基幹システムの導入形態は「クラウドかオンプレミスか」の二択で語られがちです。実際の選択肢は3つあります。自社でサーバーを持つオンプレミス、クラウド基盤の上に自社のシステムを載せるIaaS、ベンダーが提供するアプリケーションをそのまま使うSaaSです。どれを選ぶかで、OSを誰が更新するのか、カスタマイズをどこまで許されるのか、5年後に何へお金がかかるのかが変わります。
この記事では、会計・販売・生産・人事といった基幹業務のシステムやERPをどの形態で持つかを、責任範囲、費用の出方、SLA、保守期限の4つの軸で判断できるように整理します。クラウドERPとオンプレミスERPの違い、5年総額を自社の数字で出すための試算コードも載せました。基幹システムそのものの定義や対象範囲は基幹システムの定義とERPとの違いを整理した記事で扱っています。
まとめ:基幹システムのクラウドとオンプレミスを選ぶ結論
- 新規導入で、業務を標準機能に合わせられるならSaaSが第一候補です。政府も2018年6月7日に、政府情報システムでクラウドサービスの採用を「第一候補」とする方針(クラウド・バイ・デフォルト原則)を決めています。
- 独自の業務ロジックや既存のスクラッチ資産を残したいなら、オンプレミスをやめてもSaaSではなく、IaaSへの載せ替えが第一候補になります。
- 「クラウドERP」という呼び名には、事業者が運用するSaaSと、ERPパッケージをIaaSに載せた構成の両方が混ざっています。見積もりを比べる前に、どちらを指すかをそろえます。
- オンプレミスを続ける根拠になるのは、設備との秒単位の連携、閉域網やデータ所在国の契約上の指定、償却が残るサーバーといった具体的な条件です。「クラウドはセキュリティが不安」だけでは根拠になりません。
- 移行判断は期限から逆算します。Windows Server 2016の延長サポートは2027年1月12日、SAP ERP 6.0(EhP6〜8)のメインストリーム保守は2027年末、富士通メインフレームの保守は2035年度に終わります。
- SLAの稼働率99.9%は、30日の月なら計画停止を除いて約43分の停止を許す数字です。違反時の補償は利用料の減額(サービスクレジット)が中心なので、止まったときの業務継続は自社で設計します。
基幹システムの3つの導入形態:オンプレミス・IaaS・SaaSの責任範囲
導入形態の違いは、どこまでを自社が管理するかの違いです。AWSは責任共有モデルで「セキュリティとコンプライアンスは AWS とお客様の間における共有責任」と説明しており、ゲストOSの更新とセキュリティパッチは利用者の責任と明記しています。利用者が管理する範囲は選んだサービスによって変わります。基幹システムに当てはめると次のとおりです。
| 管理対象 | オンプレミス | IaaS | SaaS |
|---|---|---|---|
| 建物・電源・サーバー機器 | 自社 | クラウド事業者 | クラウド事業者 |
| OS・ミドルウェアの更新 | 自社 | 自社 | クラウド事業者 |
| アプリの改修・版の更新 | 自社(委託先) | 自社(委託先) | 事業者が時期も決める |
| データ・アカウント・権限 | 自社 | 自社 | 自社 |
見落とされやすいのは2行目と4行目です。オンプレミスの基幹システムをIaaSへそのまま移しても、OSのパッチ適用やバージョンアップは自社の仕事として残ります。「クラウド化すれば保守から解放される」のはSaaSの場合だけです。逆にSaaSにしても、退職者のアカウント削除や権限設計、取り込んだデータの正しさは自社の責任です。
業種を問わないオンプレミスとクラウドの一般的な違いはオンプレミスとクラウドの違いを6つの評価軸で比較した記事にまとめています。
クラウドERPとオンプレミスERPの違い:同じ製品名でも変わる提供形態
クラウドERPと呼ばれる2つの型:SaaS型とIaaSに載せたパッケージ
ERPの見積もりで最初に食い違うのが「クラウドERP」の中身です。1つは、事業者が1つのアプリケーションを多数の企業に提供し、版の更新も事業者が行うSaaS型です。Oracle NetSuiteは公式サイトでクラウドERPとして提供されている、この型を代表する製品に当たります。もう1つは、オンプレミス向けのERPパッケージをIaaSや事業者のデータセンターに載せ、月額で使う構成です。こちらもクラウドERPと呼ばれますが、版の更新時期を自社で決められる代わりに、OSやパッケージの保守は契約しだいで自社側に残ります。
