多段抽出法(多段階抽出法)は、母集団から直接個人を選ばず、市町村や調査区のような大きな単位を先に選び、その中から世帯や個人を選ぶというように、段階を追って標本を絞り込む抽出方法です。2段で終えるものは二段抽出法とも呼ばれます。労働力調査は、15歳以上人口約1億1千万人(令和4年推計)全員の名簿を作らずに標本を選ぶためにこの方法を2段で使い、家計調査は3段で使っています。この記事では、JIS Z 8101-2:2015の条項と総務省統計局の標本設計資料をもとに、定義、層化抽出法・集落抽出法との違い、セットで使われる確率比例抽出法の計算、そして「自分の世帯が労働力調査に選ばれる確率」までを数字で確認します。
まとめ:多段抽出法の要点
- JIS Z 8101-2:2015の1.3.10は、多段抽出を「各段階でのサンプリング単位が、その前段階に選ばれたより大きなサンプリング単位から抽出される」サンプリングと定めています。抽出単位が段階ごとに入れ子になっている点が本質です。
- 層化抽出法とは二者択一ではありません。層に分けてから段階的に抜く「層化2段抽出法」「層化3段抽出法」が公的統計の標準形です。
- 集落(クラスター)抽出法との分かれ目は、選んだ集落を全数調べるか(集落抽出)、さらに絞り込むか(多段抽出)です。
- 確率比例抽出法は、第1段で規模の大きい集落ほど選ばれやすくする方法です。統計局の3調査区の例では、推定値の標準偏差が等確率の49.0人から11.5人へ縮みます。第2段の抽出率を規模の逆数にすれば、どの世帯も同じ確率で選ばれます。
- 労働力調査の対象は毎月約4万世帯で、一般世帯数で割ると約1,400分の1です。国勢調査は全数調査であり、多段抽出の適用例ではありません。
多段抽出法の定義と抽出単位の入れ子構造
JIS Z 8101-2:2015 1.3.10の規定
JIS Z 8101-2:2015(ISO 3534-2:2006の一致規格)が収載する見出し語は「多段サンプリング、多段抽出」で、多段抽出法・多段階抽出法はいずれもこれを指す通称です。その1.3.10は、多段サンプリング(multistage sampling)を「サンプルを段階的に選択したサンプリングで、各段階でのサンプリング単位が、その前段階に選ばれたより大きなサンプリング単位から抽出されるようになっているサンプリング」と定義しています。要は「より大きなサンプリング単位から」の部分で、第1段で選ぶ単位(市町村や調査区)は第2段で選ぶ単位(世帯や住戸)を包含していなければなりません。単位が入れ子になっていない絞り込みは、段階を踏んでいても多段抽出ではありません。
同項の注記1は、多段サンプリングと多重サンプリングを混同しないよう注意しています。多重サンプリングは同時に複数の規準でサンプリングを行うことで、段階を追う多段抽出とは別の概念です。注記2は、段階ごとに異なる抽出方法を用いてよいと述べています。第1段は単純ランダムサンプリング、最終段は系統抽出法という組み合わせが規格上も想定されています。
名前の似た二相抽出法とも別物です。国立教育政策研究所の調査ハンドブック(7.7節)は、二相抽出法を「他の調査の標本の中から、さらに少数の標本を選び出す方法」と説明しています。同節は両者の違いを2点挙げています。形式的には、多段抽出法では抽出単位が段ごとに異なる(一段目は学校、二段目は個人など)のに対し、多相抽出法では相ごとに異なるとは限りません。より本質的には、多相抽出法は「ある相の調査結果を利用して、次の相の抽出を行う」点が違います。一相目の簡便な調査結果で標本を層化し、二相目で詳細調査の対象を選ぶ使い方が典型です。
なお、標本調査の用語は2025年9月22日に制定されたJIS Z 8101-4:2025「統計-用語及び記号-第4部:標本調査法」(ISO 3534-4:2014の一致規格)でも規定されるようになりました。日本規格協会の規格概要は「様々な調査のためのサンプリング(標本調査法)の分野で使用する用語及び定義について規定する」としています。この記事では、JIS Z 8101-2:2015の条項番号を用いています。
一次標本・最終標本とサンプルサイズの数え方
