プレゼンティーズムとは何か?定義と背景の徹底解説

目次
- 1 プレゼンティーズムとは何か?定義と背景の徹底解説
- 2 プレゼンティーズム発生の原因:社員の健康上・職場上の要因
- 3 アブセンティーズムとの違い:病欠との相違点・関連性と生産性への影響
- 4 プレゼンティーズムによる損失:経済的損害と生産性低下の実態
- 5 健康経営とプレゼンティーズムの関係性:健康投資の効果と経営戦略上の重要性
- 6 プレゼンティーズムが労働生産性に与える影響:低下のメカニズムと損失規模
- 7 プレゼンティーズムの測定方法・評価手法:数値で可視化する指標と効果的な活用法
- 8 プレゼンティーズムの対策・改善方法:職場環境の整備と従業員支援
- 9 プレゼンティーズムの具体例・症状:社員の不調サインと見逃しがちな兆候
- 10 企業におけるプレゼンティーズムの影響と課題:組織全体へのリスクと経営視点からの必要性
プレゼンティーズムとは何か?定義と背景の徹底解説
プレゼンティーズム(presenteeism)とは、本来は休むべき体調不良やメンタル不調の状態にもかかわらず出勤し、業務を行っている状態を指します。いわゆる「疾病就業(working while sick)」とも呼ばれ、職場にはいるものの健康上の問題で集中力や判断力が低下し、生産性が著しく落ちている状況です。この状態では無理をして働き続けることで業務のスピードや正確さが低下し、場合によっては症状の悪化や周囲への感染リスクも招きかねません。つまり、プレゼンティーズムは従業員本人だけでなく周囲や企業全体にも悪影響を及ぼしうる深刻な問題なのです。
プレゼンティーズムという概念が注目され始めた背景には、海外の研究で健康不調による生産性損失コストの大半が「出勤しているのに十分働けない状態」=プレゼンティーズムによるものであると報告されたことがあります。2000年にスウェーデンのAronssonらが、「休むべき病気や不調があるにもかかわらず職場に出ている」現象をSickness Presenteeismとして概念化して以来、この問題が学術的にも取り上げられるようになりました。日本においても産業医科大学の永田智久准教授らの大規模調査(対象12,350名)で、健康に関連する総コスト損失のうち実に64%がプレゼンティーズムによる損失だったと報告されています。これは欠勤などのアブセンティーズム(約11%)や医療費・薬剤費等の合計よりもはるかに大きい割合です。こうした研究結果を受けて、企業の生産性低下を招く要因としてプレゼンティーズムが大きな注目を集めるようになりました。
プレゼンティーズム発生の原因:社員の健康上・職場上の要因
プレゼンティーズムは従業員個人の健康上の問題と職場環境や文化の問題とが複雑に絡み合って発生します。大きく分けると以下のような要因が考えられます。
健康上の要因(心身の不調)
従業員が抱える病気や症状そのものがプレゼンティーズムの直接の原因となります。特にメンタルヘルス不調(不安障害や不眠、うつ状態など)は生産性に最も深刻なマイナス影響を及ぼす代表的要因です。このほか、心臓疾患(不整脈や狭心症などによる胸部不調)は集中力やモチベーションを低下させる傾向があり注意が必要です。女性の場合は月経不順やPMS(月経前症候群)などホルモンバランスに起因する体調不良も見逃せません。さらに、片頭痛や慢性的な頭痛、腰痛・肩こり・首の痛みといった慢性疼痛、胃腸の不調、喘息やアレルギー性鼻炎(花粉症等)、頻繁にぶり返す風邪など、日常的によくある症状が実は業務効率を著しく下げることが調査で分かっています。ある調査ではこれらの症状を抱えると通常時の約30%ものパフォーマンス低下(生産性が70%程度に落ちる)が生じうることが報告されています。このように社員の抱えるさまざまな健康問題そのものが、出勤後のパフォーマンス低下を招く大きな原因となります。
職場上の要因(職場環境・組織文化)
日本の職場風土として昔から指摘されるのが、「効率より個人の頑張りや根性が評価されがち」という価値観です。強い責任感を持つ人ほど「自分が休んでは仕事が回らない」と考え、多少具合が悪くても無理に出勤してしまう傾向があります。実際、日本では「多少の風邪なら休まないのが当たり前」「熱が38度近くならないと休めない」という空気が根強く、社員が有給休暇や病休を取りづらい職場文化がプレゼンティーズムを増やす一因となっています。
