AI事業者ガイドラインは、総務省と経済産業省がAIの開発・提供・利用を担う事業者向けに示す統一的な指針です。最新版は2026年3月31日公表の第1.2版で、AIエージェントとフィジカルAIの定義・リスク・留意事項が新たに書き込まれました。法的な拘束力は無く、守らなかったことへの罰則もありません。この記事では、第1.2版の変更点、共通の指針10項目とAI開発者・AI提供者・AI利用者の区分、AI推進法との違い、そして公式の「活用の手引き(案)」に沿った着手の順番を、公表資料と条文にあたって整理します。
まとめ:第1.2版の要点と罰則の有無
- 最新版は第1.2版(2026年3月31日公表)です。第1.0版(2024年4月19日)の解説は2世代以上前の内容で、AIエージェントの記述が丸ごと抜けています。
- ガイドラインは非拘束的なソフトローで、罰則はありません。AI推進法(令和7年法律第53号)にも罰則規定は無い一方、個人情報保護法や著作権法はAIの利用にもそのまま適用されます。
- 第1.2版の目玉はAIエージェントとフィジカルAIです。主体別に、扱うデータの最小化、権限と連携先の制限、人間の判断を介在させる仕組み、操作履歴の定期確認が追記されました。
- 共通の指針は10項目で、8項目が「各主体が取り組む事項」、公正競争確保とイノベーションの2項目が「社会と連携した取組が期待される事項」です。
- 本編42ページと別添185ページを通読する必要はありません。活用の手引き(案)の準備事項4つと別添7のチェックリストから始め、詰まった箇所だけ本編に戻るのが早道です。
AI事業者ガイドラインの位置づけと法的な効力
ゴールベースの枠組みと本編・別添の役割
第1.2版の本編は、法律の整備がAIの技術発展に追いつかないこと、細かな行為義務を定めるルールベースの規制はイノベーションを妨げうることを挙げ、「関係者による自主的な取組を促し、非拘束的なソフトローによって目的達成に導くゴールベースの考え方で、ガイドラインを作成することとした」と述べています。
構成は本編と別添に分かれます。本編が「どのような社会を目指すのか(基本理念)」と「どのような取組を行うか(指針)」を示し、別添が「具体的にどのようなアプローチで取り組むか(実践)」を受け持ちます。総務省のAI開発ガイドライン案・AI利活用ガイドラインと、経済産業省のAI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン Ver.1.1の3文書を統合し、内閣府の「人間中心のAI社会原則」を土台に置いて作られました。更新を前提とした「リビングドキュメント」と位置づけられ、実際に令和6年度・令和7年度と年度単位で改定されています。
罰則が無いことと既存法令の適用
ガイドラインは法令ではないため、従わないこと自体を理由とする制裁はありません。関連する法律として2025年に成立したのが「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(令和7年法律第53号。AI法、AI推進法、AI新法とも呼ばれます)です。e-Govの条文は第1章総則、第2章基本的施策、第3章人工知能基本計画、第4章人工知能戦略本部の本則28条と附則2条で構成され、罰則の規定はありません。
順序にも注意が要ります。ガイドライン初版の公表は2024年4月で、AI推進法の公布(2025年6月4日)より1年以上前です。ガイドラインは同法を根拠に作られた下位規範ではありません。そして罰則が無いことは、責任を問われないことを意味しません。学習データや入力に含まれる個人情報の取扱い、生成物と既存の著作物の関係には、個人情報保護法や著作権法がそのまま適用されます。ガイドラインが求める記録と説明の準備は、これらの法令に照らして自社の対応を説明できる状態を作る作業でもあります。
活用の手引きが正す3つの誤解
2026年3月31日に公表されたAI事業者ガイドライン活用の手引き(案)は、冒頭で次の3つを「×」として明示しています。
- 記載事項の遵守は義務である:義務を課すものではなく、リスクを認識し自主的に対策を講じるための考え方を示すもの
- 書いてあることは全てそのまま自社に適用すればよい:事業規模や状況に合わせて過不足なく対応することが重要
- データ提供者や個人でAIを使う人も対象である:対象は事業活動でAIを開発・提供・利用する者で、データ提供者と業務外利用者は対象外