前者は前章の表のSaaS列、後者はIaaS列に当たります。同じ「クラウドERP」でも責任範囲がまったく違うため、提案書を受け取ったら「OSのパッチを当てるのは誰か」「版の更新を見送れるか」の2点を必ず書面で確かめてください。SaaS型ERPの更新と拡張の制約はSaaS型ERPを更新・拡張・SLAで比べた記事で詳しく扱っています。
オンプレミスERPに残る選択肢:SAP S/4HANAの2040年保守
オンプレミスERPがなくなるわけではありません。SAPは2020年2月の発表で、SAP S/4HANAの保守を2040年末まで提供すると約束しました。SAP ERP 6.0からの移行先として、オンプレミス版のS/4HANAへ上げる道は残っています。
ただし、オンプレミスERPを選ぶと、ERPの保守料に加えてサーバー・OS・データベースの更新が自社の計画に残ります。ERPそのものの期限が先でも、OSの期限が先に来る場合があるため注意が必要です。クラウドERPの種類と製品ごとの費用比較はクラウドERPとオンプレミスの違いと費用比較で、製品を並べて整理しています。
中堅企業で、会計・販売・在庫を1つのERPにまとめたいが運用担当を増やせない場合は、SaaS型のクラウドERPが第一候補です。一創でもOracle NetSuite導入支援サービスとして、業務要件の整理から既存システムとのデータ連携までを支援しています。
クラウド型基幹システムのメリットとデメリット:オンプレミスとの比較
OSサポート終了とサーバー更新の周期から外れるSaaSの利点
オンプレミスの基幹システムは、サーバーとOSの寿命に縛られます。耐用年数省令では、パソコン以外の電子計算機も、自社利用のソフトウエアも耐用年数は5年です。OS側にも期限があり、Microsoftの公表ではWindows Server 2016の延長サポートは2027年1月12日、2019は2029年1月9日、2022は2031年10月14日に終わります。
オンプレミスでは、この期限が来るたびにOSを上げ、その上で基幹システムが動くかを検証し直す必要があります。SaaSなら、この作業を担うのは事業者側です。IaaSで減るのはサーバー機器の買い替えだけで、OSの期限は残ります。
カスタマイズとバージョンアップの主導権を手放すSaaSの制約
SaaSの弱点は、自社の都合で止められないことです。機能追加や画面の変更は事業者の更新計画に沿って入り、利用者は時期をずらせても更新そのものは断れません。たとえばDynamics 365のFinance and Operationsアプリは年4回の更新のうち、見送れるのは連続1回までで、実質的に年2回以上の適用が必須です。帳票や承認ルートを細かく作り込んだ業務ほど、更新のたびに動作確認の手間が出ます。
SaaSで独自の処理を持たせる方法は、多くの場合、APIでの外部連携や拡張機能の枠内に限られます。本体のコードは直せません。自社の業務がこの枠に収まるかは、契約前に業務フロー単位で確かめるべき項目です。
基幹システムのSLA 99.9%が意味する停止時間と補償の範囲
クラウド型の基幹システムでは、事業者が稼働率をSLAとして約束します。Microsoft Dynamics 365のFinance and Operationsアプリは月間99.9%、Oracle Fusion Cloud Applicationsも99.9%のSaaS可用性を掲げています。
99.9%は、30日の月で約43分の停止を許容する数字です。しかもMicrosoftのSLAでは、事前に通知される保守・更新のための計画停止はこの停止時間に数えません。Dynamics 365のFinance and Operationsアプリの更新では、Microsoftは不具合に備えて3時間の停止枠を求めています。月末の締め処理中や、出荷締め時刻の直前に止まる可能性もゼロではありません。補償も限定的です。MicrosoftのOnline Services向けSLAは、サービスクレジット(請求が承認された後に、利用料の一定割合を減額する仕組み)を唯一の救済手段と定めています。止まった間の売上や出荷遅延の損害は戻りません。Dynamics 365 Financeの場合、月間稼働率が99.9%を下回ったときのクレジットは月額の25%、99%未満で50%、95%未満で100%です。
オンプレミスには稼働率を約束する事業者がおらず、稼働率は自社で冗長化した分しか出ません。比べるべきは「99.9%かどうか」ではなく、停止時に手作業で回す手順や代替の出荷方法を用意しているかです。災害時の置き場所の考え方はBCP対策をクラウドとオンプレミスのどちらに置くかを整理した記事を参照してください。