規格は段階ごとの標本にも用語を与えています。1.2.21の一次サンプル(一次標本、主標本)は第一段階で採られたサンプル、1.2.22の二次サンプルは第二段階で一次サンプルから採られたサンプルで、その注記は「この定義は第k段階(k>2)に拡張できる」としています。最終段階で採られたものが1.2.23の最終サンプル(最終標本)です。調査の実務書では、各段の抽出単位を第一次抽出単位(PSU)、第二次抽出単位(SSU)、最終抽出単位(USU)と呼び分けます(国立教育政策研究所の調査ハンドブック「調査対象の選び方」7.4節)。
取り違えやすいのがサンプルサイズです。1.2.26の注記は「多段サンプルの場合は、サンプリングの最終段階におけるサンプリング単位の総数がサンプルサイズである」と定めています。労働力調査の最終段の抽出単位は住戸で、約2,900の調査区からそれぞれほぼ16戸を選ぶので、単純計算で約4万6千戸がこれに当たります。調査対象はそこに住む約4万世帯、15歳以上の約10万人です。調査区数、住戸数、世帯数、人数は別の数量です。第1段の調査区数だけでは標本規模を説明できないので、各段の抽出単位数と世帯数・人数を区別して報告します。
単純無作為抽出法・層化抽出法・集落抽出法との境界
まず4つの手法の違いを1枚にまとめます。詳細は続く各節で条文と実例から確認します。
| 手法 | 最初に選ぶもの | 選んだ単位の扱い | 必要な名簿 | 公的統計の例 |
|---|---|---|---|---|
| 単純無作為抽出法 | 個人・世帯 | そのまま標本 | 母集団全員分 | 名簿完備の小規模調査 |
| 層化抽出法 | (全ての層) | 層ごとに抽出 | 各層の抽出単位の一覧 | 労働力調査(多段と併用) |
| 集落抽出法 | 集落 | 集落内を全数 | 集落の一覧 | 学校単位の全員調査 |
| 多段抽出法 | 集落 | 集落内でさらに抽出 | 集落一覧+選んだ集落の名簿 | 労働力調査・家計調査 |
単純無作為抽出法との違いと多段抽出のメリット
単純無作為抽出法で調査対象を直接選ぶ場合との実務上の違いは、母集団全体の対象者名簿を必要とせず、選んだ集落内の名簿で抽出できる点です。総務省統計局の「労働力調査 標本設計の解説」第1章は、15歳以上人口約1億1千万人(令和4年推計)から直接10万人を無作為に選ぶには1億1千万人分のリストが必要で、それには国勢調査と同等の規模の調査が要り、しかも毎月のメンテナンスが必要で「労働力調査そのものより大変な作業となる」と説明しています。
多段抽出はこの制約を回避します。第1段の調査区は5年に1度の国勢調査で設定済みなのでリスト作りが要りません。調査区は地面の区画なので、住人が引っ越してもリストは変わりません。第2段で必要になるのは、選ばれた調査区の中の住戸リストだけです。実地調査の負担も変わります。同資料は、全国に散在する10万人を直接選ぶと調査員一人一人が広い地域に住む数人を巡回することになり、非常に多くの調査員が必要になると指摘しています。調査区はおおむね50世帯で、一人の調査員が担当するのに適当な大きさに設定されています。名簿づくりと訪問の両方を、選ばれた地点の中に閉じ込められることが多段抽出のメリットです。名簿がそもそも存在しない場面で使う点ではエリアサンプリングと発想が共通し、抽出枠という考え方自体は標本調査の基礎に当たります。
層化抽出法との違いと「層化2段抽出法」が成立する理由
層化抽出法(JIS 1.3.6の層別サンプリング)と多段抽出法は「どちらを使うか」の二択で説明されがちですが、これは誤りです。JIS 1.2.28(クラスター)の注記は、層は「目的とする特性に関して、層内がより均一になるように」設定し、クラスターは「クラスター間の差が小さくなるように、クラスター内のばらつきが大きくなるように」設定すると書き分けています。層の中は似た者同士、集落の中は多様。設定の方向が正反対です。
層化は母集団を横に割る操作、多段は縦に掘る操作なので、両者は同時に使えます。だから「層に分けてから、各層の中で段階的に抽出する」層化2段抽出法が成り立ちます。労働力調査は11地域と産業・従業上の地位などで層化した各層の中で、調査区から住戸へと2段で抜いています。内閣府の世論調査が名乗る「層化二段無作為抽出法」も同じ骨格です(設計は後の章で確認します)。層化の考え方そのものは無作為抽出法と層化二段無作為抽出法で詳しく扱っています。
集落抽出法・多段集落抽出法との分岐点