2つ目を社内規程に反映する際は、自社の利用目的・リスク・運用体制に照らして、各項目への対応方法を決めます。全項目をそのまま転記するだけでは、担当者や実施手順が不明確になりかねません。「過不足なく」には、自社の利用実態に当てはまらない項目を見極める作業も含まれます。
版の系譜と第1.2版の変更点
第1.0版から第1.2版までの公表日
総務省の掲載ページには、旧版も含めた各版が公表日つきで並んでいます。
| 版 | 公表日 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 第1.0版 | 2024年4月19日 | 3ガイドラインを統合した初版 |
| 第1.01版 | 2024年11月22日 | 本編・別添の修正版 |
| 第1.1版 | 2025年3月28日 | 令和6年度更新 |
| 第1.2版 | 2026年3月31日 | 令和7年度更新(最新) |
第1.2版では別添7のチェックリストとワークシートも同日付で更新されました。一方、別添8「主体横断的な仮想事例」は第1.0版のものが「更新なし」のまま掲載されており、旧版の資料が全て無効になったわけではありません。あわせて、ガイドラインの内容を対話形式で調べられるチャットボットが2026年3月26日に公開されています。
令和7年度更新の7論点
第1.1版から第1.2版への更新は、総務省・経済産業省が2026年3月12日付でまとめた令和7年度更新内容に7つの論点として整理されています。
- AI技術の動向の反映:AIエージェントとフィジカルAIの定義・便益・リスク・留意事項・システム例を追加
- AIによるリスクの記載の見直し:リスクベースアプローチに関する内容の追記と一部リスクの分類見直し
- 主体区分の整理:AI開発者の定義の補足と、一般的なAI活用の流れにおける主体の対応の見直し
- 特定単語の整理:「学習」「推論」「データ」の定義・表現の見直し。推論の定義には、プロンプトやセンサの取得データに加えRAG等で外部知識を補った情報を用いることが書き込まれた
- ユーザビリティの改善:活用の手引きとチャットボットの提供
- AIガバナンスに関する動向の反映:AI法や広島AIプロセスの動向の追記と取組事例の追加
- その他:脚注記載内容やリンクの更新
同資料が背景に挙げるのは、AIエージェントやフィジカルAIの社会浸透によってリスクの顕在化事例が増えたことと、分量が増えるなかで地方自治体や小規模事業者にも使える平易さを保つ必要です。
次の改定に向けた作業も始まっています。AI事業者ガイドライン検討会は2026年8月7日〜13日のメール審議(第10回)で、総務省・経済産業省の両検討会の下に「AIによるリスク」の検討ワーキンググループを置く開催要綱を示しました。検討事項は第1.2版の別添1第1部B(p.18〜27)の「AIによるリスク」の更新に向けた論点で、2026年8月から開催するとしています。リスクの章を社内のリスク分類に使っている場合は、参照した版と各項目の対応関係を記録し、次版の公表時に変更の有無を確認できるようにしておきます。
第1.2版で加わったAIエージェント・フィジカルAIの記載
ガイドライン上の定義と「自律」の範囲
本編第1部は、AIエージェントを「特定の目標を達成するために、環境を感知し自律的に行動するAIシステム」と定義し、参考としてISO/IEC 22989:2022の定義を併記しています。脚注では「自律」について「高度な自律状態だけを指しているのではなく、ある程度の自律性を持つものも含む」と断っています。社内のRPAに生成AIを組み合わせ、外部の予約・発注システムを呼び出すような半自動の仕組みも、この定義の射程に入ると読むのが安全です。
フィジカルAIは、センサで物理環境の情報を取り込み、AIモデルで最適な方策を自律的に推論・判断し、アクチュエータを介して移動・操作・加工といった物理的な行動につなげるシステムと定義されました。複数のAIエージェントが自律的に意思決定する「エージェンティックAI」は、第1.2版では脚注での補足に留め、次年度以降に定義とリスクを追記する想定と更新資料に書かれています。
主体別に追記された留意事項
リスク面では、自律的な行動による人間の意図しない動作、自然言語を経由した攻撃、入力経路と外部連携先が多いことによる被攻撃対象の拡大、AIエージェントが外部システムと連携する際に内部データが不正に外部へ送られるリスクなどが別添1に加わりました。これに対応して、別添3〜5の主体別の留意事項に次の内容が追記されています。
- AI開発者:扱うデータを必要最小限に限定する。悪意をもって改変されたモデルを使わないよう、AIモデルの真正性を確認する