オンプレミスを残すほうがよい基幹システムの4条件と業務ごとの判断
クラウドが第一候補でも、次の条件のどれかに当てはまる基幹システムは、オンプレミス(または一部を社内に残す構成)を続ける理由があります。
- 設備と秒単位で連携している:生産ラインの制御機器や自動倉庫と基幹システムが直接やり取りしている場合、インターネット回線が切れた時点でラインや出荷が止まります。設備に近い部分は工場内に残すのが安全です。
- 契約で閉域網やデータの所在国が指定されている:取引先や業界団体との契約、官公庁案件の条件で決まっている場合は、技術的な好みでは変えられません。
- 業務の独自性が競争力そのもの:SaaSの標準機能に業務を合わせると差別化が消える場合です。ただし、この場合もオンプレミスでなくIaaSへ載せる選択肢があります。
- 直近でサーバーを更新し、償却が残っている:耐用年数5年の途中で移ってサーバーを廃棄すると、残りの帳簿価額は除却損として一度に費用になります。次の更新時期を移行の期限に据えるほうが無駄がありません。
一方、「クラウドはセキュリティが不安だから」はオンプレミスを残す理由になりません。政府機関は原則として、ISMAP(政府のセキュリティ要求を満たすクラウドサービスを事前に評価・登録する制度)のクラウドサービスリストに載ったサービスから調達しています。オンプレミスの安全性は、自社がパッチ適用やアクセス管理を続けられるかで決まります。専任の情報システム担当が1〜2人の企業では、自社運用のほうが穴が開きやすいと考えるべきです。
4条件に当てはまるのが一部の業務だけなら、全体をどちらかに寄せる必要はありません。会計や人事はSaaS、設備連携のある生産系だけ社内に残す、という分け方が現実的です。
基幹システムの費用比較:初期費用・月額・5年総額と会計処理の違い
資産計上か期間費用か:オンプレミス・SaaS・IaaSの費用の出方の違い
オンプレミスは導入時にサーバーとソフトウエアへまとまった投資が出て、それを耐用年数(どちらも5年)で減価償却します。SaaSは初期費用が小さく、月額または年額の利用料が契約期間中ずっと続きます。IaaSはサーバーを買わない代わりに、使ったCPU・ストレージ・通信量に応じた従量課金です。
SaaSの利用料は、契約期間に応じて費用として処理します(年払いの前払分の扱いは経理と確認が必要です)。導入時の設定費や移行費用の扱いは契約内容で変わるので、見積もりの段階で経理と顧問税理士に確認しておくと、稟議での説明がずれません。
基幹システムの5年総額で3形態を比べる購入費・利用料・運用工数の並べ方
3つの形態を比べるときは、耐用年数(5年)にそろえて5年で総額を出し、6年目に何が起きるかも書き添えます。OSは提供開始から延長サポート終了まで約10年あるため(Windows Server 2022は2021年8月18日提供開始・2031年10月14日終了)、導入時点で残り何年あるかも確かめます。費目ごとに、どの形態で発生するかを並べると次のとおりです。
| 費目 | オンプレミス | IaaS | SaaS |
|---|---|---|---|
| サーバー機器 | 購入 | なし | なし |
| ソフトウエア | 買い切り+年間保守 | 買い切り+年間保守 | 利用料に含む |
| 基盤の利用料 | 電気代・設置場所 | 従量課金 | 利用料に含む |
| 社内の運用工数 | OS・バックアップ・障害対応 | OS・バックアップ | 権限管理・更新時の確認 |
| 6年目に来るもの | 機器の更新(OSは期限しだい) | OSの期限しだい | 契約更新・価格改定 |
比較でよく抜けるのは、社内の運用工数と6年目の費用です。オンプレミスの見積もりはハードとソフトの購入額だけで作られがちで、担当者がOS更新や障害対応に割く時間が入っていません。SaaS側は、利用者数に比例する料金体系が多く、拠点や従業員が増えると5年目の月額が初年度より膨らみます。
5年総額を自社の数字で出す試算コードと利用者数の増加による費用の逆転
費目の表を埋めたら、数字を入れて5年総額を出します。次のPythonコードは、3形態の5年総額と、SLAの稼働率から月に許される停止時間を計算します。金額は説明用の仮置き(単位は万円)なので、自社の見積額と利用者数に置き換えて使ってください。Python 3系で、追加のライブラリなしに動きます。