職場環境の具体的な要因としては、まず長時間労働の常態化が挙げられます。慢性的な残業続きでは十分な休息が取れず、疲労や体調不良を抱えたまま出勤せざるを得ない状況に陥ります。疲労の蓄積は集中力の低下やミスの誘発につながり、結果的に生産性も下がってしまいます。次に、休暇を取得しづらい企業風土も大きな問題です。有給休暇を取りにくい雰囲気や、休むことへの罪悪感が蔓延していると、体調が悪くても無理に出社してしまう社員が増えます。十分に休めないままでは心身の疲弊が蓄積し、パフォーマンス低下を招く悪循環に陥ります。
さらに、成果至上主義の評価制度もプレゼンティーズムを助長し得ます。結果だけを極端に重視するあまり「病気で休めば評価が下がる」と社員に思わせてしまうと、無理を押して出勤し健康を損なうケースが少なくありません。職場の人間関係の悪化も要因の一つです。上司や同僚に相談できない孤独な職場、あるいは顧客や上司からの過度なプレッシャーは大きな精神的ストレスとなり、心身の不調を引き起こす可能性があります。誰にも頼れず問題を抱え込むうちに状況が悪化し、休むに休めず出勤し続けるといった事態にもなりかねません。
この他、ハラスメント(パワハラ・セクハラなど)による精神的苦痛も重大な原因です。ハラスメント被害を受けると出社そのものに強い抵抗感や不安を覚え、心身に不調をきたしていても休めずに出勤を続けてしまうことがあります。また、突発的な業務量の増大やリストラなどの外的要因、さらには従業員本人の性格・特性(真面目すぎる、責任感が強すぎる、人に頼るのが苦手等)もプレゼンティーズム発生の一因となりえます。例えば「自分が休んだら職場に迷惑がかかる」と考えるあまり無理をして出勤する、いわゆる責任感の強い人・完璧主義な人ほどこの状態に陥りやすいと指摘されています。
以上のように、プレゼンティーズムの裏には社員の健康問題(身体疾患・メンタル不調)と職場の制度・文化(長時間労働、休みづらさ、人間関係、評価制度等)の双方が存在し、それらが絡み合って社員を「休めない・休まない」状態に追い込んでいることが分かります。
アブセンティーズムとの違い:病欠との相違点・関連性と生産性への影響
プレゼンティーズムとよく比較される概念にアブセンティーズム(absenteeism)があります。アブセンティーズムとは、従業員が病気や怪我、メンタル不調などによって職場を欠勤・休職している状態を指します。単なる病欠だけでなく、体調不良による遅刻や早退も含めて「何らかの健康上の理由で勤務に就いていないこと」を広く指す言葉です。
両者の最大の違いは「出勤しているか否か」という点にあります。プレゼンティーズムでは社員は出勤していますが、本調子でないためパフォーマンスが低下しています。一方、アブセンティーズムでは社員は物理的に職場におらず、その日(または期間)の労働力が失われています。見た目の違いとして、アブセンティーズムは欠勤という形で誰の目にも明らかですが、プレゼンティーズムは一見働いているように見えるため表面化しにくいという特徴があります。社員本人が体調不良を訴えない限り周囲も気付きにくく、業務上多少の遅れやミスが起きていても原因が健康問題だとは見過ごされがちです。この「不可視性」の違いが、プレゼンティーズム対策の遅れにもつながっています。
しかし、プレゼンティーズムとアブセンティーズムはいずれも企業にとって生産性低下を招く要因であり、密接に関連した現象でもあります。多くの場合、体調不良の初期段階ではまずプレゼンティーズムが発生し、それを押して働き続けた結果、遂に出社もできない状態(アブセンティーズム)に陥ると考えられます。実際の例でも、例えば腹痛に耐えて出勤し集中力を欠いた状態で働き続けた社員が、遂には症状悪化でトイレから出られなくなり欠勤に至る…といったケースがあります。このようにプレゼンティーズムは放置すると最終的にアブセンティーズムや離職につながる恐れすらあるのです。
生産性への影響という点では、どちらも企業に損失をもたらします。欠勤者が出ればその人手不足を埋めるため他の社員に負担がかかったり、業務の遅延・停滞が発生します。一方、プレゼンティーズムでは人員は揃っていても各人のパフォーマンス低下によりチーム全体の生産性がじわじわと落ち込む可能性があります。さらに、プレゼンティーズムの場合は周囲への感染リスク(例えば風邪やインフルエンザを無理して出勤すると同僚にうつす危険がある)や、無理がたたって本人の健康がさらに悪化するリスクも抱えています。こうした間接的影響も含め、プレゼンティーズムは企業にとって見過ごせない問題です。