- AI提供者:データ最小化に加え、AIエージェントが使える連携ツール・システムを制限し、適切な権限を設定する。自律的に動く以上、人間の判断を介在させる仕組みを作る。フィジカルAIではハードウェアに残るデータの削除も対象になる
- AI利用者:操作履歴を定期的に確認・報告する。重大な影響が生じうる出力は人間の判断を介在させる仕組みのもとで判断する。AIエージェントで生成したコードは保守・更新が難しくなりうるため、社内にノウハウを残す
根拠の提示を説明可能性とみなさない設計
AI開発者向けの追記で見落とされやすいのが、AIエージェントの自律判断を監査するうえで、LLMの根拠提示は内部の決定ロジックの説明ではなく、もっともらしい理由を出力しているに過ぎないと明記した点です。エージェントに「なぜその操作をしたか」を答えさせても、その回答だけでは内部の決定ロジックを検証できません。回答を保存する場合も、実際の操作履歴と区別して扱う必要があります。
監査に使えるのは、どのツールをどの権限で呼び出し、何を入力して何が返ったかという操作履歴のほうです。権限の最小化と操作履歴の保存を先に設計し、モデルの自己説明は利用者向けの補助情報として扱う。第1.2版の追記は、この優先順位を求めていると読めます。人の承認をどこに挟むかの設計論は生成AIのリスクとガバナンス対策でも扱っています。
AI推進法・AI指針・AI事業者ガイドラインの三層構造
AI推進法第13条とAI指針
AI推進法の施行で、日本のAIルールは三層で見ると整理しやすくなりました。法律が制度の基本を定め、法律に基づくAI指針が自主的取組の方向性を示し、AI事業者ガイドラインが実践を支援するという役割分担です。法律側の要が第13条(適正性の確保)で、「国は、人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正な実施を図るため、国際的な規範の趣旨に即した指針の整備その他の必要な施策を講ずるものとする」と定めています。
これを受けて2025年12月19日、人工知能戦略本部が人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針(AI指針)を決定しました。AI指針は自らを「AI法第13条に基づく」ものと明記し、基本的な考え方、研究開発機関および活用事業者が特に取り組むべき事項、国および地方公共団体が特に取り組むべき事項、国民が特に取り組むべき事項の4部で構成されています。法律の条文ごとの解説はAI法とは?日本のAI推進法とEU AI法の違いにまとめました。
活用事業者の責務として条文が定める範囲
事業者に関係するのは第7条(活用事業者の責務)です。対象は「人工知能関連技術を活用した製品又はサービスの開発又は提供をしようとする者その他の人工知能関連技術を事業活動において活用しようとする者」で、自社で開発していなくても、事業でAIを使えば活用事業者に入ります。
条文が求めるのは、基本理念にのっとり自らAIを積極的に活用して事業活動の効率化・高度化と新産業の創出に努めること、そして国と地方公共団体の施策に協力することの2点です。前者は努力義務、後者は協力義務で、個別の行為義務や報告義務は書かれていません。AI指針とAI事業者ガイドラインは、こうした法的義務を上乗せする文書ではなく、自主的な取組の方向性と実践の方法を示す文書です。
基本理念3つと共通の指針10項目
人間中心のAI社会原則が掲げる3つの価値
基本理念は、2019年3月29日に統合イノベーション戦略推進会議が決定した人間中心のAI社会原則から引き継がれています。原典は、人間の尊厳が尊重される社会(Dignity)、多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity & Inclusion)、持続性ある社会(Sustainability)の3つを価値として掲げました。3つ目は第1.2版の概要資料では「持続可能な社会」と表記されています。
各主体が取り組む8項目と社会と連携する2項目
基本理念を実現するための原則が「共通の指針」で、第1.2版でも10項目です。ただし横並びではなく、性質の異なる2群に分かれています。
| 分類 | 指針 | 要求の中心 |
|---|---|---|
| 各主体が取り組む事項 | 1)人間中心 | 偽情報への対策、社会的弱者への配慮 |
| 各主体が取り組む事項 | 2)安全性 | リスク分析、目的外利用による危害の回避 |
| 各主体が取り組む事項 | 3)公平性 | 不当な偏見の排除、人間の判断の介在 |