# 5年総額とSLA許容停止時間の試算(金額は仮置き・単位は万円)
YEARS = 5
def total(initial, yearly, users=0, per_user_month=0, growth=0.0):
"""初期費用+年額+利用者課金(毎年growthの割合で人数が増える)の5年総額"""
cost, n = initial, users
for _ in range(YEARS):
cost += yearly + n * per_user_month * 12
n = round(n * (1 + growth))
return cost
plans = {
# オンプレミス:機器・ライセンス購入+保守+社内運用工数(年0.3人×800万円)
"オンプレミス": total(initial=1500, yearly=150 + 240),
# IaaS:移行費+従量課金(年)+OS保守の社内工数(年0.2人)
"IaaS": total(initial=600, yearly=300 + 160),
# SaaS:初期設定費+権限管理の社内工数(年0.05人)+1人月額0.5万円×80人、毎年10%増員
"SaaS": total(initial=300, yearly=40, users=80, per_user_month=0.5, growth=0.10),
}
for name, cost in sorted(plans.items(), key=lambda x: x[1]):
print(f"{name:6s} 5年総額 {cost:,.0f}万円")
for sla in (99.9, 99.95, 99.99):
minutes = 30 * 24 * 60 * (1 - sla / 100)
print(f"SLA {sla}% : 30日で許容される停止 {minutes:.1f}分")
この仮置きで実行すると、IaaSが2,900万円、SaaSが3,440万円、オンプレミスが3,450万円になります。SLAは99.9%で43.2分、99.95%で21.6分、99.99%で4.3分です。注目したいのはSaaSの行です。利用者80人から毎年10%増える前提だと、初期費用が5分の1でも5年目にはオンプレミスとほぼ同額に並びます。growthを0にすると差は開き、0.2にすると逆転します。
社内の運用工数を年何人分と見るかでも順位は入れ替わります。オンプレミスのyearlyから運用工数の240万円を外すと、総額はIaaSを下回ります。見積書にない工数を数字にして入れることが、この比較の要点です。販売管理システムを例にした具体的な金額の試算は販売管理システムの費用相場と5年総額の試算にあります。
移行を決める期限:OS・メインフレーム・ERP保守の終了時期
オンプレミスの基幹システムを使い続けるかどうかは、好みより先に、動いている基盤の期限で決まることがあります。主な期限は次のとおりです。
| 対象 | 終わるもの | 時期 |
|---|---|---|
| Windows Server 2016 | 延長サポート | 2027年1月12日 |
| SAP ERP 6.0(EhP6〜8) | メインストリーム保守 | 2027年末 |
| Windows Server 2019 | 延長サポート | 2029年1月9日 |
| SAP ERP 6.0(EhP6〜8) | 任意の延長保守 | 2030年末 |
| Windows Server 2022 | 延長サポート | 2031年10月14日 |
| 富士通 UNIXサーバ | 保守 | 2034年度 |
| 富士通 メインフレーム | 保守 | 2035年度 |
| SAP S/4HANA | 保守の提供約束 | 2040年末 |
富士通は2022年2月14日に、メインフレームを2030年度で販売終息・2035年度で保守終了、UNIXサーバを2029年度で販売終息・2034年度で保守終了とする方針を発表しました。SAPはBusiness Suite 7のコア製品(SAP ERP 6.0は最新3つの拡張パッケージ=EhP6〜8)について、メインストリーム保守を2027年末までとし、2028年から2030年末までは保守料率に2ポイントを上乗せした延長保守を用意しています。2027年末までに延長保守を選ばなかった場合は、既知の問題の解決に限られる個別保守へ自動で移る仕組みです。SAP固有の判断材料はSAPの2027年問題と移行・延命の判断で扱っています。