集落(クラスター)抽出法との違いは、選んだ集落をどう扱うかの一点です。JIS 1.3.9のクラスターサンプリング(集落サンプリング)は「全クラスターからのランダムサンプルで、サンプリングされたクラスターを構成する全サンプリング単位がサンプルに含まれるようにしたサンプリング」で、選んだ集落は全数調べます。多段抽出は、選んだ集落の中からさらに絞り込みます。ある町を選んで全世帯を回れば集落抽出、その町から100世帯を抜けば多段抽出です。
規格には1.3.11「多段クラスターサンプリング(多段集落サンプリング)」という第三の項目もあり、「2段階以上のクラスターサンプリングであり、各段階のサンプリングを、前段階のサンプルとして得られたクラスターを分割した子クラスターに対して行うもの」と定義されています。1.3.9・1.3.10・1.3.11は、それぞれ別の見出し語として立っています。
確率比例抽出法(PPS)と等確率抽出の使い分け
等確率抽出で推定値がぶれる理由と調査区規模のばらつき
多段抽出と確率比例抽出法(PPS:probability proportional to size)がセットで語られるのは、第1段の集落の規模がそろわないからです。調査区はおおむね50世帯を目安に設定されていますが、実際の世帯数はかなりばらついており、これが推定精度を下げます。
「労働力調査 標本設計の解説」第1章は、この効果を3調査区の数値例で示しています。調査区A・B・Cの総人口が100人・60人・40人(計200人)、就業者が60人・40人・20人(計120人)の母集団から1調査区だけを選び、その調査区を全数調べて全体の就業者数を推定する場合です。推定値は、選んだ調査区の就業者数を抽出確率で割って求めます。
| 調査区 | 総人口 | 就業者 | 等確率(1/3)での推定値 | 確率比例での抽出確率 | 確率比例での推定値 |
|---|---|---|---|---|---|
| A | 100人 | 60人 | 180人 | 0.5 | 120人 |
| B | 60人 | 40人 | 120人 | 0.3 | 133.3人 |
| C | 40人 | 20人 | 60人 | 0.2 | 100人 |
| 合計(真値) | 200人 | 120人 | – | 1.0 | – |
等確率で選ぶと180人・120人・60人が3回に1回ずつ現れます。人口規模の比5対3対2を事前に知っていて抽出確率を0.5・0.3・0.2にすれば、推定値は120人・約133.3人・100人となり、真値の120人が得られる確率は0.5です。同資料は「確率比例抽出を行うことにより一般に精度が向上する」と明記しています。
Pythonで再現した期待値と標準偏差
表の数字だけでは「どれくらい良くなるのか」が分からないので、同じ例を分数計算で再現し、推定値の期待値と標準偏差を求めました(Python 3.9で実行)。
from fractions import Fraction as F
import math
areas = {"A": (100, 60), "B": (60, 40), "C": (40, 20)} # 総人口, 就業者
total_pop = sum(p for p, _ in areas.values())
def summarize(name, probs):
# 推定値=選ばれた調査区の就業者数 ÷ その調査区の抽出確率
est = {k: F(areas[k][1]) / probs[k] for k in areas}
mean = sum(probs[k] * est[k] for k in areas)
var = sum(probs[k] * (est[k] - mean) * (est[k] - mean) for k in areas)
print(name, "期待値=%.1f" % float(mean), "標準偏差=%.1f" % math.sqrt(var))
summarize("等確率", {k: F(1, 3) for k in areas})
summarize("確率比例", {k: F(p, total_pop) for k, (p, _) in areas.items()})
等確率 期待値=120.0 標準偏差=49.0
確率比例 期待値=120.0 標準偏差=11.5
