなど他職種への共有
- 訪問経路の確認と、移動時間を含めた実績の記録
実務では上の2つが揃っていれば訪問は回ります。撮影から下は、在宅患者の数や連携する事業所の数で必要度が変わるため、自院の訪問件数と同行する職種を書き出してから製品の機能表と突き合わせてください。
訪問先で通信が切れる場面の扱い:オフライン入力と同期時の確定操作
山間部やマンションの奥まった部屋では、モバイル回線が途切れます。クラウド型でもコンパニオンアプリ型でも、通信が切れたときに入力を一時保存できるか、復帰後にどう同期するかは製品ごとに違い、App Storeの説明文にも書かれていないことが多い項目です。デモの段階でベンダーに直接確認します。
オフライン入力を許すなら、端末に医療情報が残ります。システム運用編7.1は、医療情報が保存されている場合は記録媒体を暗号化し、表示・編集できるアプリの起動にパスワードを設定するよう述べています。同期のときにも注意が必要です。14.3は電子カルテデータの確定について、入力者と確定者の識別・認証、記録の確定、更新履歴の保存を求めています。同期で院内の記録を上書きするのではなく、誰がいつ入力し、誰が確定したかが残る作りかどうかを確認してください。
安全管理ガイドライン第7.0版が求めるタブレット・スマホの端末要件
端末の要件は、厚生労働省が2026年6月に公表した安全管理ガイドライン第7.0版のうち、主にシステム運用編に書かれています。5編それぞれの担当範囲はガイドライン第7.0版の5編の読み方で整理しているので、ここではタブレットとスマホに関わる箇所だけを抜き出します。
持出し端末の7章遵守事項:起動認証・暗号化・不要アプリの排除
訪問診療で使うタブレットは、ガイドライン上「持ち出す情報機器」です。7章の遵守事項は、持出しの手順を運用管理規程に沿って作ること(①)、盗難や置き忘れに備えて暗号化やアクセスパスワードを設定すること(③)、必要最小限のアプリだけを入れて端末の変更権限を持たせないこと(⑥)、端末の所在を台帳で管理し棚卸すること(⑦)を定めています。
2026年9月公表のガイドラインQ&Aも、システム運用編Q14で持出しや外部利用を承認済み端末に限り、起動時の認証から利用終了時のデータ削除まで7項目を挙げています。私用のSNSやゲームが入ったタブレットを訪問に持ち出す運用は、この時点で外れます。
外部アクセスと院内Wi-Fiの要件、紛失時はMDMで遠隔制御
職員が訪問先から院内のシステムにつなぐ場面について、7.2.1は接続できる職員の事前許可と、認証・認可、ネットワーク、端末の3つの技術的対応を挙げています。院内でタブレットを無線LANにつなぐ場合も、13.4がWPA2-EAPやWPA3による暗号化を求めており、MACアドレスによる接続制限はスマホのアドレスのランダム化で効果が限られると注記しています。
紛失への備えとして、7.4は暗号化に加え、モバイル端末についてはMDMを導入して遠隔で制御するといった対策を事前に講じるよう求めています。MDMの仕組みや製品の選び方はMDMの仕組みとEMM・UEMとの違いで解説しています。訪問用の端末が複数台になった時点で、手作業の台帳ではなくMDMで設定と所在をまとめて管理すると漏れが出ません。
私物スマホのBYODは「管理されていない端末なら不可」が原則
医師が自分のiPhoneでカルテを見られれば便利ですが、ガイドラインはBYODを禁止してはいませんが、条件は厳しめです。8章遵守事項⑨は、BYOD端末でも医療機関が管理する機器と同等の対策を講じる手順を作るよう定めています。
8.5が挙げる手段は、管理者以外による端末のOS設定変更を技術または運用で制御すること、OSレベルで業務用の領域を分けて他のアプリから医療情報を遮断すること、規程で設定変更を禁止し管理者が定期的に確認することです。そのうえで、管理されていない端末でのBYODは許可してはならないと明記しています。MDMで業務領域を分けられない私物端末に、電子カルテアプリを入れる運用は採りません。
令和9年度以降の更改では電子カルテアプリのログインに二要素認証