経済産業省は2018年9月7日のDXレポートで、老朽化・ブラックボックス化した既存システムを放置した場合、2025年以降に最大12兆円/年の経済損失が生じうると試算し、これを「2025年の崖」と呼びました。2026年10月時点で、Windows Server 2016で動く基幹システムの期限は2027年1月です。有償の拡張セキュリティ更新(ESU)で2030年まで重要なセキュリティ修正を受ける道はありますが、新機能や不具合修正は含まれず、オンプレミスではソフトウェアアシュアランス契約も前提になります。いまから選定を始めても、「OSだけ上げて延命する」か「形態ごと見直す」かを短期間で決める必要がある状況です。刷新は要件定義から稼働まで長期に及ぶことが多いので、要件定義と移行リハーサルにかかる期間を先に見積もり、表の期限から方式を決める時期を逆算します。
業務領域ごとの向き不向き:会計・人事はSaaS、生産は条件付き
同じ基幹システムでも、業務領域によってクラウドとの相性が違います。
会計・経費精算・人事給与・勤怠は、SaaSが最も向く領域です。インボイス制度(2023年10月開始)や電子取引データの電子保存(紙での保存を認めていた宥恕措置は2023年12月末で廃止)のように、法改正への対応が毎年のように発生し、SaaSならその改修を事業者が行います。業務の独自性も出にくい領域です。経費精算を例にした提供形態の選び方は経費精算システムのオンプレミス型とクラウド型の選び方にあります。
販売管理は、取引先ごとの請求締めやEDIの形式にどこまで独自ルールがあるかで分かれます。標準的な受注・出荷・請求ならSaaSに乗りますが、取引先別の特殊な単価計算が多い場合は、SaaSと自社開発部分をAPIでつなぐ構成になります。
生産管理は、前述の「設備と秒単位で連携している」条件に当たりやすい領域です。計画・原価・在庫はクラウド、工程の実績収集は工場内という分担にします。生産管理に絞った比較はクラウド生産管理システムの費用とオンプレとの違いを参照してください。
基幹システムをクラウド化する3つの移行方式:リホスト・改修・SaaS置き換え
クラウドへ移すと決めた場合も、移し方は1つではありません。
- リホスト(IaaSへの載せ替え):アプリケーションはほぼそのまま、動かす場所だけをIaaSへ移します。期間は最も短い反面、OS保守や独自改修の複雑さはそのまま残ります。
- 改修してからの移行:自社運用のSQL ServerをAzure SQL DatabaseやAmazon RDSへ替えるなど、基盤に合わせて一部を作り直します。運用負荷を下げられますが、改修範囲の見極めが必要です。
- SaaSへの置き換え:既存システムを捨て、業務をSaaSの標準機能に合わせます。保守からは最も解放されますが、業務の見直しと利用部門の合意形成が最も重くなります。
どの方式でも、事故が起きやすいのはデータ移行と切り替え当日です。移行の進め方は基幹システムのクラウド化の背景と移行手順、実際に出荷停止や訴訟に至った事例は基幹システム刷新の失敗事例と回避策で工程別に分解しています。
クラウドかオンプレミスかを決める順番:期限・業務適合・利用者数の3問
ここまでの論点を、判断の順に並べ直します。上から順に答え、決まった時点で止めてかまいません。
- 期限はいつか:OS・ERP・ハードの保守期限のうち最も早いものを確かめます。2年以内なら、形態を変える時間が足りるかを先に見積もり、足りなければIaaSへのリホストで期限をしのぎ、その後にSaaS化を検討します。
- 業務を標準機能に合わせられるか:業務フロー単位でSaaSの標準機能と突き合わせ、合わない業務が独自性の源泉ならIaaSかオンプレミス、単なる慣習なら業務側を変えてSaaSにします。
- 5年後の利用者数は何人か:利用者課金のSaaSは人数で総額が伸びます。前章の試算コードに増員率を入れ、オンプレミスやIaaSと逆転しないかを確かめます。
1問目で迷う企業が最も多いはずです。期限が迫っているのに、SaaSの選定と業務の見直しを同時に始めると、どちらも中途半端に終わります。この場合はSaaS化を見送り、まずIaaSへ移す、と言い切ってよい場面です。政府の方針でも、デジタル社会推進標準ガイドラインの附属文書(DS-310)はクラウドを第一候補としつつ、単に使うのでなく適切に使う考え方を示しています。
よくある質問:クラウドERPとオンプレミスの基幹システム選定
基幹システムやERPの導入形態を検討する際によく寄せられる質問に答えます。
基幹システムのクラウド化とは、何を変えることですか?