どちらの方法でも期待値は真値の120人で、偏りはありません。違うのはばらつきだけで、標準偏差は49.0人から11.5人へ、約4分の1に縮みます。分散で見ると18分の1です。確率比例抽出は「当たりやすくする」方法ではなく、大きな調査区を引いたときの過大推定と小さな調査区を引いたときの過小推定をあらかじめ打ち消す方法だと読めます。もちろん、これは就業者数が人口にほぼ比例している例だから効くのであって、規模と調べたい値が無関係な場合には効果が薄れます。
第2段の抽出率をウエイトの逆数にする理由
労働力調査の実装は第1段だけでは終わりません。統計局「標本抽出方法、結果の推定方法及び推定値の標本誤差」によれば、同調査は換算世帯数から求めたウエイト(16世帯がほぼ1ウエイト)を各調査区に付け、ウエイト2の調査区は2個、ウエイト4なら4個と並べたうえで等間隔に抜く「確率比例系統抽出」を行っています。
| 換算世帯数 | ウエイト |
|---|---|
| 1〜16 | 1 |
| 17〜32 | 2 |
| 33〜48 | 3 |
| 49〜64 | 4 |
第2段の住戸抽出では、1調査区あたりの抽出住戸数がほぼ16戸になるよう、ウエイトの逆数に等しい抽出率を使います。ウエイト1〜4の調査区が1つずつある単純化した例で掛け算すると、次のようになります。
| ウエイト | 第1段の抽出確率 | 第2段の抽出率 | 住戸の総抽出確率 |
|---|---|---|---|
| 1(約16戸) | 1/10 | 1 | 1/10 |
| 2(約32戸) | 2/10 | 1/2 | 1/10 |
| 3(約48戸) | 3/10 | 1/3 | 1/10 |
| 4(約64戸) | 4/10 | 1/4 | 1/10 |
大きな調査区ほど第1段で選ばれやすく、第2段ではその分だけ抽出率が下がるので、掛け合わせるとどの住戸も同じ確率で標本に入ります。このように、標本の平均値をそのまま母平均の推定値として使える標本を、前出のハンドブックは「自動加重標本」と呼んでいます。同ハンドブックは、多段抽出では普通は自動加重標本が得られず、包含確率を調整して自動加重標本を得る方法が確率比例抽出法だと説明しています。自動加重標本を得るには、第1段の抽出確率と第2段の条件付き抽出率の積が一定になるように設計します。
自動加重にならない設計では、集計時に抽出確率の逆数で重みを付け直す必要があります。その作業の考え方はウェイトバック集計で扱っています。
公的統計での実装:労働力調査・世論調査の2段と家計調査の3段
労働力調査は調査区と住戸による層化2段抽出法
労働力調査は、国勢調査調査区を第1次抽出単位、住戸を第2次抽出単位とする層化2段抽出法です。全国に約100万ある調査区から毎月約2,900調査区を抽出し、各調査区で約16住戸を抜き、そこに住む全世帯(合計約4万世帯、15歳以上約10万人)が調査対象となります。15歳以上人口に対する比率は約1,100分の1です。
層化は北海道から沖縄までの11地域に加え、調査区の産業・従業上の地位別の就業者構成を主に用います。地域だけで層化すると、農家世帯の割合が高い調査区がたまたま多く選ばれる危険が残るためです。さらに、寮・寄宿舎、病院・療養所、社会施設、給与住宅に住む人の就業状態は均質的で、これらの有無が調査区を特徴付ける場合が多いとして、調査区の住居の形態も層化の基準に加えています。
刑務所・拘置所等のある区域、自衛隊区域、駐留軍区域、水面調査区は抽出の対象外で、前2者は法務省・防衛省の資料で居住者数を集計に加えています。調査区は5年ごとに最新の国勢調査調査区へ切り替えられ、2020年国勢調査調査区への切替えは2024年8月に完了しました。
内閣府の世論調査は調査区と住民基本台帳による層化2段無作為抽出法
世論調査の典型例も2段です。内閣府「国民生活に関する世論調査(令和7年8月調査)標本抽出方法」によれば、母集団は全国の市区町村に住む満18歳以上の日本国籍を有する者、標本数は5,000人、調査地点は328市区町村の350地点で、抽出方法は層化2段無作為抽出法です。全国を11地区と都市規模で分け、さらに令和2年国勢調査の調査区特性で層化しています。
