派遣・人材

同一労働同一賃金と派遣|労使協定方式の選び方と毎年度改定の実務

基幹業務システムの特性とその価値

派遣の同一労働同一賃金がややこしいのは、守るべき水準が一本に決まっていないからです。派遣元は派遣労働者ごとに派遣先均等・均衡方式か労使協定方式のどちらかを選び、選んだ方式によって見るべき数字も、必要な記録も入れ替わります。しかも労使協定方式を選ぶと、厚生労働省が毎年8月頃に出す局長通達の水準に合わせて、翌年度4月からの賃金を毎年組み直す作業が発生する。この記事では、二つの方式の分かれ目と選択基準、令和8年度適用分で動いた数値、派遣先からの待遇情報の受領と説明義務、そして賃金テーブルと能力給の突合をシステムのどこに持たせるかまでを、派遣元の実務目線で整理します。

まとめ|派遣の同一労働同一賃金は方式選択と毎年度の改定で決まる

結論から述べます。派遣先が複数あり、同じスタッフが期間ごとに違う派遣先へ移る事業モデルなら、労使協定方式を既定路線に置いてください。派遣先均等・均衡方式は、派遣先の通常の労働者と比べて待遇を組み直す方式であるため、派遣先が変わるたびに比較対象労働者の情報を取り直すことになり、取引先が増えるほど事務量が跳ね上がります。

労使協定方式を選んだ場合の年間業務は、局長通達に追随する改定作業です。令和8年度適用分は令和7年8月25日付の職業安定局長通達で示され、令和8年4月1日から令和9年3月31日までに締結する協定に適用されます。時給に含めて支給する場合の一般通勤手当は前年度の73円から79円へ上がり、一般基本給・賞与等に乗じる前払い退職金の割合は5%で据え置きになりました。職種と経験年数区分と就業地域の組み合わせごとに、自社の賃金が下限を割っていないかを毎年検証し直す必要があります。

2026年10月1日には、施行規則と二つの指針、同一労働同一賃金ガイドラインが同時に改正されます。雇入れ時と派遣時の明示事項に、待遇の相違の内容や理由について説明を求められる旨が加わるため、就業条件明示書などの様式に手が入る。紙のひな形だけでなく、帳票を出力しているシステム側のテンプレートも同じタイミングで直してください。

派遣の同一労働同一賃金で待遇決定が二方式に分かれる法律上の理由

派遣労働者は、雇用契約を結ぶ相手である派遣元と、実際に働く場所である派遣先が分かれています。この構造のせいで、誰と比べて公正かという基準が一義に決まりません。法律はそこを二つの方式に分けて解いています。

派遣先均等・均衡方式は比較対象労働者の待遇情報を起点に組み立てる

派遣先均等・均衡方式は労働者派遣法第30条の3に定められた方式です。派遣先の通常の労働者のうち、職務の内容や配置の変更範囲が派遣労働者に最も近い者を比較対象労働者として選び、その待遇との均衡(不合理な相違を設けないこと)または均等(差別的取扱いをしないこと)を確保します。

起点は派遣先から提供される情報です。派遣先が比較対象労働者の職務内容、変更範囲、待遇のそれぞれの内容と性質と目的、待遇決定にあたって考慮した事項を書面等で示し、派遣元がそれを受けて待遇を組み立てる。派遣先が変われば比較対象労働者も変わるため、同じスタッフでも派遣先ごとに待遇の計算をやり直すことになります。

労使協定方式は局長通達の一般賃金水準との突合で下限を確かめる

労使協定方式は法第30条の4に定められた方式で、派遣元が過半数労働組合または過半数代表者と協定を結び、その協定に沿って待遇を決めます。協定に書く事項は同条第1項の各号で決まっており、対象となる派遣労働者の範囲、賃金の決定方法、公正な評価に基づく賃金決定、賃金以外の待遇の決定方法、段階的かつ体系的な教育訓練の実施などが並びます。

賃金についての要件は明快です。同種の業務に従事する一般労働者の平均的な賃金の額と同等以上であること。この一般賃金の額は厚生労働省が毎年度示すため、比較の相手は派遣先ではなく国が公表する統計値になります。派遣先が変わっても協定の水準を維持できる点が、この方式が広く採られている理由です。

方式を問わず派遣先に合わせる教育訓練と給食施設などの福利厚生

どちらの方式を選んでも、派遣先の義務として残る部分があります。業務の遂行に必要な能力を付与するための教育訓練(法第40条第2項)と、給食施設・休憩室・更衣室の利用(同条第3項)です。これらは派遣先の労働者と同等の取扱いが求められ、派遣元の方式選択とは切り離されています。