14章遵守事項⑤は、令和9年4月1日時点で稼働していると想定される医療情報システムについて、新規導入や機器の入替えを伴う更改をする際に二要素認証を採用するよう定めています。クライアント端末側は「電子カルテ等のアプリケーションのログイン時」に実装する、と書かれている点がアプリ選びに直結します。
パスワードについても14.1.1に数値があります。二要素認証を使う場合は8桁以上(PINなら4桁以上)、使わない場合は13桁以上で、定期的な変更は不要とされています。訪問先で13桁を毎回打つのは現実的ではありません。これから選ぶアプリは、生体認証や端末証明書と組み合わせた二要素認証に対応しているかを、要件の最初に置いてください。
3省2ガイドラインのうち事業者向けで確かめるベンダー提出書類
3省2ガイドラインのうち、医療機関が守るのは厚生労働省のガイドラインです。アプリやクラウドを提供するベンダー側には、総務省・経済産業省の事業者向けガイドラインがかかります。呼び名と第7.0版の改定点は3省2ガイドラインの改定点の解説にまとめています。
アプリを選ぶ段階では、ベンダーからサービス仕様適合開示書やSLAを受け取り、端末に残るデータの扱い、通信の暗号化、ログの保存期間、障害時の連絡体制が書かれているかを確認します。事業者側が負う義務と提出書類の中身は提供事業者向け安全管理ガイドライン第2.0版の解説で扱っています。
既存電子カルテとモバイルをつなぐ連携方式と、入力データの真正性
アプリを後から足す場合、既存の電子カルテとどこでつながるかが費用と運用を左右します。院内システム全体の連携方式は院内4方式と地域連携の構成で解説しているので、ここではモバイルに絞ります。
同一ベンダーのアプリかAPI連携の自社アプリかで変わる接続点
同じベンダーのコンパニオンアプリなら、接続はベンダーの中で完結し、医療機関は契約と端末管理だけを担います。別の会社が作るアプリを足す場合は、電子カルテ側が外部に開いている接続口の存在が前提です。代表的なのはベンダーが公開するAPIで、提供されていなければCSVなどのファイル出力を定時で取り込む方式に落ちます。
APIで連携する場合、システム運用編14.1.2は、利用するユーザ・アプリ・デバイスの範囲を限ったうえで、責任分界、アクセスポリシー、ログ管理を明確にした認証・認可を実装するよう述べています。アプリから電子カルテへ書き込むのか、読むだけにするのかで、ベンダーとの調整量には大きな違いがあるため、事前の確認が必要です。最初は読み取り専用で始め、書き込みは確定前の下書きに限ると調整が進みやすくなります。
看護師メモや代行入力の扱い:入力者と確定者を分けるアプリの設計
訪問に看護師や医師事務作業補助者が同行すると、アプリで医師以外が入力する場面が出ます。14.3は代行入力について、入力者と確定者の責任関係が明確になるよう識別と認証の方法に留意するよう求めています。
アプリ側では、同行者のIDで入力した内容を「未確定」として保存し、医師が帰院後または訪問先で確定する、という2段階の流れを作ります。1台のタブレットを医師と看護師で共用し、医師のIDでログインしたまま看護師が入力する運用は、誰が書いたかが残らないため避けます。
既製アプリで足りる条件と連携アプリを開発する条件の業務別判断基準
ここまでの要件を踏まえ、既製アプリで済ませる、連携アプリを開発する、開発を見送るの3つを条件で切り分けます。
本体ベンダーのアプリで足りる条件:閲覧中心・単一ベンダー・医師のみ
次の条件がすべて当てはまるなら、本体ベンダーのアプリやタブレット対応のクラウド型で足ります。開発を検討する必要はありません。
- 訪問先で行うのが閲覧と短い記載・処方で、記録の本体は帰院後に書く
- 電子カルテとレセコン、訪問のスケジュール管理が同じベンダーの製品でつながっている
- アプリで入力するのは医師だけで、同行者の記録は紙か別の仕組みで足りている
電子カルテを入れ替える予定が数年内にあるなら、なおさら既製品で待つのが正解です。今の電子カルテ向けに作ったアプリは、更改のときに作り直しになります。
連携アプリ開発に進む条件:多職種入力・複数システム横断・独自様式
開発に進んでよいのは、既製アプリでは埋まらない業務が具体的にある場合です。訪問看護師やリハビリ職がその場で記録を入力し、医師が確定する流れを作りたい。電子カルテと訪問スケジュール、地域の事業所との共有を1画面にまとめたい。自院で決めた訪問記録や褥瘡評価の様式を、そのまま入力画面にしたい。こうした要望が2つ以上あり、電子カルテ側にAPIか定時のデータ出力があれば、連携アプリは費用に見合います。