| 各主体が取り組む事項 | 4)プライバシー保護 | 関連法令の遵守、方針の策定・公表 |
| 各主体が取り組む事項 | 5)セキュリティ確保 | 機密性・完全性・可用性の維持 |
| 各主体が取り組む事項 | 6)透明性 | 検証可能性の確保、情報提供 |
| 各主体が取り組む事項 | 7)アカウンタビリティ | トレーサビリティ確保、文書の保管 |
| 各主体が取り組む事項 | 8)教育・リテラシー | 関係者のAIリテラシー確保 |
| 社会と連携した取組 | 9)公正競争確保 | 公正な競争環境の維持 |
| 社会と連携した取組 | 10)イノベーション | 相互運用性、標準仕様への準拠 |
1)から8)は自社の取組として求められ、9)と10)は社会と連携して「期待される」水準です。社内規程を作る際は、各主体の取組と社会との連携を分け、指針ごとに自社が担う行動と担当部署を具体化します。8)教育・リテラシーを社内研修にどう落とすかはAIリテラシーとは?業務で問われる判断基準と社内ルールへの落とし方で扱っています。
社外から問われたときに準備の有無がそのまま出るのが7)アカウンタビリティです。本編は、データの出所と開発・提供・利用中の意思決定を技術的に可能かつ合理的な範囲で追跡できる状態にすること、共通の指針への対応状況を定期的に情報提供すること、AIガバナンスやプライバシーに関するポリシーを策定・公表すること、関係する文書を一定期間保管することを求めています。事故が起きてから作れるものではなく、記録の設計がその実体です。
AI社会原則7原則との対応
「人間中心のAI社会原則」側のAI社会原則は、(1)人間中心、(2)教育・リテラシー、(3)プライバシー確保、(4)セキュリティ確保、(5)公正競争確保、(6)公平性、説明責任及び透明性、(7)イノベーションの7つです。7原則は国や自治体を含む社会全体で実現すべき枠組みで、7原則の(6)が公平性・説明責任・透明性を1本にまとめているのに対し、共通の指針ではそれぞれ独立した項目に分けられています。「7つなのか10項目なのか」という食い違いは対象範囲と粒度の違いで、事業者が参照するのは共通の指針10項目のほうです。
AI開発者・AI提供者・AI利用者の区分と取り組む事項
3区分の定義と複数区分への該当
- AI開発者:AIシステムを開発する事業者(AIを研究開発する事業者を含む)
- AI提供者:AIシステムをアプリケーション、製品、既存のシステム、ビジネスプロセス等に組み込んだサービスとして、AI利用者、場合によっては業務外利用者に提供する事業者
- AI利用者:事業活動において、AIシステム又はAIサービスを利用する事業者
区分は固定ではありません。生成AIを社内業務で使うだけならAI利用者ですが、そのAIを組み込んだ機能を顧客向けに出した時点でAI提供者にも該当し、求められる事項が増えます。「うちは使う側だから軽い」という整理は、社外提供を始めた瞬間に成り立たなくなります。
開発者・提供者・利用者で変わる記録と説明の範囲
AI開発者には、データ前処理時のプライバシー・バイ・デザインとデータ品質の管理、開発時のセキュリティ・バイ・デザイン(D-5)i.)、事後検証のための作業記録の保存(D-6)i.)、開発過程やデータ収集・ラベリング、使用アルゴリズムの文書化(D-7)ii.)が求められます。
AI提供者は、開発者が設定した範囲内でAIを稼働させるのが軸です。入出力と判断根拠の定期的な評価によるバイアスのモニタリング(P-3)i.)、システムアーキテクチャとデータ処理プロセスの文書化(P-6)i.)、サービス規約とプライバシーポリシーの明示(P-7)ii.)が並びます。
AI利用者は、個人情報や機密情報を不適切に入力しないこと(U-4)i.)、提供された文書を保管し規約を守ること(U-7)ii.)、出力を特定の個人や集団の評価に使う場合は人間による合理的な判断のもとで説明責任を果たすこと(U-7)i.)が中心です。従業員が会社の把握しないまま外部のAIサービスを使う状態は、この前提を崩します。実態と対策はシャドーAIとは?無断利用が招く情報漏洩リスクと企業の対策で詳しく扱っています。
活用の手引きに沿った着手の順番
構築前に整える4つの準備事項
本編第2部Eは、「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」のサイクルを継続的に回すアジャイル・ガバナンスを求めています。ただ、このサイクルから入ると何に手を付けるかが決まりません。活用の手引き(案)は、サイクル全体の土台になる準備事項として次の4つを挙げています。