そのため労使協定方式であっても、派遣先からの情報提供がゼロになるわけではありません。提供される項目がこの2種類に絞られるだけです。項目数が少ないぶん、契約締結前のやり取りが軽くなるという実務上の差が出ます。法全体のなかでの位置づけは労働者派遣法の義務を派遣元と派遣先に分けて整理した解説にまとめました。

どちらの方式を選ぶか|派遣先の数と職種の広がりで決まる判断基準

ここは制度解説ではなく判断の話です。事業のかたちから逆算すると、選ぶべき方式はほぼ機械的に決まります。

労使協定方式を既定路線として採るべき派遣元に共通する三つの条件

次の三つのうち二つ以上に当てはまるなら、労使協定方式を選んでください。第一に、常時取引のある派遣先が3社以上あり、同じスタッフが契約期間ごとに別の派遣先へ移ること。第二に、派遣先どうしで賃金水準に差があり、派遣先に合わせると同じ職務でスタッフの時給が上下すること。第三に、自社に職種別の賃金テーブルと評価制度がすでにあることです。

三つ目が効きます。労使協定方式は公正な評価に基づいて賃金を決めることを協定事項に含むため、評価の仕組みが無いまま方式だけ選ぶと、協定は結べても運用が空洞化する。逆に評価制度があるなら、一般賃金の下限を等級表の下限として組み込むだけで済みます。

方式の選択は派遣先との商談にも影響します。労使協定方式であれば、派遣先へ求める情報は教育訓練と福利厚生施設の2項目に収まるため、契約前のやり取りが定型化できる。均等・均衡方式では派遣先の賃金制度に踏み込んだ情報を求めることになり、営業段階で断られる場面が出てきます。どちらを既定に置くかは、社内の管理コストだけでなく、受注のしやすさを含めて決める判断です。

派遣先均等・均衡方式のほうが現実的になる場面と見送るべき場面

派遣先均等・均衡方式が合うのは、実質的に派遣先が1社に集中している場合です。グループ内派遣や、長年同じ製造ラインへ送り続けている常用先がこれにあたります。派遣先が待遇情報の開示に協力的であること、そして派遣先の水準が一般賃金より明確に高いことの二つが重なるなら、こちらのほうがスタッフの待遇は良くなります。

見送るべきなのは、派遣先が10社を超えているのに均等・均衡方式を選ぼうとする場面です。契約の締結と更新のたびに比較対象労働者の情報を取り直し、待遇を組み直す作業が発生し、派遣先の担当者へ自社の賃金データの開示を毎回依頼することになる。事務量とともに、取引関係そのものに負荷がかかります。

方式を労働者単位で分けられるか|協定対象の範囲をどう線引きするか

分けられます。協定に定めるのは対象となる派遣労働者の範囲であり(法第30条の4第1項第1号)、同じ派遣元のなかに協定対象の労働者と対象外の労働者が混在してかまいません。職種で区切る、事業所で区切る、無期雇用かどうかで区切るといった線引きが実務では取られます。

ただし範囲の定め方は自由ではありません。特定の個人を狙って外すような線引きは説明がつかなくなります。そして混在させるなら、労働者マスタに方式の区分を持たせない限り下限チェックの対象を判定できない。方式を分ける判断は、そのまま後述するデータ設計の要件に跳ね返ります。

毎年度の局長通達に追随する改定実務と令和8年度適用分の変更点

労使協定方式を選ぶと、賃金は一度決めて終わりになりません。比較の相手である一般賃金が毎年度更新されるためです。

一般賃金を構成する三つの要素と基本給部分の計算式の組み立て方

一般賃金は三つの要素の合計で捉えます。それぞれ根拠となる統計と調整の入り方が異なります。

要素 算出の考え方 令和8年度適用の扱い
一般基本給・賞与等 基準値に調整指数を乗じる 令和6年の統計に基づく
一般通勤手当 実費支給か時給換算で比較 時給79円(前年度73円)
一般退職金 前払い・後払い・共済から選択 前払いは5%で据え置き

基本給部分の組み立ては、職種ごとの基準値(勤続0年相当)に、能力・経験調整指数と地域指数を順に乗じる形です。基準値は賃金構造基本統計調査に基づく職種別平均賃金と、職業安定業務統計の求人賃金の二系統から選べます。地域指数は都道府県別またはハローワークの管轄別を選択でき、就業地がどこかで下限が変わる。ここが、単一の賃金テーブルでは足りなくなる原因になります。

令和8年度適用分で引き上げられた数値と据え置かれた数値の整理

令和8年度に適用される水準は、令和7年8月25日付の厚生労働省職業安定局長通達で公表されました。適用範囲は令和8年4月1日から令和9年3月31日までの間に締結される労使協定です。