注目すべきは、その経済的損失規模です。一般に欠勤(アブセンティーズム)は企業業績に悪影響を及ぼすことが昔から認識され対策も取られてきましたが、近年の研究では「見えない生産性損失」であるプレゼンティーズムの方がはるかにコストが大きいことがわかっています。例えば前述の日本の調査では、健康関連損失コストに占める割合がプレゼンティーズム約64%に対しアブセンティーズムは11%にすぎませんでした。厚生労働省のガイドラインでも、プレゼンティーズムの損失は全体の約78%と推計されており、欠勤(4%)や医療費(16%)を圧倒的に上回ると報告されています。つまり、企業にとっては欠勤以上に「出てはいるが本調子で働けていない社員」の存在が、生産性ロスの主要因になっている可能性が高いのです。
プレゼンティーズムによる損失:経済的損害と生産性低下の実態
前述のとおり、プレゼンティーズムは企業に対し目に見えにくい形で莫大な経済的損失をもたらします。その実態をデータで確認してみましょう。産業医科大学の調査では、健康に起因する総コスト損失のうちプレゼンティーズムが約64%を占め、欠勤(アブセンティーズム)の11%を大きく上回りました。厚労省の試算でもプレゼンティーズムが約78%と推計されており、いずれのデータから見ても生産性損失の過半をプレゼンティーズムが占めていることが明らかです。
さらに具体的な金額換算の例として、前述の調査に基づく1人当たり年間損失額の試算があります。それによれば、社員一人が1年間で失う労働生産性を金額に直すと、プレゼンティーズムによる損失は約3,055米ドル(日本円で40万7千円程度)にも上ります。これは欠勤による損失(約520米ドル=約7万円)のおよそ6倍に当たります。つまり社員が病気で完全に休むことによる損失より、出社はしているものの体調不良でパフォーマンスが落ちていることによる損失の方が何倍も大きいのです。
この差が生まれる理由の一つは、プレゼンティーズムの方が発生頻度が高いからです。欠勤は病気が重篤になった場合に限られますが、軽い不調で働いてしまうケースは日常的に誰にでも起こりえます。「多少熱っぽいが頑張って出社」「寝不足だけど出勤」など、多くの社員が多少無理をしながら働くことで生じる日々の生産性の微減の積み重ねが、実は巨額の機会損失となって企業業績を蝕んでいるのです。加えて、プレゼンティーズム状態の社員はミスを犯しやすかったり業務処理が遅れたりするため、業務品質の低下ややり直しコスト増にもつながります。これらも含めたトータルの損失は企業経営に無視できない規模となります。
要するに、プレゼンティーズムによる生産性低下は企業にとって隠れた経済的ダメージであり、その規模はきちんと測定すると非常に大きいという実態があります。企業はこの損失を「見えないから仕方ない」と放置せず、明確に認識して対策を講じる必要があります。
健康経営とプレゼンティーズムの関係性:健康投資の効果と経営戦略上の重要性
近年、多くの日本企業が「健康経営」の重要性を掲げるようになっています。健康経営とは、従業員の健康管理を経営的視点で捉え、戦略的に実践する経営手法のことです。具体的には、企業が従業員の健康増進に投資を行うことで従業員の活力や生産性を高め、ひいては組織の活性化・業績向上・企業価値向上につなげようという考え方です。従業員の健康への支出を単なるコストではなく将来の利益への投資と見なし、労働生産性向上によってその投資回収を図る経営戦略とも言えます。
この健康経営において、プレゼンティーズムは職場で取り組むべき重要課題の一つと位置づけられています。従業員の健康保持・増進策を講じても、実際に業務パフォーマンスが向上したかどうかを評価しなければ経営的な成果につながりません。その指標として注目されているのがプレゼンティーズム(およびアブセンティーズム、ワークエンゲージメント)といった業務パフォーマンス指標です。健康経営に取り組む企業では、定期健康診断や保健指導などの健康施策を実施するだけでなく、それによって従業員のプレゼンティーズムがどれだけ改善したか(生産性損失がどれだけ減ったか)をきちんと測定・分析することが求められています。
例えばある企業では、健康経営の成果を見える化するために従業員のプレゼンティーズムを定期的に測定し、全社の平均値を経年追跡したり、他社ベenchマークと比較したりしています。プレゼンティーズムの改善が確認できれば、それは健康投資の効果(ROI)を示す指標となり、経営層にも説得力のある報告ができます。逆に改善が見られなければ、どの部署・どの健康課題で躓いているのかを分析し、次の施策に反映させるといったPDCAサイクルを回すことも可能です。