- 組織内のAI開発・提供・利用の状況を把握する仕組み:申請や定期アンケートで、どの部門が、どの目的で、どのAIを、どのデータで使っているかを継続的に集める
- リスク評価体制の構築:相談窓口を置き、ユースケースごとに窓口へ相談する場合とセルフチェックで済む場合を基準で分ける
- インシデント報告体制の構築:報告窓口を決め、評価・応急措置に加えて社内外への説明・報告の流れまで事前に検討し、予行演習しておく
- 組織が扱うAIの特性に応じたルールの策定・運用:社外向けのAIポリシー、社内向けのガイドライン・規程、マニュアルやチェックリストを整え、教育で浸透させる
手引きは2つ目と3つ目について「既存の体制があれば、必ずしもAI活用のために体制を新規に構築する必要はありません」と書いています。情報セキュリティの相談窓口やインシデント対応の手順が既にあるなら、AIの観点を足すほうが早く回ります。最初に手を付けるべきは1つ目の状況把握で、ここが無いと残り3つの対象が決まりません。全社の統制の組み立て方はAIガバナンスとは?企業に求められる統制の枠組みで整理しています。社内ルールと利用環境の整備を外部の手を借りて進める場合は、生成AI導入支援で利用範囲の線引きから相談できます。
別添7のチェックリスト9項目とワークシート
現在地を測る道具として実用的なのが別添7のチェックリストです。全主体向けは「第2部C.共通の指針」を要約した次の9項目です。
- 人間中心の考え方を基に、憲法が保障する又は国際的に認められた人権を侵すことがないようにしているか
- AIに関わる全ての者の生命・身体・財産、精神及び環境に危害を及ぼすことがないよう安全性を確保しているか
- 潜在的なバイアスをなくすよう留意し、それでも回避できないバイアスがあることを認識しつつ、回避できないバイアスが人権及び多様な文化を尊重する公平性の観点から許容可能か評価しているか
- プライバシーを尊重・保護し、関係法令を遵守しているか
- 不正操作によってAIの振る舞いに意図せぬ変更又は停止が生じることのないように、セキュリティを確保しているか
- 透明性を確保するために、AI自体やAIシステム・サービスの情報をステークホルダーに対し合理的で技術的に可能な範囲で提供しているか
- データの出所、AIの意思決定等のトレーサビリティに関する情報やリスクへの対応状況等について、関連するステークホルダーに対して合理的な範囲でアカウンタビリティを果たしているか
- AIガバナンスやプライバシーに関するポリシー等を策定しているか
- 上記の実現のため、各事業者の状況に応じた具体的なアプローチは検討しているか
チェックを付けるだけで終えず、9項目目の「具体的なアプローチ」について、実施内容・担当者・確認時期まで決めます。同時に公開されているExcelのワークシートは、この9項目目を詰めるための様式です。セキュリティ項目の技術的な中身はAIセキュリティとは?生成AIのセキュリティ対策とAI固有リスクで補えます。
広島プロセス12項目と適用の強さ
別添7にはもう1本、本編第2部Dの「全てのAI関係者向けの広島プロセス国際指針」に対応する12項目のチェックリストがあります。「高度なAIシステム」という語が並ぶため開発大手向けと誤読されがちですが、本編は「高度なAIシステムを開発する組織にのみ適用可能な要素もあることを認識しつつ」と断ったうえで、全てのAI関係者に適用されるべきものと位置づけています。
適用の強さには差があります。①から⑪は「適時適切に、適切な範囲で、適用されるべきである」とされる一方、⑫だけは「従うべきである」と書き分けられました。⑫の見出しは「高度なAIシステムの信頼でき責任ある利用を促進し、貢献する」で、本文は偽情報の拡散といったリスクを含めて、自分自身と必要に応じて他者のデジタル・リテラシー、訓練及び認識を向上させる機会を求めるというものです。基盤モデルを開発していない利用企業でも、社内研修の形でそのまま実行できます。
知りたいことから引く参照箇所
活用の手引き(案)は、知りたいポイントごとにガイドラインのどこを読めばよいかを示しています。通読の代わりに、この対応表から入る読み方が公式に想定されています。
| 知りたいこと | 参照箇所 |
|---|---|
| 前提となる知識、AIによる便益・リスク | 本編第1部、別添1 |
| 主体共通の考え方と留意点 | 本編第2部 |
| AIガバナンス構築の観点・実践例 | 本編第2部E、別添2 |
| AI開発者が留意すべきこと | 本編第3部、別添3 |