基幹システムを動かす場所と、管理の分担を変えることです。自社のサーバー室で動かしていたシステムをクラウド事業者の基盤へ移す(IaaS)場合と、事業者が提供するアプリケーションに乗り換える(SaaS)場合があります。前者はサーバー機器の管理がなくなるだけでOSの保守は残り、後者はOSやアプリの更新まで事業者に任せられる形態です。「クラウド化」と言うときに、どちらを指しているかを最初にそろえておくと、見積もりや社内説明の食い違いを防げます。
クラウドERPはオンプレミスERPより安いですか?
初期費用はクラウドERPが小さくなりますが、5年総額で安いかどうかは利用者数と社内の運用工数で決まります。SaaS型は利用者数に比例する料金が多く、人数が多いほど月額が膨らむ料金体系です。オンプレミスは購入額が大きい一方、6年目にサーバーの更新が来て、OSも延長サポートの期限しだいで入れ替えが必要になります。比べるときは、どちらも5年で総額を出し、オンプレミス側にOS更新や障害対応にかかる担当者の時間も含めてください。
クラウドの基幹システムはセキュリティ面で不安はありませんか?
クラウドであること自体は、安全性を下げる理由になりません。政府機関も、ISMAPで評価・登録されたクラウドサービスから調達するのが原則です。注意すべきは、クラウドでも自社に残る責任で、アカウントと権限の管理、退職者のアカウント削除、多要素認証の設定は、どの形態でも自社の仕事です。オンプレミスの場合は、これに加えてOSのパッチ適用も自社で続ける必要があります。
ERPをオンプレミスのまま使い続けることはできますか?
製品の保守が続く間は可能です。ただし、保守の終了時期を先に確認してください。たとえばSAP ERP 6.0(EhP6〜8)は、メインストリーム保守が2027年末に終わり、任意の延長保守を契約しても2030年末までです。それより古い拡張パッケージはこの期限の対象外なので、自社のEhPも確かめてください。サーバーのOSにも期限があり、Windows Server 2016は2027年1月12日に延長サポートが終わります。SAPは大規模顧客向けに、2030年末までにSAP ERP, private editionへ移すことを条件に、2031〜2033年も使える有償オプションを用意していますが、対象となる顧客は限定的です。期限が近い場合は、同じ製品のオンプレミス版へ上げるか、クラウド版やIaaSへ移すかを、移行にかかる期間を見積もったうえで早めに決めておく必要があります。
基幹システムのクラウドとオンプレミスは組み合わせられますか?
組み合わせられます。全体をどちらかに寄せるより、業務ごとに分けるほうが、前述の4条件とも整合します。会計・人事・経費精算はSaaS、設備と直接つながる生産の実績収集は工場内に残す、といった分担です。その場合は、クラウドと社内のシステムの間でマスターデータ(取引先・品目・勘定科目)をどちらが正とするかを最初に決めておかないと、二重登録や不整合が起きます。