変わったのは通勤手当です。通勤手当を時給に含めて支給する場合の水準が、令和7年度の73円から79円へ6円引き上げられました。据え置かれたのは前払い退職金で、一般基本給・賞与等に乗じる割合は5%のままです。後払い退職金の比較に令和4年の「中小企業の賃金・退職金事情」を用いていた場合は、令和6年版へ統計が切り替わります。基準値そのものは令和6年の調査結果に基づく数値へ更新されており、職種によって上下の幅が出るため、自社が扱う職種だけを抜き出して差分を見るのが現実的です。ここに挙げた数値は2026年8月時点で公表されている通達に基づくもので、協定作成の際は通達本文と付表を必ず参照してください。

4月1日の適用開始に間に合わせる改定作業の年間スケジュール例

逆算すると動き出す時期が見えます。8月下旬に通達が公表されたら、9月から10月にかけて自社の対象職種について差分を試算する。11月から12月に協定案を作り、1月から2月に労使協議と締結を済ませる。3月に就業条件明示書と給与マスタへ反映し、4月1日から適用する。この流れです。

締結後の期限もあります。労使協定は労働者派遣事業報告書に添付して都道府県労働局へ提出するため、6月30日の提出期限が次に来る。協定の有効期間そのものは2年を超える設定も可能ですが、賃金部分は一般賃金が毎年度改定される以上、年度単位で見直す前提を協定に書き込んでおくほうが運用は安定します。

派遣先からの待遇情報の受領と待遇差の説明義務で残すべき記録管理

待遇決定は賃金額を決めて終わりではありません。決めた根拠を、契約の前後と労働者からの求めに応じて示せる状態にしておく必要があります。

契約締結前の情報提供義務と方式によって変わる提供項目の範囲整理

派遣先は労働者派遣契約を結ぶ前に、派遣元へ待遇に関する情報を提供しなければなりません(法第26条第7項)。提供が無い状態では契約自体を締結できない建て付けです。

提供項目は方式で分かれます。労使協定方式なら、教育訓練と福利厚生施設に関する情報の2項目。派遣先均等・均衡方式なら、比較対象労働者の職務内容、職務内容と配置の変更範囲、待遇のそれぞれの内容と性質と目的、待遇決定にあたって考慮した事項まで踏み込みます。提供内容に変更があったときは遅滞なく再提供が必要で、受け取った書面等は保存対象になる。保存と記載事項の管理は派遣元管理台帳の記載事項と3年保存を扱った解説と同じ運用に乗せると漏れにくくなります。

雇入れ時と派遣時と求めに応じた説明という三場面の使い分け基準

派遣元の説明義務は法第31条の2に定められ、三つの場面に分かれます。雇い入れるとき、労働者派遣をしようとするとき、そして派遣労働者から求めがあったときです。

前の二つは待遇の内容と、不合理な待遇差を解消するために講じる措置の説明。三つ目は性質が違い、比較対象との待遇差の内容とその理由を、求めに応じて個別に説明します。労使協定方式なら一般賃金との比較と公正な評価の内容が説明の軸になる。求めたことを理由に不利益な取扱いをすることは禁じられているため、説明を求めた記録を人事評価と結びつけない運用にしておいてください。

説明の場面で困るのは、口頭で済ませて記録が残っていないときです。誰にいつ何を説明したかを、対象者と日付と説明内容の3点で残してください。労使協定方式なら、その時点の協定で定めていた職種と経験年数区分、適用した地域指数、算出した下限額と実際の支給額を並べた1枚があれば説明は足ります。この1枚を都度手作業で組み立てているうちは、対象者が増えた時点で運用が止まります。

2026年10月1日施行の改正で明示書類へ加わる一行と様式の点検

2026年10月1日には、労働者派遣法施行規則、派遣元指針、派遣先指針、同一労働同一賃金ガイドラインが同時に改正されます。施行規則および関係告示は2026年6月5日に公布されました。

実務への影響は明示書類です。雇入れ時と労働者派遣をしようとするときの明示事項に、待遇の相違の内容や理由等について説明を求めることができる旨が加わります。追加されるのは一行ですが、対象は雇入れ時の明示書面と就業条件明示書の両方に及ぶ。派遣管理システムから帳票を出している場合、テンプレートの改修と、改正前後で出力様式を切り替える適用日の制御が必要になります。

賃金テーブルと能力給の突合をシステムで保持し検証するための設計

ここからは独自の論点です。方式を決めて協定を結んでも、下限を割っていないことを毎月示せなければ運用は続きません。どこに何を持たせるかを決め切ります。

持つべき四つのマスタと適用開始日を主キーに含める時点管理方法

必要なマスタは四つです。年度ごとに版を持つ一般賃金マスタ(職種コード、経験年数区分、地域指数)。改定日ごとに版を持つ自社の賃金テーブル(職種等級、号俸、時給換算値)。派遣労働者マスタ(協定対象かどうかの区分、職種コード、経験年数区分、就業地)。そして通勤手当の支給方法を持つ手当マスタです。