第1次抽出単位は令和2年国勢調査の調査区です。層の母集団人口を調査地点数で割った抽出間隔で人数を数え、該当人数番目の人が含まれる調査区を選ぶ等間隔抽出なので、人口の多い調査区ほど選ばれやすい確率比例の抽出になっています。同ページによれば、第2段は選ばれた地点ごとに住民基本台帳から等間隔抽出で対象者を選び、各地点の標本数は9から17人です。抽出枠が第1段は国勢調査、第2段は住民基本台帳と、段ごとに別の名簿を使い分けている点が多段抽出らしいところです。
家計調査は市町村・単位区・世帯による層化3段抽出法
段数は調査によって変わります。統計局「家計調査の概要」によれば、家計調査は層化3段抽出法で、第1段が市町村、第2段が単位区、第3段が世帯です。
| 地域区分 | 層数・調査市町村数 | 二人以上の調査世帯数 | 単身調査世帯数 |
|---|---|---|---|
| 都道府県庁所在市及び大都市 | 52 | 5,472 | 456 |
| 人口5万以上の市(上記の市を除く) | 74 | 2,100 | 175 |
| 人口5万未満の市及び町村 | 42 | 504 | 42 |
| 全国 | 168 | 8,076 | 673 |
単身世帯についてはこのほか、寮・寄宿舎単位区として12単位区72世帯を調査しています。全国168層の各層から、単身世帯を除く一般世帯の数に比例した確率比例抽出で1市町村ずつを選ぶため(家計調査年報の概要)、調査市町村数は層数と一致します。第2段の単位区は、原則として国勢調査の1調査区又は隣接する2調査区で構成され、調査員が1人で2単位区を受け持って全居住世帯の名簿を作り、指導員がその名簿を基に、二人以上の世帯は各単位区から6世帯、単身世帯は交互の単位区から1世帯を無作為に選びます。層ごとの標本の配り方はサンプル割付(アンケート調査)で扱っています。
国勢調査が多段抽出の適用例でない理由
国勢調査は、調査の実施方式として多段抽出法を使っていません。国勢調査は全数調査(悉皆調査)で、統計法第5条第1項で全数調査によることが明記されています。「令和2年国勢調査に関するQ&A」問1-4は、標本調査では地域や産業・職業を細かく区分したときに誤差が大きくなり利用に堪えない場合がしばしばあるため、5年に1回の全数調査が必要だと説明しています。集計段階には「抽出詳細集計」(令和2年国勢調査では令和4年12月27日公表)がありますが、これは集計の話で、調査そのものは全数調査です。
国勢調査が多段抽出の文脈に出てくるのは、実施方法としてではなく抽出枠の供給元としてです。同Q&Aは、国勢調査には「ほかの統計調査を設計するための基礎となる『フレーム』(母集団(調査対象全体)の抽出枠)の情報を提供する」役割があると述べています。労働力調査の調査区も家計調査の単位区も、この全数調査の産物です。「国勢調査で多段抽出が使われている」と書かれた解説は、フレームの提供者と利用者を取り違えています。
労働力調査・家計調査に選ばれる確率と調査期間
多段抽出の設計が分かると、「自分の世帯が選ばれる確率」もおおよそ計算できます。分母には令和2年国勢調査の結果の概要にある一般世帯数5,570万5千世帯、単独世帯2,115万1千世帯を使いました。全国平均で割った目安であり、個々の世帯の確率は層や調査区によって変わります。
| 調査 | ある月の調査世帯数 | 比べる世帯数 | ある月に対象である確率 | 調査期間 |
|---|---|---|---|---|
| 労働力調査 | 約4万 | 一般世帯5,570.5万 | 約1,400分の1 | 2か月×2年 |
| 家計調査(二人以上) | 8,076 | 二人以上の世帯3,455.4万 | 約4,300分の1 | 6か月 |
| 家計調査(単身) | 745 | 単独世帯2,115.1万 | 約2万8千分の1 | 3か月 |
労働力調査:約4万世帯・2年にわたり同じ2か月
統計局の「労働力調査の概要」は、基礎調査票について「2年にわたり同一の2か月を調査」すると説明しています。標本調査区は4か月間調査され、前半2か月と後半2か月で調査世帯を入れ替え、翌年の同じ月に同じ調査区をもう一度調べます。選ばれた世帯は、2か月続けて回答し、翌年の同じ2か月にも回答する、計4か月の負担になります。標本調査区が交代する組と調査区内で世帯が交代する組を合わせると、毎月2分の1の調査世帯が更新されます。