また従業員の健康増進=企業の業績向上という健康経営の考え方自体が、慢性的な人手不足・労働人口減少が進む日本社会においてますます重要になっています。限られた人材で高い生産性を発揮し続けるには、一人ひとりが健康でベストパフォーマンスを出せる状態を維持することが不可欠です。プレゼンティーズム対策をしっかり行い従業員が健康で活力ある職場を実現することは、企業の中長期的な競争力に直結する経営戦略上の重要課題と言えるでしょう。
要約すると、健康経営の文脈ではプレゼンティーズムは健康投資の成果を測る指標であり、同時に改善すべき経営課題でもあります。従業員の健康を守りプレゼンティーズムを減らす取り組みは、結果的に生産性向上や医療費削減を通じて企業にも大きなリターンをもたらすため、経営戦略上きわめて重要なのです。
プレゼンティーズムが労働生産性に与える影響:低下のメカニズムと損失規模
プレゼンティーズムによる労働生産性の低下は具体的にどのように起こるのでしょうか。そのメカニズムを見てみます。
まず、体調不良や痛み・疲労を抱えたまま働くと、集中力や判断力といった認知機能が平常時より低下してしまいます。例えば頭痛や発熱があるときは思考がぼんやりしてミスをしやすくなりますし、強い疲労感があるときは作業スピードが落ちます。またメンタル不調の場合、意欲の低下や注意力散漫といった症状が出て、生産性が大きく低下します。このように健康なときと比べて発揮できるパフォーマンスが著しく落ちるため、同じ業務量をこなすのに余計に時間がかかったり、クオリティが下がったりします。
さらに、無理をして働くことでエラーやミスが増えるリスクもあります。例えば注意力が落ちて確認漏れが発生すれば、後で手戻り作業が発生し効率が下がります。また不調を抱えた社員をカバーするために周囲の社員の手が取られれば、チーム全体の生産性にも影響します。こうした見えにくいロスの積み重ねが、組織全体で見ると大きな生産性低下につながります。
定量的なデータでも、プレゼンティーズムが生産性に与える影響は明らかです。前述のように、ある調査では頭痛や胃腸の不調、アレルギー症状など比較的ありふれた健康問題であっても、それにより通常時の30%前後の生産性が失われる(パフォーマンスがおよそ7割程度に低下する)ことが示されています。特にメンタル面の不調は影響が大きく、不安感・睡眠不足・ストレス過多などによるパフォーマンス低下は他の要因より深刻だと報告されています。つまり、ごく軽度の体調不良であっても多くの社員がそれぞれに数%~数十%の生産性ロスを抱えながら働いている可能性があり、その合計が企業全体では甚大な損失になり得るということです。
また、生産性が低下した状態で無理に働き続けると、納期遅延や品質低下など目に見える問題につながる場合もあります。例えば本調子でないために作業効率が落ち締め切りギリギリになってしまったり、判断ミスで不良品やミスコミュニケーションが発生したりすることがあります。その結果、追加の残業対応や顧客対応が発生するなど、二次的な労力・コストも生み出してしまいます。
このようにプレゼンティーズムは、個々人の生産性低下の集合として企業の労働生産性全体を押し下げるメカニズムを持っています。企業規模で見ると、プレゼンティーズムによる見えない損失は非常に大きく、前述の通り欠勤など表面化する損失よりもはるかに多くの生産性を奪っていることがデータから伺えます。したがって、労働生産性を向上させ持続的な成長を実現するためには、プレゼンティーズムを軽視せずその低減・予防に努める必要があるのです。
プレゼンティーズムの測定方法・評価手法:数値で可視化する指標と効果的な活用法
プレゼンティーズムは目に見えにくい問題ではありますが、適切な手法を用いて数値として測定・可視化することが可能です。企業が自社のプレゼンティーズムの実態を把握し改善策に役立てるため、いくつかの指標や評価手法が開発されています。
代表的な測定手法としては以下のようなものがあります:
WHO-HPQ(World Health Organization Health and Work Performance Questionnaire)
世界保健機関とハーバード大学が開発した労働生産性に関する国際的な調査票です。日本語版も提供されており、日本の健康経営分野の資料でも頻繁に登場するなど国内外で広く利用されています。質問票により従業員の自己申告ベースで「過去4週間の実際のパフォーマンスが理想的なパフォーマンスに比べてどの程度だったか」などを測定し、プレゼンティーズムによる生産性損失を定量化します。WHO-HPQは特定の病気に依存しない包括的な尺度であり、全体的な生産性低下を把握するのに有効ですが、逆に言えばどの健康問題が原因でパフォーマンスを落としているかまでは特定できないため、健康課題の絞り込みには別途検討が必要です。