| AI提供者が留意すべきこと | 本編第4部、別添4 |
| AI利用者が留意すべきこと | 本編第5部、別添5 |
| 契約における留意事項 | 別添6 |
他の政府ガイドラインと海外規制の使い分け
契約・著作権・調達・セキュリティの参照先
AI事業者ガイドラインは分野横断の基本で、論点ごとに個別の政府文書へ降りる構造です。内閣府はAI指針のページで、各府省庁のガイドライン等を所管・策定時期つきで一覧にしています。契約実務なら経済産業省の「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(2025年2月)と「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」、著作権の判断なら文化庁の「AIと著作権に関する考え方について」(2024年3月)、行政の調達ならデジタル庁の「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」第2.0版(2026年6月12日決定)、技術的なセキュリティ対策なら総務省が2026年3月に示した「AIのセキュリティ確保のための技術的対策に係るガイドライン」が対応します。
著作権については別添の脚注が、学習・開発段階と生成・利用段階を分けて整理しています。学習・開発段階は著作権法30条の4により、享受を目的としない利用であれば必要と認められる限度で許諾なく行えますが、著作権者の利益を不当に害することとなる場合は除かれます。生成・利用段階は、通常の著作権侵害と同様に依拠性・類似性で判断されます。
EU AI Actなど海外規制との関係
共通の指針は、EUの信頼できるAIのための倫理ガイドライン、OECD AI原則、UNESCOのAI倫理勧告、米国NISTのAI RMF 1.0、ホワイトハウスのAI権利章典の青写真、G7の広島AIプロセス包括的政策枠組みという海外6文書と、国内の既存ガイドラインから共通要素を抽出して整理されています。国際的な原則と大枠がそろっているのはこのためで、参照先は別添9にまとまっています。
ただし性質は違います。日本のガイドラインが自主的取組の枠組みであるのに対し、EU AI Actは違反に制裁金が科される規制です。EU域内にサービスを提供するなら、AI事業者ガイドラインへの対応だけでは足りません。リスク分類と域外適用の考え方はEU AI Actとは?リスク分類・域外適用と日本企業の対応、各国の比較はAI規制とは?EU・日本・米国・中国の違いと企業対応で確認できます。
よくある質問
AI事業者ガイドラインに違反すると罰則はありますか?
ありません。ガイドラインは非拘束的なソフトローで、従わないことを理由とする罰則は無く、AI推進法(令和7年法律第53号)にも罰則規定はありません。ただし個人情報保護法や著作権法など既存の法令はAIの利用にもそのまま適用されるため、法令違反があればそれぞれの制裁の対象になります。
AI新法(AI推進法)とAI事業者ガイドラインの違いは何ですか?
AI推進法は国会で成立した法律で、基本理念、国・事業者などの責務、人工知能基本計画、人工知能戦略本部を定めます。事業者に課すのは第7条の努力義務と施策への協力義務までです。AI事業者ガイドラインは総務省・経済産業省が示す法的拘束力の無い指針で、法律より先の2024年4月に初版が出ており、開発・提供・利用の各場面で何に取り組むかの具体を担います。
最新版はどれですか。第1.0版の資料はもう使えませんか?
最新版は2026年3月31日公表の第1.2版です。本編・別添・チェックリスト・ワークシート・別添9は第1.2版を参照してください。別添8「主体横断的な仮想事例」だけは第1.2版でも第1.0版のものが「更新なし」として掲載されています。
AIエージェントを業務で使う場合、ガイドラインのどこを確認すればよいですか?
第1.2版の別添5(AI利用者向け)に、操作履歴の定期的な確認・報告、重大な影響が生じうる出力への人間の判断の介在、データ最小化、生成コードの保守を見据えた社内ノウハウの蓄積が追記されています。AIエージェントを組み込んだサービスを社外に出す場合は、別添4(AI提供者向け)の連携先・権限の制限も対象になります。
自社はAI開発者・AI提供者・AI利用者のどれに当たりますか?
AIシステムを自社で開発していればAI開発者、AIを組み込んだサービスを他者に提供していればAI提供者、事業活動でAIシステムやAIサービスを使っていればAI利用者です。複数に該当することもあり、その場合は該当する全ての区分の事項が対象になります。