開発では、端末要件を満たすためのMDM連携、二要素認証、未確定と確定の2段階保存を最初から設計に入れます。後から足すと画面の作り直しになるためです。一創の医療機関向けシステム開発では、既存電子カルテとの接続方式の確認から、ガイドライン第7.0版に沿った端末構成とアプリの開発までを受けています。
開発を見送る場面:外部への接続口が無く、端末管理の担い手もいない
電子カルテ側にAPIもデータ出力も無い場合、連携アプリは作れません。画面の文字を読み取るような無理な連携は、ベンダーの更新のたびに壊れます。この場合は次の更改で、APIを公開している製品を選ぶ方が先です。
端末の管理を担う人がいない場合も見送ります。MDMの設定、台帳の棚卸、紛失時の遠隔ロックを誰も回せない状態でアプリだけを配ると、ガイドラインの7章と8章の遵守事項を満たせません。まず院内か委託先に端末管理の担当を置き、そのうえで型を選んでください。
よくある質問
電子カルテアプリについて、導入を検討する医療機関からよく出る質問に答えます。
iPadだけで電子カルテを運用できますか?
ブラウザで動くクラウド型電子カルテで、ベンダーが動作環境にiPadを挙げていれば、受付から診察記録までiPadで運用することはできます。ただし、レセプトの点検や紹介状の作成のような長い作業は、キーボードのあるPCの方が手早く終わります。院内ではPC、訪問ではiPadという使い分けなら、作業ごとに速い端末を選べるわけです。iPadを訪問に持ち出す場合は、ガイドライン第7.0版システム運用編7章の遵守事項に沿って、起動時の認証、暗号化、MDMによる管理を整えてから使い始めてください。
電子カルテアプリの費用はどれくらいかかりますか?
本体ベンダーのアプリは、本体の月額に含まれるか、オプション料金として上乗せされることが多く、アプリ単体の価格で比べても判断できません。比べるべきは、本体の月額、オプション料、端末代、MDMの利用料、通信費を合わせた総額です。連携アプリを開発する場合は、これに開発費と保守費が加わります。本体の費用の内訳と見積りの組み立て方は電子カルテの導入費用と見積りの組み立て方で整理しています。
サロンや整体向けの電子カルテアプリとは何が違いますか?
美容室やサロン、整体院で「電子カルテアプリ」と呼ばれるものは、施術履歴や顧客の好みを記録する顧客管理アプリです。診療録の法定保存や厚生労働省の安全管理ガイドラインの対象ではありません。顧客管理アプリは真正性や保存の要件を前提に作られていないため、医療機関の診療記録には使わず、医療用の電子カルテと連携する製品から選んでください。検索結果では両者が混ざって表示されるので、比較記事を読むときは対象が医療機関かどうかを先に確かめると迷いません。
患者がスマホで自分のカルテを見るアプリとは違いますか?
用途が異なるアプリです。本記事で扱ったのは医療者が使うアプリで、患者が自分の検査結果や処方を見るアプリの分類はPHR(パーソナルヘルスレコード)です。ガイドライン第7.0版システム運用編でも、職員の外部アクセス(7.2.1)と患者への情報提供(7.2.2)は別の節で、患者向けにはシステムを切り分けたうえでファイアウォールや通信の暗号化を施すよう求めています。患者向けアプリの役割分担と連携方式はPHRと電子カルテ・EHRの役割分担で解説しています。
訪問看護ステーションでも同じアプリを使えますか?
訪問看護ステーションは、医療保険と介護保険の両方で請求し、訪問看護記録書や報告書を作るため、診療所向けの電子カルテアプリとは要る機能が違います。訪問看護の記録と請求に特化した専用システムも製品として出ています。診療所と同じ法人で運営している場合でも、記録と請求は専用システムに任せ、医師の指示書や報告書のやり取りだけを連携させる方が無理がありません。訪問看護側のシステムの要件は訪問看護システムの請求・記録要件で整理しています。
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