SPQ(Single-item Presenteeism Question:東大1項目版)
東京大学の研究グループが開発したたった1つの質問でプレゼンティーズムを測定できる尺度です。WHO-HPQのような詳細な質問群は精度が高い反面やや難解で回答負担もありますが、SPQは「あなたの現在のパフォーマンスは全力時の何%程度ですか?」といったシンプルな設問に答えてもらうだけで生産性低下を数値化します。この回答値から「100%-回答%」をプレゼンティーズム(損失率)とみなします。例えば社員が「自分は今、全力の70%くらいのパフォーマンスしか発揮できていない」と自己評価した場合、その人のプレゼンティーズムは30%と推計されるわけです。SPQはシンプルゆえ回答者が直感的に自己の働きぶりを振り返りやすい利点があり、結果も単一の数値でわかりやすいため、日本の企業でも導入が増えています。
WLQ(Work Limitations Questionnaire)
米国で開発された質問票で、仕事上の制限を感じている度合いを複数の領域(時間管理、身体的要求、対人関係、仕事の成果など)について評価します。日本語版のWLQ-Jも提供されており、細かな領域ごとのプレゼンティーズム要因を可視化できる点が特徴です。ただし商用利用にはライセンス費用がかかるため導入ハードルがやや高い側面があります。
その他の指標
この他にも、国内で開発されたW-FunやQQ-methodといったプレゼンティーズム評価ツールがあります。また最近では、年1回実施が義務付けられているストレスチェック(職場のメンタルヘルスに関する調査)の中にプレゼンティーズムに関する設問を組み込み、一緒に測定してしまう手法も活用されています。実際、従業員のストレスチェック結果とプレゼンティーズムの自己評価スコアを同時に分析することで、ストレス要因と生産性低下の関連を明らかにし職場改善につなげる試みが行われています。
測定結果の効果的な活用法としては、まずプレゼンティーズムのスコアを定期的にトラッキングし組織全体の傾向を監視することが重要です。部署ごと・時期ごとの数値を比較すれば、どの部門でいつ生産性低下が深刻化しているかを把握できます。また、プレゼンティーズムのデータと健康診断データや生活習慣データ(例:睡眠時間、BMI、運動習慣など)を突き合わせて相関分析を行うことで、どういった要素が生産性低下に結びついているかを探ることも可能です。例えば「BMIの高い人ほどプレゼンティーズム損失が大きい」と分かれば、肥満対策に注力するといった優先順位づけができます。このようにデータに基づき課題を特定し目標設定を行って施策を打ち、再度測定して効果検証をするというデータサイクル(PDCA)を回すことで、プレゼンティーズム改善の取組効果を高めることができます。
プレゼンティーズムの対策・改善方法:職場環境の整備と従業員支援
プレゼンティーズムを防ぎ改善するには、企業(職場)側の取り組みと従業員本人の取り組みの双方が協力して行われることが重要です。組織として働きかけるべき施策と、従業員一人ひとりが心がける対策をそれぞれ見ていきましょう。
〈企業側の対策〉:企業・職場の環境や制度を整備することで、社員が無理をせず安心して休めたり健康に働ける土壌を作る必要があります。主な施策は次のとおりです。
長時間労働の是正・労働時間管理の徹底
慢性的な残業や過重労働を防ぐため、労働時間の上限規制を周知徹底し管理職にも遵守させます。客観的な勤務時間管理システムを導入し、残業時間を定期的にモニタリングするなどして、社員が適切に休める状況を作ります。過度の残業は法律面だけでなく生産性面からも望ましくないため、経営層から率先して是正に取り組みましょう。
休暇取得の奨励と計画的付与
社員が有給休暇を取りやすい職場雰囲気を醸成し、遠慮なく休める環境を整えます。具体的には、年間休暇取得日数の目標設定や計画年休制度の導入などにより休暇取得率向上を図ります。上司が積極的に休暇を取得して模範を示すことや、一定期間休んでいない社員に人事部門から声掛けする仕組みも有効です。社員が「休んでもいい」「休むのは悪いことではない」と思える職場文化を築くことが肝心です。
評価制度の見直し