ここで多段抽出の性質が効いてきます。第1段で調査区が選ばれなければ、その中の世帯は第2段に進めません。逆に、自分の住む調査区が選ばれると、近所の住戸も同時に候補になります。同じ地区で複数の世帯に調査票が届くのは、抽出の偏りではなく2段抽出の設計どおりの姿です。なお、統計局は概要で「特定の世帯が続けて様々な調査の対象とならないように配慮している」としています。
家計調査:二人以上の世帯は6か月、単身世帯は3か月
家計調査の単位区は1年間継続して調査され、毎月12分の1ずつ新しい単位区と交替します。調査世帯は、二人以上の世帯が6か月、単身世帯が3か月続けて家計簿を付け、順次新しい世帯と交替します。6か月で入れ替わるので、1年間に新たに調査を受ける二人以上の世帯は単純計算で約1万6千世帯、年間で約2,100分の1です。
ただし、これは全国平均です。家計調査年報(2025年)の「家計調査の概要」表1は、二人以上の世帯の抽出率を東京都区部で5,936分の1、県庁所在市(大都市を除く)で486分の1から1,678分の1、人口5万未満の市及び町村で1,492分の1から16,976分の1としています。各市の結果の精度を確保するため、県庁所在市と大都市には最低96世帯を割り当てているので、人口の少ない県庁所在市ほど抽出率が高くなります。選ばれやすさは住んでいる市町村の層で数十倍違います。
単身世帯の745世帯は、一般の単位区から選ぶ673世帯と寮・寄宿舎単位区の72世帯の合計です。約2万8千分の1という数字は、この標本数を全国の単独世帯数で割った粗い比率にすぎません。家計調査は学生の単身世帯、世帯主が3か月以上不在の世帯、外国人世帯などを調査対象から外しているので、これらの世帯が選ばれる確率は0で、対象となる世帯の確率も層や単位区によって異なります。単身世帯の標本が二人以上の世帯の約11分の1しかないことは、単身世帯の家計を細かく読むときの精度の限界として押さえておくべきです。
多段抽出法のデメリットと労働力調査の標準誤差
かたまりで抜くことで精度が落ちる構造
多段抽出には代償があります。「労働力調査 標本設計の解説」第1章は、調査区という「かたまり」を抜き出しているため、社会福祉施設だけからなる調査区のような同じ属性の集まりが偏って抽出されるおそれがあり、全国から直接10万人を抽出する場合より推定の精度は劣ると考えられる、と自ら書いています。国立教育政策研究所のハンドブックも、一般に段の数が多くなるほど標本誤差は大きくなり、単純無作為抽出法より二段抽出法の方が標本誤差は大きいとして、不必要に段の数を増やさないよう勧めています。層化と確率比例抽出は、この構造的な弱点を埋めるための対策です。
8組の副標本による標準誤差の測り方と公表値
複雑な標本設計では、標本誤差の推定自体が難しくなります。労働力調査は、標本交代のために全標本を8組の同質な副標本(A1からD2)に分けており、これを標本誤差の計算にも流用しています。8個の副標本別推定値と全標本による推定値の平方偏差の和を56で割り、その平方根で標準誤差を近似する方法です。結果数値に対する相対比が標準誤差率になります。
次の表は、公表された推定値とその標準誤差です(令和7年=2025年平均、統計局の正誤表による訂正後の数値)。
| 項目(2025年平均) | 結果数値 | 標準誤差 | 標準誤差率 |
|---|---|---|---|
| 労働力人口 | 7,004万人 | 7万人 | 0.1% |
| 就業者 | 6,828万人 | 7万人 | 0.1% |
| 完全失業者 | 176万人 | 2万人 | 0.9% |
| 非労働力人口 | 3,962万人 | 7万人 | 0.2% |
| 家族従業者 | 115万人 | 2万人 | 1.6% |
約4万世帯の2段抽出でも、完全失業者176万人を標準誤差2万人で捉えられています。一方で、推定値が小さくなるほど標準誤差率は上がり、推定値10万人規模では年平均で4.9%、月次では13.3%に達します。月次の小さな増減を読むときは、この誤差幅を先に確認すべきです。標準誤差の計算そのものは標準誤差で解説しています。
この数値には訂正の経緯があります。統計局は2026年3月31日付の正誤表で、同年3月3日に掲載した標準誤差を修正しました。訂正前は労働力人口の標準誤差が20万人・0.3%、非労働力人口が72万人・1.8%と載っており、平成24年から令和6年の年報に掲載している標本誤差にも誤りがあるとして、同資料のe-Stat掲載を一時的に取りやめています。標本誤差の数値を引用するときは、正誤表の有無まで確かめてください。