設計上ここだけは譲れません。一般賃金マスタと賃金テーブルは、適用開始日を主キーに含めてください。上書き更新にすると、過去の協定期間について当時の下限を再現できなくなります。労働局の調査で問われるのは今日の値ではなく、その時点で協定に定めていた値と実際の支給額の関係です。履歴を残さない設計は、監査対応の場面で必ず詰まります。

下限割れの検知を走らせる三つのタイミングと見落としが出る箇所

検証は三箇所で走らせます。第一に労使協定の締結と改定時の全件バッチ。第二に個別の派遣契約を締結・更新する時点で、就業地が変われば地域指数が動き、職務が変われば職種コードが動くためです。第三が毎月の給与計算を確定する前のチェックになります。

抜けやすいのは三つ目です。協定を結んだ時点で下限を満たしていても、月給制や日給制で欠勤や休業が入った月は、時給換算した実支給額が下限を割ることがある。通勤手当を時給に含める方式を採っているなら、その分を差し引いた基本給部分で判定できているかも確認が要ります。時給換算の元になる就業実績をどう集めるかは派遣の勤怠管理と請求連携を扱った解説で整理しました。

表計算で足りる規模とシステムへ切り替える三つの分岐判断条件整理

すべてをシステムに載せる必要はありません。スタッフが50人以下、扱う職種が5種類以下、就業地が同一都道府県に収まっているなら、表計算でも十分に回ります。判定の組み合わせが数十件に留まるためです。

切り替えの条件は三つ。職種が10種類を超えたとき、就業地が複数の都道府県にまたがったとき、協定対象と対象外が混在し始めたときです。このいずれかに当たると、地域指数と経験年数区分と協定対象区分という、汎用の給与計算ソフトが持たない情報を管理する必要が出てきます。担い手を派遣管理システム側に置くか、既存の基幹システムへ機能を足すかは、給与と請求の連携をどこまで作り込んでいるかで決まる。派遣管理システムの機能範囲と製品分類の解説で自社に必要な型を確かめたうえで、既存基幹に載せる判断になった場合は基幹システム開発のように業務要件から設計する開発体制と、ここで挙げた要件を突き合わせてください。

よくある質問

労使協定方式なら派遣先が変わっても時給は下がりませんか?

協定で定めた賃金決定方法に従うため、派遣先の賃金水準が理由で下がることはありません。ただし地域指数は就業地に連動します。指数の低い地域へ就業地が移れば協定上の下限そのものが下がるため、自社の賃金テーブルを地域別に持っている場合は支給額も変動対象です。職種が変われば基準値も変わります。

労使協定は労働局へ提出する必要がありますか?

提出が必要です。労働者派遣事業報告書に添付して都道府県労働局へ提出します。事業報告書の提出期限は毎年6月30日であるため、4月適用の協定はその年の6月に提出する流れになる。あわせて協定内容を派遣労働者へ周知する義務があり、書面の交付や電子メールの送信、事業所への掲示といった方法で行います。

賃金が一般賃金の額を下回っていた場合はどうなりますか?

労使協定方式の要件を満たさないことになり、その期間については派遣先均等・均衡方式が適用される扱いになります。派遣先の通常の労働者との均等・均衡が問われる状態へ戻るということです。実務上は労働局の指導と是正、不足分の遡及支給という対応になる。年度の途中で気づいても遡って直せるよう、月次で判定しておくほうが傷は浅く済みます。

通勤手当を時給に含めて支給してもよいですか?

認められています。その場合は一般通勤手当の水準(令和8年度適用分は時給79円)と同等以上を含んでいることが条件になります。時給に含める方式を採るなら、賃金の内訳として基本給部分と通勤手当部分を区分して管理してください。区分せずに合算した時給だけを保持していると、基本給部分が一般基本給・賞与等の水準を満たしているかを検証できなくなります。

派遣先均等・均衡方式と労使協定方式は途中で切り替えられますか?

切り替えは可能です。労使協定方式へ移るには新たに労使協定を締結し、対象となる派遣労働者の範囲に含める必要があります。労使協定方式から外れる場合は、協定の有効期間との関係を整理したうえで、派遣先へ待遇情報の提供を依頼し直すことになる。いずれの向きでも、就業条件明示書の記載と派遣契約の内容に反映が要ります。有効期間の途中で個別に出入りさせる運用は説明が難しくなるため、期間の区切りに合わせて動かしてください。

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