「病気で休むと評価が下がる」「長時間労働する人が評価される」といった風潮がないか、人事評価制度を点検します。成果だけでなく過程や健康面の取り組みも評価に織り込むなど、無理をして働くことを助長しない仕組みに改めます。例えば疾病や傷病で一定期間パフォーマンスが落ちても不利益にならない運用(エンゲージメントやチーム貢献度も含めた総合評価)にするなど、社員が安心して必要な休養を取れるよう配慮します。
メンタルヘルス対策の充実
心の不調は大きなプレゼンティーズム要因となるため、企業として社員のメンタルヘルスを支援する体制を強化します。具体的には、厚労省推奨のストレスチェックを年1回実施するだけでなく、その結果を分析して職場環境の問題点を改善したり、高ストレス者に早期に面談フォローを行ったりします。産業医やEAP(外部のカウンセリングサービス)と連携し、いつでも相談・ケアできる仕組みを整備することも有効です。心の健康を守る取り組みは、結果的にプレゼンティーズムの予防・改善につながります。
相談しやすい職場づくり
体調が悪い時や業務上の悩みを気軽に相談できる風土や制度を整えることも重要です。具体的には、人事部や産業医への健康相談窓口を設置したり、ハラスメント通報制度を整備したりします。また日頃から上司や同僚同士で「困ったときはお互い様」の意識を持ち、助け合えるチームワークを醸成します。周囲に相談できる環境があるだけで、社員の抱えるストレスや不調は軽減され、結果としてプレゼンティーズムの発生を抑える効果が期待できます。
以上のような企業側の施策に加え、従業員自身の健康管理意識と行動も重要です。次に従業員側で心がける対策を示します。
〈従業員側の対策〉:社員一人ひとりが自らの健康に責任を持ち、無理をしすぎないようセルフケアを徹底することがプレゼンティーズム予防には欠かせません。ポイントは以下のとおりです。
自身の体調管理
日頃から自分の体調変化に目を向け、異変を感じたら早めに対処する習慣を持ちましょう。規則正しい生活(バランスの良い食事、十分な睡眠、適度な運動)を心がけ、少しでも不調の兆候があれば放置せず休息や医療機関受診を検討します。「気のせい」「まだ大丈夫」と無理を重ねないことが大切です。
適切な休息・休暇取得
心身の疲労を感じたら遠慮なく休みを取りリフレッシュしましょう。特に睡眠不足が続いたり強いストレスを感じたりしている場合は、勇気を持って有給休暇を取得することも必要です。計画的に休暇を取得してオンとオフにメリハリをつければ、休んだ分仕事の効率が上がると前向きに捉えましょう。「忙しくて休めない」と思い詰めず、休むことで結果的に生産性が向上し周囲にも貢献できると考えることが重要です。
上司や同僚への相談
業務上の悩みや体調不良は、決して一人で抱え込まず信頼できる上司・同僚に早めに相談しましょう。周囲に状況を共有することで業務調整やサポートが受けられるかもしれませんし、アドバイスから問題解決の糸口が見つかる可能性もあります。「こんなこと相談したら迷惑かも」などと遠慮せず、職場全体で助け合うことが結果的に皆のパフォーマンスを高めます。企業側も定期的な1on1面談やメンター制度など相談しやすい仕組みを用意している場合がありますから積極的に活用しましょう。
専門機関への相談・受診
社内で言いにくい悩みや深刻な不調については、ためらわず社外の専門機関を頼ることも大切です。会社が契約しているEAP(従業員支援プログラム)やカウンセリングサービス、あるいは産業医・かかりつけ医などに相談し、客観的な助言を得ましょう。特にメンタル不調や慢性疾患は専門的な治療・アドバイスで改善するケースも多いため、「まだ我慢できる」と市販薬に頼り続けるのではなく適切な医療につなげることが大切です。
以上、企業と従業員双方の対策を総合的に実践していくことで、プレゼンティーズムの予防・改善につながります。組織としては定期的なストレスチェック等も活用しながら社員の不調の兆候を見逃さず早期介入し、欠勤や離職といった望まない結果を招く前に手を打つことが求められます。働きやすく生産性の高い職場を育むために、会社と社員が一体となってプレゼンティーズム対策に取り組んでいきましょう。
プレゼンティーズムの具体例・症状:社員の不調サインと見逃しがちな兆候
プレゼンティーズムに陥っている状態は、身近なところでは次のような具体例として表れます。
高熱や重い身体症状があるのに出勤
本来なら病欠すべき38℃近い熱やインフルエンザ様の症状、あるいは怪我による激しい痛みがあるにもかかわらず出勤して仕事を続けているケースです。周囲から見ても明らかに辛そうですが、本人は「休めない」と出社しています。無理を押して働くため生産性は大きく低下し、さらに周囲への感染リスクも高まります。
深刻なメンタル不調を抱えているのに出勤