多段抽出法を選ぶべきでない場面
多段抽出は万能の効率化手段ではありません。次の条件では採用を見送るべきです。
まず、母集団の完全な名簿があり、訪問先をまとめる必要もない場合です。会員数3万人の顧客リスト、従業員名簿、契約者データベースから郵送やオンラインで依頼するなら、名簿作成と訪問の負担を減らすという多段抽出の利点がどちらも消え、集落単位で抜くことによる精度の低下だけが残ります。この条件では、ランダムサンプリングや系統抽出(名簿の並びに周期があると偏るので並び順は確認します)で直接抜く設計を先に検討すべきです。逆に、名簿があっても訪問面接で調べるなら、訪問費用の削減と精度を比べて判断します。前出のハンドブック7.8節も、抽出方法は利用できる抽出台帳とコストを考慮し、その中で最も標本誤差が小さくなるものを選ぶよう勧めています。会員や顧客の名簿から対象者を抜き、配信と回収までを社内で回したい場合は、アンケート管理システム開発のように名簿からの抽出と配信・回収の履歴を一体で管理する仕組みが選択肢になります。
次に、第1段の集落の中が均質になってしまう場合です。JIS 1.2.28の注記のとおり、クラスターは「クラスター内のばらつきが大きくなるように」設定するのが本来の姿です。社宅だけの区画や単一学部の学生名簿のように内部が似た者ばかりの集落を第1段に据えると、少数の集落を選んだ時点で標本の性格が決まってしまいます。労働力調査が社会福祉施設だけからなる調査区を懸念として挙げているのと同じ構図です。
第1段の集落数そのものが少ない設計も避けるべきです。都道府県を第1段にして数県だけを選ぶと、第2段でいくら標本を増やしても、選ばれなかった県の特性は標本に反映されません。同ハンドブック7.8節は、最終的な標本サイズが同じであれば、抽出するPSUの数を増やし、各PSU内で抽出するSSUの数を減らす方が標本誤差は小さくなるとしています。集落数を確保できないなら、層化して直接抽出したほうが標本の代表性を保ちやすくなります。
よくある質問
多段抽出法と層化抽出法の違いは何ですか?
違いは、層化抽出法が母集団を層に分けて各層から抽出する方法であるのに対し、多段抽出法が大きな抽出単位から小さな抽出単位へ段階的に抽出する方法である点です。両者は排他ではなく、労働力調査の層化2段抽出法や家計調査の層化3段抽出法のように、層化してから段階的に抽出するのが公的統計の標準形です。
層化二段無作為抽出法とはどのような設計ですか?
母集団を層に分けたうえで、各層の中で2段階の確率抽出を行う設計です。層化・多段・無作為抽出の3つを重ねた名称なので、名前を分解すれば設計が読み取れます。各段の抽出は単純無作為に限らず、等間隔の系統抽出も使われます。この名称を掲げる内閣府の国民生活に関する世論調査も、第1段・第2段とも等間隔抽出法で選んでいます。
集落抽出法(クラスター抽出法)と多段抽出法はどう違いますか?
選んだ集落を全数調べるのが集落抽出法、集落の中からさらに抽出するのが多段抽出法です。JIS Z 8101-2:2015では1.3.9(クラスターサンプリング)と1.3.10(多段サンプリング)が別の見出し語として立っています。
二段抽出法と多段抽出法はどう違いますか?
二段抽出法は、多段抽出法のうち段数が2のものです。国立教育政策研究所のハンドブックも、学校を選んでからその学校の児童・生徒を選ぶ方法を二段抽出法と呼び、多段抽出法の例として挙げています。段数の上限を定めた条項はありません。JIS 1.2.22の注記は二次サンプルの定義を第k段階(k>2)に拡張できるとしており、家計調査は市町村・単位区・世帯の3段を採用しています。ただし段を増やすほど標本誤差は大きくなるので、実務では調査員の受け持ち単位など実地体制に必要な段数にとどめます。
確率比例抽出法をわかりやすく言うとどのような方法ですか?
規模の大きい集落ほど選ばれやすくする方法です。掲載例のように1集落を選び、その合計を抽出確率で割れば不偏推定になります。ただし、ばらつきが小さくなるかは規模と調査値の関係によります。統計局の3調査区の例では、推定値の標準偏差が等確率の49.0人から11.5人に縮みます。