強い不安感や抑うつ状態、不眠による極度の睡眠不足など精神的な不調を抱えつつ、会社を休めず出勤しているケースです。例えば「昨夜ほとんど眠れておらず頭がぼーっとしている」「激しい不安発作に襲われている」といった状態でも、本人が黙っていれば周囲には分からないためそのまま仕事をしてしまうことがあります。こうした場合も注意力・判断力が著しく低下し、ミスや事故の危険性が高まります。
慢性的な疲労・ストレスを抱えているのに出勤
過重労働や人間関係のストレスで心身ともにクタクタになっているのに、それでも「休めない」と出勤を続けているケースです。例えば残業続きで疲労が蓄積しヘトヘトなのにプロジェクトの締め切りが迫っていて休めない、あるいは職場の対人ストレスで胃が痛い毎日だが人手不足で休めない、といった状況です。本調子でないため作業が遅れがちになり、ミスを恐れるあまり余計に確認作業に時間がかかり…という悪循環でさらに残業が増えるなど、泥沼化することもあります。
これらは典型的な例ですが、実際には軽度な症状の組み合わせや本人にしか分からない微妙な不調など、さまざまな状況がプレゼンティーズムに当てはまります。重要なのは、症状の重さ客観度合いに関わらず、「その不調によって本人や周囲の生産性が低下する恐れがある状態で働き続けている」かどうかです。たとえ風邪気味程度の軽い不調でも、無理をして出勤することで症状が悪化したり周囲に感染を広げたりする可能性があるため、それも広義のプレゼンティーズムと考えられます。また軽い不調が蓄積して深刻化すると、結果的に長期の休職に至る危険性も孕んでいます。
社員の不調サインとして見られる具体的な症状には、実はごくありふれたものが少なくありません。注目すべきなのは、例えば「頭痛」「肩こり」「ドライアイ」「不眠」といった誰にでも起こりうる症状です。一見「気合が足りないだけ」「さぼっているのでは?」「大したことない不調だ」と思われがちなこれらの症状ですが、本人にとっては辛く仕事に支障を来す立派な健康問題であり、放置すると慢性化して生産性の低下を招く典型的なプレゼンティーズム要因です。実際、頭痛持ちの社員は発作が起きても我慢して勤務を続ける割合が非常に高いとの調査結果があります。富士通クリニックの五十嵐医師によるインターネット調査では、「仕事に支障が出るほどの片頭痛発作が起きたときどうするか」との問いに対し、92%もの人が「周囲に迷惑をかけたくないから我慢して働き続ける」と回答したという報告があります。このように、日本の職場では多くの社員が頭痛や不眠などの不調を「自己管理不足」と捉えられることを恐れて隠し、無理に働き続ける傾向があります。
また、女性の場合は月経痛やPMSなどにより体調が優れない時期が毎月訪れますが、「生理休暇」があってもなかなか言い出せず我慢して出勤する例が多いと言われます。月によって症状の重さが違い、周囲にも相談しづらい悩みであるため、結果として「つらいけど出社」という選択をしがちです。しかしその陰で本人の集中力やモチベーションは低下しており、企業側から見れば知らぬ間にプレゼンティーズムが発生している状態と言えます。
見逃しがちな兆候としては、以下のようなものが挙げられます。
業務効率や成果の低下
以前に比べ仕事のペースが落ちていたりミスが増えたりしている社員がいたら、何らかの不調を抱えてプレゼンティーズム状態に陥っている可能性があります。単に怠けているのではなく体調やメンタル面の問題かもしれません。
遅刻や早退の増加
欠勤まではしなくても、「最近遅刻が増えた」「早めに仕事を切り上げて帰ることが多い」という社員は、慢性的な不調でパフォーマンスが出せず生活リズムも乱れているサインかもしれません。周囲はその背景に目を向ける必要があります。
表情・態度の変化
顔色が悪い、疲れ切った表情をしている、イライラして同僚に当たることが増えた、ぼーっとしてミーティングで発言が少なくなった等の変化も、不調を押して働いている兆候です。社員の様子にこうした変化が見られたら、「大丈夫?」と声を掛けて不調サインを見逃さないことが大切です。
以上のように、プレゼンティーズムの具体例や症状は多岐にわたります。軽微な不調でも本人にとっては重大な働けない理由になり得ること、そしてそれが周囲からは見えにくいがゆえに放置されがちであることを、経営者や管理職・同僚は理解しておく必要があります。日頃から社員の様子やパフォーマンスの変化にアンテナを張り、小さな不調サインも見逃さず声を掛け合う職場風土を作ることが、プレゼンティーズムの早期発見・対処につながるのです。
企業におけるプレゼンティーズムの影響と課題:組織全体へのリスクと経営視点からの必要性
プレゼンティーズムは放置すると企業全体に様々な悪影響やリスクをもたらします。経営視点から特に重要な課題と、その対応の必要性を考えてみます。
まず、最大の影響はやはり企業の生産性低下です。社員一人ひとりのパフォーマンス低下が積み重なれば、組織全体の業績や競争力に直結します。プレゼンティーズムが蔓延すると、健康な状態で働いているときに比べて確実に業務のアウトプットが減少します。納期に追われる現場では、知らず知らずのうちに仕事の遅延や品質低下が発生し、それを取り戻すための追加コストがかかったりもします。企業にとってプレゼンティーズムは表面化しにくいぶん対応が後手に回りがちですが、見えない損失だからこそその影響を正しく認識し対策を講じる必要があります。
次に、医療費や労災費用の増加も無視できません。プレゼンティーズムを放置すれば、社員の不調が悪化して後々うつ病の発症や重症化した疾患による長期療養につながる恐れがあります。そうなると休職中の治療費や復職支援コストなど、企業が負担する医療関連費用も増大します。つまりプレゼンティーズムを放置することは将来的な医療費負担の増加にも直結するのです。これは企業の健康保険組合の財政にも影響しますし、何より社員本人とその家族の生活にも大きな打撃となります。
さらに見逃せないのが従業員のエンゲージメント(会社への心理的な愛着や貢献意欲)の低下です。もし経営陣や管理職が社員のプレゼンティーズム問題に無関心で、「多少体調が悪くても働くのが当たり前」「自己管理ができていないのは本人の責任だ」といった姿勢で放置し続ければ、社員は「この会社は自分たちの健康や幸せを大事にしてくれない」と感じ、会社への信頼や愛着を失ってしまう恐れがあります。エンゲージメントが下がれば優秀な人材ほどモチベーションを失い、生産性はさらに低下します。そして場合によっては「この会社で働き続けるのは辛い」と離職を選択する人も出てくるでしょう。プレゼンティーズムを軽視する職場では、そうした悪循環で人材流出が進み、結果的に人材確保が難しくなるという課題にもつながります。
また、社内だけでなく企業イメージや評判への影響も考えられます。最近は就職希望者や取引先も企業の健康経営への取り組みを重視する傾向があります。社員が常に疲弊していたり病気を押して働いているような職場環境が続けば、「従業員を大事にしない会社だ」という評判が広まり、採用競争力の低下や顧客からの信頼低下を招きかねません。逆に言えば、プレゼンティーズム対策に熱心に取り組み社員の健康と幸せに配慮する企業は「働きがいのある会社」と評価され、人材にも顧客にも選ばれる時代になっています。
以上のように、プレゼンティーズムは経営上のリスクであり、企業にとって放置できない課題です。欠勤と違って見えにくいからといって後回しにしていると、気づかないうちに業績悪化や人材流出など深刻な結果を招く可能性があります。経営者や管理部門はこの問題を正面から捉え、先に述べたような対策を講じていく必要があります。具体的には、定期的なプレゼンティーズムの実態把握(測定)、長時間労働是正や休みやすい環境づくり、健康経営の推進、メンタルヘルスケアの充実などを体系的に行い、プレゼンティーズムの予防・改善に努めることが求められます。
経営視点で言えば、プレゼンティーズム対策は単なる労務管理ではなく企業の生産性向上策そのものです。社員のコンディションを最良に保つことができれば、欠勤も防げてパフォーマンスも最大限発揮されます。つまり、プレゼンティーズムのない職場=従業員が健康でイキイキ働ける職場を実現することは、ひいては企業全体の士気(モラール)を高め、業績を底上げすることにつながるのです。少子高齢化で一人当たりの生産性向上が求められる今、プレゼンティーズム対策は「やってもやらなくてもいい余裕のある会社の話」では決してありません。全ての企業にとって喫緊の経営課題として真剣に取り組む価値があるテーマと言えるでしょう。
最後に、企業におけるプレゼンティーズム問題への向き合い方として大切なのは、従業員の健康問題を他人事・自己責任と切り捨てない企業文化を育むことです。社員の損失は結果的に企業の損失につながるという意識を持ち、社員の健康と働きやすさに投資することが長期的に見て企業の利益になると理解する経営姿勢が求められます。プレゼンティーズムを予防・早期発見し生産性を高めることは、働く人にも会社にもメリットをもたらす「Win-Win」の取り組みです。今後ますます重要性を増すこの課題に、経営陣も現場も一丸となって対処していきましょう。